http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0001 天ハアメ、又ソラト云ヒ、字音ニテテント云フ、又虚空ト稱ス、此篇ニハ天ニ關スル傳説、及ビ天上ヨリ異物ヲ降シ、空中ニ聲アルガ如キモノヲモ並載セリ、

名稱

〔類聚名義抄〕

〈四大〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0001 天(○)〈泰堅反ハルカナリ〉 〈アメタカシ〉

〔段注説文解字〕

〈一上一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0001 天顚也、〈此以同部疊韵訓也、凡門聞也、戸護也、尾微也、髮拔也、皆此例凡言元始也、天顚也、丕大也、吏治人者也、皆於六書轉注、而微有差別、元始可言之、天顚不言之、蓋求義則轉移皆是、擧物則定名難假、然其爲訓詁則一也、顚者人之頂也、以爲凡高之偁、始者女之初也、以爲凡起之偁、然則天亦可凡顚之偁、臣於君、子於父、妻於夫、民於食、皆曰天是也、〉至高無上从一大、〈至高無上、是其大無二也、故从一大、於六書會意、凡會意合二字以成語、如一大、人言止戈皆是、他前切、十二部、〉

〔爾雅註疏〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0001 釋天第八、疏、〈河圖括地象云、易有太極、是生兩儀、兩儀未分、其氣混沌、清濁既分、伏者爲天、偃者爲地、釋名云、天顯也、在上高顯、又云天坦也、坦然高遠、説文云、天顚也、至高無上、從一大也、春秋説題辭云、天之言顯也、居高理下、爲人經紀、故其字一大以鎭之、此天之名義也、〉

〔古事記〕

〈下仁徳〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0001 此時、其夫速總別王到來之時、其妻女鳥王歌曰、比(ヒ)婆理波(リハ)、阿米(アメ/○○)邇加氣流(ニカケル)、多迦由玖夜(タカユクヤ)、波夜夫佐和氣(ハヤブサワケ)、佐邪岐登良佐泥(サザキトラサネ)、

〔神代直指抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0001 あめつちといふは、本朝最初言語音聲のはじめにあめといひて、たかき義、ひろき義、たふとき義、のぼる義、四義そなはりて、陽道の義をあらはす、あめをゑといふ、ゑは、開聲にて、うゑの義也、〈◯中略〉のちに、雨をあめといふは、天よりふるゆへに、天のことばを、そのまヽかりていふ、

〔日本釋名〕

〈上天象〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0001 天地(アメツチ) あめの反(カヘシ)字はゑ也、ゑはひらくかな、陽也、つちの反字はち也、ちはとづるか

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0002 な、陰也、あめつち、皆上古の時の語也、此類を自語と云、

〔東雅〕

〈一天文〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0002 天アメ 義不詳、我國太古の代に、アメといひし其語同じくして、其名義異なるあり、アメ又轉じてアマといひしは、其斥いふ所ありと見えたり、漢字採用ひて、天讀てアメとなし、アマとなすに至ては、古語の義隱れしもまたありと見えけり、〈天をアメといひ、アマといひし義、舊釋せし所も其説多かり、されど五方の言もとより同じからず、我國の語、我國のすがたあり、他方の言の如きも、また然ぞありける(中略)アメといひ、アマといふが如きも、其義并に詳ならねど、國史實録にしるされし所を併見るに、天をさしてアメといひしあり、人の至て高くして上なきをもて、天に配してアメといひしと見えしあり、至尊のある所なるをもて、アメともアマとも云ひしと見えしあり、各其義當る所ありと見えけり、此等の事ども能く我國の書を讀得たらん人の、自ら明かなるべき所なれば、此説を費すべき事にもあらず、◯下略〉

〔倭訓栞〕

〈前編二安〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0002 あめ 天をいふ、神代紀に天上とも見ゆ、神名の首にある天字は多くあめとよめり、古事記にあめといふには註せず、あまと唱ふべきは註あり、さればあめは本語、あまは轉語なるべし、又訓天如天とあるは、天のとのをいふまじきため也といへり、神代口訣に開く聲といへり、自然の語なれば、強て義を求めがたし、

〔古事記傳〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0002 天(アメ)は虚空(ソラ)の上に在て、天神たちの坐ます御國なり、〈此外に理を以、こちたく説成し、或は其形などをも、さま〴〵おしはかりに云などは、皆外國のさたにて、古傳にかなはざれば、凡て取にたらず、(中略)阿米てふ名は、葦萠(アシモエ)の切まりたるにて、斯(シ)の省かりたるにやあらむ、葦はたヾ譬に云る物なれども、成坐る神の御名にも負たまへればなり、又吾友横井千秋云く、阿米とは青所見(アヲミエ)の袁を省き、美延を約めたるならむか、其は此國土よりは、たヾ蒼々と見ゆる、其隨を以て名けたるなるべし、古より此間にも、他國にも、天をば蒼き物に云ること多し、又阿袁(アヲ)と云色の名も、本天(アメ)より出たるにやあらむと云り、此考も然ることなり、〉

〔鎔造化育論〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0002 皇國訓天曰亞滅(アメ)、即意耶莫拽(イヤモエ)之約也、言日輪赫赫熾燃燎也、近來伊勢人本居宣長者、著古事記傳、泥開闢段有葦牙萠騰之文、誤以爲其萠騰者即是天也、因以訓亞滅(アメ)亞矢莫拽(アシモエ)之約非也、天若爲亞矢莫拽(アシモエ)之約、則不亞滅、而當异滅(イメ)也、此翁頗精音義、而致此等謬妄者、未天地之全體、而強鑿説天地之數理也、日天豈地球之所分成哉、

〔古事記〕

〈中景行〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0002 倭建命、〈◯中略〉爾美夜受比賣、其於意須比之襴〈意須比三字以音〉著月經、故見其月經、御歌曰、比佐(ヒサ/○○)

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0003 迦多能(カタノ/○○○)、阿米(アメ/○○)能迦具夜麻(ノカグヤマ)、斗迦麻邇(トカマニ)、佐和多流久毘(サワタルクヒ)、〈◯下略〉

〔冠辭考〕

〈八比〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0003 ひさかたの 〈あめ月〉 〈あまみやこ〉 〈雨〉 此外天の物にはみな冠らす
先ひとのいふことをいひて後にわが意はいはん、そは万葉に此ことばを、久堅能(ヒサカタノ)、久方乃(ヒサカタノ)など書しと、神代紀に、清妙之合搏易(スメルガアヒヨルコトハヤスク)、重濁之凝場難(ニゴレルガコリカタマルコトハカタシ)、故天先成而地後定(カレアメマヅナリテツチノチニサダマリヌ)とあるをおもひ合せて、天のかたまり成たるは、地より既に久しければ、久く堅き之(ノ)天といふといひ、又天の成しは右のごとくなれば、地よりも久しき方てふ意ともいへり、眞淵今思ふに、上つ代にことばの下に之(ノ)といふは、必體の語に有ことにて、用の語にいふことなし、然れば堅きとは用の語なれば、久しく堅き之(ノ)といふ語は有べからず、〈堅きをかたと略いひても猶同じ〉又久しき方のてふは之(ノ)の辭はいふべけれど、方(カタ)てふ語のいひざま、古への人の言とも聞えず、且凡の語を神代の事にもとづきて意得るは常ながら、古への語のもとづき様は、みやびかにしてやすらか也、右の二つは意つたなくしておもくれたり、よく古意古語を思はで、ゆくりなくおもひよれるものなるべし、されば年月におもひて、漸おもほしき事あり、そは先〈ツ〉久堅久方ともに例の借字とす、さて天の形はまろくて虚(ウツ)らなるを、匏の内のまろくむなしきに譬て、匏形(ヒサカタ)の天といふならんと覺ゆ、續日本後紀に、〈興福寺の僧が奉る長歌〉瓠葛の天と書しを、荷田宇志の比佐加多乃阿米(ヒサカタノアメ)と訓れしぞ、即是也ける、〈瓠は匏の意にて、圓匏もて譬ふ、葛は借字にて象の意、且ひさごのこと、かたちのちを略けり、はぶく例は前後に多し、〉禮記てふからぶみに云云、大報天而主日也、〈略〉掃地而祭於其質也、器用陶匏、以象天地之性也、〈鄭玄云、觀天下之物、無以稱其徳、〉てふも、陶は土器なれば即地に象り、匏は空にみなりて内の虚なれば、天の形に象といふ歟、此外に天地の形に象るべき物なければ、注にもしかいへりけん、唯天産の物もてする意のみならば、徳とはいはじやと思へば、これをも思ひ合すべき也、且仁徳紀に全匏を宇都比佐碁(ウツヒサゴ)とよみ、和名抄に沫雨を宇太加太(ウタカタ)とよめるも、虚象(ウツラカタ)の意なるをおもひむかへよかし、

〔倭訓栞〕

〈前編二十五比〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 ひさかた 天の枕辭にいへり、又空とも、日とも、月とも、星とも、雲とも、雨とも屬けたり、或は都ともつヾけよめるは、天都の意なるべし、鏡ともつヾけり、天鏡の義なるべし、又たヾひさかたとのみいひて、空の事、月の事としたる歌も見えたり、久かたの光りのどけき春の日に、とも見えたり、萬葉集に、久方又久堅に作れり、天先成とあれば、久方といふにや、漢書の注に、蕩々天體、堅清之状とも見えたり、續日本後紀の長歌に、瓢葛(ヒサカタ)と書るは、訓を假たるもの也、されど禮記に、器用陶匏、以象天地之性也ともいへば、匏象(ヒサカタ)の義も據ありともいへり、

〔萬葉集〕

〈二挽歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 高市皇子尊城上殯宮之時、柿本朝臣人麻呂作歌一首并短歌、〈◯中略〉
久堅之(ヒサカタノ)、天所知流(アメシラシヌル)、君故爾(キミユヱニ)、日月毛不知(ツキヒモシラニ)、戀渡鴨(コヒワタルカモ)、

〔萬葉集〕

〈五雜歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 神龜五年七月二十一日筑前國守山上憶良上 令惑情歌一首并序〈◯中略〉 反歌
比佐迦多能(ヒサカタノ)、阿麻遲波等保斯(アマヂハトホシ)、奈保奈保爾(ナホナホニ)、伊弊爾可弊利提(イヘニカヘリテ)、奈利乎斯麻佐爾(ナリヲシマサニ)、

〔續日本後紀〕

〈十九仁明〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 嘉祥二年三月庚辰、興福寺大法師等爲天皇寶算滿于四十、〈◯中略〉其長歌詞曰、〈◯中略〉瓠葛(ヒサカタノ)、天(アマ)〈能(ノ)〉梯建(ハシダテ)、踐歩(フミアユ)〈美(ミ)〉、天降(アモ)〈利(リ)〉坐(マ)〈志志(シシ)、〉大八洲(オホヤシマ)、天(アマ)〈津(ツ)〉日嗣(ヒツギ)〈能(ノ)〉高御座(タカミクラ)、萬世鎭(ヨロヅヨイハ)〈布(フ)〉、五八(ヨソヂ)〈能(ノ)〉春(ハル)〈爾(ニ)〉有(アリ)〈氣利(ケリ)、◯下略〉

〔新撰字鏡〕

〈天〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 乾〈天台於保曾良(○○○○)〉

〔類聚名義抄〕

〈七宀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 宇〈音羽オホソラ〉 宙〈音冑オホソラ〉

〔同〕

〈七穴〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 空〈口公反オホソラ〉〈ソラ〉

〔同〕

〈七雨〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 霄〈音消ソラ〉䨞〈于遇反雨貌ソラ〉

〔同〕

〈七http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/7f0000650ad4.gif

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/7f00006509c7.gifhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/7f00006509c8.gif 〈上通中下正オホソラ〉 虗〈通〉

〔伊呂波字類抄〕

〈波天象〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 翠漢〈ハレタルソラ〉 碧落〈同〉

〔東雅〕

〈一天文〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0004 天アメ〈◯中略〉 天又ソラといひし事は、太古の語なりとも見えず、アメといひ、ソラといふ斥言ふ所同じからず、〈古事記に、太古の初、陰陽の二神、大倭豐秋津島を生む、又名は天御虚空豐秋津根(アメノミソラトヨアキツネ)といふと見えて、又舊事紀には、饒速日尊、天磐船に乘りて、大虚空(オホソラ)に翔行き、巡視て天降り給ひき、虚空(ソラ)みつ日本國とは、即是をいふ歟としるされ、又古事記に彦火火出見尊の御名を、天津日高日子穗々手見命と申し、又天津日高の御子虚空津(ソラツ)日高とも申せしと見えたり、これら上古の時の事に、ソラといふ語の見えし始なり、然るに我國の語に、天をさしてヲホソラといふは、則阿修羅(アスラ)なり、すべて上古の語に、梵語多かりなどいふ説あり、天下の言も〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0005 〈とより多し、彼是の方言を合せ聞たらんには、多かる中に相似たる事もなどか無からざらむや、されど天をばアメといひ、虚空をばソラといふ事の如き、そのさし云ふ所同じからねばこそ、舊事紀には天御虚空とも、又大虚空を翔行きて天降るともしるされ、古事記には、天津日高の御子空津日高としるしたれ、上古の語には、アメといひ、ソラといふ事の、相わかれし其徴の明かなる、舊事紀、古事記等の書に見えし處、既にかくの如し、天の字を讀てソラといふは、後世に出し所にて、阿修羅等の説、信ずるに足べからず、〉

〔倭訓栞〕

〈前編十三曾〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0005 そら(○○) 神代紀に虚空の字をよめり、萬葉集に天もよめり、自然の辭なるべし、梵語雜名に、天を翻して素羅といふとも見えたり、神代紀に虚中といへるは未方所也と釋せり、凡そ虚空といへる詞は、泛く天地の間を指といへり、後世唯天の事とのみ心得るは非じ、神代紀に坐於虚天而生兒と見えたるは、天上と中國の道中を指ていへるにや、古事記に天津日高の御子虚空津日高とみえたるは、天子と太子との分ち成べし、

〔萬葉集〕

〈十冬雜歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0005
甚多毛(ハナハダモ)、不零雪故(フラヌユキユヱ)、言多毛(コチタクモ)、天三空(アマツミソラ/○○○)者(ハ)、隱相管(クモリアヒツヽ)、

〔倭訓栞〕

〈中編一安〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0005 あまつそら 天津空と書り、天も空も同じことを重ねていふ、わたつみの如し、つは助語也、

〔和漢三才圖會〕

〈三天文〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0005 霄(あをそら/○)〈音宵〉 按、霄近天氣色也、一曰天無雲氣、而青碧者爲霄、天色在五行之外、而青亦非其眞體、莊子所謂天之蒼蒼者、其正色耶、俗傳一天無雲而青則雨不二日、是則霄也、

〔日本書紀〕

〈二十二推古〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0005 二十年正月丁亥、置酒宴群卿、是日大臣〈◯蘇我馬子〉上壽歌曰、夜須彌志斯(ヤスミシシ)、和餓於朋耆彌能(ワガオホキミノ)、訶句理摩須(カクリマス)、阿摩能椰蘇訶礙(アマノヤソカキ)、異泥多多須(イデタタス)、彌蘇羅(ミソラ/○○○)烏彌禮磨(ヲミレバ)、豫呂豆余珥(ヨロヅヨニ)、訶句志茂餓茂(カクシモガモ)、〈◯下略〉

〔萬葉集〕

〈十秋雜歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0005 七夕
從蒼天(オホソラユ)、往來吾等須良(カヨフワレスラ)、汝故(ナガユヱニ)、天漢道(アマノカハヂヲ)、名積而敍來(ナヅミテゾコシ)、

〔伊呂波字類抄〕

〈天天象〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0005 天〈テン 上天也、爾雅云、上天、冬天、旻天、秋天、〉 幽天〈同〉 圓清〈天名〉 蒼岸〈同〉 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/7f00006509c9.gif 鏡〈同〉 九根〈同〉 蒼。天〈春天也〉 蒼穹〈同〉 昊天〈夏天也〉 炎天〈巳上同、天異名也、〉

〔二中歴〕

〈五乾象〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0006 四天 春蒼天 夏昊天 秋旻天 冬上天 九天 中央鈞天 東倉天 東南陽天 南炎天 西南朱天 西旻天 西北幽天 北玄天 東北愍天

〔爾雅註疏〕

〈五釋天〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0006 穹蒼蒼天也、〈註、天形穹隆、其名蒼蒼、因名云、〉春爲蒼天、〈註、萬物蒼蒼然生〉、夏爲昊天、〈註、言氣皓肝〉、秋爲旻天、〈註、是猶愍也、愍萬物彫落、〉冬爲上天、〈註、時無事、在上而臨下而巳、〉疏〈此釋四時之天名也、云穹蒼蒼天也者、詩大雅桑柔云、靡旅力、以念穹蒼、故此釋之也、詩人因天形穹隆、其色蒼蒼、故云穹蒼、其實則與下云春爲蒼天是一、故云穹蒼蒼天也、◯下略〉

〔下學集〕

〈上天地〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0006 昊(カウ)天〈天也〉 旻(ビン)天〈秋天〉 彼蒼(ヒサウ)〈天也〉 蒼旻(サウビン)〈天也〉 乾坤(ケンコン)〈天地也〉 宇宙(ウチウ)〈太虚也〉 霄空〈二字義同〉

〔撮壤集〕

〈上天像〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0006 天 宇宙(ウチウ) 大圓 元氣(ゲンキ) 金闕(キンケツ) 銀闕(ギンケツ) 玉京(ギヨクケイ) 雞子(ケイシ) 碧落(ヘキラク) 虚碧(キヨヘキ) 虚空(コクウ)

〔八雲御抄〕

〈三上天象〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0006 天 あま ひさかたと云〈ひさしくかたしといふなり〉 あまつそら あまのはら みそら とりの道 そらの海 おほそら なかとみ〈俊頼抄〉 みどりの空と云は 樓炭經説 南浮州は、須彌山碧瑠璃うつりてみどり也といへり、

〔日本書紀〕

〈一神代〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0006 古天地未剖、陰陽不分、渾沌如雞子、溟涬而含牙、及其清陽者薄靡而爲天、重濁者淹滯而爲上レ地、精妙之合搏易、重濁之凝竭難、故天先成而地後定、

〔事物紀原〕

〈一天地生植〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0006 天地 清輕者上爲天、濁重者下爲地、冲和氣者爲人循之不得名曰易、一變而爲七、七變而爲九、九復爲一、一者形變之始也、清輕重濁、清以陽發、故氣冲爲天、濁以陰凝、故氣沈爲地、天地形別謂之兩儀、列子曰、視之不見、聽之不聞、周易繫辭曰、易有太極、是生兩儀、高氏小史曰、兩儀分五運通二體分形、離爲清濁、三五暦紀天地渾混如雞子、盤古生其中、萬八千歳、天地開闢陽清爲天、陰濁爲地、盤古在其中、一日九變、神於天於地、天日高〈一丈〉地日深一丈、盤古日長一丈、如此萬八千歳、天極高地極深、盤古極長、後乃有三皇、此天地人之始也、

〔暦林問答集〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0007 釋天地第一
或問、天地何也、答曰、渾天儀經云、天大而包地外、地少而居於天内、天表裏有水、天地各乘氣而立、載水而行、關令内傳云、天地之南午、北子、相去九千萬里、東卯西酉亦九千萬里、四隅空相去九千萬里、天去地四十千萬里、朱氏曰、黄帝書、天地者在太虚空裏、大氣擧之、是天地未相分也、兩儀已相分運轉、而天乘炁而浮、地載水而行不息、天大而雖地外、炁無涯、水亦無涯、故天外、有水、亦地表裏有水、浮天而載地也、天大而半覆地上、半繞地下、故二十八宿半隱、天轉如車轂、但天無體、以二十八宿體、天從東繞西、故云左旋、日月五星同左轉、二十八宿諸星麗天常無動、只隨天轉耳、周天三百六十五度四分度之一也、故於天二十八宿各有領度、角十三度、亢九度、氐十六度、房五度、心五度、尾十七度、箕十度、合七十五度、三十二星、東方宿也、斗二十四度、牛七度半、女十一度、虚十度二十五分半、危十八度、室十七度、壁十度、合九十七度七十五分半、六十三星北方宿也、奎十七度半、婁十三度、胃十四度半、昴十一度、畢十六度、觜一度、參九度、合八十二度、五十一星西方宿也、井三十度、鬼三度、柳十四度、星七度、張十九度、翼十九度、軫十八度半、合一百十一度半、九十八星南方宿也、都三百六十五度四分度之一也、度一千九百三十二里也、於地有州國、有分野、但自東漢以降、暦家之法、日月星皆逆天而爲右行、故日月會宿寅析木丑星紀子玄枵之次、謂之冬、會亥諏訾戌降婁酉大梁之次、謂之春、會申實沈未鶉首午鶉火之次、謂之夏、會已鶉尾辰壽星卯大火之次、謂之秋、會則日月右行、交會而成一月之辰也、於是因横渠之説、朱氏曰、古今暦家之法、以退數之、故日遲而毎日一度行、月速毎日十三度行、此説如上未一定之法、如兩先生者、天最速進、日一度退、月最遲而十三度退、皆雖同道同行天、而所退行反似右行、而全日遲非月疾、日月逆天非右行矣、又云、牛宿十一月星紀之次、天北端之極也、天運降近南、故牛降南端、自冬至漸而升、井宿四月實沈之次、南端之極也、天運升近北、故井升北端、自夏至漸而降、亦南北升降之中爲春秋、鎭成曰、日月隨天而下降、至南端之極、謂左旋、隨天而上升、至北端之極、謂右行、以爲南

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0008 北升降爲左右、此説且爲好、姚信肵天論曰、天體南低入地、北則高冬至極低、日去人遠、北天氣至、故氷寒也、夏至極起、日去人近、南天氣至、故蒸熱也、天極高時、日行地中深、故夜長晝短、然則天行、冬依於渾儀、夏依於蓋天也、天似蓋笠、地法覆盤、天地各中高外下、地極之下爲天地之中、三光隱映爲晝夜、天圓而動、地方而靜、天十二神動移無窮、地之日辰靜而待之、夫星辰遲速、日月運行、雷發虹見、雲行雨施、是天之象也、二十八舍、内外諸官、七曜三光、星分歳次、是天之數也、山川水陸、高下平汗、嶽鎭河通、風廻露蒸、是地之象也、八極四海、三江五湖、九州百郡、千里萬頃、是地之數也、於是元氣始萠、陰陽始生、炁形立端、清濁分別、質形已具、此五者天地之運通也、天以剛健之徳覆、地以柔順之徳載也、

〔古事記〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0008 天地初發之時、於高天原(○○○)成神名天之御中主神、〈訓高下天阿麻

〔釋日本紀〕

〈五述義〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0008 高天( ノ)原 私記曰、師説謂上天也、案可虚空也、◯按ズルニ、高天原ノ事ハ、神祇部神祇總載篇ニ載セタリ、

〔古事記〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0008是天照大御神以爲怪、細開天石屋戸而内告者、因吾隱坐而以爲天原(○○)自闇、亦葦原中國皆闇矣、何由以天宇受賣者爲樂、

〔萬葉集〕

〈二挽歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0008 天皇〈◯天智〉聖躬不豫之時、太后奉御歌一首、
天原(アマノハラ)、振放見者(フリサケミレバ)、大王乃(オホキミノ)、御壽者長久(ミイノチハナガク)、天足有(アマタラシタリ)、

天降雜物

〔日本書紀〕

〈二十九天武〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0008 九年六月辛亥、灰零(○○)、 十四年三月、是月灰零信濃國、草木皆枯焉、

〔續日本後紀〕

〈七仁明〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0008 承和五年七月癸酉、有(○)物如(○○)粉(○)、從(○)天散零(○○○)、逢雨不銷、或降或止、 九月甲申、從去七月今月、河内、參河、遠江、駿河、伊豆、甲斐、武藏、上總、美濃、飛騨、信濃、越前、加賀、越中、播磨、紀伊等十六國、一一相續言、有物如灰、從天而雨、累日不止、但雖恠異、無損害、今茲畿内七道、倶是豐稔、五穀價賤、老農名此物米花(○○)云、

〔日本紀略〕

〈嵯峨〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0008 弘仁七年正月辛卯、雨(○)沙(○)、

〔三代實録〕

〈二十六清和〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0009 貞觀十六年七月廿九日乙卯、太宰府言、去三月四日夜、雷霆發響、通霄震動、遲明天氣陰蒙、晝暗如夜、于時雨沙、色如聚墨、終日不止、積地之厚、或處五寸、或處可一寸餘、比昏暮、沙變成雨、禾稼得之者、皆致枯損、河水和沙、更爲盧濁、魚鼈死者無數、人民有死魚、或死或病、

〔續日本紀〕

〈三十二光仁〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0009 寶龜三年六月戊辰、往々隕(○)石(○)於京師、其大如柚子、數日乃止、

〔續日本紀〕

〈三十四光仁〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0009 寶龜七年九月、是月毎夜瓦石及塊、自落内竪曹司、及京中往々屋上、明而視之、其物見在、經二十餘日乃止、

〔日本紀略〕

〈六圓融〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0009 天延元年三月七日辛酉、亥時雹降、又大和國如水精玉碎之物降、

〔吾妻鏡〕

〈二十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0009 寛喜二年十一月八日、大進僧都觀基參御所申云、去月十六日夜半、陸奧國芝田郡石如雨下云云、件石一進將軍家、大如柚細長也、有廉石下事、廿餘里云云、

〔當代記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0009 慶長十五年四月九日甲申、三川國ノ山中、日近ト云所ヘ石降、大サ四五寸計ナル石五ツ、其砌天震動シテ如雷、昔寛喜二年庚寅、奧州芝田郡廿四里中、柑子程ノ石降、十月十六日ノ事也、如雨降ト云々、

〔雲根志〕

〈前編三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0009 落星石 江州野洲郡橘村杉田氏説に云、元文年中の比、當村の百姓、夏日我後園に出てすヾみ居る、天にくもりもなく、風もなくして、空中に聲あり、目前に一石をおとす、取上て是を見るに、掌の大さにして甚だかたく、重くして金色文理あり、夢溪筆談に、大星一震而墮地中一圓石といふの類ならんか、

〔甲子夜話〕

〈四十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0009 林子曰、今茲〈癸未◯文政六年〉十月八日夜、戌刻下リ西天ニ大砲ノ如キ響シテ、北ノ方ヘ行、林子急ニ北戸ヲ開テ見レバ、北天ニ餘響轟テ殘レリ、後ニ人言ヲ聞バ、行路ノ者ハ、ソノトキ大ナル光リ物飛行ヲ見タリト云、又數日ヲ隔テ聞ク、早稻田ニ〈地名〉輕キ御家人ノ、住居玄關ヤウノ所ヘ石落テ、屋根ヲ打破リ、碎片飛散シガ、ソノ夜ソノ時ノ事ナリトゾ、最早七八年ニモ成ケラシ、是ハ

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0010 晝ノコトニテ、此度ノ如キ音シテ飛物シタルガ、八王子農家ノ畑ノ土ニ大ナル石ヲユリ込タリ、其質燒石ノ如シトテ、人々打碎テ玩ベリ、今度ノ碎片モ同ジ質ナリト見タリシ人云キ、昔星殞テ石トナリシ抔云コトハ、是等ノコトニモアルヤ、造化ノ所爲ハ意外ノコトナリ、前ニ云フ七八年前ノ飛物ハ、正シク予〈◯松浦清〉ガ中ノ者見タルガ、其大サ四尺ニモ過ギナン、赤キガ如ク、黒キガ如ク、雲ノ如ク、火焰ノ如ク、鳴動囘轉シテ中天ヲ迅飛ス、疾行ノアト火光ノ如ク、且ツ餘響ヲ曳クコト二三丈ニ及ベリ、東北ヨリ西方ニ往タリ、見シ者始ハ驚キ見ヰタルガ、後ハ怖テ家ニ逃入リ、戸ヲ塞ギタレバ末ヲ知ラズト、林子ノ言ヲ得テ繼ギシルス、

〔兎園小説〕

〈七集〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0010 金靈并鰹舟の事 今玆乙酉春三月、房州朝夷郡大井村五反目の丈助といふ百姓、朝五時比、苗代を見んとて立ち出でヽ、こヽかしこ見過し居たるをり、青天に雷のごとくひヾきて、五六間後の方へ落ちたる様なれば、丈助驚きながらも、はやくその處に至り見れば穴あり、手拭を出だしてその穴をふさぎ、おさへて廻りを堀りかヽり見れば、五寸程埋まりて、光明赫焃たる鷄卵の如き玉を得たり、これ所謂かね玉(○○○)なるべしとて、いそぎ我家へ持ち歸り、けふはからずも、かヽる名玉を得たりとて、人々に見せければ、是やまさしくかね玉ならん、追々富貴になられんとて、見る人これを羨みける、〈◯中略〉 文政八乙酉初秋朔 文寶堂誌

〔義演准后日記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0010 慶長元年六月廿七日、霽、午半刻ヨリ、喩者、土器ノ粉ノ如クナル物(○○○○○○○○○○)、天ヨリ降リ(○○○○○)、草木ノ葉ニ相積テ曾以不消、大地只霜ノ朝ノ如シ、不可思儀恠異非只事、四方曇テ雨ノ降ガ如シ、今日伏見ヘ唐人御禮云々、若左様ノ故哉尤不審々々、閏七月十四日、霽、天ヨリ毛降(○○)、似馬尾、或一二尺、或五六寸計也、色ハ白黒又赤色ナリ、京都醍醐同前ニ降、

〔遊藝園隨筆〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0010 六月〈◯天保七年〉十九日夜、一頻雨ふりたりしは深夜如夢に覺たり、同廿日退出より、新家榮之助、飯田町もちの木坂へ轉宅の賀として參りしに、昨夜か曉かはしらず、毛ふりたりとて、拾

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0011 得たるもの數根をみする、長サ五六寸より六七寸にて、白くして黄を帶たり、夫より歸り懸、牛込北おかち丁へ參り候間、みちすがら家來に爲拾候に、又數根を得たり、

〔續日本紀〕

〈十四聖武〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0011 天平十四年六月戊寅、夜、京中往々雨(○)飯(○)、

〔日本紀略〕

〈七圓融〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0011 天元二年四月廿一日己巳、備中國言上異物解文、去一日都字郡撫河郷箕島村、形味如(○)飯物降(○○○)、人民食之、

〔日本紀略〕

〈十一條〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0011 長保元年三月七日庚申、太宰府進豐前國雨米(○○)一http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/00000001d4e9.gif

〔百練抄〕

〈六崇徳〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0011 保延四年三月十九日、雨(○)穀(○)、其形如(○○○)胡麻(○○)、 六年三月十三日、自朝及夕大陽不現、非雲非、霧、四方似烟、有雨下者、其形似露、又如胡麻、永治元年九月廿五日、京中不名之物交風飛、其形如胡麻

〔吾妻鏡〕

〈五十二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0011 文永三年二月一日乙丑、陰雨降、晩泥交(○○)雨降(○○)、希代怪異也、粗考舊記、垂仁天皇十五年丙午、星如雨降、聖武天皇御宇、天平十三年辛巳六月戊寅、日夜洛中飯下、同十四年壬午十一月、陸奧國丹雪降、光仁天皇御宇、寶龜七年丙辰九月廿日、石瓦如雨自天降、同八年、雨不降井水斷云云、此等變異、雖上古事時災也、而泥雨始降、於此時言語道斷不可説云云、

〔康富記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0011 嘉吉四年〈◯文安元年〉三月四日甲寅、時々雨下、是日洛中之男女皆申云、自虚空大豆小豆降(○○○○○)云々、雨降時分交下云々、其體如大豆之形、但http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/0000000193dd.gif大豆小豆歟、下女等拾取持來之間、見了所詮如木〈◯木一本作米〉之實也、何様表豐年嘉瑞者哉、珍重、日本昔〈不時代〉大麥自空中降下、又飯降事在之由、見類聚國史云々、漢家之例、周室王屋之上有火化鳥、此鳥牟麥銜來云々、后稷之時も、五穀之種、自空降下歟云々、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/0000000193dd.gif勘之、近江國飯降山と云名所在之、飯降之故歟、見類聚國史、本朝大麥降事、清外史之所語給也、聖武天皇天平十三年六月戊寅、日夜京中條々飯降之由、見水鏡了、

〔本草綱目啓蒙〕

〈二十三香木〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0011 月桂〈◯中略〉 凡ソ物ノ子ヲ雨ラスコト古今其例多シ、文安元年三月二日小

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 豆ヲ雨ラス、寛文十年正月廿九日、大豆蕎麥(○○)ノ如キ者雨ル、大小五色アリ、享保十九年十二月五日、赤小豆(○○○)ノ如キ者雨ル、皆空殼ナリ、其外保延三年草ヲ雨ラシ、慶長元年及慶安三年毛ヲ雨ラス、コレ等皆大風ニテ他國ヨリ吹キ來ル者ナリ、怪トナスニ足ラズ、事物紺珠書隱叢説ニ、古來天雨雜物ト云コトヲ詳ニ載ス、増安永二年越後ノ高田ヘ小豆ノ雨リシコトアリ、今ソノ種ヲ傳ヘ栽ユル者アリ、小豆ニ似テ蔓生ナリ、〈◯中略〉コレヘイハクアヅキニシテ、靖江縣志ノ蟹眼豆ナリ、又安永八年二月五日、丸藥(○○)ノ如キモノ降ル、天保五年ノコロ、京師ニハゼ(○○)、ウルシノ實(○○○○○)フル、

空中有聲

〔日本書紀〕

〈二十九天武〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 九年二月癸亥、如鼔音聞于東方

〔續日本紀〕

〈十四聖武〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 天平十四年十一月壬子、大隅國司言、從今月二十三日未時、至二十八日、空中有聲、如大鼔、野雉相驚、地大震動、 丙寅、遣使於大隅國撿問、并請問神命

〔續日本紀〕

〈三十二光仁〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 寶龜三年五月丙午、西北空中有聲如雷、

〔續日本紀〕

〈三十七桓武〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 延暦元年二月辛未、空中有聲如雷、

〔日本紀略〕

〈一醍醐〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 昌泰元年十月十一日丁未、空中有聲、其鳴宛如地震、 十四日庚戌、空中有聲、一度如雷、 十一月十五日庚戌、空中有聲、 十二月十七日壬午、艮方有音如雷、

〔顯廣王記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 治承二年六月廿三日、卯時天有雷聲、如大鼔、不遠近、只同聲也、五音云々、

雜載

〔日本書紀〕

〈一神代〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 一書曰、〈◯中略〉於是素戔鳴尊白日神曰、吾所以更昇來者、衆神處我以根國、今當就去、若不姉相見、終不忍離、故實以清心復上來耳、今則奉覲已訖、當隨衆神之意、自此永歸根國矣、請姉照臨天國(アマツクニ/○○)

〔古事記〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0012 故爾鳴女自天降到、居天若日子之門湯津楓上而、言委曲如天神之詔命、爾天佐具賣、〈此三字以音〉聞此鳥言而、語天若日子言、此鳥者、其鳴音甚惡、故可射殺云進、即天若日子、持天神所賜天之波士

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0013 弓、天之加久矢殺其雉、爾其矢自雉胷通而逆射上、逮天安河之河原天照大御神、高木神之御所、是高木神者、高御産巣日神之別名、故高木神、取其矢見者、血著其矢羽、於是高木神告之、此矢者、所天若日子之矢、即示諸神等詔者、或天若日子不命、爲惡神之矢之至者、不天若日子、或有邪心者、天若日子、於是矢麻賀禮〈此三字以音〉云而、取其矢、自其矢穴、衝返下者、中天若日子、寢胡床〈◯胡床、一本作朝床、〉之高胷坂以死、

〔古事記傳〕

〈十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0013 矢穴は、下國より天上へ射徹たる孔なり、〈古傳の趣をえしらず、かたくなヽる漢意におぼれて、なまさかしき人は、此矢ノ穴を疑ひて、下國と天上との隔に、板などの如き物あるが如く聞えて、陋しとや思ふらむ、上の御誓段に、堅庭者於向股蹈那豆美と云ひ、又天之眞名井もあり、又畔離溝埋なども、皆天上のことなれば、矢の通り來たる穴も無くばあるべからず、若此穴を陋しとせば、かの堅庭も眞名井も畔も溝も、みな陋しからずや、されば延佳が當天空と云る、天空こそなか〳〵に陋くこちなけれ、又師(岡部眞淵)も此穴をいかヾとや思はれけむ、強て矢之美知と訓れき、道ならむには、いかでか穴とは書む、さばかり古の意をよく見明らめて、万世までの師と仰ぐべき人すら、なほかヽれば、古( へ)を知るはよく難きわざになむ、〉

〔日本書紀〕

〈一神代〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0013 伊弉諾尊、伊弉冉尊、立於天浮橋(○○○)之上、共計曰、〈◯下略〉

〔釋日本紀〕

〈五述義〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0013 丹後國風土記曰、與謝郡郡家東北隅方、有速石里、此里之海有長大石、前長二千二百廿九丈、廣或所九丈、以下或所十丈以上廿丈以下、先名天梯立、後名久志濱、然云者、國生大神伊射奈藝命、天爲通行、而梯作立故云天梯立(○○○)、神御寢坐間仆伏、仍怪久志備坐故云久志備(クシビノ)濱、此中間云久志、自此東海云與謝海、西海云阿蘇海、是二面海雜魚具善住、但蛤乏少、播磨國風土記曰、賀古郡益氣里有石橋(○○)、傳云、上古之時、此橋至天、八十人衆、上下往來、故曰八十橋、案之、天浮橋者、天橋立是也、

〔古事記〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0013 故爾詔天津日子番能邇邇藝命而、離天之石位、押分天之八重多那〈此二字以音〉雲而、伊都能知和岐知和岐氐、〈自伊以下十字以音〉於天浮橋(○○○)、宇岐士摩理、蘇理多多斯氐、〈自宇以下十一字亦以音〉天降(アモリ)坐于竺紫日向之高千穗之久士布流多氣、〈自久以下六字以音〉

〔古事記傳〕

〈十五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0014 天之八重多那雲、書紀に、且排分天八重雲とあり、出雲國造神賀詞に、天能八重雲乎押別氐、万葉二〈二十七丁〉に、天雲之八重掻別而、〈一云、天雲之八重雲別而、〉十一〈二十八丁〉に、天雲之八重雲隱など見えたり、〈又二に、天雲之五百重之下爾、下とは裏を云、十に、白雲五百重などもあり、◯中略〉伊都能知和岐知和岐氐、〈◯中略〉書紀に、稜威之道別道別而、大祓詞に、天之八重雲乎、伊頭乃千別爾千別氐、天降依左志奉支、〈遷却崇神祝詞にもかくあり〉また天津神波、天磐門乎押披氐、天之八重雲乎、伊頭乃千別爾千別氐所聞食武ともあり、〈◯中略〉天( ノ)浮橋〈◯中略〉續後紀、興福寺僧等が長歌に、茜刺志(アカネサシ)、天照國乃(アマテルクニノ)、日宮能(ヒノミヤノ)、聖之御子曾(ヒジリノミコゾ)、瓠葛(ヒサカタノ)、天能梯建(アマノハシタテ)、踐歩美(フミアユミ)、天降利坐志々(アモリマシゝ)とよめり、

〔神宮雜例集〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0014 始事
本記云、皇太神宮皇孫之命天降坐時〈爾、〉天牟羅雲命御前立〈天〉天降仕奉時〈爾、〉皇御孫命、天牟羅雲命〈乎〉召詔〈久、〉食國〈乃〉水〈波〉未熟、荒水〈爾〉在〈介利、〉故御祖( ノ)命御許〈爾〉參上、此由申〈天〉來〈止〉詔、即天牟羅雲命參上〈天、◯中略〉即受賜〈天〉持參下〈天〉獻時〈仁、〉皇御孫命詔〈天、〉從何道〈曾〉參上〈志止〉問給申〈久、〉大橋(○○)〈波〉須賣太神、并皇御孫命〈乃〉天降坐〈乎〉恐〈天、〉從小橋(○○)參上〈支止〉申時詔〈久、〉後〈仁毛〉恐仕奉事勇〈乎志止〉詔〈天、〉天牟羅雲命、天二上命、後小橋命〈止〉三名賜也、

〔日本書紀〕

〈三神武〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0014 三十有一年四月乙酉朔、昔伊弉諾尊、目此國日本者浦安國、〈◯中略〉及饒速日命乘天磐船(○○○)而翔行太虚也、睨是郷而降之故、因目之曰虚空見日本國矣、

〔日本書紀〕

〈二神代〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0014 天稚彦之妻下照姫哭泣悲哀聲達于天、是時天國玉聞其哭聲、則知夫天稚彦巳死、乃遣疾風尸致天、便造喪屋而殯之、〈◯中略〉先是天稚彦在於葦原中國也、與味耜高彦根神友善、〈味耟此云婀膩須岐〉故味耜高彦根神昇天弔喪時、此神容貌正類天稚彦平生之儀、故天稚彦( ノ)親屬妻子皆謂、吾君猶在、則攀牽衣帶且喜且慟、時味耜高彦根神忿然作色曰、朋友之道、理宜相弔、故不汙穢遠自起哀、何爲誤我於亡者、則拔其帶劒大葉刈、〈刈此云我里、亦名神戸劒、〉以斫仆喪屋、此即落而爲山、今在美濃國藍見川之上

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0015 山是也、

〔釋日本紀〕

〈七述義〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0015 伊豫國風土記曰、伊豫郡自郡家以東北在天山、所天山由者、倭在天加具山、自天天降時二分、而以片端者天降於倭國、以片端者天降於此上、因謂天山本也、

〔萬葉集〕

〈七雜歌〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0015
天海丹(アメノウミニ)、雲之波立(クモノナミタチ)、月船(ツキノフ子)、星之林丹(ホシノハヤシニ)、搒隱所見(コギカクルミユ)、

〔日本紀略〕

〈一醍醐〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0015 昌泰元年六月三日辛丑、無雲天暗、不人面、時人見之、莫奇怪

〔萬寶鄙事記〕

〈六占天氣〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0015 天色黄なるは風、白くうすきは風雨、天氣卑く下りてくらきは、三日の内に雨ふる、西北赤くして氣きよきは明日大晴、朝白氣あるひは黒氣、雲のごとくしてうるほひあるは雨、天高く氣白きは、風雨すくなし、天低く氣くらきは、三日雨なり、


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:59 (390d)