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甲子夜話
九十四
松月斎〈○松平斉匡〉茶令
一茶の道は質素お主とし、風雅お客とし、まごゞろのもてなしあらば、万のみやび尽したるにも増りぬべし、
一おのれ好む所とて、わりなく人に勧め、己れがくむ流もて、よそ人おそしる、いづれもあさましかるべし、一物しる人のおのづから風流なる詞いふはめでたし、なまじひにまねびいふは拙し、時めく人おねたみて其あしき事のみあげ、富る家おうらやみて其宝おかぞへ、あるはへつらへる、あるはほこれる、又価尊きものお賤しく得つといひ、賤しきものお貴くもとめしと語る、いづれもあし、一書画調度ふうたるお慕ふとも、いたく耽り玩ばゞ、志お喪ふ事に至りなん、飲食瓶花も時ならざるおめづる事なかれ、異ざまなるお好む事なかれ、調度もまたしかなり、何事も偽りかざらぬさまこそよけれ、
一おのづから風流なるこそ真の風流とすべし、つとめて風雅ならんとするは、なか〳〵に山の井の浅き心みらるゝわざなるべし、
こはおのれ松の嵐おきゝ、軒端の月にうそぶき、碧眼おこゝろむるとて、何となく心に浮び思ひ出らるゝまゝお、みづからしるし、自ら警むるになん、