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南方錄
拾遺一
葉茶壺、小座敷にもかざる事あり、大方口切の時の事也、初入にかけ物かけて前にかざるべし、小座敷にてのかざりは、口おゝひ、口緒までにてよし、自然に長緒などむすぶとも、やすやすと目だゝぬやうにすべし、さま〴〵世にやかましきむすびかたなど、物しりがほにてあしく、網は凡小座敷にてはかけぬなれども、口切にてなき時は壺によりかくるも不苦、
捨壺といふ事あり、小嶋屋道察に真壺お求られしに、其比沙汰あるほど見事のつぼにて、人々見物の所望ありしに、名もなきつぼかざる事いかゞとて卑下して出されず、ある時客衆常の会の約束にて参られ、腰かけより人お以、今日我等ども参候事、第一壺一覧大望ゆへなり、御壺かざられず候はゞ入まじきよし被申入、道察拠なくにじり上りの脇の方に、口覆ばかりしてころがしおき、むかひに出られたり、客くゞりおひらきて見るに、脇につぼおころがし置たり、床へ御かざり候へと申入しに、道察出て、重々御所望候故出しては候へども、床へ上げ可申壺にては候はず、せめて御通りがけにと存捨置候、其まゝ御覧候へとの挨拶也、しかれどもいくたびも断にて、ついに一覧の後、床にかざられしと也、この壺則小嶋屋の時雨と後には名お得たり、この所作お人人感じ、捨壺とてはやりたる事也、宗易雲、猶時にとりては、左様のはたらきもあるべき事なれども、隻所望の上壺お出すほどならば、床にかざりたちんは、おとなしき所作なるべし、捨壺むつかしき事也、勿論又まねてなどすべき事にあらずと雲々、