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煎茶早指南
他国はおのづから他国に上茶お出す所おふけれど、我国〈○尾張〉にては内津の村民久しく茶お製し出す、其外売物にあらぬ上品の茶、予〈○嵐翠〉がしりたる分左の如し、知多郡大高の長寿寺毎年製せらる、これ江州越渓茶の法にて猶佳品なり、
水野定光寺の茶は、京師花園の製に同じくして、又これ佳品なり、此両所にて上製の茶お飲ば、気味他に異なる事甚遠し、両山ともに水も精絶なるゆへとぞおぼゆれ、
府下白林寺、毎年唐様茶お製せらる、其精品に至ては両山におとらず、水もすこぶる霊なり、
右四条は、我国同好の諸君子にしらしむのみなり、他国の人は、他国の人境によりて製法お問ひ玉へ、
本朝にて茶お産する所おふけれども、第一とするは山城の国宇治の里なり、しかれども煎茶においては、むかしより近江の信楽お天下第一と沙汰しあえり、無腸翁も宇治信楽はもろこしの上茶お出す、建渓北苑にもおとらずと、瑣言にしるされたり、
信楽の上品にて、高翁の比にもてはやされたる茶の銘は、万代、霜の花、湖水、花橘等なるよし、今は銘も堂上方より申くだして新銘お称するもあり、又高名の君子によりて求たる銘もありて、其品目はかはれども、製法においてはむかしにことなる事なし
故人すべて信楽お賞せられしが、宇治なんぞ信楽の下におらんや、両所の高下は、歌仙の人丸赤人のごとく、宇治は信楽の上たらんことかたく、信楽は宇治の下たらんことかたし、
つねに煎ずる茶、宇治にては喜撰、信楽にては信楽とゆふ銘の茶よろし、飲事は一等も上の茶よけれども、まづこれらこそ中品めよきものなり、