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老の波
作意なしに茶たてよ、法に随へとはいへど、又琴柱ににかはする事は、いと風流お失ふ事なり、作意新意も其出る所おもしろがらせんと、例の軽薄の情より出ては、いと拙くして、はてはいかに流れゆかむも知るべからず、隻我物になすべきなり、我ものになせば、臨機応変其程お得るなり、〈○中略〉森口といふ所にわび人あり、宗易知人なりけるにぞ、ある冬の夜、ふと夜ふかく立よりたり、主悦びて迚へ入れたり、住居のいとわびたるもおかしく思ひたるに、窓の外面に人の音しけり、みればあるじ灯に竹竿もちそへて、柚の樹の下にゆき、竿もて柚お一つばかり打落して袖にして入りぬ、うち見るより是お一種の調菜にしぬるなり、いとおかしきわざかなと思ふに、さればぞ柚味噌にして出しけり、酒一献すぎて、大阪より到来しつるとて、いと美、しき餅おいだしぬ、宗易さらばよべより知らする者ありて、かくはとゝのへけむ、初めのわびたるさまは皆作ちもの也と興さめて、その会未半ならざるに、京に用事ありとて急ぎ帰りけり、あるじとゞむれどもきかざりしとぞ、今の茶は皆作り物なれば、宗易め心おもしろくかたらふ友は、いまの茶おなす人には少なくやあらん、是も三斎翁のかたられしに、むかし宗無といふわび人の茶に、宗易ら客にゆきけり、あるじいでて、唯今名水到来候とて、釜お引上げて勝手へいりけり、其内に宗易棚より炭とりおろして、すみおさしくべけり、あるじぬれがまおもち出て、暫く炭おみて釜おかけゝり、予も此席に在けるが、是程おもしろかりつるはなかりしといひ給ひけるとなむ、主客の意の合したる事など、これらおみても知るべし、名水お待ちうくるに常度にかゝはらざりしぞ、実に活動ある所作にて、これらおみても其実意よりいでて、わが物になりしは、みな臨機応変かくはありけるてふ事お知るべきなり、