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貞要集
一上
台子起
一台子の起は、筑州崇福寺の開山南浦紹明和尚入唐し、帰朝の時、始て台子一荘携来れりとなり、それより紫野大徳寺に伝はれり、其後尊氏将軍の御時代、天竜寺開山夢窓国師、築山泉水遣水等の作り庭お営み、台子お以て茶会お執行はれしとかや、此時より茶道漸世に行はれ、武家にも茶亭作庭お構、賞玩せしより、台子武家に渡れり、かくて慈照院義政公の時までは、台子の茶式も区区なりしに、其頃名お得し茶人お召集、茶道の法式、並名物の茶器お詮議し給へるに、中じも南都称名院の住僧珠光は、茶道において自得融通の聞えありしおめされて、能阿弥、相阿弥立合、台子長盆茶入台天目の茶式お定られしより、台子の法は後世に伝はれり、唐より来れる風炉釜は、今の箟蒙(のかつき)釜銅風炉成べし、珠光始て土風炉お焼せ、羽釜お透木居にして台子の茶湯に用ひしと也、今頬当風炉お用ひて五徳居にせしは、紹鴎宗易比より始れり、是今の奈良風炉なり、