http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0375 四方拜トハ、正月元日寅ノ刻ニ、天皇其年ノ屬星〈屬星ハ北斗七星ノ中ニテ、本命ニ屬スル星ヲ云フ、〉及ビ天地山陵等ヲ拜シテ、年災ヲ禳ヒ寶祚ヲ祈リ給フ儀ナリ、清凉殿ノ東庭ニ屏風ヲ立テ繞ラシ、其内ニ御拜ノ座三所ヲ設ケ、机上ニ燃灯ヲ供シ、刻限ニ至リ天皇黄櫨袍ヲ著ケテ出御アリ、先ヅ屬星ノ名ヲ唱ヘテ之ヲ拜シ、次ニ天地并ニ東西南北ノ四方ヲ拜シ、最後ニ山陵ヲ拜シテ還御シ給フヲ例トス、此事モト我國固有ノ朝儀ニアラズシテ、宇多天皇ノ寛平二年〈或ハ元年トモ云フ〉ニ始リ、遂ニ歴朝歳首ノ恒例トナル、足利氏ノ中葉以降、皇室大ニ衰フルニ及ビテハ、諸國ノ兵亂、或ハ用途ノ不足等ニ由リテ、他ノ朝儀ト共ニ久シク中絶セシガ、文明七年ニ至リテ之ヲ再興シ、爾後漸ク之ヲ行フコトヽナレリ、凡テ此式ハ天皇ノ代始ニ當リ、日次不吉ナルカ、或ハ天皇幼少ナル時ハ、只御拜ノ座ヲ設クルノミニテ出御ナキヲ例トス、其他、諒闇、日蝕等ノ時ハ、或ハ拜アリ、或ハ然ラザルコトモアリテ、時宜ニ由リ一定セズ、院、宮、及ビ臣庶モ亦四方拜ヲ行フ、其作法大抵上ニ同ジ、但シ臣庶ハ、天地、四方、屬星、墳墓ノ外ニ、氏神、竈神、先聖、先師等ヲモ拜スルヲ常トス、

名稱

〔増補下學集〕

〈上一時節〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0375 四方拜(シハウハイ)〈正月一日也、江帥記云、鷄鳴於清凉殿東庭此事、〉

〔公事根源〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0375 四方拜   一日

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0376 四方拜といふ事は、元正寅の時に、すべらぎ屬星を唱へ、天地、四方、山陵を拜し給て、年災をも拂ひ、寶祚をも祈申さるヽ儀にて侍にや、〈◯中略〉むかしは殿上の侍臣なども四方拜をばしけるにや、近頃は内裏、仙洞、攝關大臣家などの外は、さることもなき也、〈◯中略〉屬星を拜して災難をのぞく趣は、天地瑞祥志といふ書にみえたり、

〔江次第抄〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0376 四方拜 拜屬星之由、載于天地瑞祥志曰、凡人有危難病苦之日、取人所屬星五穀等、各食二七枚井花水、日未出之時、向東再拜、一切難苦皆消滅、及口舌懸官皆解消也、

〔年中行事歌合〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0376 一番 左〈持〉 四方拜   女房
すべらぎの星をとなふる雲の上に光のどけき春は來にけり〈◯中略〉
四方拜と云事は、〈◯中略〉頌文などおほく侍れども、それまでは不注、今星を唱ると詠は、當年の星本命星を先七返づヽとなへ給事にやとぞおぼゆる、

四方拜式

〔内裏儀式〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0376 正月拜天地四方屬星及二陵式第一
鷄鳴、掃司設御座三所、一所此拜屬星之座、座前燒香置花燃灯、一所此拜天地之座、座前置花燒香、〈以上二座鋪短疊、拜天地座別鋪褥、〉一所此拜陵之座〈鋪疊〉天皇端笏北向、稱所屬之星名字、〈當年屬星名祿存字祿會、此北斗第三之星也、〉再拜祝曰、賊寇之中、過度我身、毒魔之中、過度我身、危厄之中、過度我身、〈◯危以下八字、據一本補、〉毒氣之中、過度我身、五兵口舌之中、過度我身、五危六害之中、過度我身、百病除愈、所欲從心、急々如律令、次北向再拜天、次西北向再拜地、以次拜四方、次端笏遥向二陵、兩段再拜、訖掃司徹御座、書司徹香花

〔延喜式〕

〈三十八掃部〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0376 元日平旦、設天地四方御座、前庭鋪長筵御屏風、三所敷半帖

〔西宮記〕

〈正月上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0376 四方拜、〈藏人行事、下雨時於射庭殿御拜、〉追儺後、主殿寮供御湯、鷄鳴、掃部寮敷御座於清凉殿東庭、立御屏風四帖、設御座三所、〈北面一所拜屬星、一所拜天地、一所拜陵、毎座有香花灯、〉主殿寮供灯、女官供作花香香花杯、爐机等在圖書寮、紛失後用土器類也、 藏人奉御笏式、〈◯中略〉次第如式、 北向稱屬星名再拜、次呪、 次北向

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0377 再拜天、 次西向拜地 次拜四方 次拜二陵、兩段再拜、
(裏書)或記云、設御座三所、 一所拜屬星之座 座前燒燃香花灯 一所拜天地之座 座前置花灯香〈已上二所、鋪短疊、拜天地座別鋪茵褥、〉 一所拜陵座〈鋪疊〉
延長九年正月一日、掃部奉仕、四方拜御裝束立御屏風八帖、鋪御座三枚於其内云々、于時不四方、仍不此座、〈◯中略〉
天徳五年正月一日、四方拜設二座、仰云、一座拜陵設二所失也云々、香爐奩具納温明殿
康保二年正月一日、依式可三座、而四所失也云々、香爐奩具納温明殿

〔江家次第〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0377 四方拜事〈正月一日寅一刻〉
追儺後、主殿寮供御湯、〈今案、雖當歳日蝕(下食)猶供、前朝仰也、近例御帷内藏寮以新獻之、〉 鷄鳴、掃部寮奉仕御裝束、於清凉殿東庭先敷葉薦、其上敷長筵、〈南北妻〉其上立御屏風八帖、〈太宋、或四帖云々不然、往年月令御屏風也、近代無之、〉 設御座三所〈副北屏風机、其南設件御座、〉前一日、書司就所請紙脂燭香等、〈藏人所也〉 一所拜屬星座、〈在西〉座前机燒香、置華燃灯、〈件灯机上更又置折敷高坏、其上居之、〉 近例拜天地座前机亦燃灯、〈件机爐坏等在圖書〉 一所拜天地之座、〈在東〉座前机置華燒香、〈其香花各盛中垸〉 以上座鋪短帖、拜天地座別鋪褥、或書云、書司立平文高机二脚、又御机一脚在御座右、藏人監臨之後置御笏、内裏式在南、近例在中、 一所拜陵座、〈鋪疊香爐奩具納温明殿、西宮勘物云、香爐奩云々、此亦不陵座、〉 天祿四年記云、北御屏風前立高脚三脚、供御明作花等、近例東机置香爐、自中階下御屏風西頭、敷筵道、上南第三間御出路、〈或上額間、或上晝御座間、〉 寅一刻出御、〈黄櫨御袍〉藏人頭候御裾、近衞次將取御劒前行、〈入屏風給之後候屏風外〉藏人持御笏、〈五位〉持式筥、〈蓋入内裏儀式、六位以上撿舊記、先雖置、近例祗候如此、侍臣等取脂燭、六位候仙華門瀧口戸下非常、〉 入御之間獻御笏、閉御屏風、 次皇上於屬星笏北向、稱御屬星名字、〈七遍、是北斗七星也、〉 子年貪狼星〈字司命神子〉 丑亥年巨門星〈字貞文子〉 寅戌年祿在星〈字祿會子〉 卯酉年文曲星〈字微惠子〉 辰申年廉貞星〈字衞不隣子〉 巳未年武曲星〈字賓大惠子〉 午年破軍星〈字持大景子〉 次再拜呪曰、〈◯註略〉賊寇之中、過度我身、毒魔之中、過度我身、毒氣之中、過度我身、〈内裏儀式在危厄句〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0378 〈下〉 毀厄之中、過度我身、〈内裏儀式作危厄〉五鬼六害之中、過度我身、〈内裏儀式作五厄〉五兵口舌之中、過度我身、〈内裏儀式在五厄句上〉厭魅呪咀之中、過度我身、〈内裏儀式無此句〉萬病除愈、所欲隨心、急急如律令、 次於天地、北向有天、〈庶人向乾〉其陽起於子、陰起於未於戌、五行大義云、土受氣於亥云々、以陽氣所一レ起爲天、以陰氣所一レ起爲地、尤可然歟、又皇天上帝在北、仍天子北向拜之、庶人不天神、又可一人儀、仍向乾坤之耳、 次西北向再拜地、〈庶人向坤〉 次東向再拜、〈九條年中行事起子終酉、子是十二神之始、雖據、内裏儀式已依次拜四方者、其四方是起東也、〉南向再拜、西向再拜、北向再拜、 次於南座山陵、〈毎陵兩段再拜〉 事畢開御屏風還御、所司撤御座等

〔江次第抄〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0378 四方拜 入内裏儀式 口傳云、内裏式四方拜篇、挿夾笇筥蓋、不筥由也、内裏式上中下、嵯峨天皇弘仁十二年、右大臣藤原冬嗣等奉勅撰、淳和天皇天長十年、更命右大臣清原夏野等詳加増損、然此書不四方拜、恐是至延喜式増入者歟、今案、内侍司式有四方拜篇、則延喜年中撰也、今謂之乎、

〔五行大義〕

〈四論七政〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0378 黄帝斗圖云、一名貪狼、子生人所屬、二名巨門、丑亥生人所屬、三名祿存、寅戌生人所屬、四名文曲、卯酉生人所屬、五名廉貞、辰申生人所屬、六名武曲、巳未生人所屬、七名破軍、午生人所屬、

〔雲圖抄〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0378 正月正朔寅刻四方拜事〈◯圖略〉
一所拜屬星之座前燒香、置花燃燈
一所拜天地之座、置花燒香、 以上二座鋪半帖、拜天地之座別敷褥、件褥紫絹也、或屬星座敷褥、
一所拜陵之座 件座、或與星座平頭敷之、
 次第〈口傳曰、内裏式四方拜、簾挿夾筭、秘説云々、或又前日夕獻、或於御所呪文御笏云々、可時議云々、不遲明之時、或候指燭、〉
追儺畢奉仕御裝束、〈行事藏人不裝束例也〉刻限奏事由、先供御浴出御、〈御束帶入御之間、開御屏風西口、藏人頭候御下襲裾、供御草鞋、藏人二人候御笏并式御筥、近衞司候御劒、〉次獻御笏、〈頭傳獻之〉先御西御座、〈屬星、無褥、〉北向稱屬星名、次再拜、次呪、次東御座、〈天地四方、無褥、〉先北向拜

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0379 天、次西北向拜地、次四方〈自東始之〉次南御座、〈陵〉兩段再拜、次隨天氣藏人頭參進、開御屏風御笏、更給藏人、次入御、撤御裝束
 凡爲職事之頭已下皆悉祗候云々、事了之後各退出、六位下臈二人不出、

〔建武年中行事〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0379 春をむかふるほどは、内わたりなべてことしげヽれば、いづくを初めなるべしともわきがたきやうなれど、ところ〴〵の御裝束ども、とのもりかもりの女嬬共、さわがしくいそぎとヽのへたるに、追儺はてヽ、砌のともしびどもかすかに見えわたるほど、四方拜の御裝束いそがすめり、事行ふ藏人小舍人やうのものこえ〴〵に、ことにつきたるも、折から所得たりがほなり、大宋の御屏風庭に立めぐらして、御座を北面によそふ、主殿司御湯をくうず、〈是よりさきに御ゆする有べし〉御ゆどのはてぬれば、寅の時に御褂の人めして御裝束たてまつる、〈◯中略〉清凉殿の三間の格子をあげて出おはします道とす、〈雨降ときは、御座を弓場殿にまうけたるによりて、額の間より出させ給ふ、額の間とは南より五間二間のそばなり、〉筵道布毯をしきて屏風のもとに至る、うへのをのこどもしそくさす、近衞の中將御劒にさぶらふ、屏風のもとにて藏人頭御笏をまゐらす、先北辰を拜する座にて二拜、〈屬星の名をとなふ〉次に天地四方を拜する座に著き給ふ、御座のうへに褥をしく、北向にて天を拜し、乾にむかひて地をはいす、子のかたより卯午とり四方各皆二拜なり、御座のまへに白木のつくゑに香花燈を置り、北辰を拜する座に式筥を置、〈くら人是を置〉若二陵あらば、うしろに又一帖是をしく、おの〳〵兩だん再拜なり、御座は皆兩面のみじかきたヽみなり、御拜はてヽ入らせ給ふ、藏人頭御さうかい御笏を給はる、

〔後水尾院當時年中行事〕

〈上正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0379 朔日、四方拜とらの一刻なれば、とうより御ひるなる、常にならします方にて先御手水まゐる、はいぜんの上臈はかまばかりきて、御手洗をもてまゐる、はいぜんとりて御前におく、次御うがひ楾等の物をもて參る、御手水をはりて後御湯を供ず、是より先にかなへと御ゆをはこぶ、刀自取傳へて御ゆどのをかまふ、御手水のはいぜんの人、御ゆどのにむか

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0380 ひて御湯の冷暖をこヽろみ、事具するよしを申せば、御ゆどのへわたらせおはします、同人御湯かたびらを奉る、かう藥は今にあれど參る迄の事はなし、〈◯中略〉刻限かちん參りてのち清凉殿になる、内侍燭を持て御先に行、次に勾當のないし、晝の御座の御劒をとりて參る、御後には女中御ともす、何もはかまばかり著也、〈けふより十日までは、常にはかまをはなたず、◯中略〉御裝束のち同所にて御きよ手水參る、先陪膳の人御前にすヽむ、手長御手水をもて參る、楾を御手洗の中に入楾のふたをうちかへして、其中に深草土器一ツ俯にかはらけをとらせ、たらひの中へ抛玉ふ、是より先にはいぜんの人、楾を御手洗の中よりとり出し、うちかへしたるふたをしあらためて、御手水をかけ參らす、御手拭には大たかだんしを用ふ、〈件の次第、御清手水の時毎度如此、〉次に出御、御もや北第二間をへて、がくの間より出おはしまして、東階にかまへたる打板より、東の庭にくだらせおはしまして、天地四方を拜せさせ給ひ、四方拜のしだいは、今も古世のためしにかはらず、しるす事の多ければ、委記するに及ばず、四方拜をはり常の御所に還御なり、

〔近代年中行事細記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0380 四方拜催方條々〈諸公事早參事、奉行外稱職事一例也、〉
兼日奉行職事候關白里亭、申御裾之由、〈關白爲不參、藏人頭勤仕之、〉 次御劒次將、脂燭侍臣早參等以一通之、〈内々以白紙之、折紙也、〉三折、 兼日御劒脂燭等之侍臣、記折紙天覽、以御點之、〈右之輩現所勞者重奏、其餘同右、〉于時脂燭侍臣等之員數應天氣、〈◯中略〉 自承應萬治寛文、新院御在位之頃、奉行職事散状等直備天覽、不御劒之次將關白之餘事同前、〈◯中略〉 脂燭之人數多少事、三人五人七人可時宜、六位藏人脂燭勤仕之事、強非定儀歟、但近代六位〈江〉相觸也、或於禁中臨期催之云々、〈◯中略〉 地下諸役 出納〈清凉殿御裝束并殿上等裝束〉 掃部寮〈筵道布單并庭上御座御屏風等設之〉 木工寮〈掌燈脂燭御明御屏風花爐庭燎〈庭上〉燒之、御明花爐、御屏風之内設之、〉 女嬬〈清凉殿掌燈ヲ掻女嬬者、出納催之、謂主殿女嬬、〉 南座〈燈階、近代謂懸燭、甚非也、〉 内竪〈御草鞋〉 修理職〈打橋兼日調之◯中略〉 構庭上御屏風之事
 往古謂於大宋御屏風、依小近代用他屏風、奉行職事、内々下知于極臈、令御屏風、自中階

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0381御屏風西頭筵道、〈◯中略〉
四方拜次第 主殿寮供御湯、〈近代主殿寮不之、内々御沙汰也、但毎日之御湯從温明殿之、今日亦同前、〉 鷄鳴、掃部寮奉仕御裝束、於清凉殿東庭、先敷葉薦、其上敷長筵、其上立御屏風、〈御屏風、員數不定、〉設御座三所、〈委見繪圖〉 寅一刻出御、〈◯註略〉關白被御裾、〈爲不參者、貫主勤仕之、〉近衞次將取御劒〈晝御座〉前行、〈主上御左横行〉侍臣取脂燭前行、〈主上御右、下臈爲先、〉六位藏人持御笏、〈極臈申出御、劒御笏式筥等、勾當内侍於議定所之於極臈、極臈令式筥下出納、御笏傳差次藏人、〈令召差次藏人傳之〉〉主上御服之間置御劒於晝御座、極臈守護之云々、御屏風之中〈爾〉入御之時、授御笏於五位職事、則獻之、〈(中略)職事獻御笏之時、令御扇取改、還御之時亦如此、貫首候御屏風邊入御之體、此間御劒次將持御劒、候御屏風外邊、脂燭侍臣等廻打橋之北方居、〉
次御所作了還御〈如出御

〔故實拾要〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0381 四方拜 是天子正月元日寅刻、清凉殿ノ東庭ニ出御在テ、屬星ヲ唱ヘ玉ヒテ、天地四方ノ山陵ヲ拜シ、年災ヲ除キ、寶祚ヲ祈リ玉フ御事也、此時清凉殿ノ東庭ニ修理職假橋ヲ設ク、掃部寮筵道ヲ敷ク、其上ニ内藏寮ノ官人布毯ヲ敷、御屏風ヲ立テ、内ニ掃部寮構御座、木工寮圖書寮安置火舍、造華燎(トウ)、庭燎、立明、主殿寮沙汰之、 同出御 御簾 御裾 關白役之、或頭中將役之、又御簾御裾關白役之トハ、天子出御ノ時、關白御簾ヲ被搖事也、又御裾ハ御裝束ノ裾也、是ヲ關白或ハ頭中將奉持之事也、 御劒 左右近衞中將役之 御笏 御草鞋 職事役之、内竪奉之、又御笏、御草鞋職事役之トハ、職事ハ辨官ノ事也、御笏ヲ持テ、御草鞋ヲ召サセ奉ル事ヲ役スル也、内竪奉之トハ、内竪ハ庭上ノ官人也、御草鞋預ル者ナルガ故ニ奉之ト云、 脂燭 四位五位ノ殿上人役之、御藏調進之、又脂燭ハ四位五位ノ殿上人、天子出御ノ時、御先ヘ脂燭ヲ以テ二行ニ列シ、横ニ歩スル義也、御藏調進トハ、御藏ノ官人ヨリ件ノ脂燭ヲ調ヘ上ルノ義也、

〔友俊記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0381 四方御はいの事 元朝子の刻にもよほされ、清凉殿の東庭いさごのうへ階前の中央に、臘晦の夕かたより、すりしきかりばし(假 階)を階よりいさごのうへにかけおろし、すいぬい(出 納)さたし、御

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0382 びやうぶ六ツをり、松竹鶴のゑかけるを二そう、さくよ(尺 餘)の板を御びやうぶにうちつけてひきかこみ、その中に大宋の御びやうぶ二そう〈今にては韃の狩のゑやうにみゆる也、近頃にては、唐人打毬のかたちをかけるやうに、ある記に見えたり、〉引廻らし、なふさは御かうしをあげ、かもりりやうむしろをしきまうけ、くらりやうの官人ふたんをしき、すりしきふたんの兩わきを板もてうちおさへ、清凉殿よりかりばしの上におよぶ、もくりやうあんとうだい(案 灯 臺)をもふけ、づしよりやうくわしや(火 舍)みつの案ごとにおく、御香爐ひとつ案におく、によじゆ御殿のせうとうさしあぶら、とのもりやうたてあかし、うちわらはそうかいをたてまつる、兩武士〈關東よりつけらるヽ〉ていしやうのびんぎある所にかうずるなり、寅の一天にしゆつ御職事兩人御さきにすヽみ、御びやうぶの兩方を少しひらく、極臈しそくをとり、五位殿上人兩人四位兩人、ふたんの外御座右につき、頭の中將御劒、御前のかた西をかしらとしてもち、みななんぼくりやうれつ横行、〈前行脂燭はヾかるゆゑなり〉主上出御、關白あるひは頭の辨御裾、公卿殿上人衣冠供奉なり、其うちに御外戚たる老體の公卿殿上人衣一しほに御そばにそひてまゐらる、〈これは享保五年の頃見侍し事をこヽにしるす、時によるべし、〉天皇御びやうぶのうちに入らせ給ひて、職事御びやうぶの兩はしを折ふさぐ、西の御脇供奉伺公の公卿殿上人皆々かりばしを下り、いさごのうへに平伏し、御劒もてる中將、御びやうぶの兩脇の職事兩人のみ、かりばしに殘り平伏し、或は蹲居す、御劒此時は東頭にもつ、主上御拜のあひだ半時ばかりあり、〈◯中略〉御はいをはりて御びやうぶの兩脇をひらき、脂燭の殿上人極臈はじめのごとく下臈をさきとし、御劒東頭にして布氈の外をゆく、天皇入御まし〳〵、庭上の諸司御かまへをてつす、藏人御草鞋を階より内竪にさづく、内竪戸屋主にとりをさめしむ、かりばし、ふたん、えんどう、案とうだい、御びやうぶ等とりをさむ、立あかししめし、御にはのもろもろつかさたいさむ、〈武家これよりさきに退出す〉

〔官庭行職志〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0382 正月元日寅刻、四方拜、清凉殿東階假橋ヲ懸、筵道布氈ヲ敷、庭上ニ出納大宋屏風ヲ立、

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0383 内ニ御座構、四方ニ案ヲ置燭ヲ立、上ニ火舍花置、掃部寮主殿寮庭燎立明沙汰之、内掌燈女嬬勤之、 出御 御簾 關白或頭中將頭辨モ勤之 御裾 御劒 左右中將勤之 御笏 職事勤之 御草鞋 内竪奉之 脂燭 中將、少將、侍從、六位藏人勤之、奉行職事 假橋 修理職勤之 太宋屏風 出納勤之 御座筵道 掃部寮調進之 案 木工頭同 火舍 圖書頭同 布毯 内藏寮官人勤之 庭燎 主殿寮調進 立明 同勤之 脂燭 御藏調進 内掌燈 女嬬勤之 御草鞋 内竪獻

〔嘉永年中行事〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0383 正月朔日四方拜 寅の刻の定なれば、とくより御ひるなる、常の御座にて先御手水をめす、釜殿御湯を運ぶ、女官取傳へて御湯殿を構ふ、御陪膳の典侍事具するの由を申せば、御湯殿に渡らせおはします、同人御湯帷を奉る、御湯終りて當御殿上段中央の御座に渡らせおはします、典侍袴をきて御鬢をかき御冠を奉る、垂纓紙捻を御かけあり、又御襪を奉る、下の大口ばかりをめす、御束帶あるべき料なり、典侍御前にて御笏紙を押す、次に御裝束を廣蓋に載ながら、下段の中央の南の方にて御服の人に授く、清凉殿迄は常の御袴を大口の上にめす、次に清凉殿へ出御なる、内侍燭をとりて御さきに行く、次に勾當内侍晝御座の御劒を持て參る、内侍御笏と式とを箱の蓋に載せ持て御供す、朝餉の御座に著御なりぬ、次に〈◯中略〉御裝束の後同所にて御清手水供ず、御陪膳御前に參り、御脇足を御前に置く、次御楾角だらいを供ず、ぬきすを角だらいに引廣げ置く、是よりさき御手水の中に入楾の蓋を打返して、其中に深草土器ひとつを伏す、かはらけをとらせ給ひて、御口を三度すヽがせ給ひて後、土器をたらひの中へ抛させ給ふ、御陪膳楾を御手水の中より取出し、打返したる蓋をし、改めて御手水をかけ參らす、手拭には小鷹檀紙を用ふ、御手水女中障りあれば、内々の男方奉仕す、寅の刻許に額の間より御草鞋をめして出御なる、關白御裾に參る、〈不參なれば藏人頭つとむるなり〉中少將の人晝御座の御劒を持て參る、職事御笏と式の箱を

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0384 持て候ず、殿上人脂燭をもて前行す、東庭に下御なりて、兼て設けたる御屏風の内に入らしめ給ひ、御笏をめす、職事奉る、先屬星、次に天地四方の神祇、次に山陵など、何れも其方に向ひて御拜あり、此三所御座ごとに机を立て、香を燒き、華を立て、灯を供ず、終りて入御なる前の如し、〈◯中略〉應仁大亂の後しばしは絶たりしが、文明七年再興せられたり、

四方拜例

〔年中行事秘抄〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0384 元日四方拜事、寛平二年正月朔四方拜云々、向乾方后土及五星、〈見御記〉雪雨時於射場此事、又須鷄鳴畢拜、〈已上見村上御記

〔江次第抄〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0384 四方拜 四方拜縁起未明、但日本紀曰、皇極天皇元年八月朔、天皇幸南淵河上、跪拜四方、仰天而祈、〈◯中略〉又宇多御記云、仁和四年十月十九日、我國是神國也、因毎朝敬拜禮四方大中小天神地祇、敬拜之事始今度、一日無怠云々、拜四方之證如此、元旦四方拜事、始見于寛平二年御記、疑是濫觴乎、

〔公事根源〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0384 四方拜〈◯中略〉此事いつ始まるともみえず、仁和五年〈◯寛平元年〉正月寅の刻に、天地四方屬星山陵を拜し給由、宇多の御門の御記にのせられたれども、濫觴とは見えず、また皇極天皇雨を祈給とて、南淵の河上に御幸有て、四方を拜し給ければ、雨五日まで降けるよし、日本紀にのせられたれば、是などをやはじめとも申べからん、
◯按ズルニ、上ノ三書皆宇多天皇ノ御記ヲ引ク、而シテ年中行事秘抄及ビ江次第抄ニハ、寛平二年ノ事トシ、公事根源ニハ、仁和五年即チ寛平元年ノ事トス、何レヲ以テカ正トスベキ、姑ク共ニ録シテ後考ヲ俟ツ、又皇極天皇ノ祈雨ノタメニ、四方拜シ給ヒシコトハ、元日ノ四方拜トハ其義自ラ異レバ取ラズ、

〔親信卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0384 天延元年正月一日、鷄鳴、四方拜事、其儀依立御屏風八帖、其内迫北立高机三脚花等、〈高机并銅器等相求、仍宛之、〉亦以東第一、〈燃香盛土器、居折鋪、〉第二〈明并作花、居折鋪高坏、〉第三〈如第一〉以南供御半疊三枚、拜屬星御座在西、〈有褥、〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0385 〈件褥書司女嬬供之、〉拜天地四方御座在東、拜二陵御座當屬星御座南、御裝束了、寅一刻奏事由、即御出、藏人奏御笏候、〈作法在別〉裝束訖後、未出御前鋪縁道、先是召仰掃部官人并書司女官、從藏人所作花料色紙廿枚、名香燈心油、折敷三枚、高坏一本、高机三脚等、先皇〈◯冷泉〉御時件具等不傳來、仍俄無其具、用土器折敷等、 先御西御座〈屬星、有褥、〉北向稱曰、武曲星字賓太、即再拜呪曰、呪如例、〈◯圓融天皇生年未〉 次御東〈天地四方、無褥、〉北向拜天、西北向拜地、次四方、〈自東始〉 以上各再拜、合十二度、 次御南御座、〈二陵、無褥、〉先向西方皇考、次向辰巳皇妣

〔小右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0385 治安四年正月一日庚寅、天晴雲收、星位分明、四方拜如恒、

〔明月記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0385 建暦三年正月朔日癸卯、曉更少將〈◯藤原爲家、定家子、〉自内退出候四方拜御劒云々、其儀南庭供御裝束御屏風八帖、以西爲口、棟基爲家供御裝束、頭中將候御裾、爲家取御劒前行、座御屏風口南方、〈北面座〉棟基獻御草鞋、頭獻御笏、藏人永光脂燭、御笏筥、式筥等一身勤仕、自餘六位不候云々、

〔吉續記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0385 文永五年正月一日、自去夜祗候、禁裏四方拜如法、寅刻、頭中將御裾、頭辨〈忠方〉御草鞋、御劒役實盛朝臣、光朝、予、六位等候脂燭、御拜座如常、撤山陵御拜座、拜龍顏退出、御湯帷奉行六位不下知、職事同不申沙汰之間、内々有御沙汰、若古物歟、如此事尤兼可尋沙汰

〔園太暦〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0385 觀應二年十二月廿六日、一條注進、四方拜儀、 追儺之後、藏人召仰諸司御裝束、掃部寮清凉殿東庭當南第二間、去石階七尺許鋪葉薦、其上鋪長筵、〈南北行〉其上立廻大宋御屏風八帖、〈西宮藏人式四帖〉其中設御座三所、 一所拜屬星御座〈西北角、鋪淺黄縁半帖一枚、〉 一所拜天地御座〈東北角鋪同半帖一枚、〈東西妻〉其上敷褥、御座前立高机三脚、東机置香、中机置作花、置折敷土高坏、左右置燃燈、各置打敷土高坏、西机置香爐、〉 一所拜陵御座〈南邊敷同半帖一枚〉 自御屏風西階下筵道、上晝御座南第三間格子、爲出御之道、〈藏人置御笏并式筥於屬星御座、近代者御笏者於御屏風外、入御之間奉、〉主殿寮供御湯、 寅刻出御、〈◯註略〉近衞次將取晝御座御劒前行、藏人頭獻御挿鞋、即候御裾、他職事等取脂燭祗候、入御之後閉御屏風、 先著御拜屬星御座、向北稱屬星名字、〈七返〉 子年人〈貪狼星字司命神子〉 丑亥年人〈巨門星字貞文子〉 寅戌年

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0386 人〈祿存星字祿會子〉 卯酉年人〈文曲星字微惠子〉 辰申年人〈廉貞星字衞不隣子〉 巳未年人〈武曲星字賓大惠子〉 午年人〈破軍星字持大景子〉 次再拜 次稱呪〈◯中略〉 次著御拜天地御座、向北再拜天、向西再拜地、次各再拜四方、〈東西南北〉 次著御拜陵御座〈兩段再拜〉 次入御、先返賜御笏、兩儀設御座於射場殿、經殿上々戸并無名門出御、〈◯中略〉
鷹司注進公家四方拜次第〈元日寅刻〉 御裝束儀〈鷄鳴、掃部寮奉仕之、〉 清涼殿額間上格子、〈依曉更、出御間一間上之、〉當階間庭上、立廻御屏風四帖、其内敷葉薦、其上敷長筵、供御座於三所、〈北面〉南半帖一枚、〈山陵拜料〉其北東方敷褥、〈天地四方拜料〉其西敷半帖、〈屬星拜料〉其北寄東立机置香、其西又立机置造花、其西又立机置香爐、書司女官供之、主殿女官供燭、自出御間于御屏風下筵道、 追儺之後、主殿寮供御湯、御帷内藏寮獻之、親雖歳下食猶供之、 時刻〈寅〉出御、〈◯註略〉自額間〈或南第三間〉下東階、令御屏風、藏人頭候御褥、〈頭不參者五位藏人〉近衞次將〈縫腋〉取晝御座御劍前行、令御屏風給之間、獻御笏御御屏風裏、〈其後閉之〉 先於拜屬星御座北面、稱屬星名、〈七遍〉再拜呪曰、〈◯中略〉 次北面再拜天、西北向拜地、次拜四方 次拜二陵、〈於陵者隨時〉兩段再拜、〈◯中略〉
内侍所行幸、并四方拜説々不同事可注進之由謹承了、四方拜條々所見一通令書進候、非當職之間、出御次第者加斟酌、仍内々如此令注進候、若別勅候者重可作進候也、且可其意候哉、〈◯中略〉恐恐謹言、
 極月二十六日   判
 二條注進四方拜條
一御裝束事 行事藏人任例可申沙汰也、説々雖不同事、延久御抄可正説、又雲圖抄所存無相違、但今年若爲最初者、可山陵御拜歟、聊有所見、雖御拜猶儲其座、先規不同也、
一拜屬星給事再拜〈本命星、當年星、各七返令名字給爲正説、〉
一呪文事 賊寇之中、過度我身、毒魔之中、過度我身、毒氣之中、過度我身、毀厄之中、過度我身、五鬼之

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0387 中、過度我身、五兵之中、過度我身、厭魅呪咀之中、過度我身、萬病除愈、所欲從心、急々如律令、
内裏式以下如此、所存又別、
一拜天地給事〈各再拜〉 向北拜天、〈本意〉向西北地、〈所存如此、或向西拜地、先規不同也、〉
一拜四方給事〈各再拜〉 先東、次南、次西、次北、〈説々不同歟、所存如此、〉
一拜山陵給事 兩段再拜〈兩段之間有御揖〉 若爲初度者可略歟、聊存先規、但先例不同候上者、可時宜、〈◯中略〉
一雨儀可弓場歟、可殊稱其所
一御湯殿事、不歳下食先規也、
一出御儀〈(中略)掃部寮設筵道〉 藏人頭候御裾、近衞次將候御劍、〈晝御座御劍〉侍臣等取脂燭、藏人二人持御笏并式筥等、開御屏風入御之間、藏人頭獻御笏、藏人置式筥於御座前
一御拜次第 先著御屬星御座、正笏向北稱屬星名字給、〈七遍〉次再拜、次稱呪文給、次又再拜、次著天地給、向北再拜天、次向西再拜地、次各拜四方、〈東西西北〉次著御拜陵座、兩段再拜、〈初年式殊略之也、可時宜、〉次入御、〈職事給御笏
  此外御裝束以下事、行事藏人任例可申沙汰、別無所存、且又年々不同歟、

〔實隆公記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0387 文明七年正月朔日辛亥、傳聞、今朝有四方拜、奉行職事政顯也云々、亂後今年始而有(○○○○○○○)公事再興之面影(○○○○○○○)、珍重々々、幸甚々々、一天之昇平、宜今春者歟、

〔親長卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0387 文明七年正月一日辛亥、被四方拜、〈亂後諸公事停止、適今年及此沙汰、珍重々々〉

〔晴富宿禰記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0387 文明十二年正月一日壬午、四方拜有之、此一事再興(○○○○○)、此外諸事停止也、

〔親長卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0387 文明十二年正月一日壬午、寅刻許參内、〈衣冠〉召具元長、四方拜奉行之故也、主上〈◯後土御門〉御寢奉行令參了、刻限之由者可申云々、諸司未參、其間事不申、先刻限御湯事不遲々之様、可

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0388 殿之由申女中、催諸司了、少々參集之間〈主殿寮未參、木工寮掃部寮等巳參云々、〉申其子細、以藏人女孺、〈候内侍所云々〉渡御屏風、〈藏人源富仲自御所出之金縁付御屏風一雙、大宋御屏風一枚、墨繪御屏風一枚、以上四枚也、〉掃部寮於庭上之、御座〈半帖也〉三枚敷之、〈敷様見雲圖抄〉階間并左右上御格子之處、仰云、可階間許歟、依仰改了、暫申歳末之御禮、被御前、條々有勅語之旨、年始公事一向無沙汰之間、堅被武家之間、四方拜并平座等可行之由被申云々、珍重之由申入了、次御湯之後令御裝束給、〈源大納言參候〉次出御、中將〈宣親朝臣〉候御簾、〈宣親朝臣初夜之時分來宿、御裾取之様、御簾卷之様、巨細教訓了、〉元長、獻御草鞋、言國朝臣候御劍、〈兼相觸了〉著御御屏風之内後、元長取御草鞋退入、持參御笏、〈◯中略〉次有御拜、次入御如始、次退出曉天之時分也、

〔二水記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0388 永正十五年正月一日辛丑、寅刻有四方拜出御、〈◯中略〉雨儀也、軒廊下〈東第二間南方〉構御屏風、時刻出御簾中、先之御劍次將、脂燭殿上人等候簀子、〈中院中將〉通胤朝臣取晝御座之御劍、〈六位兼置之〉於簀子磬折、次左少辨資定參進褰御簾御草鞋、〈今日職事一人也、依兼置傍、〉執御裾、此時雅綱朝臣〈位次通胤朝臣之上首也、於御劍所存、不覺悟歟、如何、〉橘以緒、藤原氏直等取脂燭前行、從階間出御、〈舊儀三間上格子、近年階間一間云々、〉經長橋紫宸殿西庇等渡御、〈西階破損大狹少也、依御草鞋ヲ脱テ階ヲ有降御、堅固之儀也、奉行當座故實也、〉從御屏風東方入御、夜已欲明之間、不拜還御、令退出了、雨儀近年稀有之事也、抑御裾役之事、已爲關白之所役、五位職事不打任事也云々、資定今日公事之奉行初度也、於其身者當于時祝著者歟、

〔二水記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0388 永正十六年正月一日丙申、傳聞、有四方拜、出御、其儀如例、御簾御裾等、頭辨内光朝臣役也、御草鞋傍頭秀房朝臣役也、御劍重親朝臣役也、脂燭殿上人範久、源諸仲、藤原氏直等云々、還御已及晨明云々、抑穢中出御之事、舊冬被兩局之處、大外記師象親朝臣准據之例一兩條分勘申之云々、太不分明云々、時元宿禰申旨無風聞如何、今度此事人々有議定、觸穢中有其例云々、又江次第中之例多端、兩局不見及之條不言之由、或人語予了、誠不可説之事歟、

〔江家次第〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0388 四方拜事〈◯中略〉 内裏穢時猶被行例 應和三〈中宮産穢、去年十二月廿七日、〉延久二〈件年代初最前之四方拜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0389 〈也〉承保二〈中宮産穢、去年十二月廿六日、〉

〔御湯殿の上の日記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0389 弘治三年正月一日、四方ばいあり、奉行權辨、御ふく藤大なごん、御まへしやうぞく永相朝臣、御れん御裾あつみつ、御さうかいつねみつ、しそく永相朝臣、六位ども不參也、文祿四年正月一日、四はうばいあり、ぶ行右少辨つねとを、御れん御きよ左右大辨、すけたね、ぎよけんさねえだのあそん、もとつぐのあそん、ゆきながのあそん、しげさだのあそん、ためちか、のりみち、さねあき、もと久、しんくら人なり、御ふくとうさい將、はく三位、ひの御ざのぎよけん、御しやく、しきのはこ、きよくら人にながはしわたさるヽ〈◯中略〉四はうばいにしこうのおとこたちすゑにて御いはいあり、

天皇不出御

〔江家次第〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0389 四方拜事
諒闇(○○)設座不拜、〈延久五年諒闇無御拜、依右大臣被一レ申也、寛徳同之、四條記曰、天暦諒闇年有御拜云々、此事有疑、九條大臣著吉服之、見彼私記、〉 代初(○○)忌欠日行〈治暦五年、應徳四年凶會日設座、依幼主御拜、◯中略〉 御物忌時(○○○○)無御拜、但御裝束如例、〈天慶七年◯中略〉 幼主(○○)設座不拜〈承平元年〉 東宮(○○)無四方拜、前朝之仰也、代始當欠日、右大臣被申云、可忌否條可青闈時候〈不、〉仰曰、青闈時無拜、仍可忌、〈治暦五年◯中略〉 日蝕年例(○○○○)可尋〈延喜十二年日蝕、四方拜如恒、寅時日蝕例可尋、〉 設座臨時不出御例〈天慶二年、同三年、應徳二年、同三年、〉

〔日本紀略〕

〈一醍醐〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0389 延喜三年正月一日癸卯、不拜、

〔中右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0389 寛治三年正月一日壬申、今朝無四方拜、依幼主御時例也、 四年正月一日丁卯、四方拜間有御出、幼主無此儀、仍御元服後、初有此事也、

〔台記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0389 康治二年正月一日己丑、今日日食、〈◯中略〉稱四方拜事撿先例、治暦四年雖日食此事、見御暦、猶依疑、去年仰大内記藤令明、文章得業生成佐、友業、〈无官六位〉令申漢家之事、令明、友業申有之由、成佐申止之由、案之以理因止之、但公家不一定、隨當日蝕否廢務云々、稱四方拜如何由問右將軍、報云依日食止故未蝕否之前、不四方拜歟、因停止之、〈◯中略〉後日友業、成佐等云、見

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 出間少蝕也、通憲云、全不蝕、當世之才士只此三人耳、因記申備後鑑、又民或云有蝕、或云无蝕、昭十七年左傳正義曰、日食、王或有社親伐鼔之時云々、以之案之、我朝日食不其光、无怖歟、然則日食、四方拜无其憚乎、兩才士不此文、不見乎、自今已後、雖日食四方拜者也、

〔園太暦〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 貞和五年正月一日癸巳、四方拜小朝拜、依日次不一レ宜、今年無其沙汰、外記注進例如此、治暦五年正月一日、被四方拜、依代始九欠日也、 延久元年正月一日、被四方拜并小朝拜、依日次不一レ宜也、 寛治元年正月一日、被四方拜小朝拜、依凶會日也、〈◯中略〉 承久四年正月一日、被四方拜小朝拜、依代始日時不一レ宜也、

〔輔世卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 天保十一年十一月十九日乙巳、仙洞〈◯光格〉崩御、 十二年正月一日丁亥、四方拜節會等、主上從舊獵御倚廬間不之、年始嘉儀參賀勿論止之、

〔實久卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 弘化四年正月一日辛巳、今曉内裏四方拜、被御座、無出御、〈諒闇中兼日無出御旨被仰下、仍一催無之、〉
 ◯按ズルニ、諒闇必シモ出御ナキニアラズ、四方拜式ノ條ヲ參看スベシ、

院宮四方拜

〔兵範記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 仁平三年正月一日辛卯、天皇〈◯近衞〉太上天皇〈◯崇徳、中略、〉四方拜如例云々、

〔弘安九年記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 正月一日戊辰、傳聞、本院四方拜、御裾〈大炊御門中納言〉御劍〈具顯朝臣〉御沓〈邦仲朝臣〉脂燭〈邦仲朝臣〉予著衣冠、辰刻參富小路殿、所々鋪設以下其夜未改終之所々仰女孺、御所持等一々令仕之

〔花園院御記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 元亨二年正月一日己巳、辰一點拜天地四方例年、屬星拜以後、四方拜以前、拜神宮例、是文永六年以後深草院御所爲也、脱屣以後如此、

〔園太暦〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 貞和二年正月一日辛巳、今曉上皇四方拜、大夫御簾依催申領状、今朝及巳刻其告、參仕云云、白晝出現大難治事也、

〔薩戒記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0390 應永二十五年正月一日壬子、寅刻許著束帶〈不劍笏〉參院、爲宮四方拜御劍也、〈昨日吉田宰相家俊以消息示送、四方拜可御劍之由也、〉同終刻出御、〈御束帶〉階間先予〈懸裾〉參進賜御劍、〈出御間西間也、女房被之、自簾中之、〉退候西方、大炊御門大納

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0391 言〈宗氏束帶〉參進候御簾、〈母屋之簾本自皆上之也〉次頭義資朝臣於長押下御沓、則予先行、〈御左方〉屏風〈自餘人用之〉入御御屏風内、次頭辨獻御笏、先廳官儲之、藏人左近將監橘以盛傳之、〈内并院藏人兼帶也〉令御笏御之後、返給筥於藏人、次大納言閉御屏風、次御拜畢、亞相被御屏風、次頭辨取御硯筥蓋〈如上〉參進、賜御笏返授藏人、次又頭辨取御沓〈藏人傳之〉獻之退下、〈毎度居〉次入御、〈予立渡御左方前行、於階下先不昇也、〉大納言被御簾、〈大納言出御并入御之時、兩度自懷中笏、無用心之見苦、〉次予奉入御劍於簾中〈被出之間也〉退下、頭辨取御沓退下、〈自簀子御沓〉大炊御門大納言以下則退出云々、參經之所、兵部卿永俊卿、右兵衞權佐永宣〈已上父子奉仕御裝束也〉等祗候、有一獻事畢云々、退出、于時夜未明、出御之間御隨身奉仕松明也、

〔薩戒記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0391 正長二年正月、院四方拜有無可尋也、近例間被之也、

〔宗建卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0391 享保二十一年正月一日、今曉院中四方拜、應永廿五年之例也、女孺著衣事可書入、世諺問答畫之事可書入也、今是謂帶輩

臣庶四方拜

〔江家次第〕

〈二十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0391 關白四方拜
追儺後、御湯殿、 鷄鳴出御〈御裝束如式位袍、庶人卯時、〉 端笏北向、稱屬星名字七遍、 寅年人〈祿存星字祿會子〉 未年人〈武曲星字賓大惠子等類也〉 次再拜呪曰 賊寇之中、過度我身、毒魔之中、過度我身、毒氣之中、過度我身、毀厄之中、過度我身、五鬼六害之中、過度我身、五兵口舌之中、過度我身、厭魅呪咀之中、過度我身、萬病除愈、所欲隨心、急急如律令、 次北向再拜天〈庶人乾向〉 次西北向再拜地〈庶人坤向〉 次東向再拜 次南向再拜 次西向再拜 次北向再拜 庶人或説可大將軍天一太白、〈以上各再拜〉 氏神、〈兩段再拜〉竈神、〈再拜〉先聖先師、〈各再拜〉

〔九條殿遺誡〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0391 先起稱屬星名號七遍〈微音、其七星、貧狼者子年、巨門者丑亥年、祿存者寅戌年、文曲者卯酉年、廉貞者辰申年、武曲者巳未年、破軍者午年、〉

〔江家次第〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0391 四方拜事
庶人儀〈卯時前庭敷座云々〉 北向拜屬星、向乾拜天、向坤拜地、 次四方、〈自子終酉〉次大將軍天一太白以上再拜、〈太白〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0392 〈一日、十一日、二十一日必在東、〉次氏神、〈兩段再拜〉竈神、可先聖先師〈再拜〉墳墓、〈兩段再拜〉

〔日本歳時記〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0392 元日、〈◯中略〉禮服を著て、威儀容貌をかいつくろひ、齋戒し、香をたき、天地神祇を禮拜し、〈天子にあらずして天地を拜する事、僭に似たりといへども、人みな天地の性をうけて生れ侍れば、本をたうとぶ意なる故、義におゐて害なかるべし、いはんやもろこしにも、庶人といへども、元日に天地を拜する禮これあるよし、農桑撮要に見えたり、〉

〔法性寺關白記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0392 保安四年正月一日於東對南庭天地四方、其儀遣水北頭南階前敷廣筵二枚、〈東西爲妻〉其上敷高麗端疊一枚、〈東西妻〉筵四角供燈、〈用散幾丁〉勾當源盛定著衣冠行事、隨身二人、著褐衣祗候、先向北方屬星名七遍、〈本命星巨文星、藤原忠通生年丑、當年星貞文子、未春節、仍用去年屬星也、〉再拜稱呪如例、〈一遍〉畢又再拜、次拜天、次拜地、次拜四方、次拜大將軍、〈于時在北向天方〉次拜王相、〈節分以前也、仍向北拜之、〉次拜天一、〈東〉次拜太白、〈東〉次伊勢、八幡、賀茂、春日、大原野、日吉、吉田、祇園、北野、總社等拜了、歸寢所、于時春天初明、抑去夕陽殿之後、不面女房歟、依懷妊也、而兼不此沙汰、依忽思出、鷄鳴之程、出出居、則著裝束之也、

〔台記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0392 康治三年〈◯天養元年〉正月一日癸丑、鷄鳴四方拜如常、女犯魚食之後雖沐有此事否、依不審新院女房等、答云、不必沐御、只浴後不女犯魚食給者、因余夜前不沐只浴、事終參院、
久安三年正月一日乙丑、鷄鳴四方拜、依病乍居拜、禪閤仰曰、老人布袴乍居拜、今日准彼乍居拜、但束帶、亦年來至于漢宣帝者舞踏、今年再拜、案周禮大祝職九拜拜君、無舞踏之故也、〈九拜無舞踏

〔玉海〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0392 嘉應三年正月一日丙子、今日日蝕有現否之論、遂不正現、乖暦家之術、叶算道之説、〈宿曜道同之〉寅刻拜天地四方、如恒、〈昨日攝政被之、有日蝕之論、現否難知、此事如何云々、仍撿先例之處、長久三年雖此論、尚有四方拜事、仍准彼例此事、〉
 ◯按ズルニ、日蝕ノ日、臣庶ノ四方拜ヲ行フコトハ、天部日篇日蝕條ニ引ク所ノ台記ニモ在リ、參看スベシ、

〔玉海〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0392 治承元年正月一日、寅刻拜天地四方常、〈行事勾當源光季吉服、去夜信季書進次第例、〉諒闇年無四方拜之由見寛徳記等、〈二東及土記〉雖然依天暦〈九記〉延久〈御暦〉嘉承〈殿暦〉保元〈故殿〉永暦〈故攝政殿〉等例吉服此事

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0393 建久十年正月一日、寅刻著衣冠天地四方、即時修祓、〈陰陽師國道〉遙拜大神宮春日社等、是例之勤也、今日雖日蝕、多分不正現之上、天陰雨下、簾中引壁代格子、且是元正閉戸有事忌之故也、
文治三年正月一日癸卯、未明拜天地四方、依飛雪座於中門、〈筵疊共東西行四角擧燭〉余著束帶〈劍笏如例〉著其座、〈北面〉唱宿星名七遍〈本命當年〉再拜、其誦文讀一返又再拜、次拜天、〈乾〉次拜地、〈坤〉次拜四方、〈東西南北各再拜〉次大將軍、〈東至于今年東也〉次王相、〈艮〉次天一、〈此間天一天上之間也、仍拜乾、〉次太白、〈東定事也〉已上皆再拜也、次考妣陵、〈共巽向也〉次大神宮、〈巽〉次石清水、〈坤〉次賀茂、〈北〉次春日、〈南〉次大原野、〈西頗向坤〉次日吉、〈艮〉次吉田、〈東〉次梅宮、〈坤〉次祇園、〈巽〉次北野、〈乾〉次總社、〈南〉已上陵已下兩段再拜也、次歸昇、次内府四方拜事、〈於同所此事、依便宜也、〉

〔玉蘂〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0393 嘉禎三年正月一日、寅刻四方拜如恒、〈依節分以前、用舊年方、〉

〔宣胤卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0393 文明十三年正月一日丙子、寅一點浴湯、次著衣冠、〈持笏〉於庭上座〈兼敷薦、其上敷疊一帖、〉向北稱屬星名號七遍再拜、次向同方當年星名號七遍〈南無金曜星〉二拜、次稱呪文、其詞云、賊寇之中、過度我身、毒魔之中、過度我身、毒氣之中、過度我身、毀厄之中、過度我身、五鬼六害之中、過度我身、五兵口舌之中、過度我身、厭魅呪咀之中、過度我身、百病除癒、所欲隨心、急々如律令、向同方再拜、次拜天〈乾〉地〈坤〉四方〈先東、次南、次西、次北、〉大將軍、〈當年西〉王相、〈東〉天一、〈當年坤〉太白〈東〉等、各二拜、次拜宅中神、〈向家中〉竈神、〈向其方〉等、各二拜、〈此兩箇拜事無本次第、余懇志之別儀也、〉次拜伊勢、〈東頗巽也、兩宮各別拜之、〉次拜八幡、〈南頗坤〉賀茂、〈下社艮、上社北、各別拜之、〉松尾〈坤〉等、各兩段再拜、次拜春日、〈南頗巽、若宮別拜之、〉大原野、〈坤〉、吉田〈東〉等、次拜齋場所、日吉、〈艮〉祇園、〈巽〉北野、〈乾〉下御靈、〈巽〉多武峯、〈巽〉總社〈南〉等、以上兩段再拜、次拜先祖廟〈東〉二拜、以上注次第、以常燈之、次起座改衣冠、毎日所作讀經念誦等如例、〈氏三社別所作如毎日〉其後三獻祝著儀如例年

服裝

〔西宮記〕

〈正月上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0393 四方拜、〈◯中略〉藏人奉御笏式、天皇服黄櫨、次第如式、

〔建武年中行事〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0393 追儺はてヽ、〈◯中略〉四方拜の御裝束いそがすめり、〈◯中略〉寅の時に御褂の人めして、御裝束たてまつる、黄櫨染の御袍常のごとし、

〔後水尾院當時年中行事〕

〈上正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0394 朔日、四方拜、〈◯中略〉御ゆどの終りて後、上臈亦はかまをきて御鬢をかき、御かうぶりを奉る、すいえいかうひねりの御かけ、下の大口ばかりをめす、御そくたいあるべき爲なり、〈◯中略〉清凉殿の北の方にて御そく帶あり、裝束司二人參りてめさす、近習の人可然が御前にさぶらふ、

〔嘉永年中行事〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0394 正月朔日、四方拜、〈◯中略〉次に黄櫨の御袍をめさします、高倉山科相替りて御衣文つかうまつる、

〔親長卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0394 文明十二年正月一日、寅刻許參内、〈衣冠〉召具元長、四方拜奉行之故也、〈◯中略〉著御屏風之内後、元長取御草鞋退入、持參御笏、先々牙御笏也、雖然先年紛失了、今度被關白并室町殿之處、象牙無御座云々、仍堀河院木御笏被用之由禪閤〈◯藤原兼良〉被申、殊木御笏在御物之内、仍被之、

〔宗建卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0394 享保十八年正月一日、四方拜、御手水自今年貫簀、今日主上御檜扇蘇芳長飾初被之、近世以紅糸御扇、恐幼主例歟、於御直衣之時者、尋常御檜扇也、年來御不審、仍自今年件御扇、牙御笏被蒔繪筥、蓋敷錦袋、件御笏去年自關白獻者也、抑牙御笏事、著御禮服之外、近世不之、文明十二年雖之、依紛失其儀、且其頃關白并室町等被象牙之由、仍被木御笏、以來、至今年牙之處、今年御再興珍重々々、且被御疊紙、是又近世無之、

〔法性寺關白記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0394 保安四年正月一日、拂曉〈追儺以後也〉著束帶、持笏、帶劍如例、於東對南庭天地四方、〈◯中略〉勾當源盛定著衣冠行事、隨身二人著褐衣祗候、

〔玉海〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0394 元暦二年正月一日乙酉、早旦四方拜〈須寅刻有此事、而自然及卯刻、〉如例、但依大臣、不帶劍也、建久八年正月一日乙亥、寅刻拜天地四方、用宿袍束帶

〔玉蘂〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0394 安貞二年正月一日乙亥、卯刻四方拜如恒、衣冠右府〈◯藤原教實〉同之、但束帶蒔繪劍、隨身一人著褐伺候、

〔二水記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0395 永正十七年正月一日辛卯、早旦著直垂、拜諸神星等

用途

〔延喜式〕

〈十二中務〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0395 書司
元日拜天地四方料、御褥一條料、絹一疋、調綿四屯、御案覆三條〈二條各長六尺、一條ハ長七尺、〉料、絹五丈七尺、周帶六條〈各長六尺〉料、縹帛六尺、香二兩、細布三端、柳筥四合、色紙十二張、白紙十二張、高盤二基、窪坏十口、油一升、

〔親長卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0395 文明十七年正月一日、寅一刻元長朝臣著束帶參内、依四方拜奉行也、御劍頭中將〈基富朝臣〉早參俊名(藏人辨)、家幸(藏人右少辨)、源富仲等也、毎事無爲云々、天曙之程退出、四方拜奉行御訪百疋也、昨日到來、貢馬傳奏一位(日野)也、自武家御替物用脚貳千疋進之、仍四方拜許被之、平座停止云々、適近年如形被行之處、如此儀無勿體事也、 十八年正月一日、傳聞、有四方拜云々、〈◯中略〉無平座用脚、武家不進之故也、千疋武田大膳大夫進上、被四方拜歟、

〔宣胤卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0395 明應三年四方拜下行事
掃部寮二百三十匹 木工寮百匹 掌燈三十匹 出納三十匹 戸屋衆三十匹 以上四百二十匹
文龜四年正月一日甲子、四方拜、〈◯中略〉職事頭左中辨守光朝臣、〈不具〉尚顯〈藏人左少辨〉在國、高光、〈藏人侍從未拜賀〉六位藤懷幸、菅在名、卜部兼將等不參、用脚貢馬方一向不沙汰、以公物下行云々、

雜載

〔日次紀事〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0395 四方拜〈寅一刻、主上出御清凉殿東庭、有四方御拜、或關白職爲御代之、若然則長橋局預以奉書命、〉

〔宗建卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0395 享保十五年十二月廿九日、參御前、内々仰云、四方拜無出御之時、御代拜如何之由、御不審有之、此事申關白之所、仰云、四方拜無出御之時、不御代拜、其故者、天地四方并山陵等御拜也、依之伯職不之歟之由也、以此旨翌三十日參御前上之了、

〔親長卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0395 明應五年正月一日庚辰、早旦行水、奉天地四方諸佛等、法體已後不四方拜、殊觸穢中之間不神社、 六年正月一日甲辰、早旦行水、奉念天地四方并諸神佛等、法體之後不四方拜

〔おもひのまヽの日記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0396 四方拜はれいの事なれど、まだ夜ぶかきに御裝束よそひたれば、殿上のうへ人廿人ばかり、よべより參りこもれり、奉行の藏人を初めとして、しそくの光りひるにをとらず、御裝束のぎは、供花より初めて、ふるきまヽにきら〳〵しくよそひたり、まだ寅の刻に事はてぬれば、人々まかでぬ、

〔歌林四季物語〕

〈一春〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0396 一人の御身と申せども、あさまつりごとのはじめは、いみじく心づからの本意まもらせ給ひて、元正の寅の三つにあたるころほひ、ひんがしの御庭にみゆきなりまして、天地山陵をおがみいのらせおはしまし、御屬星の御拜などなさせ給ふなるべし、これひたすら御身の御ためばかりにあらず、一とせのあまつかみくにつかみ、はふむしまでのいのりごとにて、もはら一とせのかぎりあやぶむべきわざはいをいのらせ給ふ、中臣の御はらひ、ろッこむのはらひなどあるべきにや、この事すうじんのあめがしたしろしめす、みとせにあたらせ給ふときになんはじまれり、天地四方をおがませたまふによりて、四方拜とはものするにこそ、


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:57 (387d)