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太平記
二十六
執事兄弟奢侈事
越後守師泰〈○高〉が惡行お伝聞こそ不思議なれ、〈○中略〉天王寺の常灯料所の庄お押へて知行せしかば、七百年より以来、一時も更不絶仏法常住の灯も、威光と共に消はてぬ、又如何なる極惡の者力雲出しけし、此辺の塔の九輪は、大略赤銅にてあると覚る、哀是お以て鑵子に鋳たらんに、何によからんずらんと申けるお越後守聞て、げにもと思ければ、九輪の宝形一下て鑵子にぞ鋳なせたりける、げにも人の雲しに不差、膚窳無くして、磨くに光冷々たり、芳甘お酌てたつる時、建渓の風味濃也、東波先生が、人間第一の水と美たりしも、此中よりや出たりけん、上の好む所に下必ず随ふ習なれば、相集る諸国の武士共、是お聞伝て、我劣らじと、塔の九輸お下て鑵子お鋳させける間、和泉河内の間、数百箇所の塔婆共、一基も更に直なるはなく、或は九輪お被下、ます形計あるもあり、或は真柱お切られて、九層計残るもあり、