[p.0622]
茶事談

近代万方茶の会おこのみて諸流おふかち、その流々お論じ、たヾ賓主応対に敬礼もなく、たヾうつはものヽ善惡、あるびはあたいの高下おきそひ、容貌動作お論じ、衆人茶室に群居して、終日淫媟戯慢するばかりなり、かくのごとくにては、日々に茶会おもよほすと雖、又何の益あらんや、茶誌に、南川子雲、唯侈麗奢靡にして、却て妨風雅と雲、又世俗茶は驕の本といへるは、近代京師浪花の有徳の者、茶事お好て雅器おあつめ、茶会には古物なくてはかなはずと心得、過分の財お出してこれおもとめ、或は寺院の戸帳、仏閣の石灯籠、古井筒などお乞求め、美食おもふけ、茶器の新古お競ひ、或は他の茶会に行ても、一会善悪お論じ、又は主の越度お見付んとし、会席飲食の取合せお笑ひ、彼はいかん此はよしと毀誉のみにて、風雅と礼と法とは一向に無之ゆへ、茶会は驕の沙汰になれり、又茶器お商者も、唯金銀お貪りて茶器の新古おわかたず、唯怪き器物お以て財おむさぼり、又由緒ある雅器は、人の耳目お驚すほどの金銀お乞、此等皆近代茶事の風雅お妨ぐ源なり、総じて茶人としては、第一驕お戒め、其門人に礼お学ばせ、其人お化する事、茶道の本なり、近代の茶人、茶お愛すれども其道お不知、門人にも富有なる者と見ば媚諂い、悪ことおも却てほめ、或は和漢の書画珍器おうつし、木竹お製し、人の目お偽る、又茶お愛する人にも、無益古器に金銀おついやし、終には先祖の家にも離れ、漂泊の身となる人これ多し、〈○中略〉又茶人として、茶器お蔵むる箱の裏に、其姓名お書し花押おすえ、其門人にあたへて礼物おうくる人あり、これ茶人の恥る所なり、往昔の珠光は茶の徳お尊み、水と茶の香と服とお論じ、茶お能保つ茶入お愛し、水お能保つ水壺おえらみ、茶およく浮む茶盌お求め、無鉎釜お用ゆ、これ茶お尊む本意に依て、茶味およくなさん為の風雅に非ずや、