http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0270 年官、年爵ノ事、其始ヲ詳ニセズ、然レドモ貞觀七年ノ藤原良房等ガ奏議等ニ依ルニ、淸和天皇ノ前ニ在ルコト必セリ、年官トハ、毎年ニ内外ノ一分、二分等ノ官ヲ賜ハルヲ云ヒ、年爵トハ毎年ニ從五位下一人ヲ賜ハルヲ云フ、一分、二分等ノ名ハ、公廨ノ分法ヨリ出デヽ、公廨ヲ處分スルニハ、史生ハ其一分ヲ受ケ、目ハ二分ヲ受ケ、掾ハ三分ヲ受ク、因テ史生ヲ一分ト云ヒ、目ヲ二分ト云ヒ、掾ヲ三分ト云フ、京官モ此ニ準ジテ名ヲ立テタリ、蓋シ年官、年爵ハ、陽ニハ親近ノ人ニ授クル爲メニシテ、陰ニハ人ニ賣與シテ財ヲ得ルガ爲ノ人ニ授クル爲メナル事ハ、 貞觀十三年、藤原良房ノ准三宮ヲ辭スル表ニ、臣一兩僕隸、得官者或年三四人、何擬三宮新制ト云ヘルニ依リテ知ラレ、陰ニ賣與シテ財ヲ得ル爲メナル事ハ、政事要略ニ、安和二年ノ宣旨ヲ載セテ、雖二分之年給、曾無一人之企望ト云ヒ、長保二年ノ權記ニ、受領吏買上階ト云ヘルヲ以テ知ラルヽナリ、若シ之ヲ望ム人ナキ時ハ、假リニ無身ノ人ヲ設ケテ其官爵ヲ受ク、又其官爵ヲ人ニ授ケテ、其所得ヲ己ニ入ルヽ者アリ、是謂ユル揚名介、揚名掾ナリ、
年官、年欝ハ、除目敍位ノ時ニ、其主ヨリ申文ヲ官ニ進メテ、其人ヲ任敍スル事ニテ、大別、内給、院宮給、親王給、公卿給ノ四種アリ、内給トハ内裏ヨリ給與ノ費ニ供スル爲メニ設クル所ニシテ、院宮給トハ太上天皇、三宮、女院、東宮.准三宮ノ分ヲ云ヒ、親王給ハ親王、内親王、法親王ノ分ヲ云ヒ、公卿給トハ攝關大臣、納言、參議ノ賜ハルモノヲ云フ、此年官ニハ當年給、未給、名替國替名國替、秩滿更任、任符返上等ノ目アリテ、當年給トハ當年ノ巡給ヲ云ヒ、未給トハ昨年已往ノ未給ヲ云ヒテ、或ハ歿後ニ係レル者アリ、名替トハ其身疾ニ罹ル等ノ事アリテ、任符ヲ給ハラザル人ノ代ニ、餘人ヲ任ズルヲ云ヒ、國替トハ甲國ノ司ヲ改メテ乙國ノ司トスルヲ云ヒ、名國替トハ見任ノ人ノ任ヲ停メ餘人ヲ他國ニ任ズルヲ云ヒ、秩滿更任トハ任限已ニ滿チテ解官セル人ノ代ニ、其前任ノ人ヲ任ズルヲ云ヒ、任符返上トハ甲ノ人ノ任符ヲ返進シテ、乙ノ人ヲ任ズルヲ云フ、親王給ニハ又例巡給、別巡給.別給ノ別アリ、例巡給トハ世系ノ次序ヲ逐ヒテ遞ニ年官二合ヲ給ハルコトニテ、例ヘバ第一年ハ白河天皇ノ親王ノ巡給第二年ハ堀河天皇ノ親王ノ巡給ナルガ如シ、然レドモ此巡給ノ事ハ、古來異説アリテ、其實ハ詳ナラズ、別巡給トハ、今上嫡后所生ノ親王ハ男女、ヲ論ゼズ、別巡給ニ預ルベキノ別勅アルトキハ、餘ノ親王ノ巡ニ拘ハラズ、特別ニ巡給ニ預ルナリ、若シ其親王一人ナレバ、毎年二合ニ預リ、二人ナレバ隔年ニ二合ニ預ルナリ、別給トハ嫡后所生ニアラザル親王ノ別巡給 ニ預ルヲ云フ、而シテ二合ト云フコトハ、公卿給ニモアリテ、親王給ハ目〈二分〉一人、史生、〈一分〉一人ナルヲ、倂合シテ掾〈三分〉一人トスルガ如シ、公卿給ノ中ニテ、大臣ハ隔年ニ二合、納言ハ四年ニ一度二合、五節ヲ獻ゼシ明年ハ巡ヲ待タズシテ二合、參議ハ五節ヲ獻ゼシ明年ノミ二合ナリ、又合欝ト云フ事アリ、合冠トモ云フ、丙官一人、外官三分一人、二分二人等ノ未給ヲ返上シテ、從五位下一人ヲ賜ハルヲ云フ、而シテ年爵ニハ未給ト云フ事ナシ、是官職ハ其闕ナキ時ハ任ズルコトヲ得ズ、故ニ當年ニ給セザル事モアレド、位階ハ額數ナケレバ、毎年ニ給スルコトヲ得ベケレバナリ、年爵ニハ又加階アリ、從五位下以上ノ人ノ更ニ位階ヲ進ムルヲ云フ、後ニハ人給(ヒトダマヒ)〈院宮ノ給ハリタル年官年爵ヲ云フ〉ヲ以テ二位三位ニ昇ル者アリ、又臨時給ト云フハ、任官ニモ敍位ニモァリテ、年官年爵ノ外ニ臨時ニ賜ハルヲ云フ、又式部卿ニ一分召ノ時ニ、一分一人ヲ賜フ、是亦年官ノ類ナリ、政治部除目篇參照スベシ、要スルニ、古ハ官ニ季祿、公廨等ノ俸アルノミナラズ、位ニモ位田、位祿等ノ給アリ、是レ年官年爵ノ起ル所以ナリ、然ルニ後世ニ至リテハ位ニ俸ナキノミナラズ、官ニモ亦賜フ所ナシ、是ニ於テ年官、年爵、並ニ徒設ノ具ト爲レリ、
又國守ヲ賜フ事アリ、亦年官ノ類ナリ、事ハ賜國篇ニ詳ナレバ、宜シク就テ見ルベシ、

名稱

〔空穂物語〕

〈樓の上下之一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0272 さるべき所を思ひめぐらし侍に、こヽはいとさわがしく、かんのおとヾの京極を、さるべきさまにまかりゐでつくらせん、このころ伊賀の守じするを、みやうねんの院の御たうばり(○○○○○○○)を、ことし申させ給へと、女御どのヽ御をんぞきこえさせ給て、さるべきやどもは、ひとヽせつくらせて侍り、

〔蜻蛉日記〕

〈中〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0272 五日〈○天祿元年八月〉の日は司召とて、大將になる、○藤原兼家〉いとまさりていともめでたし、それより後ぞすこししば〳〵みえたる、此大嘗會に院の御たうばり(○○○○○○○)申さん、をさなき人〈○藤原道綱〉に かうぶりせさせてん、十日の日と定めてする事ども例のごとし、

〔蜻蛉日記解環〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0273 蓋此歳〈○天祿元年〉新帝〈○圓融〉御代始ニ行ハルヽ大事ニツキテ、院ノ御給モ行ハルニツイテ、ヨキ折ト、公ノ思メシテ、元服サセテ、叙爵ヲカフムラセントノコトヲカクイヘルナラン、

〔公卿補任〕

〈一條〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0273 寛和三年〈丁亥○永延元年〉
參議從三位藤原道綱〈(中略)天祿元年十二月廿日従五位下〉〈大嘗曾令泉院御給〉

〔職原抄〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0273 式部省〈當唐吏部〇中略〉
卿一人〈○中略〉
毎年於本省諸國一分召也、一分召者任諸國史生之名也、史生謂之一分、内給、院宮、大臣巳下參 議巳上、皆有年給(○○)、式部卿行之也、近代其禮久絶畢、

年官給法

〔蟬冕翼抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0273 任符返上(○○○○)
任符返上ト謂ハ、内給巳下ノ年給ニ申任スル者ノ任符ヲ給テ後ニ、各有申テ返上スル也、
任タル國非本望トテ、件國ノ符返上シタルヲ、給主ノ請文ヲ書テ、其奥ニ任符ヲ卷籠メ上也、是 ヲ任符返上ノ國替(○○○○○○○)ト謂、
又任符ヲ給テ不任國シテ、空四ケ年ヲ過テ、秩滿シタル第五年、〈五ケ年ヲ爲一任ル國ハ第六年春〉猶本國ニ任 ゼント申ヲバ、是ヲ任符汳一上ノ更任(○○○○○○○)ト謂、
又任タル國非本望トテ、件國ノ任符ヲ返上シタルヲ、給主ノ同國ニ他人ヲ任ゼムト申ヲバ、是 ヲ任符返上ノ名替(○○○○○○○)ト謂、
凡任符返上ト謂ハ總名也、此中ニ有國替、更任、名替也、心ヲ留テ閑ニ見テ可任也.
諸未給(○○○) 内給巳下ノ去年以往給ヲ申請之、是謂未給、故者ノ未給(○○○○○)モアリ、其後家申請之、近例ハ稀事也、又 内給ノ未給(○○○○○)モ依御處分テ、親王申請之、近例不見事也、
諸二合(○○)
内給已下有此事ナリ
内給ハ一分廿人、任意テ二合云々、
院宮給ハ一分三人、同ジク任意二合云々、
准后之女御ハ一分一人、猶任意二合、或説別給(○○)云々、
太政大臣ハ一分三人、隔年二合、
大臣ハ一分二人、同隔年二合、
納言ハ一分一人、五ケ年一度二合、
參議ハ一分一人、獻五節之外不二合
但大臣以下參議已上、獻五節舞姫之次年ハ、年給ノ目一人、一分一人ヲ二合シテ、任掾一人
名替(○○)
名替ト謂ハ、内給以下年給ニ申任スル者ノ、稱本望任符ニ、同國ニ他人ヲ申任スル也、
國替(○○)
國替ト謂ハ、内給已下ノ年、給ニ申任スル者ノ、稱本望任符ヲ、件人ヲ更ニ他國ニ申任ス ル也、
又申任シタル人ヲモ改テ、更ニ他人ヲ以テ申任ナリ、國ヲ改テ更ニ他國ヲ申任ス、是謂名國賛(○○○)、 又二合ノ國替(○○○○○)モ有
又臨時給ノ名國替(○○○○○○○)モ有之 又秩滿名國替(○○○○○)モ有
又三重國替(○○○○)モ有リ、四重國替(○○○○)モ有リ、
更任(○○)
更任ト謂ハ、不任符シテ、秩滿ノ後、同人ノ同國〈爾〉更〈爾〉任ゼムト申也、仍一任ノ過ニタレバ、大 間ニ必可闕也、若無其闕バ、子細ヲ可外記
轉任(○○)
本諸國ノ權掾ニ任タル者ノ正ニ任ゼムト申シ、少目ニ任タル者ノ大ニ任ゼムト申スヲ轉任 ト謂也、是ハ外記ノ勘申ス轉任ニ非〈須〉、外任也、在國替内、或在更任内
臨時給(○○○)
臨時給ト謂ハ、内給、院宮、大臣ノ年給外ニ、諸國權守已下ヲ臨時ニ申任也、皆職事書袖書

〔除目大成抄〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0275 國替(○○)
昌泰元 備中權掾從七位下橘朝臣春常〈繁子内親王去年給、自下野掾遷任、〉 時平
延喜十三舂 伯耆大目從七位上毛野公夏蔭〈淸經朝臣延喜八年給、以件夏蔭常陸少目而今改任、〉 貞信公〈○藤原忠平〉
康保三 肥前掾正六位上長岑宿禰忠親〈右大將藤原朝臣康保二年給、二合、以件忠親肥後少掾而改肥前、〉 淸愼公〈○藤原實賴〉
長保二秋 因幡權大目正六位上刑部宿禰久遠〈停中宮大夫源朝臣長德四年給伯耆大目改任〉
永承五 土左少目正六位上淸原眞人淸武〈停左近衞中將藤原朝臣永承三年給但馬大目改任〉
延久二 伊豫掾正六位上民宿禰友武〈停内大臣延久二年給近江少掾改任〉
〈裏書〉 或云、國替遷任也、不停任、乃不停字云云、然〈而〉古賢書樣皆如此、
永久四秋 備中大掾從七位上藤井宿禰行里〈權中納言源朝臣〉〈重〉〈當年給二合、以件行里石見掾而改其國所任、〇中略〉
名國共替(○○○○) 長德二 肥後大掾正六位上大和宿禰延正〈停正暦四年内給武佐國隣山城權少掾改任〉
長保二 伊賀權目正六位上紀朝臣秋近〈停正暦五年内給備前權少目長谷正生改任〉
治承二 豐後介正六位上中原朝臣俊淸〈停去安元二年臨時内給日向介中原康成任○中略〉
秩滿(○○)
名替(○○)
天暦八 鎭守府軍曹正六位志太連元立〈天慶七年内給(朱雀院御給也)紀常峯不任符秩滿代〉 淸愼公
康平八 備後掾正六位上文室宿禰武則〈上東門院康平六年御給品治光任不任符秩滿替〉
永承四秋 攝津目正六位上紀朝臣吉成〈春宮大夫藤原朝臣長元七年給淸原德正不任符秩滿、仍改任、〉
長保元 讃岐大目正六位上佐伯宿禰扶尚〈停大納言源朝臣長德元年給禰宜利遠改任○中略〉
任符返上(○○○○)
名替(○○)
長德三 若狹權掾正六位上錦宿禰良盛〈花山院去年御給巨勢爲信任符返上替〉
華山院
正六位上錦宿禰良盛
若狹權掾
右去年御給、同正月以巨勢爲延彼國掾、而稱本望上任符、仍以件良盛改任之 狀所請如件、
長德三年正月廿二日
大納言正三位兼行右近衞大將舂宮大夫藤原朝臣〈作者○中略〉
三重(○○) 名替(○○)
長德二 大和權介正六位上藤原朝臣忠節〈停東三絛院去年臨時御給平好光改任〉
合不〈件院長德元年臨時御給、同八月以平好光大和權介、而任符未出、〉
東三條院
正六位上藤原朝臣忠節
大和介
右長德元年臨時御給、同八月以平好光件國介、而依身病任符、仍停件好光改 任之狀所請如件、
長德二年正月廿一日 左大臣正二位藤原朝臣〈○中略〉
四重(○○)
長德二 加賀掾正六位上野中宿禰守延〈停右大臣長德三年給錦輔成改任〉
長德三年春、當年給、以橘茂方之、長保元、以上建部利政改任、同秋、以輔成之、
長保元 土佐掾正六位上民連吉景〈停内大臣長德元年給二合大名福光改任〉
合不〈件大臣長德元年給二合、同三年正月以大名福光土佐椽、而任符未出、〉
正六位上民連吉景
土左掾
右去長德元年給二合、同三年正月以大石福光任件國掾、而福光依身病任符、仍 以吉景改任之狀所請如件、
長保元年正月廿八日 内大臣從二位兼行左近衞大將藤原朝臣〈作名○中略〉
五重(○○) 長保元 美濃介從五位上十市宿禰明理〈停冷泉院天暦(冷泉院天暦恐一絛正暦誤)六年臨時御給下野權介忍海高晴改任〉
天〈○天恐正誤〉暦六年、以小槻滋兼下野權介、長德二秋、以大春日遠晴改任、同三秋、日下 部惟遠改、同四春、以高晴改、
更任(○○)
延長三 薩摩權掾正六位上藤原朝臣直生〈前坊十八年御給、以大國安國補任、廿年改任直正、而去年計先歴其替、仍更任、〉貞信公
天元二 肥前介正六位上別公種國〈皇太后皇長和二年臨時給、貞元二年三月以別種國任、不任符秩滿更任、〉 雅信
永觀二 淡路掾正六位上掃守宿禰業茂〈式部卿親王天祿三年給、件業成不任符更任、〉 同
同 備中掾正六位上藤原朝臣文説〈太政大臣天延元年給、同文説秩滿更任、〉 同
同 上野權大掾正六位上上毛野朝臣公平〈天元二年内給、同二不任符秩滿更任、〉年
康平七 大宰少典正六位上紀朝臣吉任〈故權中納言顯基卿長元六年給、不任符仍更任、〉
保延四 伊豫少目正六位上三枝宿禰牛友〈按察使藤原朝臣長承二年給(公卿給有秩滿字)、以件牛友任、而不任符秩滿、仍更任、○中略〉
重更任(○○○)
長德四秋 〈押紙秩滿隔人更任也、私案、〉土佐權少目正六位上東部宿禰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00269.gif 君〈故太政大臣天元四年給日置久忠任、而不任符秩滿、仍更任、〉
合不
故太政大臣家〈○藤原賴忠、永祚元年薨、〉
正六位上東部宿禰http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00269.gif
右去天元四年給、以http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00269.gif土左權少目、而依身病任之替、去 年以日置久忠改 任、亦稱奉望任符秩滿、仍以http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00269.gif更任之狀所請如件、
長德四年

〔除目抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0278 一合爵合冠(○○○○)間事〈院宮返上内官幷外國未給、被叙爵一人事也、〉 内官一人、外國三分一人、二分二人、
已上返上未給、被從五位下之員數也、
内官二人
上内官未給二人之時、不外國
外國二分六人
上外國二分六人之時、不内官幷外國三分
内官一人、外國三分三人、
上内官一人外國三分三人之時、不同二分
外國三分四人
上外國三分四人之時、不内官、近代多如此、或又五人、
外國三分二人、二分四人、〈間又如此〉
已上、此等ノ未給ヲ返上シ〈天〉、被叙爵一之時ノ員數等也、件未給 眞實之未給、隨時宜、外記註 出之、件年々載本所之御申文、奏聞之後被勘外記、以外記勘文、上卿又付職事、覆奏之後、上卿宣 下内記局、外記勘樣見宣旨抄

年官給數

〔北山抄〕

〈三/拾遺雜抄〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0279 除目
給數
内給三分二人 二分三人 一分廿人
院宮男女爵各一人〈東宮无女爵〉 三分一人 二分一人 一分三人
大臣二分一人 一分二人〈太政官臣三人〉
親王及納言以下二分一人 一分一人 〈親王巡給也、后腹有別巡給、或又年給外有別給、給皆依宣旨、所預、〉
女御、〈依宣旨預之〉尚侍二分一人 一分一人〈毎年二合過親王、不然云々、可勘、〉
典侍以下有一分一人

〔二中歴〕

〈七/年官〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0280 内給外官掾二人 目三一分二十人 一院三宮允爵一 掾目各一二分三 相國目一一分三 大臣目一一分二 親王二一分各一 納言以上同親王 宰相二分只一人 内侍一分各一人
今案、一院三宮、以一分一人在内舍人、而近代以二分申任也、大臣以上隔年二合三合成介、〈或云 毎年〉親主作巡而二合、〈但第一親王毎年給之、皇后腹親王爲別巡給云々、但式部卿、加一分二人、〉納言四年一度二合、以息子二合任官 助允、〈或云隔五年〉宰相進五節之時二合、

〔拾芥抄〕

〈中末/御給〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0280 内給 諸國掾二人 目三人 一分廿人
太上天皇、諸司允一人、諸國掾一人、目一人、一分三人、爵一、〈近代加階〉
封戸二千戸、勅旨田千町、
諸院宮〈東宮〉官爵同之〈或云臨時中賜諸司助、又給二分代、〉〈内人舍〉〈封戸千五百戸、或減五百戸、〉
親王、諸國目一人、一分一人、〈或云、當代第一親王者、毎年賜掾、自餘親王者巡給之、又或式部卿者一分二人也、〉
太政大臣、諸國目一分三人、〈封戸千五百戸、減七百五十戸、〉職田〈四十町〉
左右大臣、諸國目一分二人、封戸、〈千五百戸〉職田、〈卅町〉
内大臣、諸國目一人、一分二人、封戸、〈八百戸〉職田、〈無之〉
納言、諸國諸目一人、一分一人、封戸、〈大納言六百戸、中納言三百戸、〉職田、〈廿町〉
參議、諸國目一人、封戸六十戸、〈或云、四年一度賜掾、申賜諸司二合助允子息云云、或云、獻五節之時賜掾、〉
内侍、一分一人

〔簾中抄〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0281 御給 年官 年爵 封戸 位田
内給 諸國掾二人 目三人 一分廿人
掾をば三分とす、目をば二分とす、郡司などをば一分とす、この内給といふば、内の女房など の中に給なり、
太上天皇
諸司允一人 爵一〈近代加階〉 諸國掾一人 目一人 一分三人 封二千戸
勅旨千町たてまつらるヽこともあり
諸院宮〈東宮もこの定〉
官も爵もおなじこと、又臨時に諸司助など申たまわらせ給ふ事あり、二分代とて、内舍人を 申、これつねのことにあらず、封千五百戸、
親王
諸國目一人 一分一人
當代第一親王はとしごとに掾を給はる、さらぬ親王は巡をつくりて掾をば給はる也、又式 部卿は一分二人、
一品親王 封六百戸 位田八十町
二品三品 封百五十戸 位田二品六十町、三品五十町、
四品無品 封七十五戸 位田四十町〈四品也、無品は無位田、〉
内親王はこれになからを減ず、位田は三分の一なり、
太政大臣
諸國司一人 一分三人 年ませに掾を給はる、ある時は介を申、
封二千二百五十戸 職田四十町
左右大臣
目一人 一分二人
掾を申ことはじめのごとし
封戸千五百戸 職田三十町
納言
目一人 一分一人
四年に一度掾を給はる、又二分とて諸國の助允などを申給て子となす、
封〈大納言六百戸中納言三百戸〉 職田二十町
參議
目一人 五節まいらせたる時、掾をたまはる、
封六十戸
内侍
一分一人

内給

〔除目抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0282 内給以下外國年給事
内給
掾二人 目三人 一分廿人
掾ヲバ稱三分、目ヲバ稱二分、一分ト云者、史生郡司等類也、近代不之、一分ヲ別シ〈天〉一分召ト〈天〉任

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0283 當年給
内給〈三分掾二人一分史生廿人〉 〈二分目三人不除目、一分召別事也、〉
〈永久四〉 參河大掾正六位上藤原朝臣經遠〈當年内給〉
下野少掾正六位上佐伯朝臣安里〈當年内給〉
周防掾正六位上秦忌寸重國〈當年内給〉
攝津少目從七位上藤井宿禰里安〈當〉
〈内給袖書如此〉正六位上藤原朝臣經遠
參河掾
正六位上佐伯朝臣安里
諸國掾〈下野少掾〉
正六位上秦忌寸重國
諸國掾〈周防掾〉
從七位上藤井宿禰里安
諸國目〈攝津少〉
右當年内給以件等人
永久四年正月十八日〈○中略〉
未給
内給
〈長德三〉 美濃權少目正六位上縣主首富茂〈内給、天元五年巡給、未任、〉
〈一條院天元三年降誕、差親王時未給、在位間被任歟〉 〈天喜四〉 備中掾正六位上赤染宿瀰色經〈去年内給〉
〈永久四〉 伊豫大掾正六位上紀朝臣爲眞〈天永二年内給〉
給否〈件内給、去年天永二年末補、〉
正六位上紀朝臣爲眞
伊豫大掾
右去天永二年未補、以件人之、
永久四年十二月廿一日

〔吾妻鏡〕

〈四十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0284 建長二年十二月九日庚子、野本次郎行時、名國司所望事、父時員任能登守之時、不成功、直令解除之上者、如彼例臨時内給(○○○○)之由申之、爲淸左衞門尉奉行、今日有沙汰、其父時員屬越後入道勝圓在京之時、被内擧自然令任歟、被法之後者、不是例之間、輙叵許容之旨被仰出、又臨時内給事、於三分官等者、依事體申請之、至國司以上者、可止其競望之由云云、

〔親長卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0284 文明七年二月一日參内〈○中略〉
近江權掾櫻井松忠〈當年内給○中略〉
但馬權守源重正〈臨時内給〉

内給所

〔本朝世紀〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0284 天慶五年四月九日壬戌、此日有勅、召内給所錢百貫文、爲使藏人所雜色等、差小舍人幷諸衞、物節分給東西飢饉疫疾之輩

〔小右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0284 天元五年二月十日癸酉、參殿〈○藤原賴忠〉申昨日勅命〈○圓融〉旨、被奏云、豐樂院等修理事、欠亡大事、可諸卿定申者也者、被仰云、羅城門武德殿等、同可此中者、又被仰云、圓融寺御堂造畢云々、去年以往有非常事、不臨幸、來月欲幸如何者、被申云、於御願處臨幸、左右隨旨而已者、依夜不歸參、南殿壁代料絹、召内給所奉之由、即被奏聞、十二日乙亥、仰云、明日可御遊、腰插可召候者、 仰内藏寮、申不堪之由獻、仍仰内給所
寛和元年二月廿三日戊戌、今日直物、依召參院、〈○圓融〉被内給所名替文

院給

〔西宮記〕

〈臨時一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0285 諸宣旨〈○中略〉
院宮御給申文體
某院〈宮〉
ム位姓某
某官〈掾目載一枚
右當年御給所請如
年月日
大夫宮司加封、勅使來請時可付奏、舊年御給宮司加名、〈付藏人奏聞、不封、〉
王臣申文
ム姓尸ム丸〈右京人〉
某官
右當年給以某九所請如
年月日 官姓名
親王大臣右狀加二合字、隨人右狀相異也、納言隔五年二合、公卿名替申文、或時不望國右 狀、童親王〈幷〉女御申文家司加名、

〔西宮記〕

〈臨時三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0285 諸年給申文體
某院 正六位某姓某丸 望某官
右當年御給所請如
年月日
別當公卿加署〈當年給不署書、外加封也、〉
中宮職准之(○○○○○)可知〈但大夫一人加署〉
舊年以往名替等類、隨事有某狀、仍不之、
正六位上某姓某丸
某官
右當年給二合、以件某丸請如件、
年月日 官位姓名
大臣以下皆同之、但右狀之詞隨事可狀、又至于内親王、其家司一人署日下

〔除目抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0286 一内給以下外國年給事
一院三宮
爵一人〈三宮有女爵、東宮無之、但一院新院者有女爵、西宮抄、男親王有女爵之樣注之歟、院外春宮親王女爵一切無例歟、〉
内官一人〈助允、或兵衞尉、近衞將監、又有臨時御給、雖御憚時、京官御給無相違申任、叙位御給無之、年始被之故歟、後年以未給申叙之例、但誤〈天〉可叙歟之由、見先逹勘草、〉
掾一人 目一人〈二分代、若申任内舍人、〉 一分三人
此外准后人隨見在之、但攝關大臣准后之時、有限年給、外國之外爵給、内官給等不之、女 人准后之時、雖凡人爵幷内官給等之歟、

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0286 當年給〈○中略〉
諸院〈三分一人、二分一人、一分三人、〉 〈長保四〉 丹波掾正六位上淸原眞人重方〈冷泉院當年御給〉
〈院御給請一人例〉 冷泉院
正六位上淸原眞人重方
丹波掾
右當年御給以件重方任狀如
長保四年二月廿八日〈○中略〉
臨時給〈○中略〉
諸院
〈長德二〉 參河介正六位上穴太宿禰季保〈冷泉院臨時御給〉
〈長德三〉 備前權介外從五位下茨田宿禰忠式〈東三條院臨時御給〉
〈永承二〉 越後介從五位下藤原朝臣斯兼〈上東門院臨時被申〉
〈延久五〉 加賀介從五位下則孝王〈上東門院被申〉
〈安元二〉 伊勢權介正六位上藤原朝臣範俊〈上西門院臨時被申〉
〈上西門院臨時被申〉
正六位上藤原朝臣範俊
諸國介〈伊勢權〉
安元二年正月廿八日

〔除目大成抄〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0287 故者
諸院
〈永承元秋〉修理亮正六位上藤原、朝臣維綱〈後朱雀院長元七年御給〉
〈承保三〉 左馬少允正六位上平朝臣貞資〈後三條院天喜五年前坊御給、御給有之、〉 師房 可合不〈件院者、天喜五年内官御給未補、〉
後三條院
正六位上平朝臣貞資
諸司三分〈左馬允〉
右前坊者天喜五年御給未補、仍所請如件、
承保三年正月十六日 正二位行權大納言兼春宮大夫藤原朝臣能長

〔榮花物語〕

〈十三/木綿四手〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0288 はじめの東宮をば小一條院ときこえさす、〈○中略〉一院とて、年官年爵えさせ給、藏人、判官代、なにくれさだめあるにつけても、あしくはおはしまさす、

〔園太暦〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0288 康永三年正日六日、及晩叙位聞書到來、續左、〈○中略〉
正二位藤原資明〈一院(花園)當年御給○中略〉
藤原實俊〈院(光嚴)御給云々、上(光明)被之、〉

女院給

〔類聚符宣抄〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0288 左大臣宣、奉勅、停皇太后宮〈○藤原詮子〉職、爲東三條院、停進屬判官代主典代者、
正暦二年九月十六日 大外記兼博士播磨介中原朝臣致時〈奉〉
同日於式御曹司
左大臣宣、奉勅、東三條院御給年爵年官、宜舊奉一レ充者、
正暦三年正月五日 少外記滋野

〔左經記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0288 萬壽三年正月十九日丁酉、早旦參關白殿、〈○藤原賴通〉則御供參大宮、〈○中略〉關自殿候御前、〈朝干飯方〉召余〈○源經賴〉被仰云、太皇太后宮〈○藤原彰子〉今日可御出家事、院號等事、准東三條院例、可行歟、將當可加行之事歟、上逹部相共可定申之由、可右大臣者、余進座下右府云々、奉綸旨、移薯南座、上達部相共議定、令余覆奏云、院號等事、大略准故東三條院例、可行歟、則以御在所上東門院〈舊名號〉爲 院號、停進屬判官代主典代、歟、又内膳御飯、幷御米御封御季御服物等如舊可充歟、又年官年爵、彼時御出家、次年之正月、如元可充之由有宣旨、彼者依叙位除目程遠、忽無宣旨也、於此度者、除書在近、今日同可宣旨也者、則參御所此狀、仰云、停太皇太后宮職上東門院、停進屬判官代主典代、又御封、幷御季御服物、内膳御菜等、皆以如元可充、但内膳御飯者、自本宮停之由、仍可隨停止者、又年官年爵、如元可充者、則進陣仰此旨、則奉御封幷御季御服物、内膳御菜等、如元可充之由、兼又奉止内膳御飯之仰、歸陣腋大夫史貞行宿禰、次右府召大外記賴隆眞人於膝突、被院號幷年官年爵等事云々、

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0289 當年給〈○中略〉
諸院勧中〈○中略〉
皇嘉門院〈○藤原聖子〉
正六位上藤井宿禰守澤〈執筆入之〉
諸國掾〈備前少〉
正六位上中原朝臣盛經
内舍人〈二分代〉
右當年御給所請如
治承三年正月十七日

〔園太暦〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0289 康永三年正月六日、及晩叙位聞書到來、續左、〈○中略〉
從三位藤原定親 藤原實長〈廣義門院(後伏見妃藤原寧子)當年御給〉

皇后給/中宮給

〔春記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0289 長暦二年十一月二日甲午、晩景參關白殿、〈○藤原賴通〉依物忌門外此案内等、仰云、召御前御衣何事乎、即給彼息名簿、被仰云、此名簿以中宮(○○)〈○後朱雀中宮藤原嫄子〉臨時御給、爵可從五位下之由、奏 聞之後可上卿者。予〈○藤原資房〉即參内、奏名簿幷中宮御給、事畢出左仗下、 十二月十四日丙子、今日有直物事、〈○中略〉良經叙正四位下、〈皇后宮御給〉爲善叙從四位上、前中宮〈○藤原嫄子〉未給云々、以人給上階尤難事也、而又近代事也、

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0290 當年給〈○中略〉
諸宮〈○中略〉
皇后宮(○○○)職
從七位上藤井宿禰武方
諸國掾〈播磨權〉
從七位上秦宿 武元
諸國目〈美作少〉
右當年御給所請如
永久四年正月廿八日
〈治承四〉 伊豫大掾正六位上草部宿禰末光〈中宮當年御給〉
讃岐目從七位上藤井宿禰正恒 〈中宮當年御給〉
中宮職
正六位上草部宿禰末光
諸國掾〈伊豫大〉
從七位上藤井宿禰正恒
諸國目〈讃岐〉
右當年御給所請如件 治承四年正月廿六日〈○中略〉
臨時給〈○中略〉
諸宮〈○中略〉
〈寛弘四〉 美濃介從五位下十市宿禰明理〈中宮職臨時御給〉

皇太后給太皇太后給

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0291 當年給〈○中略〉
諸宮〈三分一人 二分一人 一分三人〉
〈永久四〉 土左大掾従七位上多治宿禰末國〈太皇太后宮當年御給〉
阿波大目從七位上毛野宿彌久友〈太皇太后宮當年御給〉
太皇太后宮職
從七位上多治宿禰末國
諸國掾〈土左大〉
從七位上毛野宿禰久友
諸國目〈阿波大〉
右當年御給所請如
永久四年正月廿八日
臨時給〈○中略〉
諸宮〈○中略〉
〈元永二〉 河内權守從五位下藤原朝臣道淸〈太皇太后宮臨時御給〉

〔兵範記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0291 仁安二年九月五日己巳、參院奏文書、其次愚息藏人信淸、以皇太后宮年々外國三分合爵(○○)叙爵由、奏聞彼宮申文、即有勅許、入夜參内、新中納言忠親卿、行内文請印事、被仗座、下官〈○平信範〉著軾、 下申件御申文、上卿被之、下官仰云、令給否、次召大外記賴業眞人之、即勘申、〈勘文之申文等相具入宮獻之〉次召下官奏聞即返給、上卿被下官位記、次又仰云、藏人藤原定經依臨時恩叙爵、次上卿召少内記藤原能資兩人榮爵了、
皇太后宮職
准先例上年々御給未補外國三分四人正六位上平朝臣信淸叙爵
外國三分四人
仁平二年未補
久壽元年未補
長寛二年未補
永萬元年未補
右返上年々御給未補外國三分四人、申榮爵者例也、仍以件信淸所請如件、
仁安二年九月四日 從四位下行亮藤原朝臣賴輔
御申文書樣如此、内覽院奏了引裹紙懸紙奉上卿

東宮給

〔公卿補任〕

〈醍醐〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0292 延喜九年〈己巳〉
r參議從四位下藤原定方〈(中略)寛平七年二月十一日陸奥權少掾〉〈東宮御給〉

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0292 當年給〈○中略〉
諸宮〈○中略〉
春宮坊
正六位上淸原眞人正忠
若狹掾 正六位上小野朝臣有連
阿波目
右當年御給以件等人請如
長保四年二月廿七日

親王給/内親王給

〔西宮記〕

〈臨時一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0293 諸宣旨
親王(○○)預年給事〈上卿奉勅仰外記、代代無定事、后一巡、、自餘大巡、或年給外有別給之、〉

〔北山抄〕

〈三/拾遺雜抄〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0293 執筆細記〈在別〉
親王巡給有二説
一説、毎親王作巡、假令有男女親王十人者、隔十當巡也、
一説、毎一族作巡、假令有四代親王者、隔四年當巡也、長和親王不男女皆一巡也、後朱雀院後爲一巡、後三條院後爲一巡、當時爲一巡等也、
但蒙准三宮勅書之人、不此巡云々、
近代用後説歟、近則治暦五年正月、當代親王五人、共預巡給例是也、

〔除目抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0293 一親王巡給事〈巡給(○○)、別巡給(○○○)、別給(○○)、巳上其號有三種、年給目一人、一分一人、外巡給二合事也、〉
一巡給〈巡給事、又在別抄、〉
一代御後、親王不男女之、寛平御後親王有例巡給(○○○)、別巡給云々、延喜六年五月宣、
一説
假令
白川院親王〈一年〉 堀川院親正〈一年〉 鳥羽院親王〈一年〉
今案、是其代親王一巡悉被申任之心也、 一説
假令
白川院第一親王〈一年〉 次年同院第二親王 次年同院第三親王
次年堀川院第一親王 次年同第二親王 次年鳥羽院第一親王
次年同第二親王
今案、是其代ノ親王一人ヅヽ可申之心歟、
一説
一年白河院第一親王 堀川院第一親王 鳥羽院第一親王
次年白河院第二親王 堀川院第二親王 鳥羽院第二親王
次年白河院第三親王 堀河院第三親王 鳥羽院第三親王
今案、是其代ノ一二親王逹ヲ分別シ〈天〉、一年ヅヽ可申之心也、
古抄云、江帥卿示予〈師遠〉云、巡給ハ一代々々親王ヲ可巡給之次第也、假令後朱雀院親王一 巡、次後冷泉院親王一巡、次後三條院親王一巡之類是也云々、而予〈師遠〉所案異之、只依巡給宣 旨之次第任也、假令巡給ノ人三人アラバ、三年ニ一度、四人アラバ四年ニ一度可任也、但 一代親王一巡ヅヽ悉被之、極秘説也云々、
別巡給
第一親王毎年二合依別勅也、今案、別巡給是也云々、別巡給トハ、當帝后腹親王不男女、可 別巡給之由被宣下ヌレバ、一人御座ノ時ハ毎年任之、二人之時ハ隔年任之、只可別巡給之 人數也云々、
別給 依勅定親王巡也、又非后腹當時親王給之號也、一人之時毎年任之、但末代無沙汰、寛元宗尊 親王〈非后腹當代親王也〉給可之歟、不之歟、有沙汰、遂不之、非后腹當代親王給、某親王當年別給 ト在之、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00270.gif 子内親王例也、此義可然歟、依勅定親王巡云々、寛平九六廿六宣旨云、尚侍藤原淑 子別給、掾一人、一分一人、〈是年給一分之外也〉毎年任之、先人之説也云々、〈今案、攝州師遠歟、〉

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0295 當年給〈○中略〉
准后〈○中略〉
無品善子内親王(○○○)家
正六位上小長宿禰永宗
諸國掾〈遠江少〉
從七位上六人部宿禰常貞
諸國目〈尾張少〉
右當年給所請如
長治二年正月廿五日〈○中略〉
巡當不〈件内親王巡給、二合當當年、〉
无品禖子内親王家
正六位上淸原眞人安元
諸國掾〈近江大〉
右當年巡給二合所請如
應德二年正月廿六日 散位從五位上橘朝臣資成
非准后内親王掾目各一人並任例 永承五〈娟子内親王當年給 有疑可尋〉
延久元〈佳子内親王當年給 俊子内親王 聰子内親王 篤子内親王〉
已上四人當代親王也、踐祚初如此、後々年不然、〈○中略〉
別給〈○中略〉
〈建久七〉 播磨大掾正六位上藤井宿禰滿安〈今上第一内親王當年別給二合〉
無品昇子内親王〈○後島羽第一皇女〉家
正六位上藤井宿禰滿安
諸國掾〈播磨〉
右當年別給所請如
建久七年正月六日
別當參議從三位行左大辨兼勘解由長官越前權守藤原朝臣宗賴〈○中略〉
別巡給〈今上后腹親王給之、別巡給當例、巡給者相承任之、〉
若有數人者不男女巡給之、假令有三人者隔二年巡、〈○中略〉
別巡給例巡給相承任例
寛弘八年
但馬掾文室興茂 〈敦良親王當年別巡給〉
阿波掾秦貞友 〈敦良親王當年巡給〉
長元二年
伊賀掾荒田部光安 〈東宮長和五年別巡給〉
甲斐掾秦成信 〈東宮長和五年巡給〉 長暦三年
大和掾大江廣賴〈無品尊仁親王當年別巡給二合〉
尾張掾菅原明高〈無品尊仁親王當年巡給二合〉
別給〈今上后腹第一親王給之、別給人不別巡給例、〉毎年給也
若后腹親王有二人者、一人別給、一人可巡給歟、別給二人無其例、一身依巡不 別巡給歟、
〈長保元〉 尾張權掾正六位上美努宿禰能長〈式部卿親王當年別給二合所任○中略〉
無品善仁親王〈○堀河皇子〉家
正六位上内藏宿禰正道
諸國掾〈近江少〉
右當年別給以件正道請如
永保二年正月廿九日
正二位行權中納言兼皇太后宮大夫左衞門督源朝臣師忠〈○中略〉
臨時給〈○中略〉 諸宮
〈長德二〉 出雲權介正六位上當麻朝臣世保〈春宮臨時御給、職事非常事、〉

〔三代實録〕

〈十/淸和〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0297 貞觀七年正月廿五日丁未、太政大臣從一位臣藤原朝臣良房〈○中略〉等奏議言、伏見自延暦至仁壽六代、親王年料給分主典史生等、毎代各一人、互稱二代通計、是以或隔一年即給、或經數年稀給、或省内親王給例、執論各殊、披訴間出、天慈攸及、還似不平、謹按此事、格式不載、宣旨非切、從見流例、未本源、方今年中所出之給、始三宮諸司、有勞應補者、居常若其不足、而親王之 數四十有餘、非數年周給、茯請總計親王、不代々、輪轉而給、鱗次弗愆、將使先後恨、男女共欣、永永相承以爲成式、但先來有勅所別給者不此限、謹録事狀、伏聽天裁、奏可、

〔左經記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0298 長元八年正月廿四日己酉、欲殿之間、自内府〈○藤原敎通〉有來之命、仍參入、仰云、愚室親王〈○褆子〉三條院御宇、蒙年給宣旨、毎除目申文、而此十餘年失不申文云々、任舊宣旨猶可申文歟、將如何、申關白仰旨者、即參殿申此由、御報云、預巡給内親王、結婚之後、猶令年給之例申者、退出之次詣内府殿御返事、即召大夫外記賴隆眞人此事云々、

〔中右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0298 保安元年正月十六日丁巳、今日政始也、〈○中略〉次相具人々、蔘院御所、〈近々之間歩行〉暫以候北面之間、頭辨奉仰、若宮預巡給之宣旨被歟、書件宣旨、持來左府歟、窺見之所、
元永三年正月十六日宣旨
顯仁親王
今年巡給
藏人頭權右中辨藤原朝臣伊通
紙屋紙、頭辨持來左府也、近代被外記給官歟、晩頭退出、

〔長秋記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0298 天承元年正月廿日、除目始也、〈○中略〉直詣内府宿所、大外記俊在簾外雜事之中不審事、
凡雖親王宣旨、可巡給之由不宜旨、不年給申文云々、
此事乖愚案、蒙親王宣旨者、雖宣旨、出巡給二合申文也、雖巡給宣旨之人、是希有之例也、 預別巡給之人、蒙宣旨時、仰云、可巡給也、若不此旨歟、
又申云、親王不外三分、只任二分一分也者、此事乖自案、巡給是諸親王作大巡二合任三分也、別給毎年任三分也、何乖此理、不可任三分之由陳哉、但累代名家也、有所存歟、
保延元年四月廿六日己巳、依昨日催參内、〈○中略〉又問云、〈○源師時〉蒙親王宣旨人、准公卿年給申文歟、 將尚可年給之宣旨後可進歟、答云、〈○藤原資信〉前例蒙宣旨申文之人、又雖然有申文之人、但雖宣旨申請矣、不其難、仍近來多雖宣旨任也者、先年無宣旨申文之由所執也、而今如此、若改案歟、

〔親長卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0299 文明七年二月一日、參内、〈○中略〉
除目聞書到來、書加之、〈○中略〉
相模權掾民原久〈邦高親王當年廻給〉

法親王給

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0299 當年給〈○中略〉
親王〈○中略〉 覺法法親王家
從七位上酒人宿禰久末
諸國掾〈丹波大〉
右當年御給所請如
永久四年正月卅日

〔中右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0299 大治四年正月廿二日辛丑、裏書云
右衞門督實行卿談云、仁和寺宮覺法親王、毎年給、諸國掾一人、年來顯隆卿、進申文、彼卿卒去、從今年沙汰也、而申文書樣幷掾事如何、予〈○藤原宗忠〉答云、別給人、毎年給掾也、是召賜第一親王之事歟、然者先別給巡給宣旨可問大外記也、又申文書樣ハ、定在年來成來歟、可尋給歟、大略年來、顯隆卿不沙汰此事、推而進上諸國掾申文歟、
次日、新中納言雅定卿談云、今朝被仁和寺宮別當了、仍進年給御申文了、〈加判了先〉二品覺法親王家 從七位上某宿禰某丸
諸國掾
右當年給所請如
大治四年正月三日別當正三位權中納言源朝臣雅定
御申文此定也、但右狀不別給由也、相尋之處、大外記師遠申云、宣旨未下先、件法親王給、不年給別給別巡給也、只毎年給掾一人成之由所聞也、有件親王宣旨被一レ下、最前之年、可申定也、最前故顯季卿沙汰、次顯隆卿二人、不案内、不沙汰、只上掾申文了、隨又被成也、爲之如何、或書別當由、或注別當、或封或否、入夜歸了、往年不沙汰、毎年給掾、大奇恠歟、

齋宮給/齋院給

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0300 當年給〈○中略〉
齋院(○○)
正六位上淸原眞人常安
諸國掾〈周防〉
從七位上大和宿禰礒永
望諸國〈伯耆大〉
右當年給所請如
長治二年正月廿五日
齋宮(○○)齋院例
長德二〈齋院〉 永承七〈二條院〉 延久二〈齋宮〉 嘉保元〈齋院〉
齋内親王例
長元四〈于時齋宮齋院共御座無分別歟〉 賀茂齋内親王例
延久三〈秋〉康平四
齋王由
延久元〈俊子内親王齋宮也〉于時卜定了、未諸司

女御給/尚侍給/典侍給/掌侍給

〔除目抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0301 一内給以下外國年給事
女御(○○)
目一人 一分一人
意〈天〉二合、或説別給依宣旨之、
尚侍(○○)
一分一人〈近代二合、天暦比任目、其已後被掾、又臨時給被任介、寛元二年三年共任掾、改被下勘外記不加所謂寛元二正廿三安木少掾中原康弘、〉〈尚侍藤原詮子當年給二合〉〈同三正十三甲斐權大掾藤井則次〉〈尚侍藤原朝臣當年給二合〉
典侍(○○)
一分一人
掌侍(○○)
一分一人

〔三代實録〕

〈十二/淸和〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0301 貞觀八年正月十三日庚寅、是日勅女御從三位藤原朝臣多美子、自今以後毎年給二分官一人、一分官一人

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0301 當年給〈○中略〉
女御尚侍〈二分一人、一分一人、二合年限不定云云、〉
〈天暦八〉 周防權掾正六位上佐伯宿禰安秀〈從二位女御安子朝臣當年給二合〉 淸愼 〈長德二〉 近江大掾正六位上河内宿禰行業〈女御元子當年〉
〈寛弘四〉 越前權少目從七位下興道宿禰傅濟〈從二位女御義子當年給〉
〈同〉 備中掾正六位上日奉宿禰興賴〈從三位尚侍妍子當年給二合〉
〈長德二〉 山城權大目正六位上江沼宿禰富基〈尚侍藤原朝臣當年給○中略〉
女御給年々
元子〈長德元掾〉 長保元〈掾〉 同二〈二分代〉 寛弘七〈目〉
義子〈長德三掾〉 同四〈同〉 長保〈掾〉 寛弘七〈目〉
尚侍給年々
綏子〈正暦五掾〉 長德〈掾〉 同三〈掾〉 同四〈掾○○中略〉
典侍
〈天元四秋〉陸奥權大目正六位上陽侯宿禰内成〈典侍㚾子朝臣當年給〉 雅信〈○中略〉
臨時給〈○中略〉
女御尚侍
〈寛平十二〉參河權大目從七位上尾張宿禰栗主〈朱雀院女御義子朝臣臨時給〉
〈寛弘二〉 大宰權大http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00023.gif 正六位上藤原朝臣孝隆〈女御茂子臨時給〉
紀伊介正六位上藤原朝臣忠盛〈尚侍藤原朝臣嬉子臨時給〉 寅資

公卿給

〔除目抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0302 公卿給事〈作樣故實、見除秘抄幷叙位略秘抄中、仍除之、〉
執筆大臣、除目月若次月之間、作公卿給給大外記、大外記召具式部丞參里第、以上﨟家司給之、或召簾下自給之、六位外記參之時、以家司〈衣冠〉給之、公卿給中ニ二合停任卷籠〈天〉給之、式部丞ニハ二合中ニ停任卷籠〈天〉給之、不公卿給、件文無禮紙裹紙、二合停任各二通也、一通ヲバ給外記、一通ヲバ 可式部丞、直廬儀之時攝政作之、召外記之、攝政不大臣者、傳一上給外記云云、但暦仁二正、攝政殿雖大臣、召大外記師兼之、又仁治三三五、縣召除目始、〈御前初度去五日叙位猶爲直廬儀〉關白殿〈兼經公〉被之、關白殿執筆、左大臣〈良實公〉可下給之由、關白殿雖申給、左府令子細給、關白殿令下給、先例不詳、猶左府不下給歟、
一内給以下外國年給事〈○中略〉
公卿〈五節二合未給ヲバ雖前官諸司助、近衞将監、兵衞尉、未給ニ天擧申子息當職、於年給外國者、去職後ハ雖未給之、二合ヲバ自新任年皆可之、但未申者自申任之年之、〉
大殿(○○)〈攝關父雖大臣、有外國給、保安二正廿三記云、除目中夜也、被殿下(藤原忠實)御給御申文、〉〈令去丙覽給後〉〈兼有沙汰、故大殿(藤原師實)嘉保元、令申關白於後二條殿(藤原師逋)給之後、同二年三年有御給、師遠勘申此例、○中略〉
納言(○○)
目一人、一分一人、〈新任次年可任二合也、但有然之事等新任年二合年、後々可之、以任二合之年、後々可之、〉
宰相(○○)
目一人〈獻五節次年二合、〉〈天祿巳後例云々〉〈其外不二合、〉
大臣(○○)者隔年二合〈或毎年二合、但近代不然、二合ト云者任掾之號也、三合シ天任介、或又二分二合シテ任介云々、但近代三合シテ、任介事不見、〉納言者三年二合、或注四年、注五年、已雖區、所詮隨計樣一同云々、三年二合ト云者、任タル次年ヨリ計〈天〉又任ズル前年マ〈天〉三年ニ當ル也、中三年ヲ計〈天〉三年二合ト云、又四年二合ト云者、任タル次年ヨリ任ズル年マ〈天〉四年ニ當ル也、又五年ト云者、任タル年ヨリ又任ズル年マ〈天〉五年ニ當ル也、且三條入道左府〈○藤原實房〉御説如此云々、近代外記勘上之計樣又如此云々、或又大納言者三年二合任掾、中納言者五年二合之由雖古抄、大中納言近代無差別、二合年計樣同前、任大臣之次年必二合之由有舊説、大中納言猶初任之次年可二合申文歟、參議者獻五節、次年之外者不二合也、申子息二合之時任諸司助允近衞將http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00023.gif 兵衞尉等、蔘議同前、納言之間子息二合兩度申任例存之、天治元正十九、故攝州〈○中 原師遠〉返答云、公卿不五節舞姫以前、不内官二分之由所承傅也、〈見雜例抄任官卷〉又大臣納言之間及三度之例、多獻五節之次年當二合年者、先申年給二合、五節二合ヲバ後ニ申之故實也、或又年給二合、五節二合相並〈天〉被任例存之、今案、只五節二合ヲ被申〈天〉、年給二合不申例多、又公卿消息名字載二合書事、參議者獻五節二合以前不之歟云々、

〔蟬冕翼抄〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0304 前攝政關白(○○○○○)預年給
九抄云、凡預年給之人、院宮、男女親王常例、此外女御、尚侍等也、而院宮、〈付准后〉親王、女御、尚侍等之類 者、其身雖出家猶預年給、至公卿者避其本官之時、況出家之後無年給、倩案此事、至院宮者、雖出家而不其職歟、至別宣旨之人付職、只身ノ恩ニ給フ之故歟、至公卿者付其官之故ニ、辭官 バ不年給歟、而關白攝政雖其本官年給、是ハ有別宣旨歟、將一人職勝大臣准大臣歟、所不 審者、前大臣之前關白攝政猶年給之理不審也、

〔三代實録〕

〈十九/淸和〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0304 貞觀十三年四月十八日甲午、太政大臣(○○○○)重抗表曰〈○中略〉臣所有一兩僕隷、皆是陛下幼年之侍童也、隨分得官者、或年三四人、陛下以爲舊功力、臣以爲家數人、未萬乘之先恩、何擬三宮新制、〈○下略〉

〔政事要略〕

〈二十六/年中行事〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0304 中卯〈○十一月〉新嘗祭事
右大臣宣、奉勅、参議治部卿正四位下兼行伊豫守藤原朝臣齊敏、參議左大辨從四位上兼守大藏卿行備後權守藤原朝臣文範等、去年十一月三日奏狀偁謹撿案内、大臣已下參議已上、所勤公役、專無差別、所賜封祿、甚以懸隔、其參議(○○)之封只六十戸、仍爲勤勞、殊賜兼國、而諸國公廨多申減省、無本舉數、處分之率已少、國司之員倍多、適所當之料、動致物貪、難急用、就中五節之事、所費不少、彼茅土高貴之家、猶傾資産而多勞、蓽戸閑素之輩、還損公威而有耻、方今雖二分之年給、曾無一人之企望、僅要判官、更辭主典、世俗所變、人心難奪、然則年官月俸有名无實、望請殊蒙天恩、早降二合之宣旨、將 五節之用途者、奏請之旨、尤可許容、抑奉五節舞姫女、非宰相之職、納言以上、同營此事、自今而後、大臣巳下參議已上、今年獻五節舞姫者、其明年給殊許二合、但納言以上、若當二合年、廻宛他年、立爲恒例者、
安和二年二月十四日 大外記兼播磨權少掾菅野朝臣正統奉

〔類聚符宣抄〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0305 諸國一分事〈付公卿給〉
中納言(○○○)橘朝臣
當年給一分補他色
天祿元年十二月廿二日
正三位行中納言源朝臣雅信宣、奉勅、中納言橘好古卿、當年給一分宜他色
天祿元年十二月廿二日 少丞淸原佐時

〔朝野群載〕

〈七/公卿家〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0305 公卿年給御申文
正六位上凡宿禰貞義
淡路大掾
右承德元年正月給未補、所請如件、
承德二年正月廿五日 從一位(○○○)藤原朝臣

〔除目大成抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0305 當年給〈○中略〉
公卿
大臣〈太政大臣 二分一人 一分三人 左右大臣 二分一人 一分二人〉
〈永久四〉 越前大目從七位上、上毛野朝臣延國〈闘白當年給○中略〉
納言〈二分一人 一分一人〉 〈長德二〉 駿河大目正六位上建部宿禰忠信〈大納言源朝臣當年給○中略〉
按察使(○○○)例
延久三〈二合〉 同五〈未兩所
使例
長久五〈二合〉 永承二 同五〈○中略〉
參議〈二分一人 一分一人〉
〈永承四〉 長門少目從七位上文室眞人信通〈參議藤原朝臣行經當年給○中略〉
納言〈隔四年二合〉
〈永久四〉 備後權掾正六位上豐原朝臣有廉〈右大將藤原朝臣(家忠)當年二合○中略〉
五節二合〈大臣以下雖參議五節次年必二合〉
〈長保元(注當年例)〉 讃岐掾正六位上秦忌寸邦成〈内大臣當年給依五節舞姫二合〉
〈長德四〉 肥後少掾正六位上平朝臣淸忠〈民部卿藤原朝臣當年給依五節舞姫二合〉
〈同(去年當年共注例)〉 美濃大掾正六位上藤原朝臣信時〈齊信朝臣當年給依去年五節舞姫二合〉
〈康平七〉 阿波掾正六位上坂上宿禰松依〈權中納言藤原朝臣依去年獻五節舞姫當年給二合
〈長保元秋(去年當年共不注例)〉 讃岐掾正六位上船木宿禰種守〈中納言平朝臣給依五節舞姫二合所注〉
〈長治二〉 備後少掾正六位丹波朝臣國光〈權中納言藤原朝臣依五節二合所任〉
〈納言二合式下勘例〉 可二合年〈件卿去年獻五節舞姫仍今年當二合年
正六位上丹波朝臣國光
諸國掾〈備後少〉
右去年依五節舞姫當年給二合所請如件 長治二年正月廿三日 正二位行權中納言藤原朝臣仲實〈○中略〉
臨時給〈○中略〉
大臣
〈天元二〉 信濃介正六位上高向朝臣行方〈外帥申左大臣高明〉 雅信
〈長德三〉 肥前權掾正六位上滋野朝臣相如〈自左大臣臨時給〉
〈長德元〉 遠江介正六位上田口朝臣幸來〈道―臨時給〉
〈長德元〉 美濃權介外從五位下秦宿禰輔光〈内大臣臨時給〉
〈永承二〉 越中權介正六位上源朝臣祐眞〈左大臣臨時給〉
〈康平二〉 但馬介正六位上紀朝臣末光〈左大臣臨時被申〉
〈延久五〉 但馬權介正六位上藤原朝臣賴高〈關白臨時給〉
〈治承三〉 相模權介正六位上藤原朝臣季長〈自兼―臨時申〉
〈右大臣臨時申〉
正六位上藤原朝臣季長
諸國介〈相模權〉
治承三年正月十六日〈○中略〉
納言
〈天元二〉 長門權介正六位上若麻續直元理〈大納言爲光中宮大夫藤原朝臣申〉 雅信
〈永觀二〉 加賀介正六位上件宿禰廣時〈中納言文範民部卿藤原朝臣臨時給〉 同
〈寛弘二〉 大宰大http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/km0000m00023.gif 正六位上平朝臣信賢〈大納言道綱東宮博臨時給無姓尸如何〉

〔除目大成抄〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0307目替掾二合
〈昌泰三正〉大和權少掾正六位上安倍朝臣惟良〈停春宮寛平九年給出羽懽少目坂上秋宗及同年一分二合〉 時平 〈延喜五正〉美濃權大掾正六位上伴朝臣良友〈停中務卿親王去四年臨時給同二年二分〉 同
〈天元四秋〉尾張掾正六位上民連全成〈太政大臣康保元年給權大目額田秀倫不任符秩滿替二合所任〉 雅信
〈天元元秋〉丹波權掾正六位上伴宿禰利主〈兵部卿親王申停天暦九年内給御處分常陸目式義二合任〉 同
〈長保元春〉備中權掾正六位上藤原朝臣善理〈停故太政大臣天元三年給上總權大目坂上岡眞二合任〉
轉任二合尻付事
〈今案〉故太政大臣(○○○○○)天元三年給、以件善理權大目而二合所任、
〈同人轉同國掾之時如此可有歟、若轉他國掾者可本國名其目也、〉
〈今案〉其人其年給以件某任大目、而去年依五節舞姫、二合所任、依五節轉任之 時如此可有歟、

〔園太暦〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0308 康永三年正月廿五日丙戌
内舍人橘光氏〈公賢臨時申○中略〉
掃部助藤原季景〈停權大納言藤原朝臣實去年臨時給河内介藤原信弘請息子一○中略〉
右京權亮藤原堯光〈停左大臣建武三年給二合去年八月所任伯耆權大掾春道花明請息子○中略〉
大和權守三善康文〈切也折紙雖子細大略也〉 大目天田有久〈關白當年給○中略〉
加賀大目山松繁〈右近大將藤原朝臣當年給〉
權少目藤井花盛〈參議藤原朝臣持當年給〉
伊勢掾藤井行爲〈内竪頭〉
尾張權目立花春榮〈權大納言藤原朝臣實當年給〉
參河權大掾淸原國安〈内賢散位〉
遠江目漢部重晴〈權大納言藤原朝臣名當年給〉 權少目磯部浪滿〈權大納言藤原朝臣當年給〉
伊豆權少掾藤井延弘〈内大臣當年給二合所任〉
甲斐權目坂田重久〈春宮權大夫藤原朝臣當年給〉

〔薩戒記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0309 應永三十三年三月廿七日辛酉
男正六位上長繁上レ任諸司助狀〉
右公卿子息給二合諸司助是恒規也、以件長繁任諸司助者、知奉公之貴矣、謹請處分
治承三年正月十四日 參議正三位平朝臣敎盛〈○中略〉
男正六位上久家當年給二合上レ任諸司助
右以公卿子息年給二合、請任諸司助者恒例也、望請早被拜任者、知公卿之貴矣、謹請 處分、
應永卅三年三月廿七日 參議從三位行左近衞權中將藤原朝臣定親

年爵

〔朝野群載〕

〈四/朝儀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0309 童爵申文
某内親王(○○○)家
正六位〈某〉姓朝臣名
右當年給爵所請如
年月日 書位

〔公卿補任〕

〈醍醐〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0309 延喜廿一年〈辛巳〉
參議從四位下藤邦基〈(中略)昌泰元年十一月廿一日、從五位下、〉〈太皇大后宮御給〉
延喜廿三年〈癸未○延長元年〉
參議從四位上藤扶幹〈(中略)同(仁和)三年五月十七日、從五位下、〉〈御即位陽成院御給〉
延長八年〈庚寅〉 參議從四位上平時望〈(中略)同(寛平)九年七月十三日、從五位下、〉〈御即位陽成院御給〉

〔公卿補任〕

〈朱雀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0310 承平七年〈丁酉〉
參議從四位上藤顯忠〈(中略)延喜十三年正月七日、從五位下、〉〈東宮御給〉
天慶二年〈己亥〉
参議從四位上藤敦忠〈(中略)同(承平二年)十一月十六日、正五位下、〉〈停中宮御給加階〉

〔權記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0310 長保二年九月廿三日丁卯、候御前之次、奏齋院(○○)被申臨時給爵給光尹加階事、御返事云、光尹事、先日自東三條院申之事、而受領吏買上階(○○○○○○)、於事不穩(○○○○)、仍不之、爲之如何、須他人、奏文注目録

〔本朝世紀〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0310 康和元年六月廿八日己亥、關白從一位内大臣藤原師、通公薨、〈○中略〉五年〈○延久〉正月七日、依親父左大臣讓、叙正五位下、卅日〈○卅日原作此日、據一本改、〉以東宮(○○)御給從四位下

〔兵範記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0310 仁平二年十二月十九日己卯、今夕藏人平義範叙爵、前女御(○○○)基子、〈○後三條天皇女御、爲准三宮、長承三年薨、〉未給云々、

〔玉海〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0310 嘉應三年四月廿二日丙寅、咋日有小除目、上卿源中納言雅賴、宰相左大辨實綱云々、〈○中略〉
叙位
正二位藤原實房〈建春門院(○○○○)去年御給〉 同邦綱〈坊官賞〉
院宮御給上階(○○○○○○○○)、未曾有事也(○○○○○)、

〔公卿補任〕

〈高倉〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0310 嘉應三年〈辛卯○承安元年〉
權大納言從二位藤原實房〈廿五、四月廿一日、正二位、〉〈建春門院去年未給〉
權中納言從二位藤原邦綱〈五十一、四月廿一日、正二位、〉〈坊官兩度預此賞〉

〔公家新制四十一ケ條〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0310 弘長三年八月十三日 宣旨〈○中略〉 一可諸院宮(○○○)叙位御給爲叙爵
仰、階級之恩、流例已存、然而近代人々昇進頗偏頗、於何可叙爵


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:59 (386d)