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茶窻間話
上二
小堀遠州侯伏見におはせし比、筑前守黒田某、帰国の次手立寄候はん間、御茶給り候へと、道中より申越れければ、其用意ありけるに、何がし俄にいたはりありて、大津駅にて養生せらるゝおもて、当日の茶会ことわりの使者お立られければ、遠州にもほいなく思はれしおりふし上林竹庵京の数奇者両人お携へ見舞に上りければ、幸今日は催せし事侍りぬ、路次へまはり候へ、茶おふるまはんとありければ、三人甚だよろこび、有がたき段申けり、比は六月はじめつかた、夕立の雨さわがしく、中立なりかぬるほどなりしが、晴ての跡はいと凉しかりけり、かくて案内にしたがひて入しに、花なき床の壁に、さと水打そゝぎしあとばかりなりければ、各いかにと思ふ所へ侯出給ひて、けふの夕立、路次の樹々のぬれそぼちて、いさぎよきお見られし目にては、いかなる花にても賞玩あるまじとて、生ざるなりと仰られしに、三人あと感じて、人々にもかたりきこえければ、京中の生茶人、雨さへ降ば床おぬらして、花いけざりけるよし、遠州侯伝へ聞給ひて、大に笑はれけり、