人部/諂諛

p.0668 諂諛ハ、ヘツラフト、云ヒ、オモネルト云ヒ、コブト云ヒ、又追從(ツイシヨウ)トモ云フ、利ノ爲ニ、他ノ意ヲ迎ヘテ、以テ强ヒテ其歡心ヲ得ントスルヲ謂フナリ、

名稱

〔新撰字鏡〕

〈言〉

p.0668 諓〈字衍市偃二反、上、不レ實言也、謟也、戸豆良不(○○○○)、又阿佐牟久、〉 諛〈以珠反、不レ擇二是非一也、戸豆良不、阿佐牟久、〉

〔類聚名義抄〕

〈一/人〉

p.0668 佞〈音濘 ヘツラフ〉 佞倿

〔同〕

〈五/言〉

p.0668 諂〈ヘツラフ和音點〉 詐〈測駕反 ヘツラフ〉 䛕〈俗歟 ヘツラフ〉 〈正〉

〔伊呂波字類抄〕

〈部/人事〉

p.0668 諂〈へツラフ〉 諂〈テム〉 䛕 倍 泊 詬 僆 詷 恊 侫 讇〈已上同〉

〔同〕

〈天/疊字〉

p.0668 諂諛

〔下學集〕

〈下/態藝〉

p.0668 諂䛕(ヘツラフ)〈二字義同〉

〔書言字考節用集〕

〈八/言辭〉

p.0668 諂(ヘツラフ) 䛕(同) 佞(同)

〔同〕

〈九/言辭〉

p.0668 諂䛕(テンユ)

〔倭訓栞〕

〈中編二十三/不〉

p.0669 へらばふ(○○○○) 俗語なり、諂諛の意にいへば、へつろふの轉語なるにや、

〔類聚名義抄〕

〈六/阜〉

阿〈於何反 オモネル(○○○)〉

〔伊呂波字類抄〕

〈於/人事〉

p.0669 愐〈ヲモネル〉 媔 洑 湎 容 阿〈倚也、近也、〉 嬈〈已上同〉

〔書言字考節用集〕

〈八/言辭〉

p.0669 阿(ヲモネル)〈 之義、王逸曰、所レ私爲レ阿、〉 便僻(同)〈尚書〉

〔倭訓栞〕

〈前編四十五/於〉

p.0669 おもねる 神代紀に、侫又順をよみ、又阿をよめり、面練の義、令色の意成べし、諂䛕も同じ、

〔新撰字鏡〕

〈女〉

p.0669 嫵〈無主反、媚也、好也、古夫(○○)、〉

〔伊呂波字類抄〕

〈古/人事〉

p.0669 媚〈コフ コヒルコヒタリ〉 睦 佞 呴 圉 謟〈已上同〉

〔書言字考節用集〕

〈九/言辭〉

p.0669 媚(コブル) 嬌(同)

〔日本靈異記〕

〈上〉

p.0669 狐爲レ妻令レ生レ子緣第二
其女媚レ牡馴睇之〈○中略〉
媚〈コビ〉

〔倭訓栞〕

〈前編九/古〉

p.0669 こび 媚をよめり、戀ぶり也、ぶり反び也、安倍の淸行、が語に、こひたる辭と見えたり、新撰字鏡に、嫵をこぶとよめり、南都賦に、蠱媚字見えたり、詩に無レ爲二夸毗一、注に夸毘屈レ己屈レ身而附レ人也とも見えたり、

〔下學集〕

〈下/態藝〉

p.0669 追從(ツイシヨウ)〈媚 義也〉

〔倭訓栞〕

〈後編十二/都〉

p.0669 つゐしやう 源氏にみゆ、新猿樂記に、万民追從と見えたり、俗に追從輕薄、御前追從などいへり、

〔新猿樂記〕

p.0669 四郎君、受領郎等執鞭之圖也、〈○中略〉況於二田使、收納、交易、佃、臨時雜役等之使一、不レ望自所二懸預一、但民不レ弊、濟二公事一、君無レ損自有レ利上レ上也、仍得二萬民追從一、宅常擔二集諸國土産一、貯甚豐也、

〔皇都午睡〕

〈三編上〉

p.0670 上方で買(かう)て來るを江戸にては買(かつ)て來る、〈○中略〉人の子を愛するにもアヽいゝ坊樣だ子エ、おとゝ樣にも、おかゝ樣にもよく似ていさつせることは、などゝ追從(ついしやう)を、おベツカ(○○○○)と云しが、近世胡麻を摺(○○○○)と流行詞に變名しけり、

諛例

〔日本書紀〕

〈二/神代〉

p.0670 故高皇産靈尊召二集八十諸神一而問之、〈○中略〉於レ是俯順二衆言一、卽以二天穗日命一往平之、然此神佞二媚於(テモネリコビテ)大己貴神一、比二及三年一、尚不二報聞一、故仍遣二其子大背飯三熊之大人一、〈大人此云二于志一〉亦名武三熊之大人、此亦還順(ヲモネリ)二其父一、遂不二報聞一、

〔延喜式〕

〈八/祝詞〉

p.0670 出雲國造神賀詞
高天〈能〉神王高御魂神御魂命〈能〉、皇御孫命〈爾〉、天下大八島國〈乎〉、事避奉〈之〉時、出雲臣等〈我〉遠祖、天穗比命〈乎〉、國體見〈爾〉遣時〈爾〉、天〈能〉八重雲〈乎〉押別〈氐〉、天翔國翔〈氐〉、天下〈乎〉見廻〈氐〉、返事申給〈久〉、豐葦原〈乃〉水穗國〈波〉、晝〈波〉如二五月蠅一水沸〈支〉、夜〈波〉如二火瓫一光神在〈利〉、石根木立、靑水沫〈毛〉事問〈天〉、荒國在〈利〉、然〈毛〉鎭平〈天〉、皇御孫命〈爾〉、安國〈止〉平〈久〉所二知坐一〈之米牟止〉申〈氐〉、己命兒天夷鳥命〈爾〉布都怒志命〈乎〉副〈天〉、天降遣〈天〉、荒〈布留〉神〈乎〉撥平〈氣〉、國作〈之〉大神〈乎毛〉媚鎭〈天〉、大八島國現事顯事令二事避一〈支、○下略〉

〔秦山集〕

〈雜著二十一/甲乙錄七〉

p.0670 以二穗日命一爲二不忠一、諸家傳來如レ此、然視吾〈○吉川惟足〉傳二土津一〈○保科正之〉曰、穗日命含二日神命一、調二護大汝命一、左提右携、遂成二大功一、其忠大矣、後使三穗日命祀二大汝命一誠有レ以也、此見二于土津親筆一可レ謂二定説一也、如從二諸家傳一、穗日命罪不レ容レ誅、於レ事爲レ不レ通、今出雲國造、及菅原姓皆其裔也、

〔續日本紀〕

〈三十/稱德〉

p.0670 神護景雲三年九月己丑、始太宰主神習宜阿曾麻呂希レ旨、方媚二事道鏡一、因矯二八幡神敎一言、令三道鏡卽二皇位一、天下太平、道鏡聞之、深喜自負、

〔閑際筆記〕

〈上〉

p.0670 藝州安國寺瓊長老、豐臣公ニ諂事、人皆其姦ヲ不レ知、一日小早川隆景、毛利輝元ニ語曰、我嘗瓊ト公ニ侍、公話偶其先妣薨御ノ事ニ及、涕下コト數行、瓊モ亦泣、瓊ガ心何哀戚スルコト有、唯是僞耳、公不レ察レ之、親愛益深、公死只恐ハ此僧國ヲ誤ト申レシガ、果石田ニ與シテ命ヲ殞セリト ナン、

〔雲室隨筆〕

p.0671 予〈○僧雲室〉常謂、君子は生れながらにして有し、學て君子には至るべからず、聖人も小人學レ道易レ使とのたまへ共、小人學レ道至二君子一とはのたまはず、犬塚唯助といふ者あり、〈○中略〉唯助其生質阿諛佞媚のものにて、松牌學職の時は、自ら門人と稱し、膝下に屈し、其外勢ある人には頻りに阿諛しけり、聖堂振合改り、其身經事被二申付一しより、古舊をば捨て土の如くしける故、にくまざるものなかりき、又其後聖堂大に革り、浪人書生不レ殘退塾被二申付一、兩人も退塾しけるが、唯助は學職の時より、松平右京亮殿ヘ出入せし故、本郷邊に卜居し、右京亮殿家來と申居けり、又先達而雅樂頭殿屋敷を放逐せられしは、兄の罪故にて、其身罪なき故、年歷たればとて出入をゆるされ、折々參りける、松牕は雅樂頭殿甚御信仰にて、しば〳〵被レ參ける故、唯助も度々同席せしかば、松牕此頃咄されしに、人は時々變ずるもの也、此間姫路侯へ參りたりしに、唯助も參りたり、昔聖堂人塾せし時は、我が門人なりと自ら稱して、叮嚀に師事せり、然るに此間逢し時は、甚不遜にて、朋友よりもあし樣にあしらひ、甚敷非禮なりしと被レ咄けり、松牕は生質直なる人故、唯助變じたりと被レ思ども、本より阿䛕佞媚、反覆表裏のものなり、井金峨あるとき被レ申し事あり、女、子讀書費と、予此言を以て思ふに、聖人も、女子と小人をば畜難しとのたまへり、豈女子乎、小人讀書費と云んもかならん、彼が姓犬塚とは、名實相叶といふべし、搖レ尾索レ食かな、

戒 諛

〔日本書紀〕

〈二十二/推古〉

p.0671 十二年四月戊辰、皇太子〈○廐戸〉親肇作二憲法十七條一、〈○中略〉六曰、懲レ惡勸レ善、古之良典、是以無レ匿二人善一、見レ惡必匡、其諂詐者(ヘツヒアザムク)、則爲下覆二國家一之利器上、爲下絶二人民一之鋒劒上、亦佞媚者(カタマシクコブル)、對レ上則好説二下過一、逢レ下則誹二謗上失一、其如レ此人、皆无レ忠二於君一、無レ仁二於民一、是大亂之本也、

〔日本書紀〕

〈二十九/天武〉

p.0671 十年五月己卯、是日詔曰、凡百寮諸人、恭二敬宮人一、過之甚也、或詣二其門一謁二己之訟一、或捧レ弊以媚二於其家一、自レ今以後、若有二如レ此者一、隨レ事共罪之、

〔拾芥抄〕

〈下本/諸敎誡〉

p.0672 源信僧都四十一箇條起請
應二重禁制一條々〈○中略〉
一丁寧忍レ俗、敢不レ可二追從一、〈○中略〉
已上四十一箇條、可レ如二眼精一矣、

〔めのとのさうし〕

p.0672 いにしへは、男はれいにあまれ、女はくはしよくにあまれと申せども、今はさのみ上らうとて、あがりたるも見にくし、さりとてまたついしやうがましく、ひとにしたがひかしこまりたるも見にくし、

〔細川賴之記〕

p.0672 賴之、將軍〈○足利義滿〉近習ノ人々、奸惡ノ人アツテ、幼君ノ耳目ヲマヨハシ、傍輩ノ中ヲモ言サマタゲンコトヲ恐レテ、内法三箇條ヲ作テ在、是掛二殿中一、以諸人ノ爲レ戒、
其掟云
一御近習ノ人々、以二賤奸心一、仰ニ隨ンガ爲ニ、不善ヲ以善ナリト言上スルコト、大キナル曲事也、又爲レ貪二當座ノ賞一、邪曲徒事ヲ申シ進ルコト、無道至極セリ、於二傍輩一他ヲ惡道ニ引入スル族、於二公儀一大奸不忠ノ人也、隱謀ノ大罪ニ同ゼン物カ、且ハ天下ヲ亂スノ端也、且ハ幼君ノ怨敵ナリ、何事カ如レ之哉、可レ諫不レ諫猶尸位也、マシテ同ゼンヲヤ、邪ノ徒事ヲ進奉ランヲヤ、堅可レ禁レ之、自レ今以後、如レ是ノ族アラバ、早不レ依二親疎一、見聞次第ニ、侍所ニ可レ訴、是尤大忠也、其賞何ゾ淺カランヤ、並彼於二奸人一依二輕重一、任二先代法一、可レ被レ罰レ之事、〈○中略〉
右條々堅申定給ヌ、若違犯ノ輩於レ有レ之者、貴賤ヲ不レ論、罪禍可二順法一者也、仍掟如レ件、
貞治七年二月二日 武藏守判〈○中略〉
賴之奸佞ヲ禁ゼラレシカドモ、將軍ノ御前ニ猶奸佞ノ人タヘズ、是ヲ一々禁ゼン事モナリ難ケレバ、日ヲ經テ賴之案ジ出シ、佞坊ト名付テ、法師ヲ六人同ジ樣ニ作リ出テ、上下ヲ著セ、大小ノ二 刀ヲヨコタへ、唐ノ頭巾ヲ頂セテ、其外異類異形ニ出立セ、隨阿彌陀佛、〈○中略〉觀阿彌陀佛ト號シ、將軍幷諸國ノ大名集テ、東ヲ指シテ西カト問ヘバ西ト答へ、赤色ヲサシテ黑キカト問ヘバ黑色ト云、追從ヲ專トシテ、事ニ不レ成虚語ヲ巧ミ、顏ヲシカメ口ヲユガメ、ヲドリ舞狂ヒテ座ノ興ヲ催シケル、後ニハ幼童ノ如ク出立ヌレバ、自然ニ童坊トゾ申ケル、〈○中略〉武州一家ト人々ヲ始トシテ、將軍ノ近習、諸國ノ人々、諸侍ノ和ノ過タル追從ヲ云シヲバ、侍童坊ト笑ヒケレバ、諸國皆如レ此申セシトニヤ、依レ之近習ノ人々、幷ニ諸國ノ大名ノ奸佞追從、少ハ止ニケリ、

雜載

〔枕草子 〕

〈九〉

p.0673 あり〳〵てずりやうに成たる人のけしきこそうれしげなれ、わづかにあるずんざのなめげにあなづるも、ねたしと思ひ聞えながら、いかゞせんとてねんじ過しつるに、我にもまさる物どものかしこまり、只仰せうけ給はらんと、つゐせう(○○○○)するさまは、ありし人とやは見えたる、