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清風瑣言

煎法
蘇子瞻の詩、佳茗似佳人と雲句有、予〈○上田秋成〉雲、茶者高貴の人に応接するが如し、享点共に法お濫れば、其悔かへるべからず、煎法蒸焙の茶は享るに宜しく、炒茶は淹煎に宜し、法則先湯の茶お享べきお候ひて、茶お急に瓶に投れ、即手に火炉お去て盆上に置、一霎時熟するお待て飲べし、熟味の候は、瓶中の茶葉の沈めるお節とす、淹茶は別鑵に湯お沸せて、茶瓶お沃盆の上に居て、茶お先瓶に投、瓶の外面より熱湯お沃ぎ、温気お内に通ぜしめて後、瓶中に湯お汲入る也、杓お高く挙れば湯躍りて茶韻お励す、熟味お待事、法上に同じ、又享るに臨みて茶葉お洗ふ法あり、是茶に塵垢有お去為也、別に瓦盆お儲て、〈是お漉塵と名づく〉新汲の水に一洗し、竹匙お以て瓶に移し、而後湯お汲入る也、沃盥の図茶経に出たり、但上製の品は不可洗、洗へば清韻お脱す、鐺炒の茶は気味共に濃く、洗ふて宜し、又淹茶の捷法有、先瓶中に茶お投、一杓の温湯お汲入て茶葉お洗ひ、即瓶の嘴より去て、更に熱湯お汲み熟候お待也、一二巡にして湯お次も可也、唯瓶お尽して、復享るには及ず、茶譜の投茶法に、茶お先にし湯お後にするお下投と雲、湯お半汲て茶お投、復び汲お中投と雲、湯お先に茶お後にするお上投と雲、春秋は中投、夏は上投、冬は下投宜しと雲り、是精細の法也、然ども淹煎は〈即下投なり〉茶葉の沈む事遅し、享る〈上投〉に劣れる証也、茶疏に雲、一壺の茶、〈壺は即瓶の属也〉隻堪再巡、初巡鮮美、再巡甘醇、三巡意欲尽矣とぞ、多く不可飲、暗中の害あるべし、廬同の茶歌に、一椀喉吻潤、二椀破孤悶、三椀披枯腸、唯有文字五千巻と雲は、茶飲の節に適ひたる也、四椀に及て発軽汗、平生不平の事、尽向毛孔発と雲ぞ、漸酔夢の境に入し者よ、五椀肌骨清、六椀通仙霊といひ、七椀にいたら喫不得也、唯覚両腋習々清風生、蓬萊山在何処等の語者、大酔の妄言にして、五千巻隻字も胸億に記すべからぬおしられて、酒仙の道路に倒るゝと異なる事なし、予前年浪華の喫茶家にて、点茶三椀お貪り、即時に立て一里の行程お帰る、此日中冬下旬、郊外の晩景風猶烈しく、往来の人皆苦吟して走る、予一人北風お面に浴すれども、更に飢寒お思はず、却て軽汗お発し、薄暮蝸盧に帰りぬ、是暫く茶仙の酔境に入し者也、平生渇お患ひて、漏危の癖あれど、いまだ其害お覚らず、蓋暗中の損有べし、又茶錄に、茶お品する者、一人得神、二人得趣、三人得味、七八人是名施茶、と見ゆるおもおもへ、客主の清雅、多飲にあらず、衆多にあらぬ事お、分量
茶の分量、享るは水一合に茶五分お適とす、濃きお好む者は是に増べし、炒茶は量お不可過、又淹茶は大方に湯お次故に、量お増も宜し、但茶品によりて活用有べき也、色味共に濃に渦る者清韻なし、