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喫茶余錄

遠州宗甫居士壁書
それ茶の湯の道とても外にはなく、君父に忠孝おつくし、家々の業お解怠せず、殊に朋友のまじはりおうしなふことなかれ、春はかすみ、夏は青葉がくれのほとゝぎす、秋はいとゞさびしさまさるゆふべの空、冬は雪の暁、いづれも茶の湯は風情ぞかし、道具とてもさしてよすべからず、めづらしき名物とても、そのむかしはあたらし、隻家に久しくつたはりたる道具こそ名物ぞかし、古きとても形いやしきは用ひず、新しきとてもかたちよろしきはすつべからず、数多き事うらやむべからず、すくなきおいとはず、一品の道具なりとも、いくたびももてはやしてこそ、末々子孫に伝はる道もあるべけれ、一飯お進むとても、志うすきは、早瀬の鮎、水底の鯉とても味あるべからず、まがきの露、山路は蔦かづら、明暮こぬ人おまつの葉風の釜のにえおと、絶る事なかるべし、