瘡瘍

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1219 瘡 唐韻云、瘡、〈音倉、和名加佐、〉痍也、痍、〈音夷、和名岐須、〉瘡也、瘢、〈音般、和名加佐度古呂、〉瘡痕也、四聲字苑云、痕、〈戸恩反、訓上同、一訓岐波、〉故瘡處也、廣雅云、痂、〈音家、和名加佐布太、〉瘡上甲也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1219 按廣韻、瘡在十陽、倉在十一唐、此以倉音瘡恐誤、醫心方同訓、按、瘡必有痂、如人之蒙一レ笠、故名加佐、〈○中略〉廣韻、創、説文曰傷也、瘡上同、玉篇、瘡、瘡痍也、釋名、創、戕也、戕毀體使傷也、 按瘡有瘡瘍瘡痍二義( ○○○○○○○○○) 、敏達紀云、天皇與大連於瘡、又發瘡死者、充盈於國、是瘡瘍、故訓加佐、神武紀云、矢瘡痛甚、是瘡痍、故訓岐須、源君引而同之、非是、〈○中略〉仁德紀同訓、〈○中略〉廣韻、痍、瘡痍、按説文、創痍並訓傷、故孫氏瘡痍互訓也、釋名、痍、侈也、侈開皮膚創也、〈○中略〉昌平本、下總本、作音盤、並與廣韻合、醫心方創http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12191.gif 、訓加佐乃阿止、〈○中略〉廣韻同、按玉篇、瘢、瘡痕也、孫氏蓋依之、説文、瘢、痍也、釋名、瘢、漫也、生漫故皮也、〈○中略〉醫心方痕、阿止、岐波、岐須、三訓並載、下總本岐波作岐須非、〈○中略〉説文、痕、胝瘢也、玉篇痕、瘢痕也、玄應音義引通俗文云、創瘢曰痕、即此義、釋名、痕、根也、急相根引也、〈○中略〉廣雅釋詁、作痂、創也、按顔師古急就篇注云、痂、瘡上甲也、與此所引文合、南史、彭城劉邕嗜瘡痂、即是也、説文、痂、疥也、段玉裁曰、痂本謂疥、後人乃謂瘡所蛻鱗痂、此古義今義之不同也、

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1219 膿 四聲字苑云、膿、〈音農、和名宇無、又云宇美之留、〉瘡汁也、説文云、膿腫血也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1219 山田本訓作俗云恐非、那波本作和名、曲直瀨本宇无作宇美、按上文http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12192.gif 腫、下文

〔伊呂波字類抄〕

〈宇病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1220 膿〈ウミシル、ウム、ウヅク、瘡汁也、〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1220 膿( ウミシル)

〔伊呂波字類抄〕

〈加人體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1220 瘡〈カサ亦作創〉 初良 癬〈已同上〉 瘢〈カサノアト、カサトコロ、〉 痕〈同カサト〉 痂〈カサブタ、瘡痂也、〉 瘍〈http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12205.gif 音戈、又作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12206.gif 、疤同、匹部反、カシラカサ、瘡痂用也、〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1220 瘡( カサ) 痕( カサアト)

〔壒嚢抄〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1220 カサノ類
疵( カサ) 癢( カユシ) 癭( ロ) 瘻( 同) 瘤( シイネ) 附贅( フスベ) 癬( ゼニカサ) http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif ( ウルム) 疹( ヒヾ) 皹( アカヽリ) http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12207.gif ( クチヒヾ) 胗( 同) 黑子( ハクソ/ハウクロ) 痤 ( ニキビ) 痂( カサフタ) http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12208.gif ( カタネ) 疥癩( ハタケ) 眈目( イヲノメ) 代指( ツマハラミ) http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12209.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12207.gif ( チヽハクル) 風http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12209.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12207.gif ( カザホロシ)
常ニ疼ヲヒヾニ用、是疹ノ字ヲ誤ル僻字也、又ハ胗ト書、説文ニ云、疼ハ徒冬反、疹之忍反、皮ノ外ニ小シ起ル病ト注ス、是ヒヾ成ルベシ、冬アル故ニ疼ヲモヒヾニ用ル歟、瘤ヲコブトヨム、人ノコブ也、又ハ疣ヲ用ユ、馬ノコブニハ脊瘡ト書ク、瘤ノ字ヲバ無痛腫ヲ謂瘤ト云ヘバ、コブシイネハ痛ナキ病ナレバ叶ヘルヨミ也、是等ノ字皆瘡ノ類ヒ也、

〔沙石集〕

〈三上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1220 忠言有感事
百喩經ニ云、昔ヲロカナル男有リ、人ノ聟ニナリテユキヌ、サマ〴〵ニモテナセドモ、ヨシバミテイト物モクハズ、飢テ覺ケルマヽニ、妻ガアカラサマニ立出タルヒマニ、米ヲ一ホウ打クヽミテ、クハントスルトコロニ、妻カヘリキタル、ハヅカシサニ面ウチアカラメテイタリ、ホウノハレテ見へ給バ、イカニト問ヘドモ、物モイハズイヨ〳〵面アカミケレバ、 ハレ物( ○○○) ノ大事ニテ、 物モイハヌニヤト思テ、父母ニツゲケレバ、來テアレハイカニ〳〵ト問ニ、イヨ〳〵ハヅカシサニ、カホアカミケリ、隣ノ者ミナアツマリテ、聟殿ノハレ物ノ大事ニオハスルアサマシキ事カナト訪ヒケリ、イカサマニモ大事ノ物ニコソトテ、醫師ヲヨビテ見スレバ、ユヽシキ大事ノ物ナリ、急ギ療治スベシトテ大キナル火針ニテ、ホウヲヤキヤブル、米ホロ〳〵トコボレテ、ハジガマシキ事カギリナシ、

〔日本書紀〕

〈二十敏逹〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1221 十四年三月丙戌、天皇思任那、差坂田耳子王使、屬此之時、天皇與大連卒患於瘡、故不遣、詔橘豐日皇子曰、不背考天皇勅、可修乎任那之政也、又 發瘡死者充盈於國( ○○○○○○○○) 、其患瘡者言、身如燒被打被一レ摧、啼泣而死、老少竊相謂曰、是燒佛像之罪矣、 六月、馬子宿禰奏曰、臣之疾病至今未愈、不三寶之力救治

〔萬葉集〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1221 太宰大監大伴宿禰百代等贈驛使歌〈○中略〉
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12211.gif 天平二年庚午夏六月、帥大伴卿、忽生 瘡脚( ○○) 、疾苦枕席、因此馳驛上奏、望請庶弟稻公姪胡麻呂、欲遺言者、勅右兵庫助大伴宿禰稻公、治部少丞大伴宿禰胡麻呂兩人、給驛發遣令卿病、而逕數旬幸得平復、于時稻公等以病既療府上京、於是大監大伴宿禰百代、少典山口忌寸若麻呂、及卿男家持等相送驛使、共到夷守驛家、聊飮悲別乃作此歌

〔榮花物語〕

〈八はつ花〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1221 花山院、いみじうわづらはせ給ふ、いみじうあはれいかにときヽたてまつるほどに、 御かさの熱( ○○○○○) せさせ給ふなりけり、

〔權記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1221 長保四年五月六日辛丑、花山院自觀音院還給、仍參候、會比叡辻供奉、右金吾同被候、詣彈正宮、奉謁、入道納言、爲時眞人、正世朝臣等祗候、正世針宮 御腫物( ○○○) 、膿汁一斗許出、各給疋綾、 六月十三日丁丑、丑刻許、惟弘來云、彈正宮薨給云々者、 十五日己卯、權天文博士奉平宿禰來示云、去九日、月犯心後星變、是庶子可愼、其後不幾前彈正親王薨去給、〈○中略〉年廿六、去年冬十月受病之後、數月惶惱、遂 以逝去給、

〔榮花物語〕

〈七鳥邊野〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1222 彈正宮〈○冷泉皇子爲尊親王〉うちはへ御よありきのおそろしさを、よの人やすからずあひなき事なりと、さかしらに聞えさせつるに、ことしはおほかたいとさはがしう、いつぞやのこヽちして、みちおほぢのいみじきものどもおほかり、かヽるものどもをみすぐしつヽ、あさましかりつる御よありきのしるしにや、いみじうわづらはせ給てうせ給ぬ、このほどは新中納言、いづみ式部などにおぼしつきて、あさましきまでおはしましつる御心ばへを、世のうきものにおぼしつれど、うへ〈〇九君〉はあはれに覺しなげきて、四十九日の程にあまに成給ひぬ、〈○中略〉かくて彈正宮うせさせ給ぬと云事、冷泉院ほのきこしめして、世にうせじ、ようもとめばありなむものをとぞの給はせける、あはれなるおやの御有樣になん、

〔大日本史〕

〈九十四皇子〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1222 爲尊親王〈○冷泉子、中略、〉長保四年六月、以疾薙髮、尋薨、〈日本紀略、一代要記、〉年二十五、爲尊甚好色、通攝政伊尹女、〈榮華物語〉遂納爲妃、〈榮華物語、大鏡、〉又與宮女和泉式部姦、毎夜微行荒淫、因感疾至起、帝聞訃歎曰、若求遄死、其豈無術邪、〈榮華物語〉
○按ズルニ、爲尊親王ノ病ハ、權記ニ據レバ腫物ナリ、然ルニ榮花物語ニハ、夜行シテ時疫ニ感ズルモノトス、大日本史ハ榮花物語ニ據リテ荒淫ニ因ルトス、少カ其文意ヲ誤解スルモノニ似タリ、

〔小右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1222 寛仁二年三月十九日壬子、申刻許、内供自天台來、爲申老尼 種物( ○○) 、證源師云、今日見瘡體、可治歟、
萬壽二年七月廿六日丙午、日者播磨守泰通、 左手大極腫加給之( ○○○○○○○○) 、蛭喰未平云々、今日付醫相成云、昨罷問、日者忠明灰治已無其驗、不灸、可灸所今可灸者、 八月廿三日壬申、相成云、院 御肩http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12221.gif 間有腫物( ○○○○○○○) 、御身熱振給、御心地不覺者、非腫物氣歟、又云、前大儈正濟信、 左肱腫物出( ○○○○○) 、尤似愼、生死在今明者、近 來世間不靜、怖畏無極、 三年八月四日丁丑、阿闍梨文圓煩 腫物( ○○) 由云々、仍以義光朝臣訪、依彼消息、丁子巴豆等、從昨頗宜者、

〔古事談〕

〈一王道后宮〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1223 吾運已盡也トテ、令涕泣給云々、經輔後只今候殿上之由、經長奏シケレバ、天氣快云々、天皇〈○後朱雀〉其後不幾程、令 腫物( ○○) 給テ、同月十九日崩給云々、

〔古事談〕

〈三僧行〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1223 同關白長女〈後朱雀院女御〉 兩手有瘡( ○○○○) 、一身不 聊( ヤスカラ) 、雅忠申云、醫術難及、須佛力云々、仍奉親王、終夜祈念、臨曉平愈云々、〈○中略〉
鳥羽院初度相撲節之時、右相撲人遠方勝、傍輩仍殊勝勸賞云々、節日臨刻限參仕云、今日不勇力云々、人々驚問子細之處、申云、自此曉俄ニ腫物出來、且可御覽トテ、胸ヲ掻出タリケレバ、 乳上ニ土器許紫色ニテ腫物出タリ( ○○○○○○○○○○○○○○○) 、苦痛シ無爲方云々、其時方大將已下愁歎不少、相議云、事體已非常、一乘寺僧正〈御持僧〉賜棧敷見物、方大將已下相率向彼棧敷歎合之處、僧正云、非力之可及事、但若ヤト可試三寶トテ、暫コマヌカレケレバ、腫物カタハシヨリ、堤ナドノクヅルヽヤウニ次第ニヘリテ立尋常云々、左合手某存敵之由、以有驗陰陽式之由、後日風聞云々、

〔台記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1223 康治三年五月廿一日辛未、大威儀師寛救 憂瘡( ○○) 云々、即使之、對曰、及獲麟、見其反札、寛救手書也、思之當時未危急歟、遣筮形之、遇http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12231.gif一レhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12232.gif 〈臨九二動〉余占曰、據九二爻辭、幷正義會釋等之、病難愈、依會釋、陽將消也、正義、但宜有從有否、乃無不利、以之推之、吉見疾意、加療治者可驗、近代醫、能難病意、然則生少矣、又案臨卦辭曰、至八月凶云々、案正義、八月有三説、〈建未、建申、建酉、〉正義案注、以建申最、會釋説、建未爲最、然者六月、七月、八月、似凶、就中據正義者七月、依會釋者六月、書筮不審十一箇條、〈又曰、此外有秘事、可注申、又弟子之中、誰吉習之、〉使前少納言俊通寛救、歸來曰、瘡上邪氣加、只今不覺、得常之時、可注申者、又曰、寛救申云、此筮甚重、但非聊扶歟、已與余占相同、 廿二日壬申、仲範許、有赤龍之水、乞之由、遣寛救之亭、又召内匠頭丹波實康、〈雖多オ、能見疾死生、〉令寛救、歸來云、必死、自今日後經十 餘日、〈與會釋説同〉 是疽之類也( ○○○○○) 、當時瘡身如橘、赤輪四五許寸、在右肩上云々、 廿三日癸酉、召醫師成世寛救亭、歸來云、吾疾病難、救不愈、扁鵲何益乎、不瘡、

〔太平記〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1224 資朝俊基關東下向事附御告文事
相摸入道何カ苦シカルベキトテ、齋藤太郞左衞門利行ニ、讀進セサセラレケルニ、叡心不僞處、任天照覽、被遊タル處ヲ讀ケル時ニ、利行俄ニ眩衂タリケレバ、讀ハテズシテ退出ス、其日ヨリ 喉下ニ惡瘡出テ( ○○○○○○○) 、七日ノ中ニ血ヲ吐テ死ニケリ、

〔陰德太平記〕

〈六十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1224 光秀弑信長卿
天野〈○光秀臣源右衞門〉後ニ立花左近ニ筮仕セシガ、 頬ニ腫物ノ生ゼシ( ○○○○○○○○) ヲ拔ントセシニ、漸々ニ肉出テ癒ザリケレバ、甚怒テ自裁シテ死スト云リ、又腫物平癒セズシテ死ス共云リ、

〔慶長見聞録案紙〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1224 慶長十年十月上旬http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000069681.gif 、清洲下野守殿〈○忠吉〉 腫物( ○○) 御煩、其後腫氣、 十二月十日、下野守殿〈忠吉〉御煩危急、自辰刻午刻迄、偏如死人、御口中〈江〉御藥を入、午刻御蘇生、 十五日、下野守殿〈忠吉〉俄ニ滅ス、扨追日平癒、

〔塵塚談〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1224 品川驛三丁目、飴屋長次郞忰市太郞十三歳、最初醫者ども風濕と名付療治せしよし、 兩脚腫物出來( ○○○○○○) 、膿水夥しく出、蒲團は勿論疊迄くさり、病蓐より毎日 菌( キノコ) 生ず、荒和布の莖の如くにして、黑くかたくして手にてはきれず、凡一ケ年程惱みて、天明元丑年夏病死す、死後背肉のこらず隕、骨計になる、手足はばら〳〵に離れ、膝もはなれ六ツになれり、腹のみぞ皮肉あり、頭は離れず、奇怪の病也、右長次郞隣家加賀屋武右衞門が妻物語、此婆々父は藤澤驛大坂屋勘左衞門、俳名梅舍が娘也、女には稀なる性質にして、空言をいふものにあらず、

〔理齋隨筆〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1224 子供、 くさかさ( ○○○○) 出來たるに、左の歌をかきて張をけば愈とぞ、
春の日の長に草もかりすてんとくかりつくせ庭の夏草
また瘭疽の藥には、みかんのたねを黑燒にして、のりにまぜ付る、此藥のどけには管を以、咽に吹入るべし、また産後の水氣あるにはとへらの木、右の手一束に切りて皮を煎じ飮べしと、いづれも手がろき事共にて、覺え居てよろしき事なれば書付る、

〔白石紳書〕

〈九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1225 小兒の くさ( ○○) の藥 かち栗を粉にして、はこべの汁に而つくる、

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1225 痤 唐韻云、痤〈昨禾反、和名 邇岐美( ○○○) 〉小癤也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1225 醫心方同訓、後朱雀帝患邇岐美、見榮花物語、關白師通公患邇岐美薨、見續世繼波上盃卷、按今俗呼邇岐美者面皰也、病源候論云、面皰者謂面上有風熱氣上レ皰、頭如米大、亦如穀大、白色、肘後方云、年少氣充、面生皰瘡皆是也、不源君所言邇岐美、醫心方、皰亦訓爾岐美、〈○中略〉廣韻無小字、玉篇同、説文、痤、小腫也、按素問生氣通天論、勞汗當風、寒薄爲http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif 、鬱乃痤、注痤謂色赤瞋憤、内蘊血膿、形小而大如酸棗或如按豆、則知痤即痤癤、源君分痤癤二、非是、病源候論亦云、痤癤腫結如梅李也、

〔伊呂波字類抄〕

〈仁疾病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1225 痤〈ニキミ、 二禁( ○○) 、小癤也}

〔年山紀聞〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1225 二禁
舊記に二禁といふは、何にてもすべて瘡なり、

〔碩鼠漫筆〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1225 あばたといふ瘡痕の名〈○中略〉
古來、腫物を二禁といふ、
○按ズルニ、此説確カナラン、何トナレバ、後世ノ所謂ニキミハ、只顔面ニ生ズル小血疱ニシテ、毫モ痛痒ナキヲ、中世ノ書ニ見ユルニキミハ、其病状甚ダ重ク、生命ニ關ハルモノ多ケレバナリ、

〔榮花物語〕

〈三十六根合〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1225 内〈○後朱雀〉の 御にきみ( ○○○○) の事なをおこたらせ給はねば、いかにとむづかしう覺しめ す、ついたちのありさまなどおなじ事也、日ごろのすぐるまヽに、なを水などいさせ給てやよからんと申せば、其さほふの御しつらひしてゐたてまつる、いとさむきころたえがたげにみえさせ給、

〔殿暦〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1226 長治元年八月十日辛亥、依 小二禁( ○○○) 參内、 十三日甲寅、依齋院〈○白河皇女善子内親王〉 御二禁( ○○○) 、余〈○藤原忠實〉申刻許參彼院

〔長秋記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1226 元永二年九月廿日、參梁園、〈○輔仁親王〉御二禁有增氣、 廿三日、參梁園、丹波重忠語云、宮御瘡與一昨日同事也、〈○中略〉宮仰云、於瘡者不增減、此兩三日辛苦甚、敢不存命
○按ズルニ、輔仁親王、元永二年九月二十八日薨ズ、

〔台記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1226 久安四年十月一日乙卯、欲宮及内、依 二禁( ○○) 發頃俄止、此由觸外記、傳聞、依上達部不參政、依二禁諸神之屬

〔續世繼〕

〈四波の上の盃〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1226 三月三日、曲水宴といふこと、六條殿にて此殿〈○師通〉せさせ給ふときこえ侍りき、〈○中略〉四十にだにたらせ給はぬを、しかるべき御よはひなり、かぎりある御いのちと申しながら、 御にきみ( ○○○○) の程、人の申し侍りしは、つねの御ことヽ申しながら、山の大衆のおどろ〳〵しく申しけるもむつかしく、世の中心よからぬつもりにやありけんとも申し侍りき、

〔葉黄記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1226 寛元四年八月五日辛卯、院 御二禁( ○○○) 、頗御增氣、仍有御灸、百壯、長忠朝臣奉灸、 廿二日戊申、依 御二禁( ○○○) 及御灸例不分明也、但仁安二年閏七月、後白河院御二禁雖御灸、醫師等有勸賞、件記〈右大〉注進了、有御感云々、醫師等料小梡飯被宛、人々兩日調進了、

〔玉海〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1226 承安二年九月廿日丙戌、午時許參内、依御不豫事也、依御物忌、候二間方、女房相逢云、去十七日未時許、有御浴殿事、其時始奉付之、御腰上脊骨右方有御 二禁( ○○) 〈其勢圍碁石頗小程也〉仍召遣醫師等、〈重長、定成、憲基、〉此中憲基早參、〈于時酉刻許也〉奉之申云、今夜可藍、〈實摺大黄於藍、奉之、而君之御療治、輒不針灸、以大黄至極之治、仍申大黄之由バ、忽可恐思〉 〈食之故、今夜先申藍由、隨今夜體、自明日偏可大黄云々、〉御寢之間、可押帖云々、入夜定成參入申云、藍帖專不然、摩大黄於麥門冬、可之、不今夜之形勢、太以懈怠也云々、其後重長參上、申状大略同定成、仍一向奉大黄押帖之儀云々、十八日夕、醫師申小增之由、其中憲基申云、奉付之人若令相替歟云々、果以然也、頗自讃云々、其後不增不減及于今日、余召寄憲基、定成等、相尋子細、各申云、殊事不御、自今朝聊有御減云々、定成語云、鱸魚、石榴等共以爲禁食、而憲基注申可好聞食之由、太以不覺也、仍注出本文、令人々云々、秉燭之後、攝政被參、暫余退出、

癤 根太

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1227 癤 病源論云、癰癤、〈音子結反、字亦作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022587.gif 和、名賀太禰〉血結聚所生也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1227 山田本作音子結反、那波本同、並與廣韻合、玉篇http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022587.gif 癤同上、按新撰字鏡、醫心方同訓、賀太禰、蓋結根之義、結訓加多禰、見江次第、今俗呼禰夫登、〈○中略〉原書引養生方云、人汗入諸食中、食之作癰癤、又云、五月勿核果及桃棗、發癰癤也、與此所一レ引不同、原書又云、痤癤者、由風濕冷氣搏於血、結聚所生也、則癰癤當痤癤、血上亦有脱文、然原書痤癤候中引養生方、載癰癤、則痤癤癰癤不甚異也、

〔伊呂波字類抄〕

〈加病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1227 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022549.gif 〈カタネ〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1227 癤( カタネ) 根太( ネブト)

〔倭訓栞〕

〈中編十八禰〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1227 ねぶと 癤をいふ、根太の義也、古へはかたねといへり、今の俗便毒をよこねといふ也、出羽にては癤を にくも( ○○○) といへり、

〔濟生寶〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1227 癤( ネブト) 〈和名加太禰、言硬根也、俗云禰布止、言根太也、〉
按癤、血有餘而爲食毒、滯留多生腰尻脚、而其頭微尖根大似疔、而不膿小粒異、其類有數品、皆毒淺、俗所名者記于左
蔓癤( ツルネブト) 頭兀( カシラハゲ) 團膨( デンボウ) 軟癤( ハスネ/○○) 夏蒸( ナツムシ) 湯瘡( ユブセ)

〔中右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1228 大治二年四月廿六日、此十餘日、右腰下有 堅根( ○○) 、遠行之間、有更發一レ音、召醫師成世、令見之處、其熱頗大、雖恐、早以蓮可射之由所申也、仍從今夕蓮、此堅根出後及十餘日也、 廿七日丙戌、終日射蓮、有小減氣、 卅日、今日施藥院使重基、幷成世等來、見此堅根、令蛭五六十許了、雖大事、衰老之身、數日療治、身心屈了、以蓮常可沃之由所示也、 五月六日、今朝成世來、掃堅根之口、仍纒頭、 七日、從今日堅根以柳洗、依成世申也、〈○中略〉施藥院使來、令堅根、申云、明後日、今一度可蛭者、但有減氣者、 廿九日戊申、右腰下、堅根平愈了、從去月廿六日更發、以蓮柳之、四ケ度、飼蛭療治之間也、及一月、衰老之身、神心屈了、

〔玉海〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1228 嘉應二年七月六日甲申、憲基來針齒下、語云、主上御不豫、御 堅根( ○○) 云々、但御平愈了云々、

押領使

〔吾妻鏡〕

〈三十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1228 嘉禎二年正月十七日乙亥、將軍家〈○藤原賴經〉依御疱瘡餘氣、御股御膝、腫物〈號 押領使( ○○○) 〉廿餘个處令出給、今日、女房石山局召良基朝臣、可何様御事哉之由被仰合、不殊御事云云、聊奉療治

疔瘡

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1228 丁瘡 千金方云、治丁瘡方云、丁〈或本丁作疔、未詳、〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1228 曲直瀨本無云下丁字、下總本作千金方云丁瘡六字、無治字及方云丁三字、按原書丁腫部、有一切丁腫、又有丁瘡、又有魚腸丁瘡、無此所引文、云丁二字亦可疑、下總本單作丁瘡是、又按病源候論云、初作時突起如丁蓋、故謂之丁瘡、丁古釘字、後俗從疒作疔、集韻疔、病創是也、然説文廣韻皆無載、故云未詳也、玉篇以疔爲疒字籕文、未據、

〔醫心方〕

〈十六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1228丁創方第一
病源論云、丁創者、風邪毒氣搏於肌肉生也、初如http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022504.gif 、掻破靑黄汁出、裏有赤黑脈、亦有全不一レ人知、忽以衣物觸、反手著、痛亦有肉突起、如魚眼赤黑久結、皆變http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000019633.gif創、創下有深孔、如火針穿之状、初作時、突起如釘蓋、故謂之丁創、令人惡寒四支強痛、創便變燋黑色、腫大光起、根http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000042744.gif 強酸痛、皆其候也、在手 足頭面骨節間者最急、其餘處則可也、毒入腹則煩悶不佳、或如醉、如此者二三日便死也、

〔覆載萬安方〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 丁瘡
又云、丁腫、亦云丁毒、附諸 瘡疥( カユガリ)http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 疹〈ホロシ、〉瘰癧、惡核〈ネマル〉如 核( タネ) 、

〔甲陽軍鑑〕

〈九上品第二十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 信州平澤大門到下等合戰之事
一武田晴信公、天文十一年、四月五月兩月、人數をやすめ、六月四日に、七千五百〈ノ〉人數を將て、信州諏訪郡へうち出、敵地盡放火せしめ、高島諏訪左馬助にしほつけ、門きはまで押つめ放火し、其次日は賴茂、居館の小城へをしよせ、ねこやまで燒候へ共、城を出て戰はざる子細は、諏訪殿、運の末にてやらん、賴茂、うしろ手の打越に、六月六日の夜より、 疔と云はれ物出來て( ○○○○○○○○○) 、存命不定に痛まるヽに付て、大將なればたヽかふ事ならず、城持事樣々なり、

癰疽

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 癰( ○) 釋名云、癰、〈於容反〉氣壅結而不潰也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 原書作癰壅也、氣壅否結裏而隤也、此不字恐衍、説文、癰腫也、按腫字下亦云、癰也、是凡腫謂之癰、是瘡墳腫倍他瘡、故特專癰名也、

〔伊呂波字類抄〕

〈爲病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 癕〈イヨウ〉 V 同

〈惠病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 癰〈エウ〉

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 疽( ○) 説文云、疽、〈七余反、俗云發背、〉久癰也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 按病源候論、疽發無定處、依其發處、名各不同、發背亦疽中之一、非諸疽一名發背也、〈○中略〉原書疒部、今本無久字、徐鍇本及後漢書注、玄應音義引皆有之、急就篇注亦云、癰之久者曰疽、今本蓋誤脱也、

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229 癰疽( ヨウソ) 〈腫物〉

〔醫心方〕

〈十五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1229癕疽所由第一
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000017372.gif 子方云、九江黄父問於岐伯曰、余聞、腸胃受穀上焦出氣、以温分宍、而養骨節、通腠理、中焦出氣、如 露上注谿谷、而滲孫脈津液、和調變化、而赤爲血、血和則孫脈先滿、乃注絡脈、絡胍皆盈注、乃於經脈陰陽已張、因息乃行、行有經紀、周有道理、與天合、同不休止、切而調之、從虚法實冩、則不疾、則氣留、去虚、補實則有餘、血氣已調、形神乃持、令已知血氣之平與不平、未癕疽之所從生、成敗之時、死生之期、期有遠近、何以度之、可聞乎、

〔漫遊雜記〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1230 和蘭人能審癰疽之別、癰爲治、疽爲治、今世人、以癰爲大甚危篤之病者、不其分也、夫癰者濕、疽者乾、癰者張、疽者陷、癰者紅潤、疽者紫黑、余〈○永富鳳介〉受其法、徴之事實、果然無差矣、

〔瘍科秘録〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1230 癰疽
少壯ノ者ニ少ク、老大ノ人ニ多キモ、老衰シテ氣血ノ循環不順ニナルユヘナリ、凡人歳五六十ニ至リ、羸痩スベキ頃ニ、却テ肥胖ニナル者ハ、多クハ癰ヲ發ス、是モ氣血ノ壅滯スル故ナリ、胸腹ヘモ四肢ヘモ發シテ、處ハ一定セザレドモ、背脊ニ發スルモノ多シ、故ニ發背ノ名アリ、

〔古事談〕

〈三僧行〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1230 大御室〈○性信〉効驗事、大二條殿〈○藤原敎通〉治暦之比、 癰瘡發背( ○○○○) 、典藥頭雅忠云、癰種已及五寸、以萬死之病也、醫療不及云々、親王修孔雀經法、修中平愈、依之被龍蹄二疋庄園二所、〈尾張國簑田、阿波國篠原、〉

〔續本朝往生傳〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1230 權中納言源顯基者、大納言俊賢卿之子也〈○中略〉常詠白樂天詩曰、古墓何世人、不姓與一レ名、化爲道傍土、年々春草生、亦曰、忠臣不二君、七々聖忌之後、忽以出家、男女引衣、恩愛妨行、不敢拘留、昇於楞嚴院、落餝入道住大原山、好内外典籍、修念佛經、後 受發背之病( ○○○○○) 、良醫曰、可治、納言曰、萬病之中、正念不癰疽也、不此次早歸九泉、便止療治、唯修念佛、長以入滅、

〔本朝世紀〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1230 久安五年正月廿八日辛亥、今夜、大法師忠春卒、〈○中略〉權律師仲胤者、是仲春叔父也、去六日癰疽發背、不其由、犯禁忌、雖醫療驗、忠春今年有夢想、有人告云、炎魔王有大法會、召汝可導師、果如其夢歟、人惜之、世悲之者也、

〔太平記〕

〈三十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1231 將軍御逝去事
同年〈○延文三年〉四月二十日、尊氏卿ノ背 癕瘡( ○○) 出テ、心地不例御座ケレバ、本道外科ノ醫師數ヲ盡シテ參集ル、倉公華陀ガ術ヲ盡シ、君臣佐使ノ藥ヲ施シ奉レ共更ニ無驗、陰陽頭、有驗ノ高僧集テ、鬼見太山府君星供、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000007220.gif 道供藥師ノ十二神將ノ法愛染明王、一字文珠不動慈救延命ノ法、種々ノ懇祈ヲ致セ共、病日二隨テ重クナリ、時ヲ添テ憑少ク見へ給ヒシカバ、御所中ノ男女、氣ヲ呑ミ、近習ノ從者、涙ヲ押ヘテ、日夜寢食ヲ忘タリ、懸リシ程ニ、身體次第ニ衰ヘテ、同二十九日寅刻春秋五十四歳ニテ、遂ニ逝去シ給ケリ、

〔落穗集〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1231 一同年〈○天正十三年〉三月、家康公、御背に、 癰の御腫物( ○○○○○) 御出來被成、既に御他界と他國に而は取沙汰仕る程之御樣體なり、最初は根太の少し大きなる物にて候處に、前島長十郞、佐原作十郞、河原甚太郞、三人の小姓衆に被仰付、大蛤之貝を以て、右之腫物を御はさませ被遊候故、一夜之中ニ御痛み強く罷成申に付、御家老中を始、御醫師衆拾人餘りも相談の上にて、勝屋長閑御療治申上候處に、唐人流の荒藥と御腹立被遊、御付藥を御洗ひ落させ被成候ニ付、本多作左衞門罷出、先我等を御手討に被成候後、此御藥御無用ニ可成候、只今御佗界被遊候而は他人までも無御座、御縁家の北條殿を始め、御持之國をねらひ可申候は、必定也、御家中の面々も、御年若の殿におくれて力を落し、はか〴〵敷合戰も得仕間敷候、左樣ニ仕而は御跡の潰れ申外無御座候、我等儀は八十に及び、目は片目切潰され、指も三ツ切まげられ、脛にも手負候へば、足さへちんばに成候へば、世上の人々片輪と申片輪を、身ども壹人にてかヽげ候、今日迄は殿の御情にて御家中に而も人かま敷罷在候、只今にても御死去被遊候へば此作左衞門は即時に飢死仕候外は無御座候、たとへ存命仕候とも、あれこそ家康公に仕はれたる本多作左衞門と云者の、何を樂しみに、命を惜み存命候哉と、諸人に後指をさヽれ候ては、生たる甲斐も無御座候、此ごろ迄武田殿家中にて甘 利殿と申、諸人の尊敬に逢たる侍も、主人の家潰れ候へば、今程本多平八組に成り、松下一黨、白坂一黨の者共は、下野をへつらい被居候、信玄鋒さき盛の時は、甘利殿など如此あらんとは、夢にも思はざる事に候、是偏に勝賴の無分別故、長篠合戰より八年目家滅亡致し、歴々の侍さへ右之通りに罷成候、殿にも今度長閑が藥御附被成間敷と被仰候得ば、何れの道にも大將の無分別は同然にて候と、段々道理をくどき立、涙を流して被申上候へば、家康公御心得被遊、此上は其方申通御療治被遊べくと被仰出候故、長閑罷出、御藥を指上候、御灸をも雙六の筒の大サに致シ、作左衞門自身三火迄すへて進上仕リ、御内藥をも被召上候處、其夜半に御腫物吹切、膿水夥敷出申候時、作左衞門聲を揚て嬉し泣になき申候、本多佐渡も同然之由、其後御腫物頓て御平愈の由也、
○按ズルニ、家康ノ腫物ノ事、武德編年集成ニハ疔ト爲シ、岩淵夜話ニハ根太ノ如キモノト爲セリ、

〔筆のすさび〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1232 一奇病 此頃友人小寺清光がかける記事を見るに、其事奇なるに依りて左にしるす、
文政五年夏、本邑篁、後巷文助といふ者癰を患ふ、六月二十四日、癰潰れて二http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000046303.gif 魚あり、膿血に隨ひて出づ、癰亦稍く愈ゆ、其子茂平異みてこれを語る、以て文助に問ふに、曰信なり、其長さ寸餘、尾ありて首なし、鱗鰭並に全し、蓋是嘗て此魚を好む、其砂礫多きを以て、皆其頭を去る、然れども已に食せざること數月、今出でヽ鮮且全きは何ぞや、予文助の言を聞き、益其異を嘆ず、夫熟して後これを食ひ、糜してこれを咽む、安ぞ鮮且全を得んや、人の腹中食を受くる所あり、また何ぞ背よりして出づるを得んや、稗官小説或は恠疾を載せて、未だ斯類の事あるを聞かず、是によりてこれを觀れば、世の奇恠非常を傳ふるもの概して妄誕とすることを得ず、文助少して我に傭す、故に其事を詳にするを得たりといふ、備中笠岡小寺清光記す、

〔叢桂偶記〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1233
史記呉起傳曰、卒有疽者起爲吮之、卒母聞而哭之、人曰、子卒也、而將軍自吮其疽、何哭爲、母曰、非然往年呉公吮其父、其父戰不踵遂死於敵、呉公今又吮其子、妾不其死所矣、是以哭之、〈○中略〉水戸城西飯富村、有一農夫貧且魯、加之累年不登、於是計營益窮、因擧田宅之、身爲瘍醫家奴、因識一二煉膏乃辭還里、自稱癰疽之妙、舊知奴生平者、竊嗤笑焉、無療者、奴又餓、隣里偶有疽者、其家貧無醫之資、因招奴、奴欣然應招貼膏、然斷斷兮無他技、唯自吮其疽而已、其疽不日而愈、

熱瘡

〔醫心方〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1233熱瘡方第五
病源論云、諸陽氣在表、陽氣盛、則表熱因運動勞役湊理則虚而開、爲風邪所一レ客、風熱相搏、留於皮膚、則生創、初作瘭漿、黄汁出、風多則癢、熱多則痛、血氣乘之則多膿血、故名熱創之、

〔醍醐寺雜事記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1233 承平六年三月十三日、使典藥允淡海常邦人夫三百餘人、曳醍醐寺塔心柱、〈○中略〉余因 熱瘡( ○○) 障不會耳、

〔小右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1233 萬壽二年八月廿八日丁丑、左兵衞督公信 肱有熱腫( ○○○○) 、法住寺僧都尋光皆有腫物、忠明云、共可冷、就中尋光僧都頗重者、大納言云、病人二人病極無事也者、

氣腫

〔書言字考節用集〕

〈五肢體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1233 氣腫( キシユ)

〔病名彙解〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1233 氣腫( キシユ) 病源ニ云、氣腫ハ其状癰ノ如ク、頭ナフシテ虚腫シ、色變ゼズシテ皮上急痛シ、手纔ニ著ハ即痛ム、風邪氣搏テ生ズル所ナリ、

〔常山紀談〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1233 鎌信は長さのみ高からず、左の脚に 氣腫( ○○) 有て、あゆむ時足をひく如く見得しとなり、

人面瘡

〔筆のすさび〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1233 一人面瘡の話 仙臺の人怪病の圖、幷に記事左に載す、〈本文漢語を以てすといへども、今兒童の見やすからんために和解す、覽者これを察せよ、〉王父月池先生〈○桂川〉嘗て余に語りて曰く、祖考華君の曰く、城東材木町に一商あり、年二十五六、膝下に一腫を生ず、逐漸にして大に、瘡口泛く開き、膿口三兩處、其の位置略人面 に像る、瘡口時ありて澀痛し、滿つるに紫糖を以てすれば、其の痛み暫く退く、少選ありて再び痛むこと初のごとし、夫人面の瘡は固より妄誕に渉る、然るにかくのごとき症人面瘡と做すも亦可ならん乎、蓋瘍科諸編を歴稽するに、瘡名極めて繁し、究竟するに、其の症一因に係りて發する所の部分、及び瘡の形状を以て、其の名を別つに過ぎざるのみ、人面瘡のごときも亦是なり、今茲に己卯中元仙臺の一商客、門人に介して曰く、或人遠くより來りて治を請く、年三十五を加ふ、始十四歳のときにありて、左の脛上に腫を生ず、潰れて後膿をながして不竭、終に朽骨二三枚を出だす、四年を經て瘡口漸く收る、只全腫不消、歩頗難し、故に温泉に浴し、或は委中の絡を刺し血を瀉す、咸應せす、醫者を轉換するも亦數人、荏苒として幾歳月、其腫却りて自ら增し、膝を圍み腿を襲がせ、然して再び膿管數處を生じ、彼收まれば此に發し、前に比するに甚同じからず、只絶えて疼苦なく、今年に至りて瘡口一處に止る、即先に骨を出すの孔旁なり、瘡口脹起哆開し、あたかも口を開くの状のごとし、周圍淡紅く唇のごとく、微しく其口に觸れば則血を噴る、亦痛疼なし、口上に二凹あり瘡痕相對し、凹内に各皺紋あり、あたかも目を閉ぢ笑ひを含むの状のごとし、眼の下に二の小孔あり、鼻の穴の下に向ふが如し、兩旁に又各痕あり、痕の邊に各堆起し、耳朶のごとく、其面楕圓、根膝蓋に基して、頭顱の状をなす、且患ふる處惻々として動あり、呼吸のごとし、衣を掲げて一たび見れば、則言を欲する者に似たり、復約略人面を具するにあらず、強ひて人面をもつてこれを名づくるの類なり、而して脛の内廉腿股に連り、腫大にして斗のごとく、靑筋縦横遮絡、これを按ずるに緊ならず寛ならず、其の脈數にして力あり、飮食減ぜず、二便自可、斯症固よりこれを多骨疽に得たり、多骨疽の症、多くは遺毒に出づ、而して其の瘡勢斯のごとくに至るものあり、只口内汚腐、充塡縁なく、餌糖即貝母も眉をあつめ口をひらくの功を奏することあたはず、文政己卯中元、桂川甫賢國寧記、

脱疽

〔病名彙解〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1235 脱疽( ダツソ) 手足ノ指ニ生ジ、甚シキトキハ節ヨリ腐脱ル也、〈○中略〉正宗ニ云、脱疽ハ外腐テ内壤ルヽ也、此レ平昔厚味膏梁臟腑ヲ薰蒸シ、丹石補藥腎水ヲ消爍シ、房勞過度シ、氣竭、精傷ルヽニ因ル、多クハ手足ニ生ズ、手足ハ五臟ノ枝幹也、瘡ノ初テ生ズル形、粟米ノ如シ、頭便チ一點ノ黄泡其皮煮熟スル紅棗ノゴトク、黑氣浸漫シ、相傳テ五指遍ク上http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029712.gif 面ニ至ル、其疼湯ニ潑キ、火ニ燃ガ如シ、骨枯筋練、其穢異香解シガタシ、孫眞人ガ肉ニ在トキハ割、指ニアルトキハ切ト云、即此病也、又脚背發ト名ヅク、脱癰モ同證也、

附骨疽

〔瘍科秘録〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1235 附骨疽
附骨疽ハ、病源候論、千金方等ニ、附骨成疽ト論ジタル通リ、其毒骨ト肉トノ間ニアツテ、肉ヲ侵ス時ハ、骨朽チ外ニ發スル時ハ漏ヲナス、此病多クハ四肢ニ發シ、又胸肋ニモ發ス、背脊ニ發スルコト至テ少シ、其初メ寒熱交作、骨疼スルト結毒ノ如ク、漫腫シテ色ヲ變ゼズ、或ハ變ズルモ 駁( マダラ) ニ淡紫色ヲ成シ、遂ニ膿ヲ釀ス、内ノ廣ク腐ルモノナレバ、是非トモ二鍼モ三鍼モ刺サヾレバスマヌ樣ニナルモノナリ、膿出腫消シテ故ノ如クニナルモ、稀膿淋瀝ト出テ口ヲ斂メズ、是ヲ病源候論ニ 骨疽瘻( ○○○) ト云ヘリ、

舌疽

〔瘍科秘録〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1235 舌疽
舌疽ノ名ハ、古書ニ考ル處ナシ、本邦ニテ唱へ始メタルコトヽ見ユ、隨分多キ病ナレドモ、其證候ヲ詳ニ云フモノハ未ダ見アタラズ、證治要訣ニ、曾有 舌( ○) 上病一レ 瘡( ○) 、久蝕成穴ト云ヒ、醫宗金鑑ニ、 舌疳( ○○)ト云フモノヲ載テ、百無一生ト斷リタルハ、思フニ舌疸ノコトナリ、其病失榮乳岩ト同因ニテ、翻花スル氣味アリ、至極大病ニテ、三十人ノモノナレバ二十九人マデハ死ヲ免レズ、又 黴毒ノ舌ニ( ○○○○○) 發スルモノ( ○○○○○) 、固結陷蝕シテ、其形状舌疽ニヨク似タレドモ、治シ難シトセズ、香川太仲行餘醫言ニ眞舌疽ヲ黴毒ト心得タルハ誤リナリ、舌疽ノ初メ、多クハ舌尖或ハ右偏或ハ左偏ニ發ス、或ハ舌 下或ハ舌心ニ發スルモアリ、固結スルコト豆ノ如ク、 栗子( クリ) ノ如ク、久キヲ經レバ瘡頭自ラ腐蝕シテ凹ニナレドモ、鹽醋辛辣及ビ熱飮モ一切染ルコトナシ、染ミザルハ至テ毒ノ深キ故ナリ、凡ソ口舌何程腐爛シテモ、飮食ノ染ル證ハ治シ易シトス、腐蝕日ニ深ク、固結月ニ蔓リ、舌ヲ轉動シ難ク、言語蹇澀シ、一年或ハ二年ニ至テ遂ニ舌缺ケ盡テ死スルナリ、始メハ痛ミモナケレドモ、腐蝕スルニ從ヒ痛ミモアリ、寒熱ヲモ發ス、コノ病少壯ノ人ニ少ク、多クハ五六十ノ頃ニ及デ患フルモノナリ、舌疽ヲ患フルモノハ、頷下及ビ頸ニ核ヲ結ビ、疽ノ大ニナルニ從テ、核モ大ニナリ、或ハ潰ルコトアリ、潰ルトキハ其腐蝕シタル形状舌疽ニ同ジ、同毒ナレバナリ、

〔救瘟袖暦〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1236 一男子 舌疽( ○○) ヲ患フ、〈舌瘡翻花者世ニ之ヲ舌疽ト云ハ、舌疽ノ名見處ナシ、 舌疳( ○○) ト唱ベシ、〉寛政辛丑ノ頃ヨリ舌ノ右側ニ結核アリ、癸卯ノ秋ヨリ微ニ血ヲ出ス、丁巳十一月ノ頃ヨリ出血益多ク、十二月二十七日出血五升許、暈倒シ四肢厥脈絶ス、急ニ獨參湯ヲ進メテ人事ヲ省シ、又血七合許ヲ出シ再ビ昏絶ス、

〔靑囊瑣探〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1236 上總州舌疳藥
余〈○片倉元周〉童年在藍溪先生塾中時、竊思吾長而爲人治疾、小恙則嵌甲、鵞眼、黑痣、雞眼子等、大患則傷寒、脚、痢疾之類、莫論而已、其他至于癩疾、癲癇、鼓脹、偏枯、勞瘵、肺癰、 舌疳( ○○) 、乳疳等之古今所治者、亦欲旁方妙藥以盡治上レ之、是以求諸百家醫籍、或問諸友朋、後游城攝、探名家秘方之、今且二十餘年、經驗不枚擧也、然至于鼓脹偏枯勞瘵肺癰乳癌舌疳、〈邦俗呼曰 舌疽( ○○) 〉則取効僅僅無幾、常以此爲憾焉、鳴呼此數證素係廢疾者歟、曩橋本四郞左者抱病、與吉田道見倶自上總州九十九里來、就余求治、渠云、隣邨有一老醫妙起舌疳、然秘惜其方敢傳一レ人、余頃請二子重利其方、未我手中、〈近吉田道見得此方來傳之、因録後卷以參看、〉

瘭疽

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1236 瘭疽 集驗方云、瘭疽、〈瘭音標、俗云倍宇曾、〉血氣否澀而所生也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1236 按病源候論熛疽候云、此皆毒氣客於經絡、氣血否澀、毒變所生也、其文略同、按 病源候論熛疽候又云、熛疽之状、肉生小黯點、小者如粟豆、大者如梅李、或赤或黑、乍靑乍白、有實核、燥痛應心、或著身體、其著手指者似代指、又云發五臟兪、節解相應通洞、熛疽也、又齒間臭熱、血出不止、熛疽也、又云、十指端忽然策々痛、入心不忍、向明望之、晃々黄赤、或黯々靑黑、是熛疽、是熛疽、發無定處、今俗謂獨發在手指瘭疽、非是也、

〔伊呂波字類抄〕

〈部病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1237 瘭疽〈ヘウソ〉

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1237 熛疽( ヘウソ) 〈指之病也〉

〔雲錦隨筆〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1237 瘭疽には、梅干を黑燒にし、黏にて塗てよし、又海人草と菅と古き茶袋とを黑燒にして、黏に合せて塗もよし、又一年ばかりの干大根を煎じ、數回指を漬てよし、又螢を粘飯にて練合せて塗てもよし、

〔瘍科秘録〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1237 瘭疽
瘭疽ノ瘭ハ、熛ヲ本字トス、病源ニハ已ニ熛ニ作レリ、史記相如傳ニ、雷動熛至ト見ユ、熛ハ火ノ飛貌ナリ、迅速ノ病ユヘ、熛疽ト名ヅケタルナリ、本邦ニテハ指ニ限リテ發スルモノヽヤウニ云傳ヘナアレドモ、四支胸背ヘモ亦發スルコトアリ、病源、千金、外臺等ノ論ヲ讀テ知ルベシ、然レドモ先ヅ指ニ發スルコト多ク、他へ發スルコトハ少シ、故ニ指ニ限ルヤウニ心得タルナルベシ、今ニテハ指病ノ總名トナレリ、

〔梅園叢書〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1237 物の命をたつもまた助くる理ありといふ論〈○中略〉
瘭疽といへる腫物の甚しきを、指をきりて、療治する事あり、齒などのゆるぎいたむに、此齒をぬきてさる事あり、

〔理齋隨筆〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1237 瘭疽の藥には、みかんのたねを黑燒にして、のりにまぜて付る、此藥のどけには、管を以咽に吹入るべし、

代指

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238 代指 集驗方云、代指、〈和名豆萬波良米〉無毒、由筋骨中、熱盛生也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238 按、豆万波良米、爪孕之義、〈○中略〉按外臺秘要引小品方云、代指無毒、正繇人筋骨中熱盛撮結故耳、與此所一レ引文略同、

〔伊呂波字類抄〕

〈都人體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238 代指( ツマハラミ)

〔病名彙解〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238 代指( ダイシ) 指ノ頭ガ腫テ後ニ爪甲ノ脱落スル也、指瘭疽ハ色黑シ、代指ハ黑カラズ、準繩ニ云、代指ハ先腫http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000019137.gif 熱シテ痛色黯カラズ、爪甲ノ邊結膿ス、ハゲシキモノハ爪皆脱落ス、此指疽ニ類ス、然ドモ甚ダ毒ナシ、故ニ色黯黑ナラズ、久キトイヘドモ人ヲコロサズ、

〔牛山方考〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238 一瘭疽ノ類、代指ノ類、或ハ脱疽トテ、手足ノ指ニ生ジ、其肉黑ク爛テ、漸々ニ腐肉ニナリテ、指切レ落ル症ニハ、黄芩、黄連、防風、連翹、金銀花ヲ加テ奇効アリ、

丹毒瘡

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238 丹毒瘡 掌中要方云、丹、〈或本作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12381.gif詳、〉要毒之氣、其色無常、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238 按病源候論、丹者人身體忽然http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000019137.gif 赤、如丹塗之状、故謂之丹、是所以名一レ丹也、从疒俗字耳、〈○中略〉日本紀略、延喜十八年九月十七日、右衞門醫師深根輔仁撰掌中要方、今無傳本、按外臺秘要引肘後方云、丹者惡毒之氣、五色無常、掌中要方蓋本之、又醫略抄引産經云、夫丹者惡毒之氣、五色無常、其文與肘後方同、此其色蓋五色之誤、萬安方丹毒俗云知利氣、亦云毛衣草、亦云火、

〔伊呂波字類抄〕

〈太病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238 丹毒瘡〈タンドクサウ、汁入口俄死也、或本作丹字http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12381.gif 也、〉

〔醫心方〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1238丹毒瘡方第一
病源論云、夫丹者人身體也、忽然變赤如丹塗之状、故謂之丹也、或發手足、或發腹上、如手掌大、皆風熱惡毒所爲、重者亦是疽之類、不急治則痛、痛不堪、久乃壞爛、去膿血數升、若發於節間、便斷人四支、毒入腹殺人、小兒得之最忌、
又云、白丹者初發癢痛微、虚腫如http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022504.gif、不痛不赤、而白色也、由風氣故然、

〔覆載萬安方〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1239 丹毒
和語云火、又云草、小兒方中、此萬安方四十七卷同可照見

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1239 丹毒( モヘクサ)
熱、遊丹、赤腫ヲ方、此ハ身色赤シテ丹ノ色ノ如ナル是也、是ハ風熱ノ生ズル處也、

〔叢桂亭醫事小言〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1239 丹毒
丹毒ハ寒熱シ、甚煩渇シテ、周身定ル處ナク丹クナル、或ハムラ〳〵トナルヲ赤遊風ト云、其丹キ處、源氏雲ノ樣ニナルヲ雲花頭ト云、又寒ナク偏ニ大熱スルモアリ、三黄湯白虎湯又ハ犀角ヲ用ユルコトモアリ、又近頃江州ノ大島某ノ、丹毒ヲ ハヤクサ( ○○○○) ト名ヅケテ奇術ヲ施印ス、曰ハヤクサノ病症ハ、其相顔ニアラハル、最初ニ左右ノ耳及頰ノ色、赤又赤黑クモナルアリ、夫ヨリ咽喉エムケテ其相顯ル也、或ハ腹痛スルモアリ、或ハ正氣ヲ失ヘルヤウナルモアリ、腹痛スルハ腹カタク、タトヘバ石ノ如ク、又腹ヤハラカニシテ、腹ニ熱アルモアリ、是ハ病ノ輕重ニヨルナリ、此病ハ俄ニ發シ甚急ナリ、尤餘病ニ異ニシテ、耳及頰ノ色ヲ見ルヲ丹毒第一ノ見立トスル也、

頭面瘡

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1239 瘍〈禿附〉 説文云、瘍、〈音楊、和名賀之良乃加佐、〉 頭瘡( ○○) 也、周禮注云、禿、〈土木反、加不路、〉頭瘡也、野王案無髮也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1239 那波本良下有乃字恐非、類聚名義抄、伊呂波字類抄並無、〈○中略〉所引疒部文、原書瘡作創、按創瘡古今字、段玉裁曰、頭字蓋http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000068562.gif 、説文有疕云頭瘍、則瘍不專在一レ頭、檀弓曰、居喪之禮、身有瘍則浴、鄭注周禮云、身傷曰瘍、以別於頭瘍曰一レ疕也、〈○中略〉醫心方同訓、萬安方禿髮訓志保加志良、白禿瘡訓 之良久毛( ○○○○) 、〈○中略〉所引文原書無載、按原書醫師職云、凡邦之有疾病者、有疕瘍者造焉、注疕、頭瘍、亦謂禿也、此所引或是、〈○中略〉今本玉篇禿部同、

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1239 瘍( カシラカサ) 〈頭瘠也〉

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1239 頭面瘡( ○○○) 方第十三 病源論云、内熱外虚、爲風濕所一レ乘、濕熱相搏、故頭面身體皆生瘡、

〔續修東大寺正倉院文書〕

〈十九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1240 桑内眞公解 申不參事
右眞公、 頭出瘡( ○○○) 彌大、施痛苦、此令於人 虫瘡( ○○) 〈止云、〉仍請藥師、比來之間治作、雖然未療、因録怠状、以解送、謹申、
寶龜三年三月廿三日

〔源平盛衰記〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1240 殿下御母立願事
承德二年六月廿一日ニ、關白殿〈○藤原師通〉本ノ 御髮際ニ又惡瘡出キサセ給( ○○○○○○○○○○○○) ヘリ、兼テ御託宣有シカバ、今ハ一筋ニ後世ノ御營有ケルガ、同廿八日、大殿ニ先立給テ薨ジ給フ、御年三十八、〈○中略〉此御病ハ御髮際ニ出テ、惡瘡ニテ大ニ腫サセ給ヘリ、御看病ニ伺候シタル輩、立烏帽子ヲ著テ、前後ニ侍ケルガ、互ニ見ヌ程ニ大ニ高腫サセ給タレバ、入棺可葬送御有樣ニモ非、父ノ大殿是ヲ守御覽ジテ、御涙ニ咽バセ給ナガラ、御行水召レテ、春日大明神ヲ伏拜セ給テ、子息師通、山王ノ御咎トテ、世ヲ早シ候ヌ、イカニ春日明神ハ、思食捨サセ給ケルヤラン、但定業限アラン命、今ハ力及侍ラズ、カヽル淺間敷有樣ニテ、恥隱ベキ樣ナシ、此後ノ氏人、氏人タルベキナラバ、此姿ヲ本ノ形ニ成給へ、最後ノ孝養仕ント、泣々口説給ケルコソ哀ナレ、

〔碧山日録〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1240 長祿四年三月二日己卯、歸春公之第、中路遇滿翁、曰、余發惡腫於頭、爲洛之良醫來云、乃相從問腫醫下卿子、彼開室相接、視翁之腫曰、是 節草( ○○) 也、殆非毒腫也、擣藥可以傅一レ之、且期來日云、又尋松井大信子、乃得遇也、診脈視色曰、是内熱所致、謂草腫之類也、服藥惟可云、又診余之脈曰、心腎寒冷、臟腑甚瘁、常服温藥、可以自保養云、大聖住持以專僧告曰、明日乃上巳節也聚而可偈頌、要公之一來云、

瘻 瘰癧

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1240 癭瘻 説文云、癭瘻、〈郢漏二音、俗云路、〉頸腫也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1241 按右大臣俊家公患路薨、見榮花物語布引瀑卷、路即瘻、新撰字鏡瘻訓止利久比、〈○中略〉原書疒部云、癭頸瘤也、又云、瘻頸腫也、二字其訓不同、按病源候論載諸瘻、皆在頸、潰而成瘡、又癭候云、癭者初作與癭核相似、而當頸下也、皮寛不急、垂槌々然是也、外臺秘要引小品方云、癭病喜當頸下中央兩邊、釋名、癭嬰也、在頸嬰喉也、並與説文訓頸瘤合、然則癭者頸下懸疣、不瘻病、源君連癭瘻二字頸腫者誤、

〔伊呂波字類抄〕

〈久病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1241 癭〈クヒフクル、頭脹歟、〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1241 癭( ロ) 瘻〈頸腫也〉

〔醫心方〕

〈十六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1241瘰癧瘻方第廿四
病源論云、瘰癧瘻者、因強力入水、坐濕地、或新沐浴、汁入頭中、流在頸上之所一レ生也、始發之時、在其頸項恒有膿、使人寒熱、其根在腎、

〔醫心方〕

〈十六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1241瘰癧方第十三
病源論云、風耶毒氣容於肌内、隨虚處而停結、爲瘰癧、或如梅李棗等核、大小兩三相連在皮間、而時發寒熱、是也、久則變膿潰成瘻也、

〔覆載萬安方〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1241 惡瘡 人身體生瘡、其瘡則痛痒、腫http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000019137.gif 久不差、故名惡瘡也、
瘻瘡 瘰癧久而自破、膿血不止、差而復潰、膿無盡期、是曰瘻瘡也、
瘰癧 身體熱瘡、必生瘰癧、其形作結核、在皮肉間、三兩箇相連累也、生頸項及腋下也、

〔覆載萬安方〕

〈二十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1241 瘰癧
聖惠方曰、瘰癧者、風熱毒氣壅滯於http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029441.gif 膈之間、不宣通而傳於肝、肝主筋、故令筋蕃結而腫多生於頸腋之間、浮於筋皮之中、有結核累々相連、大小無定、其初發之時、熱毒腫結、故令寒熱也、

〔覆載萬安方〕

〈二十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1241 瘻瘡〈諸瘻破成瘡不差也〉
論云、久瘡膿潰不止、故謂之瘻、内經陷脈爲瘻、惡連肉腠、即此病也、得之諸瘡不差、毒氣流注經絡、及針艾妄施、或用刀傷折、皆能傷脈、故脈陷而氣漏、是以頸頷四肢及腰脊脅脈有傷、皆致此病、惟肌肉實處、治之易愈、生於虚處則難平也、若遲留歳月、或爲漏骨疽及偏枯之病、蓋榮衞環周不息、脈有陷不行、必内侵於骨髓而爲疽、血氣漏於一偏、久而虧涸亦或偏枯也、

〔一本堂行餘醫言〕

〈六下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1242 瘻〈郞豆切、音漏、〉
瘻即瘰癧也、古耑云瘻、又稱瘰癧、後世多不瘻、唯稱瘰癧、但瘻者已潰之名、而瘰癧者、未潰之稱、又呼其始小者結核、雖同一疾、所見異状、故稱謂隨別、而究之其實則一也、只有久近大小、潰不潰之異耳、夫瘻之爲病也、頸邊始結核、或左或右、或左右倶生、上及耳後、下延缺盆、前至頤、後亘項、按之粒粒可知、其小者如大豆、如銀杏、大者如桃栗、大小圓扁、縱横不齊、或二三或五六、或十餘顆、累々相連疊、歴々可斥數、〈○下略〉

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1242 瘰癧( ルイレキ) 〈クヒコ〉
論云、夫瘰癧ハ即 九漏( ○○) 是也、多ク項腋ノ間ニアリ、累々トシテ大小定ナシ、發汗寒熱ヲナシ、膿水潰漏ツブレモリ、其根ハ臟腑ニアリ、必用方云、毒藥ヲ以テ點蝕シ、及ビ針刀ヲ以テ 鎌割( ケンカツシ) キリサヒ、癧ヲ勞シテ甚クナスコトヲ忌ムベシ、即ニ蝕バミ入ツレバ后ニ死セズト云物ナシ、蓋シ外醫既ニ慈悲少ナク、又利コト積日ニヲヒテス、特ニ宜戒之、

〔榮花物語〕

〈三十九布ひきのたき〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1242 右大との〈○俊家〉かれさせ給事、月日にそへてまさるべし、右大殿年比 る( ○) といふ物ありけるが、亂給ていみじうわづらひ給ひてうせ給ぬ、

久漏

〔令義解〕

〈二戸〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1242 凡〈○中略〉 久漏( ○○) 〈謂、身成孔穴、膿汁潰漏、久而不止、故曰久漏也、 漏或作瘻( ○○○○) 也、}

〔續修東大寺正倉院文書〕

〈二十五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1242 大寶二年十一月、御野國山方郡戸籍、
中政戸他田赤人戸口廿三〈○中略〉
下中戸主赤人〈○中略〉
戸主甥廣麻呂〈年十九、少丁、 久漏( ○○) 、〉

狗兒

〔一本堂行餘醫言〕

〈六上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1243 黴毒瘡〈黴、謨杯切、音枚、〉附下疳、便毒、膿淋、囊瘡結毒、發漏、〈○中略〉
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022271.gif 癧癰( ○○○)
景岳全書、引醫林集要云、又有結核在項腋兩乳傍、或兩股輭肉處、名曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022271.gif 癧癰、今考集要、結核作癰腫、而無二或字、在癰疽門通治中仙方、解毒生肌定痛散方後、則似亦不一レ明爲http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029374.gif ( ○○) 類也、由張介賓易結核字、則似亦今時俗呼 狗兒( ○○) 者也、當時脚有灸瘡腫痛、或足指趺踝、有瘡瘍金創、打撲腫痛者、必在腿根近小腹之處結核、腫甚者惡寒發熱、國俗呼爲 狗兒( ○○) 、又云 猪兒( ○○) 、又肩背有灸瘡腫痛、則兩股下必生瘡根熱痛、亦猶小腹腿股合縫結生羊核、王璽所謂腋生http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029374.gif 者、即是此也、〈出醫林集要便癰條中〉病源候論云瘡建者亦同、

雁瘡

〔瘍科秘録〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1243 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12431.gif 瘡( ○○)
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12431.gif 瘡本邦ニテハ已ニ スネクサ( ○○○○) ト稱シ、多クハhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12431.gif ニ發スル瘡ユエ、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12431.gif 瘡ト名ケタルナリ、又雁ノ來ル頃ヨリ發シテ、雁ノ歸ル頃ニハ自カラ愈ルユエ、 雁瘡( ○○) トモ 雁來瘡( ○○○) トモ云フ、此病因ヲ考ルニ乃瘀血ナリ、

〔牛山活套〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1243 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12431.gif
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12431.gif 瘡ハ、和俗ニ ハヾキ瘡( ○○○○) ト云ヒ、又雁瘡ト云、毎年八九月ヨリ發リテ、二三月ニ愈ルヲ以テ、雁ノ歸來ニ因テ名付ル也、愈カヌル者也、此瘡ヲ治セント思ハヾ、三年ホドカヽレバ根ヲ切ル者ナリ、

〔一本堂行餘醫言〕

〈六下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1243 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12431.gif 瘡〈離鹽切、音廉、〉
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12431.gif 瘡者、謂脚脛生瘡、多痒少痛、掻破出血汁、膿水淋漓、經年不愈、偶愈復發、不上レ根治也、或有乾燥皮厚皮肉紫黑者、此證頑固、數年不瘥、陷成結毒者間有之、若用外敷藥速愈方、或浴冷泉〈如攝州多田冷泉是也〉求速 効、則陷成暴水脹而死、若不急死滯成結毒、與黴瘡結毒異、又俗用故油紙或故破傘紙、圍裹脛外、此雖輕粉藥大惡法、而亦不惡、唯非其始萌之時上レ法、則不治也、已成頑瘡者常食發物魚鳥辣茄類、以排毒、驅瘀、活致新血、擯出陳膿、候勢差減而後浴瘡温泉、〈如但州城崎温泉、號新湯是也、〉多日長洗、及四五回、則自然可瘀去毒拔終致全愈、愼勿性急謂治、而迷甘言、貪速効以招大害也、間有上及膝上内外腿、甚者下足趺、至穢爛、若http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029450.gif

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1244 疥癩 内典云、疥癩、〈介賴二音、和名波太介、〉

〔箋名倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1244 疥癩見法華經譬喩品及寶積經、按禮記月令、仲冬行春令、民多疥癘、説文、疥、掻也、釋名、疥、齘也、癢掻之齒http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000043704.gif 齘也、急就篇、痂疕疥癘癡聾盲、顔師古注、疥小蟲攻齧皮膚、漼錯如鱗介也、又疥有數種、有大疥、有馬疥、有水疥、有乾疥、有濕疥、其状詳見病源候論、其乾疥者、但痒掻之、皮起作乾痂、則説文顔師古注所云、蓋乾疥之類、可波太介、新撰字鏡http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022411.gif 疥也、訓波太介、萬安方疥訓波太介加佐、並即是、癩即俗癘字、見廣韻、訓惡疾、本書病類已載之、 併疥癘二字波太介是( ○○○○○○○○○○○) 、醫心方癩訓波多介亦誤、昌平本介作戒、類聚名義抄同、並與廣韻合、

〔伊呂波字類抄〕

〈波病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1244 疥〈ハタケカサ〉 疥癩〈同〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1244 疥癩( ハタケ)

〔豐後風土記〕

〈大分郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1244 酒水〈在郡西
此水之源、出郡西柏野之磐中、指南下流、其色如酒、水味少酸焉、用療 痂癬( ハタケ/○○) 、〈謂 胖太氣( ハタケ) 〉

〔一本堂行餘醫言〕

〈六下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1244 疥〈古拜切、音戒、〉 附字辨
疥者痒疾也、故説文云、掻也、〈韻會擧要、韻會小補、康煕字典等、倶引説文、作瘙、按今説文作掻、三書恐誤、説文元有掻無瘙、〉周禮天官疾醫、夏時有痒疥疾、後漢書鮮卑傳、蔡邕議、邊垂之患、手足之疥瘙、中國之困、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029441.gif 背之瘭疽、此皆手爬掻刮之意、而劉煕釋名云、疥齘也、癢掻之齒http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000043704.gif 齘也、可鑿矣、韻會擧要云、或作蚧、康煕字典云、類篇或作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022345.gif 、字彙云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022566.gif疥、 正字通云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022345.gif 廨並俗疥字、今皆勿用、正字通引鮮卑傳其下云、韻會引入疥註、改作蚧、謂疥通作蚧、集韻亦作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022345.gif 、篇海別作廨並非、以是爲斷極佳、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022340.gif 音戈、字彙云、疽瘡又云禿瘡、康煕字典云、同http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12206.gif 、而http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12206.gif 下云、玉篇、瘡也、集韻禿也、一曰創也、正字通云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022340.gif戈科瓜三音、方俗異讀、具爲http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022340.gif一也、而皆未疥義、此由字書之不一レ于醫事耶、併考諸醫書自知也、

〔醫心方〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1245 疥瘡( ハタケ) 方第三
病源論云、疥有數種、有大疥、有馬疥、有水疥、有干疥、有濕疥、多生手足、乃至遍體、大疥者作創有膿汁http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000019137.gif 赤癢痛是也、馬疥者、皮肉隠嶙起、作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12451.gif 、掻之不痛、此二種則重、水疥者作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022278.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000083807.gif ( カセフタ) http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022440.gif 漿、摘破有水出、此一種小輕、干疥者、但癢掻之、皮起作 干痂( カセフタ) 、濕疥者起小創皮薄、常有汁出、並皆有虫、人往々以針頭挑得、状如水内http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022340.gif、此悉由皮膚受風耶熱氣所致也、九虫論云、蟯虫多作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022340.gif

〔覆載萬安方〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1245 諸 疥( カイ)
世俗ニ云ハタケカサ、或云カユガリ、小瘡也、服四物湯太有神驗

〔文德實録〕

〈九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1245 天安元年六月壬午、中納言正三位源朝臣定上表曰、〈○中略〉自去春末 疥瘡纏身( ○○○○) 、五月以來更亦殊劇、 擧體膿腫( ○○○○) 、無起居、醫療無驗、日夜苦辛、計其能痊、當時月

〔台記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1245 康治元年七月廿日辛亥、 小兒疥( ○○○) 平復、依聞實闍梨祈也、雖末代佛法靈驗殊勝也、

〔乳母のさうし〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1245 九條殿のきたのまん所の御かほに、 はたけ( ○○○) といふものいできて、見にくきほどにありし時、てんやくのかみ申けるは、たふをくれなゐにそめて御のごひ候はヾ、御かほのはたけよくなり申よし申ければ、夫よりしてこヽかしこより御顔のごひ參らせらるヽなり、

肥前瘡

〔病名彙解〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1245 疥瘡( カイサウ) 肥前瘡( ○○○) ノコトカ、古ヘヨリ ハタケ( ○○○) ト云訓アレドモイマダ的當セズ、癬ハ タムシ( ○○○) ノコト也、癬疥ト云バ癬モ疥モ濕毒ノ惡氣ナルユヘニ連績シテ云ヘドモ病状ハ別ナリ、正宗ニ云、夫疥瘡ハ微芒ノ疾也、コレヲ發シテハ人ヲシテ掻テ手閑ナラザラシム、但其何ヲ以テ生ズ ト云コトヲ知ズ、疥ガ曰、吾根アラズシテ生ジ、母ナフシテ成、乃チ陰陽ノ氣ヲ稟テ育シ、濕熱形ヲ化シテ常ニ王侯掌上ニ列ス、何ゾ士庶ノ身ヲ妨ゲン、

〔斷毒論〕

〈天〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1246 疥源〈○中略〉
後世之疥者( ○○○○○) 、 古之所無( ○○○○) 、 而從異域傳來( ○○○○○○) 、無亦異乎痘痲http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085185.gif 之傳來耳、〈○中略〉顧此毒之傳、蓋在于唐以降乎、縦彼邦自古而有之、於我日本有焉、按和名抄〈天暦中源順著〉訓疥癩巴多却、〈膚訓巴多、氣訓却、〉依是觀之、天暦時未今之疥也者、肌膚http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022443.gif 蠡、總稱巴多却、今之疥者、通稱 肥前瘡( ○○○) 、肥前俗號曰小瘡、諱國名也、以其初起於肥前、故名肥前瘡、猶於膚者名膚瘡於斯幫私者名斯幫私朴屈於廣東者稱廣東瘡也、〈○中略〉是固非時氣風淫之所一レ發、全因沴氣 一種之傳染( ○○○○○) 、故避則必免、不避則冒、

〔一話一言〕

〈二十八〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1246 寛永年中肥前瘡
寛永年中に、人の身に瘡のいでき、其名をたれいふともなく ひぜん瘡( ○○○○) といふ、見る人、聞人、ひぜんおこりたるといはぬ者なし、同じく寛永十四年に、西國肥前に吉利支丹といふ邪法の一揆おこり、武士うけたまはりて害之、これも後に思ひあはせける、〈鼠物語〉

〔塵塚談〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1246 肥癬瘡は、野鄙の民間の瘡にして、連に傍人に傳染するなれば、貴賤ともに忌嫌ふの瘡なり、高貴奧向にては、婢女に少しにも濕瘡有時は、即日に宿元へ下る事ぞかし、故に貴族の家に此瘡有事なし、されど此瘡にて、手に箸を持事もならぬほどなやみしもの、或は年久しく煩ひし者は、極て無病息災にして、長壽なる者おほし、此瘡は身をそこなひ名を失ふ病にあらざれば、餘りに忌避るの瘡には有べからす、

〔瘍科秘録〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1246 疥癬〈内攻腫〉
疥癬ハ世ニヒぜンカサト稱シ、原ハ肥前ノ國ヨリ起タルモノユエ名クルナリ、其因濕氣ヲ受テ發スルト云フ説ニテ、今ハ通ジテ 濕瘡( ○○) ト呼ブナリ、其毒傳染シ易シテ、一人患フレバ擧家盡患フ ルニ至ル、其瘡瑣屑ナルモノハ、濃少ク痒ミ多クシテ治シ難ク、肥大ナルモノハ膿多ク痛ミ甚シクシテ治シ難シトセズ、 傅藥浴藥( ツケクスリヤクタウ) ナドニテ一旦治スレドモ病根盡キ難ク、春秋ニハ必ズ再發シテ生涯愈ザルモノ多シ、格別ノ大病ト云フニハ非ザレドモ、小兒ハ羸瘦骨立シテ面色萎黄ニナリ、疳ヲ併病スルモノナリ、又毒凝滯シテ總身ニ幾ツモ癰癤ヲ發シ、濃血淋漓トシテ流レ、遂ニ疲勞シテ死スルモアリ、大人モ多ク發スルトキハ四肢不自由ニナリ、看病人ノ入ルコトアリ、一種頑癬ノ如クニ發シ、紫黑色ニナル者アリ、是ハ毒ノ尤深キナリ、刺シテ血ヲ去ルベシ、此病ノ恐ルベキハ 内攻( ○○) ナリ、内攻スルトキハ、急ニ衝心シテ死スルコトhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029712.gif 氣ノ衝心ト同ジ、

〔雲錦隨筆〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1247 疥瘡の内攻には、伊勢鰕を煮て食すべし、又乾たるを煎じのむもよし、

〔一話一言〕

〈二十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1247 疥濕瘡( ○○○)
如來善巧呪經云、若疥濕瘡、亦用萎華、細末酥和、火上煎之、呪千八遍、塗上即愈、 今俗間に 濕癒( ○○) といふもの、疥濕瘡なるべし、

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1247 癬 説文云、癬〈音淺、俗云錢加佐、〉乾瘍也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1247 醫心方黵http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12471.gif多无之、萬安方癬俗云阿和比加佐、又云多虫、今俗呼多牟之、〈○中略〉所引疒部文、釋名、癬、徒也、浸淫移徒、處日廣也、病源候論云、癬病之状、皮肉隱胗如錢大、漸々增長、或圓或斜、痒痛有匡郭、裏生蟲、掻之有汁、按説文所釋、蓋乾癬也、病源候論云、乾癬但有匡郭、皮枯索、痒掻之白屑出是也、

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1247 癬( ゼニカサ)

〔醫心方〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1247 癬瘡( ゼニカセ/ヒカサ) 方第二
病源論云、癬病之状、皮肉上隱http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022504.gif ( チヽホム) 如錢文、漸々增長、或圓或斜、癢痛有匡郭、裏生虫掻之有汁、此由風濕、耶氣容於湊理、復値寒濕、與血氣相搏、則血氣否澀、發此病、案九虫論云、蟯虫在人腹内、變化多端、發動 亦能爲癬、而癬内實有虫也、

〔一本堂行餘醫言〕

〈六下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1248 癬〈蘇典切、音鮮、〉
癬亦疥類、痒疾也、故古連稱疥癬、大http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000058024.gif二種、一種瘡作圓文、如錢形邊高中低、邊生細粟瘡甚痒、掻之汁出、漸展、連生二三瘡、四五瘡、大者作斜形扁形、大小無定、粟瘡中、間有細蟲、多生面頬肩項兩手、間有腹背兩脚、以其似錢形、故俗呼爲 錢瘡( ○○) 、此證易治、一種瘡生陰股、始如粟粒、甚痒難堪、掻之汁出、或唯白屑起、漸延自陰毛中、及臍下少腹臍上、或自會陰左右兩臀、上腰下足、遍體無至、皮漸頑厚、色淡黑、殆如牛頷皮、有苦痒終夜不一レ寐者、以其陰股特多甚痒、故俗謂之 陰癬( ○○) 、多著男子、婦人至稀、此證極難治療、〈○中略〉
附字辨
癬或作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022450.gif 、音同癬、劉煕釋名云、癬徒也、浸淫移徒處日廣也、故靑徐謂癬爲徒也、此説亦幾乎鑿乎、从徒則可言、从鮮則不言、史記越世家云、呉王伐齊、子胥諫曰、呉有越腹心之疾、齊與呉疥http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022450.gif 也、又省作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022151.gif 、正字通云俗作一レhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000033865.gif 者恐非也、玉篇云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000033865.gif 蟲名由音同此説耳、決不用也、又康煕字典云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022541.gif 痘得案切音旦、癬病此亦不取也、

蚊觸

〔倭訓栞〕

〈中編四加〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1248 かぶれ 漆瘡をうるしかぶれといふ、倭名抄に見え、職人歌合にも見えたり、氣觸の義也、又東鑑に 蚊觸( ○○) と見えたれば、もと蚊に觸て瘡疥を生するより名づけ初たるにやともいへり、或はhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022129.gif をよめり、集韻に痒也と見えたり、

〔類聚名物考〕

〈病痾一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1248 かぶれ 臭觸( ○○) 〈歟〉 蚊觸〈明月記〉
これは俗言なり、明月記に蚊觸と書しは借字なり、さりながらも夏のほどなど、蚊に喰るれば、その所に小瘡の出來しは、かぶれたるに似たれば、さも推てはいふべけれども、もとこの詞は、その病のおこる所を思ふに、或は漆の臭氣にふれておこり、又は膏藥などにもみなその氣に觸てお こるれば、臭觸の意なるべしとの事も、やヽはやうよりいひしにやあらん、

〔明月記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1249 文暦二年〈○嘉禎元年〉十月廿六日乙卯、鍾愛孫、去廿一日、肩邊〈爾ニツ〉聊蚊觸〈如水藻〉无他病氣、令金蓮、不驚而他行了、其物膿氣歟、甚苦痛由聞之云々、今朝又示合令見者、偏似疱瘡、雖他違例、此病覧發闕中也、於今者此事歟由承伏、止療治愼之、只肩背胸邊打散少々出也、猶極不審、

漆瘡

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1249 漆瘡 病源論云、漆瘡、〈和名宇流之加不禮〉人見漆中其毒而腫是也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1249 原書作漆有毒有人禀性畏一レ漆、但見漆便中毒、喜面痒、然後http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029441.gifhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029524.gif 腨皆悉瘙痒、面爲腫、繞眼微赤、諸所痒處、以手掻之、隨手輦展起http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022278.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022355.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022278.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022355.gif 消已生細粟瘡、此所引節文、醫心方引、中毒作其毒、與此同、按説文、漆水出右扶風杜陵岐山、東入渭、一曰入洛黍木汁、可http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000045555.gif 一レ物、二字不同、後多借漆爲桼、

〔伊呂波字類抄〕

〈宇病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1249 漆瘡〈ウルシカフレ〉

〔醫心方〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1249 漆瘡( ウルシカブレ) 方第十二
病源論云、漆有毒、人有禀性畏一レ漆、但見漆便中其毒、喜面癢、然後http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029441.gifhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029524.gif 腨( モヽコムラ) 皆悉掻癢、面爲起腫、光眼微赤、諸所癢處、以手掻之、隨手輦展、起http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022278.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000083807.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022278.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000083807.gif 消已、生細粟創、甚微有膿、中毒輕者、證候如此、其有重者遍身作創、小有麻豆、大者如棗杏膿燃疼痛摘破小定在 小( レドモ) 差者、隨次更生、若火燒漆、其毒氣則厲著人急重亦有性、自耐者終日燒煮、竟不害、

浸淫瘡

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1249 浸淫瘡 病源論云、浸淫瘡〈俗云心美佐宇〉風熱發於肌膚也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1249 醫心方侵淫訓美豆久佐、〈○中略〉原書風上有是心家有四字、病源候論又云、初生甚小、先痒後痛而成瘡、汁出侵潰肌肉、浸淫漸闊乃遍體、以其漸々增長、因名浸淫也、按浸淫本作侵淫、説文侵漸也、病源候論宋本及外臺秘要作侵淫瘡、後連淫字水作浸、説文、淫浸淫隨理也、司馬相如難蜀父老云、六合之内、八方之外、浸淫衍溢、遂與水名濅字隷省作一レ浸、混同無別、

〔伊呂波字類抄〕

〈志病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250 浸淫瘡( シンインサウ)

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250 浸淫瘡( シミサウ)

〔醫心方〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250 浸淫瘡( シミサウ) 方第七
病源論云、浸淫瘡、是心家有風熱於肌膚、初生甚小、先癢後痛、而成創、汁出浸淫肌肉、浸淫漸闊、乃至遍體、其瘡若從口出流散四支者則輕、若從四支生、然後入口則重、以其漸々增長、因名浸淫瘡也、

白癜

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250 白癜 病源論云、白癜、〈一云白電、之良波太、〉人面及身頸皮肉色變白、亦不痛癢者也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250 白電之名、出廣本藥名類附子膏條、其他未見、醫心方白癜、和名之良波太、推古紀 白癩( ○○) 亦同訓、按之良波太、即白膚之義、大祓詞所謂白人是類也、今俗呼 之路奈末豆( ○○○○○) 、〈○中略〉原書無人字、身頸作頸項身體四字、痛癢作痒痛、醫心方引作痛癢、與此同、按玉篇、痒痛痒也、癢同上、

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250 白癜( シラハタ/シラクボ)

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250白癜方第十九
病源論云、面及頸項身體皮肉色變白、與肉色同、亦不痛癢、謂之白癜、此亦風邪搏於皮膚、血氣不和所生也、〈和名之良波太〉

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250 癜瘍( シラハタ)
三神散、紫黑赤白ノ 癜風( シラハタ) 、 癧瘍( レキエキ/ナマヅ) ノ白ク 駮疾( フチナル) ヲ治ス、硫黄一分、白礬一分、生膩粉二錢、右同研テ 紫茄子( アカナスヒ)ノ汁ヲ取 調( トヒ) テ少ヲ 傅( ツケ) ベシ、仍茄子ヲ切テ藥ニ 浥( シメ) テ患處ヲ磨ルコト百十一ドバカリセヨ、日三ビ、私云、白癜風ノ病ハ毛髮ニ入レバ、毛髮モ皆白クナリテ、而モ髮ハ落ルコトナシ、白癩ハ毛髮ニ入レバ即毛髮モ倶ニ落チ膚ヘモ白クシテ肌モ不仁シテ物モヲボヘズ、痛カラズ、此ヲ以テ 異( カハリメ) トスベシ、 白山カタイ( ○○○○○) ト云ハ是ナリ、

〔延喜式〕

〈八祝詞〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1250 六月晦大祓〈十二月准之○中略〉
國津罪〈止八〉生膚斷、死膚斷、 白人( ○○) 、胡久美、〈○下略〉

〔大祓詞後釋〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1251 白人胡久美( シロビトコクミ)
後釋白人は和名抄に、白癜人面及身頸皮肉、色變白云々者也、 之良波太( シラハタ) とある物の類、其外世に 白子( シロコ) といふ物などのたぐひをいふべし、〈○中略〉かくて此類は共にきたなき物なる故に、穢を以て罪とするなり、かの推古天皇の御世に參來たりし、百濟人の斑白なりしも、白人のたぐひなるを、そこに惡其異於人海中島とある如く、さる類はきたなきものにて、世の人も惡み、まして神はにくみきたなみ給ふなり、書紀履中〈ノ〉卷に見えたる淡路島に坐ます伊http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000058174.gif 諾神の、飼部の黥の疵の臰氣を惡み給ひし事などをも思ふべし、さて祓によりて白人胡久美の類の直るにはあらざれども、祓つ物を出して祓へば、その穢の清まるなり、

白子

〔異疾草紙〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1251 しろこ( ○○○) といふものあり、おさなくより、かみもまゆもみなしろく、めにくろまなこもなし、むかしよりいまにいたるまで、まヽよにいでくることあり、

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1251 白子( しろこ)
按、今往往有白子、全體悉白、惟頭髮淡赤色而http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000043419.gif 類耳、有母子同白子者、予見之、蓋續醫説所論者近於理而必不是也、月水方行時受胎、及社日受胎者世不少矣、然白子惟以一二計焉、 畸異( カタワモノ) 人原不理論也、

歴易

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1251 歴易 病源論云、歴易、〈奈萬豆波太〉人頸及http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029441.gif 前腋下、自然斑點相連、不痛不癢、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1251 醫心方、癧瘍、和名奈末都波太、按奈末豆波太、鯰魚膚之義〈○中略〉曲直瀨本歴易作癧易、原書作癧瘍、按是瘡經歴易處、故名、從疒俗字、原書頸下有邊字、斑下有剥字、連下有色微白而圓、亦有烏色者十字、不痛不痒作亦無痛痒、昌平本掖作腋同、

〔伊呂波字類抄〕

〈奈病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1251 歴易〈ナマツハタ〉

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1252 歴瘍( ナマヅ) 〈醫書作癜風

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1252 歴易( ナマヅハダ/ナマヅ也)

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1252癧瘍方第十八
病源論云、人頸邊及http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029441.gif 前掖下、自然班剥點相連、色微白而圓、亦有鳥色者、無痛痒之癧瘍也、此亦是風邪摶於皮膚、血氣不和所生也、〈和名奈末都波太〉

〔覆載萬安方〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1252 癧瘍風〈附白駮、白癜風、紫癜風、〉
論曰、癧瘍風之病、其状斑駮、點點相連而圓、大http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000058024.gif白駮而稍微也、皆由風邪熱氣搏於脾肺經、流散肌内使然也、

〔牛山活套〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1252 癜風
癜風ハ和俗ナマヅト云、 白癜風ハ治シ難シ( ○○○○○○○○) 、 和俗ハ白癩ト云テ( ○○○○○○○○) 、 天刑病ノ中ニスル也( ○○○○○○○○○) 、 汗班( アセナマヅ) ハ治シヤスキ也、多ハ夏ノミ生ズル也、蜜陀僧ヲ酢ニテ解貼テ宜シ、又一奇方 爐灰( ロタン) 硫黄雄黄樟腦、各等分酢ニテトキ貼ベシ、其効如神、

〔瘍科秘録〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1252 風癜
癜風ハ紫白ノ二證アリ、本邦ニテハ ナマヅ( ○○○) ト云フ、頑癬ノ類ニテ、至テ淺膚ノ毒ナリ、其瘡圓暈ヲ成シ、苔蘚ノ蝕スルヤウニ漸々ニ蔓延スルナリ、痛ハ斷テナク、但痒ク、四時共ニ發スレドモ、夏月暑時ニ多シ、紫癜風ハ色黑ク、淡墨ニテ染タルヤウニ發スルユエ、又黑癜風ト云フ、白癜風ハ白色クシテ、細ナル白屑ヲ起スモノナリ、紫白共二治シ易キモノナリ、一種身體白ク駁ニナリ、皮膚ノミナラズ深ク肉マデモ色ヲ變ジ、毛髮モ白クナリ、宛モ牛馬ノ斑文、草木ノ 駁葉( イサハ) ノ如クナルモノアリ、之ヲ世ニ白癜風ト稱シ來レドモ、 赤痣( アザ) ノ類ニテ癜風ニ非ズ、即白駁風ナリ、又白癘ニテ癘ノ一證ナリト云フ説アレドモ、癘ニハ非ズ、少々ナレバ治スレドモ、 開大( ヒロカリ) タルハ難治トス、

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1253 癜風( なまづ) 白癜、和名之良波太、 歴易、和名奈末豆波太、 汗斑
癜風有白紫二種、白癜面及身頸皮肉色變白、亦不痛癢者也、 歴易( ナマツハタ) 、頸及http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029441.gif 前腋下自然斑點相連無痛癢
萬病回春云、用附子硫黄、姜汁調匀先將麁布洗患處淨、以http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000055584.gif 藥擦之、白黑癜風共愈、但白者重、

〔台記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1253 康治元年七月十日辛丑、自今日治 鯰膚( ○○) 、仍不出仕、 十六日丁未、鯰膚祈造立千手觀昔、〈三尺〉又自今日三七日使全覺阿闍梨因幡堂、 廿七日戊午、癧瘍付巴豆、翌日漸膿經數日、 九月十九日戊申、友光來、癧瘍付藥、〈巴豆合和他物〉今夜膿左頸著也、先以刀摩膚令色赤之、甚痛、 廿二日辛亥、友光藥所能膿甚痛、無術、 廿三日壬子、依友光申今日初沐浴、付藥後初浴也、其後友光著藥、其色白、不名、爲早愈也、付之後無苦痛、神妙云々、浴後以桃柳鹽湯〈三物雜之〉洗之付藥也、今日公春時通等奉仕湯殿

〔新猿樂記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1253 十三娘者、中之糟糠也、醜陋不人、頑鄙不主、其爲體、〈○中略〉 疥癩歴易( ハタケニシテナマツハタナリ) 、

熱沸瘡

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1253 熱沸瘡 四聲字苑云、疿、〈音佛〉熱時細瘡也、新録方云、治夏月熱沸瘡、〈和名阿世毛、今案沸字宜疿乎、〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1253 按玉篇、疿熱生小瘡、廣韻同、即此義〈○中略〉醫心方載新録方治夏月熱沸瘡、此所引即是、新録方卷數撰人未詳、現在書目録有新録單要方五卷魏孝澄撰、或是、今無傳本、按病源候論云、盛夏之月、人膚腠開、易風熱、毒氣搏於皮膚、則生沸瘡、其状如湯之沸、輕者帀々如粟粒、重者熱汗浸漬成瘡、因以爲名、世呼爲沸子也、據之是瘡因沸湯名、又按説文、沸、滭沸濫泉、非此義、沸湯之沸、説文作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12531.gif 、云http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000017577.gif 也、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000017577.gif 俗作滾、後人借沸爲http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12531.gif 、鬲字遂廢、其疿字説文所無、俗字也、源君欲俗字古字、非是、山田本、昌平本有和名二字、山田本、曲直瀨本注沸下有字字、那波本同、曲直瀨本乎作字、

〔伊呂波字類抄〕

〈安病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1253 熱沸瘡〈アセホ〉

〔醫心方〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254夏熱 沸爤( アセモ) 瘡方第六病源論云、盛夏之月、人膚湊開、易風熱、風熱毒氣搏於皮膚、則生沸創、其状如湯之沸、輕者匝々如粟粒、重者熱汗浸漬成創、因以爲名、世呼爲沸子

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254 癜風〈○中略〉
汗斑 夏月、汗滯腋下多生之、用密陀僧細末醋調搽之、加硫黄亦吉、

〔病名彙解〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254 沸爤瘡( ホツランサウ) 病源ニ云、盛夏ノ月、人ノ膚、腠開キ、風熱ニ傷ラレヤスシ、風熱毒氣皮膚ヲウツトキハ沸瘡ヲ生ズ、其状湯ノ沸ガ如シ、輕キモノハ粟粒ノ如ク、重モノハ熱汗浸漬シテ瘡トナル、因テ以テ名トス、世ニ呼テ沸子トスルナリ、

〔病名彙解〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254 痤( ザ) 疿( ホツ/フツ) 生氣通天論曰、汗出テ濕ヲ見バ、乃痤疿ヲ生ズ、類註ニ、汗マサニ出ルトキハ、玄府開ク、若シ濕氣ヲ見バ、必膚腠ニ留ル、甚シキモノハ痤ヲナシ、微ナルモノハ疿ヲナス、痤ハ小http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12208.gif ナリ、疿ハ暑疹ナリ、馬玄臺ガ註ニ、濕邪凝結シテ遂ニ座疿ヲナス、痤ハ疿二較レバ大ナリトス、其形http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12208.gif ニ類ス、疿ハ痤ニ較レバ小ナリトス、則所謂風http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 是ナリ、正宗ニ云、痤疿ハ密ナルコト撒粟ノ如ク、尖ルコト芒刺ノ如ク、痛痒常ナラズ、渾身草刺甚シキモノハ皮損シテ瘡ヲナスト云リ、按ズルニ、痤ハ小キネブトノ類、疿ハ風ホロセノ類ナルベシ、

癮胗

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 胗 四聲字苑云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 胗、〈隠軫二音、和名知々保無、一云知々波久留、〉皮外小起也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254 醫心方、隱軫訓知々保无、又訓 保呂之( ○○○) 、〈○中略〉按玉篇、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 疹皮外小起也、四聲字苑蓋依之、廣韻作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif、病源候論作隱軫、按隱軫、蓋疊韻字、後俗從肉從疒、遂與説文脣瘍之胗疹字混、

〔伊呂波字類抄〕

〈知病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12207.gif 〈チヽホム亦チヽハル〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 胗( チヽホム/チヽハクレ) 〈皮外小起也〉

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1254http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 胗 病源論云、風http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 胗〈和名加佐保路之〉人皮膚虚、爲風寒折則起也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255 原書風http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022631.gif 胗作風瘙隱軫生一レ瘡、則起下有隱軫二字

風癮胗

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022581.gif 1胗( カザボロシ)

〔倭訓栞〕

〈前編二十八保〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255 ほろし 倭名鈔に、風癮胗をかさぼろしと訓ぜり、ほろしは疿子の轉音なり、通雅に、今俗通以熱膚生細疹疿子見えたり、

〔内科秘録〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022504.gif 風疹 風掻
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022504.gif ハ外臺ニ出ヅ、和名ヲ カザホロシ( ○○○○○) ト言フ、是モ雜氣ニ中リタルナリ、宿疾ノヤウニナリテ、二度モ三度モ之ヲ患ヒ、或ハ毎年其時節ニ至ルトキハ、必ラズ發スルモノアリ、蓋シ其資質癮疹ノ邪ニ感ジ易キ者ニシテ、決シテ内因病ニアヲズ、世醫或ハ徒ニ呼デ發斑ト爲スモノハ誤ナリ、

面皰

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022417.gif ( ニキビ) 〈面之病〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255 面皰( ニキビ) 胞http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022417.gif 〈同上〉

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255面皰瘡方第十四
病源論云、面皰者、謂面上有風熱氣皰、或如米大、亦如穀大、白色者是也、又云、養生方云、醉不露臥、令人面發瘡皰、〈和名 爾支( ○○) 美〉

〔病名彙解〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif ( サ) 生氣通天論ニ、勞汗シテ風ニアタレバ、寒搏テhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif ヲナス、鬱スレバ乃チ座ス、類註ニ云、形勞シ汗出デ、坐臥風ニアタレバ寒氣コレニ薄、液凝テhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif ヲナス、即粉刺ナリ、若鬱シテ稍大ナレバ乃チ小http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12208.gif ヲナス、是ヲ名テ痤卜云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif ハ支加切、中原雅音ニ云、酒http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif 鼻也、按ズルニ、是俗ニ云、ニキビノコト歟、又粉刺ト云リ、故ニ面ニ生ズルヲ 穀嘴瘡( ○○○) トイヒ、鼻ニ生ズルヲ 鼻http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif ( ○○) 卜云リ、

〔思誠堂筆記〕

〈仁〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1255 にきび
あなかたはとみゆるものは、御はなヽりけり、さきのかた少したりて、色づきたる、〈末摘花本文〉今按、和名云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif 鼻、野王案http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022883.gif 、〈音砂、和名http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000039193.gif 岐美波奈、〉鼻上皰也、俗に石榴鼻といふこれなり、にきみは、同和名云、唐韻云、 痤、〈昨禾反、和名邇岐美、〉小http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12208.gif 也、つねに、にきびといふ物なり、赤くして、こまかに、つぶ〳〵と出る物なれど、 丹黍( ニキビ) といふ義なるべし、〈源註拾遺〉

白雲

〔運歩色葉集〕

〈志〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1256 白雲〈頭病〉 白屑( シラクボ) 〈不病福〉

〔節用集〕

〈之〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1256 白雲( シラクボ)

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1256頭白禿方第七
病源論云、凡人有九虫、在腹内、値血氣虚則侵食、而蟯虫發動、最能生瘡、仍成疽癬http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022340.gif 疥之屬、无所不一レ爲、言白禿者、皆此虫所作、在頭上瘡、有白痂甚癢、其上髮並禿落不生、故謂之白禿也、

〔牛山活套〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1256 痜瘡
痜瘡ハ、和俗シラクモト云フ、小兒ニ多キ症也、陰事ヲ知レバ、多クハ不治シテ愈ル也、

〔瘍科秘録〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1256 白禿瘡
白禿瘡俗ニ シラクモ( ○○○○) ト稱ス、大人モ患フルコトアレドモ先小兒ニ多シ、頑癬ト同毒ニテ蔓延シテ面ニ出テ、或ハ父母ニ傳染スルトキハ、常ノ頑癬ニナルナリ、其瘡白屑ヲ起シ、瘡痂ヲ結ビ、痒シテ蟲ノ皮中ヲ行クガ如キヲ覺へ、 瘡痂( カサフタ) ノ下ニ膿ヲ持チ、遂ニ毛髮禿落スルモノナリ、 剃刀( カミソリ) ヲ當ルコト至テ宜シカラズ、髮ヲ剃レバ乍ニ蔓延シ、髮ヲ剃ズニ置ケバ格別ニ蔓延セズ、淺膚ノ毒ナレドモ、至極治シ難キモノナリ、

〔病名彙解〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1256 禿瘡( トクサウ) 俗ニ云シラクボノコトナリ、禿ハ、字書ニ無髮ナリトアリ、カブロトヨメリ、瘡ニテ髪ヌケ、カブロノヤウニナル故ナリ、从人上象禾、除錯ガ云、人ノ髮繊長ナラズシテ禾稼ノ若ナレバナリ、入門ニ云、禿瘡初テ起ル、白團斑剥シテ癬ノゴトク、上ニ白皮アリテ、久シキトキハ痂ヲナシ、遂ニ滿頭ニ至リ、瘡ヲ生ズ、中ニ膿孔細虫アリテ、裏ニ入テ痛マズ、微ク痒、久キヲ經テ瘥ズト云リ、是ハ白禿瘡ナリ、又赤禿瘡ト云ハ、蟲髮ヲ食ヒ、禿落シテ白痂ナク、汁アリテ、皮赤シテ痒ナ リ、

鬼舐頭

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1257 鬼舐頭 病源論云、鬼舐頭〈師説爲天狗下食所一レ舐是〉人頭或如錢大、或如指大、髮不生也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1257 曲直瀨本無注云字、山田本、昌平本無是字、按下食日、見口遊陰陽門、拾芥抄諸事吉凶部、暦林問答見歳下食、有下食時、引尚書暦曰、下食時者避其時其日、沐髮種菓木其時、江次第抄云、下食者鬼神之名、此日沐浴則鬼舐頭而髮落是也、但此注爲天狗下倉所一レ舐、謂下食日時沐浴、則天狗下來食舐之令髪落也、口遊、拾芥抄、簾中抄、並載下食日沐浴誦文、誦之以禳天狗下食也、江次第抄以下食鬼神名者似誤、今俗説蚰蜒舐頭則髮落、蓋蚰蜒訓下自下自、與下食時聲近而誤也、〈○中略〉原書作人有風邪於頭、有偏虚處、則髮禿落、肌肉枯死、或如錢大、或如指大、髮不生、亦不痒、故謂之鬼舐頭、此所引節文、

〔江次第抄〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1257 四方拜
歳下( セイゲ) 食 其日 注暦( チウレキ) 、下食者鬼神之名、此日沐浴則鬼舐頭而髮落、故憚之、

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1257 頭面七竅門
鬼舐頭( ケシキノネフル) ケジキノネブリタル、此是レ風邪ノ作ス所也、赤 慱( セン) ヤハラ、右末トシテ 蒜( ヒル) ニ和テ付之、

〔俗説正誤夜光珠〕

〈中〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1257 髮のまるく禿るを蚰蜒に舐られたると云説
故なくして、頭のまるく禿るを、俗に蚰蜒の舐りたる痕といふは誤れり、これ蟲毒にあらず、皮膚に風熱の聚りたる病にて、其名を鬼舐頭禿といふ、千金方に、鬼舐頭を治する方、猫兒屎を灰に燒て、臘豬脂に和て、傅くとあり、

腎囊風

〔瘍科秘録〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1257 腎嚢風
腎囊風、和名ヲ インキンタムシ( ○○○○○○○) ト云テ、是モ頑癬ノ一種ナリ、至テ治シ難キモノナリ、初メハ陰囊ニ發スレドモ、漸蔓延シテ陰莖及兩股小腹ヲモ侵蝕スルコトアリ、團暈ヲ成シテ微モ頑癬ニ異 ナラズ、酒ヲ飮ミ或ハ臥シテ温マルトキハ大ニ痒ク、 擦抓( カキムシル) トキハ又痛ヲ發シ、脂水ヲ流シ、遂ニ疙http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000075296.gif 頑麻ニナルナリ、或ハ春夏ノミ發シテ、秋冬ハ愈ルモノモアレドモ、先四時トモニ愈ザルモノ多シ、 敷藥( ツケグスリ) 洗藥ナドニテ一旦愈レドモ、日ヲ經レバ再發ス、温泉ニ浴スレバ其年ハ愈レドモ、來年ニ至レバ必ズ再發シテ、終身愈カネルモノナリ、C 瘃

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1258 瘃 漢書音義云、瘃、〈陟玉反、和名 比美( ○○) 、辨色立成云、 之毛久知( ○○○○) 、〉手足中寒作瘡也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1258 陟玉反、與玉篇廣韻合、昌平本作竹足反、字異音同、新撰字鏡、皹比彌、按器之罅坼謂 之比( ○○) 、又謂之 比々禮( ○○○) 、故人手之罅坼、亦云比美、醫心方凍瘡訓 之毛久( ○○○) 、之毛久知、蓋霜朽之義、今俗呼 之毛也計( ○○○○) 、〈○中略〉按應劭、孟康、韋昭、韓韋、劉嗣宗、夏侯泳包愷、蕭該、並有漢書音義、今皆無傳本、此所引未何氏書、玄應音義云、瘃謂手足中寒作瘡者也、與此全同、蓋依漢書音義也、又按漢書趙充國傳、手足皸瘃、注引文穎曰、瘃寒瘡也、説文、瘃中寒腫覈、

〔太平記〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1258 北國下向勢凍死事
同〈○延元元年十二月〉十一日ニ、義貞朝臣七千餘騎ニテ、鹽津海津ニ著給フ、七里半ノ山中ヲバ、越前ノ守護尾張守高經、大勢ニテ差塞タリト聞ヘシカバ、是ヨリ道ヲ替テ、木目峠ヲゾ越給ヒケル、〈○中略〉佐々木ノ一族ト、熊谷ト取籠テ討ントシケル間、相カヽリニ懸テ、皆差違ヘントシケレドモ、馬ハ雪ニ凍へテハタラカズ、兵ハ 指ヲ墜シ( ○○○○) テ弓ヲ不控得、太刀ノツカヲモ 拳( ニギリ) 得ザリケル間、〈○下略〉

〔北邊隨筆〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1258 雪墮
史記勾奴傳云、會冬大寒風雪、卒之墮指者十二三、於是冒頓佯敗走誘漢兵云々、こヽにても北越の雪中に日を經たりしものヽ、足くび腐れおちたるを、まのあたリみたりき、されどさる寒地になれたる人は、さる事もなく、かつその防もたくみなるべし、よそよりおもはむがごとくならば、ひと日もそこにはすむものあるまじき也、松前の人、京にのぼりゐたりしが、しはすの頃、かの國に て、三四月ばかりの肌もちなりといひし、されどかく暑寒順なる地にすめるをもよろこばぬ事、だヾわれひとりしかるにはあらじか、

〔東遊記〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1259 寒氣指を落す
北國の人、餘りに寒氣をこらへ、雪を侵せば、血凍り、氣のめぐり絶えて、春に至り、少し暖氣を催す頃、足の指皆紫色に變じて、やがて腐り落る也、いかに療治を加れども、治しがたきものなり、余〈○橘南谿〉も此病人を度々見たりしかども、やはり脱疽の種類なるべし、いかに寒氣甚しければとて、指の落る事やあらんと思ひすてヽ居たりしが、北地に嚴寒に遊びて、其まことなる事を知る、人のみならず、畜類までも指の落る事あり、出羽國秋田領の内大葛村の鷄、ひと年寒氣強かりし冬、庭に追放し置しに、其翌春に至り、鷄の足の指こと〴〵く腐り落ぬ、鷄の命は恙なくて今に存在すれども、足の指なければ枝に栖事ならず、只庭にのみうづくまり居る也、是も亦珍敷事といふべし、すべていかなる寒國といへども、指の落つるといふは足の指の事なり、手の指の落つるといふ事はあらず、

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1259 皹 漢書注云、皹〈音軍、和名阿加々利、〉手足坼裂也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1259 阿加々利見萬葉集、〈○中略〉原書趙充國傳注引文頴、無手足二字、按説文、皸足坼也、玉篇、皹足圻裂也、

〔壒嚢抄〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1259 ヒビアカヾリトハ何ノ字ゾ、胼胝ト書テアカヾリヒヾト讀也、本文ニ、梨黑禹ハ胼胝也ト云々、又疹ノ字ヲモヒヾトヨメバ、是モヤマヒニヤ、 皹( アカヾリ) トヨム字也、

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1259 手足 發胝( ヒヽキルヽ) 、
此ハ皮厚クシテ、ソヽロケク而 圓( マハ) リ強クシテhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12591.gif ( ケン/マユ) ノ如ナル者也、鹽、右此ヲ取テ胝ヒヽノ上ニ塗テ牛ニ胝ラスベシ、三過ニ不過シテ差ユ、又云、艾炷ヲ以テ其上ヲ灸、三壯、

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260 手足http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12601.gif 裂( アカヽリ)
百一方選奇方皆同五倍子、右末シテ麻油ニ調テ傅、又麥苗ヲ濃ク煎シテ、アツク時々爾アタヽカニシテ此ヲ洗ヒ潰ユテヨ、

脣瘡

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260 胗 唐韻云、胗、〈音軫、久智比々、〉脣瘡也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260 廣韻、胗、説文曰脣瘍也、今本説文玉篇並同、作瘡恐誤、

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260 胗( クチヒヾ) 、

眠瘡

〔倭訓栞〕

〈前編十八登〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260 とこづめ 眠瘡をいふ、床をつめしより發したる瘡なれば、床積の義なるべし、新六帖に、打絶てさのみふすゐの床づめぞかるもの亂れ朽やはてなん、

〔病名彙解〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260 眠瘡( メンソウ) 〈附〉 破http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029606.gif ( ハクン/○○) 共ニ俗ニ云トコヅメナリ、回春虚勞門ニ、久ク臥テ眠瘡ヲ生ズト云リ、玉機直藏論ニ、脱肉破http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029606.gif ト云リ、類註ニ、脱肉トハ肌肉消シ盡ルナリ、破http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029606.gif トハ臥コト久ク、骨露レテ、筋肉敗ルナリ、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029606.gif ハ劬允切、筋肉結聚スルノ處ナリ、啓玄子ガ曰、肘膝ノ後肉、塊ノ如クナル者ナリ、

〔時還讀我書〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260 病人ハヤク 床瘡( ○○) ヲ生ズルモノ、多ハ不治ナルモノナレドモ、奧羽ナドニテハ病ノ難易ヲ問ズ、熱證ニハ必ズコレアリトキケリ、風土ノ異ナルユエナランカ、又或人ノ言ニ、床瘡ニハ何ニテモ紫色ノ褥へ臥セシムルトキハ、必ズ潰爛スルニ至ラズトイヘリ、コレヲ試シニ驗アルヲ覺ユ、

疵痣

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260 疵 晉書云、趙孟面有二疵、〈音疾移反、師説阿佐、〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1260引文今本晉書無載、撿隋唐經籍志、王隱、虞預、朱鳳、謝靈運、臧榮緒、于寶、蕭子雲、許敬宗、徐堅皆有晉書、此所引蓋是等書也、按蒙求、趙孟疵面、注云、晉趙孟字長舒、爲尚書令史、善清談、面有疵點、時人曰、諸事不決問疵面、是其事、徐子光補注亦云、舊注不出典、説文、疵病也、廣韻、 疵黑病、易繋辭、悔吝者言乎其小疵也、山田本注首有音字、那波本同、醫心方同訓、

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1261 疵( アザ)

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1261 疵痣( アザ)
皮中ニ紫ニ赤ク黶セク、穢ゲナルヲ治ス、竹中水ノ馬ノ尿ノ如クナルヲ取テ洗之、如意方ニ出、又千金方云、銀錢ヲ以テ拭之、アヅカラシムレバ、即消ス、不差、數々拭之即止、

〔瘍科秘録〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1261 痣黶
痣黶ハ俗ニアザト稱ス、是ハ先天ノ遣毒ト見ヘテ、生レナガラ發シテアルモノナリ、初ハ至テ微シク蚊刺タルホドノモノモ、日ヲ累子月ヲ積ムトキハ、漸蔓延シテ濶大ニナルモノ也、初生ノ兒ハ得ト改テ、若シ 痣( アザ) ノアルモノハ、速ニ治法ヲ施スベシ、痣ニ赤黑ノ二證アリテ、赤痣ハ臙脂ヲ 抹( ツケ)タルヤウニ赤ク發スルナリ、

〔病名彙解〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1261 痣黶( シエン) 俗ニ云アザノコト也、黶ハ字彙ニ云、音點、黑痕也、又云音掩、面ニ黑子アルナリ、

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1261 疵( あざ) 〈音慈〉 和名阿佐
按、疵似 紫癜( クロナマヅ) 而色深、治法與癜風同、

〔東大寺正倉院文書〕

〈十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1261 神龜三年、山背國愛宕郡雲上里計帳、〈○中略〉
女出雲臣島刀自賣、年拾壹歳、 小女 左頬 疵( ○) 〈○中略〉
男倉麻呂、年拾肆歳、 右手於 呰( ○)

〔宇治拾遺物語〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1261 これもむかし、天ぢくに身の色は五色にて、角のいろは志ろきしか一ありけり、深山にのみすみて人にしられず、〈○中略〉國の大王おほくの狩人をぐして、此の山をとりまきてすでにころさんとし給、〈○中略〉御こしの前にひざまづきて申さく、我毛の色をおそるヽによりて、この山にふかくかくれすめり、志かるに大王いかにしてわが住所をば志り給へるぞや と申に、大王の給、この輿のそばにある顔に あざ( ○○) のある男つげ申たるによりて來れるなり、かせぎみるに、顔にあざありて御輿の傍にゐたり、〈○下略〉

〔異疾草紙〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1262 ある女、かほに あざ( ○○) といふものありて、あさゆふこれをなげきけり、あざはうちまかせて、人の身にあるものなれども、閑所はくるしみなし、かほなどにつきぬれば、人にまじはり、はれなどふるまふことはかなふべくもなければ、まことにかたはなり、

黑子

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1262 黑子 漢書云、黑子、〈和名 波波久曾( ○○○○) 〉今中國呼黶子、〈黶音於覃反〉呉楚俗謂之誌者訛也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1262 昌平本有和名二字、醫心方同訓、按新撰字鏡http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 、靨並訓波々久曾、愚管抄謂之 波々久呂( ○○○○) 、今俗又譌呼 保久呂( ○○○) 、〈○中略〉那波本作於覃反、按廣韻黶在上聲五十琰、蕈在四十七寢、覃平聲二十二覃字、其韻皆異、類聚名義抄作於簟反是、簟在上聲五十一忝、與玉篇黶音烏忝切、字異音同、山田本作烏添反、亦恐忝字之譌、添平聲二十五添字、其韻又不同、〈○中略〉所引高帝紀顔師古注文、原書呼上有通字、黶子上有爲字、曲直瀨本黶作靨、注同、按説文、黶、中黑也、轉注爲黑子之名、説文新附云、靨姿也、古只作厭、笮也、厭笮轉注爲http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000042659.gif 、後从面作靨、則黶靨二字不同、然慧琳音義引韻英云、靨身上黑子、集韻亦靨訓面黑子、蓋黶多面者、故俗變黑從面、遂與http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000042659.gif混也、

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1262 黑子( ハクソ/ホクロ) 黶子( /アンシ) 〈同上〉

〔倭訓栞〕

〈中編二十波〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1262 はヽくそ 新撰字鏡に靨をよみ、和名抄に黑子をよめり、蠅糞の義なるべし、今 ほくそ( ○○○) といへり、唐韻にhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif を面黑子也といへり、よて和名抄におもはヽくそと訓ぜり、

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1262黑子方第廿一
病源論云、黑志者、風耶搏血氣變化所生也、夫人血氣充盛、則皮膚潤悦、不疵瑕、若虚損則點志變生、若生而有之者、非藥可一レ治也、面及身體生黑點之黑志、亦名黑子

〔瘍科秘録〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1262 黑子
黑子ハ俗ニホクロト云フ、多ク面部ニ發スルモノ也、相者ノ方ニ黑子ノ出タル位置ニテ、吉凶ヲトスル法アリ、漢ノ高祖ハ左ノ股ニ七十二ノ黑子アリテ、七十二戰ヲ爲シ、黑子モ亦七十二戰ニ從テ消タリト史記二載タリ、サレバ黑子ニモ吉凶ノアルコト必定也、皮膚ニ墨ヲ點ジタル如ク平塌ニ出ルヲ常式トス、或ハ高ク突起シテ、疣目ノ如クニナルモノアリ、是ハ翻花スルコトアリ、婦人女子ノ輩モ目ノ下ニ出タルハ泣黑子也ト云テ、漫ニ藥ヲ點シ、灸ヲ炷テ翻花瘡ニナルモノアリ、謹ベキコト也、

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1263 黑子( ほくろ) 痣〈音志〉 黶〈音掩〉 和名波々久曾
按、 黑子( ホクロ) 多生於足貴徴、漢高祖左股有七十二痣、蓋黑子欲藏、生顯處者、多不佳、
集驗方云、石灰一兩、用桑灰汁、熬成膏、 肬( イボ) 、 痣( ホクロ) 、 瘤( コブ) 、 贅刺( サガリコブ) 、破點之立愈、〈一方木灰石灰等分、以水煉之、埋糯米於中、一宿則米脹起、用米煉點肬黑子愈〉

〔病名彙解〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1263 痣( シ) 俗ニ云 ホクロ( ○○○) ノコト也、 黑子( ○○) ト同ジ、

〔松屋筆記〕

〈五十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1263 足下黑子
予〈○小山田與清〉左足のカヽト内黑節の下に黑子あり、未殊なる不幸を知らず、或人云、女子陰門の邊に黑子あるもの、必後家の相也といへり、さることにや、

〔松屋筆記〕

〈六十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1263 足底龜文雙痣
足の底に、龜甲の 文( スヂ) 及二ツ並たる 痣( ホク口) あるは貴相也、皇明通紀三の卷〈六十丁オ〉に、文皇の足底龜文雙誌ありて、後貴よし見ゆ、余〈○小山田與清〉足底一痣あれど、貧且賤にして、雙痣の半減の福分を得ること能はざれば、且 嗟( キ) 且 笑( フ) 、

〔東大寺正倉院文書〕

〈十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1263 神龜三年 山背國愛宕郡雲上里計帳
戸主出雲臣川内、年伍拾漆歳、 正丁 鼻於黑子
妻出雲臣眞土賣、年參拾陸歳、 丁妻 左中指黑子
男出雲臣秋守、年貳拾肆歳、 左掌黑子〈○中略〉
女出雲臣秋刀自賣、年拾漆歳、 少女 左腕黑子〈○中略〉
女出雲臣春刀自賣、年拾肆歳、 少女 上脣黑子
姑出雲臣比良賣、年陸拾玖歳、 耆女 鼻黑子
女出雲臣麻呂賣、年參拾漆歳、 丁女 右頬黑子
男少初位下出雲臣馬長、年參拾壹歳、 正丁 右掌黑子、位子、〈○中略〉
安麻呂、年肆拾肆歳、 口於黑子〈○中略〉
與富呂、年拾壹歳、 頤黑子〈○中略〉
須留賣、年貳拾玖歳、 鼻於黑子〈○中略〉
志多美賣、年拾陸歳、 右臂黑子
伊岐賣、年玖歳、 右高頰黑子〈○下略〉

〔宇治拾遺物語〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1264 いまはむかし、天竺に留志長者とて、世にたのもしき長者ありける、〈○中略〉心のくちおしくて、妻子にもまして從者にも物くはせきすることなし〈○中略〉人はなれたる山の中の木のかげに、鳥獸もなき所にてひとり食ゐたり、〈○中略〉帝尺きと御覽じてけり、にくしとおぼしけるにや、留志長者が形に化し給て、我家におはしまして、〈○中略〉たから物どもをとり出してくばりとらせければ、みなみなよろこびてわけとりける程にぞ、まことの長者はかへりたる、〈○中略〉あれは變化の物ぞ、われこそよといへどもきヽ入るヽ人なし、〈○中略〉こしのほどに はヽくそ( ○○○○) といふものヽあとぞさぶらひし、それをしるしに御覽ぜよといふにあけてみれば、〈○下略〉

〔源平盛衰記〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1264 一行流罪事
一行ハ玄宗皇帝ノ御加持ノ僧ニテ御座シガ、而モ天下第一ノ相人ニ御座ケル、皇帝ト楊貴妃ト、連理ノ御情深シテ、万機ノ政務モ廢給程也ケリ、一行帝后二人ノ御中ヲ相スルニ、后ニハ 御臍ノ下ニ黑子アリ( ○○○○○○○○○) 、野邊ニシテ死シ給相也、帝ニハ御ウシロニ紫ノ黑子アリ、思ニ死スル御相也ト申ケリ、皇帝此事ヲ聞召テ、大方ノ相ハ正シク見ル共、爭カ膚ヲバ知べキ、通道ノアレバコソ、臍ノ下ノ黑子ヲバ知ラメトテ、可流罪之由被仰下ケル程ニ、公卿僉議有テ、一行ハ朝家ノ國師、佛法ノ先達也、就中相ニ於テハ天下第一也、音ヲ聞テ五體ヲ知、面ヲ見テ心中ヲ相スルニ、敢テ違事ナシ、イカヾ可流罪ト申ケレバ、且クサシ置給タリケルニ、〈○下略〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1265 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif 漢書音義云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif 、〈音脂、訓宇流無、〉以杖撃人、其皮膚起靑黑也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1265 按、宇流无、蓋謂色不鮮明、今俗http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000045555.gif 器有宇流美色、神代紀、癡騃鉤、此云干樓該膩、又呼水之不寒冷奴流之、皆同語也、〈○中略〉文選嵆康幽憤詩注引、作杖敺撃人、剥其皮膚、起靑黑創者謂http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif、按漢書薛宣傳注、文穎曰、以杖手敺撃人、剥其皮膚、腫起靑黑、而無創瘢者、律謂http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif、亦蓋音義之文、刻版本膚皮作皮膚是、上恐脱剥字、説文、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif 敺傷也、

〔伊呂波字類抄〕

〈宇病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1265 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif 〈ウルム、以杖人所撃、〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1265 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12201.gif ( ウルム)

面黑子

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1265 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 唐韻云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 、〈音孕、和名於毛波々久曾、〉面黑子也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1265 新撰字鏡、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 、訓波々久曾、醫心方http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif於毛久佐、〈○中略〉廣韻同、按玉篇、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 面黑也、廣雅、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 黑也、並不同、唐韻所云似誤、

〔伊呂波字類抄〕

〈於病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1265 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 〈オモガサ、面黑子也、〉 〈オモハヽクソ、 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 面宋作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12651.gif 、〉

〔醫心方〕

〈二十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1265婦人面上 黑子( ハヽクソ) 方第三
病源論云、婦人面上黑子者、風邪搏血氣變化所生、如意方去黑子方、〈○下略〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif 玉篇云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif 、〈古但反、俗云 久路久佐( ○○○○) 、〉面黑氣也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266 山田本有俗云二字、那波本同、醫心方面http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 、和名於毛加爾、〈○中略〉今本皮部同、按説文、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif 面黑氣也、顧氏蓋依之、病源候論面http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 候云、人面皮上或有烏麻、或如雀卵上之色是也、

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif ( クロクサ) 〈面黑氣也〉

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 方第十五
病源論云、面http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 者、謂面皮上、或有烏麻、或如雀卵上之色是也、此由風耶客於皮膚、淡飮漬於府藏、故攣生http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048223.gif 也、〈 和名於毛加爾( ○○○○○○) }

〔醫心方〕

〈二十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266婦人面上黑http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif ( アクロム) 方第二
病源論云、婦人面上黑http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif 者、或藏府有淡飮、或皮膚受風邪、血氣不調、致http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif 、若皮膚受風、外治則差、府藏有飮、内療方愈、

〔病名彙解〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048222.gif ( カンサウ) 雀斑( ジヤクハン) ノコトナリ、俗ニ ソバカス( ○○○○) ト云リ、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif ハ字書ニ面ノ黑氣ナリ、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022827.gif 別ニhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000048047.gif ( カン) 又http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000042623.gif ニ作ルハ共ニ非ナリト云リ、

飼面

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266 飼面 病源論云、飼面、〈和名 加須毛( ○○○) 〉面皮上有滓是也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266 按、加須毛、蓋糟面也、醫心方云、飼面和名以呂古於毛天、今俗呼曾婆加須、〈○中略〉原書飼作嗣、醫心方引作飼、與此同、多紀氏桂山曰、脂液凝面、形如米粒、故曰飼面、今本病源候論作嗣面恐誤、原書滓下有如米粒者四字、此節文、曲直瀨本、也作是、那波本作是也二字

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1266飼面方第十七
病源論云、飼面者、面皮上有滓如米粒者也、此由膚湊受於風耶、搏於津液、津液之氣、因虚作之也、亦言因胡粉而皮膚虚者、粉氣入湊理化生之也、〈和名 以呂古於毛天( ○○○○○○) 〉

瘤疣

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1267 瘤 病源論云、瘤、〈留反、和名之比禰、〉皮肉急腫起、初如梅李、漸長大不癢不痛、又不堅強者也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1267 山田本作力求反、那波本同、並與廣韻合、醫心方結核訓之比禰、〈○中略〉原書肉下有中字如字、李下有大字、不癢不痛作不痛不痒、堅作結、按、玉篇、痒癢同上、曲直瀨本堅作緊、恐非、按瘤即下條所載疣也、素問靈樞病源候論等書、有瘤無疣、廣雅有疣無瘤、廣雅云、疣小腫也、玄應音義引三蒼云、瘤小腫也、二字同訓、又留尤同韻、則瘤疣其實似同、然説文瘤腫也、肬贅也、釋名、瘤流也、血流聚所生、瘤腫也、肬丘也、出皮上聚高、如地之有一レ丘也、則二物各別、未其詳、又按、之比禰、蓋謂惡核病、病源候論云、惡核者、肉裏忽有核、累々如梅李、小如豆粒、皮内燥痛、左右走、身中卒然而起是也、其候與瘤候略似、故源君以瘤爲志比禰也、

〔撮壤集〕

〈下病疾〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1267 瘤( シイネ)

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1267 瘤( シヒネ)

〔類聚名物考〕

〈病痾一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1267 瘤 しひね
これは皮肉間の熱氣によりて、にはかに腫いだして、ちさき物の出來しが、よう〳〵大きくなりて、贅の如くにて、痛まずかたからず、俗に水ぶくれなどいふの類ひなり、瘤も 古布( ○○) とよめども、ここにては急に出來て、またそのまヽ愈る事も有る故、贅と同じからず、明月記に之井ねと書れしは、假名たがへり、又榮花物語にも有り、

〔醫心方〕

〈十六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1267 治 瘤( /シヒネ) 方第十五
病源論云、瘤者、皮肉中忽腫起、初如梅李、大漸長大、不癢不痛、又不結強、言瘤結不散、謂之爲瘤不治、乃至塸大、則不復痛、不人、亦愼不輙破一レ之、

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1267 癭瘤( コブシイネ) 〈エイリウ〉
論云、多ク喜怒憂思ニ由テ氣凝リ、血滯テ成スル處ナリ、凡五癭者、石癭、肉―、筋―、血―、氣―、是也、又 六瘤者、骨瘤、脂―、膿―、血―、石―、肉―、是也、凡治方云、五癭ヲバ 決破( サグリヤブル) ルベカラズ、破バ則膿血崩潰シテ多ク枉夭ヲイダス、只脂瘤バカリハ、破ツテ脂ヲ去テ藥ヲ付レバ則愈、其外ノ五症ヲバ亦タヤスク決潰スベカラズ、愼之々々、

〔瘍科秘録〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1268 癭瘤 〈氣癭 筋瘤 骨瘤 血瘤 肉瘤 粉瘤 脂瘤 胎瘤 髪瘤 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000033303.gif 瘤 蚘蟲瘤〉
癭ヲ陽證トシテ六腑ニ配當シ、瘤ヲ陰證トシテ五臟ニ配當ス、故ニ六癭五瘤ノ目アリ、是ハ五積六聚ノ類ト同論ニテ、強テ五臟六腑ニ配當シテ建タル名ニテ、五癭六瘤共ニ必ズ有ルニ非ズ、病源候論ニ癭ヲ破ルべシ、針スベシト云、瘤ヲ破ルベカラズト論ズ、サレバ陽證ノ者ハ治スベク、陰證ノ者ハ治ス可カラザルコトハ、古ヨリ已ニ其論アリ、然レドモ癭ニ陰證ニシテ治ス可カラザルモノアリ、瘤ニモ陽證ニシテ治スベキモノアリ、故ニ余〈○本間玄調〉ハ癭ト瘤トヲ論ぜズ、先ヅ陰陽ヲ辨ジテ、可治ト不治トヲ決ス、

〔病名彙解〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1268 癭瘤( エイリウ) 古ヨリ和訓 コブ( ○○) ト讀リ、然ドモ諸方書ニ、癭モ瘤モ共ニ潰テ癰ノゴトクニナルト云リ、世俗ニコブト稱スルモノハ一生潰ヘズ、按ズルニ、五癭ノ内、石癭ト云モノ、俗ニ云コブナルベシ、 石癭( ○○) 一ニ 骨癭( ○○) ト云リ、

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1268 瘤( こぶ) 〈音留〉 瘤、和名之比禰、俗云古布、 癭瘻、俗云路、 附贅、和名布須倍、俗云左加利瘤、
釋名云、瘤流也、流聚而流腫也、有五種、〈筋瘤、血瘤、肉瘤、氣瘤、骨瘤也、〉
按、瘤皮肉腫起、初如梅李而肉色不變、漸長大不堅實、無痛痒、似痰核、不針、血奔出於針穴止則死、
癭瘻( ロ/○○) 頸瘤也、博物志云、山居多癭、飮泉水之不流者也、
五雜組云、癭雖山溪之水、然多北方山鮮處亦有之、是亦有五種、而名同于瘤
荷瘤( ニコブ/○○) 肩瘤也、駕舁傭人常荷擔物、拐中處結瘤、俗謂之荷瘤、甚不害、

〔宇治拾遺物語〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1269 これもいまはむかし、右のかほに、大なる こぶ( ○○) あるおきなありけり、大くら山へ行ぬ、雨風はしたなくて歸にをよばで、山の中に心にもあらずとまりぬ、又木こりもなかりけり、おそろしさすべきかたなし、木のうつぼの有けるにはひ入て、目もあはずかヾまりてゐたるほどに、はるかより人の聲おほくして、とヾめきくるをとす、いかにも山の中にたヾひとりゐたるに、人のけはひのしければ、すこしいき出る心ちしてみいだしければ、大かたやう〳〵さま〴〵なる物ども、あかき色には靑き物をき、くろき色にはあかきものをき、たうさきにかき、大かた目一あるものあり、口なさ物など、大かたいかにもいふべきにあらぬ物ども、百人ばかり、ひしめきあつまりて、火を、てんのめのごとくにともして、我ゐたるうつぼ木のまへにゐまはりぬ、大かたいとヾ物おぼえず、むねとあるとみゆる鬼、よこ座にゐたり、うらうへに二ならびに居なみたる鬼、かずをしらず、そのすがたおの〳〵いひつくしがたし、酒まいらせあそぶありさま、この世の人のする定なり、たび〳〵かはらけはじまりて、むねとの鬼、ことの外にゑひたるさまなり、すゑよりわかき鬼一人立て、折敷をかざして、なにといふにかくとぞせることをいひて、よこ座の鬼のまへにねりいでヽくどくめり、横座の鬼、盃を左の手にもちて、ゑみこだれたるさま、たヾこの世の人のごとし、舞て入ぬ、次第に下よりまふ、あしくよくまふもあり、あさましとみるほどに、このよこ座にゐたる鬼のいふやう、こよひの御あそびこそ、いつにもすぐれたれ、たヾしさもめづらしからん、かなでをみばやなどいふに、この翁ものヽつきたりけるにや、また神佛の思はせ給けるにや、あはれはしりいでヽまはヾやとおもふを、一どはおもひかへしつ、それになにとなく鬼どもがうちあげたる拍子のよげにきこえければ、さもあれ、たヾはしりいでヽまひてん、死なばさてありなんと思とりて、木のうつぼより、ゑぼしは、はなにたれかけたる翁の、こしに、よきと いふ木きるものさして、よこ座の鬼のゐたるまへにおどり出たり、この鬼どもおどりあがりて、こはなにぞとさはぎあへり、おきなのびあがりかヾまりてまふべきかぎり、すぢりもぢりゑいこゑをいだして、一庭をはしりまはりまふ、よこ座の鬼よりはじめて、あつまりゐたる鬼ども、あざみ興ず、よこ座の鬼のいはく、おほくのとしごろこのあそびをしつれども、いまだかヽるものにこそあはざりつれ、いまよりこのおきな、かやうの御あそびにかならずまいれといふ、おきな申やう、さたにをよび候はず、まいり候べし、このたび、にはかにておさめの手もわすれ候にたり、かやうに御らむにかなひ候はヾ、しづかにつかうまつり候はんといふ、よこ座の鬼、いみじう申たり、かならずまいるべきなりといふ、奧の座の三番にゐたる鬼、この翁はかくは申候へども、まいらぬことも候はんずらん、おぼしヽしちをやとらるべく候らんといふ、よこ座の鬼、しかるべししかるべしといひて、なにをかとるべきと、おの〳〵いひさたするに、よこ座の鬼のいふやう、かのおきながつらにある こぶ( ○○) をやとるべき、こぶはふくのものなれば、それをやおしみおもふらんといふに、おきながいふやう、たヾ目はなをばめすとも、このこぶはゆるし給候はん、とし比もちて候ものを、ゆへなくめされ、すぢなきことに候なんといへば、よこ座の鬼、かうおしみ申物なり、たヾそれを取べしといへば、鬼よりて、さはとるぞとて、ねぢてひくに、大かたいたきことなし、さてかならずこのたびの御あそびにまいるべしとて、曉に鳥などなきぬれば、鬼どもかへりぬ、おきなかほをさぐるに、年來ありしこぶあとかたなく、かひのごひたるやうに、つや〳〵なかりければ、木こらんこともわすれて、いゑにかへりぬ、妻のうば、こはいかなりつることぞととへば、しか〴〵とかたる、あさましき事かなといふ、となりにあるおきな、左のかほに、大なる こぶ( ○○) ありけるが、このおきなこぶのうせたるをみて、こはいかにしてこぶはうせ給たるぞ、いづこなる醫師のとり申たるぞ、我につたへ給へ、このこぶとらんといひければ、これはくすしのとりたる にもあらず、しか〴〵の事ありて、鬼のとりたるなりといひけたば、我その定にしてとらんとて、ことの次第をこまかにとひければ、をしへつ、このおきな、いふまヽにして、その木のうつぼに入てまちければ、まことにきくやうにして、鬼どもいできたり、ゐまはりて、酒のみあそびて、いづらおきなは、まいりたるかといひければ、このおきな、おそろしと思ひながら、ゆるぎ出たれば、鬼ども、こヽにおきなまいりて候と申せば、よこ座の鬼、こちまいれ、とくまへヽといへば、さきのおきなよりは、天骨もなく、おろ〳〵かなでたりければ、よこ座の鬼、このたびはわろく舞たり、かへすがへすわろし、そのとりたりししちのこぶ返したべといひければ、すゑつかたより、鬼いできて、しちのこぶかへしたぶぞとて、いまかた〴〵のかほになげつけたりければ、うらうへにこぶつきたるおきなにこそなりたりけれ、ものうらやみはすまじきことなりとか、

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022931.gif

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1271 @022931.gi 聲類云、@022931.gi、〈北角反、和名布久流、〉肉憤起也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1271 山田本無又薄駮反四字、那波本同、新撰字鏡、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12711.gif 字訓不久留、〈○中略〉玉篇、@022931.gi肉http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029867.gif 起也、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029867.gif 疑墳之譌、按説文無@022931.gi字、古只用http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000072947.gif

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1271 @022931.gi( フクルヽ)

瘜肉

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1271 瘜肉 説文云、瘜、〈音息、瘜肉、和名阿萬之々、一云古久美、〉寄肉也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1271 玉篇瘜又作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029767.gif 、各本作作爲、今依本書通例改、曲直瀨本無又作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029767.gif 三字、那波本同、醫心方息肉訓阿末之々、按、阿末之々、 餘肉( ○○) 也、古久美見大祓詞、其義未詳、〈○中略〉所引疒部文、按廣韻、瘜惡肉、病源候論云、惡肉者、身裏忽有肉如小豆突出、細々長、乃如牛馬乳、亦如雞冠之状、不痒不痛是也、又玉篇云、瘤瘜肉也者統言之也、

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1271 瘜肉( アマシヽ)

〔倭訓栞〕

〈中編八古〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1271 こくみ 一説に、白人をしらひとヽよみ、古久美の美を麗に改めて、新羅人高勾麗 の義といへり、犯己母罪犯己子罪等の事、我朝には聞えぬを、こヽに來り住る新羅人高麗人、此事ありしをもて冠らしめたりといへり、

〔延喜式〕

〈八祝詞〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1272 六月晦日大祓〈十二月准之○中略〉
國津罪〈止八〉生膚斷、死膚斷、白人、 胡久美( ○○○) 、〈○下略〉

〔大祓詞後釋〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1272 胡久美は、同書〈○和名抄〉に瘜、寄肉也、瘜肉和名阿萬之々、一云古久美、とある是なり、阿萬之々は贅肉なり、又其次に擧たる附贅懸中なども同じ類なり、かくて此類は共に、きたなき物なる故に、穢を以て罪とするなり、〈○中略〉 考に、美字を麗と改めて新羅高麗の人とし、次の己母犯罪〈云々〉へ係て解きたるは、いみじきひがごとなり、まづ貞觀儀式には、故久彌と書れたる、此彌字をも共に麗の誤とはいひがたかるべし、そのうへ太神宮延暦儀式帳には、生秦斷、死膚斷、己母犯罪、己子犯罪、畜犯罪、白人古久彌、川入火燒罪乎、國都罪止定氐と、己母犯〈云々〉は別に上にあるを、かの説の如くにては、いかに解べきぞ、己母犯罪〈云々〉は、白人胡久美に關らざること明らけきをや、

〔醫心方〕

〈二十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1272婦人陰中 瘜肉方( アマシヽ又コクミ) 第十一
病源論云、陰内瘜肉由胞絡虚損、冷熱不調風耶客之、耶氣乘陰搏於血氣、變生瘜肉也、其状如鼠乳

附贅

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1272 附贅 莊子云、附贅懸疣、〈贅音制、俗云布須倍、〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1272引太宗師篇及駢拇篇文、原書懸、作縣按説文、縣繫也、从系持http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000012721.gif 轉注爲郡縣、俗縣挂字从心以別之、玉篇、縣今俗作懸是也、釋名、贅屬也、横生一肉著體也、段玉裁曰、大雅傳曰、贅、屬也、謂贅爲綴之假借也、孟子屬其耆老、大傳作其耆老、公羊傳云、君若贅旒、史漢云贅壻、此爲聯屬之稱、莊子附贅懸疣、老子餘食贅行、此爲餘賸之稱、皆綴字之假借、説文、贅、以物質錢、非此義也、醫心方贅、萬安方誌、同訓、又按 贅今俗呼古夫( ○○○○○○)

〔伊呂波字類抄〕

〈不人體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1273 附贅〈フスベ、贅肉也、贅縣疣是也、〉 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12731.gif 〈同〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1273 附贅( フスヘ/フゼイ)

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1273 附贅( サガリコブ) 顴( ツラホネ) 及耳之邊結瘤垂下、似婦乳者也、凡男附女家之 贅壻( イリムコ) 、言不出在妻家、猶人身之有肬贅

〔新撰姓氏録〕

〈一左京皇別下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1273 吉田( ヨシタ) 連
大春日朝臣同祖觀松彦 香殖稻( カエシネ) 天皇〈諡孝昭〉皇子天帶彦國押人命四世孫、彦國葺命之後也、昔磯城瑞籬宮御宇、御間城入彦天皇〈○崇神〉御代、任那國奏曰、臣國東北有三巴汶地、上巴汶、中巴汶、下巴汶、地方三百里、土地民亦富饒、與新羅國相爭、彼此不攝治、兵戈相尋、民不生、臣請將軍此地、即爲貴國之部也、天皇大悦、勅群卿遣之人、卿等奏曰、彦國葺命孫鹽乘津彦命、 頭上有贅三岐松樹( ○○○○○○○○○) 、〈因號松樹君〉其長五尺力過衆人、性亦勇悍也、

〔續修東大寺正倉院文書〕

〈九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1273 神龜元年、近江國志何郡計帳、
戸主廣麻呂、年卅六、 正丁 職分資人、右頰黑子
、母若子、年六十八、 耆女 頤贅( ○○)

〔日本靈異記〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1273 智行並具禪師重得人身國皇之子緣第三十九
尺善珠禪師者、俗姓跡連也、負母之姓而爲跡氏也、幼時隨母居住大和國山邊郡磯城島村、得度精勤修學、智行雙有、皇臣見敬、道俗所貴、弘法導人、以爲行業、是以天皇貴其行德、拜任僧正之、而彼禪師之頤右方有 大黶( ○○) 也、〈○中略〉
黶( ○) 〈 不須閉( ○○○) 〉

懸疣

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1273 懸疣 釋名云、疣、〈音尤、又音宥、懸疣、佐賀利布須倍、〉丘也、出皮上高如地之有一レ丘也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1273引文、原書同、按説文、肬贅也、廣雅、贅疣也、互相訓、贅疣並可布須倍、懸疣二 字、乃可佐賀利布須倍、此所引釋名、宜布須倍條、布須倍條所引莊子懸疣、宜於此、又按、釋名贅肬兼擧、似二物不一レ同、盧文弨曰、經書多以肬贅並擧、 小曰肬( ○○○) 、 大曰贅( ○○○) 、

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1274 肬( イボ) 疣〈二字義同〉

〔二中歴〕

〈十三十列〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1274 不用物 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000065872.gif 仕疣

〔倭訓栞〕

〈前編二伊〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1274 いぼ〳〵 物に疣の如きものヽ多く著たるをいふ、西土の書に、丁拐とも疣http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000075296.gif とも見えたり、

〔類聚名物考〕

〈病痾一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1274 いぼ
いぼといふ病は、そのかたち米粒の如く、飯粒の如くなればいふ、粒はつぼともつぶともいふ、 揖保( イボ) といふ播磨國の郡名を、延喜式には小粒の字をよませたるにてしるべし、又いぼたといふ木有り、女楨の類ひなるを、此實いぼに付れば、いぼの落る故にいぼたといふ、たは落るなり、墮の字の字音歟如何、

〔病名彙解〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1274 肬( キウ/ユウ) 俗ニ云イボナリ、準繩ニ云、肬ハ肝膽少陽ノ經ニ屬ス、風熱血燥、或ハ恐テ肝火ヲ動シ、或ハ汗ニ淫氣ヲ客トシテ致ストコロ、蓋シ肝熱水涸テ腎氣榮セズ、故ニ精亡テ筋攣スルナリ、宜ク地黄丸ヲ以テ腎水ヲ滋シ、以テ肝血ヲ生ズルヲ以テ善トス、モシ蛛絲ヲ用テ纏ヒ、蟷蜋ニ蝕、艾灸ヲ著、多クハ誤ヲ致ス、大抵此症血燥結核ト相同ジ、經脈篇ニ、手ノ太陽ノ別虚スルトキハ肬ヲ生ズ、小ナル者ハ指痂疥ノ如シ、註ニ贅也瘤也、大ナルトキハ肬トス、小ナルトキハ指間痂疥ノ類トス、是ヲ以テ見トキハ、大肬ヲコブト云、小肬ヲイボト云ナルベシ、默同ジ、疣ニ作ルハ俗字ナリ、

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1274 肬( いぼ) 〈音由〉 疣、〈同〉和名以比保、〈○中略〉
釋名云、肬丘也、出皮上、聚高如地之有一レ丘也、
按、肬黑子共有二種、大如小豆而肌色高起、一種如茄實、匾不起、並有母肬數子也、以藥及灸其母則悉治、或用胡麻花頻摺之、或用生茄子肉摺亦佳、

〔東大寺正倉院文書〕

〈十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1275 神龜三年 山背國愛宕郡雲下里計帳
戸主上毛野君族長谷、年伍拾壹歳、 正丁 右頰黑子〈○中略〉
女出雲臣島賣、年拾玖歳、 少女 右頰疣〈○中略〉
出雲部志祁良賣、年陸拾壹歳、 老女 左目下疣〈○中略〉
婢忌日賣、年參拾玖歳、 項疣

肬目

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1275 肬目 病源論云、肬目、〈今案肬即疣字也、和各以比保、又以乎女、〉手足邊忽生如豆、麁強於肉也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1275 廣韻、疣肬上同、按疣即肬字、變肉從疒者、又説文、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000043375.gif 顫也、或从疒作疣、與此自別、新撰字鏡、肬訓伊比保、醫心方疣目訓以保、〈○中略〉原書豆下有或如結筋、或五箇或十箇、相連肌裏十四字、山田本無者字、那波本同、按聖濟總録云、疣目或在頭面、或在手足、或布於四體、其状如豆、如結筋、綴連數十鼠乳相類、病源候論云、鼠乳者、身面忽生肉、如鼠乳之状、據二書所一レ言、如二鼠乳之状者、可以比保、以比保、蓋飯粒之義、其状似飯粒也、今俗急呼以保、肬目與鼠乳類、麁強於肉、可以乎女、以乎女魚目之義、其状似魚目也、今俗呼以乎乃女

〔伊呂波字類抄〕

〈伊病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1275 肬目〈イホメ、イチノメ、亦イチメ、亦作疣、〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1275 肬目( イレホ/イヲノメ)

〔倭訓栞〕

〈中編三宇〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1275 うをのめ 疣目をいふ、魚目に似たり、

〔醫心方〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1275疣目方第廿二
病源論云、人手足邊忽生豆、或如http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12751.gif 、或五箇、或十箇相連、肌裏麤強於肉、謂之疣目也、此是風耶搏於肌肉而變生也、

〔和漢三才圖會〕

〈十人倫之用〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1276 肬目 和名以乎女 俗云魚乃目
肬目( イヲノメ) 手足邊忽生如豆、麁強於肉也、
凡肬目高起形似肬而硬、頭細碎、蓋是肉刺之種類、故獨生不子也、頻灸之愈、

肉刺

〔倭名類聚抄〕

〈三瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1276 肉刺 病源論云、肉刺、〈和名乃以須美〉脚脂間生肉如刺、由靴小相揩而所生也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1276 谷川氏曰、乃以、乃伎之轉、謂芒刺、須美、墨也、刺字意也、〈○中略〉原書小上有急字、相上有指字、無所字

〔有林福田方〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1276 肉刺( ク井スミ)
此ハ脚ノ指ノ間ニ肉ヲ生ヲ云也、薰陸香、硫黄、右等分ニ末シテ、上ニ付テ、烙ケ、又 甘刀( ヨキカタナ) ヲ以テ割、刺ヲ去テ即 書墨( スヽリノスミ) ヲ以テ研コト數過セヨ、

黴毒

〔病家須知〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1276 黴毒( カラガサ) の心得を説
黴毒、我邦の昔は、唐瘡といふ、異域より傳來するが故なり、中華にては 廣東瘡( カントウサウ) と稱、その廣東と云は、南海の港津にて、此際の長崎の如き地なり、この廣東より毒を支那の國内に傳播たれば、其病の起る地名を以て病名とせるなり、その病を傳たる時代、和漢ともにあまり遠からず、僅三百年前後に過まじ、意に、此病の初は、全く蕃船より傳染たるにて、異國より航海たる舶の、博多府内あたりに著たる頃にもあるべし、然を其毒の由來を遺失て、あらぬ病因を濫稱、治法も各殊にして一定せぬは、いと鹵http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000200688.gif なることなり、

〔一本堂行餘醫言〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1276 黴毒〈○中略〉
此邦〈○日本〉今時醫流及俗間、呼此證 濕毒( ○○) 者、蓋本於王肯堂、〈見上〉且通呼是疾或濕或濕氣濕瘡者、皆非也、此證豈濕寒之所生乎、意其説全自張濕熱之説而來耶、夫如此則住在高山深谷河濱海涯霧露水濕之處者、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000058024.gif 皆可此證、而反無病者、而居於通都大邑平康乾燥之地者多罹此苦、則可見、是 疾全是瘀血惡汁所醞、而決非於濕也、彰彰而明矣、 或謂二百年前( ○○○○○○) 、 此疾漸播海内( ○○○○○○) 、患者猶稀、故世人以爲穢惡疾均一レ癩、大嫌惡之、是以醫人阿諛謂濕者、爲俗士之耳、本非據而言一レ之、其後準繩等書舶上來、其説遂痼云、

〔一本堂行餘醫言〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1277 黴瘡( ○○)
黴瘡、下疳、便毒、本是一證、而非別疾、或有下疳而發黴瘡、或有便毒而黴瘡發者、或有便毒、或有黴瘡、或有二證三證齊發者、此由三證元是一病也、蓋 下疳( ○○) 者、黴之發陰莖者也、 便毒( ○○) 者黴之發腹腿合縫之間者也、 黴瘡( ○○) 者黴之發全身者也、今使逐條別説得一レ明白、黴瘡者瘡生頭面手足腹背、或痛或痒、或無痛痒、膿汁有出、有出、大小圓扁不等、增展浸淫、臭穢潰爛、久遠毒深注成頑瘡、結滯于一身之大關節肩肘腕腰膝膕等處、而令屈伸行坐不便、腰足萎脱、遂爲癈痼、愼勿薰方、嗅藥、水銀、輕粉、外敷速愈之法、苟誤用之、則伏爲結毒、蒸成發漏、證状多端、名呼隨異、而此瘡稀於古時、而盛於後世、稽考古稱、唯有陰陽一名可一レ據、然不知其瘡與今所患黴瘡全同否乎、又且似專言下疳、故姑標黴瘡、以爲總綱、爲其從今所盛有而諸名中彼善於此

〔瘍科秘録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1277 黴瘡
黴瘡ハ、古ニ少ク、後世ニ至テ、初テ盛ナリ、故ニ古醫經ニ、其説ヲ載セズ、素問、金匱等ニ黴瘡ヲ論ズルニ似タル文アレドモ、未ダ其當否ヲ知ラズ、先輩已ニ其辨アリ、何故ニ古ニ少ク今ニ多キ病ナルカヲ考フルニ、其病ノ原ハ、必ズ娼婦ヨリ生ズレバナリ、娼婦ハ、人ニ接スルコト頻繁ナルニヨリ、濁液陰中ニ淤滯シテ、因テ黴瘡ヲ釀シ生ズ、譬バ平地ニ水ヲ灌グニ、一日ニ僅ニ一度位ニテハ、毎日灌ギテモ水乾テ濕フコトナシ、若一日ニ五度モ十度モ灌グ時ハ、地常ニ濕テ、苔蘚ヲ生ズルガ如シ、既ニ其毒一度生ズル時ハ、乍チ僄客ヘ傳ヘ、其レヨリシテハ、又妻妾ヘ傳ヘテ、毒ヲ子孫ニ遺ス、顚轉互ニ傳ヘテ、遂ニ天下ニ蔓延スルニ至ルナリ、古ハ娼樓モ少キ故、黴毒モ少ク、今ハ娼樓 ノ多キ故、黴瘡モ從テ多シ、是自然ノ勢ナリ、サレバ此病ヲ患ル者ハ、必ズ傳染ニテ自發スルコトナシ、平生純樸ニテ花街柳巷ニ決シテ遊ブコトノナキ者、及ビ老人小兒ノ患ルナドハ、如何ニモ自發ノ樣ナレドモ、コレ又必ズ傳染スル因縁有モノナリ、、或ハソノ夫謹愨ナリトイヘドモ、ソノ妻外ヨリ黴瘡ノ氣ヲ受テ、夫ニ傳フルコトアリ、或ハ逆旅ノ寢衾ヨリモ傳ヘ、或ハ 鑷工( カミユヒ) ノ剃刀ヨリ傳ヘ、甚ハ一時煙管ヲカリテ用モ、マタソノ毒ニ傳染スルコトアリ、小兒ノ患フルハ、黴婦ノ乳ヲ哺セシメテ受ルト、父母ノ遺毒トナリ、老人ト幼童ノモノトハ、徽氣ヲ内ニ畜ヘタル孀婦ナドニ姦通スルヨリ傳ルモノ多シ、十二三歳ノ童男童女ノ病ミタルモ、六七十歳ノ老翁老媼ノ患タルモ、療治セリ、凡ソ黴毒ノ傳染不可思議ナルコト此ノ如クナレバ、丁寧反覆シテ因縁ヲ詳ニ問フベシ、

〔黴癘新書〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1278 黴瘡論
黴瘡之病、攷華人所一レ論、昉嶺南卑濕地、而蔓延四方、如本邦亦 起肥前州( ○○○○○) 、而播布通國云、蓋此病稀於古時、而 盛于後世( ○○○○) 、故其治法、亦麄於前而審于後、然而呼稱百出、濫名頗多、或隨形状之近似者而名焉、或取始所起地、而命焉、或因其所發之處而稱焉、或依字音假借會意、以擴其名呼矣、如其曰黴瘡、曰梅瘡、曰賣瘡、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022278.gif、曰楊梅瘡、曰楊黴瘡、曰楊梅毒瘡、曰楊梅風楊梅疳、曰綿花瘡、曰砂仁瘡、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000031641.gif、曰果子瘡、曰天泡瘡、曰濕陰瘡、曰妬精瘡、曰陰蝕瘡、曰廣瘡、曰廣東瘡、曰廣痘、曰廣豆、曰恥瘡、曰臊疳、曰濕毒、曰濕氣、曰陰疳、曰陰頭癰、曰陰頭瘡、曰蝋燭發、曰下疳、曰便毒、曰魚口、曰魚口瘡、曰横痃、曰横眼、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000225406.gif、曰蛀梗、曰蛀疳瘡、曰蛀幹疳瘡、曰卷心蛀疳瘡、曰獨脚楊梅瘡、曰時瘡、曰血疝、曰血疳、曰外仙、曰結毒、曰氣毒、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022271.gif、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022271.gif、曰路岐、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000063746.gif、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000063746.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022271.gif 、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022271.gif 、曰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000232374.gif 馬癰、曰騎馬癰、曰騙馬墜之類、不枚擧、殆誣惑後人之耳目也、以余觀之、唯黴瘡、下疳、便毒、結毒之四名以蔽之矣、而 此病近世尤盛( ○○○○○○) 、而貴賤男女罹之者 十居其半( ○○○○) 、是誠和華一轍、蓋承平二百年之久、人々樂安佚、内則膏梁膩昧、常滿口腹、遂 生濕熱瘀血、外則沈匿柳巷花街、以動蕩淫火、一釀成此病、遂傳之娼妓男娼、則娼妓男娼之傳諸人也、不其幾千百、或傳之妻妾、或遺之孫甥、而其病之將發也、始則或起誤擦破、若被陰毛纏傷、或自濃淋、或自痔疾、或久曠房室、思動色慾、敗精濁血、流滯莖内、或又疥瘡發周身、遂波及前陰、漸致淫浸、〈○下略〉

〔斷毒論〕

〈天〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1279 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085185.gif
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085185.gif 亦猶痘痲、古昔無有焉、其初異域之沴氣、合湊於人身、以成一種之異病、遂傳來于本邦、原非我地之毒氣、故斷無自發者、放盪無賴邪淫之徒、幽傳冥染矣、縉紳貴介能避之、未嘗有其毒也、按 阿蘭弗兒部略却( ヲランフルブリユツケ) 〈書名〉所一レ記、當後土御門帝明應三年甲寅、西洋 斯幫私( スパンス) 〈國名、一名意斯巴尼亞、〉人、掠亞墨利加洲之境、囚婦女於舶中、擧衆犯之、於是倐染此病、然後蔓延于西洋、故名之曰 斯幫私扑屈( スパンスポツク) 〈西洋呼諸瘍、曰扑屈、〉又按方書、明弘治末年、起於廣東、因名之廣瘡、〈兪辨續醫説云、弘治末年、民間患惡瘡、自廣東人始、呉人不識、呼爲廣瘡、黴瘡秘録云、究其根源、始于午會之末、起嶺南使延通國、流禍甚廣、〉西洋傳此毒、而數年之後、初起於廣東、名廣瘡者有以哉〈○中略〉意、此毒之行於本邦、亦從海外傳、初起於西陲、按逸史曰、天文中、大友宗麟、乘亂封殖、與海外諸國私通互市、西洋因傳天主敎、散金煽惑愚民、西陲爭附、又曰、永祿十二年、是歳、夷舶至崎陽、先是外舶往々至界府、及筑之博臺、豐之府内、而崎陽、地形便湊泊、於是多就焉、蓋是時傳之乎、方今崎陽俗號扑屈、斯幫私扑屈之略語也、又按、永祿天正之際稱唐瘡、〈○註略〉方今筑肥俗曰稱唐瘡

〔武德編年集成〕

〈五十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1279 慶長十二年二月六日、尾張忠吉朝臣、江府ニ參著、然共イマダ其屋形ナキユヘ、芝大久保加賀守忠常ガ宅ニ止宿セラル、去年、 瘡毒( ○○) ヲ患ヒタマヒ、甚ダ危カリシガ、快復ニヨツテ參府ノ段、台德公御喜悦斜ナラズト云云、

陰瘡

〔醫心方〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1279 陰瘡( ○○) 方第一
病源論云、腎營於陰腎、氣虚不制、津液則汗濕、虚則爲風耶所一レ乘、耶容湊理、而正氣不泄、耶正相干、在皮膚、故癢掻之則生瘡、〈○中略〉隨時方、治 陰惡瘡( ○○○) 方、取 薤( ニラノネ/オホニラ) 白蘇傅之、當日即差、
千金方治 陰生瘡( ○○○) 方、地楡八兩、黄蘗八兩二味、以水一斗五升取六升滓、適冷暖用洗瘡日再、又云、 妬精瘡( ○○○) 者、男子在陰頭節下婦人在玉門内、並似甘瘡

〔壒囊抄〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1280 アシデカキタル下繪ト書ルハ、何ナル繪ゾ、或人ノ云、アシデトハ文字ニテ繪ヲカクヲ云、
又或鈔物云、和泉式部無雙ノ好色也ケルニ、亥子ノ夜御歌アリケルニ、態心ヲ合セラレケレバ、 瘡開( ○○) ト云名ヲ式部取當テ、
筆モツヒユガミテ物ノカヽルヽハ是ヤ難波ノ 惡筆( アシデ) ナルラン
トヨメリ、惡筆トハ字ニテ繪ヲナスト注セル物アリ、又葦手トモ書也、或ハ木節、或ハ雲ノハヅレナドヲユガメルマヽニ、字ノ似合タルヲ以テ書ヲ、蘆ナドノ枯臥タルニソヘテ云也、

玉莖疾病治方 玉門疾病治方

〔頓醫抄〕

〈四十五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1280 玉莖疫病治方
黄蘗ヲ濃煎、鹽少入テ 泄( タヽヘ) テ後、蘗粉一兩、唐墨ノ粉二分、白粉燒タル瓫ノ中ニ居タル灰三分、是等ヲヨク〳〵カキ合テ、
又方 五倍子ヲ細末シテヒネリカケヨ、最上ノ藥也、
又方 樒ノ一葉ヲコク煎、大ナル竹ノ筒ニ入テ、玉莖ヲ指入テ、泄テ蒸洗ヘ、醒バ煎物ヲカヘ〳〵ニ泄ヨ、筒ノ底ニ梅干三入ヨ、口傳也、三日五日七日ニ平愈スルマデ治セヨ、
又方 辛夷ヲ煎、鹽少入テ泄テ後、古キ梅干ノ鹽カラキヲ上ノ皮ノ實核トヲ去テ、實ノカギリヲ取集テ鹽少入テ、唐墨ノ粉少入テ、唾ヲ吐入、能々ネヤシ合テ付ヨ、最上ノ秘藥也、〈○中略〉
玉門疫病治方
開疫病ト云ハ、先玉門ニ、水瘡ノ樣ニ瘡出テ、カユク發動シテ、抓ハ腫塞テタヾレ痛、蘗ト車前草ヲ濃煎、薄鹽ヲ入テ、吉程ニ醒テ、ユデ洗テ後、子バ土ニテhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085349.gif ノ形ヲ三四作テ水ヌラシテ後、上ニ紙ヲ 一重フセテ、日ニ干テ堅クナリタルヲ、又紙ヲヌラシテ彼http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085349.gif 形ニ數多卷テ、熱灰ノ中ニ埋テ、アタタカニ燒タル時、玉門ノ中エ取替々々可蒸、日々ニヲコタルコトナカレ、無雙ノ治方也、〈○下略〉

〔本朝醫談〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1281 下疳はむかし まら疫病( ○○○○) といふ、〈疫病は傳染の俗稱なるべし〉頓醫抄洗くすり櫁の葉を濃煎して、大なる竹筒に入て玉莖をさし入て洗ふ、さめば煎物をかへよ、筒の底に梅干二ツ入よ、〈大和本草シキミノ葉こくせんじ、腫物風濕皮膚に滯を洗ふ、虫ある瘡甚驗、〉

唐瘡

〔東門隨筆〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1281 濕毒ハモト本朝ニハナカリシガ、國初〈○德川幕府之初〉ノ比、華人長崎ニ來リシ者、其毒ヲ妓女ニ傳ヘタルガ、今世上ニ廣リタルヨシ、故ニ初ハ此病ヲ 唐瘡( ○○) ト云タルト也、サレド古キ和書ニ、黴毒ノコト所々ニ見ヘタリ、昔ハトモアレ、當時ハ此三都ハ勿論、其外都會輻湊ノ地別シテ多ク、卑賤ノ者ニ取分多シ、是全ク賤妓ニ交ルユヘ也、賤妓ハ別シテ數人ニ交リ、穢氣除ク間ナキユヘナリ、右樣ノコトヨリシテ兒ニ毒ヲ遺ス故、腹裏ニ塊癖ヲ生ジ、種々病ヲ生ズ、小兒ノ下疳瘡ノ遺毒トイヘド、大人ノ袋疳瘡ノ形状ニ異ラズ、小兒故、其毒根淺ク、酷性ノ藥ヲ得ズシテ理スルナリ、又痔漏鼠瘻ナド、所ニヨリテ名ハ異ナレドモ、其形状相同ジ、名サヘ異ナレバ、病因別ノ樣ニ心得レドモ、理療ノ生意相同ジ、素ノ違ニテ藥ノ向方輕重アル計ナリ、揔テ此黴毒ヲ濕毒ト云ヘドモ、濕氣外感ノ因ニテハナシ、人必靑樓妓館ニ登レバ、此毒ヲ感受スルニテモナシ、近世トアル上モナキ高貴ノ御方、便毒アリタルコトアリ、秘スルコトユヘ顯ニ云ガタシ、是ニテ知ベシ、畢竟妓ナドハ數十百人ニ交接スル者ユヘ、其身瘀毒少クテモ、他人ノ毒ヲ感受シ、他人モ亦其者ニ交接シテ其毒ヲ受ルナリ、實ニ妓ハ黴毒ノ府ト云ベシ、扨平生花柳ニ耽タレドモ、自分ニ毒ナケレバ感受セヌ人多、又感ズルコト有テモ、其毒感觸シタル計ニテ、内ヨリ發動スル者ナキユヘ其毒淺シ、自分ニ所持シタランハ、ウテハナル道理ニテ、始テ妓樓ニ登リテ始テ黴毒ヲ病ム人多シ、是ニテ知ベシ、但シ世ニ濕毒ト云モ、其因縁ナキニテモナシ、濕ノ地ニスム人ハ黴毒多ク、高燥ノ地ハ少シ、 凡高燥ハ舟ノ便利ナク、下濕ハ其便アルユヘ、自然ト都ヲナスモノナリ、都會ハ必妓樓有テ、人十ニ八九ハ折枝者多キユヘ、兎角此病多シ、其症或ハ痔、脱肛、下疳、淋疾、便毒、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029941.gif 瘡、陰癬、小瘡、囊癰、骨疼、此等ノ病ハ皆下部ニテ濕ニ因スルト云ヘドモ、元來下濕ノ氣ガ、人ノ肌肉ニ染ンデ、久舍り病シムルニ非ズ、持料ノ瘀毒アルガ、下濕ノ地ニ住スル故、其氣ニ感ジテ内毒ノ發動スルナリ、外來ノモノト見ルユヘ、理療モ迂遠ニナリテ利ナキナリ、余〈○山脇東門〉近年浪華ノ豪富鴻池氏ガ、黴毒ヲ病タルトキ診視シタルガ、此子元來京師ノ産ニテ、彼家ヘ養子トナレリ、浪華ノ西ニ鴻池新田ト云アリ、此子其所ニ住タリシニ、一二年シテ、下疳楊梅瘡病ミ咽喉腐爛シ、後ニハ鼻梁陷リタリ、元來其地新ニ築キタル地ユヘ、土淺水近シテ甚濕氣深ク、此所ニ住者十ニ七八ハ、一二年ヲ過ズシテ黴毒發スルナリ、其形状異ナレドモ、多ク前段ニ云下部ノ病ナリ、外氣ノ因ナラバ一般ニモ病ベケレド、其中ニモ至テ壯實ナル者ニハ、間々病ヌ者アリ、是内毒ノ有無ニヨレバナリ、是ヲ以テ考レバ、濕ナリト思ヘルコト、餘義ナキコトナレドモ、貴尊ノ人生平高林厚辱ニ坐シ、寒温意ニ通ジ、憂愁思慮モナキ人ノ、濕氣ヲ感ズベキ謂ナシ、江戸深川ハ海邊ニテ甚下濕ノ地、此所ニハ甚小瘡多シト也、因テ深川瘡トモ稱スルヨシ、是等ニテモ知タルコトナリ、

〔月海録〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1282 永正九年壬申、人民多有瘡、似浸淫瘡、是膿疱、飜花瘡之類、稀所見也、治之以浸淫瘡之藥云々、謂之 唐瘡( ○○) 、 琉球瘡( ○○○)

〔妙法寺記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1282 永正十年、此年天下ニ タウモ( ○○○) ト云フ、大ナル瘡出デ、平愈スルコト良久、其形譬ヘバ癩人ノ如シ、食ハ達者ナル人ノ樣ニスヽムナリ、

〔新撰倭漢合圖〕

〈後柏原〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1282 永正十一年 唐瘡( ○○) 始云々、

〔赤斑瘡辨考證〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1282 按に、唐瘡は麻疹餘毒の發瘡の名にて、妙法寺記録に、永正十年、 麻疹( ハシカ) 世間に流行して後、たうもといふ大なる瘡流行せしよし記したるものなり、所によりて タウガサ( ○○○○) とも タウモ( ○○○) ともよび、永正十年より十一年まで流行せしなるべし、

〔東海道名所記〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1283 かヽる者の果は、上下共によろしからず、親にかヽりは勘當せられ、後には盗人になり、主にかヽりは、おやかたをたをし、他國に走りて請人に迷わくさせ、 唐瘡( ○○) をかきいだして、これをふせがんとて、輕粉大風子なんど、あらけなき藥をのみて、瘡毒うちに責ては筋ちぎれ、骨くじけて、いごう引つり、かなつんぼうになりつヽ、ながきうれひをまねぐもあり、これは薄き人人の傾城ぐるひの事也、

楊梅瘡

〔病名彙解〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1283 楊梅瘡( ヤウバイサウ) 俗ニ云 トウガサ( ○○○○) 也、又黄豆ノ如クナル故ニ マメガサ( ○○○○) トモ云リ、天行濕毒ニ感ジテ生ジ、又色慾過度シテ毒氣ヲ腎肝ノ二經ニ畜ヘテ、便毒トナリ下疳トナリ、後ニ此ノ瘡ヲ生ズルモアリ、又瘡ヲ生ジテ餘毒下疳トナルモアリ、尤モ遊女ヨリ傳染スルコト多シ、淫穢ノ氣遊女ノ陰戸ニ畜テアルトキニ交レバ、直ニ男子ノ腎中ニ感ジテ煩也、遊女ハ經水ニ其畜タル淫穢ノ氣ヲ通ズル故ニ、多クハ病ザル也、此瘡ノ状ガ楊梅子ノ如クナルニ因テ名ケリ、或ハ緜花ノ如クナル故ニ 緜花瘡( ○○○) ト名ケ、或ハ黄豆ノ如クナル故ニ 黄豆瘡( ○○○) ト名ケ、或ハ魚疱ノ如ナル故ニ 天疱瘡( ○○○) ト名ケ、瘡肉ガ外ヘ飜リ出ル故ニ 飜花瘡( ○○○) ト名ケ、豆ノ如クニシテ面ニ生ズルヲ 大風痘( ○○○) ト云、

〔牛山活套〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1283 楊梅瘡
楊梅ハ、モト下疳瘡ヲ傳染シタル人、之ヲ恥テ、治スルコト遲滯シテ、一變シテ便毒トナリ、便毒一變シテ楊梅瘡トナル、京都、江戸、大坂等ノ都會ノ所ニ多キ煩也、鄙野ノ地ニハアルコト少シ、京ニテハ 濕氣( ○○) ト云也、何レモ娼妓ニ交媾シテ傳染スルノ病也、初發ニハ、荊防敗毒散、消風敗毒散、〈回春本條〉二十四味風流飮〈同上〉ニ加減シテ用ベシ、
楊梅瘡經日不愈者ハ、或ハ鼻爛レ、鼻柱朽落シ、口臭ク、唇缺ケ、或ハ腕ノ拆目膕中ニアツマリ、毒氣膿ヲナシ、或ハ揔體ノ瘡乾テ揔身疼痛シ、或ハ骨ウヅキニナリ、或ハ眼ニ毒入リ、或ハ耳聾シ、種々 ニ變化スルニ因テ、其人終ニ癈人トナル者ナリ、之ニ因テ人之ヲ惡ミ嫌フコト、大風ニ類スル也、此等ノ類ニハ、回春ノ通仙五寶丹ヲ用ベシ、此方王范泉ガ廣東ヨリ傳來ル妙方也、此瘡中華ニモ古ハアルコトナシ、近世廣東ヨリ傳染スルニ因テ、廣東瘡ト名ヅクルト、痘疹全書〈袁了凡ノ作〉ニ見へタリ、和俗此瘡ヲ 唐瘡( ○○) ト云モ、 廣東瘡( ○○○) ト云コトナルベシ、唐ト東ト音同キ故カ、此五寶丹ニモ家々ノ秘方多シ、何ノ方ニテモ、眞珠ノ眞ヲ用ヒザレバ其効ナシ、

下疳

〔叢桂亭醫事小言〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1284 下疽 〈便毒 楊梅瘡〉
下疳ハ、古ノ無キ病ニテ、總名ヲhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085185.gif 毒ト唱フ、至眞要大論ニ、陰中迺瘍、隱曲不利、互引陰股、ト云モノ、并ニ金匱ニ、少陰脈滑而數者、陰中生瘡、陰中蝕瘡爛者、狼芽湯洗之、ト有モノ、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085185.gif 瘡ニ似タレドモ、必アタルヤ否ノコトハ、先輩ノ未決トコロ、又陰瘡ト云モノ、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085185.gif 毒ニ適當ノ文字ナレドモ、是モ明辨ナシ、自發スル人モアレドモ、先ハ花柳ニ耽リテ、此病ニ傳染スル故ニ、都會ノ人又ハ行商旅客ニ多ク是ヲ病ム、〈○中略〉陰莖餘皮アリテ陰頭不露者ヲ、俗ニ皮カブリト云ハ、無事ナル時ニ宜キ程ニ餘皮ヲツマミ、睫毛倒生ヲ治スル樣ニ挾テ、腐藥ヲ以テ切レバ、有體ニナルモノ也、下疳ヲ患時ハ、此皮カブリハ、外皮腫ヲ增テ、陰頭ハ皮中ニ引込、イカホドノ疵ニナリタルヤヲ見ルコトナラズ、膿汁ノ流出ヲ見ルバカリニナル、是ハ皮中ニ膿ヲ包ミ、蒸熱スル故ニ、別テ治シ惡ク、又陷蝕モ多クナル、又皮中ニ堅クフクレ、瘤ノ樣ニナルヲ、 袋下疳( ○○○) ト云、ロヲ生ゼズ、日數ヲ經テモ、依然トスル有、婦人ハ、陰内ニ發スルコト不異レドモ、男子ニ比スレバ治シヤスシ、男女共ニ陰毛ノ左右、横骨ノトマリノ付根ニ結核スルヲ 便毒( ○○) ト云、俗ニコレヲ 横根( ○○) ト云、下疳ヲ病ナガラ、便毒ヲ併セ病モ有、又便毒バカリ病モ有、又下疳ノ療治ヲ誤テ、枯藥ヲ敷テ早ク治シタル故ニ、便毒ニナルモアリ、魚口便毒卜云ハ、形象ニテ名付タルナリ、便毒ノ破レ口小サク、奧ハ深ク、膿汁ノ發シ、思フ樣ニナキ故ニ、是ヲ割テ口ヲ廣クシテ治スル外科ノ手段トス、 楊梅瘡( ○○○) ト云ハ、下疳ヲ病ム人、周身へ吹出 シテ、紅鮮ニテ楊梅ニ似タリ、是モ形状ニテ名付シナリ、膿ヲナサズ、痛モ痒モ無モ有、下疳、便毒、楊梅瘡ト、三病ノ形状ハ異ナレドモ、其源ハ一物也、之ヲhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000085185.gif 毒ト云ト一言ニテ通用ス、

〔病名彙解〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1285 下疳瘡( ゲカンソウ) 俗ニ云 ラヤク( ○○○) ノコトナリ、入門ニ、陰蝕瘡久シテ潰爛シテ下疳トナルト云リ、シカレバ疳ノ虫ノ心ニテ疳ト云歟、下トハ下部陰莖ノ心ナリ、準繩ニ云、隱處瘙痒、瘡ヲ成シ、挾テ耳鳴、目痒ク、鼻赤ク、齒俘ビ、指縫白キ等ノ症アラバ腎臓風瘡トス、陰頭ニ生ズルヲ陰頭癰トス、竅口ニ生ズルヲ下疳瘡トス、今但陰莖ニ生ズルモノ皆下疳トスルナリ、

便毒

〔倭訓栞〕

〈中編二十八與〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1285 よこね( ○○○) 便毒をいふ、横根の義其形をいへり、

〔俚言集覽〕

〈與〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1285 よこね 万病回春に跨馬癰、外科正宗に騎馬癰、醫便に魚口瘡、俗名便毒とあり、

〔松屋筆記〕

〈九十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1285 よこねといふ瘡
病毒の、股の付根の所へ腫出たるを、横根といへり、常山紀談二卷、瀧川一益、佐々成政等、信孝を推崇て、秀吉と弓箭を取し事をいへる條注に、篠原助六とて、利家の近習の士、廿三に成しが、よこねを煩ひ、起臥も心に任せずと見ゆ、天明の比、或人、近江の笠松峠にてよめる狂歌に、
はれ出てそらにけぎれの雲もなく山のよこねにうみぞ見えける

〔病名彙解〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1285 便毒 俗ニ云、ヨコ子ナリ、按、外科正宗ニ横痃ト名ヅク、サレバ、ヨコ子ト名ルコト故アリ、左ニアルヲ 魚口( ○○) トシ、右ニアルヲ 便毒( ○○) トス、左右ニ生ズルヲ 騎馬癰( イバヨウ/○○○) ト云、又 跨襠( クハトウ) ノ間イヌゴ處ニ生ジ、チイサキヲ 路岐( ○○) トイヘリ、便毒ト云ハ、其便利セザル處ニ生ズル故名ケリ、指掌ニ曰、便癰ハ血疝ナリ、俗呼テ便毒トス、其便利セザル處ニ生ズルガ故ナリ、正宗ニ云、ソレ魚便ハ左ヲ魚口トシ、右ヲ便毒トス、スベテ皆精血交錯シテ、兩胯合縫ノ間ニ生ジテ結腫スル是ナリ、近ク小腹ノ下、陰毛ノ傍ニ生ジテ結腫スルヲ名テ 横痃( ○○) ト云、又 外疝( ○○) ト名ク是也、是房ニ入テ、精ヲ忍ビ、強固シテ洩サズ、或欲念已ニキザシテ停テ遂ズ、モツテ精血走動シ、凝滯結シテ腫ヲナスヨリ生ズル コトナリ、入門ニ云、俗ニ便毒ト云、實ハ血疝ナリ、腿胯小腹ノ間ニ生ズ、乃チ厥陰肝經及ビ衝任督三脈ノ隧、乃チ精氣出入ノ路ナリ、

〔病名彙解〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1286 横痃( ワウケン/○○) 便毒ノ別名ナリ、前ニ見タリ、痃ハ、字書ニ、小腹下ノ病ト云リ、

〔本朝醫談〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1286 便毒を鷹取の書に、疽の類といふ説あり、今これを見るに、皮かたくしてたやすく潰がたきは、疽の類といふも可なり、鷹取のhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000033080.gif の黑燒をつくる、是をつくれば、其わづらひが汗になつて出る、便毒によらず用べしといへり、〈http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000033080.gif ナメクジリと訓、蛞http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000055694.gif の事なり、字書に就て解すベからず、〉

〔陰德太平記〕

〈二十八〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1286 陶全薑最後之事
入道ノ最後ノ式、荒々語ラセテ、扨ハ疑所ナキ入道也トテ、彼死骸ノ有所ニ行テ見レバ、陶ノ入道ノ屍ト思シキニ、股ニ十文字ニ破レタル疵ノ瘢アリケリ、二宮、是ハ一年入道 便毒( ○○) ヲ煩ハレタリシガ、究テ剛氣ノ人ナリケル故、脇刺ヲ以テ十文字ニ切破リ、藥ヲ付テ保養セラレ、忽平愈シタリト聞ツルガ、其瘢ニテゾ候ベキト云ケレバ、各サテハ首ト云死骸ト云、今ハ彌無疑入道也ケリトテ悦ビ勇事限ナシ、

〔病名彙解〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1286 遺毒( イドク) 小兒ニ生ズル瘡ナリ、外科正宗ニ云、遺毒ハ乃チ未生ノ前ニアリ、胞胎ニアツテ禀受ス、父母楊梅瘡ノ後、餘毒イマダ盡ザルノ精血孕成、故ニ既ニ生ズルノ後、熱湯ニテ洗浴シ、衣物ニ烘薫セラレ、外熱内毒ヲ觸動シテ、必ズ肌膚ノ表ニ登ス、先紅點ヲ出シ、次ニ爛斑ヲナス、甚シキモノハ口角、穀道、眼眶、鼻面ノ皮肉倶ニ壞、多クハ乳哺ヲ妨ゲ、啼叫安カラズトナリ、

〔漫遊雜記〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1286 黴毒受于母胎者、甚難治、假令一旦得痊、後必復發、爲人父母者、豈可諸交精之初乎、

淋病

〔倭名類聚抄〕

〈三病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1286 淋病 聲類云、淋、〈音林、字亦作痳、之波由波利、〉小便數也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1286 慧琳音義再引同、淋作痳、一引作痳謂小便數而難一レ出也、按説文、淋、淋々、山下水貌、痳、疝痛、二字不同、蓋是病以小便淋々、名曰淋、故聲類云、淋、小便數也、後人從疒以別永淋々字、釋 名、痳、懍也、小便難懍々然也、玉篇、痳、小便難也、廣韻、痳、痳病、慧琳引聲類痳、皆是也、遂與疝痛之痳混、但諸醫書皆作淋、不疒、又按、之波由波利、蓋數溺之義、

〔伊呂波字類抄〕

〈志人體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1287 淋病〈シハユハリ亦作痳〉

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1287 淋病( シハユハリ/リンビヤウ) 〈小便數也〉

〔一本堂行餘醫言〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1287 癃〈力中切音隆〉
癃即後世所謂淋疾也( ○○○○○○○○○) 、古時互相稱、後人專稱淋、夫癃之爲状也、小便澀、莖中痛、溺出些少、頻頻起、或點滴瀝瀝、或溺不卒出、或溺留莖内及小腹膀胱裏、欲去不去、欲止不止、或小便莖中http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000024438.gif 痛、或小便不通、日夜數十度、多至百行、甚者瀝瀝晝夜至三百餘起、或有小便了少頃將謂已盡、忽再出些少、或小便閉難、胞中覺滿、或急欲尿、及去蹇澀難通、或痛引小腹、或引臍、或常有餘瀝、或莖中癢、悚然欲戰、或先惡寒戰慄而後小便始出、或小便前痛、尿出後微快、或小便出後、莖根莖中及馬口痛苦難忍、或痛引會陰前後、或唯澀痛移時纔止、或卒然而發、或有宿病、又有小便前後無澀痛、唯日夜數十起者、又有小便了已還、唯覺膀胱裏急滿脹不一レ快、復小解則尿少出、如是者二三度、而纔快者、又有小便後至半時一時餘瀝淋淋不已者、或溺似膏、便後自出、白如尿澱、或如稠米泔、或如鼻涕、或如粉糊、或尿與精並出、混雜如糊、或至筋條及髓條、或溺赤黄色、或赤如淺紅花汁、或赤黑似小豆羹汁、或尿血多者至升餘、或有血條、或出細沙石、或如米粒、堅硬如稜角、莖中似破、甚者塞痛令悶絶、種種證候不縷擧、大凡靑年間多患之、老人亦間有之、唯鮮耳、婦人亦同、若夫石癃者、小便出細沙石、此非沙石、即是溺澱凝如細沙碎米、硬碌出者也、〈溺澱、即如溺桶底之白澱脚是也、〉而古人謂乳石大散、其石氣不散、擁遏下焦、熱動所上レ爲者、尤愚惑之甚也、其未服石散之前、世已有石癃説、〈見神農本草斑猫條〉況末世不乳石之人、及此邦未嘗知一レ石之徒、往往有此證乎、不通何如是耶、此其非因服石有是證、固不言焉、〈○中略〉靈素專稱癃、
靈樞、〈五味篇、熱病篇、經脈篇、〉素問云、有癃者、一日數十溲、此不足也、〈奇病論〉又云、膀胱不利爲癃、不約爲遺溺、〈宣明〉 P 1288 〈五氣篇〉又云、癃溺血、〈氣厥論〉又云、癃痔遺溺、〈骨空論、刺瘧論、〉
又稱閉癃
靈樞、〈經脈篇〉又云、遺溺閉癃、〈同上〉又云、實則閉癃、虚則遺溺、〈本輸篇〉神農本草、又稱癃閉、〈滑石條〉
http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022494.gifhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022494.gif 癃、 癃閟
上〈並見邪氣藏府病形篇〉 〈癃閟出素問六元正紀大論、五常政大論、〉
陰陽大論、始見淋字
素問〈六元正紀大論〉云、小便黄赤甚則淋、又云、淋悶、〈同上、又見保命集、及醫學綱目、○中略〉
秦越人稱癃溲
八十一難
張仲景始稱
傷寒論

〔瘍科秘録〕

〈八〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1287 淋〈淋漏〉
淋ハ素問ニ出ヅ、六元正氣論ニ、小便黄赤甚則淋ト云、又其病淋トアリテ、淋モ又古名ナリ、世醫多クハ癃ヲ古名トシ、淋ヲ後世ノ名ト心得テ居ルハ、夏蟲ノ見ト謂フベシ、此病ハ常ニ酒肉膏梁ニ飽モノテ多シ、病因ヲ考窮スルニ、尿道中へ潰瘍ヲ生ジ、遂ニ 糜爛( タヽレ) テ、濃血ヲ出スナリ、

〔醫心方〕

〈十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1287 諸淋( シタチユハリ) 方第四
病源論云、諸淋者、由腎虚而膀胱熱故也、其状小便出少起數、小腹絃急痛、引於臍
石淋( ○○) 方第五
病源論云、石淋者、淋而出石也、腎主水、水結則化爲石、故腎容沙石、腎虚爲熱所一レ乘、熱則成淋、其状小便莖裏痛、尿不卒出、痛引少腹、膀胱裏急、沙石從小便道出、甚者塞痛令悶絶
氣淋( ○○) 方第六
病源論云、氣淋者、腎虚、膀胱熱氣脹所爲也、其状膀胱少腹皆滿、尿澀、常有餘瀝是也、
勞淋( ○○) 方第七
病源論云、勞淋者、謂勞傷腎氣、而生熱成淋也、腎氣通於陰、其状尿留莖内數起不出、引少腹痛、小便不利、勞倦即發、
膏淋( ○○) 方第八
病源論云、膏淋者、淋而其〈○其、一本作有、〉肥状似膏、故謂之膏淋、亦曰肉淋、此腎去不其肥、液相與小便倶出也、
血淋( ○○) 方第九
病源論云、血淋者、是熱之甚者、則尿血謂之血淋、心主血、血行身通、遍經絡循環府藏、勞熱甚者則散失其常經、溢滲入胞而成血淋也、
熱淋( ○○) 方第十
病源論云、熱淋者、三http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000023680.gif熱氣、搏於腎、流入於胞而成淋也、其状、小便赤澀、亦有宿爲一レ淋、今得熱而發者、其熱則變尿血、亦有小便後如豆羹汁状者、畜作有時、
寒淋( ○○) 方第十一
病源論云、寒淋者、其病先寒戰、然後尿是也、由腎氣虚弱、下http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000023680.gif於冷氣胞、與正氣交爭寒氣則戰寒而成淋、正氣勝、戰寒解、故得小便也、

〔覆載萬安方〕

〈二十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1289 諸淋疾 〈世稱消渇、則誤渇飮湯水之名也、〉 〈消渇即内消、小便滑數、淋則數欲小便而澀滯痛也、〉 卒淋 冷淋 熱淋氣淋 血淋膏淋 石淋 勞淋

〔病名彙解〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1289 淋病( リンビヤウ) 小便滴瀝痛ナリ、五淋ノ別アリ、氣淋、血淋、石淋、膏淋、勞淋ナリ、各條ニ見ヘタリ、 淋症皆熱ニ屬ス、間冷ニ屬スルモアルナリ、俗ニ淋病心ナルヲ、シヤウカチト云ハ誤ナルベシ、少ク辨アリ、古ハ 癃( リウ) ト云リ、癃ハ 罷( リウ/ヤム) ナリ、

〔武德編年集成〕

〈五十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1290 慶長十年正月中旬、神君、駿府迄、御到著有、 痳疾( ○○) 故、暫ク爰ニ御逗留ト云々、

〔武德編年集成〕

〈五十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1290 慶長十二年二月十三日、神君、 淋疾( ○○) ヲウレイ玉フコトヲ、京畿ニヲイテ、御病惱殊ニヲモキヨシ謳歌セシメ、遠國雜説喧シキノキコヘアルユへ、孟春三日ヨリ七日迄、營中猿樂ヲ催シ、商賣人等マデ、芝居ノ見物ヲ免許セラレ、今マタ勸進能ヲナサシメ玉フユへ、此コト都鄙ニ沙汰シ、彼巷説俄ニ止ニ至ルト云々、

〔資勝卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1290 寬永六年五月七日、女院御所御使、中御門大納言、阿野中納言、烏帽子ニテ被參候、其樣子ハ主上〈○後水尾〉切々御腫物指出申候、又今度 御痳病( ○○○) 故、通仙院ヘ被仰出候ヘバ、御養生可然由候、左樣ニ候ヘバ、御灸治ヲモ被遊度候ヘドモ、御在位ニテハ如何候之間、御讓位モ有度由被仰候、

石淋

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1290 石淋( セキリン) 〈小便澀也〉

〔太平記〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1290 備後三郞高德事幷呉越軍事
呉王夫差俄ニ 石淋( ○○) ト云フ病ヲ受テ、身心鎭ニ惱亂シ、巫覡祈レ共無驗、醫師治スレ共不痊、露命已ニ危ク見ヘ給ヒケル、他國ヨリ名醫來テ申ケルハ、御病實ニ雖重、醫師ノ術及マジキニ非、石淋ノ味ヲ嘗テ、五味ノ樣ヲ知スル人アラバ、輙可療治トゾ申ケル、サラバ誰カ此石淋ヲ嘗テ、其味ヲシラスベキト問ニ、左右近臣相顧テ、是ヲ嘗ル人更ニナシ、勾踐是ヲ傳聞テ、泪ヲ押テ宣ク、我會稽ノ圍ニ逢シ時、已ニ被罰ベカリシヲ、命助置テ、天下ノ赦ヲ待事、偏ニ君王慈惠ノ厚恩也、我今是ヲ以テ不其恩、何日ヲカ期セントテ、潜ニ石淋ヲ取テ是ヲ嘗テ、其味ヲ醫師ニ被知、醫師味ヲ聞テ加療治、呉王ノ病忽ニ平愈シテケリ、

〔五體身分集〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1290http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000065872.gif 病分
痳病ト云ハ、小便茂ク、陰莖汐リ入テ小腹痛也、品類五種ニ分タリ、俗ニハ消渇ト云病是也、治方、生地黄滋ク煎ジテ服ヨ、〈○中略〉
石淋ト云ハ、小便ニ石ヲマリ出ス、腰片腹ホカミ差シ張リテ痛キ病也、治方、牛角〈灰〉酒ヲ温テ服ヨ、〈○中略〉諸ノ淋病治方一通ナリ、藥湯梔子黄蘗煎ジテホカミヲ茹ヨ、凡石子ヲ生ム病相ハ、男ハ左腰ト閇@065872.giヒエテ消渇ノ如ニシテ痛ム、女ハ右ノ腰ト開冷ル也、男右ヲ痛ハ福ノ相云々、
淋疾ト云ハ小便不通也、此極タル急病也、療治忽緒ニナラズ、治方、焚石鹽ニ入テ物ニ裹テ臍ノ下ニ當ヨ、煎藥薏苡仁〈碎〉濁酒ニテ煎、飮後ニ粥ヲ食ヨ、

〔叢桂亭醫事小言〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1291 淋病
是ハ壯實ノ人ニ多シ、先ヅ五淋ト云ヲ諸書ニ擧タル内ニ、 石淋( ○○) ハ小便ノ中ニ石ノ形ヲナシタル物通ズ、齒鹽ノ樣ナルモノ也、大抵血淋ト合淋ス、病甚シク忍兼テ寒熱モ有、或絶食ニテ疲レルモ有、血淋ハ血ノ内ニ如魚腸凝タルモノ雜下シ、尿孔ヲ塞グ故、痛苦モ強グ數十日ヲ經、面色靑、經月ニ至レバ、唇舌靑白、膈間ニ悸ヲ生ジ、呼呼迫シテ終黄胖病ニナリ、淋家ノ主治ニテハ治セヌモ有、

〔技癢録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1291 誤食
世俗當食専唯知去砂石、謂誤食之、作 砂石痳( ○○○) 、歳除一日、家喫褐腐曰、能下歳中所誤食砂石、殊不知砂石入腹輙出穀道、鳥獸常糞砂石證、矧如砂石痳、是其 小便結鹼于膀胱( ○○○○○○○) 、以作砂石之状、猶便器垽濁久々結作一レ石也、有人臥起蓐上、見砂石、試振衣襦、從下簌々、毎旦常然、醫以爲汗所結成乃與藥、更大發其汗、不日其症頓已、考蘭説、人身鹹水下滲爲尿、薰上爲汗、本爲一物矣、併證知砂石痳非一レ食砂石也、以余言之、食之可揀、最在毛髮、賤下食麤、動見毛髮、若誤食之、積多則恐作髮瘤、作髮癥、作髮痳、其他異病不名状、乃有此物梗塞、亦不知已、有一瘍醫、解死狗之、小腸中有髮、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000012858.gif 結塡滿、蓋不幸碍滯、不下兌者、

膿淋

〔一本堂行餘醫言〕

〈六上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1292 膿淋
膿淋、世總稱淋疾、非也、審視當時患濃淋、 皆是下疳瘡也( ○○○○○○) 、蓋下疳者、陰莖外面、生瘡而疳蝕、故人皆易知、膿淋者、陰莖竅中、生瘡潰爛、出膿及血、疼痛淋瀝、幾似淋疾、實非眞淋疾、故人不知耳、其辨詳在癃條、且熱溺、掠拂竅内瘡爛處出來、則竅中自不刺痛、此其所以疼痛滴瀝、與眞淋疾上レ異也、方其溺道竅口、溜膿貼視之時、或睡中若不虞裏、掲http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000034339.gif 去、而其陰頭粘著之處、破開爲創、因成下疳者、毎多有之、又觀其溺道臭膿、糜爛陰莖馬口、遂成下疳者、比比皆然、可以見其同病益明矣、故吾門斷然以此爲竅内下疳者、爲是也、

〔時還讀我書〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1292 先敎諭ノ言ニ、今ノ淋ハ多ハ黴毒ヨリ來リテ古ノ淋ト同ジカラズ、瘡瘍經驗全書ニ内注疳ト名ケテ、小柴胡加龍膽車前子ヲ用タリ、證治要訣ニ小便注、桿甘瘡トイヘルアリ、亦毒淋ナランカ、袖珍方ニ、蛀桿瘡一名下疳瘡トアリ、コレハシカト下疳ノコトナリ、

淋瀝

〔倭名類聚抄〕

〈三病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1292 臨瀝 病源論云、臨瀝、〈音歴、之太天由波利、〉小便滴瀝也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1292 下總本注首有下字、醫心方淋瀝遺尿同訓、新撰字鏡、痳訓志太々留引文原書無載、恐源君誤引、按、 臨瀝當淋瀝( ○○○○○○) 、病源候論諸淋候云、腎虚則小便數、膀胱熱則水下澀、數而且澀、則淋瀝不宣、故謂之爲淋、

〔萬安方〕

〈三十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1292 婦人淋瀝〈日本 呼淋曰消渇( ○○○○○) 、 即世俗之誤( ○○○○○) 也、消渇則内消飮水之名也、滑數http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000205306.gif 乾曰消渇、淋痛間誤曰林病也、}
夫婦人淋者、由腎虚膀胱熱也、膀胱與腎爲表裏、但主於水行、於脬者爲小便也、藏府不調爲邪所一レ乘、腎虚則小便數、膀胱熱、則小便澀、其状小便疼痛、澀數淋瀝不宣、故謂之淋也、

〔醫心方〕

〈十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1292 遺尿( シタテユハリ/タレユハリ) 方第廿三( /奴予反)
病源論云、遺尿者此由 膀胱虚( ユハリフクロ) 冷、不於( カヽフル/求倶反救也之言掲也) 水故也、范汪方治人遺尿方、〈○下略〉

〔筆のすさび〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1292 一大食會 いつのころか、備後福山に、大食會といふことをはじめしものあり、其 社の人皆夭折せり、ひとり陶三秀といふ醫者ありしが、これははやくさとりて、其社を辭して六十餘までいきたり、予が若き頃、三秀が甚だ小食なるを見て、其よしを問ひしに、其社中皆異病にて死し、おのれ減食してまぬかれしといふ、其後近村平野村に、またこの事はやりて、人多く異病をやみぬ、其社中に清右衞門といふ若者あり、膂力も人にすぐれ、無病なりしが、ふと 遺弱( ○○) す、それよりしげくなりて、つひに坐上に溺するを覺えず、發狂して死したり、食うてすぐに食傷はせざれども、つもり〳〵て不治の病となるなり、一日に五合の食は吾邦の通制なり、是にて飛脚をもつとめ、軍にもいづるなり、されば人々心得べき事にこそ、軍行には一升、戰の日は二升のかては、其時々の事にて常にあらず、

尿床

〔醫心方〕

〈十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1293尿http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r12931.gif 方第廿四
病源論云、人有 眠睡覺尿出( ○○○○○○) 者、是其禀質陰氣偏盛、陽氣偏虚者、則膀胱腎氣倶冷、不制於水、則小便偏多、或不禁而遺失〈爪、〉

〔覆載萬安方〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1293 遺尿 ヲボヘズシテ小兒下出、是云遺尿也、
尿床( イハリスユカ) 睡裏尿也、世俗云シト、又云、夜シト、

〔倭訓栞〕

〈中編二十八與〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1293 よるばり 遺尿をいふ、夜のゆばりの義なるべし、よしとヽもいへり、夜 尿( シト) の義なり、

〔病名彙解〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1293 俗ニ云ヨツバリナリ、病源ニ云、夫人眠睡ニ覺ヘズシテhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000007756.gif 出ルモノアリ、是其禀質陰氣ヒトヘニ盛ニ、陽氣ヒトヘニ虚スルモノナリ、夜臥トキハ陽氣衰伏シテ、陰ヲ製スルコトアタハズ、コノユヘニ、陰氣獨リ發シテ、水下リテ禁ゼズ、故ニ眠睡シテ覺ズhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000007756.gif 出ルナリ、

〔叢桂亭醫事小言〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1293 小兒〈尿床〉
尿床ハ、灸効第一ニ、十三椎骨ノ左右ヲセマリテ五十壯バカリス、神驗アリ、又關元〈○丹田〉モ良シ、夫 ニテモヤマヌハ香龍散ナリ、其兒虚弱ナルニハ、平日、弄玉湯、加附子、或八味丸煎服スベシ、

〔漫遊雜記〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1294 一小兒遺尿至十餘歳、與鷓鴣菜湯蟲、灸章門腰眼數千壯、全愈、又有一小兒、病形相似、治之如前法、不愈、後游藝州、受一方於惠美三白者、曰以白湯華産蠟、日五分、約六十日、若八十日許、而全愈、服之十日若二十日、病荐發者、其得効益全、余〈○永富鳳介〉試之、或有効、

消渇

〔倭名類聚抄〕

〈三病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1294http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022350.gif 病源論云、痟http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022350.gif 〈今案四聲字苑云、痟http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022350.gif 、音與消渇同、俗云加知乃也萬比、〉渇而不小便也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1294 昌平本無注作字、山田本作作云、那波本同、下總本作亦作二字、玉篇、痟、痟渇病也、慧琳音義引埤蒼、痟渇病也、釋名、消http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000018404.gifhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000018404.gif 、渇也、腎氣不http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000029441.gif 胃中、津潤消渇、故欲水也、按説文、消、盡也、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000018404.gif 、欲飮也、渇、盡也、然則釋名作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000018404.gif 正字、漢書司馬相如傳、急就篇作消渇、諸醫書皆同、爲通借、俗从疒作痟、與酸痟字混、原書今本作消渇者渇不止小便多是也、外臺秘要引與此全同、按原書次此文云、由少服五石諸丸散、積經年歳、石勢結於腎中、使人下焦虚熱、及年衰、血氣減少、不復能一レ於石、石勢獨盛、則腎爲之燥、故引水而不小便也、則作不小便是、今本作小便多者、恐係宋人改竄、又按 今俗謂婦人淋病消渇者誤( ○○○○○○○○○○○○) 、

〔隨意録〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1294 周禮春官疾醫、春時有痟首疾、鄭註痟、酸削也、首疾、頭痛也、此痟與首疾、分以爲二疾、然文恐不是也、説文酸削頭痛也、野客叢書云、司馬相如消渇、則所謂消中之疾也、痟首消中、二疾既異、而其字亦自不同、後人往々不辨、指爲一疾、鮮之者、後漢李通、素有消疾、此正如相如渇疾也、予謂周禮痟首、只是頭痛之謂、而亦非消渇也與、

〔伊呂波字類抄〕

〈加人體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1294http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022350.gif 〈カチノヤマヒ、霄渇二音、〉

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1294http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022350.gif ( カチノヤマヒ/カワキノヤマヒ) 〈渇而不小便也、〉

〔醫心方〕

〈十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1294消渇方第一
病源論云、消渇者、渇而不小便是也、由少服五石諸丸散、積經年歳、石熱結於 腎中( ムラト) 、使人下http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000023680.gif 虚熱、及至 年衰血氣減少復制於石、石熱濁盛、則腎爲之燥、腎燥、故引水而不小便也、其病變多、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022578.gif 疽此坐熱氣、留於經路、經路不利、血氣http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022578.gif 澀、故成http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022578.gif、〈○中略〉
渇利方第二
病源論云、渇利者、隨飮小便是也、由少時服乳石、石熱盛時、房室過度、致令腎氣虚耗下焦生一レ熱則 腎( ムラト)http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000019366.gif 、腎http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000019366.gif 則渇、然腎虚、又不制水液、故隨飮小便也、〈○中略〉
内消方第三
病源論云、内消病者、不渇而小便多是也、由少服一レ石、石熱結於腎内、熱之所作也、
小品方云、夫内消之爲病、皆熱中所作也、小便多於所一レ飮、令人虚極短氣、内消者食物皆消作小便、去而不渇也、治之 苟起( クコ) 湯、〈○下略〉

〔俗説正誤夜光珠〕

〈中〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1295 氣淋を消渇といふ説
淋病のかろきを、俗に消渇氣といふは謬りなり、小便しげく行けども、澀り滯りて少く、常に餘瀝ありて盡さぬは、氣淋とて、五淋のうちの一つなり、さて又消渇といふは、津液の不足より發る病にて、上中下の三消あり、上消は咽渇きて多く飮み、舌そこねて食少く、二便つねのごとし、中消は口乾きて多く飮み、よく食して痩せ、小便赤くして數し、下消は 煩( いき) れ渇きて、多く飮み、耳焦れ、小便濁りて膏のごとし、これ大概をしるす、諸家の病論に詳なり、見るべし、

〔有林福田方〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1295 消渇
論云、夫消渇者水ヲ飮テ小便セザル是也、小便頻數ト雖ドモ、而脂ナクシテ 麪片( ムギユ) ノ如クナル、此當消渇ナリ、食モノヲ喫フコト多ケレドモ、甚渇カハカズシテ、小便ハ少クシテ油アルニ似テ、數ゲキ者ハ此消中ナリ、渇テ 水ヲ飮コト多( ○○○○○○) ニアタワズ、但腿腫テ脚先ヅ瘦セ、 陰痿( ヲンナエ) 溺クシテ、小便數キ者ハ消腎ナリ、〈○中略〉
三消渇
消渇ハ渇コト多シテ、而小便ヲ利スル也、内消ハ熱中ニ依テ作ス所ナリ、小便飮スル物ヨリモ多ク、食物皆消テ小便トナレドモ、渇カワカズ、人ヲシテ虚極テ氣短カラシム、強中者、 莖( クキ) 長クナリテ興盛ニシテ、交ザルニ 精液( ユハリシル) 自ト出ル也、是ヲ三消渇ト云ナリ、

〔病名彙解〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1296 消渇( シヨウカツ) 俗ニ云カハキノ病ナリ、〈○中略〉中消ハ熱中焦脾胃ス、蓄テ穀ヲ消シ、善ク飢テ甚ダ渇セズ、小便赤ク數ニシテ大便硬シ、腎消ハ熱下焦腎分ニ伏シテ精 竭( ツキ) 、水ヲ引、自救ヒ、隨テ即チ溺下リ、小便混濁シテ膏淋ノ如ク然リ、腿膝枯細、面黑ク、耳焦レ、形痩也、〈按ルニ、世俗 淋病ヲシヤウカチ( ○○○○○○○○) ト云ルハ、此病證アルガ故ニ云歟、〉

〔橘黄年譜〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1296 天保十二年十二月初二、榑正街壁匠宗助妻、診ヲ乞、其證 消渇( ○○) 數日愈ヘズ、一醫認テ胃熱トシ、屢之ヲ下シ、消渇止、舌上赤爛、齒齗マデ糜爛シ、飮食スルコト能ハズ、脈虚數濁、唾腥臭アリ、余以爲肺痿ノ一證ナリト、炙甘草湯、加桔梗ヲ與フ、病漸愈、嚴虞惇曰、醫之爲道、若君相之治一レ國、大黄芒硝蕩滌癥結、而元氣不固、奄然而已、此商鞅之治秦也、參、朮、耆、苓、滋養營衞、而邪氣不除、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000037881.gif 然而喪、太叔治邦也、醫者以曹參齊、而兼孔明之治一レ蜀、乃可以起晉侯之膏肓、療桓公之骨髓、醫タル者此語ヲ金針トスベシ、

〔倭名類聚抄〕

〈三病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1296 痔 説文云、痔、〈治里反、上聲之重、知乃夜萬比、〉後病也、四聲字苑云、痔、虫食下部病也、〈今案、俗云之利乃夜萬比、〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1296 按、痔屬澄母、舌音定母之輕、此云重未詳、所引疒部文、下總本注末有是也二字、按依本書通例、是注似智乃夜万比之下、釋名、痔、食也、蟲食之也、與此義同、按病源候論、諸痔者謂牡痔、牝痔、脈痔、腸痔、血痔也、肛邊生鼠乳、出在外者、時々出膿血者牡痔也、肛邊腫生瘡而出血者牝痔也、肛邊生瘡、痒而復痛出血者脈痔也、肛邊腫核痛、發寒熱而出者腸痔也、因便而清血隨出者血痔也、又有酒痔、肛邊生瘡、亦有血出、又有氣痔、大便難而血出、肛亦出外、良久不肯入、諸痔皆由風、房室不愼、醉飽合陰陽、致擾血氣、而經脈流溢、滲漏腸間、衝發下部、巣氏所云、病状病因如是、非實有蟲而食一レ之明矣、但其状有蟲食一レ之、故劉熙所説云爾、

〔伊呂波字類抄〕

〈志病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1297 痔〈シノヤマヒ〉 V 同

〈知病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1297 痔〈チノヤマヒチ〉

〔下學集〕

〈上支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1297 痔( ヂ) 〈尻之病〉

〔醫心方〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1297諸痔方第十五
病源論云、諸痔諸、謂牡痔、牝痔、脈痔、腸痔、血痔也、牡痔、肛邊生宍如鼠乳、時々出膿血、牝痔、肛邊腫生創而血出、脈痔、肛邊生創癢痛、腸痔、肛邊腫核痛發、寒熱血出、血痔、因便而清血隨出、又有酒痔、肛邊生創有血出、又氣痔、大便難而血出、肛亦出外、良久不肯入、諸痔皆由風、房室不愼、醉飽合陰陽、致上レ擾血氣、而經脈流溢、滲漏腸間、衝發下部、痔久不差、變爲瘻也、

〔瘍科秘録〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1297 痔疾 〈痔漏 腸痔 脱肛痔 脈痔 内痔 牡痔 蟲痔 黴痔〉
痔ハ、素問ニ出、莊子ニモ舐痔ト見ユ、説文ニ後病ト云リ、陳言ガ三因方ニ、痔如大澤中小山突出爲峙ト、字義ヲ説タルハ大ニ面白シ、其病因ヲ考ルニ、肛門ハ乃チ腸ノ端末ナリ、腸ハ二重ノ膜ヲ合テ嚢ヲ成モノニテ、常ニ膏梁ニ飽ク人ハ、自然ト敗血ヲ生ジ、敗血下墜シテ肛門ニ行キ、二重ノ膜ノ間ニ滯リ、大便タビニ 努責( イキヅム) ユへ、敗血マス〳〵此ニ流レ來テ消散スルコトナク、遂ニ痔トナルナリ、或ハ内ニ發シ、或ハ外へ發スルニテ、形状ヲ異ニスル故、色々ノ名アトレドモ、實ハ一病ナリ、古ハ單ニ痔ト稱セシヲ、隋ノ巣元方ニ至テ始テ五痔ヲ區別ス、孫思邈王燾モ亦其目ヲ蹈襲ス、後世ニ及テ七痔或ハ二十四痔ノ目ヲ別ツニ至ル、多名ノ弊却テ人ヲ眩惑ス、陳若虚晩世ニ出ルト云トモ、五痔ノ目ダモ設ザルハ卓見ナリ、

〔叢桂亭醫事小言〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1297 痔 下血
痔ハ肛門ノ病ニテ、素門ニ出、後世名稱甚多、酒客ニ多故、酒痔ノ名アリ、肛肉脱出スルヲ脱肛ト云、 寒氣ノ節ニ多シ、硬キ大便ヲ下ス時ニ、飜出ルコト癖ニナリテ、肛内ノ肉ユルミテ、ホツレテ、飜花瘡ノ如ニ出ヅ、出レバ軟肉故、痛モ有レドモ、出ルホドノコトナレバ、腫モ催テ痛ムナリ、甚シキハ坐スルコトナラズ、側臥シテ百藥無効、日月ヲ經テ自然ニ汁ヲ流シ、腫消シテ愈ヲ待ニ至ルモ有、又輕キハ手入シテ納ル、又常ニ大便ノ毎ニ脱シテ、其度ニ押入ル人モ有、

〔永正記〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 一雜熱血氣者〈付、 痔( ○) 、鼻血等事、}
雜熱令膿汁者、不内院之參宮、 痔血氣( ○○○) 、沐浴解除、參宮無憚、 小痔血( ○○○) 雖沐浴、令解除參宮也、小血幷蛭血鼻血等、沐浴之後、神拜無憚、大血者忌也、譬瘡血等及三滴者、可沐浴之故也、

〔敎令類纂〕

〈初集十六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 元祿十六癸未十二月十五日
一日光久能仙波御宮御名代相濟歸參御目見之節者、御名代之仰を承候時之通に而可罷出候、〈○中略〉
一 脱肛( ○○) 、 痔( ○) 、痳病、膿血出、衣類ニ付候程に而は、御名代相勤不苦候、
附灸之膿血者多少よらず、不行水苦候、〈○下略〉

〔柳營諸舊例的〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 文化二丑年三月七日 隱居家督願 〈寄合〉大草織部〈○中略〉
私儀、年來持病之痔疾ニ而、難儀仕候處、近來 痔漏( ○○) 之症ニ罷成、逆上仕、取分差塞、眩暈強、別而相勝不申、此上全快仕、出仕等可仕體無御座候、依之私儀隱居被仰付、養子揔領主膳〈江〉家督無相違下置候樣、奉願候、以上、
文化二乙丑年三月七日 〈寄合〉大草織部印判
松平能登守殿〈○以下人名略〉

〔塵塚談〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 痔疾の奇藥に、深川邊の方言にヒルコ玉といふ海虫あり、味噌汁にすこし計煮て喰ベし、神効有よし、海中淺利貝のある砂地に深く穴して居る、品川邊方言に 海脱肛( ウミダツコウ) といふあり、 乾肉( ホシナ) 沙噀( マコ) に似たりといふ、ヒルコダマの事にや、ヒルコ玉は冬に至れば、わけて深く蟄居す、春末より暖になれば穴中を出るゆへに、淺利貝の中に交りて得る事これあるよし、物音すれば速に穴中に入るよし、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000057480.gif 鼠( ヂネヅミ) のごとく早しといふ、ゆへに得がたし、漢名石榼ならんか、猶識者に尋べし、

〔耳囊〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299 痔の神( ○○○) とて人の信仰可笑事
今戸穢多町の後に痔の神とて、石碑を尊崇して香華など備へ禱るに隨ひて利益平癒を得て、今は聊の堂など建て、參詣するものあり、予が許へ來る脇坂家の醫師、秋山玄瑞語りけるは、玄瑞壯年の比療治せし、靈岸島酒屋の手代にて、多年痔疾を愁ひて、玄瑞も品々療治せしが、誠に難治の症にて、常に右病を愁ひ苦みて、我死しなば世の中の痔病の分は、誓ひて救ふべしと、我身の苦しみにたへず常々申けるが、死せし後、秀山智想居士といひし由、かヽる事もありぬと、かの玄瑞かたりしまヽ記しぬ、

〔東都古墳志〕

〈中〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299 秋山自雲靈神縁起
秋山自雲靈神は、攝津國川邊郡小濱の産にして、多田備中朝臣隨一の郞從、藤原仲光の末裔狹間氏、其父六左衞門なり、其子は吉兵衞、江戸新川岡田孫右衞門に奉公して、生質直にして、後に家を繼て岡田孫右衞門といふ、三十八の比より 痔疾( ○○) をやむ、醫療盡て死に臨むで曰、七年難病に苦しむ故に、諸佛神に誓て、沒後此病を憂ふるものを救ふべしといつて、延享元甲子九月二十一日死す、當寺に葬る、其後某痔疾に苦しむ事三年、自雲の言葉を思ひいだして、信願二月を過ずして平愈す、是より世上に流布す、〈○中略〉
但十四年患へて、三年必死の病苦をなす、寺僧の話に、攝州多田庄大鹿村の産、
今 痔佛( ○○) といへる、寺中に別に靈神を安置して、餘程の宮居ともいふべきやうすなり、されども人々靈神とはいはず、痔佛々々と稱す參詣多し、

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif

〔倭名類聚抄〕

〈三病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1300http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif 病源論云、脱http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif 、〈古紅反、字亦作肛、和名之利以豆流夜萬比、〉肛門脱出也、久痢則大腸虚冷所爲也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈二病〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1300 曲直瀨本無http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif、下總本作下、山田本作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif 古紅反、那波本同、並與廣韻合、萬安方同訓、醫心方脱肛訓之利乃伊豆流、原書http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif肛、久上有多因二子、則作後、肛字説文玉篇不載、廣韻載闕義、按史記倉公傳肛門、集解、肛釭也、言其處似車釭、故曰釭門、即廣腸之門、是知古作釭門、後從肉也、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif 字説文又不載、玉篇、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif 、下病也、廣韻引文字集略云、脱肛、下部病也、蓋肛http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif 者、肛門脱出之病、故曰脱肛、後又從疒作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif 也、然則脱http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif肛字、肛門不http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif也、

〔伊呂波字類抄〕

〈志病瘡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1300 脱肛〈シリイヅルヤマヒ〉

〔增補下學集〕

〈上二支體〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1300http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000022029.gif ( シリノイヅルヤマヒ/ダツコウ)


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:57 (509d)