http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1383 節分ハ、古來立春、立夏、立秋、立冬ノ前日ヲ云ヒシガ、後世ハ專ラ立春ノ前日ノミノ稱トナレリ、此夜毎戸熬豆ヲ撒シ、惡鬼ヲ驅逐ス、蓋シ追儺ノ餘風ナリ、

名稱

〔増續山井〕

〈下十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1383 節分(セチブ)〈立春前なり〉

〔倭訓栞〕

〈中編十二世〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1383 せつぶん 節分なり、立春の前夜をいへり、

〔古今要覽稿〕

〈時令〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1383 節分 節分と追儺とは、後世同じき事のやうに心うれど、むかしは差別あり、追

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1384 儺は十二月晦日のみにかぎりて、別日は其式行なはれざるなり、又中むかしより節分に大豆打事始まれり、此事の起りは、以赤丸五穀灑之と〈後漢書〉みえ、呉越風俗、歳除互擎炒豆納之と〈類書纂要〉みえ、歳暮夕四更、豆麻と家人の頭髮とを井中に入、井を呪勅すれば、其家竟年傷寒五温の鬼をさくるよし〈太平御覽引龍魚河圖〉みえたり、これらによりて、皇國にても大豆打事始まれり、さはあれど時代たしかならず、應永の頃よりは、たしかに所見あれば、其以往よりありし事は明かなり、又門戸にひヽらぎの枝、なよしのかしらをさす事は、寛平延喜の御時既にありしと見えて、こヽのへの門のなよしのかしらひヽらぎと、〈土佐日記〉みえたるにてしられたり、中むかしよりは鯔をいはしにかへ用ゐたりしは、藤の爲家卿の歌に、ひヽらぎにいはしをよみ合せ給へるによれば、是も六百年前よりの事なり、扠又此夜炒豆に頭髮と錢の三物をつヽみて、乞食の夜行の者におとしてとらする事は、宗長手記、大永六年のくだりに見えたれば、これも大永より以前に始まりしなり、

節分式

〔後水尾院當時年中行事〕

〈上十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1384 節分ちらし、あぶらを供ず、夕方つねの御所例の御座にて御さかづき參る、先芋〈かはらけ二に入〉を供ず、次にまめ〈かはらけ二ツに入〉を、次にをりびつ二ツ、まめを入て三方にすゑてまゐる、はいぜん三方ながら御前にさしよす、をりびつ二ツのふちを合せて、二ツながら御左の手にとらせ給ひて、をりびつ二ツの中なるまめのうへにおほひたるかはらけを、右の御手にてとらせ給ひ、豆を柄の方へ三度うたせ給ふ、柄の方もし御うしろの方ならば、御うしろざまにうち給ふなり、打をはらせ給ひて、三方におかせ給ふ、はいぜんとりて勾當につたふ、勾當このをりを左の手にてとり、右の手にてうしろざまに立ながら、一まに三度づヽうちて、御殿中御ゆどのヽうへまでをうちめぐる、此間にかはらけに入たるまめを御としの數參る、勾當かへり參りて、かうろに追儺香をくゆらしてもて參る、かヾしめ給ひて返し給、女中次第にとり渡してきく、其後勾當の内侍、又御殿中を持てめぐる次第にてうじ出ス、御盃まゐりて一獻とほる、御前をて

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1385 つして、さけなほしめさしまして、御方たがへになり、ないし、しよくを持て御さきへ參る、次に勾當ひとへぎぬ著て、劒をもて參る、御後には女中襠ばかりきて、ひるまうけの所にいらせましまして三獻にいたる、三獻め天酌にて女中をとこ御とほしあり、御前をてつして、殿上人御鳥三聲の後還御、勾當御やく拂〈まめ御としの數、鳥目御としの數、引合一かさねにおしつヽむなり、〉もて參る、御身をなでられて返さる、給はりてうしろをかへりみざるやうに退く、故實とす、

〔洞中年中行事〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1385 節分入夜御盃事あり、此時に豆打事あり、御盃過て後、此豆を内侍間々に打也、〈◯中略〉小キ四角なる行器に煎豆を入て、三方に乘て是を御前へ獻ず、御盃過て内侍此行器を二ツならべ、まん中を左の手にさげ持、右の手にて後へ三度打事也、此時女房ははつき袴びんすべらかし也、

〔禁中年中行事〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1385 節分 初獻〈イモ〉 小預調進 二獻〈マメ〉 同 〈コブアワ〉 常御殿勾當内侍被子之御所、山國拍之、對屋御清所仕丁頭拍之、

〔禁中近代年中行事〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1385 節分の夜 細きごぼうをかわをさり、丸にて長サ一尺計にして、三斗かわらけに入、臺にのせ、小刀を付ケ出ル、小がたなをおそへごといふ、東の方へ向し桃の枝を少し切、御茶釜にてにる、御せんじ茶をあげる時、まめ三ツぼ、さんせう三ツ入上ル、いり豆さんせう御茶がまへ入、臺高サ五寸、長サ七寸、横五寸、くりあし、

〔年中恒例記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1385 十二月 節分事御祝參、〈伊勢守調進之、大獻御ゆづけ參候也、〉御太刀金、御馬一疋進上之、伊勢守則御三盃頂戴之、此太刀有春朝臣給之、〈七獻御酌〉 節分御成、伊勢守、 御小袖の間には、大豆を自うたるヽ也、劒役人在之、常御所以下、伊勢守うち被申候也、御すゑは伊勢同苗、〈◯中略〉 節分にむぎの食御いも、大草調之、 節分御館にうたるヽ大豆勝栗、伊勢守進士也、

〔宗五大草紙〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1385 公方様諸家へ御成の事

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1386 一毎年節分に伊勢守宿所へ御成候、其時は五迄參候、又此時にかぎりて、同名の衆御供致し候はぬも、少々御相伴衆の御配膳を申候、又同時御成ニぐご過て、そと御しづまり候時、同名備後守方に定りて、障子の際へそと參候て、鷄のうたふまねを三聲仕、雀の鳴まねを仕候へば、御ひるならせ給候て還御成候、さだまりたる事にて候、

〔成氏年中行事〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1386 朔日御祝如常、節分之夜、御方違御出、管領奉公外様番ニ廻テ被之、十月中ニ被仰出、ヤウダイハ如常行始、出御之時被勤人、門外マデマカリ出ラルヽ時御輿ニ被召、有御禮テ妻戸ノ間ヘ御輿ヲ被寄、有御下テ面之坐ニ有御坐、亭被御座伺候、其後式三獻、御劒一白御鎧御馬御鞍ヲ置引副、膚背御引出物持參ノ様、前ニ具記之、御座替テノ様如御行初、御臺過テ後、管領ヲ爲始ト、御一家并老若各宿所ヘ歸、直垂ヌギ、單物著テ被出仕、御酒數獻、御引出物不其數參、御酒過ノ後、公方様御寢所ヘ御出之時、又御酒三獻參、

〔殿居囊〕

〈武家年中行事〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1386 十二月下旬節分之日、七半時登城有之、のしめ麻、

〔殿居囊〕

〈三編〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1386 節分 福内、二抓、中音ニ而二聲、 鬼外、一抓、大音ニ而一聲、 御盃御酒御肴鶇〈燒鳥〉御吸物〈大鷺〉 右相濟、三方ニ大豆ヲノセ、詰合之面々ヘ被下、畢而御吸物御酒被下之、爲御祝儀御前時服五被下之、御飾之數三百六十柊〈并〉樒之枝ニ鰯之頭ヲサス、〉

〔徳川年中行事〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1386 節分
一暮時前、老中、若年寄登城、
  〈但御年男老中計長袴著用、其外熨斗目半袴、晝ハ如平日登城、例刻退座、〉
一老中登城已前より、殿中伺公之面々、熨斗目半袴、
一老中、若年寄、於奧御祝相濟、暮時過退出、
  〈但此節焚火之間上御敷居際ニ、本御番之御書院番頭、御小性組番頭列居、同所御敷居外御廊〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1387 〈下ニ、御使番、兩御番與頭、御徒頭、小十人頭列居、老中若年寄中退出之節、御祝儀申上之、御目付、新御番頭者、中之間著座、桔梗之間、新御番組頭、御番醫師伺公、〉
一御祝之大豆、升ニ入、御賄方之者持出之、伺公之面々於席々戴之

〔幕朝年中行事歌合〕

〈中〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1387 三十四番 右 節分
冬と春と行かふ道の誰かれも迷はでのぼるとのヽうちかな〈◯中略〉
 節分と申は、立春の前の夜、儺をやらひ豆をまく事、都鄙みなおなじ、黄昏の頃、年男の老臣長ばかま、其餘の宿老少老は、熨斗目半袴にて出仕あり、奧のおまし所に豆を置き、執參の人々も歡をのべらるヽにやあらん、此夜宿老小老の外は、別に出仕するにいたらず、

〔内安録〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1387 一恭廟〈◯徳川家齊〉御時、御膳所御臺所より、節分の夜、御吸物に白魚を調じ奉るは、いか成譯かと思ひしに、禁裏附となりて、節分の夜に内侍所へ警固上げに廻りければ、定式白魚の吸物、地紙形白木の硯蓋に松の枝を立て、肴品々を盛りたるを出し、行事官と武家附と盃事をする定例也、さすれば節分に白魚の吸物といふ事は、古く京にも江戸にも用ゆるものなるべし、

〔日次紀事〕

〈十二十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1387 此日〈◯節分〉御泥池艮隅中村貴布禰社祭、相傳、寛平年中疫癘盛行、依神託而此處勸請貴布禰神、今夜舁神輿而巡池邊、其後入豆於升、而撤四方疫鬼、于今在豆塚升塚之名、豆塚或作魔滅塚、貴布禰奧院所祭素盞嗚神也、宜哉殺疫鬼也、

〔俳諧歳時記〕

〈正月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1387 女節分〈十九日〉 是も吉田の疫神詣也、前にいへるが如く、節分の夜より、疫神を祭るがゆゑに、男子は節分の夜といへども參詣すれども、女子は時分の家事にいとまなく、特に夜中にまふずることあたはず、この日を以、節分のかはりに詣ずるこヽろにていふ歟、京の婦女正月十五日を年始のはじめとして、女正月といふたぐひにや、

〔鹽尻〕

〈九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1387 一駿府に住し者かたりしは、府中の十二月節分の日は、暮前より市井蔀をおろし、あるじ

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1388 豆をいりて、家々はやし侍る也、さて淺間の社に神人多く出、儺ひの豆を打て、本社よりはじめ、末社末社一同に手を以て御戸を擊事夥し、町へは地震のやうに聞ゆ、これを聞て家々一時に豆をうち、戸外に出て、家の内の男のかぎり、戸々己が蔀をたヽく事、物いふ音も聞えず、雷同してしばしすさまじ、かヽる事しらぬ旅人は、宿にて大に驚く者多しといへり、處々の風俗、世にしらぬ事多かる、

〔東都歳事記〕

〈四十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1388 節分〈立春の前日也〉 神田社疫神齋〈本社の左のかたに、疫神塚を立て、祝詞をさヽげ執行あり、疫神齋の札を出す、この札は後小松院様勅筆といひ傳ふ、◯中略〉 本郷四丁目天滿宮、節分の守札を出す、〈◯中略〉 淺草寺觀音節分會〈寶前にて一山衆從、般若心經を來年の日數程讀誦す、終りて豆を打ち、又外陣の左右の柱に高く架を構へ、これに登りて、節分祈禱の守札をまきあたふ、諸人挑み拾ひて、堂中混雜せり、但し申の刻に行ふ、この札に節分と印したる所の、分の一字をさきて、妊婦に服せしむれば、はたして平産ありといふ、又立春の札をも出す、〉

儺豆

〔壒囊抄〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1388 節分ノ夜大豆ヲ打事ハ何ノ因縁ゾ、是更ニ慥ナル本説ヲ不見、由來ヲ云人ナシ、但シ或古記ノ中ニ云、節分ノ夜大豆ヲ打事ハ、宇多天皇ヨリ始レリ、鞍馬ノ奧僧正谷、美曾路池ノ端ノ方丈ノ穴ニ住ケル藍婆揔主ト云二頭ノ鬼神、共ニ出テ都へ亂レ入ントシケルヲ、毘沙門ノ御示現ニ依テ、彼寺ノ別當奏シ申子細アリ、主上聞召スニ、明法道ニ宣旨アリテ、七人博士ヲ集テ、七々四十九家ノ物ヲ取テ、方丈ノ穴ヲ封ジ塞デ、三斛三斗ノ大豆ヲ熬テ鬼ノ目ヲ打ハ、十六ノ眼ヲ打盲テ、抱ヘテ歸ルベシ、又聞鼻ト云鬼、人ヲ喰ハントスルヲバ、䱝( /コイ)〈◯䱝字傍訓、塵添壒囊抄作イハシ、〉ヲ炙串ト名付テ、家家ノ門ニ指ベシ、然ラバ鬼ハ人ヲ不取ト云御示現也ト云々、

〔古今要覽稿〕

〈時令〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1388 節分、正誤、 按に、節分の夜大豆打事、宇多天皇より始れりといふ事は信用しがたし、しかはあれど故逍遊軒は、壒囊抄の説をも捨べからずと申されしと也、正月七日若菜を獻る事、此御宇よりはじまれば、これらによりて豆打事も、此時よりといひ出しならんか、且たしかなる本説を見ずといひながら、古記の中云、節分の大豆打事云々といへるは、とりとめ

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1389 ざる説にしてとりがたし、字鏡集䱝音ハとみえ、コヒと訓ぜり、康熙字典に博雅を引て、黒鯉謂之䱝としるしたり、

〔世諺問答〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1389 十二月 問て云、せつぶんのまめうつ事は、何のゆへにてかはべる、 答、としこしと世俗にいひならはして、こよひは惡鬼の夜行するゆへに、禁中にも、むかしは陰陽寮さいもんをよみて、上卿已下これををふ、御所にともし火をおほくともして、四目ありておそろしげなる面をきて、手にたてほこをもて、内裏の四門をまはるなり、また殿上人ども御殿のかたに立て、桃の弓蓬の矢にていはらふ也、これらをかたどりて、まめうちて鬼をはらふ事はじまれるにや、此内裏にて鬼をはらはれし事は、慶雲二年十二月、百姓おほく疫癘になやまされしゆへに、はじめられたるよし承およびし、

〔今川大雙紙〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1389 躾式法の事
一御年男きん〈◯勤〉ずる事、〈◯中略〉節分の夜の鬼の大豆をも、御年男きんずる也、

〔明良帶録〕

〈世職〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1389 御臺所小間遣頭 節分にて御黒書院御白書院〈江〉豆を納る、唱云、 天長く地久しく日の下の鬼の豆、福は内〳〵〳〵と唱ヘ、四方印紙之上に置く、

〔甲子夜話〕

〈二十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1389 節分ニモ、御坐間ハ老中方豆打ヲ勤メラル、尋常ノ如ク、高聲ニ鬼ハ外、福ハ内ナドハ言ハズ、タヾ御上段ノ塗縁ニ豆ヲ三處ニ置キ退カル、コレヲ豆ヲハヤスト云フ、但シ置クトキ祝文ヲ唱ヘラルトナリ、〈餘録〉又節分ノ日ハ、世ニ胴揚トテ、歳男ヲツトムル者ヲ、婦女打寄リドウニ揚ル、大城ノ大奧ニテハ、御留守居ソノ役ヲツトム、其事畢ルト老女衆列坐アリテ、御祝儀ニツキ胴揚イタスト申達アリテ、女員打ヨリ胴ニ揚ルトナリ、予ガ大叔父松浦越前守御留守居勤役シタリシトキノ物語ナリ、

〔半日閑話〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1389 節分の夜、白大豆を黒く成程煎り、弦懸升に入れ、夫を箕に入て持參し、福は内三聲、鬼

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1390 は外と一聲三度づヽまく、公方様御年の數に一粒増し、大豆を三方に載せ差上る、則御祝被遊、相濟て右の大豆を三方にのせ、詰合の面々〈江〉被下之、

〔日本歳時記〕

〈七十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1390 晦日〈又除夜といふ◯中略〉俗に隨て今宵儺豆をうつべし、〈儺豆をうつ事、節分の夜する人侍れど、禁中の追儺も十二月晦日のよし、ふみに見え侍る、又もろこしにも金吾除夜進儺名とあれば、今宵その事をなすべし、〉

〔歳時故實大概〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1390 一節分〈立春の節の前日なり〉 今宵門戸に鰯のかしらと柊の枝を插て、邪氣を防ぐの表事とし、又炒大豆を升の器に入て、夫を暗に打はやして祝ひ賀す、〈◯中略〉 按に、今宵大豆をまくは、古人追儺の遺風なり、其追儺と云は除夜の儀にて、〈俗には大歳といえり〉節分の夜の事にはあらず、されども俗習都鄙共に、今宵此大豆まく事を營み祝へば是又俗に隨ひて爰に記すなり、

〔改正月令博物筌〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1390 節分〈按ずるに、節分の夜する儀式、鬼やらひ、はやし豆、ひいらぎ、寶舟、厄拂の事まで、昔は晦日にて有たれども、晦日の夜は、來る年のまふけに事しげきゆへ、中世より右等の事を節分の夜なすとぞ、尚委しきわけは、年中風俗考に出たり、面白き事也、見るべし、〉 豆打〈爆豆、撒豆、福は内、鬼は外、禁中にも熬豆を撒して、疫鬼をはらはせらるヽ事、宇多天皇のときより始る、民家にも豆をうちて、福は内、鬼は外と囃すなり、豆をうつものは、來る年の支に當る者つとむ、是を年男といふ、又豆を打事は、魔目を打といふ義也、〈風俗考に出〉唐土にも今夜赤丸と五穀をまく事、後漢書の註に出たり、赤丸とは、あづきの事也、〉

〔秇苑日渉〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1390 民間歳節下 立春前一日謂之節分、至夕家々燃燈如除夜、炒黄豆神佛祖先、向歳徳方位、撒豆以迎福、又背歳徳方位、撒豆以逐鬼、謂之儺豆、老幼男女啖豆如歳數、加以一、謂之年豆

〔隨意録〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1390 方俗立春前夕、貴賤家々放擲熬豆、號呼曰鬼外福内、此未乎何時、蓋是原乎儺者也、禮季冬儺於國中、儺逐疫鬼也、論語所謂郷人儺是也、漢世謂之逐除、荊楚歳時記云、十二月、村人並擊細腰鼔、戴胡頭、及作金剛力士以逐疫、然擲熬豆者、未之有一レ稽、正月旦呑熬麻子大麻、則歳時記有之、亦是辟瘟疫氣

〔東都歳事記〕

〈四十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1390 節分、〈立春の前日也〉今夜尊卑の家にて熬豆を散、大戟(ヒヽラギ)、鰯の頭を戸外に插す、〈豆をまく男を年おとこといふ、今夜の豆を貯へて、初雷の日、合家是を服してまじなひとす、又今夜いり豆を己が年の員に一ツ多く數へて是を服す、世俗今夜を年越といふ、〉

〔時慶卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1391 慶長十年二月廿五日、晩ニ雷鳴、入夜ハ光帶タヾシ、初雷ナレバ節分大豆ヲ用、

〔貞丈雜記〕

〈十六雜事〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1391 一節分の大豆を取て置て、初がみなりの時、くひつむ事、今の世のならはし也、京都將軍の御代には、節分の大豆を取て置て、二月初午の日に參らせし由、年中恒例記にみへたり、

〔甲子夜話〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1391 先年ノコトナリ、御城ニテ予九鬼和泉守〈隆國〉ニ問ニハ、世ニ云フ、貴家ニテハ節分ノ夜、主人闇室ニ坐セバ、鬼形ノ賓來リテ對坐ス、小石ヲ水ニ入レ吸物ニ出スニ、鑿々トシテ音アリ、人目ニハ見エズト、コノコトアリヤト云シニ、答ニ、拙家曾テ件ノコトナシ、節分ノ夜ハ、主人惠方ニ向ヒ坐ニ就バ、歳男豆ヲ持出、尋常ノ如クウツナリ、但世ト異ナルハ、其唱ヲ鬼ハ内、福ハ内、富ハ内トイフ、是ハ上ノ間ノ主人ノ坐セシ所ニテ言テ、豆ヲ主人ニ打ツクルナリ、次ノ間ヲウツニハ、鬼ハ内、福ハ内、鬼ハ内ト唱フ、此餘歳越ノ門戸ニ挟ムヒヽラ木、鰯ノ頭ナド、我家ニハ用ヒズトナリ、コレモ亦一奇ナり、

〔續狂言記〕

〈五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1391 節分 〈女〉わらはヽ此家の女房でござる、今夜は節分でござるによつて、こちの人は出雲の大社へ年籠りに參られてござる、表もうらもさいてよふ留主致しませふ、

插柊鰯門戸

〔比古婆衣〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1391 口女 神代紀海神宮の段に、火々出見尊御兄火酢芹命の鈎を失ひ給へる由を海神のきヽて、魚どもを集て、覔得たる事を載られたる一書の中に、海神召赤女口女之時、口女自口出鈎以奉焉、赤女即赤鯛魚也、口女即鯔魚也、また一書に、亦云、口女有口疾即急召、至探其口失之鈎立得、〈◯中略〉土佐日記元日の條に、今日は都のみぞおもひやらるヽ、こヽのへのみかどの、しりくめ繩のなよしの頭ひヽらぎら、いかにとぞいひあへるとあるは、そのかみ、かの口女の喉の鈎のために、痛み疼きたる古事によりて、元日にかの魚の頭と杠谷樹を宮門に插れたりしなるべし、〈◯中略〉近むかしよりの世の風俗に、春の節分の前夜儺すとて、鰯とひヽらぎの枝を葉ごめに門戸

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1392 に插すも、上に論(イ)へるごとく、元日の賀儀の儲を、大晦にものせることの、春の節分に儺ふ事となれるにつれて、混(ヒトツ)にうつり來しものなるべし、〈春の節分の前夜、大内にて追儺の豆うちせさせ給へること、文龜四年の元長卿記に見およびたり、そのかみ既(ハヤ)く古の式は廢れ革りたりしなり、〉

〔日次紀事〕

〈十二十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1392 同夜〈◯節分〉家々門戸窓欞插鰯魚首并枸骨條、傳言、此二物疫鬼之所畏也、又熬大豆於家内、是謂豆、或謂豆、凡一家之内、執事者勤之、是稱歳男、高聲呼鬼外福内、而禳疫索福、其後合家各食熬大豆、則用己歳之數、〈◯中略〉紀貫之土佐日記載鯔首枸枝等事、然則昔日用鯔首者乎、月令、季冬月大儺旁磔、按、旁磔、謂四方之門皆披磔其牲、以禳除陰氣、不但如季春之九門磔攘而已、又本草曰、辟禳時氣、以新布大豆一斗井中、一宿取出、毎服七粒佳、本朝除夕投炒豆或食之、出此義乎、

〔歳時故實大概〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1392 一節分〈立春の節の前日なり〉今宵門戸に鰯のかしらと柊の枝を插て、邪氣を防ぐの表事とし、〈◯中略〉鰯頭〈并〉柊を門戸に插事は、事文類聚に、月令、季冬之月、大儺旁磔と有に習へるもの歟、〈旁磔とは、旁とは四方と云事にて、磔とは張り肆の儀なり、是追儺の時に用る畜獸の屬を、四方の門戸に磔り肆して、邪魅陰精を攘ふの表事とする事なりといへり、〉往古は鰯のかしらにもかぎらずと見えて、貫之が土佐日記に、小家の門の端出繩、鯔のかしら柊などと有、但シ柊さす事は、いかなる據にや考へ得ず、〈或説に云、土地によりて柊をさヽず、トベラと云木の枝をさす所あり、トベラと云は、扉の轉音なり、此木はもちの木に似たるものなり、元來此木右のごとく門戸にさすもの故に、倭訓を扉の木といへるよしなり、〉

〔改正月令博物筌〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1392 節分〈◯中略〉 柊插(ひヽらきさす)〈柊賣、冬も青翠にして貞を守るの操ありと、〈本艸時珍の説なり〉世俗に門戸にさして、目つこ鼻つことて、同じく鬼を追ふ也、神代卷にひヽらぎの桙のことあり、この縁によるにや、〉 鰯插(いわしさす)〈鰯の頭さす、ヰグシサス、なよしの頭さす、いわしのかしらは、疾鬼邪鬼のきらふものゆへ、今日さすなるべし、土佐日記節分の條に曰、なよしのかしらひいらぎを、小家の門にさすといふ事あり、なよしは鰯の古名と思はる、然れども勢州にては鯔(ぼら)の魚をなよしといひ、名吉(めうきつ)とも呼、いづれか更なる事をしらず、ヰグシサスとは、節分の夜、鰯の頭を門にさすをいふ、〈呉竹集に出〉〉

〔倭訓栞〕

〈中編二十一比〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1392 ひヽらぎ 信濃は雪國にて、ひヽらぎなきをもて、いわしまめがらを用ひ、木曾のあたりはもみの葉を用う、

勝餅/焚白朮

〔世諺問答〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1393 十二月 問て云、節分に、せうのもちゐとてくひ侍るは、なにのゆへぞや、 答、この事さらにしりがたし、また五條天神に侍るよし申、彼天神いつよりあまくだりまします神とも見えず、儀式にものせぬ神なれば、さらにしりがたし、此もちゐをくへば、物に勝といふくのう侍るよし、申つたへたるばかりなり、
問て云、節分に、おけらをたくは、何のゆへぞや、 答、白朮は風氣をさる藥にて侍るうへ、餘薫あしきゆへに、疫疾の神の夜行する夜なれば、是をたきておそれしめんがためにて侍る、

〔日次紀事〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1393 節分の夜は、五條の天神にまいり、餅白朮をうけてかへることあり、五條天神は少彦名命にて、天下の疫癘を守らんとちかひ給ふ神なるゆへ、一年中の疫癘をいのらんためにまいる事なり、白朮は濕はらふ藥なれば、風濕疫癘をのぞくの心にて、神前にてうけて歸り、火にてたくなり、

〔都名所圖會〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1393 五條天神宮 祭は九月十日、又節分には、白朮小餅寶船を禁裏に上る、〈小餅料は、天文二年將軍義輝公の母公慶壽院より御吹擧ありて賜る、それより今に至り、公務の沙汰として、年々其料を賜ふ、此夜諸人群參して厄難除滅を祈り、三種の神物をうくるなり、〉

〔東都歳事記〕

〈四十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1393 節分〈立春の前日也〉 下谷五條天神宮神事〈酉の刻追儺あり、白朮餅を出す、これを服して邪氣を避るといふ、少彦名命の祭事なり、〉

節分例

〔看聞日記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1393 應永二十四年正月十日、節分也、

〔御湯殿の上の日記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1393 慶長九年正月七日、せつぶんの御いわひ、まも、まめにて一こん參る、まめよはうへくいにうちそめまいられて、いつものごとく、長はしうちまいらせられ、竹内よりついなかう參りて、御かきあらせらるヽ、べちでんにながはしへならします、御さか月三ごん參る、女中御ばんしゆ御とをりあり、 十二月十八日、せつぶんの御さか月、まも、まめにて一こん參る、まめよはうへむかせられ候て、御所にうちそめまいらせられて、そうへは、長はしうちまいらせ候、竹田

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1394 よりついなかう參る、御さか月のうちに、かきまいらせらるヽ、べちでんに女院の御所へならします、こん三こん參る、御みやげに、しろがね十まいまいらせらるヽ、三の宮の御かたへ、ひいな、はりこ一つヽみ參る、女院の御所々々へ、いつものごとく御ほしまいらせらる、
 ◯按ズルニ、是歳八月ニ閏アリ、因テ年内ニ二度ノ節分ノ祝アリシナリ、

〔百一録〕

〈寶永七年十二月十七日、節分、市中輩内侍所參詣、當年停止、〉

〔續百一録〕

〈延享三年正月十四日、節分、内侍所へ御初尾貳百文、〉

〔花營三代記〕

〈應永二十八年正月八日己卯、節分大豆打役昭心、カチグリ打、アキノ方、申ト酉ノアイ也、アキノ方ヨリウチテ、アキノ方ニテ止、〉

〔齋藤親基日記〕

〈寛正七年正月十一日、節分御方違御成、〈伊勢守春日亭〉
 ◯按ズルニ、節分方違ノ事ハ、方技部陰陽道篇方違節分忌條ニ在リ、〉

〔親俊日記〕

〈天文十一月正月十二日癸巳、節分、坂本へ御鏡、節分祝物共下之、〉

〔臥雲日件録〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1394 文安四年十二月廿二日、明日立春、故及昏景富毎室散熬豆、因唱鬼外福内四字、蓋此方驅儺之様也、

〔宗長手記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1394 廿五日、〈◯大永六年十二月〉節分の夜、大豆打つを聞て、
 福は内へいり豆の今夜もてなしに拾ひ〳〵や鬼は出らん

〔宣胤卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1394 文龜元年十二月十九日癸亥、今夜節分、續心經大豆事等如例、

〔言經卿記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1394 慶長九年正月七日戊午、節分之神供已下祝詞如例了、豆ヲハヤス、大澤彌七郞也、

〔道の幸〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1394 廿三日、〈◯寛政四年十二月、中略、〉菊川にいづれば、家ごとに長き竿にいがきつけて、しきみさしたるを、庇の柱にゆひそへて立たり、何ぞととへば、けふはせちぶでござりますから、鬼おどしをたてまするといふ、しきみにやととへば、かうの葉なりといふ、猶とへど、しきみとはいはで、かうのは、

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1395 かうの實などいふ、金谷、島田、水の上などまでおなじさまなり、いはしの頭は見えず、あたらしき箸を折て、かうの葉をまきて、ねぎをはさみて、戸にさすこともありといふ、松島の日記に、あすは年かへる日なりとて、松にしきみをたてそへと見えしもおもひ出らる、又藤枝のあたりは、ひヽらぎにしきみをそへたるも見えし、こよひは藤枝にやどる、そのやどりにて豆はやしす、〈◯節分〉酉のをはりに、あやしのをのこ袴きて、煎豆入たる升を箕の内にのせて、あきの方にむかひ、鬼は外三聲、福は内三聲、一聲ごとに豆一まきづヽうちて、打をはれば、三方に紙しき、いり豆もり、ひヽらぎの枝そへてすへたり、所がらめづらかなる年の夜なりけり、

〔大江俊矩記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1395 文化十年十二月十五日丁丑、今日節分也、柊鰯挾之依俗習也、〈雖此節之儀、以邪氣之義、不遠慮持也、〉煎豆如形擲之、〈同上〉但不聲、〈依傳奏觸也〉尤年徳棚不之、一切家内祝儀堅固令停止、只入夜煎豆喰之而已、〈◯是歳閏十一月、後櫻町帝崩、〉

〔先哲叢談〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1395 伊藤維楨、字原佐、號仁齋、〈◯中略〉
邦俗立春前一夕撒炒豆、高聲叫曰、福内鬼外、殆不於兒戲乎、而仁齋必著禮服之家、其不好爲崖異者如此、

節分式停止

〔徳川禁令考〕

〈三十年始嘉節〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1395 慶應三卯年三月廿三日
   御祝儀事御廢止之件々
  河内守殿御渡       大目付〈江◯中略〉
 節分 右祝儀御禮等御廢之事〈◯中略〉
右之趣向々〈江〉可相觸
  三月

厄拂

〔書言字考節用集〕

〈二時候〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1395 厄攘〈又云厄除〉

〔人倫訓蒙圖彙〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1396 厄拂 節分夜にありく、はらいを望者、煎大豆に錢つヽみてとらすれば、壽命長久のすいた事をたからかにわめく、只二時計、世上の大豆を打間にめぐる所作なれば、いそがしき事かぎりなし、

〔日次紀事〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1396 節分の夜、厄拂をするといふこと有て、男女ともに、厄年にあたりたるものは、身をはらひするなり、 同夜、〈◯中略〉人々以大豆紀年之數、與孔方兄數枚白紙之、自摩遍體、則授是於街頭疫拂、疫拂受之、高聲唱逐疫詞而祝之、併爲鷄鳴而去、今夜乞人以綿中覆頭面、自稱疫拂疫落、終夜往來街衢、至曉而止之、

〔日本歳時記〕

〈七十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1396 世俗に立春の前夜、乞人家々に行て、厄拂ひ〳〵とよぶ、其翌年厄にあたる歳の人、錢を出してあたふれば、祝詞をのべ、をはりに鷄の鳴まねをす、京都武城に殊に多し、鄙にもする所多し、

〔俳諧歳時記〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1396 厄祓〈厄落〉 此月に入るより、貧者毎數十人群をなし、神鬼に裝ひ、男婦鑼鼔を以、門を巡り錢を乞ふ、これを打夜胡( /やくはらひ)と名づく、又驅祟の類、〈夢花録、月令廣義、〉十二月廿四日これを交年といふ、丐者塗抹鬼形に裝成し、驅儺と叫跳り、利物を索乞〈熙朝樂事〉かヽれば唐山にも丐者のやくはらひといふことするとみえたり、厄祓は逐疫也、代酔篇に出、

〔改正月令博物筌〕

〈十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1396 節分〈◯中略〉厄拂〈厄落、(中略)國によりて、今夕毎家に社人來りて祓をする所もあり、是は禁中に卅日に行はるヽ大祓の餘風なるべし、厄拂の事、歌にちくらの沖へさらりといふは、素盞烏尊の、千くらの置所に物をつみて拂なし給ふ、其千くら置所を、ちくらの沖といへるなるべし、祇園けづりかけの夜にも、身の厄を拂はんが爲、何なるものにても、我身に添ひたる物を、わざと道に落し歸るなどのならはせも同じ心也、〉

〔秇苑日渉〕

〈七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1396 民間歳節下 立春前一日謂之節分、〈◯中略〉老幼男女啖豆如歳數加以一、謂之年豆、街上有疫者、兒女以紙包裹年豆及錢一文之、則唱祝壽驅邪之辭去、謂之疫除(ヤクハラヒ)

〔塵塚談〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1396 厄はらひといふ非人、節分の夜は、御厄はらひが厄拂ひましよとさけび、武家町家を歩

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1397 行く事は、今昔かはりなし、文化元子年頃より、大晦日、正月六日、同十四日にも、除夜のごとくに、御厄はらひ〳〵といふて來るなり、しかし節分の如くに大勢は來らず、

〔東都歳事記〕

〈四十二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1397 節分、〈立春の前日也〉 今夜厄拂ひ來る、厄はらひは、元祿開板の人倫訓蒙圖彙に、同じ頃は節分の夜ばかりにして、世上の豆をまく間、只二時の程にありきしよしなり、文化より以來は、冬至除夜正月の年越毎に來る、

〔守貞漫稿〕

〈二十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1397 厄拂 京坂ハ節分ノ夜ノミ來ル、江戸モ古ハ節分ノミナリシガ、文化元年以來、大卅日、正月六日、十四日ニ來ル、 追儺ノ豆、大坂ハ年數ヲカゾヘ一錢ヲ加ヘ、白紙ニ包ミ與フ、江戸ハ十二錢ヲ添ルナリ、又京坂ハヤクハライマシヤウト云、江戸ハオンヤク———ト、御字ヲ付ル、厄拂ノ辭ノミ、音節及ビ文句トモニ三都相似タリ、蓋文句ハ年々種々アリ、 アヽラ、メデタイナ、メデタイナ、ダンナ住吉御參詣、ソリ橋カラ西ヲナガムレバ、七福神ノ船アソビ、中ニモ夷ト云人ハ、命長柄ノ棹ヲモチ、メギスオギスノ糸ヲツケ、金ト銀トノ針ヲタレ、釣タル鯛ガ姫小鯛、カホドメデタキオリカラニ、イカナル惡魔ガ來ルトモ、此厄ハラヒガヒツトラヘ、西ノ海トハオモヘドモ、チクラガ沖ヘサラリ、 或ハ役者名盡シ、魚盡、何盡ナド種々ヲ云、

〔宗長手記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1397 廿五日、〈◯大永六年十二月〉節分の夜、〈◯中略〉京には役落しとて、年の數錢を包みて、乞食の夜行におとしてとらする事を思ひやりて、
 かぞふれば我八十の雜事錢やくとていかヾおとしやるべき

雜載

〔羅山文集〕

〈五十六雜著〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1397 儺文 儺雖於戲、而古之禮也、故聖人猶朝服而立於阼階、記於周禮、載於漢志、見於歴代之史集勝數也、我國昔神世、既雖鬼之故事、然權輿于文武帝慶雲三年、以降毎歳行以爲恒、出于國史、具于江家之次第、其朝廷儀式、未論焉、民間除夕、到今所行者、挿杠谷樹於門戸壁間、此國諺所謂比比良木是也、其葉有稜角刺、蓋禦邪鬼也、又爆豆撒之屋内、唱曰、鬼兮外、福兮内、古

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1398 人所云、暗中信手頻抛擲、打著諸方鬼眼睛是也、按、漢舊儀、逐疫之夕、方相氏率隷童、設桃弓棘矢土鼔、鼔且射之、又取赤丸五穀、以播灑之、夫五穀菽豆在其中、杠谷樹與棘矢、亦不甚遠也、方相侲童所唱和、其辭八十言、咨爾十二神食諸惡鬼者、亦不於鬼外福内之四言、由是觀之、我國雖古有此故事、然謂漢儀亦可乎、今夫炒豆、其聲爆々烈々、鬼聞汗流魄駭、抛豆其響砲々發々、飛雹碎氷、有時而如銃丸之擊破、鬼心洗々、股戰毛竪、宜乎邪魅之逃遁也、及其既逃也、則杠谷樹森兵戟、鬼豈得再還來哉、所謂鬼外福内之言洋々乎盈耳哉、吾聞、度朔之山有二神、曰神荼、曰鬱儡、領群鬼、若有祟爲一レ邪者、縛之以葦索、此山在東海中而近扶桑、或然則此二神者、不我國之靈、未知也、嗚呼豆之焦而馨、神其歆之、豆之散而鳴、神其聽之、豆一也、群邪懼之、明神饗之、爲我要者、爲彼害者、蓋如此、於是乎焄蒿悽愴、肅爾而居、若神言焉云、鬼兮外、福兮内、神之格、鬼之退、惟二神儼而對、召鬼王鬼罪、抉鬼眼、割鬼肺、搤鬼吭、拔鬼髻、拉鬼肩、鞭鬼背、鬼口喎、鬼鼻嚔、鬼腕脱、鬼脚蹶、縲鬼翁、紲鬼壻、係鬼妻、縛鬼妹、執鬼子、捕鬼弟、破鬼篋、裂鬼袋、僨鬼車、毀鬼蓋、赫鬼躯、褫鬼袂、奪鬼糗、閉鬼米、鬼僕倒、鬼婢斃、鬼牙摧、鬼翼鎩、鬼顏赧、鬼顙泚、鬼色枯、鬼聲嗄、鬼不笑、鬼泣涕、群鬼族及鬼輩、叩鬼頭乃九拜曰、鬼去來不再、流鴨水、浮於桂、送之淀、湛于海、畀鬼方四裔、不祥除、景福介、神之助、人是頼、神之徳、物所體、言惟敬、行惟励、是人心、神所憩、嗚呼冬春交、陰陽際、今夫送故迎新、眉壽無疆百千歳、 余比年在江戸、元和九年、旋洛而逢除夜、因作儺辭云爾、

〔鶉衣〕

〈後編〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1398 節分賦 こよひは鬼のすだく夜なりとて、家々に鰯の頭、柊さし渡す、我大君の國のならはし、いづくか鬼のすみかなるべき、昔の聖は衣冠して、殊に此夜をつヽしみ給ふとこそ、世をのがれたる翁の巨燵に足さしわたし、年を惜むの外に、何のわきまへたる事もなきこそ中々安かりけれ、今は捨たる世ににげなきわざながら、家に老たる男の、かヾめる腰にしほたれ袴かけて、けしきばかり豆うちちらし、聲わなヽきて鬼やらひたるも、昔覺えておかし、年の數を豆に拾

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1399 ひて、厄拂ふ者にととらするものとて、をのがさま〴〵する事なるに、むかしは膝のあたりかい探りても、其數を得たりしが、今は八疊の一ト間にもあまるばかりに成にたるぞ侘しきや、厄拂ふ男の、宵は町々をめぐりし後、夜更るほど聲呼からして、此わたりへも音なふ事にぞ有ける、行年波のしげく打よせて、かたち見にくう心かたくなに、今は世にいとはるヽ身の、老はそとへと打出されざるこそせめての幸なれ、 一えだの梅はそへずや柊うり 雪はらふ垣ねや梅の厄おとし、 梅やさく福と鬼とのへだて垣

〔守貞漫稿〕

〈二十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1399 節分ノ夜、大坂ノ市民五六夫、或ハ同製ノ服ヲ着シ、或ハ不同ノ服モ有之、其中一人生海鼠ニ細繩ヲツケ、地上ヲ曳キ巡ル、其餘三四夫ハ各銅鑼、鉦、太鼔等ヲ鳴シテ曰、ウゴロモチハ内ニカ、トラゴドンノオンマヒジヤト呼ビ、自家及ビ知音ノ家ニモ往テ祝スコトアリ、ウゴロモチハ土龍ヲ云也、江戸ニテハ、ムグロモチト云、坂人今夜ノミ生海鼠ヲトラゴドノ、虎子殿ト云、傳云、行之年ハ、其家土龍地ヲ動サズ云々、最モ古風ヲ存セリ、

〔筆のすさび〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1399 一節分に菓木をうつ事 五島の俗、節分に童子きそひて菓木をうちたヽき、來年は枝のたわむまでなれ〳〵といふ、蜡後草木をむちうち萌動せしむといふこと、おもひあはせておもしろし、

〔房總志料〕

〈四上總附録〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.1399 一夷隅郡夷北村の俗に、清明の候に童部あつまり、木刀竹鎗などいふもの持て、鬼の面を裝るわらはを先にし、金鼔を鳴し、跡より逐、いふ惡鬼を退治すと、これ則追儺(オニヤライ)の古俗、僻邑には猶かヽる事ぞのこれる、


Last-modified: 2016-05-06 (金) 16:07:44 (832d)