http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0485 石見國ハ、イハミノクニト云フ、山陰道ニ在リ、東ハ出雲、東南ハ備後、南ハ安藝、周防、西ハ長門ニ接シ、西北ハ海ニ至ル、東西凡ソ十一里、南北凡ソ十三里、此國ハ古ヘ國府ヲ那賀郡ニ置キ、安濃(アノ)、邇摩(ニマ)、那賀(ナカ)、邑知(オホチ)、美濃(ミノ)、鹿足(カナシ)ノ六郡ヲ管シ、延喜ノ制中國ニ列ス、其鹿足郡ハ仁明天皇承和十年、美濃郡ヲ分割シテ設置スル所ニ係ル、明治維新ノ後、島根縣ヲシテ之ヲ治セシム、

名稱

〔倭名類聚抄〕

〈五國郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0486 石見〈以波美〉

〔運歩色葉集〕

〈伊〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0486 石見〈十三郡石州〉

〔日本風土記〕

〈一寄語島名〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0486 石見〈一哇彌〉

〔易林本節用集〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0486 石見〈石(セキ)州〉中、管六郡、南北二郡、藻布鹽利多、税貢倍他國也、中下國也、

〔倭訓栞〕

〈前編三伊〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0486 いはみ 石見と書り、此國に高角山、岩崎山、或は銀山など、皆嶮石の山なるをもて名とすといへり、又幽齋九州道ノ紀に、石見の海のあらきといふふることどもたがはず、磯の巖そばだちたるあたりを漕行とあれば、其義によるにや、床の浦のあたり、げに疊を敷たる如き岩なりといへり、

〔諸國名義考〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0486 石見 和名抄に石見〈以波美、國府在那賀郡、〉名義は字の如くなるか、又は石群(イハムレ)の約りにてもあらむか、すべて此國は岩多き國なれば、萬葉集に、角障經(ツヌサハフ)、石見之海乃(イハミノウミノ)、言佐敝久(コトサヘグ)、辛乃埼有(カラノサキナル)、伊久里爾曾(イクリニゾ)云々、とある伊久里(イクリ)も石の名なり、〈◯中略〉小篠御野は、この國の海邊おしなべて岩なれば、石海(イハミ)ノ國ならむともいへり、さもあるべし、

〔冠辭考〕

〈六都〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0486 つぬさはふ 〈いはのひめいはみの海〉 〈いはれのいけ〉 万葉卷二に、〈人麻呂〉角障經(ツヌサハフ)、石見之海(イハミノウミ)、〈◯中略〉こは蘿這石(ツタハフイシ)とつヾきたる也、伊の部にいへるごとく、古へは角(ツヌ)、綱(ツナ)、蘿(ツタ)を相通はしていふが故に、蘿を都奈とも、都奴ともいへり、かの岩綱と書たるを、岩蘿の事也といひしに同じ、さてこヽに莵怒瑳破赴といふは、奴瑳の反奈なれば、莵奈の奈を延て、莵怒瑳といひ、破赴は蔓の這也、且その莵奈と同じき事、右にいふが如くて、蘿這岩てふこと也けり、〈語を延ていふは、透をすけき、淋をさまミしといへる類なり、〉且万葉に、角障經と書たるハ、例の借字也、字に泥て誤べからず、

位置

〔地勢提要〕

〈乾〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0487 各國經緯度〈附里程〉 石見濱田、〈新町〉極高三十四度五十三分半、經度西三度三十八分半、從東都〈東海道自西國街道安藝廣島可部〉二百五十六里三町五十三間半、

〔日本經緯度實測〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0487 北極出地 石見 濱田 三四度五三分三〇秒 高津 三四度四一分◯◯秒〈◯中略〉 東西里差 山城 京 ◯度◯◯分◯◯秒〈◯中略〉 石見 濱田 西三度三八分二八秒

疆域

〔日本地誌提要〕

〈四十九石見〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0487 疆域 東ハ出雲、東南ハ備後、南ハ安藝、周防、西ハ長門、西北ハ海ニ至ル、東西凡壹拾壹里、南北凡壹拾三里、東北ヨリ西南ニ亘ル凡三拾里、

島嶼

〔日本實測録〕

〈九島嶼〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0487 石見國美濃郡 遠測 山椒島〈又呼ミル島〉 松島〈飯浦村〉 朝鮮岩 女島 男島 松島〈西平原村〉 二ツ島 ソ碆 那賀郡 實測 馬島、周廻一十七町五十三間、 矢野島、周廻一十二町四十二間、 瀬戸島、周廻二十二町四十五間、 ヲ島、周廻四町三十間、 遠測 高島〈岡見村〉 大島 松島〈岡見村〉 加島 鞍島 松島〈西村〉 黒島〈西村〉 アゴ島 小島 天神島 鶴島 柱島 沖柱島 男島〈下府村〉 女島〈下府村〉 高丸岩 黒島〈下府村〉 犬島 幸島 高島〈淺利村〉 女島〈小濱村〉 平島 ヒデクリ エビス島 邇摩郡 遠測 松島 ヤエ島 烏帽子島 蛇島 黒島 唐人島 キフ小島 カンハタ尾崎 鵜島 トタイ島 辛島 ソ碆 雀島 小立島 大立島 小神島 神島 安濃郡 遠測 神岩

〔玉勝間〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0487 石見の海なる高島 石見國の濱田の海中に、高島といふ島あり、濱田より五里なりといへど、七八里ばかり有とぞ、此

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0488 しまめぐり五里ありて、四方のめぐりは、いづこも〳〵みないみじく高き岩にて、岸なる海深く、船よせがたし、もし船はつれば、岩のうへに大きなる材をたてヽ、大綱もてそのふねをつりあげおくなり、然せざれば浪風に岩にふれて、船くだくるよしなり、此島山林木竹多し、畠のみ有て田はなし、人の家はたヾ七戸ありしが、今は十戸に分レたりとぞ、兄弟をぢめひなどもとづきて、一戸に三夫婦四夫婦などもすめりとぞ、かくて此島には、鼠のいと〳〵多く有て、物をくひそこなひ、人をもくふこと、よのつねならず、一とせ濱田より、人をつかはして、からせられけれどもかりえず、力およびがたかりしとぞ、いとあやしきことなり、さてこのしま人、男も女も髮あかく、いと賤しげなるさまなり、米もなく、牛馬などもなし、みつぎ物には、たヾ鰤を濱田へ奉る、はまだは此島の事とるつかさ人も、代官とて有とぞ、さて此島に祇園宮といひて、氏神とする社有、いかなる神を祭るにか、さだかならず、其祭にとなふる詞あり、その詞、ひろたけの、楠の木は、かれてもにほひ、かうばしや、おやどりあれや此宿の、さのみはないそぎめされそ、かく唱へて、楠の木を祭るとなり、かの國人小篠御野が物がたりなり、

地勢

〔和漢三才圖會〕

〈七十九石見〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0488 石見 當國有高角山、岩崎山、岩奈仁山等之嶮岨、而磐石峻難、故號石見國

〔日本地誌提要〕

〈四十九石見〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0488 形勢 山脈南方ヨリ來リ、州内ニ連亘シ、嶂巒相望ミ、平坦ノ壤少ナク、江川其東北ニ縈紆貫流シ、山陰第一ノ巨流タリ、海濱低鹵、運輸ニ便ナラズ、

道路

〔日本實測録〕

〈四街道〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0488備後國下御領吉舍及三次大森〈◯中略〉 石見國邑智郡酒谷村 一里一十六町二十四間 九日市村 二里七町一十二間 濱原村、三十五度四分半、 一十九町九間 粕淵村〈又呼小原驛〉 一里三十町二十一間 別府村〈至小松地村宿所五丁三十三間、北極高三十五度五分半、〉 二里一十三町五十四間 邇摩郡佐摩村 六町二十四間半 佐摩村大森駒之足町 〈從下御領大森〉街道、通計三十五里三町五十八間、〈◯中略〉 

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0489安藝國廣島可部及新庄佐摩〈◯中略〉 石見國邑智郡出羽(イツハ)市 二里三十町一十五間〈至三日市二丁九間、從三日市高見村、一里二十丁五十四間、〉 八色石(ヤイロシ)村八色石市 二里二十七町三間 川本村川本市 二里三十二町二十一間〈至郷川岸二丁四十五間〉 祖式村 一十三町二十四間 邇摩郡白坏(シラツキ)村〈至三瀧八幡社七丁三十間〉 一里八町一十九間半 佐摩村 〈從廣島佐摩〉街道、通計二十六里六町二十四間半、 從安藝國新庄市木淺井〈◯中略〉 石見國邑智郡市木村 一里九町三十九間 同越木坂 二里一十八町五十五間 那賀郡今市村 二里三十五町五十間半 佐野村 二里一十町五十六間 淺井村 〈從新庄淺井〉街道、通計一十三里二町二十一間半、〈◯中略〉 從安藝國宮内津田津和野〈◯中略〉 石見國鹿足(カナシ)郡六日市村 一里二十町五十四間 七日市村 二里一十四町三十三間〈至田丸村、二十四丁四十五間、從田丸吉賀川岸一里二十四丁三十九間、〉 柿木村 三里一十五町三十九間〈至福川村一里八丁二十七間〉 津和野高崎町〈從宮内津和野〉街道、通計一十八里一十八町二間、〈◯中略〉 從周防國小郡石見國松江〈◯中略〉 石見國鹿足郡津和野高崎町 一十一町二十三間 同森町、三十四度二十八分、 二里一十一町一十八間〈至津和野鐵砲町限一十丁二十四間半〉 宿谷村 一里二十五町三十九間 青原村上市、三十四度三十五分、 一里二十町二十七間 美濃郡横田村 二里一町五十一間 須子(スコ)村〈至高津村一丁四十八間、從高津村高津町、五丁、又從高津村、至人丸社二丁、〉 三十四町二十二間 益田村三十四度四十一分〈至瀧藏權現社八丁四間〉 一里二十七町三十二間 木部村木部川口 二里五十八間 那賀郡岡見村三十四度四十六分、 一里六町二十六間 岡崎村上市町〈又呼三隅驛〉 一里二十七町四十五間 折居村折居橋 二里一十二町一十

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0490 二間 長濱村 一里一十五町四十間〈至濱田檜物屋町一里八丁一十間〉 濱田新町、三十四度五十三分半、 一里五町五十七間〈至淺井村七丁九間半〉 下府(シモコフ)村 二里二十二町三十間半 上有福村〈至湯谷七丁一十六間半、北極高三十四度五十七分、〉 三里一十四町二十九間 邑智郡市山村 三十五町七間 谷住郷(タニジウゴウ)村 三里九町二十九間 三原村 一里二十六町五十七間 邇摩郡大家(オホヘ)本郷 二里九町二十二間〈至川上峠一里四丁三十六間、從峠至猿馬場峠二十丁二十二間、〉 佐摩村銀山町〈歴西田村温里村一里二十四丁四十八間、從温里温泉津村、一十七丁二十一間半、又從温里霹靂神社二十五丁三十六間、〉 三十三町一十八間 同大森駒之足町 六町四十八間半 同大森下町、三十五度七分半、 一里一十三町三十間 久利(クリ)村 三十一町三十三間 行恒村〈至川合村一宮物部神社三十四丁九間半〉 一十九町一十五間 安濃郡大田南村大田町〈至八幡社四丁四十五間〉 一里四十八間 刺賀(サスガ)村〈至剌賀神社六丁五十四間〉 九町五十四間 波根西村〈至苅田神社三丁一十二間〉 二十四町五十七間 波根東村、三十五度一十四分半、 一里一十二町一十二間 仙山村島津屋鋪 一十一町二十七間〈至國界六丁九間〉 出雲國神門郡口田儀村田儀町

〔日本實測録〕

〈一沿海〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0490赤間關沿海至鞠山〈本敦賀◯中略〉 石見國美濃郡飯浦村、三十四度四十分、〈至タラヽ岬六町一十五間〉 三里一十四町一十九間 高津村濱、〈至高津村宿所八町六間〉三十四度四十一分、〈又從濱至洲岬八町二十六間〉 二里一十一町〈至津田村一里二十四町五間半、從津田木部川口六町四十二間、〉 木部村大濱〈城崎權現岬廻四町二十六間〉 三里二十六町三間 那賀郡西河内村湊浦、三十四度四十七分、 一里三十一町三十五間半 折居村吉浦 二里六町一十八間 津摩村白島岬 二里二十二町四十七間半〈至長濱村二里四町一十七間〉 濱田青口〈歴濱田浦赤崎二十一町四間〉 一十町一十二間 同新町 一十三町三十四間 原井村 二里一十町二十六間 下府(シモコフ)村濱〈至街道一十七町一十九間半〉 五町 國分村唐鐘浦〈至久代村徑測二十六町六間〉 四里一十九町四十二間半〈至久代村二十九町一十七間〉 郷田村、三十五度三十秒、 四里六町五十六間半、 邇摩(ニマ)郡福光本領〈至小濱村徑測二十二町五十五間半〉 一里一十三町三十三間 湯泉津(ユノツ)村濱、〈至温泉津村宿所四町四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0491 〈十八間半〉三十五度六分、 一十九町七間 同櫛ケ濱 五里二十三町一十八間半 磯竹村大浦、三十五度一十一分、 三里三十三町四十二間〈至波根湖傍三里一十七町二十四間半〉 安濃(アノ)郡波根東(ハ子ヒガシ)村 三里二十二町三十八間〈至仙山村島津屋敷三十二町二十八間、從島津屋敷國界二十四町五十七間、從國界久村二里二町五十間、〉 出雲國神門郡板津村板津濱

宿驛

〔延喜式〕

〈二十八兵部〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0491 諸國驛傳馬〈◯中略〉 石見國驛馬〈波禰、託農、樟道、江東、江西、伊甘各五疋、〉

建置沿革

〔日本國郡沿革考〕

〈三山陰道〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0491 石見 中國、管六郡、四百五十一村、 安濃〈三十村〉 邇摩〈四十六村 延喜式作近摩〉 邑智〈百二村 延喜式等作邑知〉 那賀〈百十六村古府治〉 美濃〈九十六村〉 鹿足〈六十一村 承和十年五月割美濃郡置〉

〔日本地誌提要〕

〈四十九石見〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0491 沿革 古ヘ國府ヲ那賀郡ニ置ク、〈今ノ下府村是ナリ〉建久四年、源頼朝、佐々本定綱ヲ以テ守護トス、建仁二年、藤原國兼守護ニ補シ、子孫邑ヲ州内ニ食ム、是ヲ益田三隅福屋三氏ノ祖トナス、正平ノ初、三隅兼春遙ニ足利直冬ニ應ジテ高師直ヲ討ツ、師直其弟師泰ヲシテ來リ攻メ、克タズシテ去ル、後直冬來奔シテ三隅氏ニ依ル、十九年、足利義詮、大内弘世ヲ守護トシ、子義弘職ヲ襲グ、應永中、義弘誅死ス、將軍義滿其守護ヲ褫フ、應仁ノ亂起ルニ及テ、吉見、〈鹿足郡三本松〉福屋、〈那賀郡本明城〉三隅、〈同郡三隅城〉益田〈美濃郡益田城〉諸氏各一方ニ據ル、大永ノ初、大内義興、尼子經久ト本州ヲ爭ヒ、義興遂ニ吉見三隅等ヲ降シ、殆ント全州ヲ併ス、天文十二年、義興ノ子義隆、尼子晴久ヲ出雲ニ伐チ敗レ還ル、晴久勝ニ乘ジテ入侵シ、江川以東ノ地ヲ略ス、陶隆房、大内義隆ヲ弑スルニ及ビ、吉見正頼、毛利元就ニ附シ、隆房ヲ討テ之テ滅シ、正頼遂ニ元就ニ屬ス、時ニ益田藤兼既ニ三隅兼隆ヲ滅シ、福屋隆兼ト各自立ヲ圖ル、本莊常光〈須佐城主〉安濃郡ニ在リ、獨リ尼子氏ニ附ス、永祿ノ初、元就益田ヲ降シ、福屋ヲ滅シ、終ニ本莊ヲ降シ、悉ク全州ヲ平定ス、關原役畢リ、徳川氏、毛利氏ノ地ヲ削リ、坂崎成正ヲ津和野〈舊三本松〉ニ封ズ、元和三年、罪アリテ自殺シ、龜井政矩之ニ代ル

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 〈四萬三千石〉五年、古田重治ヲ濱田ニ封ズ、後易封數氏、最後ニ松平齊厚封ヲ受ケ、〈六萬千石〉慶應中、美作ノ鶴田ニ徙ル、其餘郡邑、代官ヲ大森ニ置テ之ヲ治ス、王政革新、大森縣ヲ置キ、尋テ濱田ニ徙シ、又津和野藩ヲ廢シテ濱田縣ニ合併ス、

〔先代舊事本紀〕

〈十國造〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 石見國造 瑞籬朝〈◯崇神〉御世、紀伊國造同祖蔭佐奈朝命兒大屋古命定賜國造

〔續日本紀〕

〈二十四淳仁〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 天平寶字七年九月甲寅、以從五位下奈紀王石見守

〔吾妻鏡〕

〈十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 建久四年十二月廿日癸丑、佐々木左衞門尉定綱本知行之地、悉返給〈◯中略〉至長門石見兩國者、所守護職也、

國府

〔倭名類聚抄〕

〈五國郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 石見國〈國府在那賀郡、行程上二十九日、下十五日、〉

〔倭名類聚抄〕

〈五國郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 石見國〈◯註略〉管六〈◯中略〉安濃 邇摩 那賀 邑知〈於保知〉鹿足〈加乃阿之〉美濃

〔延喜式〕

〈二十二民部〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 石見國、中、〈管〉 〈安濃(アノ) 邇摩(ニマ) 那賀(ナカ) 邑(オホ) 知(チ) 美濃(ミノ) 鹿足(カナシ)◯中略〉 右爲遠國

〔易林本節用集〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 石見、〈石(セキ)州〉中、管六郡、〈◯中略〉安濃(アノ)、近摩(チカマ)、那賀(ナカ)、邑智(ヲフチ)、美濃(ミノ)、鹿足(カノアシ)、

〔皇國郡名志〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 石見國〈六郡〉 安濃(アノ) 〈●河合 ●言求 ●志學 雲界〉 邇摩(ニマ) 〈●福田 <萩町 <仁万 <宅野 北海ニ向〉 那賀(ナカ) 〈濱田 ●今市 ●三隅 ●周布 ●小濱 <長澤 <長濱 <江田町 藝界ヨリ西北海ニ貫〉 邑知(ホオチ) 〈●市木 ●日貫 ●中野〉 <久喜 ●大林 ●百石 藝界〉 鹿足(カノアシ) 〈津和野 ●日原 ●星坂 ●横道 ●枕瀬 防長藝三國界〉 美濃(ミノ) ●廣瀬 <益田 ●高津山 ●津田 藝界ヨリ西北ノ海ニ貫〉 ◯按ズルニ、本書及ビ次下ノ郡名異同一覽ノ符號ハ、山城國篇郡條ニ引ク所ノ、二書ノ凡例ヲ參照スベシ、

〔郡名異同一覽〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0492 石見

〔續日本後紀〕

〈六仁明〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0493 承和四年正月辛卯、在石見國五ケ郡(○○○)中神總十五社、始預官社、 ◯按ズルニ、五ケ郡ハ安濃、邇摩、那賀、邑知、美濃ノ五郡ヲ云フナリ、

安濃郡

〔文徳實録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 嘉祥三年八月丙辰、公卿抗表曰、〈◯中略〉石見國守從五位下笠朝臣岑雄等奏偁、所管安濃郡川合郷甘露降、〈◯中略〉謹詣闕庭、陳賀以聞、帝謙而不當、

邇摩郡/那賀郡

〔三代實録〕

〈四十九光孝〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 仁和二年五月十二日庚寅、先是石見國邇摩郡(○○○)大領外正八位上伊福部直安道、那賀郡(○○○)大領外正六位下久米岑雄等、發百姓二百十七人、帶兵仗守從五位下上毛野朝臣氏永、奪取印匙驛鈴等傍吏

邑知郡

〔日本國郡沿革考〕

〈三山陰道〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 石見〈◯中略〉 邑智〈百二村 延喜式等作邑知

鹿足郡/美濃郡

〔續日本紀〕

〈二十九高野〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 神護景雲二年二月癸未、石見國美濃郡(○○○)人額田部蘇提賣、寡居年久、節義著聞、兼復積而能散、所濟者衆、復其田租身、

〔續日本後紀〕

〈十三仁明〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 承和十年五月丙申、石見國美濃郡分割爲兩郡、本郡依舊爲美濃郡(○○○)、新郡取邑號鹿足郡(○○○)、其職員者准小郡、析元四員、分取一人、更加一員、總置二員、本郡則准下郡三員

〔三代實録〕

〈十四清和〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 貞觀九年十月十九日甲申、石見國言、鹿足郡(○○○)倉庫自鳴、

〔倭名類聚抄〕

〈八石見國〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 安濃郡 波禰 刺鹿 安濃 靜間 高田〈多加多〉川舍〈◯舍高山寺本作合、〉邑陁 佐波 邇摩郡 託農〈多久乃〉大國 湯泉〈由〉杵〈◯杵、高山寺本作津、〉道〈都知〉 大家〈於保伊倍〉郡治〈◯郡、高山寺本作都、〉 那賀郡 都農〈都乃〉都於 石見 周布〈主不〉三隅〈美須三〉杵束〈木都賀〉伊甘〈伊加無〉久佐 邑知郡 神稻〈久末之呂〉邑美〈於布美〉櫻井〈佐久良井〉都賀〈都加波〉佐波 美濃郡 都茂〈都毛〉苓氣 山田〈也末太〉山前〈也末佐木〉大農〈於保乃〉美濃 小野〈乎乃〉益田〈末須太〉 鹿足郡 鹿足 能濃

〔文徳實録〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 嘉祥三年八月丙辰、公卿抗表曰、〈◯中略〉石見國守從五位下笠朝臣岑雄等奏偁、所管安濃郡川合郷(○○○)甘露降、〈◯下略〉

〔三代實録〕

〈三十九陽成〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0494 元慶五年三月七日乙卯、散位從五位上陽侯忌寸永岑言、石見國美濃郡都茂郷(○○○)丸

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0495 山巖石崢嶸、縈締數十里、銅工膳伴案麻呂、眞髮部廣世等言曰、此山出銅、仍採磐石、試以鼔鑄、遂得眞銅

村里/名邑

〔郡名一覽〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0495 一石見國(御料私領) 〈石州 南北二日半〉 六郡 高拾四万貳千四百九拾九石貳斗三升五合 四百八拾九ケ村 ●濱田 二百四十七里 ●津和野 二百四十七里 <大森 二百三十里 ◯按ズルニ、本書ノ符號ハ、山城國篇村里條ニ引ク所ノ、本書ノ凡例ヲ參照スベシ、

〔郡國提要〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0495 石見 六郡、四百五十一村、 高十七万二千二百九石七斗六升八合三勺二才(御料私領) 安濃郡三十村 邇摩郡四十六村 邑智郡百二村 那賀郡百十六村 美濃郡九十六村 鹿足郡六十一村

〔地勢提要〕

〈坤〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0495 郡邑島嶼奇名 石見 邑智(ヲチ)郡、志君(シキミ)村、湯抱(ユカヽヘ)村、八色石(ヤイロシ)村、川下(カハクタリ)村、邇摩(ニマ)郡、大家(エ)本郷、白杯(シラツキ)村、温泉津(ユノツ)村、温泉里(ユノサト)村、靜間(シツマ)村、安濃(アノ)郡、刺賀(サスガ)村、鹿足(カナシ)郡、美濃郡、寺垣内(テラカハチ)村、那賀郡、下府(シモコフ)村、渡津村、

〔和漢三才圖會〕

〈七十九石見〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0495 津和野(○○○)〈東至江戸二百四十七里、亥子至濱田十八里、東至安藝廣島十四里、辰至大坂、〉 濱田(○○)〈至江戸二百四十七里、巽至廣島二十三里、辰方至大坂、〉

〔安西軍策〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0495 大内龍藏寺和平附石州濱田合戰事 大内〈◯義興〉ハ國中ヲ隨ヘテ、頓テ濱田ヘ陣易シ、尼子勢ヲ待カケタリ、角テ尼子モ此由ヲ聞急濱田ニ打出、敵陣五十餘町ヲ隔、對陣シテ暫ハ合戰モ無ク候、

〔毛利元就記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0495 石見國と備後半國内郡の分は、雲州の尼子晴久に從ふ、しかれ共石見の内津和野(○○○)の三本松の城主吉見正頼一人は、昔より防州の大内義隆に從ふ、

〔中國治亂記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 小幡山城守ハ石州ノ津和野ヘ落ラレシヲ追カケ、徳佐ニテ腹ヲキル、

〔當宮縁事抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 左辨官下 石清水八幡宮并宿院極樂寺 應永停止宮寺并極樂寺庄園領家預所下司公文等、或號先祖讓状、或稱傳文書、致異論掠領、兼又有由緒傳領、子孫斷絶處々付本所事、 宮寺領〈◯中略〉 石見國 大國保(○○○)〈◯中略〉 保元三年十二月三日 大史小槻宿禰〈在判◯下略〉

〔吾妻鏡〕

〈三十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 嘉禎四年〈◯暦仁元年〉五月十一日乙酉、故左衞門尉坂上明定、子息左兵衞尉明胤、領掌亡父遺跡事、不相違之由含嚴旨、是石見國長田保(○○○)、播磨國巨智庄地頭職〈◯中略〉等事云云、

藩封

〔慶應元年武鑑〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 松平右近將監武聰(大廣間 從四位侍從安政元) 六万千石 御在城石州那賀郡濱田〈江戸ヨリ〉海陸二百四十七里 〈往古輝元領、元和五年、古田大膳大夫重治、同兵部少輔重恒、慶安二、松平周防守康映、同周防守康實、同周防守康員、同周防守康豐、同周防守康福、寶暦元、本多中務大輔忠敞、同中務大輔忠盈、同平八郞忠丘、明和六、松平周防守康福、同周防守康定、同周防守康任、同周防守康爵、天保七ヨリ松平右近將監齊厚領之、〉 龜井隱岐守玆監(大廣間從四位侍從元治元子五月任) 四万三千石 居城石州鹿足郡津和野〈江戸ヨリ〉二百四十七里 〈輝元領、吉見出羽守正頼居、元和三ヨリ龜井豐前守政矩、以後代々領之、◯節略〉

田數/石高

〔倭名類聚抄〕

〈五國郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 石見國〈◯註略〉管六〈田四千八百八十四町九段四十二歩〉

〔伊呂波字類抄〕

〈伊國郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 石見國〈管六(中略)本田(田下恐脱四)千八百八十四丁九反四十二歩〉

〔海東諸國記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 石見州 郡六、水田四千九百十八町

〔日本鹿子〕

〈十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 石見國六郡、中下國、南北二日、知行高十三万七千三百七十石、

〔官中秘策〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0496 石見國 六郡〈◯中略〉 一石高拾四万貳千四百九拾九石餘

〔吹塵録〕

〈五人口及國高〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 天保度御國高調〈◯中略〉 石見國〈御料私領〉 一高拾七万貳千貳百九石七斗六升八合三勺貳才

出擧稻

〔延喜式〕

〈二十六主税〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 諸國出擧正税公廨雜稻〈◯中略〉 石見國正税公廨各十五万五千束、國分寺料二万束、文殊會料一千束、修理池溝料二万束、救急料四万束、

〔倭名類聚抄〕

〈五國郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 石見國〈◯註略〉管六〈正公各八萬千束、本穎三十九萬千束、雜穎八萬千束、〉

國産/貢獻

〔延喜式〕

〈十五内藏〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 諸國年料供進〈◯中略〉 櫑子〈(中略)石見(中略)土佐廿六箇國各四合〉

〔延喜式〕

〈二十三民部〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 年料別納租穀〈◯中略〉 石見國〈二千五百石◯中略〉 諸國貢蘇番次〈◯中略〉 石見國八壺〈二口各大一升、六口各小一升、〉 右十箇國爲第四番〈辰戌年◯中略〉 交易雜物〈◯中略〉 石見國〈綿六百八十七斤八兩、青苔卅斤、海松一百斤、海藻根十斤、鳥坂苔五斤、紫草一百斤、櫑子四合、鹿革卅張、〉

〔延喜式〕

〈二十四主計〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 石見國〈行程、上廿九日、下十五日、〉 調、庸、並輸綿、 中男作物、紙、紅花、薄鰒、雜腊、紫菜、

〔延喜式〕

〈三十七典藥〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 諸國進年料雜藥〈◯中略〉 石見國十四種 前胡一斤四兩、獨活、伏苓各六斤、牛膝栝樓、白朮各三斤、藍漆一斤十五兩、黄蘗四斤、細辛、當歸各十五斤、桑螵蛸九兩、射干一斤、署預一斗二升、蜀椒三斗五升、

〔毛吹草〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 石見 白蜜 防風 檻柱 銀 子カサノ錫鉛 濱田折敷 高津白黒碁石

人口

〔官中秘策〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0497 石見國 六郡〈◯中略〉 一人數貳拾壹万九千五百壹拾貳人 内〈拾壹万貳千五百八拾三人 男 拾万七千五百貳拾九人 女〉 ◯按ズルニ、此人口總數、内譯ト合ハズ、恐ラクハ一誤アラン、

〔吹塵録〕

〈五人口及國高〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0498 諸國人數調(文化元甲子年)〈◯中略〉 一人數貳拾四万五千貳百三人(御料私領) 石見國(高拾四万貳千四百九拾九石餘) 内〈拾貳万八千百六拾三人 男 拾壹万七千四拾人 女〉 諸國人數調(弘化三丙午年)〈◯中略〉 一人數貳拾三万六千九百六拾三人(御料私領) 石見國(高拾七万貳千貳百九石餘) 内〈拾貳万貳千八百七拾八人 男 拾壹万四千八拾五人 女〉

風俗

〔人國記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0498 石見國 石見國之風俗ハ、丹後ノ國ニ不異而、僞計ニテ實アル人稀也ト可知、是モ隼鷹ハ吉シ、人ノ風俗曾テ不好也、實有人ハ千人ニ一人モ稀也、智有人ハ日々夜々ニ惡心ヲ挾、言語道斷ト可知、

名所

〔日本鹿子〕

〈十一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0498 同國〈◯石見〉中名所 石見海 潟あり、石見川渡の山ちかし、〈◯中略〉 高角山 人丸の古跡あり、社有て西向の所也、うみべ也、松むら〳〵有之、砂の吹上山あり、〈◯中略〉 高田山 高馬山 屋代山 など云名所あり〈◯中略〉 比禮振岑

雜載

〔延喜式〕

〈二十八兵部〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0498 諸國健兒〈◯中略〉 石見國卅人〈◯中略〉 諸國器仗〈◯中略〉 石見國〈甲二領、横刀五口、弓十張、征箭十具、胡簶十具、〉


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:58 (387d)