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煎茶綺言

験水
毛文錫雲、茶は水の神、水は茶の体、その水にあらざれば其神お顕すことなし、精茶にあらざれば曷その体お伺はむ、嘗雲、新水活水大江流水皆好、然れども道遠ければ厚味お失ふ、飛泉湍流陰翳の澗水は、性はげしうして宜しからずとぞ、又雲、井泉流水は体軽く、味ひ廿きお嘉しとすといへど、水の甘きはいかでか知べけん、皆おほかたの説にして、未だ試みざる水は茶お享に及で其品お定むべき、夫れ水は地脈によりて〓湧すといへど、五味なく、隻鹹鉄士の三気お狭む、されど其微なるは、単飲して之お口裏に識るべからず、隻茶よく其体お知て其神お顕はす、今これお審にするに、井泉江水及軽重に抱はらず、平旦に新汲水お取、白磁鐘三箇に盛て、一には鮮明の鉄線お投じ、一には研末せし五倍子お投じ、一には瑩徹の明礬お投じ、清室中二置、一夜お過て是おみるに、鉄線くもるものは鹹気なり、五倍子皂色おいたすものは鉄気なり、明礬毛茸お生ずるものは土気なり、其三件全く元の如なるは、極て潔水、茶神おみるに疑ひなし、僻地潔水なき所は、新水お取、土瓶に盛り煮熟し、一宿露天して、明朝に上清お用なば稍佳なり、又流水の如き、性はげしきものも此法お取べし、寒中の水お蓄置か、蒸露鑵(らんびき)にて水お製するも可なり、されど真味は得がたし、陸放翁が入蜀記に、溺水に杏仁の末お入て、夕お過て飲べしと雲へり、田芸衡が小品に、白石お択とりて、泉に帯て煮といへり、是法たとへ宜しとも煩し、また綠天の雨、琅玕の雪お享は、幽境やむことなきの所為なめり、