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栄花物語
八/初花
としもかへりぬ、完弘七年とぞいふめる、〈○中略〉帥殿〈○藤原伊周〉はことしとなりては、いとゞ御心ちおもりて、けふや〳〵とみえさせ給、〈○中略〉御心ちいみじうならせ給へば、この姫君ふたところ蔵人少将〈○道雅〉とおなめすへて、北の方〈○重光女〉にきこえ給、おのれなくなりなば、いかなるふるまひどもおかし給はんずらん、世中に侍つるかぎりは、とありともかゝりとも、女御きさきと見たてまつらぬやうはあるべきにあらずと、おもひとりてかしづきたてまつりつるに、いのちたえずなりぬれば、いかゞし給はんとする、今の世の事とて、いみじきみかどの御むすめや、太政大臣のむすめといへど、みなみやづかへにいでたちぬめり、この君たちおいかにほしと思ふ人おほからんとすらむな、それはたゞこと〴〵ならず、おのがためのすえの世のはちならんと思ひておとこにまれ、なにの宮、かの御かたよりとて、ことようかたらひよせては、こどの〈○伊周〉のなにとありしかば、かくるぞかしと心おつかひしかば、などこそはよにもいひおもはめ、母とておはするが、人はたこの君たちの有さまお、はか〴〵しううしろみもてなし給べきにあらず、まどてよにありつるおり、神にもおのがあるおりさきにたて給へと、いのりこはざるやらんと思ふがくやしきこと、さりとてあまになし奉らんとすれば、人ぎゝものぐるおしき物から、あやしのほうしのぐどもになり給はんずかし、あはれにかなしきわざかな、まちがしなんのち、人わらはれに、人のおもふばかりのふるまひありさまおきて給はゞ、かならずうらみきこえんとす、ゆめゆめまろがなからんよのおもてぶせ、まろお人にいひわらはせ給なよなど、なく〳〵申給へば、大ひめぎみ、小姫君なみだおながし給もおろかなり、たゞあきれておはす、きたのかたもいらへたまはんかたもなく、たゞよゝとなき給、松君の少将〈○道雅〉などお、とりわきいみじきものにいひ思しかど、くらいもかばかりなるお見おきてしぬる事、われにおくれては、いかゞせんとする、たましいあれば、さりともとはおもへども、いかにせんとすらんな、いでやよにありわづらひ、つかさ位人よりはみじかし、ひとゝひとしくならんなどおもひて、世にしたがひ、ものおぼえぬついせうおなし、名薄うちしなどおば、よにかたときありめぐらせじとす、その定ならば、たゞ出家して山林にいりぬべきぞなど、なく〳〵いひつゞけ給お、いみじうかなしとおもひまどひ給ふ、げにことはりにかなしともおうかなり、