熊/名稱

〔新撰字鏡〕

〈連火〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0403 熊〈胡弓反、久萬、〉

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0403 熊 陸詞切韻云、熊〈音雄、和名久萬、〉獣之似羆而小也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0403 説文、熊獸似豕、山居冬蟄、上林賦注、張揖曰、熊犬身人足、黑色堅中、當心有白脂玉、埤雅、熊似豕、本草圖經云、熊形類犬豕、爾雅翼、性輕捷、好緣高木、見人則顚倒、自投地而下、

〔類聚名義抄〕

〈四火〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0403 㷱熊〈音雄、クマ、今正、〉

〔東雅〕

〈十八/畜獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0403 熊クマ〈○中略〉 クマといふ義不詳、百濟の方言にも、熊をばクマと云ひけり、今の如きも、朝鮮の俗、熊を呼びてはコムといふ、クマの音の轉ぜし也、猶此にはウマといふ語轉じて、コマといふが如くなりと見えたり、
太古の俗、神を畏れてカミといひ、亦轉じてクマと云ひしは前に註せり、熊の如きも、其猛なるを畏れて、クマと云ひし、猶大蛇をイカヅチといふが如くなりしと見えけり、熊鰐、熊鷲、熊鷹、また猫をネコマといひ、狻猊をコマイヌと云ひしが如き、又此義なる、〈○下略〉

〔古事記傳〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0403 彼梟師どものいと建かりし故に、熊曾とは云なり、熊鰐一熊鷲、熊鷹なども、皆猛きを云稱なり〈熊は獸ノ冲に猛き物なれば、其に准へて猛き物をも云か、はた久麻と云は本より猛きを云言なるを、熊も名に負るか本末はしらず、〉

熊性質/熊形體

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0403 熊 集解、熊類大豕、目眥高擧如竪、四肢似人而肥勁、全體黑色、其色黃白、謂白熊、黃赤者謂黃熊、倶居深山而希矣、凡熊春夏升木登巖、而引氣墜地自快、胸上有白處、如偃月、俗號月輪、常以手掩之而護焉、人不之、熊亦不敵、若欲人、則必立、故獵人脅之、向彼而立、窺月輪而刺之則斃、若刺外邊則挫刀鎗、或制人、其剛猛不當、以炮擊之、負玉子三四而遂死、然恐外皮及膽血、毎窺月輪而刺之爾、冬月棲穴以禦寒、或孕育、獵欲之、則先聚木片㭬橛棘刺之類、而投于穴中、性惡穢物及傷殘、故自攫投于穴奧、從投物之多、而穴中塡塞熊居窮迫、次第出于穴口、獵人待斯時而斃之、大抵春夏者、膽微小而色透黃、秋冬者膽肥大而色深黃、晒乾則春夏微黑透黃、秋冬者深黑如漆、倶入藥用、其皮造泥障座褥軍https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00989.gif 、及矛鎗弓砲刀劒之鞘袋、而世以賞之、其黃白者最爲奇珍
肉、氣味、〈古謂〉甘平無毒、〈肉硬人食者少、惟山人儘食之、〉主治、祛風補虚、
膽、氣味、〈古謂〉苦寒無毒、〈其眞僞詳于李氏綱目、入水飛轉碎塵者、猴膽亦然、惟熊膽入水轉時、常曳一線黃縷而透明、猴膽亦雖黃、散亂如煙、以是爲證耳、〉主治、淸心平肝退熱止痛、明目收瘡殺蟲、愈蟲牙痔瘡及小兒驚癇、餘詳于綱目
發明、今本邦治諸痛疝積小兒驚癇、用返魂丹以療之、其方用熊膽主、又治癖塊諸痛急症熊膽、麝香、沈香、人參、金箔而療之、名曰奇應丸、最有驗矣、

〔本草綱目譯義〕

〈五十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0404 熊 クマ
是ハ毛ノ色黑シ、故ニ總體黑色ナル物ヲクマトツケテ云也、クマゼミ、クマ蜂ノ類ノ如シ、日本ノコト也、前アシノカ多シ、故ニ棒ネヂヲサスナリ、力ツヨシ、東國北國ヨリ皮ヲ多出ス也、大ナルハ長六尺餘、生テイル時ハ形ヲ長シ短フスルト云戸ト也、

〔熊志〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0404本草所一レ載、熊有三種、曰熊、曰魋、曰羆、熊魋二種大同小異、土民呼末久末、或呼志良賀者爲熊、呼伊志久末者爲魋、又爲赤熊、所謂末久末者、長毫黑稠密有光澤上品、背上毛短、毛根帶赤色、無光澤者、爲伊志久末、次末久末、羆未本邦所產之處、一曰黃熊、或曰豭熊、又爾雅翼所載、猪熊馬熊人熊、並 皆爲羆之別名、又或説爲牡熊毛色如熊白、卽仙臺別封宇和島侯世子粧鎗鞘者是也、蓋世子所用以華渡熊毛乎、抑出於封内乎、余〈○難波義材〉未嘗聞南海山中獲白熊、又有奧東松前獲白熊、而傳聞、曖昧最不信也、別錄曰、以十一月熊、今審本邦所一レ獲、冬至之候、熊掘山中枯樹根若巖下地、設窟穴蟄伏、所謂熊館者是也、蟄時噉榛皮、取瀉下、絶飮啄、據窟口、蹲踞如人狀者數日、乃更入窟熟寐、至春月而始覺、浪遊四方、然以亂山峭絶行歩艱、春初冰雪稍泮時多獲之、不特十一月也、時珍曰、蟄時不食、饑則舐掌傳會甚矣、蓋本之於熊蹯有美味之稱、去窟數里、必別作一二處之窟、方其浪遊、彼此交棲宿、是以節候、或失其期、不熊、亦認舊栖處、因索別窟、爲後圖、不二三年、棲蟄故也、窟口徑僅一尺許、熊能屈伸其身、踊躍出入華元化稱熊經戲、非虚語也、

〔北越雪譜〕

〈初編上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0405 熊捕
そもそも熊は和獸の王、猛くして義を知る、菓木の皮、虫のるゐを食として、同類の獸を喰ず田圃を荒す、稀に荒は、食の盡たる時也、詩經には男子の祥とし、或は六雄將軍の名を得たるも、義獸なればなるべし、夏は食をもとむるの外、山蟻を掌中に捺著、冬の藏蟄にはこれを䑜て飢を凌ぐ、牝牡同く穴に蟄らず、牝の子あるは子とおなじくこもる、其藏蟄する所は、大木の雪頽に倒れて朽たる洞、〈なだれの事下にしるす〉又は岩間土穴かれが心に隨て居る處さだめがたし、雪中の熊は右のごとく他食を求ざるゆゑ、その膽の良功ある事夏の膽に比ぶれば百倍也、我國にては、飴膽、琥珀膽、黑膽と唱へ、色をもつてこれをいふ、琥珀を上品とし、黑膽を下品とす、僞物は黑膽に多し、〈○中略〉
白熊
熊の黑(○)は雪の白がごとく、天然の常なれども、天公機を轉じて、白熊(○○)を出せり、天保三年辰の春、我が住魚沼郡の内、浦佐宿の在大倉村の樵夫八海山に入りし時、いかにしてか、白き兒熊を虜り、世に珍とて飼おきしに、香具師〈江戸にいふ見世もの師の古風なるもの〉これを買求め、市場又は祭禮すべて人の群る 所へいでゝ看物にせしが、ある所にて、余〈○鈴木牧之〉も見つるに、大さ狗のごとく、狀は全く熊にして白毛雪を欺き、しかも光澤ありて、天鵞織のごとく、眼と爪は紅也、よく人に馴て、はなはだ愛べきもの也、こゝかしこに持あるきしが、その終をしらず、白龜の改元、白鳥の神瑞、八幡の鳩、源家の旗すべて白きは皇國の祥象なれば、天機白熊をいだしゝも、昇平万歲の吉瑞成べし、
山家の人の話に、熊を殺こと二三疋、或ひは年歷たる熊一疋を殺も、其山かならず荒る事あり、 山家の人これを熊荒といふ、このゆゑに山村の農夫は、需て熊を捕事なしといへり、熊に靈あ りし事古書にも見えたり、

〔西遊記〕

〈續編二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0406 熊膽
此地〈○琉球〉に木熊土熊(○○○○)とて二種あり、土熊は土の穴の中に住て、其體大ひなれども鈍し、木熊は枯木のうつろに住、其體小さくして建かなり、よく樹木の上に登る、其故に木熊の膽は小さけれども、氣味猛なり、土熊の膽は大にして鈍しといふ、又木熊の膽の中に琥珀手といふ物有、是も又上品なり、京都にて撰む所は加賀の熊膽を最上とす、信濃は少し大也、蝦夷松前より出るは格別大ひなり、然れども皆加賀の膽にはおとるといふ、熊も又松前は甚だ大ひにして、就中羆などは殊に大ひにして、よく牛馬を掴裂て喰ふ、人を害する事大かたならず、猛勢あたるべからずとぞ、彼地より來る熊の皮をみるに、毛甚だ深く皮大にして、毛の色金色なるも有、毛至て厚きものは、人の手を五ツ重ねて、猶よく毛の中に隱るゝあり、皮の大きさも疊三帖を隱すもの有、虎の皮三枚の大さあり、他國にはかゝる熊はたへてなし、

〔筆のすさび〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0406 一熊茄子をいむ事
熊は茄子をいむ、深山の人、薪をこりにゆくに、かならず茄子を帶ぶことを見れば、熊必ずはしりさる、茄子野にあるときは熊膽小なり、茄子なき時は大なり、茄子を見せて、とりたる熊は、膽かな らず小なりとぞ、又馬に恐る、狼は馬をころし、其狼は熊に制せらる、物性いかなればかくあるにか、

〔兎園小説〕

〈三集〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 むじな、たぬき、 海棠庵記
彼〈○羽州由利郡農民〉與兵衞いふ、熊につきのわとて咽喉の下に、白き毛あり、形月の輪(○○○)の如くなれば、しかいふとなん、さるにそのつきの輪に不同あり、圓なるあり、半輪あり、纖月のごときあり、またつきのわのなきあり、こはその熊の生るゝ日十五日なれば輪圓なり、晦日なれば輪なし、餘は月の盈缺によりて、准知すべしといふ、一奇事なり、

〔夫木和歌抄〕

〈二十七/熊〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 六帖題 衣笠内大臣
おく山に住あらくまの月のわ(○○○)に夜めこそいとゞくもらざるらめ

〔庭訓往來〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 熊掌(○○)狸澤渡、〈○中略〉氷魚等或買㒃、或乞索、令之候、

〔庭訓往來諸抄大成〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 熊掌、狸澤渡、猿木取、いづれも皆手足の事也、

〔本草和名〕

〈十五/獸禽〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 熊脂(○○)一名熊白、〈陶景注云、是背上膏也、〉羆〈似熊而頭長脚高、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00999.gif 聡多力、〉一名狼羆〈音鄙宜反、關西名之、已上二名出崔禹、〉和名、久末乃阿布良、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群體〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 熊白(○○) 本草云、熊脂一名熊白、〈和名久萬乃阿布良〉熊背上膏也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸體〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 原書獸部上品熊脂條陶注云、此脂卽是熊白、是背上膏、則知此所引陶注也、本草和名亦云、熊脂一名熊白、陶景注云、是背上膏也、此有一名字、似本草和名上レ之、

〔類聚名義抄〕

〈四/火〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 熊脂〈クマノアブラ〉 熊白〈訓同〉

瑞熊

〔延喜式〕

〈二十一/治部〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0407 祥瑞
赤熊(○○)〈○中略〉 右上瑞〈○中略〉
靑熊(○○)〈○中略〉 右中瑞

熊事蹟

〔古事記〕

〈中/神武〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0408 故神倭伊波禮毘古命、從其地〈○紀伊國男水門〉廻幸、到熊野村之時、大熊髮出入卽失、爾神倭伊波禮毘古命、倐忽爲遠延、及御軍皆遠延而伏、〈遠延二字以音〉

〔扶桑略記〕

〈二十三裏書/醍醐〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0408 延喜二年九月七日庚戌、西京不意熊出來、咋損人、卽於淳和院北邊射殺
四年十一丹六日丙寅、熊入來左衞門陣、卽捕繫、

〔窻の須佐美追加〕

〈上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0408 薩摩の獵師にや有けむ、山路を通るとてがけ道をふみはづし、谷底へ陷り、幸にあやまちはせざりけれど、絶倒しけるを、大なる熊出て、掌を口に當てすりければ、をのづから嘗めけるが、甘き事限りなし、さて有て熊先に立てゆきけるに付て住ほどに、窟の中に入ぬ、草を置てその上にをらしめ、いたはる體に見へ、時々掌を出候て舐らするに、飢る事なかりけり、明日歸べきと思ひ、人に暇こふ如して出けるに、熊はなごりおしげに見へてのぼるべき路まで案内して別れ去けり、此者不仁なる者にや、其のち鐵砲を持つゝ、かの道よりつたひ下りて、かの窟にゆき、熊の臥居たるを打ころし、膽を取て奉行所に捧しに、そのしだいを尋られて、中將綱久朝臣聞たまひ、獸さへ人の難義を救ひいたはりしに、其恩を不知のみならず、是を害せしとて、人にして獸にをとれり、かゝる者は世のみせしめなりとて、其窟の前に磔に行れけり、

〔閑田耕筆〕

〈三〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0408 山獸の中には熊は人に馴安きもの也、華山のさき牛尾道と三條への別路に、菓賣女のかり初に出居るが、熊の子をつなぎたるをおのれ立よりて見て、其菓物を買て熊に與へたれば、女うまいと申せといふ聲に隨ひてうなりたる、いかにもうまい〳〵と聞ゆ、幾度も同じ、伊吹山よりいまだ乳をのむものを、人のとらへ來るを買て、初は物を嚙てあたへしに、今は三とせになれりといひしが猶小なりし、旅人來あひて是は大にして觀場の料に賣んとにやといひしに、女いなかく養ひて何かは賣べき、生涯飼ひぬべし、もとより是がために物買かふ人も多しといはれて、旅人は得ものいはざりき、殊勝のこたへ也と思ひてわすれず、

〔笈埃隨筆〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0409 强勇
夫凡獸を見聞及びぬるに、熊ほど强力なる物はなしと覺ゆ、薩摩國にて、獵人は山の岨をねらひ歩きけるに、濱邊に大熊一雙、子熊を連て蟹をとらせ居たり、傍へなる大石を引起し手して是を差上て、其下に子熊を入て、蟹をとらせける、子は只餘念なく喰居ける、親熊は大石を持上ながら、四方を見廻す處に、忍び寄て思ふ儘に月の輪をねらひ濟して打放す、何かは以てたまるべき、彼石を打落し、倒れて一箭に留りければ、村人歸りて人を集め親熊をば取得たり、扨子熊を取らんと十人計りして彼石を引起さんとするに、更に動きもやらず、追て人を增て三十二三人して漸に引起し見れば、子熊は打栗の如くひしげて砥の如し、是を以て計り見るに、左程の犬石を輕々と引立て、大切に養育せる子を下へ入て置事を、容易く思ふ程にあらざれば、危き事はなすべからず、然ば先四五十人力は有べきかといへり、〈○下略〉

捕熊

〔北越雪譜〕

〈初編上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0409 熊捕
越後の西北は、大洋に對して高山なし、東南は連山巍々として、越中、上信、奧、羽の五ケ國に跨り、重岳高嶺肩を並べて、數十里をなすゆゑ、大小の獸甚多し、此獸雪を避て他國へ去るもあり、さらざるもあり、動ずして雪中に穴居するは、熊のみ也、熊膽は越後を上品とす、雪中の熊膽はことさらに價貴し、其重價を得んと欲して、春暖を得て、雪の降止たるころ、出羽あたりの獵師ども、五七人心を合せ、三四疋の猛犬を牽き、米と鹽と鍋を貯へ、水と薪は山中在るに隨て用をなし、山より山を越、晝は獵して獸を食とし、夜は樹根岩窟を寢所となし、生木を燒て寒を凌ぎ、且明しとなし、著たまゝにて寢臥をなす頭より足にいたるまで、身に著る物悉く獸の皮をもつてこれを作る、遠く視れば猿にして顏は人也、金革を衽にすとは、かゝる人をやいふべき、此者らが志所は、我國〈○越後〉の熊にあり、さて我山中に入り、場所よきを見立、木の枝藤蔓を以て、假に小屋を作り、これを居所 となし、おの〳〵犬を牽き、四方に別て熊を窺ふ、熊の穴居たる所を認むれば、目幟(めしるし)をのこして、小屋にかへり、一連の力を倂て、これを捕る、その道具は、柄の長さ四尺ばかりの手鎗、或は山刀を、薙刀のごとくに作りたるもの、鐵炮山刀斧の類也、刃鈍る時は、貯へたる砥をもつて自硏ぐ、此道具も獸の皮を以て鞘となす、此者ら春にもかぎらず、冬より山に入るをりもあり、〈○中略〉
さて熊を捕に種々の術あり、かれが居所の地理にしたがつて、捕得やすき術をほどこす、熊は秋の土用より穴に入り、春の土用に穴より出るといふ、又一説に穴に入りてより穴を出まで、一睡にねむるといふ、人の視ざるところなれば信じがたし、
沫雪の條にいへるごとく、冬の雪は軟にして、足場あしきゆえ、熊を捕は、雪の凍たる春の土用まへ、かれが穴よりいでんとする頃を、程よき時節とする也岩壁の裾、又は大樹の根などに藏蟄たるを捕には、壓といふ術を用ふ、天井釣ともいふ、その制作は、木の枝藤の蔓にて、穴に倚掛て、棚を作り、たなの端は地に付て、杌を以てこれを縛り、たなの横木に柱ありて、棚の上に大石を積ならべ、横木より繩を下し、繩に輪を結びて穴に臨す、これを蹴綱といふ、此蹴綱に轉機あり、全く作りをはりてのち、穴にのぞんで玉蜀烟草の莖のるゐ、熊の惡む物を焚、しきりに扇て烟を穴に入るれば、熊烟りに噎て、大に怒り、穴を飛出る時、かならずかの蹴綱に觸るれば、轉機にて棚落て、熊大石の下に死す、手を下さずして熊を捕るの上術也、是は熊の居所による也、これらは樵夫も折によりてはする事也、
又熊捕の場數を踏たる剛勇の者は、一連の獵師を、熊の居る穴の前に待せ、己一人ひろゝ蓑を頭より被り、〈ひろゝは山にある草の名也、みのに作れば藁よりかろし、獵師常にこれを用ふ、〉穴にそろ〳〵と這入り、熊に蓑の毛を觸れば、熊はみのゝ毛を嫌ふものゆえ、除て前にすゝむ、又後よりみの毛を障らす、熊又まへにすゝむ、又さはり、又すゝんで、熊終には穴の口に至る、これを視て待かまへたる獵師ども、手練の鎗尖にか けて突留る、一鎗失ときは、熊の一揆に一命を失ふ、その危を踏で熊を捕は、僅かの黃金の爲也、金慾の人を過事、色慾よりも甚し、されば黃金は道を以て得べし、不道をもつて得べからず、又上に覆ふ所ありて、その下には雪のつもらざるを知り、土穴を堀て蟄るもあり、然れどもこゝにも三五尺は吹積也、熊の穴ある所の雪には、かならず細孔ありて管のごとし、これ熊の氣息にて雪の解たる孔也、獵師これを見れば、雪を堀て穴をあらはし、木の枝柴のるゐを穴に插入れば、熊これを搔とりて穴に入るゝ、かくする事しば〳〵なれば、穴逼りて、熊穴の口にいづる時、鎗にかくる、突たりと見れば、數疋の猛犬いちどに飛かゝりて囓つく、犬は人を力とし、人は犬を力として殺もあり、此術は椌木にこもりたるにもする事也、

〔日本山海名產圖會〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0411 捕熊 〈熊の一名子路(しろ)〉
熊は必大樹の洞中に住みて、よく眠る物なれば、丸木を藤かづらにて、格子のごとく結たるを以て洞口を閉塞し、さて木の枝を切て其洞中へ多く入るれば、熊其枝を引入れ〳〵て洞中を埋、終におのれと洞口にあらはるを待て、美濃の國にては竹鎗、因幡にては鎗、肥後には鐵炮、北國にてはなたきといへる薙刀のごとき物にて、或は切或は突ころす、何れも月の輪の少上を急所とす、又石見國の山中には昔多く炭燒し古穴に住めり、是を捕に、鎗鐵炮にて頓にうちては膽甚小さしとて、飽まで苦しめ憤怒せて打取なり、又一法には、落しにて捕るなり、是を豫州にて天井釣と云、〈又ヲソとも云〉阿州にておすといふ、〈ヲスはヲンにて在語也〉其樣圖〈○圖略〉にて知るべし、長さ二間餘の竹筏のごとき下に鹿の肉を穴に燻べたるを餌とす、又柏の實シヤ〳〵キ實なども蒔也、上には大石二十荷ばかり置く〈又阿州にて七十五荷置くといふなり〉ものなれば、落る時の音雷のごとし、落て尚下より機を動かすこと三日ばかり、其止時を見て石を除き、機をあぐれば、熊は立ながら、足は土中に一尺許り踏入て死することみなしかり、 又一法に陷し穴あれども、機の制に似り、中にも飛驒加賀越の國に は、大身鎗を以て追廻しても捕れり、逃ることの甚しければ、歸せと一聲をあぐれば、熊立かへりて人にむかふ、此時又月の輪といふ一聲に恐るゝ體あるに、忽ちつけいりて突留めり、これ獵師め剛勇且手練早業にあらざれば、却て危きこども多し、
又一法に、駿州府中に捕るは、熊の窠穴の左右に兩人大なる斧を振擧持て待ちかけ、外に一兩人の人して、樹の枝ながらをもつて、窠穴の中を突探ぐれば、熊其樹を窠中へひきいれんと手をかけて引に、横たはりて任せざれば、尚枝の爰かしこに手をかくるをうかゞひて、かの兩方より斧にて兩手を打落す、熊は手に力多き物なれば、是に勢つきて終に獲るかくて膽を取て皮を出すこと奧州に多し、津輕にては脚の肉を食ふて、貴人の膳にも是を加ふ、熊常に食とするものは、山蟻、笋、ズカニ、凡木の實は甘きを好めり、獸肉も喰はぬにあらず、蝦夷には人の乳にて養ひ置ともいへり、

〔紀伊國續風土記〕

〈物產十下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0412 熊(クマ)〈本草 和名鈔ニ久萬〉
日高牟婁兩郡の深山中に產す、年々官より鐵銃にて打獲しめて、膽を採りて用に備へ、又皮採りて馬具に製す、神祇式に紀伊國熊皮五張とあり、 但馬考二物產熊ハ養父七美二方ノ深山ニアリ、然レドモコレヲトルコトマレナリ、

熊利用

〔本草綱目譯義〕

〈五十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0412 熊 クマ〈○中略〉
奧州津輕ニテハアシノ肉ヲ食用ニス、大守へ熊膽ヲ上グ、和俗クマノイト云、是ニ僞物ヲシ、是ヲ夏イ冬イト云二ツニ分ツ、其ノ取時節ニヨツテ名ヲチガフ、形モ亦異也、春夏ハ形小ク皮厚シテ、此トキトレバイスクナシ、其色赤黃少シ黑ミアリ、スキトホル、是ヲ琥珀手ト云、上品也、是ハ得ガタシ、

〔庖厨備用倭名本草〕

〈首/食禁〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0412 熊ハ痼疾アル人、或ハ積聚寒氣アル人々ハ不食、

〔延喜式〕

〈三十七/典藥〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0413 諸國進年料雜藥〈○中略〉
美濃國六十二種〈○中略〉熊膽四具〈○中略〉熊掌二具〈○中略〉 信濃國十七種〈○中略〉熊膽九具〈○中略〉 越中國十六種、〈○中略〉能膽四具

〔日本山海名產圖會〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0413 捕熊 取膽
熊膽は加賀を上品とす、越後、越中出羽に出る物これに亞ぐ、其餘四國、因幡、肥後、信濃、美濃、紀州、其外所々よりも出す、松前蝦夷に出す物下品多し、されども加賀必ず上品にもあらず、松前かならず下品にもあらず、其性其時節其屠者の手練工拙にも有て、一概には論じがたし、加賀に上品とするもの三種黑樣(くろて)、豆粉(まめのこ)樣、琥珀樣是なり、中にも琥珀樣尤も勝れり、是は夏膽冬膽といひ、取る時節によりて名を異にす、夏の物は皮厚く膽汁少し、下品とす、八月以後を冬膽とす、是皮薄く膽汁滿てり、上品とす、されども琥珀樣は夏膽なれども冬の膽に勝る、黃赤色にて透明り、黑樣はさにあらず、黑色光あるは是世に多し、
眞僞
和漢ともに僞物多きものと見へて、本草綱目にも試法を載けり、膽を米粒許水面に點ずるに、塵を避て運轉し、一道に水底へ線のごとくに引物を眞なりと云々、按ずるに是古質の法にして未つくさぬに似たり、凡て獸の膽何の物たりとも、水面に運轉こと熊膽に限べからず、或は獸肉を屠り或は煮熬などせし家の煤を、是亦水面に運轉すること試みてしれり、されども素人業に試みるには、此方の外なし、若得水に點じて、水底に線を引を試みるならば、運轉飛がごとく疾く、其線至て細くして、尤疾勢物をよしとす、運轉遲き物、又舒にめぐりて止まる物は、皆よろしからず、又運轉速きといへども、盡く消ざる物も佳からず、不佳物はおのづから勢ひ碎け、線進疾ならず、又粉のごとき物の落るも下品とすべし、又水底にて黃赤色なるは上品にて、褐色なるは 極めて僞物なり、作業者は香味の有無を以て分別す、をよそ眞物にして其上品なる物は、舌上にありて、俄に濃き苦味をあらはす、彼苦甘口に入て粘つかず、苦味浸潤に增り、口中分然として淸潔、たゞ苦味のみある物は僞物なり、苦甘の物を良とす、また羶臭香味の物は良らずといへども、是は肉に養はれし熊の性にして、必僞物とも定めがたく、其中初甘く後苦物は劣れり、又焦氣(こげくさき)物は良品なり、是試法敎へて敎べからず、必年來の練妙たりとも、眞僞は辨じやすくして、美惡は辨じがたし、
僞膽
黃柏、山梔子、毛黃蓮の三味を極細末とし、山梔子を少し熬て其香を除き、三味合せて水を和して煎じ詰むれば、黑色光澤乾て眞物のごとく、是を裹むに美濃紙二枚を合せ、水仙花の根の汁をひきて乾かせば、裹て物を洩らすことなく、包みて絞り、板に挾みて陰乾(かげぼし)とすれば、紙の雛又藥汁の潤入みて實の膽皮のごとし、尤冬月に製すれば、暑中に至て爛潤やすく、故に必夏日に製す、是は備後邊の製にして、他國も大抵かくのごとし、他方悉く知がたし、又俗説には、こねり柿といふ物味苦し、是を古傘の紙につゝむもありと云へり、或は眞の膽皮に僞物を納れし物もまゝありて、是大に人を惑はすの甚しき也、

〔西遊記〕

〈續編二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0414 熊膽
肥後國球https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01000.gif (くま)に遊びける頃、彼地の高き人病み給ふことのありて、余〈○橘南谿〉に治療を求められけるに、熊膽を用ゆる藥なりければ、請求めて一具を拜領せり、其膽に紙札ありて皆越村新兵衞と書付たり、いかなるものぞと聞くに、獵師熊を取りたる時は、其旨を案内するに、役人來りて見分して、其熊を解かしめ、其膽に取得たる獵師の名を書付て獻ぜしむる事也、故に少しも贋物の氣遣ひなきなり、余が得たる膽重さ纔に壹匁三分、加賀などより出る膽とは甚だ小し、此地の產は皆 小さし、尤眞物の事なれば、気味は甚だ上品にして、賣買にある熊膽とは格別のもの也、

〔蝦夷國風俗記〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0415 ツクナイの事 日本の過料
松前家臣に、上乘といふ役目あり、獵虎皮鷹の羽、〈松前にて鷲の羽を鷹の羽ともいふなり〉海鱸(アシカ)、水豹(アザラシ)、熊反熊膽、エブリコ等の課を採るが主役なり、此役松井茂兵衞あたりて、アツケシに上乘し行たり、ときに同處の近村にビバセイ村といふ處あり、この村の乙名熊膽一ツ租税とす、鑑定役ありて目利をすれば、僞物に究む、よつて松井茂兵衞大きに憤り、アツケシのhttps://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r13041.gif 乙名イコトイを呼出し、吟味を究れば贋なり、贋を貢物に出すは、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r13041.gif 乙名の科也、日頃の敎爾の不埓なりと大に呵り威されたり、依てイコトイ彼熊膽の出處を委しく糺しければ、ビバセイ乙名クナシリ島へ渡海せし時に、交易して求得る熊膽なる事慥にしれたり、

熊祭

〔蝦夷國風俗記〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0415 飼赤熊の殺禮の事
蝦夷村々乙名家に飼置く赤熊盛長し、大赤熊となりたるをゑらび、その乙名、赤熊にむかひ因果因緣を説しめして曰、大幸なる哉我熊よくきけ、此秋の氏神の犧牲に備ふなり、汝未來は人聞と變生すべし、依て是を樂んでいさぎよく犧牲にたつべしといひふくめ、そのゝち其赤熊を縛縊し、一室にひき至り、前後左右よりつなぎとめ、土人大勢群集し、手枷せ足枷いれ、堅固にかこひて、さて首前に幣を建て、鉾太刀長刀、其外種々の長器をかざり、其後其村の乙名をはじめ、其親類及近郷近村の乙名、及び長立たる者あつまりて、大祭禮の祝儀あり、このとき家格新古によりて、其席に先後上下ありて、其席々に急度著座あり、於是射禮あり、銘々次第をそろへて矢を放つ、蟇目の射法のごとし、其式禮終れば、赤熊猛勢起り、死にのぞまんとす、此ときをまち、大勢群り、棒責にして殺すなり、ころし終りて後、其死骸に種々の供物をそなへ、佛家の百味の飮食をそなへ、施餓鬼供養するに似たり、此式禮終りて其供物をもて、近郷近村の老若男女にわかちあたへ、賑恤す る事甚し、其後其熊の皮を剝ぎ肉を料理て喰ふなり、さて皮は首を正面に向け、耳環をかけ、靈前にかざりおく、前庭には二行に旗幟を建、武具をかざり、嚴重にこそは見へにけれ、祝儀の大酒宴あり、赤熊の肉を肴とし、次に鹿肉狐肉魚肉澤山にして、終日終夜賑ふなり、是を毎秋乙名家豪富の名利とする也、此ときは衣服をあらため、器財寶物を披露し藝術をもて鳴り、才德器量を輝して、格式をとらん事をはかるとなり、才德爵祿を布くは、此大祭禮の入用を一人にて度々するをもてなるなり、土人此大祭禮を號けてイヨウマンテといふなり、年中海上にて漁獵を無難にするの祝儀なりといふ、日本の大古則斯のごとし、その法遺り農民の秋祭是なり、

熊雜載

〔出雲風土記〕

〈意宇郡〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0416 凡諸山野所在、〈○中略〉禽獸則有〈○中略〉熊、〈○中略〉獼猴之族

〔夫木和歌抄〕

〈二十七/熊〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0416 三百首御歌 後嵯峨院御製
あらくまのなれてすむなるしはつ山やまもいかにかはげしかるらん

〔新撰字鏡〕

〈連火〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0416 羆〈彼宜反、平、志久萬、〉

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0416 羆 爾雅集注云、羆〈音https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01001.gif 、和名之久萬、〉似熊而黃白、又猛烈多力、能拔樹木者也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0416 釋獸云、羆如熊黃白文、郭注云、似熊而長頭高脚、猛憨多力、能拔樹木、毛詩斯干正義引舍人曰、羆如熊、色黃白也則此所引或舊注、郭依之也、猛烈疑猛憨之誤、説文依爾雅、陸璣疏云、羆有黃羆、有赤羆、大於熊、其脂如熊白、而麁理不熊白之美也、埤雅羆似熊而大、爲獸亦堅中從目、能緣能立、遇人則擘而攫之、爾雅翼、柳宗元羆説稱、鹿畏貙、貙畏虎、虎畏羆、羆之狀被髮人立、絶有力而甚害人、則羆之力非熊比矣、是條舊〈○天文本〉及伊勢本無、下總本廣本有之、今錄存、

〔類聚名義抄〕

〈四/火〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0416 羆〈音俾シクマ〉 羆〈或〉

〔大和本草〕

〈十六/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0416 羆 本草ニ載タリ、順和名抄シクマト倭訓ヲ付タリ、上ニ罒ノ字アルユヘニシクマト訓ゼシニヤ、罒ハ网ナリ、四五ノ四ノ字ニ非ザレドモ、似タルヲ以稱ス、

〔南留別志〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0417 一羆をしぐまといふは、何ものゝつけたる訓ならん、

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0417 熊〈○中略〉
附錄、〈羆音碑、和名訓之久萬、此熊之大者、色黃白頭長脚高、猛憨多力、亦倍于熊、能拔木轉巖、豺狼剪畏之、見人則立而攫破之、凡熊不人、羆或食之、本邦希見之、世稱黃白熊者乎、〉

〔延喜式〕

〈二十一/治部〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0417 祥瑞
赤羆(○○)〈神獸也○中略〉 右上瑞〈○中略〉
黃羆(○○)〈○中略〉 右中瑞

〔日本書紀〕

〈二十六/齊明〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0417 四年、是歲、越國守阿部引田臣比羅夫討肅愼、獻生羆二、羆皮七十枚

〔日本後紀〕

〈二十/嵯哦〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0417 弘仁元年九月乙丑、公卿奏言、〈○中略〉去大同二年八月十九日、下彈正臺例云、〈○中略〉獨射犴葦鹿https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01002.gif 羆皮等、一切禁斷者、〈○中略〉伏望雜石及毛皮等、悉聽之、〈○中略〉並許之、

〔延喜式〕

〈四十一/彈正〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0417 凡羆皮障泥、聽五位以上著一レ之、

〔東遊雜記〕

〈三〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0417 此日は十里の行程しかも遠道、故に戸切知歸宿夜の四ツ頃にて、人々湯へ入り食事などする内に、八九ツにもなりなんとおもひし頃、村中大に騷動して、山も崩るゝときの聲をあげ、上を下へと大勢まぜかへす、御巡見使始メ何事やらんとおもふ所へ、松前より付添ひし役人來り、例の羆、馬を取に來りし故に、かく騷動仕る、是より鐵炮も數挺うたせ候まゝ、御驚下され間敷よしの案内あり、夫よりして明松星の如く、鐵炮ひまなく打し也漸く八ツ比に靜りし故に、聞ば羆二疋來り、馬を二ツ取歸りし也、御巡見に付ては、松前より來りし諸役案内者人足迄、都合千四五百人、馬も百餘疋も集りて賑々敷、中へはいかなる猛き惡虎なりとも、來るべきとはおもはざりしに、羆來りて馬を二疋も取りしと聞ば、何れも大に驚きし也、土人を呼出され尋有しに羆は日本の熊に大概似たる形にて月の輪なく、前足短く後足長く、毛深く黑しといへど、底に赤色を帶て光りなく、日、本の熊の色とは大に劣し也、顏は犬の子の如くかはゆらしく見ゆ、急に走ら ざる時は、人の如くに立てあゆむ也、大ひ成るは立し形一丈二三尺餘、敷革にするに二疊歟と成る、小なる羆にても、日本の熊よりも大ひ也、力は何程ある事や、馬を取に頭と尻とをつかみ、中より折て夫を脊にかつぎて走るに矢の如し、馬にても人にても、骨までも喰ひ盡すもの故に、松前におゐては羆とはいはず、鬼熊(○○)と云、人里近くおれば、幾日も往來の止る也、其時には松前より鐵炮打に奉行添ひて幾組も來り、羆を打事なり、たま〳〵打取事もあり、鐵炮一人にては中々打るるものにあらず、鐵炮の中り所あしければ、疵口に草の葉を取ておし入れ、其儘人を見かけて飛かゝるなり、刃物はつかみ取、羆にかぎり刀術など間に合ふものにあらず、鎗にて突の外なしといへり、此夜もとられざる馬所々へ逃走り、夜明迄に彼こに三疋、爰にて五疋と、漸々に尋ね歸りし也一羆は臭氣ありて、松前の馬は生レながら羆の臭氣は知りて、いかよふに强き綱にでも、羆一二町も近づき來れば、臭氣をかぎ綱を切て逃走るよし、是故に松前にて羆を恐るゝ事、鬼神の如し然るを蝦夷人は羆をとりて食事とす、山林に入りて羆に出合ても少しも恐れず、却て羆は夷人の服の異成るに、髭ぼう〳〵とはへしが、彼弓矢を携へし姿を見ては恐れ逃るよし、世に云、蝦夷人は羆に出合ても柴かくれといふて、一葉の影にもかくるゝ術有りと聞しに虚説也、夷人山中岩石の上にても、徒足にて嶮しき所も平地の如く走りめぐりて、高きよりも飛事、羆にも劣らず、丈夫なる故に、右の怪説を加へしならん、鮭の川々へ登る時箚には、羆二三疋も川の瀨に伏し、鮭を取事人の如く、夫を藤かづらに幾つともなくつらのき、山にかへる時は脊にかつぎて走るに、木の枝岩の角に引かけて、鮭のすたる事、己が力强きゆへか、覺へず知らずして穴に入時におよび、空しき蔓ばかりを見て、友羆の取りしとおもひ、喰合かき合大ひに爭といふ、寒中雪深き節はやゝもすれば、夜中海濱の數の子藏のある所へ來り、板を破り數の子を喰ふよし、夫故に海濱の藏は何れも念の入りて、厚板にて包まはして有り、或時松前近所の藏を破りて、數の子を喰ひ し羆二疋迄、淨川の谷川の邊りに伏し居たり、數の子藏の破れを見て、さては數の子を飽まで喰ひて水を呑に相違なしと、各鎗にて突殺せしに、服中にて數の子ふへ增して、腹大にふくれし故にうごき得ずして、安々と松前人にとられしと物語なり、〈奧路にも〉馬を取し事、數の子を喰し事、すべて同樣也、

〔西遊記〕

〈續編二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0419 熊膽
松前邊にては乘馬にても、小荷駄馬にても野外に出て、其山の近きあたりに羆居れば、匂ひを嗅と得て、その馬恐れ立すくみて、小便おのづから出て、一歩もあゆむ事能はず、斯のごくなれば、武家などの乘馬は、多く南部の馬を用る事とそ、奧州地には羆無きゆへ、南部生れの馬は知らざるゆへ羆を恐れず、初にこれを試るに、馬場の真中に羆の皮を敷て馬をすゝむるに、松前生れの馬りは恐れてあゆまず、南部生れの馬は皮の上をもよくあゆむなとそ、

野猪/名稱

〔本草和名〕

〈十五/獸禽〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0419 猪一名https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01003.gif 、〈魚賴反、長過三尺者、曰https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01004.gif 〉一名老豬、又有https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01005.gif 〈山甲反、牝猪大者名也、出崔禹、〉猪、一名蒙貴、一名鳫員、〈出兼名苑〉一名參軍、〈出古今注〉和名、爲乃之(○○○)、〈○之下恐脱之字
野猪黃、和名久佐爲奈岐(○○○○○)、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0419 野猪 本草云、野猪、〈和名久佐井奈岐〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0419 原書獸部下品載野猪黃、此所引卽是、本草衍、義云、野猪、形如家猪、但腹小脚長、毛色褐、作群行、獵人惟敢射最後者、射中前奔者、則群猪散走傷人、李時珍曰、野猪、其形似猪而大、牙出口外、如象牙、其肉有二三百斤、或云、能掠松脂沙泥、塗身以禦矢也、是猪之在野者可以充一レ爲、今俗謂之爲乃志志、蓋轉猪肉之名之也、〈○中略〉按八雲抄、狸訓久佐爲奈岐、則知久佐爲奈岐爲狸屬、而爾雅狸狐貒貈爲一類、廣雅、貒貛也、説文、貛野豕也、玉篇、猯野猪、故訓野猪、爲久佐爲奈岐、蓋輔仁載崔氏食經猪、訓爲乃志之、故本草野猪无充者、而玉篇、以野猪猯一名、於是訓久佐爲 奈岐也、其實崔氏所擧猪謂家猪、卽本草所載豚、今俗呼夫多者是也、本草野猪乃可爲、源君襲輔仁之誤、以本草野猪久佐爲奈岐、非是、而其久佐爲奈岐未詳、王念孫曰、貛有二種、或如豬、或如狗、皆穴于地中、夜出食人雞鴨、久佐爲奈岐、豈非貛一種耶、又按、爲乃志志、卽野猪肉也、本草和名引崔氏食經猪、云和名爲乃之之者、蓋謂猪肉也、今俗直呼猪爲爲乃志志者、轉譌也、

〔類聚名義抄〕

〈三犬〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0420 野猪〈クサイナキ〉

〔八雲御抄〕

〈三上/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0420 猪 しながどり〈白猪と云、能因説、俊賴云、雄略天皇ゐなのまでかりしたまひけるに、白しゝのみありて、猪のなかりければ、しながどりゐなのとは云り、かりぎぬのしりといふ事有、俊賴も不用、凡沙汰外事歟、〉 ふすゐ〈かるもなかきてぬるなり〉 景行天皇御宇、日本武尊於信の國見、白猪など云事もあれど、其も異説也、凡如此事説々多、皆不決定

〔冠辭考〕

〈四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0420 しながどり 〈ゐな あは〉
萬葉集卷七に、〈攝津のうた〉志長鳥(シナガドリ)、居名野乎來者(イナノヲクレバ)、また〈旅のうた〉四長鳥(シナガドリ)、居名之湖爾(イナノミナトニ)云々、〈集中に猶多し〉こはにほ鳥の卒(イ)とつゞけて、卒(イ)とは雌雄ひきゐるをいふ、抑しながてふ事は、旣神風の條にいへる如く、かの級萇津彥(シナツヒコ)、級長戸邊(シナトベ)命は、大御神の息より成給へば、志長と息長(オキナガ)と同じ事也、されば志長鳥と息長鳥とは同じ物にして、息長鳥は鸊鷉(ニホトリ)の事なる也、

〔日本釋名〕

〈中/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0420 野猪 いかりしゝ也、しゝとは肉也、

〔東雅〕

〈十八/畜獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0420 野猪イ 倭名鈔に本草を引て、野猪はクサイナキ、又兼名苑、方言註等を引て、猪一名彘一名豕イ豚亦作㹠、豕子也と註せり、舊事古事等の記に、八十神其弟大國主神を殺さむとして、伯耆國之手向山の本に赤猪ありと云ひて、火をもて猪に似たる大石を燒きて、轉し落されしといふ事見え、古語拾遺には、大國主神の田、蝗のために枯損せしを、片巫肱巫して占はしめ、白猪白馬白雞をもて、御歲神に獻られしと見えて、猪幷に讀てイといひ、また古語古歌にもイと讀みし如きは、皆野猪の事にして、俗にもイノシヽなどいひて、家猪をばブタといふなり、野猪をクサイナ キと云ひ、豕猪をイと云ひし、並に詳ならず、

〔物類稱呼〕

〈二/動物〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0421 野猪いのしゝ 牡を四國にて、うのを(○○○)とよぶ、牝をかるい(○○○)といふ、兒を江戸にて瓜ぼう(○○○)といふ、畿内にてこぶりこ(○○○○)とよぶ、

〔皇都午睡〕

〈三/編上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0421 猪鹿の肉を京攝にて鹿(ろく)と云ひ、山鯨と異名すれど、江戸にてはモヽンヂイ、又モモンガアと云ふ、文華日夜にひらけて、牡丹紅葉などゝ呼ことゝなりぬ、

野猪性質/野猪形體

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0421 野猪〈和名久佐井奈岐、今穩伊乃之志、〉
集解、野猪處處山林多有之、狀似家猪而大、大者至四五斤、兩牙相對出口外、如象牙之小、春夏出園圃害、至冬入深山、構大窟、以蘆茅雚葦之類而覆穴、隱伏其中以禦寒、自古歌人稱之曰臥猪床(フスイノトコ)、性多力沈剛、一狼一熊不妄敵、若被小創、則奮激振牙、倒人拔樹、不相當、怒則背上毛起如針、呼號志加利毛、疾奔如流、直馳不曲、所觸無摧破、故稱人之直衝敵陣、不死者猪武者(イノシヽムシヤ)、今獵夫毎識猪之通路、能覘其脚蹤印痕、而察一山中之猪數、濳迎過而匿伏射之、或放炮而斃、但箭炮鎗劒傷猪之鼻柱、突腋下而入内必斃、其餘不屑、獵場放犬逐猪者、先群犬成陣、並吠不妄進、爲相挑狀、猪亦回頭含怒相對、若有窘窮就死之容、其中有犬之絶猛者而突出囓彼、則群犬旋進、竟囓伏之、凡人不之猪亦不敵、害田圃者求食、毎好食蔬穀而不肉食、偶有蛇蝎、最爲希矣、野猪肉味太甘美、優牛鹿之肉、惟以肉硬恨、雌肉美、雄肉不佳、或割股脛之皮肉、和醬炙過而食、俗稱燒皮、味絶佳然、倶純甘美、膩太過不多食也、一種有白野猪、或有黃者、東北深山希得之、剝皮造兵器、映日發光、最可珍賞、故其價亦貴、肉、氣味、〈古謂〉甘平無毒、〈野猪肉雖專宜百病、而無毒、雖病而減藥力、但動微風耳、俗所謂有毒發百病者有故乎、〉主治、久痔下血、
膽、氣味、〈古謂〉苦寒無毒、主治、霍亂蟲痛、

〔本草綱目譯義〕

〈五十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0421 野豬〈イノシヽクサイナギ古名〉 フスイ〈古歌〉 フスイドリ シナガドリ〈皆歌〉 此獸山中ニ多シ、ヨク茂タル處ノ谷ニ日中ニ隱テ、夜ハ外ニ出田畠ヲ荒ス、毎夜通ル道ガ定ル故ニ、シヽ道ト云テ深山ニ道スジアリ、人ノ通路ノ如シ、形ハブタニ似テ大也、

〔大和本草〕

〈附錄二/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0422 野猪 世俗往々以爲性不一レ良爲人、然今試ニ、少食ヘバ不病、世人貧其味美、喫過多、故損人而已、目野猪説日、不病減藥力家猪同、又曰、不風虚氣炙食腸風瀉血ヲ治ス、食醫心鏡曰、久痔下血、野猪肉二斤著五味炙空腹食之、作羮亦得、 孟詵曰、脂令婦人多一レ乳、治疥癬、今按ニ、癬瘡久不愈ニ野猪ノ肉ヲ食シテ愈、

〔熊志〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0422 野猪膽、猿膽鑒法、
野猪膽(○)、藥舖所藏僞物希、要之獲熊少、獲猪多故也、刮視之茶褐色者常多、又有黃褐色相雜者、是所謂生黃者最爲佳品、孟同州曰、冬月野猪在林中橡子、踰三年其膽生黃、今試獲噉木實者、其膽柔軟如糊、而未必生一レ黃、是非老猪也、時珍曰、出關西者、時或有黃者固希、豈以土之出異哉、經焙乾者、稱之得一錢若一錢五六分、最大者至三錢若四錢餘、猿膽亦僞造希、而姦商或濫以狸膽貉膽焙乾者、形狀甚肖故也、試之奉膽於日下、如https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01006.gif https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01007.gif明淨者、爲狸膽若貉膽、牡膽汁少、牝猿膽汁多、老猿膽汁或多或少、焙乾稱之得二三分、最大者至一錢餘、然甚https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01008.gif 、野猪膽猿膽、倶繫膽蒂、懸爐上焙乾、不復從熊膽

野猪種類

〔日本書紀〕

〈九/神功〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0422新羅之明年〈○攝政元年〉二月、麛坂王忍熊王、共出莵餓野、而祈狩之、〈○中略〉赤猪(○○)忽出之登假庪、咋麛坂王而殺焉、

〔紀伊國續風土記〕

〈物產十下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0422 白野猪(シロイノシヽ/○○○)
國中深山稀にあり、文化七年の春、在田郡湯淺莊寺杣山にて獲る物は、足の爪までも白く、遠望すれば白犬の如し、

野猪事蹟

〔古事記〕

〈上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0422是八上比賣答八十神言、吾者不汝等之言、將大穴牟遲神、故爾八十神怒欲大穴 牟暹神、共議而至伯伎國之手間山本云、赤猪(○○)在此山、故和禮〈此二字以音〉共追下者、汝待取、若不待取者必將殺、

〔古事記傳〕

〈十〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0423 赤猪(アカイ)、書紀神功卷にも見ゆ、今は石を火に燒(ヤキ)て欺(アザムカ)むために、赤と色を云るなるべし、

〔古事記〕

〈中/景行〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0423是詔、玆山神者徒手直取而、騰其山之時、白猪逢于山邊、其大如牛、爾爲言擧而詔、是化白猪者、其神之使者、雖今不一レ殺、還時將殺而騰坐、於是零大氷兩、打感倭建命、〈此化白猪者、非其神之使者、當其神之正身、因言擧感也、〉故送下坐之、到玉倉部之淸泉、以息坐之時、御心稍梧、故號其淸泉居寐淸泉也、V 古事記

〈中/仲哀〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0423 息長帶日賣命〈○神功〉於倭還上之時、因人心、一具喪船、御子〈○應神〉載其喪船、先令漏之御子旣崩、如此上幸之時、香坂王、忍熊干〈○二人並仲哀皇子〉聞而、思將待取、進出於斗賀野、爲宇氣比臈也、爾香坂王騰坐歷木而見、大怒猪出堀其歷木、卽咋食其香坂王

〔播磨風土記〕

〈揖保郡〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0423 欟折山、品太天皇〈○應神〉狩於此山、以欟弓走猪、卽折其弓、故曰欟折山
○按ズルニ、野猪ヲ狩獵スル事ハ、產業部畋獵篇ニ在リ、

〔古事記〕

〈下/雄略〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0423 一時天皇登幸葛城之山上、爾大猪出、卽天皇以鳴鏑其猪之時、其猪怒而宇多岐依來、〈宇多岐三字以音〉故天皇畏其字多岐坐榛上、爾歌曰、夜須美斯志(ヤスミシヽ)、和賀意富岐美能(ワがオホキミノ)、阿蘇婆志斯(アソバシヽ)、志斯能(シヽノ)、夜美斯志能(ヤミシヽノ)、宇多岐加斯古美(ウタキカシコミ)、和賀爾宜能煩理斯(ワガニゲノボリシ)、阿理袁能(アリヲノ)、波理能紀能延陀(ハリノキノエダ)、

〔日本書紀〕

〈十四/雄略〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0423 五年二月、天皇狡獵于葛城山、靈鳥忽來、其大如雀、尾長曳地、而且鳴曰、努力々々、俄而見逐、嗔猪從草中暴出逐人、獵徒緣樹大懼、天皇詔含人曰、猛獸逢人則止、宜逆射而且刺、舍人性懦弱、緣樹失色、五情無主、嗔猪直來、欲天皇、天皇用弓刺止、擧脚踏殺、於是田罷、欲舍人、舍人臨刑而作歌曰、〈○下略〉

〔日本書紀〕

〈二十一/崇峻〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0423 五年十月丙子、有山猪、天皇指猪詔曰、何時如此猪之頸、斷朕所嫌之人、 壬午、蘇我馬子宿禰、聞天皇所一レ詔、恐於己、招聚儻者、謀天皇

〔日本後紀〕

八/桓武

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0424 延曆十八年二月乙未、贈正三位行民部卿兼造宮大夫美作備前國造和氣朝臣淸麻呂斃、〈○中略〉淸麻呂脚痿不起立、爲八幡神〈○宇佐〉輿病卽路、及豐前國宇佐郡柘田村、有野猪三百許、挾路而列、徐歩前駈十許里、走入山中、見人共異之、拜社之日始得起歩

〔近世畸人傳〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0424 樵者七兵衞妻 同久兵衞妻
享保三年戊戌十一月廿八日晡時、丹波國舟井縣に野猪傷をかふむりて怒走り、八木村より南廣瀨村に入、山本をめぐりて直に山室村に向ひ、鳥羽村を過、一人田かへしてありけるものを牙て、尚荒まさりぬ、樵者久兵衞なるもの年六十四、薪を負て歸るさにあひて、俄にさけかくれん所なく、そこにありける柎を攀、地を離るゝことはつかに三尺許、猪裳の端をhttps://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00934.gif て引落しければ、せんかたなく相敵すること久うして遂に崖下に墜、猪いよ〳〵猛りて喰ひ嚙て、あまた所やぶられしかば、頻にさけび呼といへども、答ふるものなし、是が妻某年五十四、聞つけてとみに走來て袂をもて猪の首におほひ、頸に跨て抱とゞむ、猪動くことを得ざる間に、頻に命を救へと呼、こゝにして村民貳人相繼て來り、短刀をもて刺、また一人來て、斧をもて其脚をうつ、旣にしてあまた集り、其疲たるに乘て殪しぬ、樵者は終に活ことを得、月日をへて創も痊たり、其所龜山の領地なれば、その妻の烈を賞し給ひて、穀を賜ぬと、東涯先生の筆記に見ゆ、

猪怪

〔今昔物語〕

〈二十〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0424 愛宕護山聖人被野猪語第十三
今昔、愛宕護ノ山ニ久ク行フ持經者ノ聖人有ケリ、年來法華經ヲ持奉テ、他ノ念无シテ、坊ノ外ニ出事无リケリ、智惠无クシテ法文ヲ不學ケリ、而ルニ其山ノ西ノ方ニ一人ノ獵師有ケリ、鹿猪ヲ射殺スヲ以テ役トセリ、然レドモ此ノ獵師、此ノ聖人ヲナム、懃ニ貴ビテ常ニ自モ來リ、折節ニハ可然物ナドヲ志ケル、而ル間獵師久ク此ノ聖人ノ許ニ不詣ザリケレバ、餌袋ニ可然菓子ナド入テ持詣タリ、聖人喜テ日來ノ不審キ事共ナド云ニ、聖人居寄テ獵師ニ云ク、近來極テ貴キ事ナム 侍ル、我レ年來他ノ念无ク法花經ヲ持テ奉テ有ル驗ニヤ有ラム、近來夜々普賢ナム現ムジ給フ、然レバ今夜モ留テ禮ミ奉リ給ベキ、獵師極テ貴キ事ニコソ候ナレ、然ラバ留テ禮ミ奉ラムト云テ留ヌ、而ル間聖人ノ弟子ニ幼キ童有リ、此ノ獵師童ニ問テ云、聖人ノ普賢ノ現ジ給フト宣フハ、汝モヤ其普賢ヲバ見奉ルト、童然カ五六度許ハ見奉タリト答フレバ、獵師ノ思ハク、然ラバ我モ見奉ル樣モ有ナムト思テ、獵師聖人ノ後ニ不寢ズシテ居タリ、九月廿日餘ノ事ナレバ夜尤モ長シ、夕ヨリ今ヤ〳〵ト待テ居タルニ、夜中ハ過ヤシヌラムト思フ程ニ、東ノ峯ノ方ヨリ月ノ初メテ出ガ如ク白ミ明ル、峯ノ嵐ノ風吹キ掃フ樣ニシテ、此坊ノ内ニ月ノ光ノ指入タル樣ニ明ク成ヌ、見レバ白キ色ノ善薩白象ニ乘テ漸ク下リ御座マス、其有樣實ニ哀レニ貴シ、菩薩來テ房ニ向タル所ニ近ク立給ヘリ、聖人泣々禮拜恭敬シテ、後ニ有獵師ニ云ク、何ゾ主ハ禮ミ奉給フヤト、獵師極テ貴ク禮ミ奉ルト答テ、心ノ内ニ思ハク、聖人ノ年來ノ法花經ヲ持チ奉リ給ハム目ニ見エ給ハムハ尤可然シ、此童我身ナドハ經ヲモ知リ不奉、又目ニ此ク見エ給フハ極テ恠キ事也、此ヲ試ミ奉ラムニ信ヲ發サムガ爲ナレバ、更ニ罪可得事ニモ非ズト思テ、鋭鴈矢ヲ弓ニ番テ聖人ノ禮ミ入テ低レ臥タル上ヨリ、差シ越シテ弓ヲ强ク引テ射タレバ、善薩ノ御胸ニ當ル樣ニシテ、火ヲ打消ツ樣ニ光モ失ヌ、各サケビ動テ逃ヌル音ス、其時ニ聖人此ハ何ニシ給ヒツル事ゾト云テ、呼ビ泣キ迷フ事无限シ、獵師ノ云ク、穴鎌給へ、心モ不得ズ恠ク思エツレバ、試ムト思テ射ツル也、更ニ罪不得給ハジト懃ニ誘へ云ヒケレバ、聖人ノ悲ビ不止ズ、夜明テ後菩薩ノ立給ヘル所ヲ行キ見レバ血多流タリ、其血ヲ尋テ行テ見レバ、一町許下テ谷底ニ大ナル野猪ノ胸ヨリ、鋭鴈矢ヲ背ニ射通サレテ死ニ臥セリケリ、聖人此ヲ見テ悲ビノ心醒ニケリ、然レバ聖人也ト云トモ、智惠无キ者ハ此ク被謀ル也、役ト罪ヲ造ル獵師也ト云ヘドモ、思慮有レバ此ク野猪ヲモ射顯ハス也ケリ、此樣ノ獸ハ此ク人ヲ謀ラムト爲ル也、然ル程ニ此ク命ヲ亡ス、益无キ事也トナム語リ 傳ヘタルトヤ、

〔今昔物語〕

〈二十七〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0426姓名顯野猪語第卅四
今昔ノ國ノ郡ニ、兄弟二人ノ男住ケリ、兄ハ本國ニ有テ朝夕ニ狩スルヲ役トシケリ、弟ハ京ニ上テ宮仕シテ時々ゾ本國ニハ來ケル、而ル間其ノ兄九月ノ下ツ暗ノ比、燈ト云フ事ヲシテ大キナル林ノ當リヲ過ケルニ、林ノ中ニ辛ヒタル音ノ氣色異ナルヲ以テ、此ノ燈爲ル者ノ姓名ヲ呼ケレバ、恠ト思テ馬ヲ押返シテ其ノ呼ブ音ヲ弓手樣ニ成シテ、火ヲ焰串ニ懸テ行ケレバ、其時ニハ不呼ザリケリ、本ノ如ク女手ニ成シテ火ヲ手ニ取テ行ク時ニハ必ラズ呼ケリ、然レバ構テ此レヲ射バヤト思ヒケレドモ、女手ナレバ可射キ樣モ无クテ、此樣ニシツヽ夜來ヲ過ケル程ニ、此ノ事ヲ人ニモ不語ザリケリ、而ル間其ノ弟京ヨリ下ダリケルニ、兄然々ノ事ナン有ルト語ケレバ、弟糸希有ナル事ニコソ侍ナレ、己レ罷リ試ムト云テ燈シニ行ニケリ、彼ノ林ノ當リヲ過ケルニ、其ノ弟ノ名ヲバ不呼ズシテ本ノ兄ガ名ヲ呼ケレバ、弟其ノ夜ハ其ノ音ヲ聞ツル許ニテ返ニケリ、兄何カニゾ聞給ツヤト問ケレバ、弟實ニ候ヒケリ、但シエセ者ニコソ候ヌレ、其ノ故ハ實ノ鬼神ナラバ己ガ名コソ可呼キニ、其ノ御名ヲコソ尚呼ビ候ヒツレ、其レヲ不悟ヌ許ノ者ナレバ、明日ノ夜罷テ必ズ射顯シテ見セ奉ラムト云テ其夜ハ明ヌ、亦ノ夜々前ノ如ク行テ火ヲ燃シテ其ヲ通ケルニ、女手ナル時ニハ呼ビ、弓手ナル時ニハ不呼ザリケレバ、馬ヨリ下テ鞍ヲ下テ馬ニ逆樣ニ置テ、逆樣ニ乘テ呼ブ者ニハ女手ト思ハセテ、我レハ弓手ニ成テ火ヲ焰串ニ懸テ箭ヲ番ヒ儲テ過ケル時ニ、女手ト思ケルニヤ前ノ如ク兄ガ名ヲ呼ケルヲ、音ヲ押量テ射タリケレバ尻答へツト思エテ、其ノ後鞍ヲ例ノ樣ニ置直シテ馬ニ乘テ女手ニテ過ケレドモ、音モ不爲ザリケレバ家ニ返ニケリ、兄何ニカト問ケレバ、弟音ニ付テ射候ツレバ尻答フル心地シツ、明テコソハ當リ不當ズハ行テ見ムト云テ、夜明ケルマヽニ兄弟搔列テ行テ見ケレバ、林ノ中ニ大キ ナル野猪木ニ被射付テゾ死テ有ケル、此樣ノ者ノ人謀ラムト爲ル程ニ由无キ命ヲ亡ス也、此レ弟ノ思量有テ射顯カシタル也トテゾ、人讃ケルトナム語リ傳へタルトヤ、
光來死人傍野猪被殺語第卅五
今昔 ノ國 ノ郡ニ、兄弟二人ノ男有ケリ、其ニ心猛クシテ思量有ケル、而ルニ其ノ祖死ニケレバ、棺ニ入レテ蓋ヲ覆テ、一間有ケル離タル所ニ置テ、葬送ノ日ノ遠カリケレバ、日來有ケル程ニ、自然ラ髴ニ人ノ見テ云ケル樣、此ノ死人置タル所ノ夜半許ニ、光ル事ナム有ル恠キ事也ト吿ケレバ、兄弟此レヲ聞テ、此レハ若シ死人ノ物ナドニ成テ光ルニヤ有ラム、亦死人ノ所ニ物ノ來ルニヤ有ラム、然ラバ此レ構ヘテ見顯カサバヤト云合セテ、弟兄ニ云ク、我ガ音セム時ニ火ヲ燃シテ必ズ疾ク持來レト契テ、夜ニ成テ弟密ニ彼ノ棺ノ許ニ行テ、棺ノ蓋ヲ仰樣ニ置テ、其ノ上ニ裸ニテ髻ヲ放チ仰樣ニ臥シテ、刀ヲ身ニ引副へテ隱シテ持タリケルニ、夜半ニハ成ヌラムト思フ程ニ、和ラ細目ニ見ケレバ、天井ニ光ル樣ニス、二度許光テ後天井ヲ搔開テ下來ル者ノ有リ、目ヲ不見開ネバhttps://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00196.gif ニ何者トハ不見ズ、大キヤカナル者板敷ニドウト著スナリ、此ル程ニ眞サヲニ光タリ、此ノ者臥タル棺ノ蓋ヲ取テ傍ニ置ムト爲ルヲ押量テ、ヒタト抱付テ音ヲ高ク擧テ得タリウウト云テ、脇ト思シキ所ニ刀ヲ𣠽口マデ突立テツ、其ノ時ニ光モ失ヌ、而間兄ノ儲ケ待ツ事ナレバ、兄程无ク火ヲ燃テ持來タリ抱キ付乍ラ見レバ、大キナル野猪ノ毛モ无キニ抱付テ、脇ニ刀ヲ被突立テ死テ有リ、見ルニ糸奇異キ事无限シ、此ヲ思フニ棺ノ上ニ臥タル弟ノ心糸ムクツケシ、死人ノ所ニハ必ズ鬼有リト云フニ、然カ臥タリケム心極テ難有シ、野猪ト思ル時ニコソ心安ケレ、其ノ前ハ唯鬼トコソ可思ケレ、火燃シテ疾ク來ル人ハ有ナム、亦野猪ハ由无キ命亡ス奴也トナム語リ傳ヘタルトヤ、
播磨國印南野野猪語第卅六 今昔、西ノ國ヨリ脚力ニテ上ケル男有ケリ、夜ヲ晝ニ成シテ只獨リ上ケル程ニ、播磨ノ國ノ印南野ヲ通ケルニ、日暮ニケレバ可立寄キ所ヤ有ルト見廻シケレドモ、人氣遠キ野中ナレバ可宿キ所モ无シ、只山田守ル賤ノ小サキ菴ノ有ケルヲ見付テ、今夜許ハ此ノ菴ニテ夜ヲ明サムト思テ這入テ居テケリ、此ノ男ハ心猛ク也ケル者ニテ、糸輕ビヤカニテ大刀許ヲ帶テゾ有ケル、此ク人離レタル田居中ナレバ、夜ナレドモ服物ナドモ不脱ズ、不寢ズシテ音モ不爲デ居タリケル程ニ、夜打深更ル程ニ髴ニ聞ケバ、西ノ方ニ金ヲ扣キ念佛ヲシテ、數ノ人遙ヨリ來ル音有リ、男糸恠ク思テ來ル方ヲ見遣レバ、多ノ人多ノ火其ヲ燃シ列テ、僧共ナド數金ヲ打念佛ヲ唱へ、只ノ人共多シテ來ル也ケリ、漸ク近ク來ルヲ見レバ、早ク葬送也ケルト見ルニ、此ノ男ノ居タル菴ノ傍糸近ク只來ニ來レバ、氣六借キ事无限シ、然テ此ノ菴ヨリ二三段許ヲ去テ、死人ノ棺ヲ持來テ葬送ス、然レバ此ノ男彌ヨ音モ不爲デ不動デ居タリ、若シ人ナド見付テ問ハヾ、有ノマヽニ西ノ國ヨリ上ル者ノ、日ノ暮レテ菴ニ宿レル由ヲ云ハムナド思テ有ルニ、亦葬送スル所ハ兼テヨリ皆其ノ儲シテ驗キ物ヲ、此レハ晝ル然モ不見ザリツレバ、極テ恠キ事カナト思ヒ居タル程ニ、多ノ人集リ立並テ然葬畢テゾ、其ノ後亦鋤鍬ナド持タル下衆共員不知ズ出來テ、墓ヲ只築ニ築テ、其ノ上ニ卒都婆ヲ持來テ起ツ、程无ク皆拈畢テ後ニ、多ノ人皆返ヌ、此ノ男其ノ後中々ニ頭毛太リテ怖シキ事无限シ、夜ノ疾ク明ヨカシト、心トモ无ク思ヒ居タルニ、怖シキマヽニ、此ノ墓ノ方ヲ見遣テ居タリ見レバ、此ノ墓ノ上動ク樣ニ見エ、僻目カト思テ吉ク見レバ、現ニ動ク、何デ動クニカ有ラム奇異キ事カナト思フ程ニ、動ク所ヨリ只出ニ出ヅル物有リ、見レバ裸ナル人ノ土ヨリ出テ、肱身ナドニ火ノ付タルヲ吹拂ヒツヽ立走テ、此ノ男ノ居タル菴ノ方樣ニ只來ニ來ル也ケリ、暗ケレバ何物トハ否不見ズ、器量ク大キヤカナル物也、其ノ時ニ男ノ思ハク、葬送ノ所ニハ必ズ鬼有ナリ、其ノ鬼ノ我レヲ噉ハムトテ來ニコソ有ケレ、何樣ニテモ我身ハ今ハ限リナリケリト 思フニ、同死ニテ此ノ菴ハ狹ケレバ入ナバ惡カリナム、不入ヌ前ニ鬼ニ走リ向テ切ラムト思テ、大刀ヲ拔テ菴ヨリ踊出テ鬼ニ走リ向テ、鬼ヲフツト切ツレバ、鬼被切テ逆樣ニ倒レヌ、其ノ時ニ男人郷ノ近キ方樣へ走リ逃ル事无限シ、遙ニ遠ク走リ逃テ人郷ノ有ケルニ走リ入ヌ、人ノ家ノ有ケルニ、和ラ寄テ門脇ニ曲マリ居テ、夜ノ明ルヲ待ツ程心モト无シ、夜明テ後ニ男其ノ郷ノ人共ニ會テ、然々ノ事ノ有ツレバ、此ク逃テ來レル由ヲ語レバ、郷ノ人共此レヲ聞テ奇異ト思テ、去來行テ見ムト云テ、若キ男共ノ勇タル數男ヲ具シテ行テ見ケレバ、夜前葬送セシ所ニ墓モ卒都婆モ无シ、火ナドモ不散ズ、只大キナル野猪ヲ切殺シテ置タリ、實ニ奇異キ事无限シ、此レヲ思フニ野猪ノ此ノ男ノ菴ニ入ケルヲ見テ、恐サムト思テ謀タリケル事ニコソ有メレ、益无キ態シテ死タル奴カナヽトゾ皆人云喤ケル、然レバ人離レタラム野中ナムドニハ人少ニテハ不宿マジキ事也ケリ、然テ男ノ京ニ上テ語ケルヲ聞繼テ、此ク語リ傳ヘタルトヤ、

野猪雜載

〔奧州波奈志〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0429 上遠野伊豆
昔富士の御狩には、仁田の四郎、猪にのりしといふよりくふうにて、御山追の度毎に、いつも猪に乘しと云傳ふ、正左衞門けい母は上遠野家より來りし人也、〈この伊豆にはまたをいなり〉この人のはなしに、伊豆は狐をつかひしならん、あやしきこと有と云しとぞ、手りけんと、猪にのるとのくふうなどあやうきこと也、さるをなるやならずやといふことをとひあはする物有て、思立しこと也と語しとそ、ざれば正左衞門もいづなの法習はんとはせしなるべし、八彌若年の頃迄は伊豆も老年にてながらへ有しかば、夜ばなしなどには猪にのることを常に語りて有しとぞ、逃てゆく猪にはのられず、手追に成て人をすくはんとむかひ來る時、人の本にいたりては少しためらふもの也、その時さかさまにとびのる也、猪はかたほねひろくしりのほそきもの故、しり尾にすがりて下はらにあしをからみてをれば、いかなる藪中をくゞるとてもさはらぬもの也、扨おもふまゝく るはせて少し弱りめに成たる時、足場よろしき所にてわきざしをぬきて、しりの穴にさし通し、下はらの皮をさけば、けして仕とめぬことなしと云しと也、

〔著作堂一夕話〕

〈中〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0430 應擧が臥猪幷野馬の話
九山應擧に臥猪の畫を乞ふものあり、應擧いまだ嘗野https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01009.gif の臥たるを見ず、こゝうにこれをおもふ、矢脊(ヤセ)に老婆あり、薪を負てつねに擧が家に來る、應擧婆に問、儞野猪の臥たるを見たるか、婆云、山中たま〳〵これを視る、擧云、儞かさねてこれを見ば、はやくわれにしらせよ、篤く賞すべし、婆諾す、一月ばかりありて老婆が家のうしろなる竹篁中に野猪來りて臥す、〈○中略〉擧すなはち筆を採てこれをうつし、婆に謝してその夜家にかへり、そのゝちこれを淸畫して、工描旣にとゝのふ、時に擧が家に鞍馬より來る老翁あり、この翁めづらしく來ぬ、擧こゝろに臥猪の事をおもふ、〈○中略〉擧畫するところの臥猪をしめして云、この畫如何、翁熟視することやゝひさしくして云、この畫よしといへども臥猪にあらず、是病猪なりといふ、擧おどろきてそのゆゑを問、翁云、凡野猪の叢中に眠るや、毛髮憤起、四足屈蟠、おのづからいきほひあり、〈○中略〉こゝにおいて擧さきの畫をすてゝ、更に臥猪を圖す、工夫もつはら翁が口傳によれり、四五日ありて矢脊の老婆來ぬ、擧さきに見たりし野猪をとへば、婆云、あやしむべし、彼野猪その詰朝竹中に死たり、擧これを聞て、いよいよ翁が卓見を感じ、ふたゝびそのおとづれをまつに、一旬ばかりを經て、翁又來ぬ、擧後に圖するところの畫幅をひらきて、これを見せしむ、翁驚歎じて云、是眞の臥猪なりと、擧よろこびて、あつく翁に謝す、その畫もつとも奇絶なり、今なほ京師某の家にあり、擧が畫に心をもちゐしこと斯のごとし、〈嘯風亭話〉

〔秋齋間語〕

〈三〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0430 總別武具に猪目を明る事、猪は豪獸にて食苦不避之物也、兵士遇辛苦强敵避之象にたとふ、松殿關白記に書れたり、又秋の寐覺下卷に云、院の御覺他に異なりとて、高ぶる心おは しなば、後の悔もはかりがたし、猪と申けだ物は猛なる上に、松の脂を以て身をか亢め候故、箭もたつ事候はのよしなれば、其心を武士の眼として、猪の目すかす事になん覺候、よからんうへには世のそしり人のへんしうと申事、御用心候へかしなんと云々、是一條禪閤兼良公の御作なり、本草綱目五十一ニ、野猪能與虎鬪、或云能掠松脂沙石、塗身以禦矢云々、此文を以て書給ひし物ならん、

〔後拾遺和歌集〕

〈十四/戀〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0431 題しらず 和泉式部
かるもかきふすゐのとこのいをやすみさこそねられめ〈○ねられめ、一本本ねざらめ、〉かゝらずもがな

豪豬

〔和爾雅〕

〈六/畜獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0431 豪豬(ヤマアラシ)

〔書言字考節用集〕

〈五/氣形〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0431 山豕(ヤマアラシ)

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0431 野猪〈○中略〉
附錄、豪猪、〈俗稱山阿良志、近世來外國、而官家有之者、予(平野必大)往年得之、其狀類猪、而頭面稍短、細頂背有棘鬣長近尺許、怒則激發如矢、本邦之人未之、〉

〔本草綱目譯義〕

〈五十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0431 豪豬 ヤマアラシ 和產ナシ蕃國ノ產、古へ日本へ渡ル見セ物ニ出、本朝食鑑、安永元年、紅毛人ジヤガタラノ產ヲ持來ル、京師出、エーヅルハール、コエヅルハルフトモ云、此ハ兎ノ如ニシテ耳ハ大ニアラズ、ニテミセモノニ鼠ノ耳ノ如ク、頭ハ兎ヨリ細ク、體ハ毛長キ故ニ、兎ヨリ大ニミユル、毛長キ刺也、腹ハ常ノ獸ノ毛ト同ジ、見ラルヽ毛ハミナ刺ナリ、

〔蒹葭堂雜錄〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0431 豪豬(がうちよ)俗云、也末阿良之、山豬、蒿豬、豲瑜(ぐわんゆ)、鸞豬等の名あり、安永元年阿蘭陀より薩摩國へ傳來し、翌二年巳の春、浪華に來りて觀物とす、其形豬の如く、頭兎に似て色白し、身毛長く平くして髮搔(かうがい)のごとく、恰も管を以て作し蓑を著たるが如し、身を奮ひ動かす時は、鳴音金具を打合すがごとし、毛の色白き中に、所々茶色の斑あり、實に奇異の獸なり、一説に、唐土南陽の深山に生 ずるサルマントウ是なり、又靈獸目鑑に見へたるは、身毛其年の氣によりて變ず、唐人其色を見て歲の運氣を考るといふ、當時の豪豬は咬瑠吧(じやがたら)國の產なるを、蘭人捕獲て持渡しといふ、本草綱目にいへる豪豬の説とは大同小異なり、略之、

〔桃源遺事〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0432 一西山公〈○德川光圀〉むかしより、禽獸草木の類ひまでも、〈○中略〉この國〈○営陸〉へ御うつしなされ候、〈○中略〉
獸の類〈○中略〉 豪猪(ヤマアララシ)〈山林へ御はなち候〉

犲/狼

〔本草和名〕

〈十五/獸禽〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0432 犲皮一名野犴、〈出兼名苑〉和名於保加美、

〔本草和名〕

〈二十/本草外藥〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0432 狼血〈治久疥良〉和名於保加美乃知、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0432 豺狼〈獥附〉 兼名苑云、狼一名豺、〈音オ〉説文云、狼〈音郎、和名於保加美、〉似犬而鋭頭白頰者也、爾雅注云、獥〈音呌〉狼子也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0432 按爾雅云、狼、牡貛、牝狼、又云、豺、狗足、急就章云、豹狐驢豺犀兕、狸兎飛鼯狼麋https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01010.gif 、並豺狼兼擧、則非一物明矣、而説文云、豺、狼屬、狗聲、爾雅釋文引字林云、豺狼屬、狗足、並以豺爲狼屬、兼名苑以豺爲狼一名者、統之也、高誘注呂氏春秋季秋紀、豺、似狗而長毛、其色黃、淮南子時則訓注、豺似狗而長尾、其色黃、玄應引蒼頡解詁云、豺、似狗白色、有爪牙迅捷、善搏噬也、史記索隱引杜林云、豺似貊白色埤雅豺、似狗長尾白頰、高前廣後爾雅翼、牙如錐、足前矮后高、瘦健、今人稱豺狗、郝懿行曰、豺瘦而猛健、俗名豺狗、群行虎亦畏之、牧誓云、如熊如羆、史記作豺如離、其猛可知、〈○中略〉貝原氏曰、狼、於保加美、犲、也末以奴也、本草拾遺、狼大如狗、蒼色、作聲諸孔皆沸、李時珍曰、狼、犲屬也、其形大如犬、而鋭頭尖喙、白頰駢脇、脚不甚高、能食鷄鴨鼠物、其色雜黃黑、亦有蒼灰色者、毛詩正義引陸璣疏云、其鳴能小能大、善爲小兒啼聲、以誘人、去數十歩止、其捷者人不制、雖善用兵者、不免也、郝懿行曰、按今狼全似蒼犬、唯目縱爲異耳、其腹直、故鳴則竅沸也、〈○中略〉釋獸云、狼、牡貛、牝狼、其子獥、 郭無注、按毛詩正義引舍人云、狼牡名貛、牝名狼、其子名獥、此所引或是、

〔類聚名義抄〕

〈四/豸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0433 豺〈正犲字ホホカミ〉

〔同〕

〈三/犬〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0433 犲狼〈音オ郎オホカミ〉 豺狼〈ノオホカミ〉

〔下學集〕

〈上/氣形〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0433 狼(ヲヽカミ)

〔日本釋名〕

〈中/道〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0433 狼 大咬(ヲホカミ)也、口ひろくして大にかむ也、

〔東雅〕

〈十八/畜獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0433 狼オホカミ 義未詳、〈○中略〉狼をオホカミと云ひしは、これも熊をクマと云ふが如くに、其畏るべきを云ひし事、たとへば雄略天皇紀に、三諸山の蛇を神と云ひ、豐後國風土記に、直入郡球覃郷の蛇を、オガミといひしが如くなるべし、さればオホカミとは大神也、

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0433
釋名、〈源順曰、狼一名豺、和名於保加美、爾雅注云、獥音呼、狼子也、必大(平野)按、源順以豺狼一物然、豺狼相類、倶似犬、而狼肥豺瘦、毛色亦殊、其健猛不殊矣、〉
集解、狼似狗而大豺屬、山野處處多有、鋭頭尖喙、白頰駢脇高前廣後脚稍短、其色雜黃黑或蒼灰、其聲大而遠聞、口闊大拆而及耳、齒牙剛利而噬金鐵、故一噬物無斷、一噬物無盡、其力亦强能負人畜、春夏夜夜出山林、至https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01011.gif 、竊食牛馬鷄犬及兒女、偶出竟一村作空、秋冬濳而穴居、性敏能知機、若人欲獵、則預識深匿不出四趾有蹼而能渡水、或齅砲火繩之氣、則遠辟而去、獵夫能謀取之、若斃一二、則其餘不久至、待人之怠慢而來、獵夫亦迎而擊之、或謂人不讎、則狼不害、人善遇彼則狼亦報以善、若人夜獨行山野之幽蹊、而狼見人或前或後成列隨行、此俚俗謂送狼、人不彼、肅懼請命、則狼亦氐首而伏、反護其人、拒盜豺狐狸之害、或狼見人屍、必躍超其上者、一進一退尿之、而後食之、若斯者雖猛獸之戻、猶仁義之端、然獸心之暴忍、及饑豈有是非之情哉、人之貪利害物、比之虎狼、故俚諺以内猛外懦狼之著衲衣焉、本邦素無虎象、但以豺狼熊、羆、爲走獸之長也、凡狼生子、必近村里而穴居、此爲人之食餘、若人知而弄之、則易處、江東山人好食狼、謂令人勇悍、然肉硬味靱而不佳、惟寒疝冷積之人宜之、 肉、氣味、〈古謂〉甘鹹熱無毒、主治、補中壯氣、寒疝冷積、及婦人気滯、癥瘕屬寒者最宜、

釋名、〈今俗呼稱山犬(○○)、或與狼相混互稱、〉
集解、豺大抵與狼同、故通俗互名、若細辨之、則其體細瘦而頗白、前矮後高而長尾、四趾無蹼而不水、其氣臊臭可惡、其健猛多力勁牙大口與狼相同、豺狼食犬、反一犬之、見犬輙跪、亦相制爾、肉、氣味、〈古謂〉酸熱有毒、主治、未詳、〈或曰、損人之精神、又令人瘦、〉

〔本草綱目譯義〕

〈五十獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0434 豺 ヤマノイヌ(○○○○○) ヤマイヌ ヲヽイヌノトヲガラ(○○○○○○○○○) ヤマヲガラ(○○○○○)
是ハ豺狼トツヾキテ似タルモノ猛獸也、人ヲ害ス、山居ス、常ハヲラズ、山ニ雪フリ、冬春食物ナケレバ出ル、形イヌヨリ大ニシテヤセテ臭氣アリ、間々見セ物ニスル、狼ハ足ニミヅカキアリ、河ヲワタル、是ハミヅカキナシ、常ノ犬ト同ジ、河ヲ渡ラズ、狼ハ食用ニナル、豺ハ毒アリテ食用ニナラズ、足ノ爪竪ニスヂアリ、アサガラノ如クミユル故、ヲガラト名ヅク、一説ニ、豺類ニヲガラト云獸アリト云、其似タル故山ヲガラト云フ説モアリ、本條一名豺犬〈八閩〉祭獸、〈法言〉

〔本草綱目譯義〕

〈五十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0434 狼 ヲホカミ ヲヽカメ(○○○○)誤
山中ニ多シ、冬春ノ間雪多故、里ニ出テ食ヲ求ム、又病アツテ出テアレルコトアリ、形犬ノ如ニシテ、常ノ犬ヨリ大長ナリ、セイモ高シ、頭ハヤセテ嘴長シ、故ニ唯犬ヨリ大也、耳カツコウヨリ小也、目ノ形チ三角ニスルドシ、暗夜ニハ目ノヒカリ星ノ如シ、牙ツヨシ、故ニ犬ヤ猪鹿ヲ食フカミ切ル也、足ハ犬ヨリ高シ、爪モ長シ、指ニ水カキアリ、水中ヲハシル、聲犬ノ如シ、遠ク聞ユ、此糞山中ニアリ、ケモノヽ毛ヲ堅シタル如シ、コレヲノロシニ入ルハ眞直ニタツ也、風ニモユガマヌ也、一名 滄浪君〈異名〉 當路君〈紺珠〉

〔和漢三才圖會〕

〈三十八/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0434 狼〈○中略〉 狼狽 狼前二足長後二足短、狽前二足短後二足長、狼無狽不行、狽亦無狼不行、若相離則進退不得、 按、二物相依賴者、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01012.gif蛩蛩、〈見鼠部〉蝦與水母、〈見魚部〉和母與黃栢〈見木部〉狼與狽亦然矣、而狽未其何物

〔延喜式〕

〈二十一/治部〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 祥瑞
白狼(○○)金精也○中略 右上瑞

〔日本書紀〕

〈十九/欽明〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 天國排開廣庭天皇、男大迹天皇嫡子也、母曰手白香皇后、天皇愛之、常置左右、天皇幼時夢有人云、天皇寵愛秦大津父者、及壯大必有天下、寐驚遣使普求、得山背國紀伊郡深草里、姓字果如所夢、於是所喜遍身、歎未曾夢、乃吿之曰、汝有何事、答云、無也、但臣向伊勢商價來還、山逢二狼相鬬汚一レ血、乃下馬洗漱口手、祈請曰、汝是貴神而樂麁行、儻逢獵士禽尤速、乃抑正相鬬、拭洗血毛、遂遣放之、倶令命、天皇曰、必此報也、乃令近侍、優寵日新、大致饒富ハ及踐祚、拜大藏省

〔續日本紀〕

〈三十三/光仁〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 寶龜五年正月乙丑、山背國言、去年十二月、於管内乙訓郡乙訓社、狼及鹿多、野狐一百許毎夜鳴、七日而止、

〔日本紀略〕

〈桓武〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 延曆二十一年七月丙寅、有狼走朱雀道、爲人所殺、

〔日本後紀〕

〈二十一/嵯峨〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 弘仁二年八月戊寅、是日有狼入造兵司、爲人所殺、

〔扶桑略記〕

〈二十三裏書/醍醐〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 寬平十年〈○昌泰元年〉閏十月十四日庚辰、狼入西獄所、鉗徒打殺云々〈○又見日本紀略

〔日本紀略〕

〈五/冷泉〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 安和元年三月廿六日己酉、狼自春宮坊酉門中院、爲瀧口武者射殺

〔左經記〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 寬仁二年閏四月廿四日、參法性寺、人々被示云、内〈○禁内〉狼死定穢依藏人仰諸陣立札云々、是甚無故事也、不六畜、何爲穢哉者、仍候内人々皆被入云々、不穢之由、改定已了、

〔今昔物語〕

〈二十九〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0435 母牛突殺狼語第卅八
今昔、奈良ノ西ノ京邊ニ住ケル下衆ノ、農業ノ爲ニ家ニ特牛ヲ飼ケルガ、子ヲ一ツ持タリケルヲ、秋比田居ニ放タリケルニ、定マツテ夕サリハ小童部行テ追入レケル事ヲ、家主モ小童部モ皆忘 レテ不追入ザリケレバ、其ノ牛子ヲ具シテ田居ニ食行ケル程ニ、夕暮方ニ大キナル狼一ツ出來テ、此ノ牛ノ子ヲ咋ハムトテ、付テ廻リ行ケルニ、母牛子ヲ悲ガ故ニ、狼ノ廻ルニ付テ子ヲ不咋セジト思テ、狼ニ向テ防ギ廻ケル程ニ、狼片岸ノ築垣ノ樣ナルガ有ケル所ヲ後ニシテ廻ケル間ニ、母牛狼ニ向樣ニテ、俄ニハタト寄テ突ケレバ、狼其ノ岸ニ仰樣ニ、腹ヲ被突付ニケレバ、否不動デ有ケルニ、母牛ハ放ツル物ナラバ、我ハ被咋殺ナムズト思ケルニ、力ヲ發シテ後足ヲ强ク踏張テ、强ク突カヘタリケル程ニ、狼ハ否不堪ズシテ死ニケリ、

〔新著聞集〕

〈四/勇烈〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0436 鰥婦狼を害す
武州榛原郡ひかや村の庄左衞門といふが、耕作に出て狼にくひ殺されしを、二十歲ばかりの妻いか計口惜き事におもひ、いかにもして狼をうちとらんと、九尺柄の手鎗を提げ、方々と尋ねしに、ある畔に大なる狼ふし居たるを、これぞ夫のかたきぞと悦びいさみ件の鎗をとりなをし、咽より上につき立しに、狼奮ひ怒て起あがらんとせしかど、中々鎗を放たずして聲をたてければ、人あまた馳來り、つゐに打殺してけり、舅その志の貞節なるを感じ、聟を取て家をつがせけるとなり、
童子狼を害す
丹後岑山領の内にて、子ども草をかりに行しに、狼の出しかば、みな〳〵逃さりしに、八歲になる女の子逃かねて狼にとられしを、十一歲になる兄竹藏、逃ながらこれをみて取てかへし、持たる鎌を狼の眉間にうちこみ引けるに、鼻柱かけて切さき〳〵、狼は噉へし子を一ふり振てすて、竹藏が頰さきにくらひ付し時、鎌をとりなをし咽にうちこみ引しかば、狼たちまちに死す、竹藏絶死し居けるを、人々走り來て藥を與へしかば蘇りし、疵平愈して後、守護の京極主膳正殿きこしめして、奇特の者なりとて召出されしとなり、

〔續視聽草〕

〈三集四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0437 婦人擊
天保四〈巳〉年三月 私支配所
飛驒國大野郡宮村百姓彥助母
巳(より)七十三歲
巳(同人妻 はち)四十八歲
巳(同人娘 よね)二十三歲
右之者共、狼を仕留候段風聞御座候ニ付、支配所飛驒國高山陣屋〈江〉、右之者共呼出始末相糺候處、彥助儀無高ニ而、農業之間、杣木挽等之渡世仕、家内四人暮ニ而、去辰十二月中、他國〈江〉稼ニ罷越留守中、當正月十二日夜四半時頃、彥助母より儀、當年六歲ニ相成候孫を召連、居宅裏口より四五聞程も離居候雪隱〈江〉參り候處、狼壹疋何方よりか駈來り、右孫〈江〉可飛懸體ニ付、より儀驚、孫を構ひ側に有合候薪ニ而狼を敲き候處、右狼振返り、よりの左の腕〈江〉喰付候を振放し、猶又薪にて可追拂と存候處、可喰體ニ而前後左右〈江〉飛廻り候ニ付、種々相防候得共、極老之後ニ付氣力も疲れ、三ケ所程手を負候處、彥助妻はち娘よね、右物音に驚、一同裏口〈江〉立出候處、右の次第ニ而老母危相見候ニ付、兩人其驚駈付候處、狼兩人を見付、よりを捨置、はちに飛懸り肩〈江〉喰付、猶又よね〈江〉飛掛り候ニ付、よね、儀祖母並母に怪我無之樣ニト存、其身ハ一向ニ不相厭、狼ニ組付仰向ニ押倒し、咽を〆付居内、はち儀臺所ニ有之候山鉈を取來り、狼の天窓を散々に切碎仕留候儀ニ而、よね儀所所疵請候得共、淺疵ニ而、老母幷はち疵所も格別之儀ニ者無御座、三人共追々平愈いたし、小兒は老母之働にて少しも怪我無之旨申候ニ付、猶又村役人共相糺候處、村役人共者、餘程住居も隔り罷在、翌朝右之趣及承候ニ付、早速罷越、仕留候狼等見請、始末承り候儀ニ而、三人之者共申立候通相違無御座候處、右はちよね共、平日老母〈江〉孝養相盡し、家内睦敷相暮候儀ニ而、畢竟老母を大切ニ存居、右體危急之場合ニ臨、必死に相成相防候儀ニ付、女子之働ニ而猛獸をも仕留候儀ト相見 候段、村役人共申聞候ニ付、近村之風聞等相糺候處、右申立之趣無相違、村役人共申立候、右はちよね儀、平日トモ老母〈江〉孝行いたし候心底より、其身を不厭相防、老母を救ひ、其上狼を仕留、村内は勿論、近村迄害を除、母儀も極老の身ニ而最初ニ手强相支候ニ付、小兒にも怪我等無之、三人共女子之働ニハ稀成儀ニ御座候間、可相成儀ニ御座候ハヾ、三人共相應之御褒美被下置候樣仕度奉存候、此段奉願候、已上、
〈巳〉三月 大井帶刀
同年九月 生涯貳人扶持被下 より
はち
銀拾枚ヅヽ
よね
右之通御褒美被下候

〔萬葉集〕

〈八/冬雜歌〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0438 舍人娘子雪歌一首
大口能(オホクチノ)、眞神之原爾(マガミノハラニ)、零雪者(フルユキハ)、甚莫零(イタクナフリソ)、家母不有國(イヘモアラナクニ)、

〔萬葉集〕

〈十三/相聞〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0438 三諸之(ミモロノ)、神奈備山從(カミナビヤマユ)、登能陰(トノグモリ)、雨者落來奴(アメハフリキヌ)、雨霧相(アマギラヒ)、風左倍吹奴(カゼサヘフキヌ)、大口乃(オホクチノ)、眞神之原從(マガミノハラユ)、思管(オモヒツヽ)、還爾之人(カヘリニシヒト)、家爾到伎也(イヘニイタリキヤ)、

〔冠辭考〕

〈十〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0438 おほぐちの 〈まがみのはら〉
萬葉卷八に、〈○中略〉卷十三に、〈○中略〉こは狼の事にて、よに猛き獸なれば、かしこみて眞神といひならひ、且かれが口は殊に大きにしあれば、大口の眞神の原とはいひかけたり、大口と書たるは、卽おほかみと訓ぬべくおぼゆれど、古事記に、口大之尾翼鱸(クチブトノヲヒレスヾキ)ともあれば、字のまゝによむ、

〔出雲風土記〕

〈意宇郡〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0438 凡諸山野所在、〈○中略〉禽獸則有〈○中略〉狼、〈○中略〉獼猴之族

〔新編常陸國志〕

〈六十四/土產〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0438 狼(ヤマイヌ/オホカメ) 國誌云、倭訓於保加美、俗曰山狗、 按俗間多クハ山狗ト云、タマ々々オホカメト云モノアリ、大神ノ意ナリ、凡國中深山大原ノ間ニハ、所トシテ住セザルコトナシ、


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Last-modified: 2022-06-29 (水) 20:06:32