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花月草紙

やんごとなき人ありけり、茶たつることおこのみて、かの宗易が流おくみて、かれがもたるうつはなどおほくとりあつめ、宗佐よりいまの代々のつくらせたる什器やうのものまでも、かくることなくそなへしなどゝ、みづからおひ給ひてけり、ある時宗易が像おかべにかけて、かくたうとびぬるは、われにまさるものやあらんなど、かたはらのものにもあさ〳〵しくいひて、茶ひきて居給ひしが、かの像より、煙のごときりのたつやうにみえしが、宗易来りて、われはもとよりいやしきものなるが、物にかゝはらず、心だかき気象ありければ、太閤〈○豊臣秀吉〉のとり用ひ給ひてけり、茶たつる事は一時の心やりにて、なしてもありなん、なさでもあるべきものなれど、そのころいともてあそび草となりて、さま〴〵心にまかせ、ついには法もなく礼もなく、みだれもてゆくべきと思へば、さゝやかなる道ながら、式おたて法お定めて、人にもおしへものしたるお、いまはいとおもき事のやうに心得て、その道しらぬもの其室にいれば、かほあかめて一言も出し得ざるやうに、人の心にそみわたりしも、いと愚かなることゝ悲しび思ふ、さるに君は人にもかずまへられ給ふ身にて、わがごときものおたうとび、このみちのはかなきおもしらで、いとおもきことゝ心得給ふ、心のひきくつたなさは、われもいといやしみ思へど、さすが流れくみ給ふえにしもあればかたりぬ、君いま心だかうて、其身のほどにしたがひ、なすべきことおつとめ給はゞ、きみが手ならしつるうつはものよとて、千とせの後もつたへものすべし、これおわれより古おなすといふなり、いやしきわれらのもたるうつはものなどに、おほくのざえお尽してかいもとむるのはかなさにては、このさゝやかなる道とても、心にはいかで得給ふべきと、はたとにらむと思へば、ねぶりもさめにけりとぞ、