http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0949 子日ハ、古ヘ正月子ノ日ニ、高ニ登リテ遠ク四方ヲ望ミ、以テ陰陽ノ靜氣ヲ得ルニ原ヅクト云フ、我國ニテハ、其第一ノ子ヲ初子(ハツネ)ト云ヒ、第二ノ子ヲ弟子(ヲトネ)ト云フ、若シ子日三アル時ハ中子(ナカノネ)ヲ用ヰ、或ハ二月ニ之ヲ行ヒシコトアレドモ、初子ヲ以テ主トスルナリ、此日朝廷ニテ宴ヲ賜ヒ、野ニ行幸シ給フコトアリ、故ニ臣庶ニ在リテモ、亦野外ニ遊ビ、小松ヲ引キ、若菜ヲ摘ムヲ以テ例トス、

名稱

〔運歩色葉集〕

〈禰〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0949 子日(ネノヒ)〈初學記、歳首祝松枝、男七、女二七也、十節記、正月七日登岳遠望四方、得陰陽之靜氣、除煩惱之術也、〉

〔書言字考節用集〕

〈二時候〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0949 子日(ネノビ)〈十節録、正月子日、登岳遥望四方、得陰陽靜氣、則除憂惱、〉

〔二中歴〕

〈五歳時〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0949 節日由緒 正月子登岳〈正月子日、登岳遥望四方、得陰陽靜氣、除憂惱術也、〉

〔倭訓栞〕

〈前編二十二禰〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0949 ねのび 正月初の子日、野邊に出て小松を引て祝とす、子の日を根延によせて、根ごめにするなるべし、小松も又子松の義に取なるべし、

〔掌中倭歌年中行事〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0949 子日遊〈◯中略〉 子日に、初子、中子(ナカネ)、弟子(オトネ)のみつあり、

〔拾遺和歌集〕

〈一春〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0949 おほきさいの宮に宮内といふ人の、わらはなりける時、だいごのみかどのおまへに、さぶらひけるほどに、おまへなる五葉に鶯のなきければ、正月はつねのひ(○○○○○)つかうまつりける、

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 松のうへになくうぐひすのけふをこそはつねの日とはいふべかりけれ

〔後拾遺和歌集〕

〈十八雜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 けふ中の子(○○○)とはしらずやとて、ともだちのもとなりける人の、松をむすびてをこせて侍ければよめる、   むまのないし
たれをけふまつとはいはんかくばかりわするヽ中のねたげなるよに

〔空穗物語〕

〈菊の宴〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 かくてきさいの宮賀、正月廿七日にいでくるをと子(○○○)になむ、つかまつり給ける、

〔空穗物語〕

〈國讓下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 廿五日〈◯正月〉にいでつるをとねは、いぬ宮御百日にあたりけり、〈◯中略〉右大將、
 姫松はをとねのかぎりかぞへつヽちとせの春はみずとしらなむ、とてさしいづれば、〈◯下略〉

子日宴/子日遊

〔續日本紀〕

〈十五聖武〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 天平十五年正月(○○)壬子、〈◯十二日〉御石原宮樓、〈在城東北〉賜饗於百官及有位人等、有勅鼔琴任其彈歌、五位已上賜摺衣、六位已下祿、各有差、

〔萬葉集〕

〈二十〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 二年〈◯天平寶字〉正月三日、〈◯丙子〉召侍從竪子王臣等、令於内裏之東屋垣下、即賜玉箒肆宴、于時内相藤原朝臣、〈◯内麻呂〉奉勅、宣諸王卿等、隨堪任意作歌并賦詩、仍應詔旨、各陳心緒歌賦詩、〈未諸人之賦詩并作歌也〉
始春乃(ハツハルノ)、波都禰乃家布能(ハツネノケフノ)、多麻婆波伎(タマハハキ)、手爾等流可良爾(テニトルカラニ)、由良久多麻能乎(ユラグタマノヲ)、
  右一首、右中辨大伴宿禰家持作、但依大藏政、不之也、

〔類聚國史〕

〈七十二歳時〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 平城天皇大同三年正月戊子、〈◯六日〉曲宴賜五位已上衣被、 庚子、〈◯十八日〉曲宴賜侍臣衣被
 ◯按ズルニ、類聚國史ニ、子日曲宴部ヲ立テヽ、之ヲ其首ニ收メタリ、

〔日本後紀〕

〈二十二嵯峨〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 弘仁四年正月丙子、〈◯二十二日〉曲宴後殿、命文人詩、賜祿有差、

〔河海抄〕

〈十三若菜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0950 内宴記曰、弘仁四年始有内宴、唐太宗之舊風也、正月一二三日間有子日、著件日之、藏人式清凉記等、此日注曰、一二三日之間、若有子日便用之、

〔類聚國史〕

〈七十二歳時〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0951 弘仁五年正月甲子、〈◯十六日〉宴侍臣、賜綿有差、 八年正月甲子、〈◯四日〉曲宴後庭、淳和天皇天長八年正月壬子、〈◯十三日〉曲讌仁壽殿、參議以上預焉、賜祿有差、

〔文徳實録〕

〈八〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0951 天安元年正月乙丑(○○)、〈◯二十六日〉禁中有曲宴、預之者不公卿近侍數十人、昔者上旬之中、必有此事、時謂之子日遊也、今日之宴修舊迹也、
 ◯按ズルニ、丑日ニ子日宴ヲ行ヒシハ蓋シ特例ナリ、

〔扶桑略記〕

〈二十二宇多〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0951 寛平八年閏正月(○○○)六日、〈◯戊子〉有子日宴、行幸北野雲林院、其扈從者、皇太子〈◯醍醐〉及一品式部卿本康親王、上野太守四品貞純親王、四品貞數親王、大納言正三位源朝臣能有、中納言從三位藤原時平、中納言源光、中納言菅原道眞、參議從三位藤高藤、從三位藤原有實、參議源眞、參議正四位下源貞恒、參議源希、殿上六位以上、皆著麹塵衣

〔菅家文草〕

〈六序〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0951從雲林院感歎聊叙觀〈并序扶五〉
雲林院者、昔之離宮、今爲佛地、聖主玄覽之次不門、成功徳也、侍臣五六輩翫風流而隨喜、院主一兩僧、掃苔蘚以恭敬、供奉無物、唯花色與鳥聲、拜謝有誠、唯至心與稽首而已、予亦嘗聞于故老、曰上陽子日野遊厭老、其事如何、其儀如何、倚松樹以摩腰、習風霜之難一レ犯也、和菜羹而啜口、期氣味之克調也、况年之閏月、一歳餘分之春、月之六日、百官休暇之景、今日之事今日之爲、豈非爲事一レ事乎、予雖愚拙、久習家風、廻輿有時、走筆無地、聊擧一端、文不點云爾、謹序、〈◯詩略〉

〔河海抄〕

〈十三若菜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0951 御記曰、御賀事、延長二年正月廿一日、右大將藤原朝臣來院有仰云々、近間寂然甲子日朝摘若菜之、二十五日甲子、此日自院賜子日宴云々、

〔日本紀略〕

〈二朱雀〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0951 天慶六年正月九日戊子、於御前子日之興

〔大鏡〕

〈四右大臣師輔〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0951 此式部卿の宮〈◯爲平親王〉は、よにあはせ給へるかひ有おり、一度おはしまし〳〵たるは、御子日のひぞかし、御をとどのみこたちも、いまだおさなくおはしまして、かのみやおとな

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0952 におはします程なれば、よおぼえ御門の御もてなしも、ことにおもひ申させ給へるあまりに、その日こそは御ともの上達部殿上人などのかりさうぞく馬くらまで、だいりのうちに、めし入て御らんずるは、またなき事とこそはうけ給はれ、たきぐちをはなちては、布衣のものうちにまゐる事は、かしこき君の御時もかヽる事の侍りけるにや、おほかたいみじかりし日の見物ぞかし、物見車は大宮のぼりに所やは侍りしとよ、さばかりの事こそこのよには候はね、とのばらののたまひけるは、おほぢわたる事はつねなり、ふぢつぼのうへの御つぼねにつどふ、えもいはぬうちでども、わざとなくこぼれいでヽ、后の宮うちの御ぜんなどさしならび、みすのうちにおはしまして、御らんぜしに、御まへとほりしなむたふれぬべき心ちせしとこその給ひけれ、又それのみかはおほぢにも、宮の出車十ばかりは、ひきつヾけてたてられたりしは、一町かねてはあたりに人もかけらず、瀧口さぶらひの御前どもに、えりとヽのへさせ給へりし、さるものヽ子どもにて、心のかぎりけふはわがよと人はらはせ、きらめきあへりしきそくどもなど、よそびとまことにいみじうこそ侍りし、

〔大鏡裏書〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0952 式部卿爲平親王子日事
康保元年二月(○○)五日壬子、爲平親王遊覽北野、子日之興也、平旦天陰、及午刻漸晴、同刻召爲平親王、參議伊尹朝臣於前、又召覽陪從殿上侍臣、鷹飼等被馬、〈四位著直衣、五位著狩衣、鷹飼四人、著野裝束、〉又召親王小童三人、其騎馬等同覽、未刻許爲平親王使藏人所雜色藤原爲信、獻鮮雉一翼、助信朝臣所捕獲云々、入夜爲平親王、右衞門督藤原朝臣朝忠、伊尹朝臣等、還參候侍所、即於侍所酒、侍臣等執獻物列立、藤原朝臣問之、即重光朝臣稱親王獻御贄、各稱物名、藤原朝臣仰、令御厨子所、侍臣酣酔、奏絃歌、良久賜王卿等祿、先是親王退下、不祿、亥刻入内、

〔禁秘御抄〕

〈中〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0952 一可凡賤

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0953 村上御宇、爲平親王子日時、布衣輩渡御前、〈◯中略〉如此例雖多、不尋常事也、

〔日本紀略〕

〈四村上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0953 康保三年二月五日庚子、令守平親王及小童等、於東庭子日之戲、其後召侍臣於梅樹下酒奏絃歌

〔日本紀略〕

〈八花山〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0953 寛和元年二月十三日戊子、朱雀院太上天皇〈◯圓融〉出堀河院于紫野、騎御馬子日興也、扈從公卿以下、布袴狩衣、各以任意、奉絲竹和歌

〔小右記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0953 寛和元年二月十三日戊子、巳時許參院、〈◯圓融〉今日御子日也、御御車紫野給、左右丞相、大納言爲光〈大將〉中納言文範〈途中布衣〉顯光、重光、保光、右近權中將義懷、〈散三位布衣〉參議忠清、〈右衞門督布衣〉右近中將道隆、〈散三位布衣〉公卿皆騎馬著直衣下重、以纓柏插、左大臣追候野口、太上皇於野口御御馬、右衞門尉惟風、左馬允親平等、爲御馬龓、殿上侍臣皆悉布衣、京路野邊見物車如雲、即御御在所、其裝束立幄敷板敷、又立簾臺御簾、其中立輕幄、〈南向〉其東爲公卿座、〈南面〉其幄東又立幄〈子午妻〉爲侍臣座、御前四方立屏㡢、御前植小松、御在所幄後立膳所幄、御厨子所供御膳、〈懸盤〉陪膳權中納言顯光、〈顯光、重光、保光著布袴、〉次居公卿及侍臣衝重、一巡之後、大納言爲光以下侍從等起座、執籠物十及折櫃四本御前、左大臣於御前問云、各稱名云々、〈左大臣所儲也〉次居檜破子於御前、左大將并正清、懷遠、時通、下官等添調儲也、次召和歌人於御前、〈先給座〉兼盛朝臣、時文朝臣、元輔眞人、重之朝臣、曾禰善正、中原重節等也、公卿達稱指召立善正重節等、時通云、善正已在召人内云々、召兼盛、左大臣仰和歌題之由、即獻云、於紫野子日松者、以兼盛和歌序、此間有蹴鞠事、左大將、左衞門督、源中納言、兩三位、藤宰相、余〈◯藤原實資〉及殿上侍臣等、蹴鞠事及黄昏、仰云、至于和歌院可序并和歌等名者、秉燭還御本院、召公卿於御前歌遊之事、召余爲和歌講師、右大臣以下獻和歌、左大臣不獻如何、左右兩丞相賜御衣、納言以下賜白褂、侍臣疋絹、又給御隨身、深更各々分散、御紫野之間、從内使右近少將信輔有御訪、即召御簾外圓座御消息、余執祿被之、拜舞之間失禮太多、今日四位五位六位皆著綾羅如何、下官著白襖薄色袴

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0954、〈◯又見古事談

〔兼盛集〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0954 我君としごろ、民をめぐみ國をおさめおはしますこと、御まつりごとかずおほくて、山にのぼり水にたはぶれ給ふおほみあそびもみえざりき、西はをぐら山の秋のもみぢ、いたづらにその色をうしなひ、東はむらさい野の春の梅、むなしうそのかげをうしなひ、きしのほとりみづきようすみ、山の聲たかうよばふ、風はえだをならさず、あめはつちくれをやぶらず、世中もたのしければ、けふの御幸もありますなり、かぎりなき我君の御とくを、おいたるは老たるをよろこび、わかきはわかきをよろこぶ、世中のたのしきことは、けふの御幸をためしとすべしとつけしめて、其日の和歌、
 子日してよのさかゆべきためしにはけふの御幸をよにはのこさん

〔散木弃謌集〕

〈一春〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0954 伊勢國に侍ける比、むつきのはつねの日、ねいみ(○○○)といひて、家をいでヽ野にいきて、ひねもすにゐくらして、かやをかりてこがひするおりに、えびらといふなる物にすなるを、そのついでに、ことのもとなれば、松をなをざりにひきてかへるとてよめる、
春たてば初子のいみにたびゐして袖のしたなる小松をぞひく

〔成氏年中行事〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0954 九日、例日タル間、御祝等無之、但初子日ニ相當時、見好法師參テ種々ノ祝言ヲ申、根松ヲ三本持テ參、其時評定衆之子共親類ノ間、以上意直垂ニテ松ヲ受取テ扇ニ置テ、御二間ノ御妻戸ヨリ、十二間ヘ令持參時、松ヲ御請取アツテ被置也、見好法師ハ管領評定奉行ノ亭ヘモマカリ出、自公方様御祝、自政所下行、其外祝言アリ、

小松引

〔土左日記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0954 廿九日、ふねいだしてゆく、〈◯中略〉む月なれば、京のねの日の事いひいでヽ、こまつもがなといへど、海なかなればかたしかし、ある女のかきていだせるうた、
 おぼつかなけふは子の日かあまならばうみまつをだにひかましものを

〔源氏物語〕

〈三十四若菜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0955 正月廿三日、子の日なるに、左大將殿の北方わかなまいり給、〈◯中略〉けふの子日こそなほうたてけれ、しばしは老をわすれても侍べきをときこえ給、かんのきみもいとよくねびまさり、もの〳〵しきけさへそひて、みるかひあるさまし給へり、
わか葉さすのべの小松をひきつれてもとの岩ねをいのるけふかな、とせめておとなひ聞え給、ぢんのをしきよつして、御わかなさまばかり參れり、御かはらけとり給て、
 小松ばらすゑのよはひにひかれてやのべのわかなもとしをつむべき、などきこえかはし給て、上達部あまた、みなみのひさしにつき給、

〔拾遺和歌集〕

〈一春〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0955 題しらず   たヾみね
ねのひする野邊に小松のなかりせば千世のためしに何をひかまし

〔後拾遺和歌集〕

〈一春〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0955 三條院の御時に、上達部殿上人など子日せんとし侍けるに、齋院の女房、ふなをかにものみんとしけるをとヾまりにければ、そのつとめて齋院にたてまつり侍ける、   堀河院右大臣
とまりにし子日の松をけふよりはひかぬためしにひかるべきかな

〔後拾遺和歌集〕

〈一春〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0955 小野宮太政大臣〈◯藤原實頼〉の家に子日し侍けるに、よみ侍ける、   清原元輔
千年へんやどの子日の松をこそ外のためしにひかむとすらめ

〔年年隨筆〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0955 此ころの歌よみ、子日といふ題に、小松をよみて若菜をよまず、子日遊の子細をしらざる也、後撰集ニ子日の歌五首ある、小松のなき歌もまじれヽど、若菜よまぬはなし、小松も菜の一種なり、されど千年萬代と、めでたる物なる故、とりわきたるにて、つひには小松引ばかりの事に人おもへり、かの後撰集のうた、朱雀院の子日におはしましけるに、さはる事侍りてえつかうま

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0956 つらずして、延光朝臣につかはしける、左大臣、松もひきわかなもつまずなりぬるをいつしか櫻はやもさかなむ、院の御かへし、まつにくる人しなければ春の野のわかなも何もかひなかりけり、小松引になんまかると人のいひければ、君のみや野べに小松を引にゆく我もかたみにつまむわかなを、宇多院、子日せんと有ければ、式部卿のみこをさそふとて、行明親王、故郷の野べ見にゆくといふめるをいざ諸ともにわかなつみてむ、子日しにまかりける人のもとに、おくれ侍りてつかはしける、みつね、春の野に心をだにもやらぬ身は若菜はつまで年をこそつめ、と有、五首こと〴〵く若菜をよみて、二首は小松をよまず、正明これにこヽろづきて、子日に若菜をみづからもよみ、人にもおしへてよまする事なり、七種の菜は、すヾなすヾしろなどヽは、たがへる物也、年中行事秘抄にや有けん、白河院仰に、松を添て奉るはひがごと也、菘と書てなとよむ也と、の玉へりし事みえたりき、其頃はやう松はくはざりし也、〈◯中略〉今時好事のひと、子日に野外に遊びて小松はひけど、何にすべき物ともしらず、俊成卿歌に、さヾなみやしがの濱松ふりにけり誰世にひける子日なるらん、とあるは、引栽しことなれば、はやう實をうしなひし也、

供若菜

〔古今要覽稿〕

〈時令〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0956 若菜〈わかな〉 正月子日に、若菜のおもの調して奉りし事は、嵯峨天皇の弘仁四年を始とす、〈河海抄引内宴記〉これは唐の大宗の舊風にならひ給ひしと〈同上〉いへり、それより代々の天皇も、つぎつぎに此事を行ひ給ひしなり、おほよそ若菜とは、皆人食ふべき春草の若苗をさしていひし名なれども、その食ふべき春草の中にも、初春の頃に生出るものは、薺、をはぎ、芹などのたぐひにて、今いふつまみな、或はうぐひすなの類にてはあるべからず、その若菜をつむには、人々野邊に出て子日するとて、小松を引けるよすがに、此菜をもつめばなり、その故に寛平八年、宇多天皇の雲林院に行幸し給ひし時の序文に、倚松樹以摩腰、習風霜之難一レ犯也、和菜羮而啜口、期氣味之克調也と〈菅家文草〉いひ、藤原元眞が歌にも、霞たつ野邊の若菜をけふよりぞ松のたよりにと〈家集〉いひ、

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0957 また院のみやの御息所、わかなを給ふに小松ありて、片岡の野邊のこまつを雪間より〈同上〉などみえたり、扨子日の遊を、或は朱雀院、圓融院などの御時より有けるにやと〈公事根源〉いへども、大伴家持の歌に、初春の初子のけふの玉はヽきと〈萬葉集〉よめるによれば、いと舊より此遊はありしなり、され共その歌に、小松引よしはみえねども、柿本人丸の子日の歌に、二葉より引こそうゑめと〈家集〉よめるにて、子日に小松引ける事は、承平の頃より始りしにはあらざるなり、然るを後の世に至りて、子日の若菜といへば、ひたすらに七種の菜をそろへて奉るとのみおもへるは、古をしらざる誤り也、

〔西宮記〕

〈正月下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0957 若菜 上子日、内藏、内膳、各供若菜

〔北山抄〕

〈一正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0957 上子日、供若菜事、〈内藏寮、内膳司、各供之、〉

〔年中行事秘抄〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0957 上子日、内藏司供若菜事、
内膳司同供之 十二種若菜 若菜、薊、苣、芹、蕨、薺、葵、芝、蓬、水蓼、水雲、松、〈菘、河海、◯河海抄〉 白河院仰云、松字如何、師遠申云、若菘、上皇被仰云、相具松進上、此僻事也、〈蕰菘、和名古保禰、〉 七種菜 薺、蘩、蔞、芹、菁、御形、須々代、佛座、

〔公事根源〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0957若菜     上子日
内藏寮ならびに内膳司より、正月上の子日是を奉る也、寛平年中より始れる事にや、延喜十一年正月七日に、後院より七種の若菜を供ず、又天暦四年二月廿九日、女御安子の朝臣、若菜を奉れるよし、李部王の記に見へたり、若菜を十二種供事あり、其くさ〴〵は、若な、はこべら、苣、せり、蕨、なづな、あふひ、芝、蓬、水蓼、水雲、松とみへたり、此松の字の事、白川院御時師遠に御尋有しかば、若松と書て、こほほねと讀也、若此事にて侍ると申き、松をそへて奉る、さてはひが事也と、上皇被仰侍き、尋常は若菜は、七種の物也、薺(ナヅナ)、はこべら、芹、菁、御形、すヾしろ、佛の座など也、正月七日に七種の菜羹を

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0958 食すれば、其人萬病なし、又邪氣をのぞく術も侍ると見へたり、

雜載

〔袋草紙〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0958 能宣、父頼基ニ語云、先日入道式部卿御子日ニ宜歌仕テ候、頼基問之如何、能宣云、
ちとせまでかぎれる松もけふよりはきみにひかれてよろづよやへむ、世以稱宜云々、頼基暫詠吟シテ、カタハラナル枕ヲトリテ打能宣云、慮外昇殿有帝王御子日之時、以何歌詠哉、ワザハヒノ不覺人哉云々、能宣須臾ニ起テ逐電云々、

〔本朝文粹〕

〈十一和歌序〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0958 春日野遊〈和漢任意〉     橘在列
夫上年之候、仲春之天、出槐林之深窻、望松樹之遠地謂好客之群遊也、于時嵩岳之西脚、洛水之東頭、嘯野煙之春光、各吟一句、酌山霞之晩色、皆酔數盃、倚松根而摩腰、千年之翠滿手、折梅花而插首、二月之雪落衣、斯蓋吾朝之風俗、子日之嘉會也、志之所之、盍翰墨爾、

〔本朝續文粹〕

〈十和謌序〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0958 早春詠子日和謌一首〈并序〉     前藤都督
王春初月子日令辰、月卿雲客陪椒房之者多矣、蓋浴皇澤聖徳也、于時亘鴈橋於前池、展燕席於中島、歩沙草而徙倚、蹤踏三分之緑、携林松而徘徊、齡伴千年之陰、誠是上陽之佳猷、却老之秘術者也、况亦庭草色々、窈窕之袖添薫、宮鸎聲々、鳳凰之管和曲、命希代之勝遊、課習俗兮諷詠、〈◯下略〉


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:59 (387d)