[p.0563]
槐記
享保十三年九月廿一日、夜参候、〈○中略〉世間一統に、囲居とさへいへば、必ずゆがみ柱お立ること如何なる訳にや、定めて田舎山居の、あるにまかせたる風流洒落ならんと存ず、それ故〈拙○山科道安〉此度の囲居に、ゆがみ柱お忌みて直なる柱お建たり、而して後つく〴〵詠めて初て感ず、昔人の仕置たることの、後世用て不止は、よく〳〵訳ありてのこと也、壁とまりの木〈世間流は、大方一尺三寸ばかり、宗和の形か、准后(近鵆家熙)の御囲居は一尺九寸三分、〉より上、正直に細くして壁土お見ること多く、下が明たれば、何とやらん上があきたるやうにてすまぬもの也、ゆがみが入れば、壁止りの上が壁土格別に細く、上にては又ひらきて、色々に広狭がある故に、正直にもなし、細長にも見えぬ故にてはあるまじきやと申し上ぐ、如何様にも左あるべし、それも直なるお仕て見て覚へたる実見也と仰〈○近衛家熙〉らる、