犬/名稱

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0151 犬 兼名苑云、犬一名尨、〈莫江反〉爾雅集注云、㺃〈音苟、(苟天文本作句)和名惠沼、又與犬同、〉犬子也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0151 按説文、犬狗之有縣蹏者也、象形、又云、尨犬之多毛者、从犬彡、穆天子傳、天子之尨狗、郭注、尨尨茸、謂猛狗、然則尨卽下條㺜是也、又爾雅、尨狗也、召南野有死麕毛傳同、統言之也、故兼名苑以尨爲犬一名也、〈○中略〉伊勢本作音苟、廣本同、按音苟、與廣韻合、在上聲四十五厚、句在去聲十遇、則作苟似是、按犬訓以奴、見崇峻紀、犬子乃曰惠奴、此訓狗爲惠奴是也、犬吣訓以奴乃太万比、狗尾草訓惠奴乃古久佐、可見犬狗其訓不同、或以惠奴犬之和名者非是、若統言之則狗、亦可以奴、武烈紀天武紀狗字訓以奴是也、故此云又與犬同、〈○中略〉釋畜、犬未毫、狗、郭注、狗子未㲦毛者、此所引蓋舊注也、按説文云、狗、孔子曰、狗叩也、叩氣吠以守、不犬子、莊子釋文引司驢彪曰、狗犬同實異名、又月令言犬、燕禮言狗、其實一也、其説並不爾雅也、墨子經下云、狗犬也、禮記、曲禮正義云、通而言之、狗犬通名、若分而言之、則大者爲犬、小者爲狗、又按、爾雅、馬二歲曰駒、熊虎之子曰豿、故犬子亦爲狗也、

〔類聚名義抄〕

〈三/犬〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0151 犬〈决泫反、イヌ、〉 狗〈音苟、エヌ、又イヌ、〉 狗〈上俗、下正、〉 獷〈古猛反、イヌ、〉 https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00889.gif 〈俗〉

〔伊呂波字類抄〕

〈伊/動物〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0151 犬〈イヌ〉 狵 狗〈犬子也〉 㺃 獹 犴 獒、〈大犬〉 猧〈已上イヌ〉

〔同〕

〈惠/動物〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0151 狗〈エイヌ、エヌ、犬子也、〉 猷〈エイヌ、亦作猶、隴西謂犬子猷〉 猧〈同〉

〔下學集〕

〈上/氣形〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0152 韓驢(カンロ/イヌ)〈俊犬也、韓氏之驢也、〉黃耳(クワウジ)〈晋此〉〈陸機之犬名黃耳、犬常爲善使也、〉

〔八雲御抄〕

〈三上/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0152 犬 けだものゝくもにほえけんと云は、師子又犬也、〈淮南王藥なめたる也、食味けだ物仰天て吠なり、〉 さとのいぬ むら 万、いぬよびこすといふ、是かり人などの、かきをよびこすなり、 つなぎいぬ あゆき〈日本紀吉犬也〉

〔東雅〕

〈十八/畜獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0152 犬エヌ 倭名鈔に爾雅集注を引て、狗はエヌ、與犬同じと注せり、エヌ亦轉じてイヌといひし也、義並に不詳、火酢芹命の苗裔、諸隼人等、天皇宮墻之傍を離れず、吠狗に代りて事へまつるもの也といふ事、舊事紀、日本紀等に見えしに依らば、エヌといひ、イヌといふは、その家畜なるをいひしと見えたり、〈イへといふ語を引結びて呼びぬれば、エといふ也、ヌといふは詞助なるべし、〉また唐韻を引いて、㺜ムクゲイヌ深毛犬也と注したり、〈今も俗に細毛をばムクゲと云ふ也〉

〔松屋叢考〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0152 いぬ、ゑのこ、
定家卿鷹三百首〈冬部〉に
はし鷹の木ゐとる雉のおちはまり鼻つけかぬるゑのこ犬かな、群書類從本には、雉を椎に誤れり、〈○中略〉唐流鷹秘決〈第四十八、條、犬の法式ことば万の事の條、〉に、ゑのこ犬は、いまだ引いれ初ぬをいふ也云々、按にゑのこはゑぬのこの略語なり、倭名抄〈草部〉に、辨色立成云、㺃尾草、惠沼能古久佐(エヌノコグサ)と有にてしるし、〈古訓玉篇十三の卷草部には、莠、余受切、ハグサ、ヒツヂ、イノコグサとも見ゆ、〉そは穗に出し貌の狗尾に似たる草なれば也、爲家卿歌〈夫木抄雜十、藻鹽草八、〉に、
ゑのこ草おのがころ〳〵ほに出て秋おく露の玉やどるらん、玄旨法印歌〈室町殿日記廿の卷〉に、
ゑのこ草ほえかゝるこそ道理なれなたりに近き狐亂菊(キツネランギク)、また水楊をゑのころ柳といふも、おなじ心なり、〈物類稱呼三の卷、倭訓栞惠部、本草啓蒙卅一の卷、〉さて倭名抄〈毛群名部〉に、兼名苑云、犬一名尨、〈莫江反、和名惠奴、○中略〉類聚名義抄〈佛下本卷、犬部、〉に、㺃エヌ、又イヌ云々、以呂波字類抄〈十の卷惠部〉に、狗、エイヌ、イヌ、犬子也云々、猷エイヌ、亦作 猶、謂犬子爲エイヌ、猧〈同〉云々、〈按に、エイヌトいふは、エノコイヌを省たる語なり、〉節用集〈下卷惠部〉に、狗猧エノコ云々、崇峻紀〈前紀〉に、犬ウヌ云々など見えて、古言に惠奴とも、以沼とも宇奴ともいふを、通音ならねばとて、初學の輩はおもひ惑ふめり、こはもと唸(ウナル)聲のウエヌ〳〵〈約れば、ワンワンともきこゆ、〉といふより呼し名にて、宇を省ては惠奴といひ、惠を省ては宇奴といひ、宇を通はしては以奴ともいふなりけり、武藏相摸の方言に、犬子を、イナリコと、いへり、そは、ウナリコの通音也、應仁別記に、旁は敵ヲ指置テイナリイナリ出ラル云々、
また骨皮左衞門道源が訪取れし時の落書に、
昨日マデイナリマハリシ道犬(ダウケン)が今日骨皮ト成ゾカアユキ、此いなり〳〵は唸々(ウナリ〳〵)也、いなりまはりは、唸廻也、犬〈ノ〉子も唸ものなれば、イナリコとは呼るなるべし、

〔日本釋名〕

〈中/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0153 犬 いぬる也、主人になつきてはなれぬ物也、故に他所に引よせて、よき食を飼へども、もとの主人の所へいぬる也、久しくつなぎおけば、其主人になつきてかへらず、

〔倭訓栞〕

〈前編三/伊〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0153 いぬ 犬をいふ、家に寢るの義なるべし、夜を守るものなり、夫木集に、
おもひくる人は中々なきものをあはれに犬のぬしを知ぬる、風俗通に、狗別賓主善守禦すと見えたり、埤雅に、犬喜雪と見ゆ、諺に雪は犬の小母(ヲバ)といふ是也、

〔嬉遊笑覽〕

〈十二/禽蟲〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0153 狗を犬ころといふ、犬子等(イヌコロ)なり、また子等が犬を呼に、ころ〳〵といふ、子等來なり、狂言記續集一むかひどのゝゑのころは、まだ目があかぬ、ころく〳〵〈ころくは烏の聲にもいヘり〉一休咄に、ひるけの燒飯を取出し、犬にみせてころ〳〵と云ふ、後撰夷曲集宗鑑が手向に、薄ほどまだ目はあかでゑのころの物にざれ句の手向草哉、〈卜琴〉

〔壒囊抄〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0153 人ノ踉蹡(タメライ)テ不進得事之獪豫スルト曰ハ、何ノ心ゾ、猶豫二字共ニ獸ノ名也、此獸疑心深シテ不進、仍人ノ有疑何事ヲ猶豫スルト云也、委細ニ申ハ猶ハイヌ也、或ハ五尺ノ大犬共註セリ、 又隴西ト云所ニハ犬ヲ猶ト云也、博聞錄ニハ、猶子ノ二字ヲエヌコト云、今俗ニエノコト云歟、然共ヌノハ相通ナレバ同詞也、又禮記ニハ甥ヲ猶子ト云リ、其義一卷ニ見タリ、猶豫ノ二字ヲ、訓ニハ、ウラヲモフトヨム、其意ハ、人ノ飼犬ハ路ヲ具シテ行ニ、必ズ犬先ニ立テ走ニ、人遲キ時ハ、犬返リ見テ待ツ、又若シ道類アルニハ、人ノ行方ノ先へ走ル也、仍人ノ物ヲ不思定シテ踉蹡ハ、走ル犬ノ返見テ侍ガ如シ、万葉ニハ猶豫ノ二字ヲタユタヒニシテト讀リ、喩ヘバ、ウラヲモフト同心也、豫ノ字ヲバ、アラカジメトヨム、アラカジメトハ、兼テ先立ッ心也、〈○中略〉凡ソ犬ト云字多ク侍リ、韓獹ノ二字ヲモイヌトヨミ、獫獦獢ノ三字ヲモイヌトヨメリ、文選曰、屬車之https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00890.gif (ソヘグルマニ)獫獦獢ノイヌヲ載セタリト、又曰、韓櫨ノイヌノ噬於緤末ト云云、韓獹ハ韓武ノ俊犬也、又犬ヲ黃耳共云、晉ノ陸機ガ犬ノ名也、此黃耳、常ニ書ノ使ヲシケルトナン、定テ耳ノ黃ナリケルニヤ、

〔秇苑日渉〕

〈十二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0154 犬名
龢名類聚鈔、龢爾雅二書、稱爲博洽、然引證未確、譯語或錯、至東涯先生名物六帖、博大精詳、前古未 有、所憾器財人品人事三帖之外、似全備、屬者有西洋狗事、因閲六帖詳悉、竊補犬名一條 云、
犬(イヌ/エヌ)〈説文、狗之有懸蹏者也、象形、孔子曰、視犬之字、如狗也、〉 狗(イヌ/エノコ)〈爾雅、未毫、狗註、狗子未㲦毛者、埤雅、家獸也、孔子曰、狗叩也、叩氣吠以守也、許愼以爲从犬句聲、蓋狗从苟、韓子曰、蠅營狗苟、狗苟故从苟也、禮記曲禮疏、狗犬通名、若分而言之、則大者爲犬、小者爲狗、故月令皆爲犬、而周禮有犬人職、無狗人職也、但燕禮亨狗、或是小者、或通語耳、〉 意奴(イヌ)〈薛俊日本寄語、狗意奴、〉 倶倶囉〈梵語雜名、狗梵名倶倶囉、又云指怛羅、〉 指怛羅〈見上〉 家稀〈雞林類事、犬曰家稀、〉 揑褐、〈遼史、八月八日、國俗屠白犬於寢帳前七歩之、露其喙後七日中秋、移寢帳於其上、謂之揑褐耐、揑褐犬也、耐首也、〉 内龢〈事物異名蒙古云〉 那害〈庶物異名疏、那害虜中名犬也、見岷峩山人譯語、一曰訥害、兒狗曰厄冽訥害、母狗曰厄滅訥害、見重譯、〉

犬性質/犬形體

〔和漢三才圖會〕

〈三十七/畜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0154 狗〈音苟〉 犬〈音圈〉 地羊 龎(ムクイヌ)〈厖同、多毛之犬、〉 獒(タウケン)〈高四尺犬〉 猗(ヘノコナシノイヌ)〈去勢犬〉 和名惠沼 俗云伊 沼〈○中略〉
肉〈鹹酸温〉 治五勞七傷、益氣力、安腎、補胃氣、〈黃犬爲上、黑犬白犬次之、〉 凡食犬不血、去血則力少不人、〈但因穢不食者衆、〉術家以犬爲地厭、能禳辟一切邪魅妖術、故道家不犬、〈商陸蒜菱與犬同、不食、○中略〉
按、犬性喜雪、怕暑惡濕、知恩酬仇、鼻利能齅氣、能守家不非常人於内、嚴吠防竊盜菅家賤民共不畜之者也、其田犬則狩獵時、先放入山野、令禽獸所在、乃官家之寶獸也、凡犬離栖家遠走則 數遺尿於路傍、至歸齅其尿氣、雖數十里己栖、猶山行之栞也、不創傷、如被小疵則自舐卽瘥、 若傷耳鼻則不舐、而不治、急煮小豆食則愈、性喜肉腥而不生物、吃糞穢而不鮟腐、多食 魚膓則却皮毛禿爛、故魚肆癩狗多焉、常不糞於四壁間、却不犬門外犬糞多矣、凡犬子等、寒暑 不人手自育、早壯而速衰、其一歲當人十歲乎、過十歲者希也、至病死其屍

〔笈埃隨筆〕

〈八〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0155 雜説八十ケ條
薩摩大隅の犬はすべて足短く、腹を地に摺て歩む計也、

異形犬

〔視聽草〕

〈三集六〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0155 異犬
文政十亥年五月城州宇治郡山科郷花山村博勞渡世いたし候庄右衞門方に、廿日程已前出生いたし候飼犬子、〈○圖略〉
毛色 白黑〈但頭ニ茶色交リ毛有之候〉 前足 貳本 後足 四本 尾 壹本 肛門 貳ツ〈但尾ノ兩脇ニ有之〉 陰莖 貳ツ
右犬の子近日見せ物に出し候積りにて買候、當時宮川筋松原上ル町丸屋九兵衞方ニ飼置申候、御屆ニ相成候よし、

犬生益

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0155 獸產 淮南子云、犬三月而生、

犬種類

〔本草綱目譯義〕

〈五十/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0155 狗イヌ〈今〉エヌ〈古名エノコ、子ノ名、エヌノコノ異名也、エノコロ、〉
唐ニテ家ニカフテ食用ニス、之ヲ食犬ト云、集解ニ食犬(○○)、田犬(○○)、吠犬(○○)三種アリ、田犬バカリイヌ也、長 喙ト云テ、カホ長キ犬ヲ用ユ、ヨク獸ヲカギ出シ咬ミ付ナリ、之ヲ俗ニ獵犬獵狗ト云、吠犬ハ家ニカヒ盜ノ用心ニスル、夜ヲ守ル犬ノコト也、一名守犬〈花鏡〉食犬ト云ハ則ムクイヌノコト、毛長シテ肥タル物ナリ、之ハ常ノ犬ノ内ニ自然ニ出來ルナリ、是ヲ唐ニハ食用ニヨシト云テ名ヅク、又カリニスルニ、形大ナル犬アリ、力强キト云テ、本舶來ノ物ト云、俗ニ唐犬ト云、是ハ書名ニ高四尺曰獒ト云モノナリ、多曰龎ト云ハ水犬也、紅毛ヨリ來ル、チンノ類ナリ、形小シテ毛長シ、畫ニアル唐シヽノ形ノ如ク、毛ヲオフテ目ノ所見ヘズ、是モヨク守ル、知ヌヒトナドニモ吠ル也、〈一名〉毛獅狗、〈郷談正音〉金聯狗、〈花鏡、金色ノモノヲ云、〉又毛短ク形小ナルヲチント云、モト蠻國ノ犬也、今ハ京ニモ諸國ニモアリ、菓子ヲクハスベシ、飯ヲ食スルハ大ニナル、モト阿蘭陀人持來ル、又紅毛人ノ蓄ニハ、又至テ小ク馬ノ鐙ノ内ヘハイルアリ、之ヲ上品トス、

〔秇苑日渉〕

〈十二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0156 犬名
田犬(カリイヌ/○○)〈埤雅、傳曰、犬有三種、一者田犬、二者吠犬、三者食犬、若今萊牛也、花鏡、田犬、長喙細身、毛短脚高、尾卷無毛、使之上一レ山、履險甚捷、胎三月、而其性比他犬尤烈、豺見之而跪、兎見之而藏、毎率之出獵、以鷹爲眼目、鷹之所向、犬卽趨而攫之、故好獵者多畜焉、〉 畋犬(カリノイヌ)〈汲家周書、譬若畋犬、驕用逐禽、其猶不獲、〉 獵犬〈西京雜記、楊萬年有獵犬、名靑骹、〉 獵狗(カリイヌ)〈史記蕭相國傳〉
細犬(カリイヌ)〈宋史禮志、太祖建隆二年、始挍獵近郊、先出禁軍圍場五坊、以鷙禽細犬從、西遊記、那怪伸出頭、來、要二郎那細犬攛上去、汪的一口把頭血淋々的咬將下來、按細猶細作之細、〉 細狗(カリイヌ)〈埤雅、傳曰、狡兎死良犬烹、良犬卽今細狗、〉 阿散犬(カリイヌ)〈事物異名、蒙古呼細犬阿散犬、〉 網犬〈佩文韻府、戴復古詩、籠雞爲鴨抱、網犬逐鶉飛、〉 守犬(カヒイヌ/○○)〈禮記、犬則執緤、守犬田犬、則授https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00891.gif、旣受乃問犬名、註、緤所以繫制之者、花鏡、守犬短喙善吠、畜以司昏、〉 守狗(カヒイヌ)〈穆天子傳〉 吠犬(カヒイヌ)〈見上、卽守犬也、又荀子王制篇、北海則有走馬吠犬焉、揚倞註、吠犬今北之大犬也、〉吠狗(カヒイヌ)〈左傳、昭二十三年、請其吠狗、〉 畜犬(カヒイヌ)〈澠水燕談〉 畜狗(カヒイヌ)〈禮記、仲尼之畜狗死、〉 獖(カヒイヌ)〈廣韻獖守犬、〉 家犬(カヒイス)〈見聞錄、張莊簡公、有家犬、坐於灶上、〉 家狗(カヒイヌ)〈左傳哀十二年疏〉 閽犬(カヒイヌ)〈佩文韻府、獨孤及趙郡李公中集序、閽犬迎吠、〉

〔日本書紀〕

〈十六/武烈〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0156 八年三月友是時穿池起苑、以盛禽獸、而好田獵狗試馬、

〔續日本紀〕

〈八/元正〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0156 養老五年七月庚午、詔曰、〈○中略〉宜其放鷹司鷹狗、〈○中略〉悉放本處上レ其性

〔江家次第〕

〈二/正月〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0156 大臣家大饗 次引出物〈○中略〉 尊者若好鷹者被之、尊者前駈相跪受之、受時問犬名云々、

〔西遊記〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0157 獵犬
薩摩は武國にて、若き人々山野に出て鳥獸を獵る事、他國よりも多し、すべて山野に獵するには、よき犬を得ざれば不叶事なり、彼邊の犬、常の人家に養ひ飼ものは、長ケ低く上方の犬よりも少し小なり、常に座敷の上に養ふて、上方の猫を飼ふがごとし、至極行儀よく、上方の犬よりは柔和なり、異品といふべし、又獵に用る犬は、格別に長〈ケ〉高く猛勢にて、座敷に養ふことなく、上方の犬を飼ふ通りなり、其猛勢なる事は、上方の犬に十倍せり、先年虎の餌の爲に、彼國の犬を入れしに、其犬虎の嗌に咬み付て虎を殺せし事、世間の人の物語にあるごとくなり、かゝる猛勢なる、犬ゆへに、常々は二三疋寄り集れば早必咬合て喧しきに、大勢獵に出る時などは、諸方の犬を皆々各繫ぎて牽行事なるに、町を出るまでは側近く寄れば必咬合て騷けれども、旣に山に入ると、其犬ども常々はいかやうに中惡敷、よく咬合ふ犬にても甚中よく成りて、綱を解き離して、犬の心任せに馳廻らすれども、犬同士咬合ふ事無く、互に助合て山を働くなり、是向ふに猪鹿といふ敵あるゆへに、犬ども皆一致の味方に成りて中よき事とそ、是に依ていふに、むかし朝鮮御陣の時、彼地にては、日本人いかなる者も皆一致に成りて、相互に助け合ひ、至極親しかりしとそ、向ふに異國人の敵あるゆへに、日本人同士は格別に親しみ厚く成りける事尤の事なり、一家の中にても、親子兄弟夫婦等の中あしく爭ひ怒る事は内證ごとにて、畢竟は榮曜我儘などともいふべきにや、も、し盜賊にても入らば、いかなる中惡敷家丙にても一致に成りて防ぐべし、此故に詩經にも兄弟かきにせめげども、外には其あなどりをふせぐとも見へて、他人の親しきよりは、中惡敷骨肉の方厚かるべし、此所を心をひそめて考へ辨へば、自ら友愛弟順の道に、も叶ひて、親しきより以て疎に及ぶの致をも知るべし、人畜の別なく、同種の親しみ同根の愛は、天地自然の道なり、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0158 㺜(○) 唐韻云、膿〈奴刀反、和名無久介以沼、〉深毛犬也

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0158 廣韻作長毛犬、按爾雅釋文引字林及玉篇並云、㺜多毛犬也、孫氏蓋本之、説文、㺜犬惡毛也、郭注爾雅、㺜長也、郝懿行曰、卽今獅㺜狗也、

〔擁書漫筆〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0158 和名抄毛群類部に唐韻云㺜(ダウ)深毛犬也和、名無久介以沼(ムクゲイヌ)、空穗物語菊の宴の卷は、じゞゆうの角をれたる牛のたぐひなりや、中將うちわらひてむくいぬのあひだの耳のやうにて、字鏡集八の卷犭部に、狵(バウ)、〈ムクイヌ〉色葉字類抄无の部動物の條に、㺜(ダウ)〈ムクイヌ、多毛犬也、〉https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00892.gif (ヂヨ)、〈ムクイヌ〉狵(バウ)、〈亦作尨〉羊犬(ヤウケン)〈已上同〉新韻集牟の部、平に、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00892.gif (ヂヨ)〈ムクイヌ、犬多毛也、〉狵、〈ムクイヌ、犬多毛、〉https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00893.gif 、〈ムクイヌ〉平他字類抄動物部平聲に、犾、〈ムクイヌ〉童蒙頌韻江三に、狵(バウ)、〈ムクイヌ〉倭玉篇下卷、犬部に、㺜(ダウ)、〈ムクイヌ〉狵(バウ)、〈ムクイヌ〉倭訓栞牟の部に、椋鳥、ひえ鳥に似て群飛す、鷃の類也、むくわりは別種也、小むくといふも味よろしなど見えし、むく犬、むく鳥も、また毛羽の細弱なるによれる名、人のむく毛も、同義なるをおもふべし、

〔百品考〕

〈下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0158 厖 和名ムクイヌ
詩緝、厖犬之多毛者、 説文、多毛曰厖、長喙曰獫、短喙曰猲、 本草綱目、李時珍曰、狗類甚多、其用有三、田犬、長喙善獵、吠犬、短喙善守、食犬、體肥供饌、凡本草所用、皆食犬也、
本草ニ、田犬、吠犬、食犬ノ三種ヲ擧グ、田犬ハカリイヌ、田獵ニ用ユルモノナリ吠犬ハホエイヌ、 人家ニ畜テ夜ヲ守ラシムル者ナリ、食犬ハムクイヌ、狀チ肥テ毛長シ、西土常ニ飼テ肉ヲ食用 ニ供ス、卽厖ナリ、古説ニ厖ヲスイケント訓ズ、非ナリ、此ハ花鏡ヲ誤讀シナリ、花鏡ニ多毛曰厖 トアゲテ、其下ニスイケンノ形狀ヲ載タル故ニ誤タルナリ、スイケン、卽金絲狗ニシテ、拂(チ)菻狗(ン) ノ一種、毛長ク面ヲ掩フモノナリ、拂菻狗ハ、スイケンノ毛短キモノナハ、漢土ニモ元ナシ、西域 拂菻國ヨリ唐ノ世初テ來ル、故ニ拂菻狗ト云唐書ニ見エタリ、厖ノ字ハ、爾雅詩經ナドノ古書 ニ載ス拂菻狗ニアラザルコト明ナリ、

〔徒然草〕

〈下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0159 西大寺靜然上人、腰かゞまり、眉白く、誠にとくたけたる有さまにて、内裏へ參られたりけるを、西園寺内大臣殿、あなたうとのけしきやとて、信仰のきそくありければ、資朝卿これを見て、年のよりたるに候と申されけり、後日にむく犬の、あさましく、老さらぼひて、毛はげたるをひかせて、此氣色たうとくみえて候とて、内府へ參らせられたりけるとぞ、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0159 獨犴(○○) 唐韻云、犴〈俄寒反、又音岸、今按和名未詳、但本朝式云、葦鹿皮獨犴皮云々、犴音如簡、此名所出亦未詳、〉胡地野犬名也、 箋注倭名類聚抄七獸名延喜民部式下、載交易雜物、陸奧出羽二國並云、葦鹿皮獨犴皮數隨得、此所引卽是、〈○中略〉廣韻云、豻胡地野狗、似狐而小、或作犴、按説文、豻胡地野狗、又載犴字云、豻或从犬、孫氏蓋本之、

〔延喜式〕

〈二十三/民部〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0159 交易雜物
陸奧國〈葦鹿皮獨狎皮數隨得○中略〉 出羽國〈熊皮廿張、葦鹿皮獨犴皮數隨得、〉

瑞犬

〔延喜式〕

〈二十一/治部〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0159 祥瑞
豹犬、〈鉅口赤身、四足三目、〉露犬〈能飛食虎豹、○中略〉 右大瑞

犬渡來

〔日本書紀〕

〈二十九/天武〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0159 八年十月甲子、新羅(○○)遣阿飡金項那、沙飡薩https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00894.gif朝貢也、調物金銀鐵鼎、錦布皮、馬狗騾駱駝之類十餘種、 十四年五月辛未、高向朝臣麻呂、都努朝臣牛飼等、至新羅、乃學問僧觀常雲觀從至之、新羅王獻物、馬二疋、犬三頭、鸚鵡二隻、鵲二隻及種々寶物、
朱鳥元年四月戊子、新羅進調、從筑紫貢上、細馬一疋、騾一頭、犬二狗、〈○中略〉幷百餘種、

〔續日本紀〕

〈十一/聖武〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0159 天平四年五月庚申、金長孫○新羅使等拜朝、進〈○中略〉蜀狗(○○)一口、獵狗一口、 類聚國史百九十四殊俗天長元年四月丙申、覽越前國所進渤海國信物、幷大使貞泰等別貢物、又契丹大狗(○○○○)〈○狗、一本作猲、〉二口、㹻子二口、在前進之、 辛丑、幸神泉苑、試令渤海狗(○○○)、〈○狗一本作猲〉逐苑中鹿、中途而休焉、

〔駿府政事錄〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0159 慶長十七年二月三日、於遠江國堺川二川山御鹿狩、凡列卒五六千人、以弓鐵炮驅之、 唐犬(○○)六七十匹縱横追之、〈○中略〉猪二三十獲之、時大雨降來、故令御狩

〔明良洪範〕

〈十八〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0160 元和太平ノ後、天下ノ貴賤、漸々花美ニ趣クコロ、唐犬ヲ飼ハルヽ事流行シ、大名役ノヤウニ成ケル、駿河大納言忠長卿、何方ヘカ出行ノ時、唐犬ヲ多ク率セラレ、御先ヲ追レシニ、薩摩中納言家人、世ニ野郎組ト云ヒシ士ノ畏テ居ケルニ、當時駿河殿ノ威勢ニマカセ、天ガ下ニ肘ヲ張ケル犬率ドモ、イタヅラニ彼唐犬ヲ放シカケタリ、元ヨリ逸物ナレバ、一文字ニ飛カヽリケリ、彼野郎組立退ナガラ、刀ヲ抜テ切ハラヒケルニ、唐犬ノ鼻ヅラカケテ切割タリ、其場ヲ早々立退ケレバ、彼犬率ドモ、案ニ相違シケレバ、己ガ率爾ハ押カクシ、薩州ノ野郎組コソ御犬ヲ切タリケレト、支配ノ方へ訴ヘケリ、駿河殿ニハ大キニ怒リテ、早々使者ヲ薩州ヘツカハシ、犬アヤメタル者ヲ賜ハルべシト有シニ、薩摩守聞モアヘズ、唐犬ハ猪鹿ナド取ラスべキ爲ニコソ率セ玉フベケレ、家久ガ家人ニ犬ヲカケラレシ事其謂レナシ、嚙付タランニハ何デ捨置カルベキ、切タルハ尤ナリ、手前ノ犬率ヲ吟味モセズシテ、他ノモノヲ唐犬切タレバ出スベシトハ存ジモヨラズ、其者ハ歸リテ候ラヘドモ、犬ノ代リニハエコソ出スマジケレトノ返答也、大納言家ヨリハ、是非是非請取ミシトイヒツノル、家久意地ヲ立ルナラバ、江戸ニテハ憚リアレバ、交代ノ節追討ニセヨナドイカメシク云ヒツノルニ、島津ニテモ堪忍セズ、元ヨリ此方ノ家人、道理ナレバ何條御連枝トテ恐ルべキ、旣ニ事破レントセシニ、土井利勝ノ聞レテ、家久ヲナダメラレ、亞相家ヲモ異見シテ、扨家久ニ談ゼラレシバ、唐犬ヲ放シカケタルハ、駿河殿ノ知シメサレタル事ニハアラズ、下ノ奴原ガ仕業ナリ、然ルニ御連枝へ對シ、加樣ノ事申シツノルハ如何也、昔モ今モ下部コソワザハヒノ元ナレ、忠長卿ニ無事ヲ思ハレンニハ、家久ニモ穩便コソアルべケレ、然レドモ御連枝へ對シテ對揚ノ禮義ハイカヾナリ、放犬シカケタルハ、犬率ノ科ニシテ、其犬ニ科ナシ、然ラバ犬ヲバ追ヒ拂ヒテモ有ベキニ、刀ヨゴシニ切タルハ、島津殿ノ者ノ誤リナレバ、雙方對揚シテ見レバ、 唐犬切ラレタルハ駿河殿ノ損ナリ、然レバ右申ス如ク、御連枝へ對揚ノ禮義ハ如何ナレバ、駿河殿ノ館マデ家久參ラレテ然ルベシ、諸事ハ大炊頭ニ御任セアルベシトテ、家久モ漸得心セシカバ、則同道シテ北丸へ案内シ、式臺ニテ薩摩守是迄參リタリト、大炊頭ノ申シ置レテ事ハ濟ケリ、C 犬飼養法

〔令義解〕

〈十/雜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0161 凡畜產、觝人者、截兩角、踏人者絆之、齧人者截其兩耳、其有狂犬、所在聽殺之、

〔政事要略〕

〈七十/糺彈雜事〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0161 馬牛及雜畜事
又〈○厩庫律〉云、犬自殺傷他人畜產者、犬主償其減價、餘畜自相殺傷者、償減價之半、卽故放令傷他人畜產者、各以故殺傷論、〈○中略〉
厩庫律云、畜產及噬犬、有蹋齧人、而幖幟覊絆不法、若狂犬不殺者、笞卅、〈依雜令、畜產觝人者截兩角、蹹人者絆之、齧人者裁兩耳、此爲幖幟覊絆之法、〉以故殺傷人者、以過失論、若故放令傷人者、減鬪殺傷一等、〈其犯尊卑長幼親屬等、各依本犯、應加減爲一レ罪、其畜產殺傷人、仍作他物傷一レ人課辜廿日、辜内死者、減鬪殺一等、辜外及他故死者、自依他物人法、〉卽被療畜產、被倩者、同過失法、及无故觝之、而被殺傷者、畜主不坐、〈有人被雇療畜產、及元故觸人畜產、而被殺傷者、畜主不坐、被雇本是規財元故、謂故自犯觸此被殺傷者、畜主之不坐限、若被倩療畜產、被殺傷贖法、〉

〔毛利文書〕

〈百四十七〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0161 一犬之事、鷹幷狩山のために所持候ものは、鈴札を付、なにがしと可書付候、此外の者、無體にかい候儀、はたと停止之事、
付、すゞ札付たる犬屋内へ入候其、打殺事可用捨候、若無體に殺候はゞ、過料に可申付事、
但、飼猫、かひとりなど取候はゞ、一つがひにならべ可置事、〈○中略〉
慶長拾三五月十三日

犬病

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群體〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0161 犬吢〈○吢天文本作吣、下同、〉 唐韻云、吢〈七鴆反、以奴乃太末比、〉犬吐也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸體〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0161 病類、歐吐訓太万比、類聚名義抄作伊奴乃川多三、恐非、〈○中略〉廣韻同、下總本吣作吢、那波本同、按玉篇作吢、云亦作吣、然此引唐韻、則作吣似是、

〔和漢三才圖會〕

〈三十七/畜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0161 狗〈○中略〉 治猫犬病、以烏藥汁之、〈以下藥方、出菉竹堂簡便方、〉
猫犬生一レ癩、用桃樹葉搗爛遍擦其皮毛、隔少時去之、治狗猫生一レ虱、用白色朝腦滿身擦之、以桶或箱蓋之、少時放出其虱倶落、生癬疥者、好茶濃煎、過夜冷洗之、
凡狗舌出而尾唾者、卽風狗也、人被之咬、用木鱉子七個、檳榔二錢、水二鍾、煎七分服、〈秘笈云、碎杏仁傷處卽愈、〉所謂風狗、卽猘犬也、保嬰全書云、凡猘犬之狀必吐舌流涎、尾垂眼赤、誠易辨、如所咬則毒甚、

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈三十三/畜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0162 狗寶 イヌノタマ
狗ノ腹中ニアル石ナリ、牛馬ノ鮓答ト同ジ、亦狗ノ病也、故ニ狗寶生癩狗腹中ト云、凡狗瘦セ毛落皮ノミニナリシ腹中ニアリ、故ニ留靑日札ニ、凡狗有寶則羸瘦、毛落不勝、其熱入水自濡、其塊如栗、同胞破之可千葉、入藥治毒瘡ト云、五雜爼ニ、又有一種狗、不飮不食、常望月而嘷者非瘈也、乃肚中有狗寶也、寶如石、大者如鵞卵、小如雞子、專治噎食之疾ト云フ、形ハ馬ノ鮓答ヨリ小ク、馬錢(マチン)ノ形ニシテ白色微靑、或ハ灰色微黑、圓ナルモ扁ナルモアリ、碎ケバ内ハ皮ノミ多ク重リ、鮓答ニ異ナラズ、本經逢原ニ、擊碎其理如蟲、白蠟者眞ト云ハ、ソノ層疊ノ狀ヲ云ヘルナリ、

犬害

〔古老口實傳〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0162 一犬具參事禁之〈○中略〉
一飼犬事、不淨基、鬪諍種也、更无其要者哉、

〔古今著聞集〕

ヌ十六/興言利口

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0162 一條二位入道〈能保〉のもとに、下太友正と云隨身おさなくよりみや仕へけり、禪門天下執權の後、諸大夫侍おほく初參したりけるに、此友正我ひとりこそ、年頃の者にては侍れとて、一座をせめけるを、傍輩ども惡む事限りなし、去程に其近邊に事なのめならず、人くふ犬有けり、侍其寄會たりけるが、其犬とりてんやと、何となく云出したりけるに、友正やすく取てんといひけるを、傍輩其よきつゐでにくはせんと思て、皆一方に成てあらがひてけり、友正云やう、 したゝめおほせたらば、殿原皆引出物を一づゝ友正にたびてはかりなき事をすべし、若取得ぬ物ならば、友正其ぢやうにきらめくべしと云堅めてけり、かくて友正葛袴にそば取りて、件の犬の前を過けるに、案の如く、犬走りかゝりて、大口あきてくいつかんとするを、友正拳を握りて、犬の口へ突入てければ、犬敢てくはず、今片手にて、かうづるを取りて、死ぬばかり打てけり、其後此犬人くふ事なく成にけり、あらがひつる侍共、目もあやに覺えて、ゆゝしき事して引出物取らせけり、すべてあらがひおこの事也、

〔良將達德抄〕

〈十〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0163 南龍院殿御足〈江〉猛犬喰付之時直に喉中に踏入給ふ事
宰領の歩行の者、小姓衆に向ひ、此犬ことの外人に荒く候と申を、御構なく、椽鼻にて、此犬はりやうぎゝにて可有、能貌がまへ也と、御足にて犬の貌を御なで候得ば、其犬大きにほえて、御足に喰付を、御足を直に犬ののどへ踏入させ給ふ、犬はのどへ足をつきこまれ、散々吠て尾をすぼめ逃のく、是より賴宣卿を、彼犬見奉りては恐れて、いつも尾をしきたる也、此時御足御引候はゞ、かみ切可申を、直に犬ののどへ踏込給ふ、其早業剛强たとえん方なし、

〔事實文編附錄〕

〈十一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0163若狹義婢事 天爵
義婢名綱、若狹小松原人、父角右衞門、家貧賤、以魚爲業、綱年十五、仕于邦人松見氏、松見之兒未懷、則綱常懷焉、一日綱負其見而出、遇瘈狗走、綱曰、吾聞、傷於瘈狗者死、乃伏兒於地、以己身之、則狗來齧綱傷數創、流血濺葛、然恐兒壓死、四肢據地以得腹下之兒、松見聞其事、卽走救之、則綱唯言、賢子無恙、而後死、實明和六年己丑七月三日也、事聞邦君、乃賜錢于其父、以葬于邑之西德寺、爲立石以旌其義云、
○按ズルニ、瘈狗ハ狂犬ナリ、近世畸人傳ニ此事ヲ載セテ以テ狼ト爲スハ、恐ラクハ誤ナラン、

〔燕石雜志〕

〈五上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0163 俗呪方 解犬毒、犬に囓傷られたるとき、はやく冷水を汲て、傷られたる處を浸し、ふたゝび糞汁に漬て、そのまゝ痍(キズ)の上に灸して、急に蝦蟇湯〈蝦蟇一枚去首尾〉を用ふべし、もし活ながら蝦蟇を捕、その股の肉を食へば、その效いよ〳〵速也、大約猘犬のみならず、禽獸怒るときは必毒あり、猫鼠鷄の類みなしか也、手して鼠を捕ふべからず、牡鷄の鬪ふとき、手をもてこれをわくべからず、倘傷らるゝことあれば、その毒猘犬と異ならず、但犬毒を酷しとす、囓れたるとき、痍淺く痛深からずとも、療治等閑なれば、その毒期月に至て再發し、終に命を隕すものあり、或は狂亂して狗鳴をなすものあり、これその毒煽なるによつて也、怪むに足らず、縱仙丹神藥を用るとも、赤小豆を忌むこと三年つつしまざれば、毒の發すること初に倍して救ひがたし、恐るべし、主ある犬も生人を見れば、その人を囓傷るあり、これらは速に打殺してその害を除くべし、婦人の情をもてこれを憐むべからず、この犬罪あり、畜生を愛して人を害することあらば、主人の德を傷ふなり、東海道岡部驛より十八九町ばかりなる田舍に、犬除の符を出す家あちといふ、その名を忘る、尋ぬべし、

犬狩

〔禁秘御抄〕

〈下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0164 一犬狩
藏人承仰下知、所衆瀧口參、瀧口帶弓箭所々犬、所衆入緣下狩出、而此役太見苦、仍近代好遲參、定蒙召籠、仍衞士幷取夫入緣下、匡房記曰、堀川院御時、犬狩、被諸陣、而先例當御物忌時、犬狩尤有便云々、予俊忠又藏人一兩人持弓、先例犬狩時、仰左右近陣吉上等之云々、殿上將佐已下可弓也、

〔侍中群要〕

〈十〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0164 犬狩事
〈家〉無佛神事之時、幷休日御物忌等之間、隨仰召仰左右近陣官之、瀧口等相從之、藏人等追御所犬、 所狩獲倂召左右衞門官人流之、遲參之間、右兵衞陣外頭陣官令之、隨來給之、

犬事蹟

〔播磨風土記〕

〈飾磨郡〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0164 伊和里(イワベノ)〈○中略〉昔大汝命之子、火明命心行甚强、是以父神患之欲遁棄之、乃到因達 神山、遣其子水、未還以前、卽發船遁去、於是火明命汲水還來、見船發去、卽大瞋怨、仍起風波迫其船、於是父神之船不進行、遂被打破、所以其號波立、〈○中略〉犬落所者、卽號犬丘

〔日本書紀〕

〈六/垂仁〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0165 八十七年二月、昔丹波國桑田村有人、名曰甕襲(ミカソ)、則甕襲家有犬名曰足往(アユキ/○○)、是犬咋山獸名牟士那而殺之、則獸腹有八尺瓊勾玉、因以獻之、是玉今在石上神宮

〔日本書紀〕

〈七/景行〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0165 四十年十月癸丑、日本武尊發路之、〈○中略〉日本武尊進入信濃、是國也、山高谷幽、翠嶺万重、人倚杖而難升、巖嶮磴紆、長峯數千、馬頓轡而不進、然日本武尊披烟凌霧遙徑大山、旣逮于峯而飢之、食於山中、山神令王、以化白鹿於王前、王異之、以一箇蒜白鹿、則中眼而殺之、爰王忽失道不出、時白狗自來有王之狀、隨狗而行之、得美濃、〈○下略〉

〔播磨風土記〕

〈託賀郡〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0165 伊夜丘者、品太天皇〈○應神〉獦犬〈名麻奈志漏〉與猪走上此岡、 天皇見之云射乎、故曰伊夜丘、此犬與猪相鬪死、卽作墓葬、故此岡西有犬墓

〔古事記〕

〈下/雄略〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0165日下之直越道、幸行河内、爾登山上、望國内者、有堅魚舍屋之家、天皇令其家云、其上堅魚舍者誰家、答白、志幾之大縣主家、爾天皇詔者、奴乎、己家似天皇之御舍而造、卽遣人令其家之時、其大縣主懼畏稽首白、奴有者、隨奴不覺而過作、甚畏、故獻能美之御幣物、〈能美二字以音〉布縶白犬鈴、而已族名謂腰佩、人令犬繩以獻上、

〔日本書紀〕

〈十四/雄略〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0165 十三年八月、播磨國御井隈人、文石小麻呂(アヤシノヲマロ)有力强心、肆行暴虐、〈○中略〉於是天皇遣春日小野臣大樹、領敢死士一百、並持火炬宅而燒、時自火炎中白狗暴出、逐大樹臣、其大如馬、大樹臣神色不變、拔刀斬之、卽化爲文石小麻呂

〔日本靈異記〕

〈上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0165 狐爲妻令子緣第二
昔欽明天皇〈是磯城島金https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00895.gif 宮食國天皇、天國押開廣庭命也、〉御世、三野國大野郡人、應妻覔好孃、乘路而行、時曠野中遇於姝女、其女媚牡馴睇之、牡睇之言、何行稚孃之、答言、將能緣而行女也、牡心語言、成妻耶、女答曰、聽、卽 將於家交通相住、比頃懷任生一男子、時其家犬、十二月十五日生子、彼犬之子、毎向家室而期刻、睚眥嘷吠、家室脅惶、吿家長言、此犬打殺、雖然患吿而猶不殺、於二月三月之頃年米舂時、其家室於稻舂女等、將間食於碓屋、卽彼犬子將家室、而追犬卽驚誴、恐成野干、登籬上而居、〈○下略〉

〔日本書紀〕

〈三十/持統〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0166 朱鳥元年〈○天武〉是歲虵犬相交、俄而倶死、

〔日本後紀〕

〈十七/平城〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0166 大同四年正月壬辰、有犬登太極殿西樓上吠、烏數百群翔其上

〔日本紀略〕

〈淳和〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0166 天長七年八月庚午、犬登栖鳳樓而吠、

〔古事談〕

〈一/王道后宮〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0166 延喜野行幸之時、被腰輿之御劒ノ石付落失云々、希有事也、古物ヲトテ、大ニ令驚給テ、タカキ岡上ニテ御覽ジケレバ、御犬ノ件石付ヲクハヘテマイリタリケレバ、殊ニ興ジテ令悦給ケリ、〈○下略〉

〔大鏡〕

〈八〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0166 六條式部卿の宮と申しは、延喜帝一腹御兄弟におはします、野の行幸せさせ給ひしに、此宮供奉せしめ給ふべかりけれど京の程遲參せさせ給ひて、かつらの里にぞまいりあはせ給へりしかば、御こしとゞめて、さきだて奉らせ給ひしに、なにがしといひし犬かひの、犬のまへ足をふたつながら肩に引こして、ふかき河の瀨わたりしこそ、行幸につかうまつり給へる人々さながら興じ給はぬなく、御門も興ありげにおぼしたる御けしきにこそ、みえおはしましゝか、

〔今昔物語〕

〈二十八〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0166 中納言紀長谷雄家顯狗語第廿九
今昔、中納言紀ノ長谷雄ト云フ博士有ケリ、才賢ク悟廣クシテ、世ニ並ビ無ク止事无キ者ニテハ有ケレドモ、陰陽ノ方ヲナム何ニモ不知ザリケリ、而ル間狗ノ常ニ出來テ築垣ヲ越ツヽ尿ヲシケレバ、此レヲ怪ト思テ、ノト云フ陰陽師ニ、此ノ事ノ吉凶ヲ問タリケレバ、某ノ月ノ某ノ日、家ノ内ニ鬼現ズル事有ラムトス、但シ人ヲ犯シ崇ヲ可成キ者ニハ非ズト占タリケレバ、其ノ日物忌ヲ可爲キナリト云テ止ヌ、而ル間其ノ物忌ノ日ニ成テ、其ノ事忘レテ物忌ヲモ不爲ザ リケリ、然テ學生共ヲ集メテ作文シテ居タリケルニ、文頌スル盛ニ傍ニ物共取置タリケル塗籠ノ有ケル内ノ方ニ、極テ怖シ氣ナル者ノ音ニテ吠ケレバ、居並タル學生共此ノ音ヲ聞テ、此レハ何ノ音ゾリト云ツヽ恐ヂ迷ケル程ニ、其ノ塗籠ノ戸ヲ少シ引開タリケルヨリ、動出ル者有ルヲ見レバ、長二尺許リ有ル者ノ、身ハ白クテ頭ハ黑シ、角ノ一ツ生テ黑シ、足四ツ有テ白シ、此レヲ見テ皆人恐迷フ事无限シ、而ルニ其ノ中ニ一人ノ人、思量有リ心强カリケル者ニテ、立走ルマヽニ此ノ鬼ノ頭ノ方ヲハタト蹴タリケレバ、頭ノ方ノ黑キ物ヲ蹴拔キツ、其ノ時ニ見レバ、白キ狗ノ行ト哭テ立テリ、早ウ狗ノ楾ヲ頭ニ指入タリケルヲ、楾ヲ蹴拔タルマヽニ見レバ、狗ノ夜ル塗籠ニ入ニケルガ、楾ニ頭ヲ指入テケルヲ否不引出テ鳴ク音ノ怪シキ也ケリ、其レガ走リ出タルヲ、物恐ヲ不爲ズ量リ有ケル者ノ、狗ノ然カ有ケル也ケリト見テ、蹴顯シタル也ケリ、此ク見テ後ニナム人共肝落居心直リケル、其ノ後ハ集テ咲ケリ、然レバ實ノ鬼ニ非ネドモ、現ニ人ノ目ニ鬼ト見ユレバ鬼トハ占ケル也、其レニ人ヲ犯シ祟ヲ可成キ者ニハ非ズト占ヒタル、實ニ微妙キ事也ト云テゾ、人々皆占ヲ讃メ喤リケル、但シ中納言ノ然許才有ル博士ニテハ、物忌ノ日ヲ忘ル、最ト云フ甲斐无ウ弊キ事也トゾ聞ク人謗ケル、其ノ比ハ此ノ事ヲナム、世ニ云ヒ繚ヒ咲ケルトナム語リ傳ヘタルトヤ、

〔日本紀略〕

〈五/冷泉〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0167 安和元年四月一日癸丑、今日犬登殿上、囓御殿御座、咋拔時杭逃去、又攬掘御前炬屋前地

〔江談抄〕

〈二/雜事〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0167 上東門院御帳内犬出來事
上東門院爲一條院女御之時、帳中ニ犬子不慮之外ニ入〈天〉有〈遠〉見付給、大ニ奇恐、被入道殿、〈道長〉入道殿召匡衡テ密々令此事給ニ、匡衡申云、極御慶賀也ト申ニ、入道殿何故哉ト被仰ニ、匡衡申云、皇子可出來之徵也、犬ノ字ハ是點ヲ大ノ字ノ下ニ付バ太ノ字也、上ニ付レバ天ノ字也、以 之謂之、皇子可出來給、サテ立太子、次ニ至天子給歟、入道大令感悦給之間、有御懷妊、令後朱雀院天皇也、此事秘事也、退席之後匡衡私令件字天令家云々、

〔枕草子N 一〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0168 うへにさふらふ御ねこは、かうぶり給はりて、命婦のおもとゝて、いとおかしければ、かしづかせ給ふが、はしに出たるを、めのとのむまの命婦あなまさなやいり給へとよぶに、きかで日のさしあたりたるに、うちねぶりてゐたるを、おどすとて、おきなまろ(○○○○○)〈○犬名〉いづら、命婦のおもとくへといふに、まことかとて、しれものはしりかゝりたれば、をびえまどひて、みすのうちにいりぬ、あさがれいのまにうへ〈○一條〉はおはします、御らんじて、いみじうをどうかせ給ふ、ねこは御ふところにいれさせ給ひて、おのこどもめせば、藏人たゞたかまいりたるに、此おきなまろうちてうじて、いぬ島につかはせ、たゞいまとおほせらるれば、あつまりてかりさはぐ、むまの命婦もさいなみて、めのとかへてん、いとうしろべたしとおほせらるれば、かしこまりて御前にも出ず、いぬばかり出て、たきぐちなどしてをひつかはしつ、あはれいみじくゆるぎありきつるものを、三月三日に、頭辨、柳のかづらをせさせ、もゝの花かざしにさゝせ、さくらこしにさゝせなどしてありかせ給ひしおり、かゝるめ見んとは、おもひかけんやとあわれがる、おものゝおりはかならずむかひさぶらふに、さう〴〵しくこそあれなどいひて、三四日になりぬ、ひるつかた、犬のいみじくなくこゑのすれば、なにぞの犬のかくひさしくなくにかあらんときくに、ようづの犬どもはしりさはぎとぶらひにゆき、みかはやうどなるものはしりきてあないみじ、犬を藏人二人してうち給ひ、しぬべし、ながさせ給ひけるが、かへりまいりたるとててうじ給ふといふ、心うのことや、おきなまろなり、たゞたかさねふさなんうつといへば、せいしにやるほどに、からうじてなきやみぬ、しにければ、門のほかにひきすてつといへば、あはれがりなどする、夕つかた、いみじげにはれ、あさましげなる犬のわびしげなるが、わなゝきありけば、あはれまろか、かゝるいぬやは、 このごろは見ゆるなどいふに、おきなまうとよべどみゝにも聞いれず、それぞといひ、あらずといひ、くち〴〵申せば、右近ぞ見しりたるよべとて、しもなるを、まづとみのことゝてめせばまいりたり、これはおきなまろかと見せさせ給ふに、似て侍れども、これはゆゝしげにこそ侍るめれ、又おきなまうとよべば、よろこびてまうでくるものを、よべどよりこず、あらぬなめり、それはうちころしてすて侍りぬとこそ申つれ、さる物共の二人してうたんには、生なんやと申せば、心うがらせ給ふ、くらうなりて物くはせたれどくはねば、あらぬものにいひなしてやみぬる、つとめて御けづりぐしにまいり御てうづまいりて、御かゞみ持せて御らんずれば、さふらふに、犬のはしらのもとについゐたるを、あはれきのふおきなまろをいみじう打しかな、しにけんこそかなしけれ、何の身にか此たびはなりぬらん、いかにわびしきこゝちしけんと、うちいふほどに此ねたるいのふるひわなゝきて、なみだをたゞおとしにおとす、いとあさまし、さてこれおきな丸にこそありけれ、よべばかくれしのびてあるなりけりと、あはれにて、おかしきことかぎりなし御かゞみをもうちをきて、さはおきなまうといふに、ひれふしていみじくなく、御前にもうちわらはせ給ふ、人々まいりあつまりて、右近内侍めしてかくなどおほせらるれば、わらひのゝしるを、うへにもきこしめしてわたらせおはしまして、あさましう犬などもかゝるこゝろある物なりけりと、わらはせ給ふ、うへの女房たちなどもきゝにまいりあつまりて、よぶにもいまぞたちうごく、なをかほなどはれためり、ものてうせさせばやといへば、つゐにいひあらはしつるなどわらはせ給ふに、たゞたかきゝて、大ばん所のかたより、まことにや侍らん、かれ見侍らんといひたれば、あなゆゝし、さるものなしといはすれば、さりともつゐにみつくるおりも侍らん、さのみもえかくさせ給はじといふ也、さてのちかしこまりかうじゆるされて、もとのやうになりにき、なをあはれかくれて、ふるひなき出たりしほどこそ、よにしらずおかしくあはれなりしか、人々に もいはれてなきなどす、

〔宇治拾遺物語〕

〈十四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0170 今は昔、御堂關白殿〈○道長〉法成寺を建立し給て後は、日毎に御堂へ參らせ給けるに、白き犬を愛してなん飼せ給ければ、いつも御身をはなれず、御ともしけり、或日例の如く御ともしけるが、門をいらんとし給へば、此犬御さきにふたがるやうに吠まはりて、内へ入れ奉らじとしければ何條とて、車よりおりて、いらんとし給へば、御衣のすそをくひて、引とゞめ申さんとしければ、いかさまやうある事ならんとて、榻をめしよせて御尻をかけて、晴明にきと參れと、めしにつかはしたりければ、晴明則參りたり、かゝる事のあるはいかゞとたづね給ければ、晴明しばしうらなひて申けるは、これは君を呪咀し奉りて候物を道にうづみて候、御越あらましかばあしく候ベき、犬は通力の物にてつげ申て候なりと申せば、さてそれは、いづくにかうづみたる、あらはせとのたまヘば、やすく候と申て、しばしうらなひて、此にて候と申所をほらせてみたまふに、土五尺ばかり堀たりければ、案の如く物ありけり、〈○中略〉犬はいよ〳〵不便にせさせ給ひけるとなん、

〔今昔物語〕

〈十九〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0170 達智門弃子狗密來令乳語第四十四
今昔、嵯峨ノ邊ナドニ行ケル人ニヤ有ケム、朝ニ達智門ヲ過ケルニ、此ク門ノ下ニ生レテ十餘日許ニ成タル男子ノ糸淸氣ナルヲ弃テ置タリ、見ルニ无下ノ下衆ナドニハ非ヌナメリト見エ、筵ノ上ニ臥タルヲ見レバ、未ダ生テ泣ケレバ、糸惜シト思ケレドモ、急グ事有テ此ク見置テ過ニケリ、明ル朝ニ返ケルニ、其ノ子未ダ生キテ同ジ樣ニテ有リ、此レヲ見ルニ奇異ク思フ、昨日狗ニ被食ニケルト思フニ、今夜ヒモ若干ノ狗ニ不食ザリケルト思テ守リ立レバ、昨日ヨリハテ不泣デ筵ノ上ニ臥タリ、此ヲ見テ家ニ返ニケル、猶此事ヲ思フニ糸難有キ事也、未ダ生タラムヤト思ヒ、次朝ニ行テ見レバ猶生キテ同樣ニテ有リ、其時ニ男極テ不心得ズ、此ハ樣有ル事ナラムト 思テ返ヌ、猶此ノ事ヲ不審ク思ケレバ、夜ニ入テ竊ニ達智門ニ行テ、築垣ノ崩ニ隱レテ見ルニ、ノ程狗多ク有レドモ、兒ノ臥タル當ニモ不寄ズ、然レバコソ此ハ樣有ル事也ケリト奇異ク見ル程ニ、夜打深テ何方ヨリ來ルトモ无クテ、器量ク大キナル白キ狗出來ヌ、他ノ狗共皆此レヲ見テ逃去ヌ、此ノ狗此ノ兒ノ臥タル所へ只寄ニ寄ルニ、早ウ此ノ狗ノ今夜此ノ兒ヲバ食テムト爲ル也ケリト見ルニ、狗寄テ兒ノ傍ニ副ヒ臥ヌ、吉ク見レバ狗、兒ニ乳ヲ吸スル也ケリ、兒人ノ乳ヲ飮ム樣ニ糸吉ク飮ム、男此レヲ見テ、早ウ此兒ハ此ノ夜來狗ノ乳ヲ飮ケレバ、生テ有ケル也ト心得テ、密ニ其ノ邊ヲ去テ家ニ返ヌ、次ノ夜亦今夜モヤ夜前ノ樣ニ爲ルト思テ亦行テ見ルニ、前夜ノ如ク狗來テ乳ヲ飮セケリ、亦次ノ夜モ猶不審カリケレバ行テ見ルニ、其ノ夜ハ兒モ不見エ、亦狗モ不來ザリケレバ、夜前人氣色ナドヲ見テ外ヘ將行ニケルニヤト思ヒ疑タ返ニケリ、其ノ後其ノ有サマヲ不知テ止ニケリ、此レ實ニ奇異ノ事也カシ、此レヲ思フニ、此ノ狗糸只者ニハ非ジ、諸ノ狗此レヲ見テ逃去ケムハ可然キ鬼神ナドニヤ有ケム、然レバ定メテ其ノ兒ヲバ平ガニ養ヒ立テケム、亦佛https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/00000001b235.gif ノ變化シテ兒ヲ利益セムガ爲ニ來リ給ヒタリケルニヤ、狗ハ然カ慈悲可有キニモ非ズ、然レドモ亦前生ノ契ナドノ有ケルニヤ、樣々ニ此ノ事ヲ思フニ難心得シ、此ノ事ハ彼ノ見ケル男ノ語ケルヲ聞キ繼テ此ク語リ傳へタルトヤ、 今昔物語二十六東小女與狗咋合互死語第二十今昔國囗ノ郡ニ住ケル人有ケリ、其家ニ年十二三歲許有女ノ童ヲ仕ヒケリ、亦其隣ニ住ケル人ノ許ニ白キ狗ヲ飼ケルガ、何ナルコトニカ有ケン、此女ノ童ダニ見ユレバ、此狗咋懸リテ敵ニシケリ、然レバ亦女ノ童モ此狗ダニ見ユレバ打ントノミシケレバ、此ヲ見人モ極シク怪ビ思ケル程ニ、女ノ童身ニ病ヲ受テケリ、世ノ中心地ニテ有ケルニヤ、日來ヲ經ルマヽニ病重カリケレバ、主此女ノ童ヲ外ニ出サント爲ニ、女ノ童ノ云ク、己ヲ人離タル所ニ被出ナバ、必ズ此狗ノ 爲ニ被咋殺ナントスル、病无クシテ、人ノ見時ソラ、己ダニ見ユレバ只咋懸ル、何況ヤ人モ无キ所ニ己重病ヲ受テ臥タラバ、必ズ被咋殺ナン、然レバ此狗ノ知マジカラン所ニ出シ給へト云ケレバ、主現ニ然ル事也ト思テ、遠キ所ニ物ナド皆拈テ密ニ出シツ、毎日ニ一二度ハ必ズ人ヲ遣テ見セント云誘へテ出シツ、而ルニ其亦ノ日ハ此狗有リ、然レバ此狗知ラヌナメリト心安ク思テ有ニ、次ノ日此狗失ヌ、此ヲ怪ビ思テ此女童出シタル所ヲ見セニ人ヲ遣タリケレバ、人行テ見ニ狗女ノ童ノ所ニ行テ、女ノ童ニ咋付ニケリ、然レバ女ノ童狗ト互ニ齒ヲ咋違ナム死テ有ケル、使返テ此由ヲ云ケレバ、女ノ童ノ主モ、狗ノ主モ、共ニ女ノ所ニ行テ、此ヲ見テ驚キ怪ビ哀ガリケリ、此ヲ思フニ此世ノミノ敵ニハ非ケルニカトゾ、人皆怪ビケルトナム語リ傳へタルトヤ、

〔今昔物語〕

〈三十一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0172 北山狗人爲妻語第十五
今昔、京ニ有ケル若キ男ノ、遊ガ爲ニ北山ノ邊ニ行タリケルガ日ハ只暮ニ暮ニケルニ、何クトモ不思エズ野山ノ中ニ迷テ道モ不思エザリケレバ、可返キ樣モ無カリケルニ、今夜可宿キ所モ無クテ思ヒ繚テ有ケル程ニ、谷ノ迫ニ小キ菴ノ髴ニ見エケレバ、男此ニ人ノ住ニコソ有ケレト喜テ、其ヘ搔行テ見ケレバ、小キ柴ノ菴有リ、此ク來レル氣色ヲ聞テ、菴ノ内ヨリ若キ女ノ年廿餘許ニテ糸淨氣ナル出來タリ、男此ヲ見テ彌ヨ喜ト思ケルニ、女男ヲ打見テ、奇異氣ニ思テ、此ハ何ナル人ノ御タルゾト云へバ、男山ニ遊ビ行キ侍ツルニ、道ヲ踏違へテ否返リ不侍ヌ程ニ、日ノ暮ニタレバ、可行宿キ所モ無カリツルニ、此ヲ見付テ喜ビ乍ラ急ギ參タルニナムト云ヘバ、女此ニハノ人ノ不來ズ、此ノ菴ノ主ハ只今來ナムトス、其レニ其ノ菴ニ御セムズルヲバ、定メテ己レガ知タル人トコソ疑ハムズラメ、其レヲバ、何カヾシ給ハムト爲ルト云へバ、男只何カニモ吉カラム樣ニコソハ、但シ可返キ樣ノ无ケレバ、今夜許ハ此テコソ侍ラメト云ヘバ、女然ラバ此テ御セ、我ガ兄ノ年來相ヒ不見ザリツルヲ戀ツル程ニ、思ヒモ不懸ズ、山ニ遊ビニ行キタリケル道ヲ踏 違テ、此ニ來レル也ト云ハムズル也、其ノ由ヲ心得テ御セ、然テ京ニ出タマヒタラムニ、努々此ル所ニ然ル者ナム有ツルトナ不宣ソト云へバ、男喜テ糸喜ク侍リ、然心得テコソハ侍ラメ、亦此ク宣フ事ナレバ、何デカ人ニハ申サムト云へバ、女男ヲ呼入レテ、一間ナル所ニ筵ヲ敷テ取セタレバ、男其レニ居タルニ、女寄來テ忍テ云ク、實ニハ己ハ京ニ其々ニ侍シ人ノ娘也、其レガ思ヒ不懸ズシテ奇異キ物ニ被取レテ、其レニ被領テ年來此テ侍ル也、今此ノ具シタル物ハ只今來ナムトス、見給テム、但シ乏シキ事ハ不侍ヌ也ト云テサメ〴〵ト泣ケバ、男此ヲ聞テ何ナル物ナラム、鬼ニヤ有ラムナド怖シク思ヒ居タル程ニ、夜ニ入テ外ニ極ク怖シ気ニムメク物ノ音有リ、男此ヲ聞クニ、肝身マリテ怖シト思ヒ居タル程ニ女出來テ戸ヲ開テ入來ル物ヲ男見バ、器量ク大キナル白キ狗也ケリ、男早ウ狗也ケリ、此ノ女ハ此ノ狗ノ妻也ケリト思フ程ニ、狗入來テ男ヲ打見テムメキテ立レバ、女出來テ年來戀シト思ツル兄ノ、山ニ迷タリケル程ニ、思ヒ不懸ズ此ニ坐シタレバ、奇異ク喜キ事ト云テ泣ケバ、其ノ時ニ狗此ヲ聞知リ顏ニテ入テ竈ノ前ニ臥セリ、〈○此間恐有脱字〉苧ト云フ物ヲ績テ狗ノ傍ニ居タリ、食物糸淨氣ニシテ食スレバ、男吉ク食テ寢ヌ、狗モ内ニ入テ女ト臥スナリ、然テ夜明ヌレバ、女男ノ許ニ食物持來テ、男ニ密ニ云ク、尚々穴賢此ニ此ル所有ト人ニ語リ不給ナ、亦時々ハ御セ、此ク兄ト申シタレバ此レモ然知テ侍ル也、自然ラ要事有ラム事ナドハ叶へ申サムト云へバ、男敢へテ人ニ申シ不侍ズ、今亦參リ來ムナド懃ニ云テ、物食畢ツレバ、京ヘ返ヌ、返ケルマヽニ男昨日然々ノ所ニ行タリシニ、此ル事コソ有シカト、會フ人毎ニ語ケレバ、此ヲ聞ク人興ジテ亦人ニ語リケル程ニ、普ク人皆聞テケリ、其ノ中ニ年若ク勇タル冠者原ノ落所モ不知ヌ集テ、去來北山ニ〈○此間恐有脱字〉妻ニシテ菴ニ居ルナル、行テ其ノ狗射殺シテ妻ヲバ取テ來ムト云テ、各出立テ此ノ行タル男ヲ前ニ立テヽ行ニケリ、一二百人有ケル者共、手毎ニ弓箭兵仗ヲ持テ行ケルニ、男ノ敎へケルニ隨テ、旣ニ其ノ所ニ行著テ見レバ、實ニ谷迫ニ小キ 菴有リ、彼ゾ彼ゾト各音ヲ高クシツヽ云ケルヲ、狗聞テ驚キ出テ打見テ、此ノ來タリシ男ノ顏ヲ見ルマヽニ、菴ニ返入テ、暫許有テ狗女ヲ前ニ突立テ菴ヨリ出テ山ノ奧樣ニ行キケルヲ、立衞〈○衞恐誤字〉ムテ多ノ人射ケレドモ更ニ不當ズシテ、狗モ女モ行ケレバ、追ケレドモ鳥ノ飛ブガ如ニシテ山ニ入ニケリ、然レバ此ノ者共モ、此ハ只者ニモ非ヌモノ也ケリト云テ皆返ケリ、此ノ前ニ行タリケル男ハ、返ケルマヽニ心地惡ト云テ臥ニケルガ、二三日有テ死ニケリ、然レバ物思エケル者ノ云ケルハ、彼ノ狗ハ神ナドニテ有ケルナメリトゾ云ケル、糸益无キ事云タル男也カシ、然バ信无カラム者ハ、心カラ命ヲ亡ボス也ケリ、其ノ後其ノ狗ノ有所知タル人无シ、近江ノ國ニ有ケリトゾ人云傳ヘタル、神ナドニテ有ケルニヤトナム語リ傳ヘタルトヤ、

〔古今著聞集〕

〈二十/魚虫禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0174 後白河院の御時、兵衞尉康忠と云もの候けり、三條烏丸殿の兵亂の夜うせにし者なり、仁安の頃、黑まだらなるをとこ犬の異體なる院中に見えけり、ある者の夢に、康忠院中に祗候のこゝろざし深くて、此犬になりたる由見たりける、あはれなる事なり、

〔玉海〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0174 承安二年五月廿九日丁酉、早旦問穢事於候院之人々、各答云、昨日寅刻許、御寵犬〈大斑云々〉夭死云云者、彼兩人等定觸穢歟、

〔百練抄〕

〈十/後鳥羽〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0174 建久元年八月廿日壬寅、感神院拜殿内、有犬行道事、遣御藏小舍人實撿云々、

〔百練抄〕

〈十四/四條〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0174 嘉禎元年六月廿九日庚寅、晝御座上遺犬矢事、於藏人所御卜

〔古今著聞集〕

〈二十/魚虫禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0174 越中國高崎郡に、左兵衞尉平行政と云者のまだらなる犬をかひけるが、月の十五日には必斷食をなんしける、魚鳥のたぐひに限らず、すべて物をくはざりける、これもあみだ佛の悲願を報じ奉る故にや、ふしぎに有難き事也、

〔新著聞集〕

〈四/勇烈〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0174 犬虎ともに噬
秀吉公、大坂の城に虎をかわせたまふ、其餌に、近國の村里より犬をめされしに、津の國丹生の山 田より白黑斑の犬、つら長く眼大に脚の太り逞しきをぞ曳來りける、實も尋常の形には異なりたり、件の犬虎の籠に入と齊く隅をかたどり、毛をさかしまにたてゝ虎を睨む、虎日來は犬をみて尾をふり踊上てよろこびいさみけるが、この犬をみて日月のごとくかゞやく眼に尾をたて、さうなく噬かゝらんともせず、嗔りをのゝく氣色おそろしなどいふばかりなし、すはや珍しき事のあるは、あれ見よとて走りあつまり、息をつめて見る處に、虎はさすがに猛き物にて飛かゝる處を、犬は飛ちがへて虎の咽に咀つきしを、左右の爪にてずだ〳〵に引さきしかど、犬はなを咀つきし處をはなたずして共に死けり、此事御所にきこしめされて、其犬の出所をたづねさせたまふに、丹生山田に夫婦の獵者あり、朝毎に能物くわせてはやく歸れよといへば、尾をふりて疾山に行く、主は犬の歸るべき時をはかりて、鐵炮を提げゆくに、近きあたりまで猪鹿を逐まはして、主にわたして打せける、しかるを庄屋よりしきりに所望せしかど、この犬はわれ〳〵をやしなひければ、いかに申さるゝとてつかはす事なりがたきとてやらざりしを、ふかくねたみけるにや、此たびの犬駈に、此犬の代りを出さんとしきりに願ひしかど、此儀なりがたしとて、かの犬をわたしけるほどに、夫婦犬にむかひ涙を流し、汝いかなる宿緣によりてか、今までの夫婦をやしなひつらん、今度庄屋が所爲にて、非理に虎の餌になす事口惜くおもへども力におよばず、我々を恨みそ、敵を取て死すべしとかき口説しかば、能言をや聞しりつらん、しほ〳〵として出行しと、一々上聞に達しければ、御所にも哀れがらせたまひ、庄屋が心根ふとゞきなりとて、刑罰に仰付られ、犬の跡弔へとて、庄屋が財寶のこりなく夫婦の者に賜ひけるとなり、

〔蒹葭堂雜錄〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0175 寬永の初の頃、尾州熱田白鳥の住持慶呑和尚、濱松普濟寺の住職に當り入院せられ、一兩日過て町の徒、薄黑色の犬を一疋連來て、寺に飼給へと勸む、和尚見て毛色いと珍しき犬なりとて、留置て飼給ひしが、年限すみて退院せらるゝ時、彼犬も又用なしとて、本つれ來りし男 の方へ歸されしが、其夜和尚の夢に、彼犬來りて我は足下の親なり、連て行飼べしといふ、和尚夢さめて翌朝僧衆に向ひ、扨々犬と言ども油斷のならぬ者かな、我親なる程に連て行よと吿るなりと笑ひて語られけるが、又次の夜の夢に同じく犬來つて、我實に其方の親なり、若連て行めされずば御身の命を取べしといふ時に、和尚夢さめて大に驚き、今は疑ひを晴し彼犬を呼かえし連て熱田へかへられしが、白鳥にては此犬地を踏ず、座敷にのみ居て、飯を喰にも和尚と相伴にして、夜は和尚の閨に臥す、寬永十年の頃、江湖を置れしが、彼犬和尚と同く一番の座の飯臺に付ゆへ、大衆見て數々瞋り、何の譯ありて斯畜生と一所に飯臺に付ことあらん哉、是を止給はんずんば江湖を分散せんといふ、和尚きゝて大衆に割ていはく、其憤所理なり、去ながら此犬は我親なり、其故は如何々々なり、宥し給へと侘言せられしかば、大衆も漸承引て堪忍せり、彼犬江湖の次の年死す、其時龕、幡、天蓋を拵、念頃に送り、三日の中懴法を修し弔らはれしぞと、本秀和尚のたしかに知て語られしとなり、〈江湖會といへるが、彼宗において假初ならぬことにして、大勢の禪僧其寺に集り、永く滯留して勤る也、〉

〔雲錦隨筆〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0176 丹後國與謝郡宮津より程近きに、犬の堂といへる小堂あり、往昔九世戸の智恩寺と波治村の海岸寺とに畜養し、犬の菩提の爲に建る所とそ、海ばたの小坂の上なり、堂内に標石ありて、林道春の碑文あり、
丹後國九世戸文珠堂近邊有寺、曰海岸、傳稱、昔海岸寺僧兼管文珠堂、其僧畜養一犬愛之、此犬毎 日自海岸寺來文珠堂累年、犬死僧憐之建一宇、弔祭之、號犬堂、鳴呼猶慕其寺主之愛僧、亦思及 之物不亦奇乎、爾來星霜旣舊、堂宇毀壞、非懷古之感、今興土木之事、成斧斤之功、乃記其趣、 以爲御後證
延寶六戊午月日 當國宮津城大江姓尚長立
弘文院林學士誌

義犬

〔日本書紀〕

〈二十一/崇峻〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0177 二年〈○用明〉七月、蘇我馬子宿禰大臣勸諸皇子與群臣、謀物部守屋大連、〈○中略〉爰有迹見首赤擣、射墮大連於枝下、而誅大連幷其子等、〈○中略〉物部守屋大連資人捕鳥部萬〈萬名也〉將一百人難波宅、而聞大連滅、騎馬夜逃向茅渟縣有眞香邑、仍過婦宅、而遂匿山、〈○中略〉以刀子頸死焉、河内國司以萬死狀、牒上朝廷、朝廷下符偁、斬之八段、散梟八國、河内國司卽依符旨臨斬梟、時雷鳴大雨、爰有萬養白犬、俯仰廻吠於其屍側、遂嚙擧頭置古冢、横臥枕側死於前、河内國司尤異其犬上朝庭、朝廷哀不聽、下符稱曰、此犬世所希聞、可於後、須使萬族墓而葬、由是萬族雙起墓於有眞香邑、葬萬與一レ犬焉、河内國言、於餌香川原斬人、計將數百頭身旣爛姓字難知、但以衣色取其身者、爰有櫻井田部連膽渟(イヌ)所養之犬、嚙續身頭側固守、使收已至、乃起行之、

〔元亨釋書〕

〈二十八/寺像〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0177 播州犬寺者、昔蘇入鹿大召兵亡上宮太子之屬、播有枚夫者軍、枚夫有妻好、枚夫之僕以間濳通、旣而枚夫歸、僕恐事覺受一レ誅、語主曰、山中有一所、鹿猪之所集、人未知、我適山行見之、我願與君二人潛往獵之、不他人知、若人有知非鎭長君之有矣、枚夫大喜、枚夫善射畋、素養二黑狗、便與二犬及僕山中、行數十里、僕上高所弓架矢曰、我昔主君、比來匹敵也、此山無獵所、我紿君至此也、此一箭可君命、不知君有思乎、我雖命能濟君身後、枚夫曰、甚矣我之衰也、我未此事、餘又何言乎、但有一事、願子且待、須臾枚夫腰帶畋粮包呼二犬、分粮爲二、各與之、便撫二犬曰、我畜汝等者有年、恩意宛如子弟、此飯是我之餐也、今與汝等、我有一言、汝等聞之、我今死於此、汝二犬一時囓其屍遺餘矣、所以然者、我自少壯雄武之譽、故又逼驅從蘇氏之軍也、恥今爲僕隸所一レ紿、空死山中、國人競來定見我屍指笑哀愍、是我之大患也、故我欲二狗盡我屍、二犬不啜垂耳而聽、言已一犬高躍囓斷僕之弓絃、一犬又躍嚼僕喉而死、枚夫將二犬而返家、乃逐其妻、又語親屬曰、我因二犬命、自今立二狗我子、我之莊田資財皆是二犬之有也、畜齡短促、不幾二犬自斃、枚夫曰、我郷以二犬子、付資財、今其殂矣、前言不渝也、便捨田貨伽藍、安千手大悲像冥福、祠二犬地主神、此像靈 感日新、野火四面而來、伽藍無恙、凡三度、桓武帝聞之、勅爲官寺、捨田數頃

〔今昔物語〕

〈二十九〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0178 陸奧國狗山狗咋殺大虵語第卅二
今昔、陸奧ノ國ノ郡ニ住ケル賤キ者有ケリ、家ニ數ノ狗ヲ飼置テ、常ニ其ノ狗共ヲ具シテ深キ山ニ入テ、猪鹿ヲ狗共ヲ勸メテ咋殺セテ取ル事ヲナム晝夜朝暮ノ業トシケル、然レバ狗共モ役ト猪鹿ヲ咋習ヒテ、主山へ入レバ各喜テ後前キニ立テゾ行ケル、此ク爲ル事ヲバ世ノ人狗山ト云ナルベシ、而ル間此ノ男例ノコトナレバ、狗其ヲ具シテ山ニ入ニケリ、前々モ食物ナドモ具シテ、二三日モ山ニ有ル事也ケレバ、山ニ留リテ有ケル夜、大キナル木ノ空ノ有ケル内ニ居テ、傍ニ賤ノ弓胡錄太刀ナド置テ、前ニハ火ヲ燒キテ有ケルニ、狗共ハ廻ニ皆臥タリケリ、其レニ數ノ狗ノ中ニ殊勝レテ賢カリケル狗ヲ、年來飼付テ有ケルガ、夜打深更ル程ニ異狗共ハ皆臥タルニ、此ノ狗一ツ俄ニ起走テ、此ノ主ノ木ノ空ニ寄臥シテ有ル方ニ向テ、愕タヾシク吠ケレバ、主ハ此ハ何ヲ吠ルニカ有ラムト怪ク思テ、喬平ヲ見レドモ可吠キ物モ无シ、狗尚吠ルコト不止ズシテ、後ニハ主ニ向テ踊懸リツゝ吠ケレバ、主驚テ此ノ狗ノ可吠キ物モ不見エヌニ、我レニ向テ此ク踊懸リテ吠ユルハ、獸ハ主不知ヌ者ナレバ、我レヲ定メテ此ル人モ无キ山中ニテ咋テムト思フナメリ、此奴切殺シテバヤト思テ、太刀拔テ恐シケレドモ、狗敢テ不止ラズシテ、踊懸リツゝ吠ケレバ、主此ル狹キ空ニテ、此ノ奴咋付キテハ惡カリナムト思テ、木ノ空ヨリ外ニ踊出ル時ニ、此ノ狗我ガ居タリツル空ノ上ノ方ニ踊上リ物ニ咋付ヌ、其ノ時ニ主我レヲ咋ハムトテ吠ケルニハ非ザリケリト思テ、此奴ハ何ニ咋付タルニカ有ラムト見ル程ニ、空ノ上ヨリ器量(イカメシ)キ物落ツ、狗此レヲ不免サズシテ咋付タルヲ見レバ、大キサ六七寸許有ル虵ノ長サ二丈餘許ナル也ケリ、虵頭ヲ狗ニ痛ク被咋テ否不堪ズシテ落ヌル也ケリ、主此レヲ見ルニ極テ怖シキ物カラ、狗ノ心哀レニ思エテ、太刀ヲ以テ虵ヲバ切殺シテケリ、其ノ後ゾ狗ハ離テ去ニケル、早ウ木末遙ニ高キ大キ ナル木ノ空ノ中ニ、大キナル虵ノ住ケルヲ不知ズシテ、寄臥タリケルヲ呑ムト思テ虵ノ下ケルガ、頭ヲ見テ此ノ狗ハ踊懸リツゝ吠ケル也ケリ、主其レヲ不知ズシテ上ヲバ不見上ザリケレバ、只我レヲ咋ムズルナメリト思テ、太刀ヲ拔テ狗ヲ殺サムトシケル也ケリ、殺タラマシカバ、何計悔シカラマシト思テ、不寢ザリケル程ニ、夜明テ虵ノ大キサ長サヲ見ケルニ、半バ死ヌル心地ナムシケル、寢入タラム程ニ、此ノ虵ノ下ヲ卷付ナムニハ何態ヲカセマシ、此狗ハ極カリケル我ガ爲メノ此ノ不世ヌ財ニコソ有ケレト思テ、狗ヲ具シテ家ニ返ニケリ、此レヲ思フニ、實ニ狗ヲ殺タラマシカバ、狗モ死テ主モ其ノ後虵ニ被呑マシ、然レバ然樣ナラムコトヲバ、吉々ク思ヒ靜メテ、何ナラムコトヲモ可爲キ也、此ル希有ノコトナム有ケルトナム語リ傳ヘタルトヤ、

〔古今著聞集〕

〈二十/魚虫禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0179 遠江守朝時朝臣のもとに、五代民部丞といふ者有けり、件の民部丞あを毛なる犬のちいさきをかひけり、此犬十五日、十八日、廿七日、月に三度はいかにも魚鳥のたぐひをくはざりけり、人あやしみてわざとくゝめけれども、猶くはざりけり、十五日十八日はあみだ觀音の緣日なれば、畜生なれども、心あればざも有ぬべし、廿七日は何故にかくあるにかとおぼつかなし、是をよく〳〵あんずれば、此犬いまだおさなかりけるを、かの民部丞が子息の小童かひたてたりけるなり、件の小童そのかみうせにけり、かの月忌廿七日にて有けるを忘れずしてかかりけるにや、あはれふしぎなる事也、佛菩薩の緣日、幷に主君の月忌を忘れず、恩を報ずる事、人倫の中にも有難き事にて侍に、いふかひなき犬畜生のかくしけん事、有難き事也、

〔新著聞集〕

〈二/酬恩〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0179 犬嶮難を救ふ
寬文三年に、駿府の在番に酒井伊豫守殿おはせし小屋に白犬のありしが、常に豫州殿の前に出るを、小坊主に仰て物を喰せたまひし、ある時、豫州殿遠回りにとうめといふ所に出たまふ、小坊主も供にまいりしが、過て谷に落たりしに、いづくより來りしやらん、件の白犬走より、帶のむす びめを噬へ曳て岡をみあげて吠ければ、各これに驚き引あげて助けてけり、

〔事實文編附錄〕

〈十四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0180 義犬記 箕作省吾
天保丁酉春、天下大飢、而京攝之間爲最甚、余適客京師、友人言曰、近日浪華之屠見、暗夜四出、以器械犬、取肉充食、其皮當衣、以爲活計、或夜迫犬將殺、有一俠客之出囊金一顆之、屠兒知其有餘金、竊僵之、而恣奪其金逸去、時已五鼓、無人知之者、逾月反賊大鹽某被誅、屠兒舁其屍法場、乍有犬突出、喫其前脚、衆疑狂、旣而復來咋、於是屠兒面色如土、不起行、衆疑大鹽氏之犬、吏曰不然、必別有故也、縛屠兒嚴訊始得其實云、嗟夫犬者無知之一獸耳、而不報讐、名之曰義固宜、
義犬傳 菅野狷介
讃邸大夫人有一犬之特甚、飼以梁肉、待御不妄叱焉、歲餘夫人薨、犬傍徨不食數日、如憂色、旣而夫人歸葬于國、素旐發邸、仗儀肅然、犬來隨衆、叱之不去、敺之已去復來、如是一日程、從士意、其有故、乃不復逐、而飮食宿止比之衆隸、犬不腥羶、凡十餘日、到國、夫人定于城外先塋、犬又隨儀仗初、窆畢頓伏墓前、哀鳴不已、衆叱敺不復去、遂縛舁之衆、議以其義旣至、乃再遣還東邸、旣就舟、犬囓縛斷之、自赴水死、衆莫驚嘆而感其義、終座之大夫人塋側、作義犬塚

保護犬

〔松屋筆記〕

〈六十二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0180 犬を愛す及犬醫師
護國太平記〈柳澤氏成立を記す〉三の卷、柳澤美濃守、甲斐國拜領事の條に、何某の院、將軍〈○德川綱吉〉を申進め、猨に生類の命を取ル事は、誠に其報恐しく、此一事急度上意有之、生類の命救給はゞ、御子孫万々代といふとも盡〈ル〉事不之、目出度御代をいつ迄も治給はん御計らひ、何事か是にしかん、とりわけ君は、正保三丙戌正月八日御誕生なれば、生類の内にて犬をば分て御愛愍有べしと、詞を巧にして申上〈ル〉、さしもの御明君如何成天魔の見入けん、尤と御賢慮遊ばし、嚴しく申渡すべしとの上意に依て、美濃守下知を傳ふ、是ゟ江戸町中犬食に飽き、北條九代高時禪門が所爲に過たり、 子を生(ナス)時は其一町の家主下役名主に訴、年寄に吿ゲ、町奉行に至り、犬醫師といふ者有て、うやうやしく禮を掛て招キ、犬の脈を伺ふなどゝて、術を盡して藥に大人參を用ひ、命危キ迚藥店へ人を走らせ、或は布蒲團新に仕立重ネ敷キ、又上より布浦團を以覆〈ヒ〉、美食を調へ、美肴を調味し、二七日の内は晝夜朝夕數十人代り〳〵張番し、繁き店中を明て是をいれ、三七日にいたり、犬醫師の指圖にて氣晴し足ならし迚、所の家主下役五人組繩を取て其犬を引き、十間二十間も町筋を引廻ル、其うつけたる有樣前代未聞の事也、誤て犬に疵付、万一犬死する時は、申譯くらきものは、其品に依て死罪、又は遠島擧て數へがたし、北條高時、犬を集て戰せしのみ、未犬の代として重き人倫の命を取し事不聞云々、按に三國志吳孫皓犬を愛して鬪犬の戯をなし、太平記相摸入道また鬪犬の遊戯をなせし、犬醫師はをさ〳〵ものに見えねど、物理小識に、犬病を療治する方あり可考、

〔撈海一得〕

〈上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0181 宋朱弁曲浦舊聞曰、崇寧初、范致虗上言、十二宮神、狗居戌位、爲陛下本命、今京師有屠狗業者、宜禁止、因降指揮、禁天下殺一レ狗、吿者賞錢至二萬ト、アヽ諛臣ノ言、天下ニ禍スル可惡、狗ニ因テ罪不辜ニ及ブ、徽宗ノ五國鷆死ル、不幸ニハアラズ、

〔半日閑話〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0181 一元祿八亥年 東叡山下谷坂下〈壹丁目貳丁目三丁目〉犬毛付書上帳
一貳疋 内〈壹疋黑虎男犬壹疋赤ぶち男犬〉 主孫左衞門印 一壹疋 白男犬 主新右衞門印
一壹疋 白ぶち男犬 主五郎兵衞印 一壹疋 赤ぶち男犬 主重兵衞印
一壹疋 虎ぶち男犬 旅犬 一壹疋 赤男犬 同斷
一壹疋 同斷 同斷 一壹疋 赤男犬 同斷
一壹疋 白男犬 同斷 一壹疋 赤女犬 同斷〈○此下缺文〉
一赤黑絞女犬壹疋 權左(主付犬主)衞門印 一黑毛男犬壹疋 權之(主付犬主)丞印 一白赤絞男犬壹疋 彥兵(主付犬主)衞印
男犬拾七疋 女犬六疋 男子犬一疋 女子犬壹疋
犬數(三丁目)貳拾六疋内〈前々ゟ 調來 候犬十六疋町内養犬十疋〉

町内に若主無犬參候節者、犬番人相改、近所の家抔其〈江〉早速主付養育仕候、食物之儀者、一日食椀にて朝夕一盃宛二度爲給、米に積り、外にも殘り物等集爲給可申候病犬に御座候節者、犬醫師五郎兵衞に見せ養生仕り、唯今者病犬、疲犬、疵犬、無御座候、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r13041.gif 而犬憐之義、月行事之外家主其幷犬番人節々見廻り、鹿末に無之樣養育仕候、
一家之内ニ而子を產候節者、其所を圍養育仕候、家の外ニ產候節は其所を圍、亦者風雨に當り不申候樣ニ犬部屋へ入養育仕候、母犬不斷ゟ節々食物爲給可申候、子犬ころ有候上者、隨分入念、名主年寄月行事犬番其に節々見廻り、麁末ニ無之樣に仕候、
一友喰合候節者、犬番近所の者早々出合、水をかけ草箒にて分、强喰合候節者、籠をかぶせ分申候、一犬之義ニ付相替義御座候へば、御奉行所へ訴申上候、
右之書付之通、少も相違無御座候、若疲犬、病犬、疵犬隱居候哉と御尋被成候得共、左樣之義曾而無御座候、少も僞不申上候、以上、
元祿八年亥十月 市三(名主)郎印
長治(組頭)郎印〈○以下人名略〉
梶田彥右衞門樣
神谷又左衞門樣
右者(附紙)犬御改ニ付、壹町内に致吟味、無主旅犬之分者、銘々主付、御觸之通り隨分憐之養育仕 候、以上、
年月日〈○中略〉
一元祿九年十月三日、芝山一郎左衞門鳥見役ゟ御犬預被仰付、同年十二月十二日御役料五十俵被下、右之通、家督之節、中野、上役有之候得其、此頃御犬預を上役とも唱候と相見候と相見候事、以上、以下之差別未詳、

〔一話一言〕

〈二十六〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0183 元祿年中犬の御觸
元祿十五午年

町方致養育置候犬、前々書出候外飼犬無之候哉、若書出候外有之、當六月頃より紛失いたし候 儀は無之候哉、町々名主共遂吟味、町年寄方へ書付差出可申候、以上、 午八月廿一日右御觸之趣、慥に承屆申候に付、町中家持は不申、借屋店がり等迄爲申聞吟味仕候處、前方書上申候外に、私共町方に養育仕置候犬壹疋も無御座候、若隱置、脇より相知申候はゞ、何樣之曲事にも可仰付候、爲後日連判手形差上申候、仍如件、 元祿十五年午八月廿一日
御奉行所

〔窻の須佐美〕

〈三〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0183 元祿年中、殺生の禁甚しかりける時、芝邊にて犬を切しものしれざりしかば、疑しきものは、先執へて推問ありしかど、その證いまだ明らかならざる時に、薩摩の邸外に、手紙に血附たるありとて差出す、その名薩摩の臣なりしかば、町奉行に差出して問れしに、その士の云、窻の中にて髭を剃候とて、面を餘ほど切て候、手元に紙なくして、折から有合候ゆへ、反古にて血を 押拭ひ、窻に置しを、風の吹ちらして、窻の外へ落失候ゆへ、そのまゝにて置しとて、則疵をも見せつ、されども名の記したる紙に、血の附たれば、先吟味のうち、揚屋に往て居られよとありしかば、士云、某名記したる紙に血の付たるが落去り候は、運命に候、則御仕置に被仰付給るべし、揚屋へは得參るまじといふ、奉行これを聞て、もつともには候へども、證も跡もなきに、死罪に處すべき樣もなし、三度も吟味する法なればかく云たり、揚屋は旗本の面々も度々入置、事濟たる後少も恥辱なる事はなし、大法なれば入置ばかりなりとあり、士の云、さも有べく候へども、公儀は廣き事ゆへ、人々得申候なり、吾國は小國にて、心も小く候へば、一度左樣の事にあひ候ては、朋友みな交りも斷申事に候得ば、おのづから主人へも召使がたく候、左候はゞ、國をはなれ、他へ出る事は得せず候、いかなる死刑にも處せられ候へば、大幸に候、若事濟、出牢にては自殺より外なく候、此御情に、今日重科に處せられ給へと、くれ〴〵と云しかば、奉行にも古き大家の作法、さもこそ有べく候へ、と感歎して、然ば吟味の中、留守居中へ預り申され候へ迚、歸されつゝ、一兩度尋の上に濟たりしと、

〔一話一言〕

〈三十四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0184 一來り犬之儀ニ付、訴訟申上候口上書之寫、
一傳通院門前町之者共申上候、此比町内ニ來リ御犬殊之外多御座候て、不斷かみあひ、晝夜共に、所之者、又は往來之者にほゑ掛り候に付、近所之者出合、追かけ申候得共、夜更候ては、道通り、又は所之者諸人難儀仕候、自然怪我も御座候ては如何と奉存候に付、御訴訟申上候、御慈悲に御移し被遊被下候樣、被仰付下候はゞ難有可存候、以上、
寶永四年亥五月 月行持(傳通院門前) 市郎右衞門〈○以下人名略〉
御奉行所樣

〔駿國雜志〕

〈二十五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0184 府犬 安倍郡府中に有り、駿府在番代々記云、寶永四年三月十日、御徒目付伊丹伊右衞門、大平彌五兵衞、御小人目付二葉源六郎、林田淸四郎、豐田勝藏、犬御用として到著、同十五日發足、犬百餘疋、江戸に牽云々、是府中及近郷の犬成べし、

〔窻の須佐美〕

〈三〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0185 武州郡八幡村成田無二左衞門と云者、夜盜を業として、老後まで健に有ける、寶永のころ、江戸にて犬を殺せる者走り來り、賴みければ、犬切たる刀を取替遣し、壻のかたへ忍ばせけるを、搜出されて刑せらる、無二左衞門並壻ともに隱し置、殊に刀を取かへ遣したる科にて梟首されける、

憎犬

〔古事談〕

〈一/王道后宮〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0185 後三條院ハ犬ヲニクマセ給テ、内裏ニヤセイヌノキタナゲナルガアリケルヲ、取弃ヨト藏人ニ被仰タリケレバ、犬ヲ令惡給トテ、京中ヨリハジメテ諸國マデ犬ヲコロシケリ、帝キコシメシテ被驚仰ケレバ、又殺サズト云々、

鬪犬

〔太平記〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0185 相摸入道弄田樂幷鬪犬事
相摸入道〈○北絛高時〉懸ル妖怪ニモ不驚、增々奇物ヲ愛スル事止時ナシ、或時庭前ニ犬共集テ嚙合ヒケルヲ見テ、此禪門面白キ事ニ思テ、是ヲ愛スル事、骨髓ニ入レリ、則諸國へ相觸テ、或ハ正税官物ニ募リテ犬ヲ尋、或ハ權門高家ニ仰テ是ヲ求ケル間、國々ノ守護國司、所々ノ一族大名、十匹二十匹飼立テ、鎌倉へ引進ス、是ヲ飼ニ、魚鳥ヲ以テシ、是ヲ維グニ金銀ヲ鏤ム、其弊甚多シ、輿ニノセテ路次ヲ過ル日ハ、道ヲ急グ行人モ馬ヨリ下テ是ニ跪キ、農ヲ勤ル里民モ、夫一一被執テ是ヲ舁、如此賞翫不輕ケレバ、肉ニ飽キ錦ヲ著タル奇犬、鎌倉中ニ充滿シテ、四五千匹ニ及ベリ、月ニ十二度犬合セノ日トテ被定シカバ、一族、大名、御内、外樣ノ人々、或ハ堂上ニ坐ヲ列ネ、或ハ庭前ニ膝ヲ屈シテ見物ス、于時兩陣ノ犬共ヲ一二百匹宛放シ合セタリケレバ、入違ヒ追合テ、上ニ成下ニ成、噉合聲天ヲ響シ地ヲ動ス、心ナキ人ハ是ヲ見テ、アラ面白ヤ、只戰ニ雌雄ヲ決スルニ不異ト思ヒ、智ア ル人ハ是ヲ聞テ、アナ忌々シヤ、偏ニ郊原ニ尸ヲ爭フニ似タリト悲メリ、見聞ノ准フル處、耳目雖異、其前相、皆鬪諍死亡ノ中ニ在テ、淺猿シカリシ擧動也、

犬利用

〔徒然草〕

〈上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0186 養ひかふ物には、馬牛つなぎ苦しむるこそ痛ましけれど、なくてかなはぬ物なれば、いかゞはせむ、犬は守り防ぐつとめ、人にもまさりたれば、必有べし、されど家毎にある物なれば、殊更にもとめかはずともありなん、

〔白石紳書〕

〈下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0186 一宿直に犬を用る事、日本武麻呂よりおこれるといふ、W 日本書紀

〈二/神代〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0186 一云、〈○中略〉是以火酢芹命苗裔、諸隼人等至今不天皇宮墻之傍、代吠狗而奉事者也、〈○下略〉

〔右記〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0186 一禽獸類飼之事、〈○中略〉大師〈○空海〉以二犬高野山使者給、謂大黑小白也、或大白小黑云々、先德記有此異

〔松屋筆記〕

〈六十〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0186 雪車橇〈幷〉蝦夷の犬
船長中卷にカムサツカの事をいひて、此國冬は雪三丈五六尺計積る云々、扨そりに乘て犬に引せてありく也、雪舟をサンカと云木を二本竪に並べて、其上に巨撻やぐらのやうに組たて、中を高くして跨て乘らるゝやうに皮にて作りたるが、綱を付、其綱を犬五疋か六疋にてひかするに、よき犬を先に立、二側に立て引する也、後に立る犬はあしくてもよし、四辻にいたれば犬何方へかゆかんと差圖を待て居る時、カツ〳〵といへば左へ行、ホガ〳〵といへば右へ行、ヒロ〳〵といへば直に行也、アヽ〳〵といへば止る也、棒の本の方をとがらし、頭の方には錫杖のごとき銀の輪を付たるものを持て、木などに行當るか、又は傍へ寄過などする時は、その棒のもとにてこぢて直す也、犬のすゝまぬ時はそれを振上て、鐵輪をガラ〳〵とならせば、先に立たる犬進出る也、かくしても進兼る時は、エツカナイ〈ドロバウメなどいふ心也〉エヒヨーノマツ〈イマ〳〵シイヤツなどいふ事也〉ソバカ〈犬と云事也〉といひて、前に立たる犬を彼棒にて打ば、先に立たる犬かけ出すなり、先に立る犬はよき犬 をよく仕込たるならではよろしからず、雪の上のみを行なれば、其中にも人々踏ならして、一筋かたまりたる所を行に、もし傍なる和なる所へ半分かゝれば、雲車横さまに倒れて、人も横さまに落るを、犬はかまはずむしやうに引て行を、先に立て行人あればとめてくれる事也、下り坂になれば、彼棒を前へ押かひ、あひしらはざれば進み過る也、一軒の家にても、是は誰が犬彼はたが犬とて、銘々に食をあたへ飼置事也、食ハセリジ〈ニシンの事也〉を五六ヅヽ與フる也、遠方へ行時は前夜に八ツ九ツ計も食せ置て、其朝は先へ行つくまでくはせぬ也、はやく行てくはんとていそぐ也、按に犬に雪車を引すること蝦夷草紙、東遊雜記などにも見ゆ、

〔太平記〕

〈二十二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0187 畑六郎左衞門事
畑六郎左衞門ト申ハ、武藏國ノ住人ニテ有ケルガ、〈○中略〉彼ガ甥ニ所大夫房快舜トテ、少シモ不劣惡僧アハ、又中間ニ惡八郎トテ缺唇ナル大力アリ、又犬獅子ト名ヲ名タル不思議ノ犬一匹有ケリ、此三人ノ者共闇ニダニナレバ、或ハhttps://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00817.gif 子甲ニ鏁ヲ著テ足輕ニ出立時モアリ、或ハ大鎧ニ七ツ物持時モアリ、樣々質(テダテ)ヲ替テ敵ノ向城ニ忍入、先件ノ犬ヲ先立テ城ノ用心ノ樣ヲ伺フニ、敵ノ用心密(キビシク)テ難隙時ハ、此犬一吠吠テ走出、敵ノ寢入夜廻モ止時ハ、走出テ主ニ向テ尾ヲ振テ吿ケル間、三人共ニ此犬ヲ案内者ニテ、屏ヲ乘越、城ノ中へ打入テ、叫喚テ縱横無礙ニ切テ廻リケル間、數千ノ敵軍驚騷テ城ヲ被落ヌハ無リケリ、夫犬ハ以守禦人トイへリ、誠ニ無心禽獸モ、報恩酬德ノ心有ニヤ、

〔甲陽軍鑑〕

〈二/品第六〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0187 信玄公御時代諸大將之事
一武州岩つきの住人太田源五郎、後に太田美濃と云、此者幼少より、犬ずきをする、ある年武州松山の城を取もつ、己が居城は岩つき也、然れば松山にて飼たてたる犬を、五十疋岩付にをき、岩付にて飼たてたる犬を、五十疋松山におく、各の沙汰に太田美濃はうつけたる者也、稚者のごとく、 犬にすかるゝと申あへり、或時岩付の城に、美濃守在之刻、松山にて一揆以外にをこり、北條氏康公御出馬たるべしと有しに、岩付へ使者を立てんには、路次ふさがりて、五騎三騎にては叶はじ、十騎とやらば、松山に人數すくなし、況んや飛脚は叶ふまじきに、内々隱密にて、前の日美濃守留主居の者にをしへたればこそ、文をかき竹の筒を手一束に切て、此狀を入、口をつゝみ犬の頸にゆひ付て、十疋はなしければ、片時の間に岩つきへ、其文を犬共持來る、さる間美濃守やがて松山へ後詰をする、一揆其見之、速に岩付へ聞へ、うしろづめをしたるは、希代不思儀の名人かなと不審をなし、爾來松山に一揆發事なし、是は太田三樂と申す者也、

犬雜載

〔日本書紀〕

〈十五/淸寧〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0188 三年十月乙酉、詔、犬馬器翫、不獻上

〔法華經驗記〕

〈中〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0188 横川永慶法師
沙門永慶、覺超僧都弟子、楞嚴院住僧也、宿善所催、志在法華、受持諷誦、累年月矣、乃至於本山箕面瀧、夜在佛前誦經拜禮、左右人々睡臥同夢、老狗高音吼、立居禮佛、夢覺驚見、沙門永慶擧音禮拜、以此夢永慶、比丘聞己欲事緣、七日断食籠堂祈念、至第七日、夢龍樹菩薩現宿老形吿云、汝前生身是耳垂大狗(○○○○○)也、其狗常在法華經持者房、晝夜聞法華、因其善力狗果報、感得人身、誦法華經、餘殘習氣在汝身心、是故夢見狗形禮佛耳、比丘夢覺、深懷慚愧、羞歎宿業、尋有緣所、留跡止住、誦法華經、勤六根懺、以今生善、遙期菩提、願不三途、必生淨土矣、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群體〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0188 嘷〈○中略〉 唐韻云、〈○中略〉吠〈符廢反、已上三字(嘷、吼、吠)訓皆保由、〉犬聲也、

〔枕草子〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0188 すさまじきもの
ひるほゆる犬
にくきもの
しのびてくる人見しりてほゆる犬は、うちもころしつべし、〈○中略〉 犬のもろこゑに、なが〳〵と なきあげたる、まが〳〵しくにくし、

〔嬉遊笑覽〕

〈十二/禽蟲〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0189 犬の聲をべう〳〵といふは、彼遠吠するをいふなるべし、猿樂狂言にもみえたり、又卜養が狂歌集に、いぬまもちといふものを出しけるに、べう〳〵と廣き庭にてくひつくは白黑まだらいぬま餅かな、望一千句、古宮はびやう〳〵とあれ秋さびし狐を犬の追まはりぬる、夷曲集に、犬櫻みてよむ歌は我ながらしかるべうともおもほえず候、土佐國人は今も犬の聲をべうべうといふ、又べか犬とは、めかゝうしたるやうの犬の面なればいふにや、埋草〈寬文元年成安撰〉堺云也、獨吟千句、〈半井ト養落髮千句なり〉くれもぜぬ花一枝を所望してのぞいてみればべゐか紅梅、垣の内に日も永べえの犬ふせり、因果物語に、べか犬をつれて來れり、又べいかともいへり、是をおもへば、吠狗の訛れるもしるべからず、續山井、珍花とてあいすべいかの犬ざくら、重昌珍花は菻狗(チン)を含めり、中井竹山が茅草危言に、狗の子をべかと云といへり、子狗には限るべからず、

〔松屋筆記〕

〈九十七〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0189 尾を振て物を乞
俗に尾を振て物を乞といふは、犬にたとへたる詞也、輟耕錄十五〈十七丁オ〉に、若喪家之狗垂首貼耳搖尾乞一レ憐と有、

〔今昔物語〕

〈二十六〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0189 陸奧國府官大夫介子語第五
此父ノ介沙汰有事有テ、御館ニ有テ、久ウ家ニ不返リケル程ニ、繼母此郎等ヲ呼取テ云ク、此ニ人數有レ共、見タル樣有テ、汝ヲ殊ニ哀レニストハ知タリヤ、郎等ノ云ク、犬馬ソラ哀ニ爲ル人ニハ尾不振樣ヤハ候フ何ニ申シ候ハムヤ、人ニ取テモ己ハ喜キ事ヲバ喜ビ、㑋キ事ヲバ㑋トコソハ思ヒ被取候ニ、无限御顧ノ替ニハ生死モ只仰ニ隨ハントコソハ思ヒ給へ候へ、〈○下略〉

〔嬉遊笑覽〕

〈十二/禽蟲〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0189 けし〳〵とて犬をかくるをけ、しかくるといふ、古きことゝ見えて、筑波集〈西音法師〉我心なたね許に成にけり人くひ犬をけしといはれて、

〔足薪翁記〕

〈三〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0190 犬のさんた
犬にさんたせよ〳〵といへば、前足をあげてとびつく事のありしが、他國はしらず、江戸にてさる戯をする者を見ず、手をくれといふが、此餘波ともいはん歟、

矮狗

〔書言字考節用集〕

〈五/氣形〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0190 矮狗(チン)

〔秇苑日渉N 十二〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0190 犬名
㹻(チン)〈玉篇犬名、本作猧、集韻小犬、〉 猧子(チン)〈酉陽雜爼、天寶中、上嘗於夏日、與親王棊、貴妃立於局前之、數子將輸、貴妃放康國猧子於坐側、猧子乃上局、局子亂、上大悦、又見天寶遺事、〉 猧兒(チン)〈高啓詩猧兒偏吠客、板橋雜記、猧兒吠客、鸚歌喚茶、〉 雪猧兒(シロキチン)〈佩文韻府、康彥登詩、簾前驚起雪猧兒、〉 嬌猧〈元微之詩、嬌猧睡且怒、〉 拂菻狗(チン)〈唐書、高昌直京師西、四千里而贏、武德中獻狗、高六寸長尺、能曳馬銜燭、云出拂菻、中國始有拂菻狗、按高六寸長尺、白孔六帖、作高六尺長數尺者誤、淵鑑類函引舊唐通典、唐武德中、高昌王文泰獻狗、雌雄各一、高六寸長尺餘、性甚慧、能曳馬銜燭、云本出拂菻國、中國有拂菻狗此始也、〉 馬鐙狗(ン)〈留靑日札、馬鐙狗長四五寸、可之馬鐙中者、唐高祖時、高昌獻狗、高六寸長尺、能曳馬銜燭、云出拂菻國、中國始有拂菻狗、菻或作森、〉 羅江(チン)〈犬古今詩話、淳化中、合州貢羅江犬、甚小而性慧、常馴擾於御榻之前、毎朝、犬必掉尾先吠、人乃肅然、太宗不豫、犬不食、及上仙、犬號呼涕泗、以至疲瘠、章聖初卽位、左右引令前導、鳴吠徘徊、意若忍、章聖令論以奉一レ陵、卽搖尾飮食如故、詔造大鐵籠素裀、置鹵簿中、行路見者隕涕、後因以斃、詔以敝蓋於煕陵之側、〉 羅江狗(チン)〈東軒筆錄、慶曆中、衞士有變、震驚宮掖、臺官宋禧上言、蜀有羅江狗、赤而尾小者、其警如神、願養此狗於掖庭、以警倉卒、時人謂之宋羅江、〉 波斯犬(チン)〈池北偶談、嘗於慈仁寺市、見一波斯犬、高不尺、毛質如紫貂、聳耳尖喙短脛、以哆羅尼其背、云通曉百戯、索價至五十金、亦朱太宗桃花犬之屬也、〉 波斯狗(チン)〈北史齊南陽王綽傳、綽留守晉陽、愛波斯狗、淵鑑類函引三國典要、齊高緯以波斯狗赤虎儀同逍遙郡君、飼以粱肉、食縣邑、常於馬上、設蹬褥以抱之、〉 短狗(チン)〈汲冡周書註、短狗狗之善者也、廣東新語、獸則獴https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00896.gif 短狗、〉 西洋狗(チン)〈嶺南雜記、西洋狗、小者最貴、有黑者、有黃者、鬼子輿之同飮食寢處、又有一種稍大而毛長尺許、深目短喙、狀如獅子、尤獰醜、〉

〔嬉遊笑覽〕

〈十二/禽蟲〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0190 拂菻狗、日本紀略に、契丹大猲二口、㹻子二口と見えたり、㹻子是なら大猲は俗にいふ唐犬なるべしといへれど、㹻子一本には猱子ともありて、定かならず、近くはいつの頃わたりしか、續山井の發句〈○珍花とてあいすべいかの犬ざくら、重昌、〉は、これをいへりと見ゆ、安澹泊答寒川儀太郎手簡、さつまより出候犬の一種ちんと申候、正字御尋にござ候、すべてかうやうのこと心に留不申、一切覺不申候、北齋書通鑑に有之候、東魏孝靜帝高澄に逼られ、朕々狗脚朕と申され候は、近代の落しば なしに能合申候儀と、日ごろ戯言に申出候迄にござ候とあり、これもとよリチンの名義にはあらず、をかしきことなれば、こゝに錄す、さてチンの名義、例の押あてながら、犬に似て小きもの故、ちいといひしが、チソとなりしにや、近時チンも位を給はりしと云る物がたりあり、耳袋に、天明九年、ある大名衆、上京のことありしに、常に寵愛のチン、あとをしたひて付隨ひしかば、やむことを得ずして召つれしことさたありて、天聽に入ぬれば、畜類ながら、主人の跡を慕ふ心あはれなりとて、六位を賜はりしとかや、これを聞て、何者か喰ひ付犬とは兼て知ながらみな世の人のう〳〵やまわん、根なしことには有べけれど、其節處々にて取はやしけるまゝしるすといへり、

〔類聚國史〕

〈百九十四/殊俗〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0191 天長元年四月丙申、契丹大狗二口、㹻子二口在前進之、

〔傍廂〕

〈前篇〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0191 ちん犬
婑犬をチンといひて、狆字をあてたれど非なり、狆は字書に狂也とありて、くるふ事なり、小犬のチンは字音にあらず、ぢいぬの音便にて、ぢいぬはちいさいぬの略なり、もと皇朝の物ならねば、名はなかりしなり、類聚國史に、〈○中略〉契丹大狗二口、㹻子二口在前進之、これ皇朝に婑犬わたりたる始なり、

〔俗耳鼓吹〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0191 此頃狆の名とて、人の見せけるをみれば、
壹まい黑 壹まい白 白黑ぶち 目黑 鼻黑 赤ぶち 栗ぶち かふり むじな毛
耳は大耳べつたりだれ 毛なが 毛づまり
當世は〈地ひくの毛長流行申候〉
上田すじ こくすじ 冶郎すじ 小田すじ 大島すじ

〔狆飼養書〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0191 一夫狆は、いにしへ交趾國より渡り候て、交趾の狗ゆへ、交趾狗と申候、いつの頃よりか、毛ものへんに中と、中文字にて、狆と善ならわし申候、又かぶりと申は、阿蘭陀人持渡り候、水犬と も申候、水くゞり候事はしつけ不致候得ば、相成不申、右のかぶりを、江戸にて毛長の狆にかけあわせ候てがぶり亦は毛長半毛長抔いでき候ものゝ御座候、唯今におらんだかぶり持わたり御座候得共、とかく大かぶりにて、かたち見ぐるしく、又薩摩種と申、四足のみぢかき狆、かをなぞもなれ〳〵して、地犬のちいさきかたち御座候へ其、是は近年かたちあしきゆへに、もてあそび不申、おり〳〵まへあしのひらきぢひくなる、毛つまりかたちあしき狆、時といたし候と、見當り申候事も候へ共、是右は薩摩種と存候、まことなるさつま犬御座なく候、三拾年程いぜんには、鹿だちと申、毛の至極につまり、四足はほそく、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r13041.gif たひじんじやうにて、すつかりといたし候て、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r13041.gif 體身ぎれひなるゆへに、狆もはやり、近頃は四足みぢかくて、ほそく、じんじやうにて、まる〳〵といたし候狆、人々もてあそび申候、右の形ちの狆は、おふ方半毛長なるものにて、ほん毛づまりは無御座候、上田筋と申は、前にしるし候鹿立にて、いかにもじんじやうにて、白赤のぶちか、亦は白黑ぶちの毛のはへぎはしつかりとまことにすりたるよふになり、ぶちも日の丸と申て、白赤黑ぶち成り候ても丸くなり候、ぶちとかくぶちの内にも、一ツそこらはせひ出申候ものにて、しつかりとわかり、頭のかまへも、口もじんじやうにて、目のはりよく、耳はあふきく、たれ候てこれなく、半分たれ候かたおふく御座候、しかし半たれにても、大きくたれ候よりは、かたちよく見へ申候、一體品よく御座候、此外江戸にて掛合せ、上田筋、大島すじ、溜屋筋、平松すじ、淺草さんやすじなぞと申て、いろ〳〵御座候へ共先は上田すじ宜御座候、狆は渡りは勿論、京大坂長崎其外の國々にも、江戸にて出來候狆程、ちいさくじんじやうなるは無御座、とかく狆は、平常かゐしつけよく致し、さかりつき、かけ候節も、狆のすじを見わけ合せ、子狆の内より、兩便のしつけくせのつき不申樣致し、奇麗に致し候事、かんよふに御座候、近年は所々に狆多く御座候得共、二三拾年以前と違ひ、飼方しつけ、ゑかひとふ惡敷がけあわせ惡敷になり候也あまりよき狆も出來不申療治かたも、 平常のかいかたにて、藥なぞもよくきゝ、あまりやみ候事もなきものに御座候療治、狆の樣子をとくと考へ、藥は用ひ申候、先あら〳〵斯の如し、
一男狆は、生れてより拾五ケ月目あたりより、女狆にかけ申候、初めかけ候節は、一度かけ、一日あひを置かける、其節隨分かい方つよく、ゑがひいたし候、尤夫より三ケ月四ケ月もあいを置かけ申候、とかく狆あせりのつかぬ樣に、かゝりぐせのつかぬ樣に致す事口傳あり、
一女狆は、生れてより丈夫なる狆は、九ケ月め十ケ月あたりに初さかりつくものなり、よわき狆は、十一ケ月より四五ケ月ぐらゐ迄にさかり付も有之、初さかりは、まづは一ツかけおきとふすがよき方、はつさかりよくかいこみかける時は、うみ候事もよく、段々かいかた口傳あり、
一女狆は、さかりつきてより、十四日めあたりより、男狆にあわすべし、又十二日めぐらひより、男狆このむもあり、これはさかりのつき候を見そこなひと存候、さかりの内に、早遲いろ〳〵あり、さかりのつき候前に、開(かゐ)の口より白き物出、かゐをとぢる事、其の前三四日もすぎ、ほんものになる、夫より二七日ぐらひも立て、男狆にさかり候ものなり、
一女狆は、かゝり候て、かけとめの日より六十一日めには、產とこゝろふべし、かけはじめの日より六十日にうむもあり、是は初めより毎日一ツ宛三日かけ候へば、是かけとめより、五十七日目ぐらひにあたるゆへ、そだち候得ば、かけはじめより五十七日目にうむ時は、まつ日も不足ゆへ、そだつ事さだかなり、
一うみまへに、不食なぞいたし、病氣の節用ひ候藥法しるし候、
一山査(さんざし) 貳分 一縮砂(しゆうしや) 同 一香附子(かうぶし) 同 一甘草(かんぞう) 少し 一黃蓮(おふれん) 壹分
右せんじ用ひ、又はんごん丹なぞ用ひてよし、奇應九は忌むべし、又、香砂(かうしや)平胃歡なぞ、烏藥(うやく)を加 へせんじ用ゆ、狆は魚のどくあたる事多くあるもの故に、山査子(さんざし)は少し宛も加へるがよし、 ○按ズルニ、本書ノ奧書ニ、或云ク、舊幕府時代麹町貝坂邊ニ、狆醫者アリ、是蓋シ其者ノ著述ナラントアリ、

猫/名稱

〔本草和名〕

〈十五/獸禽〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 家狸、一名猫、和名禰古末、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 猫 野王按、猫〈音苗、和名禰古萬、〉似虎而小、能捕鼠爲粮、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 本草和名同訓、或省云禰古、新撰字鏡、狸禰古、按、狸一名猫、見本草和名、下總本句末有者也二字、今本玉篇犬部作猫食鼠也、慧琳音義一引、作猫似虎而小、人家所養畜、以捕鼠也、一引、作虎而小、人家畜養令一レ鼠、一引、作猫如虎而小、食鼠者也、各有小異、郊特牲云、迎貓爲其食田鼠也、太平御覽引尸子云、使牛捕一レ鼠不貓狂之捷、莊子秋水篇云、騏驥驊https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00858.gif 、一日而馳千里、捕鼠不貍狌、爾雅翼、貓小畜之猛者、性陰而畏寒、雖盛暑日中憚、鼻端四時冷濕、惟夏至卽温、目睛早晩員、日中如線就陰則復員、李時珍曰、貓捕鼠小獸也、處々畜之、有黃黑白駁數色、貍身而虎面、柔毛而利齒、按説文無猫字、爾雅虥貓、説文引作虥苗、則知古借用苗字

〔類聚名義抄〕

〈三/犬〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 猫〈俗通貓正莫交、ネコ、カラネコ、〉

〔同〕

〈四/豸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 貓〈正猫俗、莫交反、ネコ、音苗、〉

〔一切經音義〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 新華嚴經音義第七十八卷
猫狸〈上又作https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00897.gif、亡朝亡包二反、下力其反、猫、捕鼠也、貍狸也、又云野貍、倭言上尼古、下多々旣、〉

〔下學集〕

〈上/氣形〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 猫(ネコ)〈鼻常冷、夏至一月暖、旦暮目晴圓、午時細如線、毛色似虎、故呼、世俗曰於菟、則喜矣、〉

〔運歩色葉集〕

〈禰〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 如虎(ネコ)〈猫〉

〔日本釋名〕

〈中/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 猫 ねはねずみ也、こはこのむ也、ねずみをこのむけもの也、一説、猫はよくねるをこのむ意か、順和名抄にねこまと訓ず、まとむと通ず、このむのむの字也、のを略せり、

〔東雅〕

〈十八/畜獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0194 猫ネコマ〈○中略〉 子とは鼠也、コマとは、コマといひ、クマといふは轉語也、鼠の畏るゝ所なるを云ひし也、卽今俗にネコといふは、其語の省ける也、

〔南留別志〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0195 一ねこまを略してねこといふ、こまといふも略言なり、

〔圓珠庵雜記〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0195 猫ネコマ鼠子待(ネコマチ)の略か、鼠の類につらねこといふあれば、ねことのみいふは略語の中にことわり背くべし、猫の性は、鼠にても鳥にてもよくうかゞひて、かならず取り得んと思はねば、とらぬものなり、よりて待ちとつけたるか、
眞淵(頭註)云、たゞ睡獸の略なるべし、けものゝ反となり、或人、苗の字につきて、なへけものかといへ るはわろし、

〔兎園小説〕

〈二集〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0195 まみ穴、まみといふけだものゝ和名考幷にねこま、いたち和名考、奇病、〈附錄〉
著作堂主人稿
猫は和名鈔〈毛群部〉に、和名禰古萬なり、しかるに中葉より下略して、禰古といへり、枕草紙〈翁丸の段〉に、うへにさふらふおんねこは云々といひ、又源平盛衰記〈義仲跋扈の段〉に、猫間中納言の猫に、間の字を添へたり、こは猫一字にてはねこと讀む故に、猫間と書きたるなり、これふるくよりねこまといはず、ねことのみ唱へ來れる證なり、しかれども彼を呼ぶときは、上略してこま〳〵といふ事、枕草紙〈これも翁丸の段〉に見えて、今も亦しかなり、いづれまれ略辭なれば、物にはねこまと書くこそよけれ、契冲雜記に、猫はねこま、鼠子待(コマチ)の略歟、鼠の類につらねこといふあれば、ねこといふは略語の中に、ことわり背くべし、猫の性は鼠にても、鳥にても、よくうかゞひて、必とり得んと思はねばとらぬものなり、よりて待とつけたる歟といへり、その書の頭書に、眞淵云、ねこはたゞ睡獸(ケフリケモノ)の略なるべし、けものゝけの字反、コなり、ある人苗の字につきて、なづけしもの歟といへるはわろしといへり、解、按ずるに、兩説共にことわりしかるべくもおぼえず、鼠子待は求め過ぎたる憶説なれば、今さら論ふべくもあらず、ねむりけものゝ義といへるも、いかにぞやおぼゆ、大凡睡を好むけものは、猫にのみ限らず、狸狢、鼬の類、みなよく睡るものなり、わきて陽睡をたぬきねむりと唱へて、ね ふりの猫よりたぬきむじなのかたに名高し、是この和名に、ねもじをかけて唱へざりしをもて、ねこまのねも、けむりけものゝ義にあらざるを知るべし、さばれ狸狢の類は、眞の睡りにあらず、そらねむりなれば、ねといはずといはん歟、猫とても熟眠は稀にて、多くはそらねむりなり、かれがいざときをもて知るべし、且けものゝけの字反、コなりとのみいひて、下のマの字を解かざるはいかにぞや、前輩千慮の一失歟、いと信じがたき説なり、按ずるに、猫をねこまと名づけしは、さうる〳〵よしにあらずかし、猫はねと鳴くけものなれば、ねこまと名づけたり、〈猫のねう〳〵となくよしは、翁丸の段に見えたり、〉是もこまのコはケと五音通へり、マとモと是も音かよへり、コマはケモにて、けものゝノを略したり、う〳〵是ねと鳴くけものといふ義にて、ねこまといへり、〈今も小兒は、猫をにやあにやあといふ、その義自然とかなヘり、〉かゝればねことのみいへば、ネけなり、こまとのみいへばケもなり、〈のゝ字を略せり〉いづれも略語の中にことわり背くといふべからず、然れども、ねこまといふにますことなし、又鼠の類なるつらねこのねこは、ねこまのねことおなじかるべくもあらず、こはよく考へて追ひしるすべし、又鄙言に猫の老大なるものを、ねこまたといへり、この事つれ〴〵に見えたり、又くだりて貞享中の印本、猫又つくしといふ繪草紙あり、又今川本領猫股屋敷といふふるき淨瑠璃本もあり、このねこまたは、丸太にこたなどの如く、ねこまにたを添へて唱ふるにはあらで、猫岐(マタ)の義なるべし、猫の老大に至りて、變化自在なるときは、尾のさきに岐いで來て、ふたつに裂くることありといへば、老大にて岐尾なるものを、ねこまたといふ歟、こはまたくさとび言なり、又按ずるに、猫は貓に作るを正しとす、埤雅に、陸佃云、鼠善害苗、貓能捕鼠、故字从苗といへり、ねこまをなへけものの義といへるは、これより出でたり、すべて字體によりて、和名をとくものは附會なり、信ずるに足らず、

〔傍廂〕

〈後篇〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0196 猫 猫は惡獸にて、牛馬犬猿雞の類にあらねど、鼠といへる賊獸を征伐する事、猫にしくものなし、禮記に、迎猫爲其食田鼠也といひ、説苑に、騏騄駬倚衡負䡇、而趨一日千里、此至疾也、然使鼠、曾不百錢之狸(○)云々とある狸は則猫なり、和名抄に、猫、禰古万、似虎而小、能捕鼠爲粮とあり、家猫(○○)ともいへり、

〔物類稱呼〕

〈三/動物〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0197 猫ねこ 上總の國にて山ねこ(○○○)と云、〈これは家に飼ざるねこなり〉關西東武ともにのらねこ(○○○○)とよぶ、東國にてぬすびとねこ(○○○○○○)、いたりねこ(○○○○○)ともいふ、
ま(夫木集)くず原下はひありくのら猫のなつけがたきは妹がこゝろか 仲正
この歌人家にやしなはざる猫を詠ぜるなり、又飼猫を東國にてとら(○○)と云、こま(○○)といひ、又かな(○○)と名づく、
今按に猫をとらとよぶは、其形虎ににたる故に、とらとなづくる成べし、和名ねこま下略して ねこといふ、又こまとはねこまの上略なり、かなといふ事は、むかしむさしの國金澤の文庫に、 唐より書籍をとりよせて納めしに、船中の鼠ふせぎにねこを乘て來る、其猫を金澤の唐ねこ と稱す、金澤を略してかなとぞ云ならはしける、〈○中略〉今も藤澤の驛わたりにて、猫兒を囉(もら)ふに、 其人何所猫にてござると間へば、猫ぬし、是は金澤猫なりと答るを常語とす、〈○中略〉又尾のみじ かきを、土佐國にては、かぶねこ(○○○○)と稱す、關西にては牛房(ごん /○○)と呼ぶ東國にては、牛房尻(ごぼうしり/○○○)といふ、東鑑 五分尻(ごぶじり/○○○)とあり、

〔源氏物語〕

〈三十四/若菜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0197 から猫(○○○)のいとちいさくおかしげなるを、すこしおほきなる猫のをひつゞきて、俄にみすのつまよりはしり出るに、人々おびえさはぎて、そよ〳〵とみじろきさまよふけはひども、きぬの音なひみゝかしましきこゝちす、猫はまだよく人にもなつかぬにや、つないとながくつきたりけるを、ものにひきかけまつはれにけるを、にげんとひこしろふ程に、みすのそばい とあらはにひきあげられたるを、とみにひきなをす人もなし、

〔源氏物語〕

〈三十五/若菜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0198 春宮に參り給て、〈○柏木、中略、〉六條の院のひめ宮の御かたにはべるねここそ、いとみえぬやうなるかほして、おかしうはべりしか、はつかになんみ給へしとけいし給へば、ねこわざとらうたくせさせ給御心にて、くはしくとはせ給ふ、から猫のこゝのにたがへるさましてなんはべりし、おなじやうなるものなれど、こゝろおかしく人なれたるは、あやしくなつかしきものになん侍るなど、ゆかしくおぼさるばかりきこえなし給、

〔壒囊抄〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0198 猫ヲ乙(ヲト/○)ト云ハ何ノ故ゾ
虎ヲ於莵(ヲト)ト云也、然ニ猫ノ姿幷ニ毛ノ色似虎、故ニ世俗猫ヲ呼テ於莵(ヲト)ト云ヘバ、猫則喜ト云り、〈○中略〉猫ヲ差シテ虎ノ名ヲ呼ハ悦コブ覽、サモアリヌベキ事也、猫ハ鼻常ニ冷シ、夏至ノ日一日ハ暖カ也、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/if0000r13041.gif ベテ旦ト暮ベト目睛圓シ、午ノ時ハ細クシテ如線ト云リ、

〔世事百談〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0198 手飼の虎(○○○○) 山猫(○○)
虎と猫とは、大小剛柔ははるかに殊なりといへども、その形狀の相類すること絶えてよく似たり、さればわが邦のいにしへ、猫を手がひの虎といへること、古今六帖の歌に、
あさぢふの小野のしの原いかなれば手がひのとらのふし所なる、また源氏物語女三宮のくだりに見えたり、唐土の小説に、虎を山猫といふこと、西遊記第十三回、韜虎穴金星解厄といへる條に、伯欽道風响、是個山猫來了云々、只見一隻斑爛虎とあり、形似をもて互に異名とすることおもしろくおぼえたり、

猫性質/猫形體

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0198
集解、源順曰、似虎而小、能捕鼠爲粮、必大○平野謂、本邦古來宮中多愛之、頸纏錦繡、著金鈴、或名之、以美稱喚、懷抱弄之、有黃白黑駁數色、貍身虎面柔毛利齒、以長尾短腰上齶多稜者良、能捕鼠、凡捕鼠得 一先囓而半殺、又捕他鼠初、譬雖數十、亦不倦、此俗稱逸物、若得一先食盡之、而及他者次也、其中有鼠、惟晝夜潜行、窺鷄鴨鳩雀之雛、竊殘肉餘腥之肴者、此猫中之貪賊而不言、若斯之類、必性如愚、而偸人之眼、以捕物去、潜器之陰處而不出、故俗稱人之匿心中之貪欲、而不于外、曰猫根情也、冬至後初乳、至夏至後孕而生子、此號夏子、初秋後初乳、至初冬後孕而生子、此號冬子、兩月而生、一乳數子、復有自食子者、此畜類之性也、春雄呼雌而乳、秋雌呼雄而乳、是陽升迎陰、陰下興陽之義乎、猫睛如線、如月之弦、李時珍詳論之、予亦試之、以知其實、猫性喜https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00898.gif 寒、各春之際、必眠爐邊、踞負暄、或倚人之膝腰、夏月亦似暑、是陰類所以固然乎、凡老雄猫作妖、其變化不狐狸、而能食人、俗呼稱猫麻多、其純黃毛純黑毛最作妖、惟於暗處、以手逆撫背毛、則放光如火點、是所以爲一レ恠也、近聞、患老痰久喘者好食之、曰猫肉味甘膩、烹之則泛脂、生小團子、深靑澄徹如玉、其味尤甘美、能下痰定喘、予未之、

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈三十四/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0199 貓 ネコマ〈和名鈔〉 コマ〈同上〉 アサクサマヌ〈古歌〉 カラネコ〈同上〉
トラ〈東國〉 カナ〈同上〉 ネコ 一名貍奴〈卓氏藻林〉 女奴〈採蘭雜志〉 虎舅〈劒南詩稿〉 鼠將〈淸異錄〉 貍https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00899.gif 〈事物紺珠〉衘蟬奴〈同上〉 玉狻猊〈異名事物〉 紅叱撥 衘蟬〈共同上〉 家豹〈故事成語考〉 黑貓、一名烏園、〈名物法言釋名ノ烏圓同、〉白貓、一名白雪姑、〈淸異錄〉 白老〈唐餘錄〉
貓ノ毛色一ナラズ、秘傳花鏡ニ、以純黃、純黑、純白者上、人多美其名、曰靑葱、曰叱撥、曰紫英、曰白鳳、曰錦帶、曰雲圖、如肚白背黑者烏雲、蓋雪身白尾黃或尾黑者、名雪裏、拖鎗四足皆花及尾有花、或貍色或虎斑色者、謂之纏得過ト云、黑猫ヲ暗夜ニ逆ニ撫ル時ハ光ヲ生ズト云、酉陽雜爼ニモ、黑者暗中逆循其毛卽若火星、俗言猫洗面過耳則客至トアリ、集解ニ、或云、其睛可時、子午卯酉如一線、寅申巳亥如滿月、辰戌丑未如棗核、本邦俗歌ニ六圓ク四八瓜子五ト七ト卵形ニテ九ハ針ト云、琅邪代醉ニ、有人授予占貓睛法曰、子午線、卯酉圜、辰戌丑未杏仁尖、寅申己亥棗核樣ト云、事物原始ニ、子 午一線、卯酉正圜、辰戌丑未棗核尖、寅申巳亥銀杏樣ト云、集解トハ小異アリ、凡猫晝眠ルモノハ夜善鼠ヲ捕フ、晝眠ラズシテ食ヲ求ルモノハ夜鼠ヲ捕ルコト能ハズ、俗ニノラネコト云、徐氏筆精ニ、猫不捕鼠者名麒麟猫ト云、又俗ニ老猫尾岐ヲ成シ、人ヲ魅スルヲマタネコト云説アリ、酉陽雜俎及月令廣義ニ、金華猫ヨク人ヲ妖スルコトヲ云ヘリ、金華ハ地名ナリ、集解ニ、貓死引竹ト云ハ、死猫ヲ竹林ノ邊ニ埋ムレバ、ソノ處へ竹生ジ來ルコトナリ、

〔倭訓栞〕

〈前編二十二/禰〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0200 ねこ〈○中略〉 猫の眼は十二時にかはり、鼻は夏至の一日あたゝか也といへり、

〔過庭紀談〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0200 世上ニ牡丹ノ下ニ猫ノ眠リ居ル圖ヲエガケル多シ、是亦彼圖ノ元來ノ起リニ相違セリ、彼圖ノ猫ハ睡ラスル筈ニテハ無シ、本右ノ圖ハ唐ノ時、或人サル能畫師ニ正午ノ牡丹ヲ圖シクレヨト賴ミシニ、右ノ畫師、牡丹ヲエガクハ易キコトナレドモ、日中正午ノ趣ヲイカヾシテ畫キ寫サンヤト、色々工夫ヲメグラシテ思ヒ付キ、牡丹ノ傍ニ猫ヲアシラヒ、其猫ノ眼ヲ正午ノ眼ニエガキテ、ソレニテ正午ノ牡丹ト云フ所ヲアラワセシナリ、左スレバ右ノ圖ノ猫ハ、眼コソ專一ノ主ナルニ睡猫ニエガキテハ何ノ面白キコトモ無シ、

〔兎園小説〕

〈三集〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0200 むじなたぬき〈○中略〉
佛庵老人の云、日光鉢石町の人の話に、黑猫(○○)にも月の輪めきたるものありて、月の盈闕により て、あるとなきとありとかたりしが、今熊の事につきて思ひ出だしぬとかたられき、
乙酉三月 海棠庵
美成云、右佛庵翁の黑猫と、熊と似たる話、世人のかつてしらざる事にて、いと珍らし、又猫と虎とは形狀もよく似て、歌にも猫を手がひの虎などよめり、しかるにその所爲も亦おなじき事あり、無寃錄〈卷下八十二丁〉云、虎咬死云々、一云、月初咬頭頂、月中咬腹脊、月盡咬足、猫咬鼠亦然、これらうきたることにあらず、奇といふべし、 解云、象と熊とは、その膽四時にしたがひて、その在る所の異なるよしさへ、古人辨じおきたれば、右の月の輪の説などもことわり、或はさるよしあらん、しかれども猫と熊とはおなじかるべくもおぼえず、めのをんなのわかゝりし時、好みて黑猫をかひしこと、年ごろをふるまゝに、その年年にうませし子も、多くは黑猫なるをもて、これらのうへは、予もよく知れり、しかるに、黑猫毎に胸のあたりに、月の輪めきたるものあるにあらず、稀にはあるもあれど、そは黑白のぶちなれば、熊の月の輪に類すべからず、いかにとなれば、熊はすべて雜毛なく、猫には雜毛多ければなり、かかれば鉢石なる人の説も、ひたすらにはうけがたく、無寃錄に載せたる説も、必とすべからず、虎は皇國になきものなれど、猫の事は知り易かり、大約猫の鼠をとるに、必先その吭(ノドブエ)を拉きて、半死半生ならしめつゝ弄ぶこと半時ばかり、旣に啖はんとするにおよびて、必鼠の頂より咬ひはじめて、扨全身を盡くすものなり或は巢たちせし雛鼠などをば、只一口にくらふことあり或は多くとり得し時、又は大鼠にして、飽く時は、その頭頂より咬ひはじめ、その足より啖ふことは絶えてなし、こは予がさかりなりし時、凡はたとせあまりの程、いくたびとなく見し事なれば、遠く書をあさるに及ばず、もし疑ふ人もあらば、ためし見て、予が言の誣へざるを知りねかし、
附けていふ、猫の純黑なるものは、尤得がたし、その純黑と見えたるも、その毛をわけてよく見 れば必白きさし毛あり、よしや、さし毛なきものは、或はその爪の白く、或はあなうらの白きあ り、かの藥劑に用ふといふ眞の純黑の得がたきこと、かくの如し、かゝれば黑猫の胸の白きは、 偶然たるぶちにして、熊の月の輪と異なり、

〔提醒紀談〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0201 猫の性鼠にしかず
ある人一疋の鼠を畜て、猫とともに居らしむるに、日をふるまゝに互にあひ馴れて、鼠も畏れず、猫も亦啖ふことを憶はず、却て鼠のまゝなること愚なるものゝ如し、思ふにその性のもとより 鼠を啖はんことを欲ざるにはあらねど、人を畏るゝことの專なるにあるのみ、顧ふにその初め鼠と猫とを馴しむるの時、かりそめにも猫の鼠を啖んとすれば、叱り擊たゝきてこれを懼れしむ、かく嚴く攻らるゝが心にしみて、數月をふるまゝに、遂に猫の心の動くことなく、鼠も亦ならび居るといへども、怛ることなきやうになるなり、こゝに於て己が鼠なるをも忘るゝもさもあるべきことぞかし、かくて客至れば主人まづ猫を呼て座に就しむ、次に鼠を出して猫に頭を下げ、あいさつをなさしむるに、猫これに答ること慇懃なるが如し、又鼠一胾の肴と酒とを持て猫の前に置くに、猫あいさつをしてその肉を啖ふ、應對のふるまひ鼠との交り、殊になからひあしからず見ゆ、是もとより猫の性ならんや、これ性を枉て發さゞるは、その人を懼るゝが故なり、鼠の又ならび居て怛れざるは、これ習ひ性となるものなり、夫習ひて性となるものゝ性を矯て、人に懼れ從ふものは、天地懸隔の違ひといふべし、これによつて猫の性の鼠にしかざるを知れりといふ、〈澹園初稿〉予嘗て鼠に躍を習はしむるは、塔櫨を火にかけて熱らしめ、さて鼠の後足へ履をはかしめて、その中へ放ち入るれば、前足のみ徒跣にて熱きに堪えざれば、やがて起て跳るものといふ、後には地にさへ放てば、必起て躍るといへり、これ禽獸に藝を敎るの術といへり、唐土にも似たることあり、珍珠船に、敎舞鱉(/スツポン)者、燒地置鱉其上、忽抵掌使其跳梁、旣慣習、雖冷地掌、亦跳梁、敎龜鶴舞、亦用此術といへり、

異形猫

〔鹽尻〕

〈三十四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0202 一寶永二年乙酉五月、東都大久保なる所の某の家に〈御書物預り川内傳四郎〉飼置し猫、二頭六足二尾灰色毛の子を產せしよし、生れてやがて死けるとかや、

猫飼養法

〔雲萍雜志〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0202 猫を飼ふもの、多くは猫をやしなふことをしらず、飯をあたふるに鰹ぶしを入れ、肉味を加ふ、猫は常に厚味を食とする時は、鼠をとらず、猫は麥をたきて、味噌汁をかけ與ふべし、その他の食をあたふべからず、常に肉食にならはすれば、肉なき時は、必他の家にいたりて、魚肉を 盜めり、人を養ふも亦復しかり、

〔燕石雜志〕

〈五/上〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0203 俗呪方
治病猫、禽獸の病はみな疫也、鳥獸魚類の病死したるものは食ふべからず、猫の疫は必吐す、はやく銅杓子を削て、魚肉に交て餌ば卽活、亦烏藥水を以灌之甚良と、時珍はいへり、凡猫は鐵を忌もの也、魚骨を飯に和て餌とて常に鐵火箸をもてすれば、その猫瘦て命短し、

猫事蹟

〔夫木和歌抄〕

〈二十七/猫〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0203 御集 花山院御製
しきしまのやまとにはあらぬからねこのきみがためにぞもとめ出たる
此御歌は、三條の太皇太后宮より、ねこやあるとありしかば、人のもとなりしが、おかしげなり しを、とりてたてまつりしに、あふぎのおれをふだにつくりて、くびにつなぎてあそばされし 御歌と云々、

〔小右記〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0203 長德五年〈○長保元年〉九月十九日戊戌、日者内裏御猫產子、女院左大臣右大臣有產養事、有衝重垸飯、納筥之云々、猫乳母馬命婦、時人咲之云々、奇恠之事、天下以目、若是可徵歟、未禽獸用人乳、嗟乎、

〔枕草子〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0203 うへにさぶらふ御猫は、かうふり給はりて、命婦のおもととていとおかしければ、かしづかせ給ふが、はしに出たるを、めのとの馬の命ぶ、あなまさなや、いり給へとよぶに、きかで日のさしあたりたるにうちねぶりてゐたるを、おどすとて、翁まろ〈○犬名〉いづら、命婦のおもとくへといふに、まことかとて、しれもの、はしりかゝりたれば、をびえまどひてみすのうちにいりぬ、あさがれいのまにうへ〈○一絛〉はおはします、御らんじていみじうをどろかせ給ふ、猫は御ふところにいれさせ給ひて、おのこどもめせば、藏人たゞたかまいりたるに、此翁まろうちてうじて、いぬ島につかはせ、たゞいまと仰せらるれば、あつまりてかりさはぐ、馬の命婦もさいなみて、めのとか へてん、いとうしろへたしとおほせらるれば、かしこまりて御前にも出ず、いぬばかり出て、たきぐちなどして追ひつかはしつ、

〔更科日記〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0204 おなじおりなく成玉ひし侍從大納言〈○藤原行成〉の御むすめの書を見つゝ、すゞろにあはれ成に、五月ばかり、夜ふくるまで、物がたりをよみておきゐたれば、きつらんかたもみえぬに、ねこのいとながうないたるを、おどろきて見れば、いみじうおかしげなる猫あり、いづくよりきつるねこぞと見るに、あねなる人、あなかま人にきかすな、いとおかしげなる猫なり、かはんとあるに、いみじう人なれつゝ、かたはらに打ふしたり、尋ぬる人やはと、是をかくしてかふに、すべて下すのあたりにもよらず、つとまへのみありて、ものもきたなげなるは、ほかざまにかほをむけてくはず、あねおとゝの中につとまとはれて、おかしがりらうたがるほどに、あねのなやむ事あるに、物さわがしくて、此ねこをきたおもてにのみあらせてよばねば、かしがましくなきのゝしれども、なをさるにてこそはとおもひてあるに、わづらふあねおどろきて、いづら猫はこちゐてことあるを、などゝとへば、夢に此ねこのかたはらにきて、おのれはじゝう大納言殿の御むすめのかくなりたる也、さるべきえんのいさゝかありて、この中の君のすゞろにあはれとおもひ出たまへば、たゞしばしこゝにあるを、此ごろ下すのなかにありて、いみじうわびしきことゝいひて、いみじうなくさまは、あでにおかしげなる人と見えて、打おどろきたれば、此ねこの聲にて有つるが、いみじく哀成とかたり玉ふを聞に、いみじくあはれ也、そののちは此ねこを北面にもいださず、おもひかしづく、たゞひとりゐたる所に、此ねこがむかひゐたれば、かいなでつゝ、侍從大納言の姫君のおはするな、大納言殿にしらせ奉らばやといひかくれば、かほをうちまもりつゝ、なかようなくも、心のおもひなし、めのうちつけに、れいのねこにはあらず、きゝしりがほにあはれや、〈○中略〉そのかへる年〈○治安三年〉四月の夜中ばかりに火のことありて、大納言殿の姫君と思かしづ きし猫もやけぬ、大納言殿のひめ君とよびしかば、聞しりがほになきて、あゆみきなどせしかば、てゝなりし人も、めづらかに哀なること也、大納言に申さむなどありし程に、いみじうあはれに、口おしくおぼゆ、

〔古今著聞集〕

〈二十/魚虫禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0205 保延のころ、宰相中將なりける八の乳母、猫をかひけり、その猫たかさ一尺ちからのつよくて綱をきりければ、つなぐ事もなくてはなち飼けり、十歲にあまりける時、夜に入て見ければ、せなかに光あり、かの乳母つねに此猫にむかひて、汝死なん時われに見ゆべからずとをしへけるは、いかなるゆへか、おぼつかなき事也、十七になりける年、ゆくかたをしらずうせにけりとそ、

〔台記〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0205 康治元年八月六日丙寅、僕少年養猫、猫有疾、卽畫千手像之曰、請疾速除愈、又令猫滿十歲、猫卽平愈、至十歲死、〈裹衣入櫃葬也〉爰知此菩薩靈驗新

〔古今著聞集〕

〈十七/變化〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0205 觀敎法印が嵯峨の山庄に、うつくしきからねこの、いづくよりともなく出きたりけるをとらへてかひけるほどに、件のねこ玉をおもしろく取ければ、法印愛してとらせけるに、秘藏のまもり刀を取いでゝ玉にとらせけるに、件のかたなをくわへて、ねこやがてにげはしりけるを、人々追てとらへんとしけれどもかなはず、行がたをしらずうせにけり、此ねこもし魔のへんげして、守りを取てのち、憚所なくをかして侍るにや、おそろしき事也、

〔古今著聞集〕

〈二十/魚虫禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0205 ある貴き所に、しろね(○○○)といふ猫をかはせ給ひける、その猫ねずみすゞめなどを取けれども、あえてくはざりけり、人のまへにてはなちける、ふしぎ成ねこなり、

義猫

〔新著聞集〕

〈二/酬恩〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0205 猫舌を噉斃す
大坂博勞の内、葉山町鍛冶屋八兵衞が妻、かぎりにわづらひて死すべき程ちかづきし比、久しく飼おきし猫、床のあたりを離ずありしに、病人の曰、我は頓て死するなり、なきあとにては、汝を可 愛がる人もあらじ、いづくへなりとも行よと口説しかば、打しほれてかたはらに居たりしが、病人はかなく成て野おくりに、件の猫輿の跡につき、一町ばかり行しを追反しければ宅に歸り、舌をくひ切て死したりし、貞享二年十月廿八日の事にて侍りし、

〔宮川舍漫筆〕

〈四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0206 猫恩を報
文化十三子年の春、世に專ら噂ありし猫恩を報んとしてうち殺されしを、本所回向院江埋め碑を建、法名は德善畜男と號す、三月十一日とあり、右由來之儀者、兩替町時田喜三郎が飼猫なるが、平日出入の肴屋某が、日々魚を賣ごとに、魚肉を彼猫に與へける程に、いつとても渠が來れる時には、猫先出て魚肉をねだる事なり、扨右の肴屋病氣にて長煩ひしたりし時、錢一向無之難儀なりし時、何人ともしらず金二兩あたへ、其後快氣して商賣のもとでを借らんとて、時田がもとに至りける時、いつもの猫出ざるにつき、猫はと問ければ、此程打殺し捨たりしと、其譯は先達而金子二兩なくなり、其後も金を兩度まで喰わへて逃出たり、倂兩度ともに取戻しけるが、然らばさきの紛失したりし金も、此猫の所爲ならんとて、猫をば家内寄集りて殺したりといふ、肴屋泪を流して、其金子はケ樣〳〵の事にて、我等方にて不思義に得たりと、其包紙を出し見せけるに、此家の主が手跡なり、しからば其後金をくはえたるも、肴屋の基手にやらんとの猫が志にて、日頃魚肉を與へし報恩ならん、扨々知らぬ事とて不便の事をなしたりとの事也、後にくはへ去らんとしたる金子をも、肴屋に猫の志を繼て與へける、肴屋も彼猫の死骸をもらひ、回向院に葬したる事とぞ、凡恩を知らざるものは猫をたとへにひけど、又斯る珍らしき猫もありとて、皆人感じける、

〔閑窻瑣談〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0206 猫の忠義
遠江國蓁原郡御前崎といふ所に、高野山の出張にて、西林院といふ一寺あり、此寺に猫の墓鼠の 墓といふ石碑二つ有り、そも〳〵此所は伊豆の國石室崎、志摩國鳥羽の湊と同じ出崎にて、沖よりの目當に高燈籠を常燈としてあり、されば西林院の境内にある猫塚の由來を聞に、或年の難風に沖の方より、船の敷板に子猫の乘たるが、波にゆられて流れ行を、西林院の住職は丘の上より見下して、不便の事に思はれ、舟人を急ぎ雇ひて小舟を走らせ、旣に危き敷板の子猫を救ひ取、やがて寺中に養れけるが、畜類といへども必死を救はれし大恩を、深く尊み思ひけん、住職に馴てその詞を能聞解、片時も傍を放れず、斯る山寺にはなか〳〵能伽を得たるこゝちにて、寵愛せられしが、年を重ねて彼猫のはやくも十年を過し、遖れ逸物の大猫となり、寺中には鼠の音も聞事なかりし、さて或時寺の勝手を勤める男が、椽の端に轉寢して居たりしに、彼猫も傍に居て庭をながめありし所へ、寺の隣なる家の飼猫が來て、寺の猫に向ひ、日和も宜しければ伊勢へ參詣ぬかといへば、寺の猫が云、我も行たけれど、此節は和尚の身の上に危き事あれば、他へ出難しといふを聞て、隣家の猫は、寺の猫の側近くすゝみ寄、何やら咡き合て後に別れ行しが、寺男は夢現のさかひを覺へず、首をあげて奇異の思ひをなしけるが、其夜本堂の天井にて最怖ろしき物音し、雷の轟くにことならず、此節寺中には住職と下男ばかり住て、雲水の旅僧一人止宿て、四五日を過し居た、るが、此騷ぎに起も出ず、住持と下男は燈火を照らして彼是とさはぎけれども、夜中といひ、高き天井の上なれば、詮方なく夜を明しけるが、夜明て見れば、本堂の天井の上より生血のゑたゝりて落けるゆへ、捨おかれず、近き傍の人を雇ひ、寺男と倶に天井の上を見せたれば、彼飼猫は赤に染て死し、又其傍に隣家の猫も疵を蒙りて半は死したるが如し、夫より三四尺を隔りて、丈け二尺ばかりの古鼠の、毛は針をうへたるが如きが生じたる怖ろしげなるが、血に染りて倒れ、いまだ少しは息のかよふ樣なりければ、棒にて敲き殺し、やう〳〵に下に引おろし、猫をばさま〴〵介抱しけれども、二疋ながらたすからず、彼鼠はあやしひかな、旅僧の著て居たる衣 を身にまとひ居たり、彼是と考へ察すれば、古鼠が旅の僧に化て來り、住職を喰はんとせしを、飼猫が舊恩の爲に命を捨て、住職の災を除きしならんと、人々も感じ入、頓て二疋の猫の塚を立て回向をし、鼠も最怖ろしき變化なれば、捨おかれずと、住持は慈悲の心より猫と同じ樣に塚を立て、法事をせられしが、今猶傳へて此邊を往來の人の噂に殘り、塚は兩墓ともものさびて寺中にあり、

〔花月草紙〕

〈四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0208 むすめの十あまり六つ七つになりたるを、月花にもかへじと思ひたるに、としごろかふ猫の、むすめがかはやへゆけば、かならずあとよりつきて行く、いかにせいすれどもきかず、つなぎをくにかはやへ行くときは、かならずしりてたけうなりて、なはくひきりてはせてゆく、いかにとたづぬれば、かはやのうちにつとつきそひて居侍るといふ、いかにも心のそこしりがたしとて、おやなりけるもの、つるぎもちゐてかのねこのかはやへはせ行くとき、かうべをきりたれば、そのかうべかはやのうちにいりぬ、彌あやしみおどろきてみれば、そのかうべかはやのうちなるくちなはにくひつきて、くちなはゝ死してけり、さらばそのむすめにくちなはの思ひいりたるをしりて、かくはありけりと、なみだおとさぬはなかりしとなり、冤牛とかいふ事、かの國のふみにもありとなり、猫のうらみはいかにといへば、もとよりものいふ事ならぬみなれば、それにうらみもなし、かのくちなはをころして、君の難をすくひぬれば、たゞにほゐとげしなり、もとより功名に心なければ、おもひをくこともあらじかし、たゞかひをけるあるじの心はいかがありけむ、

怖猫

〔今昔物語〕

〈二十八〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0208 大藏大夫藤原淸廉怖猫語第卅一
今昔、大藏ノ丞ヨリ冠リ給ハリテ、藤原ノ淸廉ト云フ者有キ、大藏ノ大夫トナム云ヒシ、其レガ前世ニ鼠ニテヤ有ケム、極ク猫ニナム恐ケル、然レバ此ノ淸廉ガ行キ至ル所々ニハ、若男共ノ勇タ ルハ、淸廉ヲ見付ツレバ、猫ヲ取出テ見スレバ、淸廉猫ヲダニ見ツレバ、極キ大切ノ要事ニテ行タル所ナレドモ、顏ヲ塞テ逃テ去ヌ、然レバ世ノ人此ノ淸廉ヲバ猫恐ノ大夫トゾ付タル、然テ此ノ淸廉、山城大和伊賀三箇國ニ田ヲ多ク作テ、器量ノ德人ニテ有ルニ、藤原ノ輔公ノ朝臣、大和ノ守ニテ有ル時ニ、其ノ國ノ官物ヲ淸廉露不成ザリケレバ、守何シテ此レヲ責取テムト思フニ、无下ノ田舍人ナドニモ非ズ、諸司勞ノ五位ニテ、京ニ爲行ク者ナレバ、廳ナドニモ可下キニモ非ズ、然ドモ緩ヘテ有レバ、盜人ノ心有奴ニテ、此彼云テ出シモ不遣ズ、何ガセマシト思ヒ廻シテ思ヒ得テ居タル程ニ、淸廉守ノ許ニ來ヌ、守可謀樣ヲ案ジテ、侍ノ宿直壼屋ノ極ク全クテ二間許有ル所ニ守一人入テ居ヌ、然テ彼ノ大藏ノ大夫此ニ坐セ、忍テ聞ヌベキ事有卜云セタレバ、淸原例ハ氣色https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00190.gif 氣ニ坐スル守ノ、此ク逶、ヤカニ宿直壼屋ニ呼ビ入レ給ヘバ、喜ヲ成シテ垂布ヲ引キ開テ、ユクリモ无タ這入ヌレバ、後ヨリ侍出來テ其ノ入ツル遣戸ヲバ引立テツ、守ハ奧ノ方ニ居テ此ニト招ケバ、淸廉畏マリツヽ居ザリ寄ルニ、守ノ云ク、大和ノ任ハ漸ク畢ヌ、只今年許也、其レニ何ニ官物ノ沙汰ヲバ今マデ沙汰シ不遣ヌゾト、何ニ思フ事ゾト、淸廉其ノ事ニ候フ、此ノ國一ツノ事ニモ不候ズ、山城伊賀ノ事ヲ沙汰仕リ候フ間ニ、何方モ沙汰仕リ不遣ズシテ、事多ク罷成ニタレバ否仕リ不遣ヌヲ、今年ノ秋皆成シ畢候ヒナムトス、異折ニコソ此モ彼モ候ハメ、殿ノ御任ニハ何カデカ愚ニハ候ハム、此マデ下申テ候コソ、心ノ内ニハ奇異ク思給へ候ヘバ、今ハ何ニテモ仰セニ隨テ員ノマヽニ辨へ申テムト爲ル物ヲバ、穴糸惜シ千萬石也ト云フトモ、未進ハ罷リ負ナムヤ、年來隨分ノ貯へ仕タレバ、此マデ疑ヒ思食シテ仰セ給フコソロ惜ク候ヘト云テ、心ノ内ニハ、此ハ何事云フ貧窮ニカ有ラム、屁ヲヤハヒリ不懸ヌ、返ラムマヽニ伊賀ノ國ノ東大寺ノ庄ノ内ニ入居ナムニハ、極カラム守ノ主也トモ否ヤ責メ不給ザラム、何ナル狛ノ者ノ大和ノ國ノ官物ヲバ辨ヘケルゾ、前ニモ天ノ分地ノ分ニ云成シテ止ヌル物ゾ、此ノ主ノシタリ顏ニ、此クhttps://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00196.gif ニ 取ラムト宣フ、鳴呼ノ事也カシ、大和ノ守ニ成給フニテ、思エノ程ハ見エヌ可咲キ事也カシト思へドモ、現ニハ極ク畏マリテ手ヲ摺ツヽ云居タルヲ、守盜人ナル心ニテ、否主此ク口淨クナ不云ソ、然リトモ返ナバ使ニモ不會ズシテ、其ノ沙汰ヨモ不爲ジ、然レバ今日其ノ沙汰切テムト思フ也、主物不成ズシテ否不返ラジト云へバ、淸廉我ガ君罷返テ、月ノ内ニ辨ヘ切候ヒナムト云フヲ、守更ニ不信ズシテ云ク、主ヲ見進テ旣ニ年來ニ成ヌ、主モ亦輔公ヲ見テ久ク成ヌラム、然レバ互ニ情无キ事ヲバ否不翔ヌ也、然レドモ只今有心ニテ此ノ辨へ畢テヨト、淸廉何デカ此テハ辨へ申シ候ハム、罷返テ文書ニ付テコソハ沙汰シ申シ候ハメト云フ、其ノ時ニ守音糸高ク成テ居上テ、左右ノ腰ヲユスリ上テ氣色糸惡ク成テ、主然バ今日不辨ジトヤ、今日輔公主ニ會テ只死ナムト思フ也、更ニ命不惜ラズト云テ、男共ヤ有ルト聲高ヤカニ呼ブニ、二音許ニ呼べドモ、淸廉聊カ動モ不爲ズシテ、頰咲テ只守ノ顏ヲ護テ居タリ、而ル間侍答へシラ出來タレバ、守其ノ儲タリツル物共取テ詣來ト云ヘバ、淸廉此レヲ聞テ、我ニハ否恥ハ不見セジ物ヲ、何事ヲ何ニセムトテ此ハ云フニカ有ラムト思ヒ居タル程ニ、侍共五六人許ガ足音シテ來テ、遣戸外ニテ將參テ候フト云へバ、守其ノ遣戸ヲ開テ、此チ入レヨト云へバ、遣戸ヲ開ルヲ淸廉見遣レバ、灰毛斑ナル猫ノ長一尺餘許ナルガ、眼ハ赤クテ虎珀ヲ磨キ入タル樣ニテ、大音ヲ放テ鳴ク、只同樣ナル猫五ツ次ギテ入ル、其ノ時ニ淸廉目ヨリ大ナル涙ヲ落シテ、守ニ向テ手ヲ摺テ迷フ、而ル間五ツノ猫壼屋ノ内ニ離レ入テ、淸廉ガ袖ヲ聞キ、此ノ角彼ノ角ヲ走リ行クニ、淸廉氣色只替リニ替テ難堪氣ニ思タル事无限シ、守此レヲ見ルニ糸惜ケレバ、侍ヲ呼ビ入レテ皆引出サセテ、遣戸ノ許ニ繩ヲ短クシテ繫セツ、其ノ時ニ五ツノ猫ノ鳴合タル音耳ヲ響カス、淸廉汗水ニ成テ目ヲ打叩テ生タルニモ非ヌ氣色ニテ有レバ、守然バ官物不出サジトヤ、何カニ、今日其ノ切テムト云ヘバ、淸廉无下ニ音替リテ篩テ云ク、只仰セ事ニ隨ハム、何ニモ命ノ候ハムゾ、後ニモ辨メモ候べキト、其時ニ守侍 ヲ呼テ、然バ硯ト紙ト取テ持來ト云ヘバ、侍取テ持來タリ、守其レヲ淸廉ニ指取セテ、可成キ物ノ員ハ旣ニ五百七十餘石也、其レヲ七十餘石ハ家ニ返テ、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00900.gif ヲ置テ吉ク計へテ可成キ也、五百石ニ至テhttps://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00196.gif ニ下文ヲ成セ、其ノ下文ヲバ伊賀ノ國ノ納所ニ可成キニ非、此ク許ノ心ニテハ虚下文モゾ爲ル、然レバ大和國ノ宇陀ノ郡ノ家ニ有ル稻米ヲ可下キ也、其ノ下文ヲ不書ズバ、亦有ツル樣ニ猫ヲ放チ入レテ輔公ハ出ナム、然テ壼屋ノ遣戸ヲ外ヨリ封結ニ籠テ出ナムト云へバ、淸廉只我ガ君我ガ君、然テハ淸廉ハ暫クモ生テハ候ヒナムヤト云テ、手ヲ摺テ宇陀ノ郡ノ家ニ有ル稻米籾三種ノ物ヲ五百ガ方ニ下文ヲ書テ守ニ取ラセツ、其ノ時ニ守下文ヲ取ツレバ淸廉ヲバ出シツ、下文ヲバ郎等ニ持セテ、淸廉ヲ具シヲ宇陀ノ郡ノ家ニ遣テ、下文ノマヽニ悉ク下セテhttps://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00196.gif ニナム取テケル、然レバ淸廉ガ猫ニ恐ルヲ鳴呼ノ事ト見ツレドモ、大和ノ守輔公ノ朝臣ノ爲ニハ、極メタル要事ニテナム有ケルトゾ、其ノ時ノ人云繚テ、世擧テ咲合へリトナム語リ傳へタルトヤ、

猫雜載

〔枕草子〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0211 心ゆくもの
猫はうへのかきりくろくて、ことはみなしろからん、

〔枕草子〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0211 なまめかしきもの
夏のもかうのあざやかなる、すのとのかうらんのわたりに、いとおかしげなるねこのあかきくびつなに、白きふだつきて、いかりのをくひつきてひきありくもなまめひたり、

〔ねこのさうし〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0211 まづけうちやう七年八月中旬に、洛中にねこのつなをときて、はなち給ふべき御さたあり、ひとしく御奉行より一でうの辻にたかふだを御たて有、其おもてにいはく、
一洛中ねこのつなをとき、はなちがひにすべき事、
一同猫うりかひ停止の事 此むね相そむくにおゐては、かたく罪科に處せらるべきものなり、よつて件の如し、
右かくのごとく御せいたうある上は、面々ひぞうせし猫どもに札をつけてはなち申せば、猫なのめならずによろこふで、こゝかしこにとびまはること、ゆさんといひ、ねずみをとるにたよりあり、程なくねずみをぢおそれて、にげかくれ、けたうつばりをもはしらず、ありくといへども、さなりもなく、しのびありきのていなり、かゝるきのうまき事なし、ねがはくは此御法度つゝがなくけだひする事なかれと、万民かくのごとし、

〔毛利文書〕

〈百四十七〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0212 一他人のねこはなれたるをつなぎ候儀、一切停止之事、〈○中略〉
慶長拾三五月十三日

〔閑窻自語〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0212 當家猫靈神事〈付不盲女於當家中
いつの比にや、猫の怪異とて、よろしからぬ事のみうちつゞきける、當家〈○柳原〉の靑侍ふるきねこをころすといふによりて、曩祖あんずるに、〈後の安勢どの業光の卿か〉驗者に仰せ合され、かの靈を當家守護神のやしろ地より、第二のうちに勸請せられ、猫靈と號す、これによりて當家には猫をころす事を制すべしといひつたふるなり、

〔武江年表〕

〈九〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0212 嘉永五年壬子、淺草花川戸の邊に住る一老嫗、猫を畜て愛しけるが、年老て活業もすすまず、貧にして他の家に寄宿して、餘年を送らんとせし時、その猫に暇を與へ、なく〳〵他家へ趣しが、其夜の夢中に、かの猫吿ていふ、我かたちを造らしめて祭る時は、福德自在ならしめんと敎へければ、さめて後その如くしてまつる、夫よりたつきを得て、もとの家に住居しけるよし、他人此噂を聞て、次第にこの猫の造り物を借てまつるべきよしをいひふらしければ、世に行れて、いくらともなく今戸燒と稱する泥塑の猫を造らしめ、これを貸す、かりたる人は、布團をつくり供物をそなへ、神佛の如く崇敬して、心願成就の後、金銀其外色々の物をそへて返す、其https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01011.gif は淺草 寺三社權現鳥居の傍にありて、此猫を求るもの夥し、此事兒女輩といへども、心ある人は用ひず、まして大人の駭くべきにあらずといへども、此頃は丈夫も竊にこの猫をかりて、祈りけるもこれあるよしなりしが、四五年にして此噂止みたり、〈○中略〉 夏の頃より神田松枝町なる大工保五郎が畜猫、鼠を愛して乳をふくませ、我うみ落せし小猫とともに養育す、

〔松屋筆記〕

〈四〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0213 猫をなやませし童
齋藤謙が談に、靈巖島にすめりしころ、隣の家に伊豆の新島(ニヒジマ)よりめしおける童ありけるが、垣下に猫の晝寐せしを見て、息を吹引(フキヒキ)けるに、やがて猫くるひ出てめぐりなどするを見きようじけり、謙あやしみて、そはなにぞのわざにかととひければ、童いらへいふやう、こは猫に限れる事にあらず、何にても生類の寐て息を外へ吐とき、此方の息を吸、彼が息を引時、此方の息を吐やりて、かく息を合すること五度に及時は、必狂出るなり、五度に滿ざらん内、彼が走去などしたらんにはせんすべなし、五度息を合たらんには狂廻ことうつなし、かくて息を合する間は、いつまでもこゑを立ずして、おなじさまに狂居れど、此方の息を止むれば、とみにもとのごとくなりて走行なりといへりとなん、今按に狐狸などの人をうなすといふも、かゝるわざするにや、

〔北越雪譜〕

〈初編下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0213 泊り山の大猫
我が隣驛、關にちかき飯土山に續く東に、阿彌陀峯とて樵する山あり、〈村々持分の定あり〉二月にいたり、雪の降止たる頃、農夫ら、此山に樵せんとて、語らひあはせ、連日の食物を用意し、かの山に入り、所を見立て、假に小屋を作り、こゝを寢所となし、毎日こゝかしこの木を心のまゝに伐とりて、薪につくり、小屋のほとりにあまた積おき、心に足るほどにいたれば、そのまゝに積おきて、家に歸る、これを泊り山といふ、〈山にとまりゐて事をなすゆゑ也○中略〉ひとゝせ、泊り山したるものゝかたりしは、ことし二月、とまり山せし時、連のもの七人、こゝかしこにありて、木を伐りて居たりしに、山々に響くほどの 大聲して、猫の鳴しゆゑ、人々おそれおのゝき、みな小屋にあつまり、手に手に斧をかまへ、耳をすましてきけば、その聲ちかくにありときけば、又遠くに鳴、とほしときけばちかし、あまだの猫かとおもへば、其聲は正しく一〈ツ〉の猫也、されどすがたはさらに見せず、なきやみてのち、七人のもの、おそる〳〵ちかくなきつる所にいたりて見るに、凍たる雪に踏入れたる猫の足跡あり、大さつねの丸盆ほどありしとかたりき、天地の造物かゝるものなしともいふべからず、

〔倭訓栞〕

〈前編二十二〉

〈禰〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0214 ねこ〈○中略〉 諺に猫根性といふは、人の心の貪欲を匿し、外に露はさぬ者をいふ、土佐國にしらが山あり、大山也、多く猫住て、獵人も至り得ずといへり、是はまたなるべし鼠とる猫は爪を藏といふ諺は、説苑に、君子愛口、虎豹愛爪と見えたり、〈○中略〉猫の二歲にて死たりし兒に化て、母の乳を毎夜吸たりし事、奧州白川に有、又妾に化し事、江戸にあり、歌に手かひの虎ともよめり、本草に、今南人犹虎爲一レ猫と見えたり、猫に堅魚節あづけるといふ諺は、後漢書に、使餓狼守庖厨、飢虎牧牢豚といふに同じ、猫に小判見せるといふ諺は、野客叢書に、對牛彈琴といふ類也、但馬養父郡の一村に、猫をもて使とする社あり、農家蠶を養ふ節には、必其使を乞て鼠をかる、其使の猫は、社前の一拳石を持歸也、謝するに及び、又一拳石を隨ふ、よて小石丘壑の如しといふ、〈○下略〉
○按ズルニ、猫またノ事ハ、猿條猱㹶ノ下ニ載セタリ、

靈貓

〔和漢三才圖繪〕

〈三十八/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0214 靈貓(じやかうねこ/リンメウ) 靈貍 香貍 神貍類 俗云麝香猫〈○中略〉
按、靈猫〈俗云麝香猫〉咬𠺕吧(ジヤガタラ)及天竺有之、似猫大尾、〈毛色有數品云〉一種有麝香鼠、〈出于鼠類〉一種有麝香木、大明一統志云、眞臘國有麝香木、其木氣似麝臍香

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈三十四/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0214 靈貓 ジヤカウネコ 一名香髦〈丹鉛總錄〉 香https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01248.gif 〈泉州府志、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m01248.gif 貍同、〉 鈴貍〈本草彚言〉
狐貍麝香〈藥性要略大全〉 果貍〈廣東新語〉 和產詳ナラズ、薩州及長崎ニハ稀ニ舶來アリ、猫ノ形ニシテ大ク、體ニ香氣アリト云フ、京師ニテハ間ジヤカウ猫ト名テ觀場ニ出スコトアリ、貍類ノ獸ヲ飾リ、旁人摺扇(アフギ)ヲ以扇グ時ハ香氣アリ、是獸ニ香氣アルニ非、摺扇中ニ香ヲ入テ人ヲ欺クナリ、唐山ニテハ此獸肉ヲ食ヒ、毛ノ筆ニ用ユ、本草彙言ニ其毛可以爲一レ筆、寫書不鈍ト云、廣東新語ニ、其食惟美果、故肉香脆而甘、秋冬百果皆熟、肉尤肥ト云フ、

〔南島志〕

〈下/物產〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0215 畜獸則烏牛〈卽水牛〉犬豕麋鹿之屬、皆無有者、而無虎豹犀象、亦產異色貓

〔桃源遺事〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0215 一西山公○德川光圀むかしより、禽獸草木の類ひまでも、〈○中略〉この國〈○常陸〉へ御うつしなされ候、〈○中略〉
獸の類〈○中略〉 靈猫(ジヤコウネコ)

〔本草和名〕

〈十五/禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0215 羖羊角〈仁諝音古〉靑https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00901.gif 、〈仁諝音丁奚反〉鳫羊、䍲https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00902.gif 、〈仁諝音、上女佳反、下乃鈎反、〉一名羯毛、一名參事、一名https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00903.gif 、一名摯、一名柔毛、一名羬〈音針、出兼名苑、〉一名髯鬒主簿、〈出古今注〉未物脂、〈肪也、出墨子五行記、〉

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0215 羊〈羔附〉 兼名苑云、羝〈音低〉一名䍽〈音歷、和名比豆之、〉羊也、羔〈音高〉一名羜〈音佇羊子也、〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0215 按羊有白黑二種、白曰吳羊、黑曰夏羊、故郭璞注爾雅羒云、謂吳羊白羝、注夏羊云、黑羖䍽、又吳羊、牡曰羒、牝曰牂、夏羊、牡曰羖、牝曰羭、見爾雅及説文、顏師古注急就篇、亦云、羭夏羊之牝也、羖夏羊之牡也、今本爾雅説文作牡羭牝羖者誤、又毛詩大雅傳説文並云、羝牡羊也、玄應音義引三倉云、羝特羊也、則羝、吳夏牡羊之總名、又按本草衍義云、羖羊角謂羖䍽羊、則知䍽卽羖也、又依兼名苑注、泛言羊也、則兼名苑所擧恐ネ止羝䍽二名、蓋源君載其一端耳、郝懿行曰、夏羊牝牡皆有角、吳羊牝者無角、其有角者別名觟也、〈○中略〉羊也、二字及羊子也三字、蓋兼名苑注文、按説文云、羔羊子也、爲雅云、未羊、羜兼名苑蓋本之、説文、羜五月生羔也、毛詩正義引https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00904.gif韋昭曰、羊子初生名達、小名羔、未羊曰羜、大曰羊、長幼之異名、按依説文廣雅、達當羍、

〔類聚名義抄〕

〈九/羊〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0216 羊芉〈今正音陽、ヒツシ養、〉 善羊〈ヲヒツシ〉 羺〈奴頭反、䍲糯胡羊、細毛羊、〉 https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00905.gif https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00906.gif 羺〈俗ヒツシ〉 䍽〈音歷ヒツシ〉https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00907.gif 䍽〈俗〉 羒羒〈今正音沂、牝羊、メヒツシ、〉 https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00908.gif 羯〈或正擧謁反、羖羊ヒツシ、〉 https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00909.gif 〈ヒツシ〉 羔〈ヒツシ〉

〔八雲御抄〕

〈三下/獣〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0216 羊 ひつじのあゆみとは、物をまつたとへなり、いかなりとも始終有と云り、

〔日本釋名〕

〈中/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0216 羊 ひつじの時は、日の天にのぼりて西へさがるつじ也、日本にもとより羊なし、後代にもろこしより渡りし時、十二支の未の時の意を以て訓とせり、

〔南留別志〕

〈二〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0216 一虎をとらといふ、羊をひつじといふ、此國になき物なれば、和名あるべきやうなし、とらは朝鮮語なりといふ、さもあるべし、ひつじも異國の詞なるにや、

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0216
集解、近世自華來、世未蓄息、其狀頭身相等、而毛短、惟一兩公家牧之、至數十頭、故人亦食之者希矣、儘有之者、謂肉軟味美、而能補虚、予〈○平野必大〉不之、則未其主治也、牧家戯令紙食、羊喜食紙、然非常食、而童翫爾、
肉、氣味、〈古謂〉甘大熱無毒、〈素問云、若蘇頌論之、李時珍載禁忌、〉主治、補五勞七傷、然予未之、惟據俗稱也、

〔本草綱目譯義〕

〈五十/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0216 羊 ヒツジ
是ハ和產ナシ、唐デヤシナイ食物トス、犧ナドニモスル也、京ニナシ、舶來ノ物ヲ用ユ、長崎ニアリ、後大和本草ニ處々海頭ニハナシガイデアルト云、大抵馬ノ形ニシテ小也、犬ヨリ大也、

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈三十三/畜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0216 羊 ヒツジ〈和名鈔〉 一名、胡髯郎、〈述異記〉 靑鳥〈同上〉 卷婁〈仇池筆記〉 髯鬚主 簿〈古今注〉 髯鬚參軍〈中華古今注〉 髯主簿〈典籍便覽〉 獨笋子〈事物紺珠〉 主人 髯郎 忽魯罕〈共同上羔蒙古ノ名〉
氈根〈事物異名〉 飯牽 白石道人 忽儞〈共同上蒙古ノ名〉 羶籬菜〈類書纂要〉 羶根〈通雅〉 羔兒〈訓蒙字會羔〉 肉 一名、肥羜、〈事物異名〉 肥腔 羜味 羸畜〈共同上人ニ贈名〉 膽一名、百草精、〈秘方集驗〉 脂一名、味物脂、〈石藥爾雅〉
唐山ニテハ畜テ食用ニ供ス、本邦ニテハ京師ニハ畜フモノナシ、他州ニハ畜フ處モアリ、皆漢種 ナリ、稀ニ觀場ニ出ス、形馬ニ比スレバ小ク、狗ニ比スレバ最大ナリ、多クハ淡褐色ナリ、白色ノ者モアリ、頭ハ略馬ニ類シテ短シ、喉下ヨリ胸ニ至テ長毛アリ、喜デ紙ヲ食フ、此獸惡臭アリ、羊羶ト云、唐山ヨリ白羊皮毛ヲ連ヌル者ヲ渡ス、ハラゴモリヲ上品トス、臭氣ナシ、用テ裘、ニ作ル、毛軟ニシテ綿ノ如シ、母羊ノ腹中ニアルヲ取ル、コレヲ胞羔〈天工開物〉ト云、已ニ長ジタル羊ハ惡臭アリ、故ニ羊皮裘母賤子貴ト云フ、一種綿羊、今舶來アリ、ソノ毛極テ細クシテ長シ、天鵞絨(ピロウド)ヲ織リ、哆羅絨(ラシヤ)ヲ製スベシ、唐山ニテ母羊ノ毛ヲ以、毛氈ニ作ルト云フ、羊皮ハ甚薄クシテ紙ニ代へ書畫ヲナシ、書皮ニ造ル、

〔庖厨備用倭名本草〕

〈首/食禁〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0217 羊ハ熱病天行病瘧痔、此等ノ病後ニハ食スベカラズ、白羊黑頭、黑羊白頭、獨角羊、此類皆食スベカラズ、銅器ニテ煮タルハ毒アリ、食スベカラズ、

〔日本書紀〕

〈二十二/推古〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0217 七年九月癸亥朔、百濟貢駱駝一疋、驢一疋、羊二頭、白雉一侯

〔日本紀略〕

〈嵯峨〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0217 弘仁十一年五月甲辰、新羅人李長行等、進羖䍽羊二、白羊(○○)四、山羊一、鵞二、○一本無二白羊三字

〔日本紀略〕

〈二/朱雀〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0217 承平五年九月日、大唐吳越州人蔣承勳來、獻羊數頭

〔本朝世紀〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0217 天慶二年六月四日甲戌、爰上卿召飼藏人所羊二頭於軒廊、柱繫令左近陣官、折集木枝葉之、宛如牛食一レ草、良久以角相競似牛、

〔水左記〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0217 承保四年六月十八日、自殿被覽羊於高倉殿、件羊牝牡子三頭、其毛白如白犬、各有胡髯、又有二角、豫〈○豫恐象誤〉如牛角、身體似鹿、其大如犬、其聲如猿動、尾纔三四寸許、

〔扶桑略記〕

〈三十/白河〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0217 承保四年〈○承曆元年〉二月廿八日己酉引見大宋國商人所獻羊二頭、 八月、今月返遣羊二頭了、

〔百練抄〕

〈八/高倉〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0217 承安元年七月廿六日、入道大相國、〈○李淸盛〉進羊五頭、麝一頭於院、 十月廿三日、近日稱羊病、貴賤上下煩病患、羊三頭在仙洞、人傳、承曆之頃有此事、件羊返却之

〔玉海〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0218 文治元年十月八日丁巳、和泉守行輔進羊於大將、其毛白如葦毛、好食竹葉秕杷葉等云々、又食紙云々、其體太無興、

〔伊豆海島風土記〕

〈中〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0218 大島之事
羊の多き事其數難計、五疋七疋あるひは二三十疋宛打むれて、人家近くも出、作物をぬすみ喰ひ、山奧には一むれに、百も二百も打集りて遊ぶ、然るに此ひつじも、むかし上より二疋とかわたさせられしが、子を生じ年を追ふて數彌增、又享保の頃、御用ひの事ある迚、二三疋生捕にして奉りける事もありけるゆへ、羊を殺たるものは、おもき罪をかふむる事といひならはせて、追散らす事もせざるゆへ、猶增長して徘徊するといふ、此外の獸は猫鼠ばかりなり、

山羊

〔古今要覽稿〕

〈禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0218 むくひつじ(○○○○○) 〈やぎ(○○) 夏羊〉
むくひつじ、一名むくげひつじ(○○○○○○)、一名やぎう(○○○)は漢名を夏羊といひ、その牡を羖、一名羖䍽羊(○○○)、其牝を羭、その黑色なるを黑羖䍽、一名黑羖羊、一名骨䍽、白色なるを古羊、靑色なるを靑羖羊、又その角を羖羊角、、一名皂莢といふ、先年江都觀場時にこれありしものは、所謂白色のものにて、今肥前長崎に多し、其狀犬に三倍して、家猪よりは少さし、漢客蠻人ともに日用の食品なるによりて、土人これを稻佐立山邊に飼をきて屠るよし、〈長崎聞見錄〉其毛長く、角は彎曲して後にむかひ、眼旁及び鼻邊淡紅を帶て臭氣あり、〈觀文獸譜〉此卽本草圖經に所謂羖羊白色のものにて、膳夫錄にいはゆる古羊なり、一種朝鮮やぎあり、その毛色形狀すべて尋常のやぎに似て黑斑あり、角少して彎曲しア、前に向ふを異なりとす、〈同上〉此卽https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00921.gif 涯勝覽に、鬪羊頗似綿羊、角彎曲向前、上帶小鐵牌と、〈天中記引〉いへる類なるべし、又阿蘭陀やぎあり、毛至て長く額毛垂て眼を覆ひ、角は尋常のやぎに同じ、〈觀文獸譜〉此卽本草圖經にいはゆる毛長尺餘のものなるべし、又全身黑色のものは、長崎及び薩摩大隅等に多しと〈西遊記〉いへり、さて今長崎にあるはずべて白色のものなれども、橘春暉が見しは、卽郭璞注爾雅に いはゆる黑羖䍽にして、膳夫錄に所謂骨䍽なり、また背のみ黑くして、其餘は白色のものあり、此卽紹興本草に圖する處の羖羊也、これを證類本草には、全身白黑班文のものに圖すれ共、恐らくは傳寫の誤りならん、

〔本草綱目譯義〕

〈五十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0219 山羊 和產不
唐ニハ品類多シ、近來ミセ物ニスルウミムコ(○○○○)ト云者アリ、此ハ杜撰也、是ハ馬ノ形ノ如シ、大サモ同ジ、頭ハ高ク細ク羊ノ如シ、甚臭氣アリ、額ノ眞中ニ大ナル角一ツアリ、高サ一寸ホド立、上ハ左右ニ分レ、ウシロヘマガル、一尺バカリ、牛、角ホドノ大ニシテ、其角ヒツナリニシテマロカラズ、色クロシ、

〔日本紀略〕

〈嵯峨〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0219 弘仁十一年五月甲辰、新羅人李長行等、進羖䍽羊(○○○)二、白羊四、山羊(○○)一、鵞二、〈○一本無二日羊三字

〔笈埃隨筆〕

〈八〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0219 雜説八十ケ條
薩摩大隅の犬は、すべて足短く、腹を地に褶て歩む計也、又ヤギといふ獸あり、羊に似て色黑く毛長し、肥前長崎には取分多し、大隅には、此ヤギの牧有て多く育つ、其故はしらず、嘉栗曰、ヤギ野牛と書るが羊に似て甚臭し、

綿羊

〔古今要覽稿〕

〈禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0219 さいのこま(○○○○○) 〈綿羊〉
さいのこま一名らしやけん(○○○○○)は、漢名を綿羊といひ、其大なるものを無角白大羊といふ、これまた夏羊の一種也、今官苑に蕃育せしは、凡百三四十頭もあり、そのうちにて大なるは、牝鹿の如く、小なるは犬の如し、すべて頭小さくして身大なり、毛至て細密にして、長さ二寸許もあり、その年を經ざるものは色潔白にして、年を經るものは、やゝ褐色を帶たり、又黑駁のものあり、眼邊及び口鼻並に淡紅色にて、口小さく鼻低し、喉下より胸t至りて長鬚あるは吳羊とおなじ、耳は横に垂て前に向ふといへ共、後に向たるもあり、牝牡共に角なきは常なれども、たま〳〵角を生ずるも のあり、さればその百餘のうちにて角あるものは、僅に三四頭に過ぎず、その角に圓なるも扁なるもあり、また吳羊と同じく後へ向ふもあれば、よこにわかれて牛角の如きもあり、一種眼邊及び四脚共に黑色のものあり、これは百三四十頭のうちにて、たゞ一頭なれば奇品なり、今此毛をかりて、羅哆絨(ラシヤ)を製するに、舶來のものに異ならず、その毛を採には、四足を木材に結付て刈といへり、扨觀文獸譜に、これを餌するに、豆葉を以てする事、馬の如しとあれども、今は大麥を煮熟して食せしむるは、正に餌畜の法を得たるものなるべし、又海外には種々の綿羊ありといへ共、淸舶の皇國に載來りしは、たゞ此一種也、

〔桃源遺事〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0220 一西山公〈○德川光圀〉むかしより禽獸草木の類ひまでも、〈○中略〉この國〈○常陸〉へ御うつしなされ候、〈○中略〉
獸の類〈○中略〉 羊〈年々子を生餘多に相成申候 綿羊右同斷〉

麢羊

〔新撰字鏡〕

〈犭〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0220 狹〈侯夾反、加万志之、古作https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00910.gif 、〉

〔本草和名〕

〈十五/獸禽〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0220 零羊角〈仁諝音義、正作https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00911.gif 、〉山羊一名羱羊、〈仁諝音元、已上二名出陶景注、〉https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00911.gif 一名大羊、一名羱羊、一名野羊、又有山驢、和名加末之々乃都乃、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0220 麢羊 爾雅注云、麢羊〈力丁反、或作https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00911.gif 、和名加萬之々、〉大於羊而大角者也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0220 廣韻、麢https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00911.gif 上同、〈○中略〉釋獸麢大羊、郭注云、麢羊似羊而大、角員鋭、好在山崕間、字句少異、此所引蓋舊注但大角恐有誤、説文、麢大羊而細角、西山經、翠山其陰多旄牛麢麝、注、麢好在山崖間、上林賦注張揖曰、壄羊、麢羊也似羊而靑、廣雅作冷角、本草作零羊、陶注、多兩角者、一角者爲勝、角甚多節、蹙々員繞、本草拾遺云、羚羊角有神、夜宿以角掛樹、不地、但取角彎中深鋭緊小猶有掛痕、卽是眞、唐本注、如牛大、其角堪鞍鞽、今用細如人指長四寸蹙文細者、〈○中略〉伊勢本有内藏式云麢羊角零羊九字、蓋後人所加、

〔類聚名義抄〕

〈七/鹿〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0221 鹿靈〈カマシヽ〉

〔下學集〕

〈上/氣形〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0221 https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00911.gif 羊(レイヨウ/カモシヽ)〈https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00911.gif 或作羚、懸角而隱跡者也、〉

〔日本釋名〕

〈中/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0221 羚羊 にくは褥也、しとねの事を云、羚羊の皮、毛ふかくして褥とするによし、故に羚羊をにくと云、又かもしゝと云、かもは氈の字けむしろ也、むかし毛むしろをかもと云、順和名に見えたり、にくの皮をけむしろにする故に、かもしゝと云、

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0221 麢羊〈和名加萬之个〉
集解、麢羊、處處山中有之、狀似羊而靑色、腹白帶微黃、毛粗兩角短、小彎曲深鋭、夜以角懸樹枝、不地而宿、晝亦如此、而棲性身輕捷躍、獨脚粘著于巖壁山崖而垂、倶是遠害防難之備乎、若獵夫驅遂時逼之亦然、世人用皮造障泥、其價賤於熊虎皮、以其多也、采角入藥、以肉而食謂能袪風强筋、其肉味甘軟淺、優於鹿猪、故世以嗜食、而謂羚羊身輕能飛、懸角棲木、其態比禽類、以無穢忌、最詣神祠亦無害、然本邦有四足之穢、而不之、若此之事、可祝巫之家、予未其理

〔和漢三才圖會〕

〈三十八/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0221 麢羊 羚羊 麙羊 九尾羊 和名加萬之个 俗云爾久〈○中略〉
按麢羊似羊及鹿而灰靑色腹白微黃、眼略大也、於吉野山中之畜養、而不穀肉等、未常所好食、試投諸草及菓子、止食榧葉、竹嫩葉、薊葉、而不多食、故難育、其屎亦如鹿屎

〔百品考〕

〈下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0221 麢羊 和名カエシシ ニク〈○中略〉
郭璞爾雅註、麢羊似羊而大、其角圓鋭、好在山崖間
諸説紛紛タリ、爾雅及本草蘇恭陳藏器ノ説ニ據レバ、カモシヽニ充ツル穩當トス、カモシヽハ 東北國ニ多シ、形羊ニ似テ微大ニシテ、毛色蒼黑ニシテ至テ柔軟ナリ、首モ羊ニ同ジ、兩角駢生 ジテ長サ四五寸許、細直ニシテ末下ニ曲ル、色黑シテ半ヨリ本ノ處ニ縮文多シ、末ハ細シテ鋭 ナリ、角ノウラニスレタル痕アリ、此ハ夜山中樹枝、或ハ岩角ニ掛テ眠ル故ナリ、此皮敷物ニ用 テ良ナリ、時珍モ以爲座褥ト云ヘリ、カモシヽト云モ此義ナリ、カモトハ毛氈ノ古名ナリ、又ニ クモ褥ノ音轉ナリ、又舶來ノ羚羊角蘇頌ノ所説モノナリ、此ト同名異物ナリ、

〔延喜式〕

〈十五/内藏〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0222 諸國年料供進〈○中略〉
羚羊角〈諸國所進、其數隨所出、〉

〔延喜式〕

〈二十三/民部〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0222 年料別貢雜物〈○中略〉
遠江國〈(中略)零羊角四具〉 駿河國〈(中略)零羊角四具〉 伊豆國〈零羊角四具○中略〉 甲斐國〈(中略)零羊角六具○中略〉 相摸國〈(中略)零羊角四具○中略〉 近江國〈(中略)零羊角四具○中略〉 美濃國〈(中略)零羊角六具○中略〉 信濃國〈(中略)零羊角六具○中略〉 上野國〈(中略)零羊角六具○中略〉 陸奧國〈(中略)零羊角四具〉 出羽國〈零羊角十具○中略〉 越中國〈零羊角二具〉 越後國〈零羊角六具○中略〉 安藝國〈零羊角四具○中略〉 土佐國〈零羊角四具〉

〔延喜式〕

〈三十七/典藥〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0222 諸國進年料雜藥〈○中略〉
駿河國十七種、〈○中略〉零羊角四具、〈○中略〉 飛驒國九種、〈○中略〉零羊角卅具、〈○中略〉 出羽國二種、〈○中略〉零羊角卌具、〈○中略〉 越中國十六種、〈○中略〉、零羊角四具、 越後國七種、〈○中略〉零羊角卅具、

〔日本書紀〕

〈二十四/皇極〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0222 二年十月戊午、蘇我臣入鹿獨謀、將上宮王等、而立古人大兄天皇、于時有童謠曰、伊波能杯儞(イハノヘニ)、古佐屢渠梅野倶(コザルコメヤク)、渠梅多儞母(コメダニモ)、多礙底騰裒羅栖(タゲテトホラセ)、歌麻之々能烏膩(カマシヽノオヂ)、十一月丙子朔、蘇我臣入鹿、遣小德巨勢德太臣、大仁土師娑婆連、掩山背大兄王〈○卽上宮王〉等於斑鳩、〈○中略〉於是山背大兄王等、自山還入斑鳩寺、〈○中略〉終與子弟妃妾、一時自經倶死也、〈○中略〉時人説前謠之應曰、以伊波能杯儞而喩上宮、以古佐屢而喩林臣、〈林臣、入鹿也、〉以渠梅野倶而喩上宮、以渠梅https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00912.gif 儞母、陀礙底騰裒羅栖、柯麻之之能鳴膩、而喩山背王之頭髮、斑雜毛似山羊(カマシヽ)、又曰、棄捨其宮深山相也、

〔紀伊國續風土記〕

〈物產十下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0222 麡(ニク)〈張氏獸經、日本紀歌麻之之、本草和名に零羊、和名鈔に麢羊の字を用ふるは、並に非なり、〉
日高牟婁兩郡の深山中に多し

〔桃源遺事〕

〈五〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0223 一西山公〈○德川光圀〉むかしより、禽獸草木の類ひまでも、〈○中略〉この國〈○常陸〉へ御うつしなされ候、〈○中略〉
獸の類〈○中略〉 羚羊〈和名カモシヽ年々多相成候〉

〔本草和名〕

〈十五/獸禽〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0223 https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00913.gif 又有獱、〈相似https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00914.gif 莫丁反、長二尺者、出崔禹、〉豕、一名獖、一名剛https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00915.gif 、〈音稀、已上出兼名苑、〉和名、布留毛知乃爲(○○○○○○)、〈○中略〉
猳猪肉〈古瑕反、牡豕也、〉一名豯〈豕生三月曰豯、音朝(朝恐胡誤)鷄反、〉狪〈徒公反、黑身白頭白蹄者、〉https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00916.gif 〈亡狄反、白身黑頭、〉一名獜、〈力仁反、黃身白頭、雜斑靑駮者、〉豥〈湖オ反、豕而回(而回恐面四誤)蹄皆白者、出崔禹、〉王女臂〈猪髀也、出錄驗方、〉和名爲乃古、

〔倭名類聚抄〕

〈十八/毛群名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0223 猪〈豚附〉 爾雅注云、猪〈徵居反〉一名彘、〈音弟、和名井、〉兼名苑云、一名豕、〈音子〉方言注云、豚〈徒昆反、字亦作㹠、〉豕子也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸名〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0223 按釋畜云、豕子、豬、郭注云、今亦曰彘、此所引蓋舊注也、王念孫曰、釋畜子字衍、當删作豕豬、説文、豬豕而三毛叢居者、段玉裁曰、謂一孔生三毛也、説見本草圖經犀下、今之豕皆然、説文又云、彘豕也、後蹏廢謂之彘、从彑、从二匕、矢聲、彘足與鹿足同、段玉裁曰、廢鈍置也、彘之言滯也、豕前足僅屈伸、後足行歩蹇劣、故謂之廢、〈○中略〉按本草和名、豚卵、和名爲乃布久利、豚脂、和名爲乃阿布良、故源君訓猪爲井、然毛詩爾雅方言説文所載猪、卽家猪、故一名彘、一名豕、豕六畜之一、今俗所謂不多(○○)是也、其井雖狀似一レ豕非畜養、可本草野猪上レ之、然則爲乃古、亦可野猪子、今俗呼宇利保宇者、非豚也、〈○中略〉本草和名猪條、引兼名苑豕名、按毛詩漸々之石傳云、豕豬也、兼名苑蓋本之、説文、豕、彘也、竭其尾、故謂之豕、象毛足而後有一レ尾、段玉裁曰、竭負擧也、豕怒而竪其尾則謂之豕、〈○中略〉原書卷八云、豬關東西、或謂之彘、或謂之豕、其子或謂之豚、無注、按云豚豕子也者、檃栝方言文也、注字恐衍、説文、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00917.gif 小豕也、从彖省、象形、从又持肉以給祠祀、豚篆文从肉豕

〔類聚名義抄〕

〈三/犬〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0223 猪〈徵居反、イ、一名豕、正豬、〉

〔同〕

〈二/肉〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0223 豚〈音屯、イノ コ、亦作㹠、〉 肫〈俗上正〉 江肫〈イノコ〉

〔同〕

〈四/豕〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0223 豕〈音子、イ〉 豢豕〈カヘル、イノコ、〉

〔干祿字書〕

〈平聲〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0224 猪豬〈上通下正〉 肫豚〈上通下正〉

〔爾雅註疏〕

〈十一/釋獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0224 豕子豬、註、今赤曰https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00918.gif 、江東呼豨、皆通名、、䝐豶、註、俗呼小豶豬爲䝐子、〈䝐音偉、豶音墳、〉幺幼、註、最後生者俗呼爲幺豚、〈幺音腰〉奏者豱註、今豱豬短頭、皮理https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/00000001dfbc.gif 蹙、〈奏音https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/00000001dfbc.gif 、豱音溫、〉豕生三豵二師、一特、註、豬生子常多、故別其少者之名、〈豵音宗〉所寢檜、註、檜其所臥蓐、〈檜音繪〉四豴皆白豥、註、詩云、有豕白蹢蹢蹄也、〈豴音滴、豥音垓、〉其跡刻絶有力䝈註、卽豕高五尺者、〈䝈音厄〉牝豝、註、詩云、壹發五豝、〈豝音巴〉疏、〈此辨豕之種類也、其子名豬、郭云、今亦曰https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00918.gif、東呼豨、皆通名也、説文云、豬豕而三毛藂居者、字林云、豕後蹄廢謂https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00918.gif 、小爾雅云、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00918.gif 豬也、其子曰豚、大者謂之豝、方言云、北燕朝鮮之間謂之豭、關東西或謂https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00918.gif 、或謂之豕、南楚謂之豨、其子或謂之豚、或謂之豯、吳揚之間謂之豬、子云䝐、豶者舍人曰䝐一名豶、郭云、俗呼小豶、豬爲䝐、子謂https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00919.gif也、云幺幼者、豕之最後生者名也、郭云、最後生者俗呼爲幺豚、云奏者、豱、者謂皮理https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/00000001dfbc.gif 蹙者名豱、郭云、今豱豬短頭皮理https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/00000001dfbc.gif 蹙云豕生三豵二師二特者、郭云、豬生子常多、故別其少者之名、詩召南云、一發五豵、鄭箋云、豕生三曰豵、張逸問曰、豕生三曰豵、不母豕也、豚也、答曰豚也、過三以往猶謂之豵、以自三以上更無名也、故知過三、亦爲豵、其生子二者爲師、一者爲特、云所寢檜者、郭云、檜其所臥蓐、方言云、其檻及蓐曰檜是也、舍人曰、豕所寢草名爲檜、某氏曰、臨淮人謂野豬所寢爲檜、李、巡曰、豬臥處名檜、檜是所居之處、云四豴皆白豥者、豴蹄也、豕四蹄、眥白名豥、其跡名刻、絶有力名䝈、卽下篇豕高五尺者也、云牝豝者豕之牝者名豝、註、云有豕白https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00920.gif 者、小雅漸漸之石篇文也、〉

〔古今要覽稿〕

〈禽獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0224 ふるもちのゐ〈ぶた 豕〉
ふるもちのゐ俗名ぶたは、漢名を豕、一名彖〈○中略〉といひ、〈○中略〉凡本草和名に猪をゐのしと訓ぜし外に、豕をふるもちのゐ、猳猪肉をゐのこと訓ぜしによれば、ふるもちのゐも、ゐのこも今のぶたなる事明か也、延喜式〈大學寮〉に、三牲は夫鹿、小鹿、〈○註略〉豕、及び籩實には豚胉五合といひ、〈○註略〉貞觀儀式〈和訓栞引〉にも、近江豚一頭といへるは、卽今のぶたなるべし、〈○中略〉一種象ぶた〈觀文禽譜〉あり、牙長く形常のものよりも至て肥大也といへり、おもふに之を爾雅にて所謂䝈の類なるべし、又和名鈔に彘を井、野猪を久佐井奈岐と訓ず、この稱誤らざるに似たり、然れども古事記、日本紀等に、赤猪白猪などいへるは、皆ゐのしゝの事にて、古歌にもゐとよむものはゐのしゝ也、然る時は、古は豕をも猪をも野猪をも、ゐと稱せしとみえたり、後に豕をぶたと訓せしより、野猪をのみゐのこといひて、豕をばゐと訓ぜぬ樣になりたる也といひ、同上また古事記に、我者山代之猪甘也といへる注 に、甘は養なり、古へは上下おしなべて常に獸肉を食たりし故に、其料に猪をも養置るなり、〈中昔よりこなたには獸肉を食こと無き故に、猪を養こともなくして、猪といへば、たゞ野山に放れ居る猪のみにて、其は漢國にて野猪と云、崇峻紀には山猪とあり、人家に養る猪は豕にて、俗に夫多と云、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00918.gif と云も同物也、豕を韋能古と云は、たゞ猪と云ことにて、鹿を加古と云、馬を古麻と云と同じ、猪之子のよしには非ず、猪之子は豚字也、○下略〉

〔本朝食鑑〕

〈十一/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0225 猪〈訓布多
集解、豬處處畜之、多是厭溝渠之穢也、豬能喜溝渠庖厨之穢汁而食、日日肥肫、食物亦至寡、易之、或殺豬以養獒犬、獒犬者善獵、而公家毎厩養之、凡豬得刀創、或爲狂犬囓、倶不創處、最生肉者捷不日而痊、故俗爲金瘡之藥、未其功

〔和漢三才圖會〕

〈三十七/畜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0225 豕(ぶた)〈音詩〉豕(/スウ) 豭(ヲイノコ)〈牡〉 彘(メイノコ)〈牝〉 豶(ヘノコナシノイ)〈去勢〉 䝈〈大豕〉 豬(イノコ)〈豕子、猪同、豚轂並同、〉 豕(ブタ)〈和訓井、俗云布太、〉
豬(イノコ)〈和訓井乃古○中略〉
按豕以易畜、長崎及江戸處處多有之、然本朝不肉食、又非愛翫、故近年畜之者希也、且豕猪(ブタイノコ)、共有小毒、不于人、而華人及朝鮮人以雞豕常食

〔本草綱目譯義〕

〈五十/獸〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0225 豕〈イ、古名、 イノ シヽ下ハ異也 ブタ〉
唐ニテ家毎ニカフテ食スル也、故ニ家猪ト云ナリ、之ニ對シテ野猪ト云アリ、野猪ハイノシヽノコト也、形大抵相似タリ、イノシヽハ牙有、是ハ牙ナシ、カラダヨクコヘル、人家ノアマリ物ヲ食フ、京ニナシ、長崎ニァリ、唐人阿蘭陀人ニウル多ナリ、日本人モ食フ、此油ヲ蠻語ニマンテイカト云テ藥用ニス、漢名猪脂膏、猪油トモ云、陽龍膏ト云藥子ノ名ナリ、

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈三十三/畜〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0225 豕 イ〈和名鈔〉 ブタ〈○中略〉
唐山ニハ家ニ畜フテ日用ノ食品トス、故ニ家猪卜云フ、山ニ自生シテ田地ノ害ヲナス者ハ、イノシヽト云フ、卽野猪ナリ、長崎ニハ異邦ノ人多來ル、故ニ豕ヲ畜ヲキテ賣ルト云フ、東都ニハ畜フモノ多シ、京ニハ稀ナリ、形野猪ニ似テ肥大、尾ハ短小鼻長ク出、牙ハ口外ニ見レズ、毛深黑ニシテ 粗シ、又黑白相間ル者アリ、頌ノ説ニ食物至寡甚易畜、養之甚易生息ト云フ、猪脂ヲマンテイカト云フ、石藥爾雅ニ陰龍膏ト云フ、

〔庖厨備用倭名本草〕

〈首/食禁〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226 豕(イノコ/ブタ)一ハ白猪、花猪、豥猪、牝猪、病猪、黃臕猪、米猪、是皆食スベカラズ、猪腦、猪肝ハ食スベカラズ、

〔新撰字鏡〕

〈豕〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226 https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00827.gif 〈九物九運二反、豕以鼻發土也、又土劣反、保利於己須、〉

〔本草和名〕

〈十五/獣禽〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226 https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00913.gif https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00922.gif (○○)〈仁徒昆反〉一名https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00913.gif 顚、和名爲乃布久里、

〔倭名類聚抄〕

〈十八毛/群體〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226 豚卵 本草云、豚卵一名豚顚、〈和名爲乃布久里〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈七/獸體〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226 原書獸部下品同、下總本有和名二字、爲乃布久利依輔仁、按豚卵卽豚陰核、非陰囊、宜爲乃篇乃古、訓布久利是、

〔類聚名義抄〕

〈二/肉〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00922.gif 〈イノフクリ〉 肫顚〈同〉

〔古語拾遺〕

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226 昔在神代大地主神營田之日、以牛宍田人、于時御歲神之子、至於其田饗而還、以狀吿父、御歲神發怒、以蝗放其田、苗葉忽枯損似篠竹、於是大地主神、令片巫〈志止止鳥〉肱巫〈今俗竈輪、及米占也、〉占求其由、御歲神爲崇、宜白猪白馬白鷄以解其怒、依敎奉謝、〈○中略〉仍從其敎、苗葉復茂年穀豐稔、是今神祇官、以白猪(○○)白馬白鷄、祭御歲神之緣也、
○按ズルニ、祈年祭ノ時ニ白猪ヲ用イル事ハ、神祇部祈年祭篇ニ載ス、

〔古事記〕

〈下/安康〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226是市邊王之王子等意富祁王袁祁王〈二柱〉聞此亂而逃去、故到山代苅羽井御粮之時、面黥老人來奪其粮、爾其二王言、不粮然、汝者誰人、答曰、我者山代之猪甘也、故逃渡玖須婆之河針間國、入其國人名志白牟之家、隱身役於馬甘牛甘也、

〔古事記傳〕

〈四十〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0226 猪甘(イカヒ)、甘は養(カヒ)なり、〈養に甘字を書ること、中卷玉垣宮段鳥甘部(トリカヒベ)の下、傳廿五の卅九葉に云、〉 古は上下おしなべて常に獸肉をも食たりし故に、其料に猪をも養置るなり、〈中昔よりこなたには獸肉を食こと無き故に、猪を養こともなくして、猪といへばたゞ〉 〈野山に放れ居る猪のみにて、其は漢國にて野猪と云、崇峻紀には山猪とあり、人家に養る猪は豕にて、俗に夫多と云、https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00918.gif と云も同物なり、豕を韋能古と云は、たゞ猪と云ことにて、鹿を加古(カコ)と云、馬を古麻と云と同じ、猪之子のよしには非ず、猪之子は豚字なり、〉

〔日本書紀〕

〈十六/武烈〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0227 十一年〈○仁賢〉八月、億計天皇崩、〈○仁賢、中略〉太子〈○武烈〉甫知鮪曾得影媛、悉覺父子〈○平群臣眞鳥、鮪、〉無敬之狀、〈○中略〉戮鮪臣於乃樂山、〈○中略〉影媛收理旣畢、臨家、悲哽而言、苦哉今日失我愛夫、卽便灑涕、愴矣纏心歌曰、婀鳴儞與志乃樂能婆娑摩儞(アヲニヨシナラノハザマニ)、斯々貳暮能(シヽジモノ)、瀰逗矩陛御暮黎(ミツクヘゴモリ)、瀰儺曾々矩(ミナソヽグ)、思寐能和倶吾鳴(シビノワクゴヲ)、阿娑理逗那偉能古(アサリツナイノコ)、

〔續日本紀〕

〈八/正元〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0227 養老二年四月丙辰、筑後守正五位下道君首名卒、首名少治律令習吏職、和銅末出爲筑後守、兼治肥後國、勸人生業爲制敎耕營、頃畝樹菓菜、下及雞肫、皆有章程、曲盡事宜、 五年七月庚午、詔曰、〈○中略〉宜其放鷹司鷹狗、大膳職顱https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00923.gif 諸國鷄猪、悉放本處、令上レ其性

〔土佐軍記〕

〈下〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0227 土佐寄船事
慶長元年九月八日、元親公居城長家ノ森種崎ノ麓、葛木濱浦戸ノ湊へ夥敷唐般ヨリ來ル、元親公軍兵ヲツカハシ、此船湊へ引ヨスル、是ハ南蠻ノ内延須蠻(ノビスパンヤ)ト云國へ通船也、〈○中略〉右ノ趣ヲ元親公ヨリ秀吉卿へ言上アリ、時ヲ不移增田右衞門尉ヲ遣シ船中ヲ改ルニ、アフムト云鳥幷豕射干等アリ、

〔太閤記〕

〈十六〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0227 土佐國寄船之事
土州長曾我部居城ちようかの森かつら濱うら戸の湊より、十八里沖におびたゞしき大船、慶長元年九月八日寄來之旨、長曾我部方へ吿來りしなり、則小船を仕立見せにつかはしければ、南蠻國より、のびすばんと云ふ國へ商賣のため通ふ舟にて侍りけるが、〈○中略〉歸朝の御いとま申上ければ、入べき物どもを注文を取て下行せしめつかはし申べきむねなるによつて、注文を出し候へと、長盛申つかはしければ、八木五百石、豚百、雞千疋と申上けり、

〔長崎聞見錄〕

〈一〉

https://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0228 家豬(かちよ/ぶた)
家豬は唐人紅毛人常々の食料なり、長崎立山又は稻佐等に多く飼置て商ふ、唐人館紅毛館等にもあり、野豬に似てよく肥たるものなり、


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Last-modified: 2022-06-29 (水) 20:06:32