[p.0591]
長闇堂記
一昔は四畳半えん差にして、六畳四畳土間屋根の下有手水、それにすはりぬけの石船すえ、又本おもほり、桶おもすえしなり、織部殿〈○古田織部正〉の時、大石の五十人百人して持石鉢となれり、長鉢は南都橋本町の川橋ぎぼうし有けるお、中坊源吾殿へ某申請て持候なり、遠江守殿取給ひて、長二尺八寸に切、六地蔵の路次にすえ給ひしお、後台徳院様〈○徳川秀忠〉へ上りて江戸へ下りしなり、