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昆陽漫錄

本非茶
太平記に曰く、佐々木道誉、我宿所に七所お粧りて、七番菜お調へ、七百種の課物お積み、七十服の本非の茶お可呑、〈(中略)明恵上人茶お栂の尾へ植えしより、栂の尾の茶名品にして、本の茶には、栂の尾の茶お用ふるなるべし、〉これにて本の茶は式多く、非の茶は式少なくして、今の濃茶薄茶と雲ふが如きことしるべし、辻某の家の貞和の頃の残本の中に、祇園社家記の残冊あり、その文左の如し、
祇園社家記に、茶何種と雲ふこと有之、或雲、十二種、或有四十種、数け所有之、
巡立本非茶次第
一番〈五日〉良 二番〈九日〉仲 三番〈七日〉仙 四番〈七日〉美
五番〈六日〉親尊 六番〈九日〉岐 七番〈十日〉秋 八番〈十日〉中
九番〈十一日〉妙 十番〈十一日〉中 十一番〈十二日午〉目 十二番〈十三日午〉菊右会過毎日午刻者雖為五人可被取行、於遅参之輩者、不嫌親疎不可相待之、茶十種、懸物二種、可為当人沙汰、仍所定如件、
康永二年九月五日
これは五日六日七日九日十日十一日十二日の七日お会日と極め、今の十種香の如く、茶何種にてものこらず飲み当たる者お一番とし、それより飲み当たる数によりて番お立て、七日の会おはりて、勝負お定め賭お得とみゆ、太平記にて見れば、必ず七日お一会とするにもあらず、日数は勝手次第とみえたり、下の良仲等の字は、十種香の目錄の如く名の一字なるべし、親尊の二字は、位賤き人ゆえ二字書なるべし、さて七所お粧るは、石州流の真の台子の七所飾のことなるべし、七番菜は、今の卓子の六碗菜八碗菜と雲ふごとく茶湯は菜お一番二番と段々に出だすゆえ、七菜のことなるべし、盧全謝寄新茶歌に、一椀喉吻潤、二椀破孤悶、三椀捜枯腸、惟有文字五千巻、四椀発軽汗、平生不平事、尽向毛孔散、五椀肌骨清、六椀通仙霊、七椀喫不得也、惟覚両腋脅々清風生とあるにようて、本非の茶に多く七の数お用ふるなるべし、さて本非の茶は、賭の多くして財お費すゆえ、紹鴎いまの茶湯おはじめしなるべし、