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茶道独言
茶会に呼るゝに、麻上下着用のこと常礼なり、夫につき羽織お着することは略儀のこと故、常々の交会にも、羽織は次の間、または待合などにて取置、茶の座敷に入などのこと、少々心得違ひ有べし、元来羽織といふものは略のものにて、内々往来などするとき、己の紋所おかくさん為に、紋かくしとて着せし由、略儀のものは誰もしれること也、然るにいつの比よりか、羽織に己の紋所お染こみ、上下に継ての礼服とはなりぬ、されば凡工商などの交り、大礼には上下お着し、次の礼には必羽織お着することになりぬ、されば今の茶に趣くとても、大体の会には、先羽織お着して然るべき哉、略儀とはいひながら、一向なきよりはましならんか、茶雅の人は、十徳八徳の類、心の儘なり、然るに羽織お着たる人は、其羽織お徹し、着ながしにて茶の座敷に入こと、一向失礼なり、出家の法服お徹して人に対するに同じ、隻略儀のものとのみ心得て、其時に随ふて用ゆることおしらざるなり、是もまた自然なり、譬へば休〈○千利休〉の世には、いまだ煙草繁昌ならざる時故、茶に煙草盆の具なし、然るに今は煙草世間一統なり、故に是お用ることになちぬ、是も自然のことなり、今の羽織お用ゆるも自然のことなり、何の憚ることかあるべき、