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独語
近き世に人のもてあそぶ茶の道こそいと心得ぬことなれ、器は古きおもとむるにあらず、唯新らしきおすと尚書に雲へるに、今の茶人は、幾年お経たりともしれぬ、旧き茶碗の汚穢不浄にして、しかもかけ損じたるお、うるしなどにて繕ひて用ふ、けがらはしさ雲ふばかりなし、朝鮮国の人の常に用ふる唾壺の旧きお求めて、抹茶お貯へて、是お茶入と雲ふ、是もけがらはしき竹箆お撓めて匙として茶お杓ふ、是お茶杓と雲ふ、〈○中略〉凡万の器の中に、旧くて善き物は楽器なり、昔の上手のつくりて、多の年お歷たるは、必妙なる声出でゝ、あやしきこともある故に、楽器は少しも旧きお宝とす、楽器の外は、大方何の器も旧きは新しきにしくことなし、〈○中略〉今の世の茶おもてあそぶ人は、何の珍しきこともなく、すぐれたる徳もなき常の磁器お、千金万金に買ひ取りて、上もなき宝と思ひ、させることも無き人の作れる竹の筒、竹の箆などお、百金にも買ひて、世に珍らしき物と思ふは、大なる惑なり、