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閑田耕筆

茶の態の益は、いとふつゝかにあら〳〵しき人も、是お玩べば起居おとなしく、物おとりあつかふも見ざまよく成ぬ、又主客の礼節、たとへば夜会にあるじ手燭お携へ出て客お迎へ、燭お石上などに置て礼して退く、客其燭お取て庭の木立など見るふりして、わざとなく主の帰る道お照らすなどやうの心づかひ、礼の実に愜ひて此意おめぐらさば陰陽成べじ、さるに俗流の弊風、得がたきおもとめ、金銭お費し、あるはまた其産業ならぬ人も、〓智あれば是おもて利お射るにも及び、心ざまよからず成行もまゝみゆ、富豪の家に茶お玩ぶことお禁ずるがあるも、子孫過奢に及んことお懼るゝと也、利休のことばとかや、釜ひとつもてば茶湯はなるものおよろずの道具好むはかなさ、釜なくば鍋湯なりともすき給へそれこそ茶湯日本一なれ、かくいへば有道具おもおしかくしなきまねおする人もはかなき、〈○中略〉
一人茶お玩びて、苔むしたる石の盥水盤お愛し、今参の男に水かへさせけるが、彼苔お残りなく洗ひ捨つるにおどろきて、かくはするものかとむづかりしにこたへて、さきに見侍れば、蚯蚓蜒蚰蝸牛やうの虫、苔およすがに宿りしかば、口おも嗽ぎ給ふものおと思ひて、能清め侍りしといふ、あるじこゝにして思惟すらく、彼がいふはことわりにして、吾古びお好むは僻めりと、これより古器の潔よからぬおさとりて、つひに茶事お廃せり、