[p.0550]
茶譜

古より紹鴎時代まで、茶湯座敷は八畳敷、或は六畳敷に仕て、其外に縁お付、松木の極上の真お削、木賊お以揩、椋の葉で磨て、色付の角柱にして、座中へ不見壁お端板お打、床中お白鳥子の紙張、揩板の鏡天井なり、真塗の台子お置、唐物の茶入お盆に乗て、台天目お用ゆ、〈○中略〉
千宗易曰、古より歷々茶湯お玩来ども、茶の道は詫度こと也と雲て、昔の松角柱お立しお、松の皮付柱に仕替、又は杉丸太の柱お立、端板お取て、座中床の中まで壁塗にして、其壁の上塗土に、長すさと雲て、四五寸ほどに藁お切、朽らせ和て土に塗こみ、壁にさびお付ると雲て、黒くふすもるやうに見せ、葦の皮付お以、壁下地にして窓お塗あげ、天井の鏡板お取て、蒲お編て張、青竹のふちお打天井に用ゆ、又は杉力弜檜(さわら)木の長片板お、其幅一寸ばかりにして、少黒く色お付、網代に組て天井に張、女竹の皮お取、二本宛ならべてふちにも打、又青竹一本宛もふちに打、壁の腰張湊紙、又は軽い座敷は常の反古お以も張、床中は腰張無之、茶堂口通口の太鼓張の障子は、白き奉書紙にても、又常の反古にても張、茅葺竹椽にして庇お付、座中其庇の所やねうらにして突上あり、此庇は木の皮付杉丸太の椽也、