http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 濱ハ、ハマト訓ズ、水邊平沙ノ地ヲ謂フナリ、

名稱

〔新撰字鏡〕

〈水〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 湄〈美悲反、水澄也、波万(○○)、又伊曾〉 濆〈夫文反、平浱也、水涯也、水支波、又伊曾、又波万、〉

〔倭名類聚抄〕

〈一涯岸〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 濱 唐韻云、濱水際也、音賓、〈和名波萬〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈一水土〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 神代紀訓注、汀此云波麻、新撰字鏡、湄字濆字同訓、垠訓八万乃支波万利、下總本有一云保止利五字、〈◯中略〉廣韻同、玄應音義引字林云、濱水涯也、説文作頻、云水厓人所賓附也、王念孫曰、濱與邊聲相近、水濱猶水邊、故地之四邊、亦謂之濱、小雅北山篇云、率土之濱是也、

〔伊呂波字類抄〕

〈波地儀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 濱〈ハマ水際也〉 沙汰〈同〉

〔書言字考節用集〕

〈一乾坤〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 濱(ハマ)〈本字瀕、説文、水厓也、顏師古云、縁海邊也、〉

〔東雅〕

〈二地輿〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1298 濱ハマ 萬葉集抄に、ハマとは、ハといふは白きことばなり、マといふはまはれる詞也と見えたり、されば、ハマとは、麓、讀てハヤマといひしが如くに、その海の端の所なればハアマとは云ひしなるべし、〈古語に、アマといひしは海なり、ハアマをハマといひしは、ハといふ詞に、アといふ音の納れる故なり、〉舊事紀、日本紀等には、汀の字を讀てハマといひ、また御碕の字讀てミサキといひしを、古事記には、濱の字讀てハマといひ、ミサキには御前の字を用ひしなり、倭名鈔、濱の字を讀む事、古事記に同じくして、汀の字をば唐韻の水際之平沙なりといふ説を引て、讀でミサキといふ、その後には又汀の字をばミギハと讀むなり、碕の字を讀むことは、前に見えし岬の字を讀むが如し、岬は山側をいふと見えたれば、碕は水際をいふなるべし、汀讀てミギハといふは、唐韻水際の義によれるなるべし、〈これら又古今の訓、同じから〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299 〈ぬ事也、〉

〔倭訓栞〕

〈前編二十四波〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299 はま 神代紀に、濱、又汀をよみ、新撰字鏡に湄もよめり、端海(ハアマ)の義也といへり、〈◯中略〉はまわは濱曲也、はまづらは濱面也、

〔八雲御抄〕

〈三上地儀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299 濱 やをかゆく〈八百日ゆく心なり〉 しら なが

〔藻鹽草〕

〈五水邊〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299 濱 しら濱 なか濱 やをかゆく濱〈八百日行く也、遠たとへ也、〉 七日ゆく濱のまさご〈是も同心〉 濱の眞砂 あらき濱邊〈いせ也、但又餘の所にも云歟、〉 濱びさし〈高き眞砂のくづれたるがひさしのごとくなると也、又は只眞砂の礒也共云り、〉 こす〈濱の事也、一説也、住吉のこすのとこなつと云るも、はまのとこなつと云々、〉 へた〈海邊たと云り、へたとは、總てはまなどの一の名也、但はまにはあらざるか、はまのたぐひか、日本紀には、海濱と書てへたとよめり、〉濱中 濱崎 濱きよみ

〔日本書紀〕

〈二神代〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299鹽土老翁、〈◯中略〉乃作無目籠、内彦火火出見尊於籠中之于海、即自然有可怜小汀、〈可怜此云于麻師、汀此云波麻、〉於是棄籠遊行、

名濱

〔枕草子〕

〈九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299 はまは そとのはま、ふきあげのはま、ながはま、うちでの濱、もろよせのはま、千里のはまこそ、ひろふおもひやらるれ、

〔奧義抄〕

〈上ノ末〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1299萬葉集所名 普通名所不注〈◯中略〉 濱 おほわたりはま たつなのはま すみよしのこはま なこしのはま きらのはま あくらのはま たかしのはま きくのなかはま きくのたかはま はやみはま ふなせのはま しなのヽはま〈こしのうみの〉 よろぎのはま〈さがみちの〉 いてみのはま〈すみよしの〉 かみのをはま〈おほさきの〉

〔藻鹽草〕

〈五水邊〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1300 濱〈同名所◯中略〉 伊勢濱〈いせ、波の花、いもり、家づと、つり、鹽燒、螢、荻、うつせ貝、櫻貝、鹽がひ、忘がひ、雁、あはび、玉、みるめ、神風、たびね、〉 伊保濱〈攝州、もしほ草、五月雨、〉 宮濱〈越前 ふる雪の色のはまべの白妙にそれともわかぬむら千鳥かな、ますほのにかひ、〉 お見濱〈つの國住吉郡 すみよしのおみのはまの柴なかりそ、乙女子があかものすそのぬれてゆかんみん〉岩木濱〈いづ、或云、いよ、 つれなさはいは木のはまの散浪を何を心にのけはじめけん〉 怡土〈筑前、船の繩手、君がみぞぬふ、〉 岩代濱〈きの國 いはしろのはま松が枝を引むすびまさしくあらば又かへりこん〉 星合濱〈いせの海の名にあらはれて波まくらかはしやすらんほしあひのはま、七夕のかよひ所、〉 遠津濱〈岩つつじ〉 千尋濱〈いせ、又きの國、 いせの海のちひろのはまにひろふ共今はかひなくおもほゆるかな、是はいせの也、きの國、 万代をかぞへん物はきの國のちひろのはまの眞砂なりけり〉 千里濱〈きのくに すゑとをきちさとのはまに日の暮て秋風をくる岩代の松〉 千草濱〈上總 色々のかひありてこそひろはなれち草のはまをあさるまに〳〵〉 被忘濱〈わうしう 年ふれどいつも我こそ忘られのはまちどりとはなきわたりつヽ〉 神小濱〈とさ〉 かみしきの濱〈備前、八雲御説、〉 かたみの濱〈かづさ、八雲御説、〉 堅田濱〈近江 鮒、あだなみ、つり舟、〉 風莫濱〈紀州 風なきのはまの白なみいたづらにこヽぞよりくるみる人なしに〉 辛崎濱〈近江 大宮人、御祓、ひく調、花のなみ、つる、〉 よさの濱〈丹後 いさり、あまのまてかた、松、ほたる、わかめ、千鳥、〉 万代濱〈同名 はまの名に君がよはひはあらはれてのどけき波も万代のすゑ〉 餘綾濱〈さがみぢのよろぎの濱のまさごなすうらはかなしくおもはるヽかも〉 喚續濱〈尾張 なるみがた夕なみ千鳥立かへりともよびつぎのはまに鳴也〉 高濱〈つの國 きてみれば千世もへぬべしたかはまの松にむれゐる鶴の毛ごろも〉 たつなの濱〈紀州 おきつしまたかにあはせはしらず共たづなのはまに尋きなまし〉 高砂濱〈はりま、千鳥、時鳥、年ふる松、〉 たいの濱〈同上、八雲御説、〉 高師濱〈和泉、大伴の高師のはまとそへたり、眞砂、そなれ松、松がね枕、松のはひね、まろね、ちどり、鹽風、たづ、あだなみ、戀、〉 素都濱〈みちのくのおくゆかしくぞおもほゆるつぼの石文そとのはまかぜ〉 つのがの濱〈ゑちぜん、こしの海のつのがのはまに大船にまかぢぬきおろし、〉 つなのヽ濱〈ひぜん、八雲御説、〉 難波濱〈攝津、松原、此よめる事、浦潟に同之、〉 奈古〈同上 住吉のなこの濱べに駒なべて玉ひろひしくつね忘られず、猶よめる事同浦に、〉 長柄濱〈同右、さヾれ石、雲の梯、千鳥、 春の日のながらの濱に駒とめていづれを橋ととへどこたへず〉 なこえの濱〈舟ごとにかじふりたてヽくほりするなこえのはまべすぎかちぬとも〉 長居濱〈同右、さヾれ石、千鳥、〉 并濱〈同上、なにはのさきのならびはまといへり、〉 長洲濱〈同右、あしたづ 戀侘ぬ悲しきこともなぐさめんいづれながすのはまべなるらん〉 なるとの濱〈八雲御説〉 長濱〈伊勢、君が代、まさごの數、みるめ、あま、貝、われは命の、〉 鳴耶濱〈紀州 ねをぞなくやのと云り〉 名草濱〈きの國、貝、あまのめざし、雪、心なぐさのはまちどり、跡もなぐさのはまちどり、總てなき事に寄たり、又なぐさむに云り、あまのかるみるめを波にまがへつヽ、〉 打出濱〈近江、氷とくらし白波の、しらゆふ、花、落花、〉 有度濱〈駿河、あまのはごろも、戀、はふりこ、ちどり、〉 内外濱〈丹後、邊をうみわた〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1301 〈るあま、〉 鶉濱〈筑前 かりそとは思はぬ旅をいかなればうづらはまをば行くらすらん〉 小濱〈い勢、かひ、〉 大崎濱〈土佐 大さきの神のをたまはせばけれど百舟もすぐとこそいはなくに〉 大淀濱〈同右、大よどのはまの眞砂を君が代の數にとれとやなみもよすらん〉 興津濱〈和泉、たつちどり、月、くぬぎ、駒、〉 大わたの濱〈攝津、さヾれなみ、はまきよみ、浦なつかしみ、神代より千舟のとまる大わたの浦、〉 御前濱〈同上、雪、松、神がき、〉 大伴御津濱〈同右、松、神さび、〉 おもの濱〈近江とヽこほる時もあらじなあふみなるおものヽはまのあまのひつきは〉 大長濱〈遠江、みやこにのぼる、〉 桑原濱〈あふみ すべらきの御代はつきせじ桑原の濱田は三度海となるとも〉 雲濱〈若狹 はるかにもおもほゆるかな雲のはま天河原に行やかよへる〉 黒戸濱〈上總、菊、 まどろまじこよひならではいつかみんくろどのはまの秋のよの月〉 くろ濱〈越前、八雲御説、〉 倉無濱〈豐前 わきもこがあかもぬらしてうへし田をかりておさめんくらなしのはま〉 八ま濱〈ぶぜん、春の日のはきめに道のみえつるは、〉 眞野濱〈ぶぜん とよ國のまのヽ濱邊のまなごちのまなこにしあらば何かなげかんあふみ同名同之、 あふみぢやまのヽはまべに駒とめてひらの高ねの花をみるかな〉 眞熊濱〈伊勢、時鳥、〉 間之濱〈ぶぜん、まなこ、〉 吹上濱〈紀州、白ぎく、千鳥、月、秋風、春風の共、いづれも風の吹あぐる事によせたる也、まさご、あられ、しほひがた、淺茅原、櫻、すたれ貝、濱びさし、葛、〉 吹飯濱〈いづみ 時つ風吹井のはまにいでゐつヽあそぶ命はいもが爲こそ〉 船瀬濱〈はりま 行かへりみればあかんやなきすみの舟せのはまにしきるしらなみ〉 吹手濱〈ぶぜん 秋風の吹手のはまのはまひめはよさむにあれや衣かたしく〉 船木濱〈あふみ 河しまや舟木のはまの磯千鳥をのれが名をばたれとたのまん〉 こぬみ濱〈するが、松、うつせ貝、月、はまひさき、 駒なづむ岩木の山を越かねて人もこぬ身のはまにかもねん 岩木山たヾこえきませいほさきのこぬみのはまにわれたちまたん〉 戀濱〈はりま、人しれずくるしき〉 粉濱〈つの國住吉郡 すみ吉のこはまのしヽみあけもみずかくれてのみや戀わたりなん〉 こひその濱〈さがみ、八雲御説、〉 明石濱〈はりま、舟、みるめ、たくなは、岡の松、時鳥、ともし火、家のあたり、〉 飽こ濱〈きの國、忘がひ、〉 網代濱〈伊勢、八十戍人きく玉、〉 飽野濱〈つの國のあきのヽはまの忘がひ我はわすれず年はふれども〉 荒津濱〈筑前、しろたへの袖のわかれをかたみにて、〉 有礒濱〈ゑつ中、千鳥、眞砂、葛、〉佐のヽ濱〈近江 あふみぢやさのヽはまべに駒とめてひらの高禰の花をみるかな〉 企救濱〈ぶぜん とよ國のきくのたかはま心にもなにとていもにあひ見そめけん、きくのながはま共云り、音にのみきくのはま松下葉さへうつろふ比の人はたのまじ〉 雪白濱〈但馬 立とまる雪のしらはまもろよせておもひしものを人やうらみん〉雪高濱〈佐渡 ふりつヾく雪のかたはまはるばると木蔭も見へぬこしのうらかぜ〉 御津濱〈つのくに、又近江に在同名、忘がひ、松、舟、ねかひを、みそぎ、千鳥、してのをと、衣うつ、波の玉しく、江州のにはいはこす波、〉 御熊野濱〈紀州、南は山のはもなし、〉 三形濱〈わかさ、月、〉 美能う濱〈ちくぜん、うつせがひ、〉 白良濱〈伊勢 いく夜ねむ白なみよするしらこはまはま松がねに松葉折しき、からすがひ、月、松、〉 鹽合濱〈同上〉 志賀濱〈近江子日松、ひと本のしがの濱、松、古き都、いさり火、〉 しかきの濱〈紀州、八雲御説、〉 しなのヽ濱〈ゑつ中 こしの海のしなのヽ濱、を行くらしながき春日にわすれて思ふや秋の初風、〉 したくら濱〈八雲御説〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1302 廣田濱〈攝州 しら濱の磯の數にはあらねどもめぐみひろたの名をやたのまん、みてぐら、社、薄、榊、はまゆふ、雪、〉 住吉濱〈同右、うつせがひ、松、眞砂をふむ、たつ波のしらゆふ、ゆふしで〉 陬磨〈同上、よめる事、浦に同、〉 下立濱〈近江、なき名、〉 枝濱〈上總、花、〉

和泉國/高師濱

〔萬葉集〕

〈一雜歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1302 太上天皇幸于難波宮時歌 大伴乃高師能濱乃(オホトモノタカシノハマノ)、松之根乎(マツノネヲ)、枕宿杼(マギテシヌレド)、家之所偲由(イヘシシヌバユ)、

攝津國/住吉濱

〔伊勢物語〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1302 むかし男、いづみの國へいきけり、住吉の郡住吉のさと、住吉のはまをゆくに、いとおもしろければ、おりゐつヽゆく、ある人住吉のはまとよめといふ、 雁なきて菊の花さく秋はあれどはるのうみべに住吉のはま

大物濱

〔吾妻鏡〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1302 文治元年十一月六日乙酉、行家、義經、於大物濱船之刻、疾風俄起、而逆浪覆船之間、慮外止渡海之儀、〈◯下略〉

相模國/淘綾濱

〔萬葉集〕

〈十四東歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1302 相聞 相模治乃(サガミヂノ)、余呂伎能波麻乃(ヨロギノハマノ)、麻奈胡奈須(マナコナス)、兒良久可奈之久(コラクカナシク)、於毛波流留可毛(オモハルルカモ)、 右十二首、〈◯十一首略〉相模國歌、

七里濱

〔新編鎌倉志〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1302 七里濱 七里濱ハ、稻村崎ヨリ腰越マデノ間ヲ、七里濱ト云フ、關東道七里有、〈以六町一里〉故ニ名ク、古戰場ナリ、今モ太刀刀ノ折、白骨ナド砂ニ雜テ有ト云フ、此濱ニ鐵砂アリ、黒キ事漆ノ如シ、極細ニシテイササカモ餘ノ砂ヲ不交、日ニ映ズレバ輝テ銀ノ如シ、庖丁小刀等ヲミガクニ佳也、又花貝トテウツクシキ貝アリ、兒女拾テ作リ花ニスル也、櫻貝トモ云、櫻色ナル故ナリ、

〔鎌倉大草紙〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1302 此節〈◯應永十七年〉新田殿の嫡孫謀反を起し、廻文を以て、便宜の軍兵をもよほされければ、鎌倉の侍所千葉介兼胤が生捕にして、七里濱にて討之靜めける、

〔南方紀傳〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1302 應永二十六年五月廿八日、上州新田岩松治部大夫反、于時上州後被奔、上杉兵庫頭誅

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303 于七里濱

由比濱

〔書言字考節用集〕

〈二乾坤〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303 由比濱(ユヒガハマ)〈相州鎌倉〉

〔新編鎌倉志〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303 鶴岡八幡宮 大鳥居ヨリ波打際マデ五町アリ、此ノ濱邊東ハ飯島、西ハ靈山崎、其間二十三四町アリ、由比〈比、或作居、井、〉濱ト云フ、

〔海道記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303 申の斜に湯井の濱に落著ぬ、しばらく休みて此所をみれば、數百艘の舟ども、綱をくさりて、大津のうらに似たり、千万宇の宅軒をならべて、大淀のわたりに異らず、御靈の鳥居の前に日をくらして後、若宮大路より宿につきぬ、〈◯下略〉

〔太平記〕

〈二十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303 奧州下向勢逢難風事 暮レバ彌ヨ風アラク成テ、一方ニ吹モ定ラザリケレバ、伊豆ノ大島女良ノ湊、カメ河、三浦、由居ノ濱、津々浦々ノ泊ニ、舟ノ吹寄セラレヌハナカリケリ、

〔梅花無盡藏〕

〈二七言絶句〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303歩於由井濱華表之下、〈◯中略〉號此濱七里、透千度小路、謁鶴岡之八幡宮、〈◯中略〉 千度壇連七里濱、崢嶸華表奪龍鱗、回廊六十間靈地、風不條宗廟神、 八幡宮

〔新編相模國風土記稿〕

〈百五鎌倉郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303 按ズルニ、萬里、由井七里ノ二濱ヲ以テ一所トシ、カク記セシハ誤ナリ、

〔南方紀傳〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303 應永二十年七月三日、關東大風、由井濱鳥居笠木吹落、 二十一年三月六日、鎌倉由井濱大鳥居立、

陸奥國/外ケ濱

〔東遊記後編〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1303 舍利濱 奧州外が濱(○○○)にホロヅキといふ所有り、其海邊に舍利濱あり、小石濱なるが、其中に舍利石まじれ

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1304 り、白きあり、飴色なるあり、大サ定の如く、米粒の如く、明徹滑澤甚愛すべし、此所を過りし日は、天氣殊に朗なりしかば、濱邊に座し、舍利石をひろひ、甚樂り、回國修行の者抔は、此舍利石をひろひ、大に尊信する事なり、殊に奇なる事は、此濱の磯近く、海中に廣さ五十間程の舍利母石あり、此舍利母石より、常々舍利を産し、其舍利をちて此濱に打あげ、古今絶せず、此故に舍利多しとなり、其舍利母石、水面より餘程深く沈み居て、濱邊よりは見えがたし、此邊の漁父に頼めば、海底に沒入して、玄翁にて打破り取あがる事なり、此故に此舍利母石を得る事は頗る難し、されど珍敷物なれば、余も指の頭程の舍利母二ツ三ツを得て歸れり、其全體の色は、薄黒く土の化したる石のごとくにして、其中に米粒のごとき小舍利夥敷孕めり、誠に奇なる石なり、又此舍利濱の先に、今別といふ所あり、二三里も隔れり、此所の濱を瑪瑙濱といふ、此濱に入る前後に自然の石門あり、甚奇境なり、夫より内凡半道餘瑪瑙石の濱なり、尤常體の石も半まじれり、凡石も瑪瑙も大さ大低拳の程より、鷄卵或は小きは蠶豆のごとし、皆々甚明徹にして、京都にて緒〆にするものなり、世に津輕玉といひ、又は寶石ともいふ、人馬往來する濱なれば、足元に玉石みち〳〵、殊に日光にきらめきて、目眩する計なり、其うるはしきに心留りて過行べくも覺えず、程よきはひろひ取りて袖に入る程に、兩の袂やぶるヽ計なり、されど長き旅路携へ歸りがたく、毎夜三ツ四ツづヽ人に與へ、京まで携歸れるは、纔ばかりなり、かくの如き濱京近くにあらましかば、守る人も嚴敷、門戸抔もありて、みだりに見る事だにも許さまじきを、かヽる人無き邊地なれば、道行人の取に任せ、誰一人禁ずる者なし、めづらしき地なり、

紀伊國/吹上濱

〔紀伊國名所圖會〕

〈一下和歌山〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1304 吹上〈同濱、今府城の西南をいふ、また砂山とて、ちいさき岡のあるもいにしへの遺跡なり、〉此吹上の濱といふは、西南の風烈しきときは、白砂を高く吹上て、一夜のほどに一處に吹あつめて山をなし、又しばしが程に吹散してもとの平地となり、こは常に風眞砂をふき上る、これによ

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1305 りて、吹上のはまとはいふなり、此地むかしより月の名どころにして、文苑古詠かず〳〵あり、されば年歳累りて、名所も廢して、蒼海三たび桑田となるのならひ、今は其俤さへも、衞士の甍を連て出る月も、家より出て家に入の風情とはかはりぬ、

筑前國/多多良濱

〔太平記〕

〈十六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1305 多多良濱合戰事附高駿河守引例事 小貳ガ城、已ニ責落サレテ、一族若黨百六十五人、一所ニテ討レケレバ、菊池彌大勢ニ成テ、頓テ多多良濱ヘゾ寄懸ケル、〈◯中略〉去程ニ菊池五千餘騎ヲ卒シ、濱ノ西ヨリ相近付テ、先矢合ノ流鏑ヲゾ射タリケル、左馬頭〈◯足利直義〉ノ陣ヨリハ、矢ノ一筋ヲモ射ズ、〈◯中略〉百五十騎參然トシテ堅ヲ破レバ、菊池ガ勢誠ニ百倍セリトイヘドモ、僅ノ小勢ニ懸立ラレテ、一陣ノ軍兵三千餘騎、多々良濱ノ遠干潟ヲ、二十餘町マデゾ引退ケル、

豐前國/規矩高濱

〔書言字考節用集〕

〈二乾坤〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1305 規矩高濱(キクノタカハマ)〈豐前企救郡、今按、本字企救乎、〉

〔萬葉集〕

〈十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1305 問答歌 豐國乃(トヨクニノ)、聞之長濱(キクノナガハマ)、去晩(ユキクラシ)、日之昏去者(ヒノクレヌレバ)、妹倉序念(イモヲシゾオモフ)、 豐國能(トヨクニノ)、聞乃高濱(キクノタカハマ)、高高二(タカダカニ)、君待夜等者(キミマツヨラハ)、在夜深來(サヨフケニケリ)、

〔筑紫道記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1305 やがて一葉に乘じて漕出、安徳天皇行宮の跡をあはれみ、柳が浦を過、菊の高濱をながむ、同行の勸め侍れば、舟の中にて一折有、 花ならぬ眞砂もきくの濱路かな

薩摩國/吹上濱

〔地理纂考〕

〈十三頴娃〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1305 吹上濱 此地加世田郷野間岬ヨリ、東北十里許ナリ、西北ノ大洋ニ對シタレバ、烈風吹ゴトニ、白砂空ニ捲キ、海濱ニ堆積シテ山ヲナシ、又コレヲ吹散シテ、次第ニ遠ク陸地ニ入リ、林藪岡阜コレガ爲ニ埋シテ、悉ク銀山玉嶺ノ如シ、中ニモ當郷池邊、高橋、大野ノ三村海濱ニ近ケレバ、白砂高ク積リテ、老松僅ニ梢ヲ露ハシテ、稚松ニ似タリ、其景色清潔ニシテ、四時雪月ニ向フ

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1306 ガ如シ、此中ニ蓮之峯トイヘル所、諸人遊觀ノ地ニテ、吹上ノ中ニモ最高シ、是ニ登レバ沿海數里ノ吹上一望ニ歸ス、此邊ノ數里皆斯ノ如シトイヘドモ、當郷高橋村ノ地殊ニ廣ク係レリ、因テ世ニ高橋ノ吹上ト稱ス、

〔西遊記續編〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1306 吹上の濱 諸國に吹上の濱といふは、數多所あり、海風荒く遠淺の濱に、白砂を吹上る地を、いづかたにても、吹上と名付るなるべし、就中すぐれたるは、薩州西南の濱の吹上なり、其海元より限なき大洋にて、風荒ければ白砂をうづ高く吹上、又是を吹ちらすゆへに、其砂の高低さだまらず、殊に濱長く數十里を一目に望む、潔白の海上にて、白砂一點の塵もなく、風景不雙なり、此吹上の濱の蜒乙女のよめるとて、むかしより彼地に名高き和歌あり、 吹上の松は眞砂に埋れて老木ながらの小まつ原哉、是は三藐院殿の、坊の津へ左遷まし〳〵て、暫く滯留おはせしとき、此和歌聞し召て、かんぜさせたまひしとぞ、また自らよみて蜒乙女なりと宣ひしとも云傳ふ、余も例の出次第に、 秋風の眞砂が上に渡るなり夕日うすづく吹上の濱と口ずさみて過つ、三藐院公の御借座は、わづか暫の間と聞しに、此公ましませし餘風にや、今にいたり此國は和歌をこのむ人も多く聞ゆ、


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:58 (387d)