[p.0586][p.0587]
南方錄

腰掛附堂腰掛中偃
休居士〈○千利休〉時代は、何方も一重露地なり、往還の道路より直に露地の大戸お開き内に入、大戸のきわに腰掛あり、板縁又は簀子等の麁相成仕立なり、露地草庵、是詫の茶の湯なれば、誠に中やどりのやすらひ迄なり、其後古田織部正、小堀遠州等に至て、治世のともにひかれて、大名高貴の心に応じ、万般自由能様にとて堂腰掛と言もの出来、衣装等おも着かへし也、夫故衣装堂とも雲なり、家来共、堂腰掛までは自由に出入する様にして、扠今一重内に塀おかけ、中挑おかまへ、中挑の内に又腰掛お付、初入は主中挑迄むかひに出る、扠懐右済中立の時、堂腰掛までは不行に、中挑の内に付たる腰掛に居て案内の鉦お待、〈○中略〉
腰掛に置べき諸具之事
看板 版、但喚鐘にても柝にても、 円座、但客の数次第並上座下座、 硯文庫 当日客名付 烟草盆
案内のなり物お初め、腰掛の諸具右のごとし、円座のとぢめ壁付にすべし、腰掛二つあらば、上座下座分て置べし、硯箱の内、筆二本、小刀、墨、此分入べし、書院方には墨さし抔も入るなれども、腰掛の硯箱には無用也、筆一本はおろし墨付たるお、ぼうしなしに入れ、一本は帽子お掛て入る也、帽子の寸抔も有、秘事口伝、文庫の内、奉書美濃紙一帖づヽ入べし、口伝有、当日客の名付、賞客と思ふ客お壱番に書付べき事勿論也、烟草盆の事、休の時代迄はまれ〳〵に用ひし故、烟草盆の一具抔なかりし也、漸八九十年来、世なべて用る事になれり、利休たばこ盆抔雲あり、是休の名おかりたるなるべし、