[p.0616][p.0617]
備前老人物語
筑紫にて蘭白秀次、小倉の色紙おもとめ得給ひ、御座敷おあらため、色紙おひらきの御会あり、利休お上、客として、相伴に三人あり、比は四月廿一日余、暁がたのころなりしに、風呂の御茶湯也、人々座敷にありけれども、短檠の火もなく、釜のにへおとのみにて、いかにもしづしづとしたる様体也、いかなる御作意ならんとおもひ居ける折柄、利休の居られしうしろの障子、ほの〴〵とあかくなるお不思義におもひ、障子おあけられければ、月影あかく、御座のうちにほのぼのと移 けるまゝに、さればよと思ひ、にじりよりて見れば、小倉色紙の御かけもの也、その歌に、
ほとゝぎす鳴つる方おながむればたゞ有明の月ぞ残れるとある、誠に折にふれ、おもしろき事いはんかたなし、其時利休その外の人も、さても名誉不思義の御作意かなと、同音に感じ奉る、