http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896 林ハ、生(ハヤ)シノ義、即チ樹木ヲシテ蕃殖セシムル地ヲ謂ヒテ、主トシテ平坦ノ處ヲ指セルモノノ如シ、太古素盞嗚尊父子ノ、意ヲ殖林ニ用ヰ給ヒシハ、蓋シ我國ニ於ケル林政ノ初見ナルベシ、徳川幕府時代ニ至リテハ、此事漸ク盛ニシテ、學者ノ之ヲ論ズルモノモ亦多ク輩出セリ、 杣ハ、我國ノ製字、之ヲソマト訓ズ、ソマトハ、蓋シ山中ニ樹木ヲ殖ヱテ材ヲ採ル處ノ名ナリ、故ニ採材ノ人ヲソマビト、又單ニソマトモ云ヘリ、

名稱

〔倭名類聚抄〕

〈一林野〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896 林 説文云、平地有藂木林、力尋反、〈和名八也之〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈一田野〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896引林部文、厚書地作土、釋名、山中叢木曰林、林森(○○)也、森森然也、白虎通、林者衆也、萬物成熟種類衆多也、廣雅林衆也、按波夜之、令生之義、令樹木蕃殖之謂也、

〔風俗通〕

〈十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896 林 謹按、詩云殷商之旅、其會如林、傳曰、山林之士、往而不反、禮記將泰山、必先有於配林、林樹木之所聚生也、

〔伊呂波字類抄〕

〈波地儀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896 林〈ハヤシ、説文云、平地有藂木林、〉

〔和漢三才圖會〕

〈五十六山〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896 林〈音臨〉 林和名波也之〈◯中略〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0897 説文云、平地在草木林、又云、野外曰林、又云、草曰薄〈訓久佐無良〉木曰林、〈月清〉紅葉ふく嵐に付て聞ゆ也林のおくのさほしかの聲、〈後京極〉

〔東雅〕

〈二地輿〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0897 林ハヤシ 義詳ならず、出雲國風土記に、意宇郡拜志郷の事を記して、昔國造られし大神大穴持命、越の八口を平げむがために、此地樹林茂盛の所に至りまして、吾御心之波夜志との給ひし故に林といふ、神龜三年の詔に依りて、拜志としるすと見えたり、これ上古の時の事をしるせしには、ハヤシと云ひし語の聞えし始也、〈越は、則上古の時、古志國也、古事記によるに素盞烏神の時、八岐大蛇がすみし地、八口は、延喜式によるに、大原郡に八口神社あり、風土記に矢口神社と見えし是なり、後に古志之地を割て郡縣を置れしに及びて、大原郡に隷せしなり、もとの古志の名は、わづかに神門郡の郷名に遺れり、此國拜志郷の外、諸國諸郡の名に、ハヤシといふもの多かり、或ハ拜志とも、拜慈とも、拜師ともしるして、林字用ひしは、甲斐備中等國にたヾ三つありて、また其國にハヤシといふ地ある處を、林神社、波夜志神社、幣志神社など見えし、こヽかしこに多し、意賀美神社としるせしもすくなからず、かれこれを併見るに、古の時にはハヤシと云ひしものは、モリなどいふものヽ如く、神社ある所の藂木の地をさし云ひしと見えたり、琉球國にして、オカミハヤシといふは、即神林なり、外國の事にはあれど、彼國の人の語には、我國の古語と覺しきは今もあるなり、以鳥記官、郯子の徴とせし事あれば、是又一つの徴なりともいふべし、〉また顯宗天皇紀に見えし室壽(ムロホキ)の詞に、築立柱(ツイタテルハシラ)者、此家長(キミ)御心之鎭(シツメ)也、取擧棟梁者(トリアグルムナギハ)、此家長御心之林也といふ事見えけり、舊事、古事、日本紀等の書に、上世の事共しるせし所に見えし林の字、皆よむでハラといふ、〈原の註に見えたり〉讀てハヤシといふ事は、この天皇紀を始とす、その後また皇極天皇紀に蘇我入鹿臣、また林臣といふと見えしは、林讀てハヤシといひけり、萬葉集の歌に、綜麻形(ウマカタ)之林始しと見えしを、抄には杣山などの如くに、木をはやし初るなりと見えけり、いまも俗に凡物を生し立るを、ハヤスなどいふ是なり、されば林をハヤシといひしも、其初神社を守りぬべきために、樹を生し立ぬるをいひしを、また此事によりて、凡竹樹の類、生し立ぬる所をも呼びて、ハヤシといふ事になりしとぞ見えたる

〔倭訓栞〕

〈前編二十四波〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0897 はやし 林をよめり、生すの義也、よて俗にはえともいへり、日本紀に、取擧棟梁者、此家長御心之林といひ、萬葉集に、吾角者御笠のはやし、吾宍者みなますはやしなどいへる

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0898 は映すの義成べし、

〔出雲風土記〕

〈意宇郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0898 拜志郷、郡家正西廿一里二百一十歩、所天下大神命、將越八口爲而幸時、此處樹林茂盛、爾時詔、吾御心之波夜志詔、故云林(○)〈神龜三年攺字拜志〉即有正倉

〔日本書紀〕

〈十五顯宗〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0898 白髮天皇〈◯清寧〉二年十一月、播磨國司山部連先祖伊與來目部小楯、於赤石郡親辨新嘗供物、〈◯註略〉適會縮見屯倉首縱賞新室以夜繼晝、〈◯中略〉天皇次起自整衣帶室壽曰、〈◯中略〉取擧棟梁者、此家長御心之林也、

〔八雲御抄〕

〈三上地儀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0898 林 そまかた〈万、木のしげきなり、〉 竹林 鶴林 佛滅所也〈木之枯て似鶴〉

〔藻鹽草〕

〈三地儀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0898 林 そまかた〈木のしげき也〉竹の林 鶴林〈ぶつめつ所也、木の枯て似鶴、之娑羅林也、此林はこと〴〵くにしはや、〉 松林 林はじめ〈はやしをはじめてはやすを云也と云々〉 秋の林ぞにしきしく〈紅葉なり◯中略〉かたやふ 林しかくれ 林しわかぬ〈草木のしげりたる也、竹にかぎらずわかぬと云は、所をわかぬ也、但又何の木をもわかぬと云心も有べきか、〉日のひかりやぶしをわかぬ〈をしなべてなり〉やがくれ

古林/新林

〔地方要集録〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0898 新林(○○)は地續に林無之一場立之地所に、木を植立候をいふ、有來古林(○○)之地續に、木を植立候を立出(○○)といふ、

〔地方凡例録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0898 一新林立出(タテダシ)之事 百姓持反別ある林にても、又は無反別にても、年貢か役永林錢等相納む、又林續きの空地に、多分植出し致ば、反別有之分は立出の反別を相改め、無反別の場處は、廣狹を見計、年貢林錢(○○○○)等を相増す、勿論空地に新林を仕立るは、願の上年貢か林錢を相納、仕立候様申付取計候事也、一體切添立出と言葉つヾきに候へば、同様に唱共、切添は田畑、立出しは藪林之事、 ◯按ズルニ、林ト森トノ差別、及ビ古林ニ、公儀御林、地頭林、井根林、百姓林等ノ種類アル事ハ、林税條引ク所ノ地方凡例録ニ詳ナリ、

殖林法

〔地方凡例録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0899 森林之事 付〈◯中略〉木立見立之事〈◯中略〉山林竹木仕立方之事〈◯中略〉 一總て御林を見立るに、峯通りは風強く、木の育方惡敷、延丈ケ無甲斐、雜木は少く、松多して曲木勝成物也、然共峯通の松は、風雨にもまれて、小木の時より木筋ねぢれて堅く育上る故、梁引物に遣ふて格別に強し、水にも腐遲し、山の中腹は、木立茂るものなり、然て大木は少く木の延はよし、裾通りは別て育よし、大木も有り直成木多し、檜杉の類は濕氣水氣好故、裾通り谷間等吉、中腹より岸峯には育立悉く惡し、すべて海邊汐風強當る林は、木立不宜、適々大木有ても、節曲木而已なり、又北請之山は、木聳へて育立惡敷、杉檜はよし、尤日請風當等之様子に隨ひ、何れ一様には云ひ難し、〈◯中略〉 一山林竹木仕方、凡木を植る處は、深山幽谷土地厚き處吉、高岡は其次也、松は峯に宜、杉は谷に宜、平地にても杉檜松桐樫等之太り安き木、肥地に植れば、拾箇年之内外にて材木に成、又薪に用雜木は四五ケ年之内也、四木の類、或栗柹桃梨は實植、又は接木にしても二三年の内に實を結地味を考へて植べし、田家に木を植るは、西北之方に吉し、竹は東北角に植、陽氣を包み又盜賊之防ぎ、火難之防、枝葉薪に用、落葉はこやしに成る、旁吉、垣には枸杞五架葉枳穀を植、眞木栗枇杷桃之類を植べし、扨又新林仕立方を用木の爲ならば、松杉はよし、三四尺づヽ間を置植、次第に茂るとき木振惡敷は伐り、又は植替べし、實生三年目苗木を植るが吉、野地萱原地等其儘植るは育ち遲し、切開て何ぞ一作して、其跡を畝ひて植れば、よく附て早く成木す、養ひは下糞吉したる肥しにて植れば、千万本に一本も枯るヽ事なし、育立に隨ひ、追々枝を打薪にすべし、松の枝は本木際より伐、杉は枝を壹寸計殘して切、殘りたる所を本木之際より皮をむきて置ば、節入に不成、又薪の爲の林は檞山楢榎抔取交植べし、小木の内落葉取れば育立遲し、不取ば朽て

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0900 糞に成、木太り早し、松林は別之木を不交、松許が吉、縱一ケ年に貳町四方に、毎年植れば、十一ケ年めには初年の林の内、筋宜く、大木に成べきを見立、少し殘し、其外は不殘伐拂、其跡に又小松を植立れば、薪不絶段々伐拂ひ、縱ば三尺に一本づヽ植れば貳町四方に六万本程成、枝一束づヽ落しても六万束也、三分一不用立共大分の薪也、伐殘たる筋宜分、外之木伐採、小木に成故、格別盛、木も早く良材に成事也、 一松を植替る事、正月廿日頃より、二月社日前迄吉、諸木共栽替るとき、元生たるごとく、木振枝葉抔東西に目印して堀、元の如く植べし、穴を廣く掘、脇根を一通り並、土をかけ少々押付、又根を並べ土をかけ、根の窄まらぬ様に、又東西の不違様に植、大木は鳥居木を立、夫に釣上置、立根を不折よふにすべし、松は下にだる肥入、土を細かに碎き、大麥粒を一抓み入て植れば枯ることなし、夏木は春葉の不出前か、秋葉落て植替べし、冬木は夏葉茂りたる時、四五月比栽替て吉、菓樹は上之十五日に植れば菓多し、始て熟する時、兩手にて取べし、重ねて實を能結ぶ、必ず一箇二箇不取、人取たる後鳥多く取物也、椿は六月十五日より廿日頃まで栽吉、根に牛房の様なる處有、伐て燒て可植、枝を伐ことは惡し、杉は差木よし、是は若生を長七八寸許に切り、先をそぎ付割懸、大麥一粒挾み四月中旬差べし、併し今年芽許りは惡し、去年芽の境際より切たるが吉、皮のまくれざる様に可差、實のなき杉吉、實の生るは生立遲し、檜も差木吉、尤大木に成ては差木は内にうろ出來安し、實生は盛生は遲けれ共、大木に成うろ以來ず、桑は地際の枝折かけ、土に埋め置、春に至りて一本より四五本宛芽を出し、實植よりよく生立物也、竹を植るは五月十五日頃吉、竹を中程より末をとめ植る事古より多し、然れ共關東の地面には、末を留ては枯ること多し、縱つきたりとも、竹の子の生る事遲し、末を切ざれば、能く付て竹の子多く早く茂る、一所より枝貳本付、節の低きは雌竹也箏多く出る、人家に藪なきは用事かけること多し、空

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0901 地有ば竹を可植、屋敷の西北吉、東北もよし、南には不植、南を開き、北を閉ば夏すヾしく、冬に暖に、菓樹能實結、万事によろし疫病等を不入と云、木は六月暗の内に不伐竹は八月、是も暗の内に吉、俗に木六月竹八月と云ふ性合格別違ふ、伐時惡き竹木共虫入、別て竹は八月暗に不伐ば虫入に成、沿川筋などに葭を植るは、若生壹尺許り、根一節づヽかけて可伐、指て能付なり、總て菜菓草木凡て民用を助る品々種を求め、其法に隨ひ作之、不用の地なき様に心掛べし、四壁まばら竹木少く家居みへ透く様成村方は、村役人百姓共心掛薄く見故、自ら貧村とみ得る、若し空地あらば雜木等を植置、用水川除普請等の用木の多足とすべし、又土目惡敷畑地何程も養入ても種丈も不取、或は山里の間遠き處之畑、惡地の上には猪鹿之防屆兼、年々荒地に成地所は、杉桃等を植、又は荻畑、萱畑或は楢椚林等、地相應之物を仕立て、年貢輕く可申付、地味を考へ右の類を仕立、山野に無益の費無之様に致すべし、

制度

〔續日本紀〕

〈三文武〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0901 慶雲三年三月丁巳、詔曰、〈◯中略〉頃者王公諸臣、多占山澤、不耕種、〈◯中略〉自今以後、不更然、但氏氏祖墓、及百姓宅邊、栽樹爲林、并周二三十許歩、不禁限

〔類聚三代格〕

〈十六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0901 太政官符 寺并王臣百姓山野藪澤濱島盡收入公事 右被右大臣宣偁、奉勅、准令山川藪澤、公私共利、所以至占點、先頻禁斷、如聞、寺并王臣家及豪民等、不憲法、獨貪利潤、廣包山野、兼及藪澤、禁制蒭樵、奪取鎌斧、慢http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/7f00006520ac.gif 民、莫斯甚、自今以後、〈◯中略〉墾田地者、未開之間、所有草木、亦令共採、但元來相傳、加功成林、非民要地者、量主貴賤、五町以下、作差許之、〈◯中略〉 延暦十七年十二月八日〈◯中略〉 太政官符

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0902 合四箇條事 一氏々祖墓及百姓裁〈◯裁恐栽誤、下亦同、〉樹爲林等事 右件案太政官今年閏六月八日下五畿内七道諸國偁、氏々祖墓、及百姓宅邊裁樹爲林等、所許歩數具存明文者、去慶雲三年三月十四日詔旨偁、氏々祖墓、及百姓宅邊栽樹爲林、并周二三十許歩不禁限者、又去延暦十七年十二月八日格偁、元來相傳加功成林、非民要地者、量主貴賤、五町已下作差許之、〈◯中略〉斯則官符所謂明文、更无疑、〈◯中略〉 大同元年八月廿五日

〔類聚三代格〕

〈十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0902 太政官符 一應制斫損水邊山林事 右禁大和國解偁、産業之務、非只堰池、浸潤之本、水木相生、然則水邊山林必須鬱茂何者大河之源、其山鬱然、小川之流、其岳童焉、爰知流之細太、隨山而生、夫山出雲雨、河潤九里、山童毛盡、谿流涸乾、謹案太政官去大同元年閏六月八日下五畿内七道諸國偁、右大臣宣、奉勅、山川海島、濱野林原等、一切收入公私共之、但山岳之體、或於國爲禮、事須蕃茂、勿伐損、又山城國葛野郡大井山者、河水暴流、則堰堤淪沒、採材遠處、還失灌漑、因玆國司量便、禁制河邊、諸國若有此類者、不公私、不收限者、然則大堰之岳、專有禁制、小川之山、不禁限、因玆百姓、憚遠貪近、川上山林、任意伐採、至旱年、漑乏苗焦、動遭損害職此之由也、望請、川谿泉源溝池等縱漑田、水邊山林藪澤、不公私、悉加禁制、並莫伐損、謹請處分者、依請、〈◯中略〉 以前右大臣宣、奉勅如件、諸國宜此、 弘仁十二年四月廿一日 太政官符

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0903 勅旨并親王以下寺家占地除墾田地未開之外不伐損事 右撿案内、太政官去年八月七日下諸國符偁、右大臣宣、奉勅、勅旨并親王以下寺家所占墾田地、未開之間、所有草木、公私共令之者、今被同宣偁、官符所謂草木共令之者、是則墾田地未開之間也、非自餘山林、而間愚暗之徒不符旨、任意伐損、元來相傳加功成林、并墳山墓地等之類、〈◯此下恐有脱文〉此則國宰郡司不格意、亦不所部之所致、宜重下知莫一レ更然、 承和六年閏正月廿五日

〔長曾我部元親百箇條〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0903 掟〈◯中略〉 一新林年荒開新開并鹽田之事、遂上聞下知之、爲内々開隱置事、堅停止之事、

〔徴古文書〕

〈甲山城〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0903 京都所司代板倉重宗條目 定 上賀茂〈◯中略〉 一山城國中山林、妄木の根を堀取候事、任先規例、彌令停止了、此上於堀取者、見相搦捕、奉行所へ可申來、若於見隱者、其在々庄屋肝煎可曲事事、〈◯中略〉 右所定置、聊不相違者也、 元和八年八月二十日 周防守〈◯花押〉

〔徳川禁令考〕

〈四十三農事〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0903 正徳三巳年 諸國御料所諸百姓江被仰渡候御書付〈◯中略〉 一公儀の山林はいふに及ばず、百姓所持之山林といふとも、竹木猥に伐採べからざる事、是又古來の定法有之處に、近年に及び村方の普請有之時、其普請の場所相應せざる大木、其入用之外のもの數等猥に伐採り候由相聞え候、自今以後たとひ其奉行役人以下申付候とも、心得がたき事有之におゐては、早速御代官に申屆くべき事、

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 附前々竹木伐採り候跡にて、苗木等植立ざる所々有之由相聞え候、是又古來よりの定法に違ひたる事に候間、公儀の山林はいふに及ばず、百姓所持之山林ニ候とも、其時節を違へず苗木等植付候様にすべき事、〈◯中略〉 右條々、去年中被仰出候諸國御料巡見之面々、見及び聞及び候所に就て、急度御穿鑿を遂らるべき事共に候得ども、當御所始の時にも候故、別儀を以、先其事に及ばれず候、自今以後、御國目付巡見の御役人等、度々に可差遣御事に候間、若其時に至ても、只今迄之様子相改らざる所有之におゐてハ、重犯の罪科のがるべからず候、御料所諸百姓急度此旨を相心得候て、相愼み守るべき事に候、然る上は其村之名主庄屋等之事ハいふに及ばず、たとひ御代官所手代役人等之事に候とも、公儀御制條ニ違犯之輩有之ニおゐてハ、其事の子細ありのまヽに御代官に訴申すべし、御代官中宜敷裁許之上訴出候者のために、其怨を返し候輩無之様、其沙汰可之候、若又訴申出べき事有之をも隱し置て、御仕置之事、末々之所に至りてハ行屆かず、百姓どもの難儀も不相止候儀ニ仕なし候事於之ハ、年月を經候後に相顯れ候といふ共、隱し置候輩も、是又違犯之罪科に同じかるべき也、 巳四月 諸國御料所諸百姓

〔徳川禁令考〕

〈四十三農家〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 五人組帳前書之事 差上申一札之事〈◯中略〉 一自分之居山林、又は四壁之内にても、大木我儘に伐取申間敷候、自然伐取候ハで不叶儀有之候ハヾ其品申上、御差圖を請、伐可申候、勿論小木ニ而も猥に荒シ申間敷候事、〈◯下略〉

〔徳川禁令考〕

〈四十四農家〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 享保七寅年十一月 百姓新規家作并新規商賣停止其外之儀御書付

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0905 覺〈◯中略〉 一山林野原之類、新規割合有之時ハ、是又高次第ニ入作百姓江も可割渡事、 右入作高二ケ條定りたる事たりといへ共、百姓相對を以極置候處其品々區々ニ而不宜候間、自今書面之通ニ而急度可相守候、 但前々より入作相對にて極置候儀ハ只今迄之通たるべし、〈◯中略〉 享保七年寅十一月

〔憲法部類〕

〈乾〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0905 各御代官所御領所之内、御林其外空地ノ場所有之候ハヾ、撿見廻村之節被見分、御林其外空地之場所江、栗松苗木植付候様、村々江可申渡候、尤植付候に付而は、村方之内ニ而名主組頭へも被申渡、村方猥りに不入込様心付、折々見廻り手入等いたし、右植付候木品成木致候様可申渡候、且又栗種松苗右場所へ植付候様は、何國付に而も出來可致事ニ候得共、若其村内に而出來兼候ハヾ、近村より成共才覺いたし、以來無懈怠植付候様被申渡勿論、御林守有之分にも、右苗木植付候様にも申渡、無油斷手入致し、致成木候様可心懸旨被申渡、追而栗成木之上、栗實成候時節ニ相成候ハヾ、取計方之義、御勘定所へ可相伺候、一御林守無之段木立宜御林に候共、成木之ために候間、平百姓等猥り不入込、名主組頭之内、折々見廻り手入等いたし、御林成木候様、常々可心懸旨可申渡候、右之趣村々へ被申渡、栗松苗植付致候分、御勘定所へ可相屆候、以上、 申〈◯明和元年〉七月

〔憲法部類〕

〈乾〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0905 一村限御請申上候一札之事〈◯中略〉 一山林竹木猥りに伐取候義不仕義、且又古來御定ニ候處、近年村普請等之節、不相應之大木猥りに伐取候由被御聞候、自今ハ縱御奉行御役人中御申付候共難心得義ハ、早速御代官様より可

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0906 申上候、尤竹木伐候跡、御林ハ勿論、百姓林たりとも、時節を不違、苗木植立候様可仕候事、 寶暦九卯年

〔憲法部類〕

〈坤〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0906 御料所村々御林之義は、場所に支配被仰付候上は、一通り見分致、木數等相改、取締方夫々可申付は勿論之事ニ候處、檢見之席は一日をあらそひ廻村之事故、御林木延立入候事も難相調、麥作等見分之節は可調事候得共、是迚も無其義ゆへ、御用木伐出、或は御林見分等被差出候得ば、御林帳木數ハ多分之増減有之、一體不取締に相聞候間、此度之義は別段之御趣旨を以、御林改方被仰出候條、往來之仕來ニ不拘、支配限手代差出爲相改、各江も麥作見分序、又は御用透相考相越見屆候上、御林帳相改候様可致候、右見分致候義は、農障之砌、村入用不掛様勘辨を加へ可取計候、尤支配所一圓ニ見分相濟候ハ、早速ニて相調申間敷候間、最寄御林限リ、見分改取調相濟候分は、御林帳相改御勘定所江可差出候、左候得バ御勘定方御普請役外御用序、又は別段ニも見屆として可差出候間、此段兼而相心得、格別ニ入念可申候、右本彈正大弼殿御差圖に付申渡候間、可其意候、以上、 丑〈◯寛政五年〉三月 ◯按ズルニ、林制ニ關スル事ハ、尚ホ政治部上編及ビ下編ノ水利篇養水源條ニ在リ、參看スベシ、

林守

〔地方凡例録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0906 森林之事 付〈◯中略〉根伐仕立之事〈◯中略〉 一御林の儀大山なれば、御山守有之、御扶持方被下、致帶刀も有り、又一ト通りの御林にては守無之、其村の庄屋名主相守、これは扶持方等無之、又は居村より格別遠所にて、其御林の邊に百姓家等有之、枝郷同然の處は、名主元より遠方、守も屆き兼候故、其枝郷にて頭立たる百姓を御林守(○○○)

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0907 にして、多分は林下草等を此ものへ取すると有、扨御用木等に伐出有之節は、林守名主に案内爲致御林見分致し、御用木之寸尺に合ひたる木品を見立、壹本づヽ削り、極印を打、尤多分の伐出し有之、拔伐に難成程の木數ならば、裾通りより片付て切が吉也、山出しの勝手も宜、左様に山片平も伐ことならば、可伐場處見立、鎌苅苗木等之不宜分苅除、足場を能くして可伐、苅除きたる麁朶、萱等は、束數を改、追て入札を取賣拂に可致、其伐跡は伐株を掘らせ、苗木可植付、尤も根を取すれば薪に掘取者有もの也、根伐の仕方杣共は功者之有事なれ共、下通りの人足等に伐する時は、役人功者無之ては、大木等難伐、先根伐をして何方へ可倒と、木の倒懸る所を考、峯あらば峯ある方へ返すべし、必谷間の方へ不返、山出難成、又谷上之木抔伐ては、谷へ可落處は、留木迚、外の木より横木を結び、伐たる木の持れ掛る様にして伐ざれば、大木谷へ落ては上るに、悉人夫多く費る事あり、其木品に寄、根より六七尺殘、根伐して、下へ引落せば、立木の儘にて自然と返り、木に損も不附、右伐株は別に伐、御用木に可成は遣ひ、又御用木にも不成ば、御拂にいたす、檜椹等は榑木に成、入札直段も宜敷物也、至て大木本口にて差渡し壹尺も可有程之木は、一ト通にて根伐難成ければ、燒木と云にするなり、吉木の根元を五六尺、八角十文字に貫穴の如く彫通し、廻りに柱の如く伐殘したる處にて持て居る、其穴へ燒草を入、火をかけ、燒切にすれば、一度に燒落、根の上にそろりと返るゆへ、木に損なし、怪我等の案事もなし、大木を四方より切ては、眞に至りて難伐、夫を木の下に行て伐る内に、風吹倒れば大怪我有もの也、根伐したる木、當坐に枝を伐れば、其木は格別重く成物也、これは枝々取可發勢の發すること不能、本木に勢籠る故成べし、根伐をして四五日も置、枝を取れば、格別輕く成、然て不急に材木は伐倒して、四五日にも差置、日柄立て末方、枝葉を伐吉、是山師の秘事なり、且又一山御拂等に成か、又は江戸廻御用木等の爲に伐出に成、請負人等有之、杣山師共入て、總山の根伐をいたし、川下海

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0908 上を積廻し等之様成儀有之時は、山之改方、筏組川下の船積等さま〴〵の手段有之、奉行人至て功者入る事也、然共是先大にては無之儀故、仕方長き儀に付略之、勿論御用木とも伐取たる株壹本づヽ極印打伐株と材木員數引合改る事也、

林税

〔地方凡例録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0908 森林之事 付林改方并御林帳(○○○)仕立方之事〈◯中略〉 一森と云は、寺社境内、又は居屋敷にも木を植立、繁茂いたすを森と云、林と云は、山河原野方平地等に木を植立茂りたるを林と唱へ、森は多分寺社免地か屋敷反別之内に籠り有之故、別段年貢等不出、古林は公儀御林、地頭林、井根林、百姓林、所に寄品々有、御林并地頭林は百姓方にて下草刈取、下草錢(○○○)とて反當有之、年々相納、尤地頭林には其家々の仕來り、落葉下草は無年貢にて百姓にとらせ、本木は領主用木に遣、家中の諸士家作入用、或は林なき村方百姓家作等之節、願に依て持高に應じとらせる事有り、乍去箇様之類は少く、井根林は、御用に付諸役人郷廻り等之節、枝葉薪に用ひ、眞木は堰川除の普請入用に伐渡事也、此井根林といふも、所によりては有ども、稀成義也、百姓林無年貢なれども、間には林錢(○○)納るも有、百姓林たりとも、持主の自由に良材伐遣ふ事ならず、要用にて伐採時は願出、差圖之上伐遣ふ也、又空地に新林仕立、百姓持になれば、林永等相應の年貢申付(○○○○○○○○○○)事也、林に不限、百姓四壁或は屋敷前通り抔、大木の類有之、格別の大木にて、村中は勿論隣村へも知れたる程の木は、御料私領ともに、持主自由に伐取事ならず、箇様の木は御代官地頭等にて、帳面に記置事也、

〔農政本論〕

〈中編中〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0908 御林下草錢(○○○) 此ハ覇府ノ領、藩ノ領共ニアル者ニテ、上ノ立林ノ下草ヲ村方ニ於テ刈採ル役永、前々ヨリ定納ト成タル小物成ノ内也、然ドモ或ハ其年ノ草生立ノ様子ニ依テ檏買( /ウケガイ)トナリ、年々不同ナル處モ

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 亦アル者也、此等ハ定納物ニハ入ズシテ臨時ノ浮役物ノ内也、凡林ハ若シ新田新畑等ニ開發スル事ニナリテハ、假令定納ニ極リタル下草永(○○○)ト云トモ差免ス例ナリ、

山林盜伐

〔徳源院文書〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 清瀧西念兩寺寺務條々〈◯中略〉 一寺領山木事〈付屋敷樹木〉 凡莊家散在之輩、雖一枝、輙不切用、制法代々事舊畢、然而嚴密雖制法、動者莊内之土民盜切之條、希〈◯希恐奇誤〉怪之次第也、將又或號手拾生木之枝、或以抹掘穿根條、無方之至極也、所詮十五歳已後付是非山、又甲乙人屋敷内至往古之古木輙不切、若違背此禁制領内輩者、懸主人所犯輕重、可罪科、〈◯中略〉 應安六年三月十日 沙彌〈花押◯佐佐木高氏〉

〔地方凡例録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 森林之事 付〈◯中略〉御林木盜伐致したる者御仕置之事〈◯中略〉 一御林木盜伐いたしたる者、古來は死罪、又は其仕形に寄、獄門にも被行たる處、享保の頃より一等輕く相成、申合盜伐致したる頭取は重追放、頭取に續たる者中追放、同類過料に相成、近例有之なり、

名林

〔八雲御抄〕

〈五名所〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 林 きべのはやし〈遠、万、あらたまのきべのはやし〉ゑはやし〈万七〉つるの〈後佛滅所〉くものはやし〈山也、〉 〈雲林院紅葉〉〈あふち新古今〉 〈撰肥後〉

〔藻鹽草〕

〈三地儀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 林〈同名所◯中略〉 月林〈山しろ、かつらをおる、〉雲の林〈同上、むらさきのともつヾけたり、山櫻、あふち、わび人の里、 木のもとにをらぬにしきのつもれるは雲のはやしの紅葉なりけり、〉伎倍林〈遠江、あらたまの林とよめり、またらふすま、〉江林〈みの、八雲御説、〉

〔日本書紀〕

〈二十四皇極〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 三年六月、是月〈◯中略〉于時有謠歌三首、〈◯中略〉其三曰、【烏麻野始】儞(ヲバヤシニ)、倭例烏比岐例底(ワレヲヒキレテ)、制始比騰能(セシヒトノ)、於謀提母始羅孺(オモテモシラズ)、伊弊母始羅孺母(イヘモシラズモ)也、〈◯也字恐衍〉

〔日本書紀通證〕

〈二十九皇極〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 葛上郡有小林邑、寄林臣

〔拾遺和歌集〕

〈八雜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 清愼公月林寺にまかりけるに、をくれてまうできてよみ侍りける、 藤原後生 昔わがをりし桂のかひもなしつきの林(○○○○)のめしにいらねば

〔後撰和歌集〕

〈七秋〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 題しらず 讀人しらず 木のもとにをらぬ錦のつもれるは雲の林(○○○)のもみぢなりけり

〔千載和歌集〕

〈十七雜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 わづらふことありて、雲林院なる所にまかりけるに、人のとぶらへりければつかはしける、 良暹法師 此世をば雲のはやしにかどでして煙とならむ夕をぞまつ

〔夫木和歌抄〕

〈二十二林〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 〈ときはばやし山城〉 前大納言實冬卿 さがのなるときはばやし(○○○○○○)のなのみしてうつろふいろに秋風ぞ吹

〔萬葉集〕

〈十四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 相聞 阿良多麻能(アラタマノ)、【伎倍乃波也之】爾(キベノハヤシニ)、奈乎多氐天(ナヲタテヽ)、由吉可都麻思自(ユキカツマシモ)、移乎佐伎太多尼(イヲサキダタニ)、 右二首〈◯一首略〉遠江國歌

〔太平記〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 師賢登山事附唐崎濱合戰事 已ニ唐崎ニ軍始タリト聞ヘケレバ、御門徒勢三千餘騎、白井ノ前ヲ今路ヘ向、本院ノ衆徒七千餘人、【三宮林】(サンノミヤハヤシ)ヲ下降、〈◯下略〉

〔萬葉集〕

〈七旋頭歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 【江林】(エハヤシニ)、次完也物(ヤドルシヽヤモ)、求吉(モトメヨキ)、白栲(シロタヘノ)、袖纒上(ソデマキアゲテ)、完待我背(シヽマツワガセ)、

雜載

〔日本書紀〕

〈一神代〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 一書曰、〈◯中略〉初五十猛神天降之時、多將樹種而下、然不韓地、以持歸遂始筑紫、凡大八洲國之内、莫播殖而成青山焉、所以稱五十猛命有功之神、即紀伊國所坐大神是也、 一書曰、素戔嗚尊曰、韓郷之島、是有金銀、若使吾兒所御之國不一レ浮寶者、未是佳也、乃拔鬚髯散之、即成杉、又拔散胸毛、是成檜、尻毛是成柀、眉毛是成櫲樟、已而定其當一レ用、乃稱之曰、杉及櫲樟、此兩樹者、可以爲浮寶、檜可以爲瑞宮之材、柀可以爲顯見蒼生奧津棄戸將臥之具、夫須噉八十木種、皆能播生、于時素戔嗚尊之子、號曰五十猛命、妹大屋津姫命、次抓津姫命、凡此三神亦能分布木種、即奉於紀伊國也、〈◯下略〉

〔三代實録〕

〈二清和〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 貞觀元年四月廿一日丙午、河内和泉兩國、相爭燒陶伐薪之山、依朝使左衞門少尉紀今影等勘定和泉國之地

〔徳源院文書〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 清瀧西念兩寺寺務條々〈◯中略〉 一寺僧坊中前後木事 凡山寺坊中殊更以(○)竹木(○○)爲(○)總別之莊嚴(○○○○○)、然而近年往入之若輩或號私物、或不當所制法歟、猥違犯本願已來代々規式、任雅意坊中木條、不可思議之振舞也、能々可禁制、若不叙用寺僧、不老少、隨交名注進追出、〈◯中略〉 應安六年三月十日 沙彌〈花押◯佐佐木高氏〉

〔佛通寺文書〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 御許山佛通寺制札〈◯中略〉 一爲寺家修造、代築山之木并山中植木失(○)境致(○○)、其外於山林材木已下、不寺外之事、〈◯中略〉 大永五年〈乙酉〉八月六日 當住持瑞〈◯下闕〉 納所瑞〈◯下闕〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 侍眞妙〈◯下闕〉 維那曇樹〈◯下闕〉 芥禪院智〈花押◯下略〉 ◯

〔倭名類聚抄〕

〈一山谷〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 杣 功程式云、甲賀杣、田上杣、杣讀曾萬、所出未詳、但功程式者、修理筭師山田福吉等、弘仁十四年所撰上也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈一山石〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 功程式、今無傳本、按甲賀近江國郡名、天武紀鹿深即是、田上屬近江國栗本郡、萬葉集藤原宮役民歌所謂、衣手田上山、即是也、杣字皇國所造會意字、非漢字、然既見寶龜十一年西大寺資財帳、及延暦二十三年大神宮儀式帳、江談抄以爲山田福吉造是字者、蓋誤讀本書也、又按、曾万蓋山中殖樹木、爲造屋材之處、萬葉集大伴家持歌所云和豆香蘇麻山、大神宮儀式帳、入杣木本祭、西大寺資財帳有杣圖皆是也、至是處材者曰杣人、萬葉集寄木歌云、眞木柱作蘇麻人是也、今俗呼材之人曾万、轉訛也、

〔伊呂波字類抄〕

〈所地儀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 杣〈ソマ〉

〔運歩色葉集〕

〈楚〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 杣(ソマ)

〔書言字考節用集〕

〈一乾坤〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 杣山(ソマヤマ)〈江談、杣本朝俗字、〉

〔同文通考〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 國字 杣〈ソマ〉木在山也

〔東雅〕

〈二地輿〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 林〈◯中略〉 藂木の山にあるをソマといふ、義亦不詳、舊事紀、古語拾遺等に、手置帆負(タオキホオヒ)神、彦狹知(ヒコサシリ)神をして、大峽少峽(オホガヒヲガヒ)之材を伐て瑞殿(ミツノミアラカ)を造られしと見えしは、其事後に杣木を伐りて、宮材引などいふに同じければ、後にソマと云ひしは、上古に大峽少峽などいひしに同じかるべし、

〔倭訓栞〕

〈前編十三曾〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0913 そま 杣は倭字也、〈◯中略〉西土の書に木客又山伐とみゆ、是そまの義なりといへり、杣山、杣木、杣人などよめり、萬葉集に追馬喚犬をよめり、古へ馬を追にそといひ、犬を喚にまといひし成べし、

〔松屋叢話〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0913 袋草紙三の卷に、曾禰好忠三百六十首歌の中に、 なけやなけ蓬が杣のきり〴〵す過ゆく秋はげにぞかなしき といふを、長能が、狂惑のやう也、蓬が杣といふ事やはあるとて、そしれるよしヽるされしに、夫木抄雜十に、家隆信實のしかよまれし歌も三首あり、今按に、古今著聞集飮食部に、道命阿闍梨修行しありきけるに、やまうどの物をくはせけるを、これはなにといふものぞと問ければ、かしこにひたはえて侍るそま麥なん、これなるといふを聞て、よみ侍りける、 ひたはえて鳥だにすへぬ杣むぎにしらつきぬべきこヽちこそすれ〈◯中略〉 杣麥は、しげりあひたるさまの事にて、もとしげり葉の約語しばといふをかよはしいひけるにや、しば山ともそま山ともいへるなどおもひあはすべし、さて木立の葉しげりたるさまを、杣といふよりうつりて、そこにいりて樵取わざするを杣人といひ、そこより伐出せしを杣木ともいへる也けり、〈◯中略〉もじも中國の新字なるに、从木从山しは、木立の義をとりてつくられたればなるべし、

〔萬葉集〕

〈十一古今相聞往來歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0913物陳思 宮材引(ミヤキヒク)、泉之【追馬喚犬】二(イヅミノソマニ)、立民乃(タツタミノ)、息時無(ヤムトキモナク)、戀渡可聞(コヒワタルカモ)、

〔皇大神宮儀式帳〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0913 一新宮造奉時行事并用物事〈◯中略〉 次取吉日正殿心柱造奉、率宇治大内人一人、諸内人等、戸人等、入杣木本祭用物注左、〈◯下略〉

〔大神宮儀式解〕

〈八〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0913 入杣木本祭は、曾万伊利古乃毛登万豆流とよむべし、入杣は即山入也、〈◯下略〉

〔江談抄〕

〈五詩事〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0914 杣字事 又問云、杣字、誠本朝作字歟如何、被命云、杣字本朝山田福吉所作也、榊字又見日本紀云々、


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:59 (387d)