https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0286:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0286.pdf]] 悔悟ハ、クユト云ヒ、又後悔トモ云フ、前非ヲ悔イテ能ク其過ヲ改ムルヲ謂フナリ、凡ソ悔悟ニハ、自ラ悟ルモノト、他ヨリ諭サルヽモノトノ二種アリテ、他ヨリ諭サレテ悔悟シタルモノヽ事例ハ、諫篇ニモ亦散見シタレバ、宜シク參看スベシ、
*&aname(E68294E6829FE5908DE7A8B1){名稱};
**〔類聚名義抄〕
***〈六/心〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0286:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0286.pdf]] https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m02247.gif 〈クユ音晦〉 悔〈同〉
**〔伊呂波字類抄〕
***〈久/疊字〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0286:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0286.pdf]] 悔恨(クワイコン) 悔過
**〔書言字考節用集〕
***〈九/言辭〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0286:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0286.pdf]] 後悔(コウクワイ) 懺悔(ザンゲ)〈順&size(5){二};道理&size(5){一};不&size(5){二};敢作&size(5){一レ};非、故曰&size(5){二};懺悔&size(5){一};、見&size(5){二};圓覺經最勝王經疏&size(5){一};、〉
**〔伊勢平藏家訓〕
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0286:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0286.pdf]] 改過の事
一改過とはあやまちを改るなり、我あしき事を改め直すをいふなり、人々我あしき事を惡しきとは知ながら改る事なき、淺ましき事なり、或は惡き事を俄に改るをはづかしき樣におもひて改めざる事もあり、大なる心得違ひなり、改めざるこそ恥かしき事なれ、改るは人のほむ事なり、惡き事は早く改むべきなり、
*&aname(E68294E6829FE68294E6829FE4BE8B){悔悟例};
**〔古事記〕
***〈上〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0287:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0287.pdf]] 伊邪那岐命語詔之、愛我那邇妹命、吾與&size(5){レ};汝所&size(5){レ};作之國、未&size(5){二};作竟&size(5){一};故可&size(5){レ};還、爾伊邪那美命答白(クヤ)、悔哉(シキカモ)不&size(5){二};速來&size(5){一};、吾者爲&size(5){二};黃泉月喫&size(5){一};、〈○下略〉
**〔日本書紀〕
***〈十四/雄略〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0287:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0287.pdf]] 三年四月、阿閉臣國見〈亘名磯特牛〉譖&size(5){三};栲幡皇女與&size(5){二};湯人廬城部連武彦&size(5){一};、〈○中略〉武彦之父枳莒喩聞&size(5){二};此流言&size(5){一};、恐&size(5){二};禍及&size(5){一レ};身、誘&size(5){二};卒武彦於廬城河&size(5){一};、僞使&size(5){二};鸕鷀&size(5){一};沒&size(5){レ};水捕&size(5){レ};魚、因&size(5){二};其不意&size(5){一};、而打殺之、〈○中略〉枳莒喩由&size(5){レ};斯得&size(5){レ};雪&size(5){二};子罪&size(5){一};、還悔&size(5){レ};殺&size(5){レ};子報&size(5){二};殺國見&size(5){一};、逃匿&size(5){二};石上神宮&size(5){一};、
**〔日本書紀〕
***〈二十五/孝德〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0287:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0287.pdf]] 五年三月戊辰、蘇我臣日向、〈日向字身刺〉譖&size(5){二};倉山田大臣於皇太子&size(5){一};、〈○天智、中略、〉皇太子信之、&br;己巳、大臣〈○中略〉自經而死、 是月、遣&size(5){二};使者&size(5){一};收&size(5){二};山田大臣資財&size(5){一};、資財之中於&size(5){二};好書上&size(5){一};題&size(5){二};皇太子書&size(5){一};、於&size(5){二};重寶上&size(5){一};題&size(5){二};皇太子物&size(5){一};、使者還申&size(5){二};所&size(5){レ};收之狀&size(5){一};、皇太子始知&size(5){二};大臣心猶貞淨&size(5){一};、追生&size(5){二};悔恥&size(5){一};、哀歎難&size(5){レ};休、卽拜&size(5){二};日向臣於筑紫大宰帥&size(5){一};、世人相謂之曰、是隱流乎、
**〔本朝法華驗記〕
***〈上〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0287:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0287.pdf]] 第十九法性寺尊勝院供僧道乘法師&br;沙門道乘、〈○中略〉天性急惡、不&size(5){レ};忍&size(5){二};過咎&size(5){一};、麁&size(5){二};言罵詈弟子童子&size(5){一};、息&size(5){二};恚心&size(5){一};後、叩、頭悔歎、流涙發露、或對&size(5){二};佛像&size(5){一};、實心改悔、或對&size(5){二};大衆&size(5){一};、誠心陳懺、〈○下略〉
**〔源平盛衰記〕
***〈十七〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0287:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0287.pdf]] 大場早馬事&br;治承四年九月二日、相模國住人大場三郎景親、東國ヨリ早馬ヲタツ、福原新都ニ著テ、上下ヒシメキケリ、何事ゾト聞バ、伊豆國ノ流人、前右兵衞權佐源賴朝、一院〈○後白河〉ノ院宣、高倉宮ノ令旨有リト稱シテ、同國ノ目代平家ノ侍和泉判官平兼隆ガ、八牧ノ館ニ押寄テ、兼隆幷家人等夜討ニシテ、館
ニ火ヲ懸テ燒拂フ、〈○中略〉又國々ノ兵共、内々ハ源氏ニ心ヲ通ズト承ル、御用心アルベシトゾ申タル、平家ノ一門此事ヲ聞、コハイカニト騷アヘリ、〈○中略〉太政入道〈○平淸盛〉安カラズ被&size(5){レ};思テ合旦ケルハ、東國ノ奴原ト云ハ、六條判官入道爲義ガ一門、賴朝ニ不&size(5){二};相離&size(5){一};侍共ト云モ、皆彼ガ隨へ仕シ家人也キ、昔ノ好爭カ可&size(5){レ};忘、其ニ賴朝ヲ東國へ流シ遣シケルハ、ハヤ八箇國ノ家人ニ、賴朝ヲ守護シテ、入道ガ一門ヲ亡セト云フニアリケリ、喩バ盜ニ鑰ヲ預、千里ノ野ニ虎ヲ放チタルガ如シ、イカヾスべキ、入道大ニ失錯シテケリトテ、座ニモタマラズ躍上踊上シ給ケレ共、後悔今ハ叶ハズ、〈○下略〉
**〔永享記〕
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0288:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0288.pdf]] 憲實出家之事&br;于&size(5){レ};茲管領上杉安房守憲實、しばらく關東の成敗を司て、鎌倉に在しかば、諸大名頻に媚をなし、彼下風に立んことを望ける、元來忠有て誤なしといへども、虎口の讒言に依て、君臣不快となりし事を思へば、未來永釖迄の業障也、公方連々京方御退治の企を申止めんとて、度々上意に背し故なれども、有爲無常の世の習、明日をも不&size(5){レ};知命の中なれば、因果歷然、忽身に報ぜん事を思ひ、又譜代の主君を傾け奉る、末代の潮を恥て、其身の罪を謝せん爲にや、俄に出家し給ひて、法名を高岳長棟庵主と號す、〈○中略〉長春院へ參詣して、公方の御影の前にて、燒香念佛し、〈○中略〉腰の刀を引拔て、左の脇に突立給處を、御供の侍、高山越後守、那波内匠介、走寄て懷付、御脇差を奪取、其時皆々馳集て、屋形へ還し奉て、能々養生し奉れば、定業ならぬ事なれば、程なく平愈し給ける、
**〔松隣夜話〕
***〈上〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0288:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0288.pdf]] 謙信、諸士ニ語リ給ヒテ曰、關東諸將面々皆弱兵ナリト思ヒ侮リテ、傳左衞門ニ昨日小荷駄ヲ預ケシコト、其一代ノ不覺ナリ、不&size(5){レ};然バ何シニカ、長安體ノ敝ニ奪&size(5){レ};之哉、某常々甲州、武田信玄ニ不&size(5){レ};及長所有ト申ハ是ニテ候、此法師ハ、弱敵ト見テモ、猶弓矢ヲ大事ニ取、ケ樣卒爾ナキ人ニ候、大事ノ場ト思ヒ候時ハ、誰トテモ、ソヽケタル事ヲセズ候ヘドモ、生得ナラズニ依テ、動スレバ、其愼慢リテ、敵ヲ疎略ニノミ仕候、
**〔備前老人物語〕
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0289:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0289.pdf]] 一關ケ原陣の前に、石田治部少輔〈○三成〉一騎がけに、佐和山より大坂にはせ來り、增田右衞門尉に參會し、密に談ずべき事ありとて、數寄屋に入て物語してけり、初はなに事をかたられたりけん、〈○中略〉太閤檬御わづらひ御快氣の刻、貴殿我等共をめされ、汝等に百萬石づゝ被&size(5){レ};下べし、其故は今度病氣中に、いかほどの事をかおもひたりけむ、汝等を大名になし置なば、万事心やすかるべしとおもふなりと、おほせられし、皆々目を見合せ、さてもありがだき仰かな、なにとも申すべきことばもなし、しかれども人口も御座あるべければ、かさねてこそ仰をば奉るべしと、達て辭し申せし事を思ふに、かへらぬ事にてはありけれど、くやしかりし事かな、その時百万石を領したらば、なにの不足かあるべき、とにもかくにも我人數をもたざれば、思ふに益なし、口惜しき次第なりとて、歸りしと也、かゝる大事の事どもをば、誰か聞傳へたりけむ、たしかに人の語りしを聞たり、不審なる事共也、
**〔常山紀談〕
***〈十二〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0289:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0289.pdf]] 東照宮、景勝征伐の御時、小山にて、〈○中略〉花房助兵衞職之を召て、汝は近年佐竹が許に有て、義宣が心はよく知たらん、〈○中略〉義宣謀反の志あるまじとならば、起請文を書て、我に見せよと仰られしに、花房〈○中略〉起請文は御ゆるされを蒙るべしと申す、東照宮、助兵衞は浮田が家の長臣と聞たりしに、器量の小き男よとて、大息つがせ給ふ、花房かくと後に傳へ聞、われ起讃文を書ならば、佐竹二心あらじと、軍兵の疑を散ぜん爲の仰なりしに、察せずして、起請文を書ざりけるこそ口惜けれ、たとひ義宣、軍を出したりとも、我何の罪の有べきと、深く悔みけるとぞ、
**〔駿臺雜話〕
***〈二〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0289:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0289.pdf]] 風俗は政の田地&br;万治寬文のころかとよ、世に鶉はやりて、〈○中略〉阿部豐後守忠秋も、其ころ鶉をすかれて、常に籠を座側に置てなかせてきかれけり、それをさる列侯なる人きゝて、其ころ世にかくれなき鶉を厚價にてもとめて、ある官醫をもて、ちかきころめづらしき鶉をもとめ得て候、御慰に進したきよ
しをいはせけり、〈○中略〉豐州きかれて、先へよく意得てとばかりにて、とかくの返事なし、しばらくありて、近習のものを呼て、鶉籠の口を、みな庭のかたへむけよとある程に、みな外へむけゝれば、其口をのこりなくあけよとある程に、皆あけゝれば、鶉殘らず、籠をいでゝとびさりぬ、かの官醫見て、不審におもひ、久しく御手馴し鳥にて、又立歸り候ふやといへば、豐州いやさにてはなし、今日より殘らず放ちやるにて侍る、さて序ながら申す、某ごとき上の御威光にて、人に執しおもはるゝ身にて、物はすくまじき事にて侍る、某このごろふと鶉をすき候へば、はやさやうにきこゆる人もおはし候、向後はふつと鶉すきをやめ侍るべしと、いはれしかば、かの官醫も手持なくみへしとぞ、
**〔兎園小説〕
***〈十二/集〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0290:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0290.pdf]] 騙兒悔&size(5){レ};非自新&br;加賀の金澤の枯木橋の西なる、出村屋太左衞門といふ商人の兩替舖は、淺野川の東の橋詰にあり、文化九年癸酉の大つごもりに、卯辰山觀音院の下部使なりと僞りて、出村屋が舖に來て、百匁包のしろがねを騙りとりたる癖者ありしを、當時隈なくあさりしかども、便宜を得ざりしとそ、かくて十あまり三とせを經て、文政七甲申の年の大つごもりに、出村屋が兩替舖に、人の出入の繁き折、花田色のいとふりたる風呂敷包をなげ入れて、こちねんとしてうせしものあり、たそがれ時の事なれば、その人としも見とめずして、追人ども甲斐はなかりけり、さてあるべきにあらざれば、太左衞門はいぶかりながら、件の包を釋きて見るに、うちにはしろがね百匁ばかりと、錢十六文ありて、一通の手簡を添へたり、封皮を析きて、その書を見るに、十とせあまりさきつころ、やつがれ困窮至極して、せんすべのなきまゝに、膽太くも惡心起りて、觀音院の使と僞り、當御店にて銀百匁を騙りとり候ひき、こゝをもて火急なる艱苦をみづから救ふものから、かへり見れば、罪いとおもくて身を容るゝ處なし、よりてとし來力を竭して、やゝ本銀をとゝのへたれば、そ
の封賃を相添へて、けふなん返し奉る、〈○註略〉ふりにし罪をゆるされなば、かの洪恩を忘るゝときなく、死にかへるまで幸ひならん、利銀はなほのち〳〵に償ひまゐらすべきになん、あなかしことばかりに、さすがに氏名をしるさねども、あるじはさらなり、小もの等まで、この文に就きその意を得て、感嘆せぬはなかりけり、
**〔矢部駿州堺奉行事書〕
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0291:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0291.pdf]] 矢部駿河守定謙のぬし、堺〈泉州〉の奉行になされしは、いぬる天保三とせばかりのこと成けり、其所に廣岡爲次といへる醫師あり、かれはもと〳〵家とみ榮へて、身のざへ、ぬひども有者にぞなん、今の爲次は養ひ子にて、其父實の子一人もたりけるを、深く世にもかくして知らせず、いはけなきほどに、堺の商びとの子になしたりしが、はふれたゞよひて、よるせなき身となれり、そこが爲にも弟ならずや、いかにもはからひうしろみてよと、打かたらふに、醫師つれなければ、こなたはなをたちもやらで、いひあらがひて事ゆかず、遂に奉行の政所にこそうたへ出、二人ともに、六十に近き齡なれば、別に明らむべきやうもあらず、されど舊き者、むかしのささやきごとにも、かの子の有さま、さながら昔の父の面影して、ことわざに爪を二ツにしたらんとは、これがことにやなど、いひあへるを、奉行もさせる證なければ、せんすべなし、この訴は爲次がことはりにこそといはれて、いとしたり顏にぬかづきて、たゝむとするを、駿河守ことばをあらため、やよいかに爲次は、やまともろこしのふみにもわたり、かつ詩歌のうへも、うとからずとか聞おけり、されば物の心をも能く得たらん、今一ことものいはん、むかしの歌に、&br; なき名ぞと人にはいひて有ぬべし心のとはゞいかゞこたへむ、これ今しも戀のうたながら、そのことはりは、ようつのうへにかよひなん、奉行がとひにこたへて、ことはりゆゝしげにいひぬれど、おのが心の、おのれにとはゞ、そも〳〵何とかいふべき、こたへこそきかまほしけれと、いひかけられて、いかゞおもひけん、時うつる迄ものいはず、さしうつむきてあるに、うへにもとも
にいかにするにかと見居たれば、今までいひあらかひし老人が、あと一聲はなちて泣ふしぬ、ありあふものども、かれは心やたがひぬらんと見るほどに、たび〳〵泪をのごひて、&br; いふもうしいはぬもつらしむさしあぶみかゝるおりとこそ思ひしりてさふらへば、あはれ今日のことは、のどめ給はれかしと云出たり、さらばとて、いふがまゝに、けふはかへしてけり、又の日かのものゝ申やう、こたびのことは、共に中和らぎて、かれがすむべき家門つくり、又世わたるたづきともなれかしとて、二もゝひらをなん、得させ侍らめ、と申せしかば、奉行をはじめ、下司も、それこそいとあらまほしき事なりけれとて、こと平らぎぬ、
*&aname(E68294E6829FE99B9CE8BC89){雜載};
**〔奧儀抄〕
***〈下ノ中〉
>https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png [[p.0292:https://shinku.nichibun.ac.jp/kojiruien/pdf/jinb_2/jinb_2_0292.pdf]] さきだゝぬくゐのやちたびかなしきはながるゝ水のかへりこぬなり&br;是はむかしあひしれる人に、をくれたる男にやれる歌也、逝水不&size(5){レ};返、後悔不&size(5){レ};立&size(5){レ};前といふ事のある也、うせにし人にさきたゝぬを、後悔さきにたゝぬによせてくゐたる也、行水のかへらぬやうに、又くべきならねば、やちたびわぶるとも、かひやなかるらんとよめる也、

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