http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0882 沙糖ハ、サタウト云フ、甘蔗ノ汁ヲ以テ製シタルモノナリ、初メ外國ヨリ毎ニ舶載シテ齎シ來リシガ、德川幕府ノ時其法ヲ傳ヘ、我那ニ於テモ之ヲ製スルニ至レリ、白沙糖アリ、黒沙糖アリ、白沙糖ヲ結晶セシメタルヲ氷沙糖ト云フ、♯蜜ハ、ミチ、又ハミツト云フ、蜜蜂ノ醞釀シテ造リタルモノニシテ、藥劑ニモ之ヲ用イタリ、近世沙糖ノ煎汁ヲ以テ蜜ヲ製ス、謂ユル沙糖蜜ト稱スルモノ是ナリ、♯甘葛煎ハ、アマヅラセント云フ、蘡薁藤(アマヅラ)ノ汁ヲ以テ作リタルモノニシテ、中古甘味ニハ專ラ之ヲ用イタリ、今甘茶ト稱スルモノ蓋シ是ナラン、

名稱

〔本草和名〕

〈十七菓〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 沙糖〈甘庶汁作之〉 唐

〔下學集〕

〈下飮食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 砂糖(サトウ)

〔易林本節用集〕

〈左食服〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 沙糖(サタウ)

〔書言字考節用集〕

〈六服食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 紫沙餹(クロザタウ)〈本草〉 沙餹(サタウ)〈代醉、沙餹中國本無、唐太宗時外國貢至、問其使人此何物、云以甘庶汁煎成者、〉

〔異制庭訓往來〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 酒肴等餘無沙汰無極候、何樣尾籠之至可候乎、荒々所尋出者、〈○中略〉砂糖(○○)飴甘葛煎壺五十、

〔塵袋〕

〈九飮食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 一沙糖ト沙棠トハ一物歟、各別歟、 各別也、沙糖ハ唐ノアメ也、甘蔗ト云フ草ハ、タカクオヒアガリテ、クキハマキモノヽ如シ、アマキ草也、象コレヲコノミクラフ、人モコノ草ノクキヲワギリニキリテスハブレバ、アマキシルアリ、コレヲ煎ジテツヽハカシタルヲ沙糖ト云フ、沙棠ハ仙菓ノ名也、ツネニアルモノニ非ズ、山海經曰、崑崙丘有木焉、其状如</rb><rt>ヤマ</rt></ruby>棠(ナシノ)、而黄花赤實、其味如李、而无核、名曰沙棠、御用也、水永人食使溺云ヘリ、呂氏春秋曰、果之美者、沙棠之實ト云ヘリ、

〔北史〕

〈九十五〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 眞臘國在林邑西南、本扶南之屬國也、〈○中略〉飮食多蘇酪沙糖秔粟餅

〔老學庵筆記〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 聞人茂德言沙糖中國本無之、唐太宗時外國貢至、問其使人此何物、云以甘蔗汁煎、用其法煎成、與外國者等、自此中國方有沙糖、唐以前書傳凡言糖者皆糟耳、如糖蟹糖薑皆是、

傳來

〔槐記續編〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0883 享保十七年十一月十三日、參候、昨日仰付ラレシ〈○近衞家熙〉砂糖ト云モノハ、本西域ノ制ニシテ、大唐エ渡リタルモ遠カラヌヤウ也、本綱ナドニ出タル趣ヲ、考エ申スベキノ由也、今日參上、本綱ノ趣モ本唐ノモノニアラズ、西戎ノ制ナルヲ、唐ノ太宗ノトキ、使ヲ遣シテ習ハサレシ由也、出處モナク時珍ガ説也、甘蔗汁ノコトハ、外臺秘要ニ出タルハ、唐ヨリ傳リタルコト、疑ナキモノノヤウナレドモ、甘蔗汁トバカリニテハ、砂糖ノコトハ究ハメガタキ由ヲ申シ上グ、〈即本綱御覽ニ入〉ナルホドコレニテ尤ナルコト也、悉伽羅經ト云モノニクハシク出タリ、コレナレバイカウ古キモ ノ也、西域ノ制ト云モ尤ナリト仰ラル、日本ヘハ何時分ニ渡リタルニヤト申シ上グ、仰ニコレハイカフ近キコト也、ヤウ〳〵太平記時代前後トミヘタリ、鎌倉ノ將軍ヨリ天龍寺ノ義堂ニ、小壺ニ入テ贈ラレシヲ、特ニ重寶セラレシ由也、ソレヨリ後廣クナル、禁中ノ式ニモソレマデハ、ヤウヤウアマヅラ、アメノミ也、砂糖ノコト古式ニミヘズト、

〔本草綱目〕

〈三十三果〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0884 沙餹〈唐本草〉♯集解〈恭曰、沙餹出蜀地、西戎江東並有之、笮甘蔗汁煎成紫色、瑞曰、稀者爲蔗餹、乾者爲沙餹、毬者爲毬餹、餅者爲餹餅、沙餹中凝結如石、破之如沙透、明白者爲餹霜、時珍曰、此紫沙餹也、法出西域、唐太宗始遣人傳其法中國、以蔗汁樟木槽取而煎成、淸者爲蔗餳、凝結有沙者爲沙餹、漆甕造成如石如霜如氷者、爲石蜜、爲餹霜、爲氷餹也、紫餹亦可煎化印成鳥獸果物之状以充席獻、今之貨者、又多雜以米餳諸物、不知、〉

〔本朝食鑑〕

〈四菓〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0884 甘蔗♯煎汁取沙餹其法及氣味主治發明詳于綱目、近代蔗種移中華朝鮮琉球、然本邦之地未生長、其沙餹多傳送於外國也、

〔貞丈雜記〕

〈六飮食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0884 一砂糖は古は今の如く多くはなかりしなり、舊記にさたうやうかんとあるも、砂糖を入て調たるやうかん珍しき故、如此いふなるべし、常の羊羹はさたうを不入なるべし、いにしへ砂糖なき時代、すべて菓子類はあまづらと云ものにて、あまみを付たる也、今は異國より砂糖多く渡る故、世に澤山なり、

甘蔗培養

〔農業全書〕

〈五山野菜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0884 甘蔗(かんしや&さたうのくき)♯甘蔗は其葉薏苡に似たり、暖國にそだつ物なり、近年薩摩には、琉球より取つたへて種(うゆ)るとかや、是を諸國に廣く作る事は、國郡の主にあらずば、すみやかに行はれがたかるべし、庶人の力には及がたからん、是常に人家に用ゆる物なるゆへ、本邦の貴賤財を費す事尤甚し、是を種る事、よく其法を傳へ作りたらば、海邊の暖國には必生長すべし、若其術を盡して、世上に多く作らば、みだ りに和國の財を外國へ費しとられざる、一つの助たるべし、然ば力を用ひ、是を世にひろめたらむ人は、誠に永く我國の富を致す人ならんかし、是を種る法は、農政全書等に委し、いまだ其たねさへ此國になき物なれば、今こゝに略す、

〔書言字考節用集〕

〈六生植〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0885 甘蔗(カンシヤ)〈本草、莖似竹而内實、抽葉知蘆、長三四尺、扶疎四垂、取汁爲沙餹、〉 甘蔗(アマカヅラ&アマキ)〈芳蔗、荻蔗、並同、俗云沙糖竹、〉 甘蔗(サタウキビ&サタウノキ)

〔和漢三才圖會〕

〈九十蓏果〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0885 甘蔗(さとうの水&かんしや)

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈二十二蓏〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0885 甘蔗 サトウキビ サトウノキ サトウグサ サトウダケ 一名瑤池絳節〈事物異名〉 庶草〈同上〉 黄金顙〈事物紺珠〉 藷蔗〈通雅〉 甘藷〈同上、同名アリ、〉 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins021646.gif http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins021664.gif 〈同上〉 干蔗〈汝南圃史〉 甘http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins088501.gif 〈正字通〉 諸柘〈文選註〉 杖蔗〈福州府志〉 自然汁、一名蜜汁、〈行厨集〉 銷醉〈同上〉♯甘蔗、品類多シ、享保年中琉球ノ産薩州ヨリ來リ、今諸國ニ多ク栽ユル者ハ荻蔗ナリ、苗形荻ニ似タリ、故ニヲギ樣(デ)ノサトウキビト呼ブ、形状蜀黍ノ如クニシテ、葉微狹シ、苗高サ丈餘ニシテ葉互生ス、其莖大ニシテ竹ノ如シ、皮堅ク穰柔ニシテ、蜀黍稭ノ如シ、本ハ節蜜ニシテ、梢ニ至リ漸ク長シ、此草ハ葉ノミニシテ、花實ヲ生セズ、十月已後根ヲ去リ、莖ヲ收メ、土窖ノ中ニ藏メ、寒ヲ避ク、三月ニ至テ採リ出シ、節ヲ中ニシテ切リ、陽地ニ栽ユレバ、節ゴトニ兩芽ヲ生ズ、稍長ジテ、壯ナル芽ヲ殘シ、餘ハ除キ去ル、夏ニ至レバ旁ヨリ數莖叢生ス、冬ニ至リ莖ノ能ク熟スル者ヲ搾リテ、黑沙糖トス、コノ蔗ヲ糖蔗〈天工開物〉ト云、又飴蔗〈閩部疏〉トモ云、一種莖熟シテ生食スベクシテ、搾リテ沙糖ニナラザルアリ、是http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins088502.gif 崘蔗ナリ、是ヲ果蔗〈天工開物〉ト云、又食蔗〈閩部疏〉トモ云フ、世説ニ顧凱之漸入佳境ト云ル者是ナリ、本ハ甘シテ梢ハ淡シ、故ニ顧凱之梢ヨリ食セシ故、漸ク佳境ニ入ルト云フ、蔗ノ品類ハ天工開物に詳ナリ、

〔物類品隲〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0885 甘蔗培養并製造法○中略♯擇地之法♯ 甘蔗漢土ニテモ、江淅、閩廣、湖南、蜀川等ノ地ニ出ヅ、就中閩廣ノ間尤繁シ、他方合併シテ、其十ガ一ヲ得ト云ヘリ、此物本南地ニ出ヅ、故ニ寒ヲ畏ル、寒國ニハ植トイヘドモ、糖出ルコト少シ、北地ニハ植ベカラズ、近世尾張知多郡、長門細江ノ邊、多植テ製シ出ス、其他植ルコト未多、按ズルニ和泉、紀伊、伊勢、志摩、伊豆、駿河、四國、九州ノ諸國是ヲ植ベシ、此物來砂土(スナマシリツチ)ヲ好ム、黄泥(アカヘナ)等ノ地ニハ植ベカラズ、海ニ近キ河濱州土ニ植ルヲ第一トス、土ヲ試ニハ、坑ヲ堀コト尺餘、沙土ヲ口ニ入テ、味苦モノハ植ベカラズ、又土ノ味甘クトモ、深山上流河濱等ニハ植ベカラズ、蔗質日ヲ不懼、處處海島水利惡シテ、水田トナシガタク、或ハ生田(シンガイ)、又川水溢テ、沙土ノ入タル地、他物ノ植ガタキ處モ、是ヲ植テ長ジ易シ、♯貯莖之法♯甘蔗實ナシ、莖ヲ切テ植レバ、節ノ傍芽ヲ生ズ、呂惠卿所謂草皆正生嫡出、惟蔗側種、根上庶出、故字從庶也ト云モノ、是ナリ、莖ヲ貯ルハ、冬初霜將至トキ、莖ヲ土中ニ埋メ、水濕ノ入ザルヤウニシテ貯置ナリ、大抵芋種ヲ貯ルニ似タリ、根ヲ貯ルモ、其法同ジ、♯植莖之法♯莖ヲ出シ植ルコト、天工開物ニハ、雨水ノ前五六日、天色淸明即開出スト、雨水ハ正月ノ中ナリ、處ニヨリテ餘寒強キ地ニテハ、早ク植レバ莖朽ルナリ、是ハ土地ノ寒暖ニヨリテ遲速アルベシ、莖ヲ堀出シ、籜ヲ去、二節ヅヽニ伐リ、暖ナル地ヲ擇テ是ヲ植ユ、植ル法ハ、莖ノ本ト末ト少ヅヽ重合テ、魚鱗ノゴトク繁ク植ベシ、莖ニ節アルユエ、芽ノ出處兩方ニアリ、是ヲ植テ一ノ芽上ニ向ヘバ、一ノ芽下ニ向ユエ惡シ、兩芽トモ橫ニ向ヘバ、各芽ヲ出スナリ、掩土薄クスベシ、芽長ズルコト一二寸ニシテ、淸糞(ウスゴエ)水ヲ澆、六七寸ニ至テ分チ栽ベシ、♯分栽之法♯ 前ノ如ク一タビ植テ、芽六七寸モ出タル時、別地ニ畦ヲ作リテ移植ベシ、畦ヲ作ルコト濶サ三尺、畦ノ中犂溝(ミヅ)ヲ堀コト深サ四五寸、蔗ヲ溝内ニ栽、ソノ間各一尺七八寸、掩土寸許、土厚ケレバ芽ヲ出スコト少シ、芽三四箇ヨリ六七箇出ル時、漸漸ニ土ヲ下シ、時時犂耕シテ土ヲ加フベシ、土ヲ加ルコト漸厚ケレバ根深シ、根深ケレバ莖長ジテ倒ノ憂ナシ、長一二尺ニ至レバ、芸薹枯(アブラカス)ヲ水ニ浸シテ灌ベシ、月ニ二三度犂耕シテ草ヲ去リ、根ニ培フベシ、六月以後傍ヨリ生タル莖ハ、悉切去ベシ、♯伐莖之法♯漢土ニテ五領以南甚暖ニテ、冬霜ナキノ地ハ、蓄蔗不伐、年ヲ經テ製シタルモノ、糖甚好ト云リ、本邦ニテハ霜ナキノ地ナシ、蔗霜ニ遇バ即枯ル、久ヲ經ルコト能ハズ、氣候ヲ考ヘ、霜降ント思バ、是ヲ伐ベシ、然ドモ若伐コト早ケレバ、其漿未滿、故ニ糖少シ、時候ヲ考ルコト、尤心ヲ用ウベシ、

〔經濟要録〕

〈四〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0887 諸糕第五♯沙糖昔ハ舶來ノミヲ用タル者ナリシガ、近年薩摩ニテ夥シク黑沙糖ヲ作リ、讃岐及ビ尾州長州此レニ次グ、且讃岐ヨリハ白沙糖ヲ夥シク出シ、阿州土佐等ニテ氷沙糖ヲ製ス、抑甘蔗ハ赤道下ニ蕃衍スルモノナルガ故ニ、氣候ノ温熱ヲ好ミ、寒冷ヲ畏ル、故ニ赤道下ヲ距ルノ遠キニ從ヒ、漸漸甘味淡シ、是寒地ニ適セザル者ナルヲ以テナリ、然レドモ氣候ヲ變通スルノ術ヲ行フトキハ、四十五度許ノ地マデハ此レヲ作ルベシ、黑糖ヲ製シ得ルトキハ、此レヲ白糖トナシ、氷糖トナスモ此レ亦無造作ナル者ナリ、凡甘蔗ハ甚シク小根ノ張ル者ニテ、粘埴ノ土地ニハ決シテ適ハザル者ナリ、宜ク海邊ノ沙漠ニ作ルベシ、沙漠ハ極テ多キ者ナレバ、夥シク此レヲ作ルベシ、

〔日本山海名物圖會〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0887 薩摩大島黑沙糖♯甘蔗と云草、俗に砂糖黍と云、莖は竹に似て葉は黍に似たり實なし、古根http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins002001.gif 苗を生ず、此草を取て よくたゝきくだきて煎じつめ、石灰を加へてかためたるを黑沙糖とす、百姓多くこれをつくりて年貢に納む、菓子を製するに專これを用ゆ、唐よりわたる黑沙糖よりは、色も黑く味あしゝ、唐にて白砂糖氷砂糖をこしらゆるも皆此草也、日本にては黑の外は白は不出來

〔有德院殿御實紀附録〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0888 沙糖も今は日用かきがたきものとなれば、唐土より來るをまたず、わが國の産をこそ用ゆべけれとて、甘蔗培栽の法をあまねく尋もとめ玉ひしに、享保十二年、松平大隈守繼豐が家人落合孫右衞門といふ者、薩摩國よりいで來り、培殖の事ども委く申ければ、其敎をうけしめて、濱の御庭にて作らしめ玉ひ、又駿河長崎等の地にも植られ、延享のはじめには專らこの事を沙汰し玉ひ、深見新兵衞有隣〈書物奉行〉等にも仰下されて、天工開物をはじめ、府志縣志等の諸書より考あつめられ、また長崎に來りし唐商李大衡游龍順などにも、とはしめられしかば、各製法の事を書て奉れり、吹上御庭の下吏岡田丈助某といへるは、心きゝたるものにて、やゝ製法に熟せり、小姓磯野丹波守政武も仰をうけて吹上にいたり、火候など試し事もありしかど、其ころは土性に應ぜざるゆゑにや、唐土のごとく多くは出來がたかりしかど、寬政のはじめにいたりては、諸國ともに多く作り出し、唐産よりも盛に行はれ、大師河原などの地にては、氷糖をさへたやすく製する事となりしも、またく此御ときの御心おきての、やう〳〵あらはれぬるにこそありけれ、

〔平賀鳩渓實記〕

〈一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0888 平賀源内大坂にて評判の事♯源内は大坂へ出張して、富貴の町人へ心易出會せしが、或時中島屋喜四郎といへるものへ申けるは、我等事讃州出生にて、若年にて所々遍歴して、國數は見ずといへども、西國の地理は盡せり、然るに備後國の土地を見るに、砂糖には最上の土地なり、貴殿には砂糖商賣の事なれば、定て土地の善惡は御存知なるべしと、風と物語りしければ、喜四郎申けるは、尤砂糖の上品は兎角漢土 でなければ宜しからず、日本製の砂糖は甘味薄くして上白の色なし、甚だ下品也と云、源内申けるは、左もあるべし、尤ながら砂糖の土地は砂場が上品なり、然るに南京の土地は砂場少し、しかれども砂糖におゐては至極上品なり、左すれば土地計にてもなし、養ひ方第一なり、土地の宜しき方を見立、砂糖を植付養ひ方を法の通りにいたさば、日本にても上品の砂糖出來すべきは必定なり、其許其志しあらば、備後國にて田地を求め、砂糖を植付給ふべし、我等製法すべし、上品の砂糖出來なば大なる利益なりと申ける、喜四郎富る人なれば夫は安き事なり、幸ひ備後の國には我等遠縁のものあり、早速畑をもとむべしと、飛脚を以て申し遣しける、備後にては樣子は知らねども、急ぎ能畑地を求て、喜四郎方へ知らせければ、喜四郎は源内へしか〳〵の物語りして、旅用意して源内と同道して備後の國へ赴き砂糖を植付ける、源内は喜四郎へ砂糖の養ひ方を傳授して、所々一見して又大坂へ戻りける、これ全く喜四郎へ利德を付て、金銀を自由に爲すべき階梯なり、砂糖の製法左に記す、♯鳩の糞 蜜を交四五日置、日に干て細末にして、砂糖を植べき砂へ交て栽るなり、♯甘草 砂糖の木二三寸も延たる時分、水にとき根に縣る事、毎日二三度、三十日計如此すればよし、♯右のごとく製法して、能々小石を拾ひ出し、其上にて毎日夕方水少しづゝ根へ懸る也、扨喜四郎は源内が砂糖の傳授を得て、程なく砂糖成就したり、其味實に蜜の如く、色は太白にして、渡り砂糖に少も相違なし、〈○下略〉

〔諸事留〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0889 近來於諸國砂糖之製作追々相增、大坂表其外國々http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins002001.gif 積送高多分之趣ニ相聞候、右ニ付而者、自然本田畑〈江〉甘蔗を作り、米榖ニかへ砂糖製作を專といたし候義者、不然事ニ候、依之自今已後猥ニ本田畑江甘蔗を作候儀、可停止候、但荒地或者野山を開き、米榖不熟之地〈江〉作候義 者、可格別事、♯右之通、文政元寅年相觸候處、近年又々猥ニ相成、本田畑ニ甘蔗を作候趣相聞、不埒之事ニ候、巳來急度相守、本田畑〈江〉作候儀者一切致間敷候、若相背者有之ニおゐて者、吟味之上急度可申付候、♯右之通、文政元寅年、天保五午年相觸候通、彌相守可申者也、♯右之趣御料者御代官、私領者領主地頭http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins002001.gif 、念入可申付候、♯三月♯右之通、御書付出候間、町中不洩樣可相觸候、♯子〈○天保十一年〉三月十日 町年寄役所

種類

〔和漢三才圖會〕

〈九十蓏果〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0890 紫餹(くろさたう)〈煎蔗汁或、稀者爲紫餹、乾者爲沙餹、毬者爲毬餹、餅者爲餹餅、明白者爲餹霜、〉♯本綱沙餹法出西域、唐太宗始遣人傳其法中國、笮(シボリ)甘蔗汁樟木槽取而煎成、♯紫餹(○○)〈一名蔗餹〉 初煎成淸者紫黑色、〈俗云黑沙餹(○○○)〉復可煎化即成鳥獸果物之状以充席獻、今之貨者又多雜以米餳諸物知、♯氣味〈甘温〉潤心肺、治口乾渇、多食則令人心痛長蟲、 〈與棗同食病齲、與鯽魚同食成疳蟲、與笋同食不消成http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins089001.gif 、身重不行也、〉♯氷餹(こほりさとう) 餹霜(しろさたう) 石蜜(同)♯古者惟飮蔗漿、其後煎爲蔗餳、又http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins067265.gif石蜜、唐初以蔗爲酒、而餹霜則自大暦間有鄒和尚者、來住蜀之遂寧繖山始傳氷餹起焉、♯按沙餹有氷餹、餹霜、紫餹三品、〈石蜜亦白沙餹之塊者、今別不之、〉本是一物、猶生鐵、熟鐵、鋼鐵之異、本朝雖種之茂盛也、餈餅之佐、必用之食品也、自異國來大概記于左、♯白沙糖(○○○)者凡二百五十萬斤〈一芚百七十五斤、於長崎分爲二櫃、有八十六斤半、〉♯自諸國來、潔白而不濕者佳、其中有大塊圓扁餅者呼曰盞盆(サンボン)、碎之甚白、凡太寃爲極上、交趾次之、 南京福建寧波等又次之、咬http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins066116.gif 吧、阿蘭陀〈稱出島〉爲下、♯氷沙糖(○○○) 凡二十萬斤餘♯玲瓏如琥寧者佳、是亦自處々來、太寃爲上、♯黑沙糖(○○○) 凡七八十萬斤〈要年不一レ敗、少和石灰、用時煎之宜去石灰、〉♯交趾爲上、大寃福州暹羅次之、東補寨爲下、此外自琉球亦七八十萬斤來、最下、〈但琉球未白氷製法乎、唯黑沙糖而已、〉

〔秇苑日渉〕

〈九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0891 沙糖♯沙糖或作沙餳、或沙飴、或蔗餳、即今之黑沙糖也、漢以來已有之、製作霜、則自李唐始、〈○中略〉♯白糖(○○)謂之糖霜、又謂之霜糖、或謂之蔗霜、其最白者曰洋糖(○○)、〈俗云太白(○○○)中略〉♯紫黑色者易黑糖(○○)、曰紅沙糖、曰紫沙糖、曰鳥糖、曰黑沙糖、曰黑片糖、曰黄片糖、曰赤沙糖、曰赤糖、皆一物也、以煅煉之精粗、顔色之淺深、微分其品而已、

〔庖厨備用倭名本草〕

〈七果〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0891 沙糖♯元升曰、唐宋ノ間ニ沙糖ヲ日本ニ渡サヾリケルニヤ、和名抄ニ沙糖ナシ、蕃舶ハジメテ沙糖ヲ載セキタリシヨリ、年々渡リ來リテ絶ルコトナシ、其ノ白沙ノ如クナルヲ、俗ニシロザタウ(○○○○○)ト云、ハナハダ白キヲ、俗ニタイハク(○○○○)ト云、石ノ如ク氷ノ如クナルヲ、俗ニコホリザタウ(○○○○○○)ト云フ、紫黑色ナルヲ、俗ニクロザタウ(○○○○○)ト云、黑ザタウニ子バルアリ、子バラザルアリ、子バラザルハヤヽ黄色ヲ帶タリ、子バルニハ蚌灰(カキノハイ)ヲマジヘテコリカタム、シヤムラウヨリ來ルヲキリザタウ(○○○○○)ト云、紫黄色ノ沙糖ヲツク子カタメテ、切テ餅ノ形ノ如シ、其ノ味子バル黑沙糖ヨリ鮮美ナリ、

〔物類品隲〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0891 甘蔗培養井製造法♯甘蔗數種アリ、〈○中略〉按ズルニ蔗類多シトイヘドモ、是ヲ約スルニ、果蔗、糖蔗ノ二種ナリ、果蔗ハ其莖生ニテ噉フ、取汁適口、世説、顧長康毎蔗自尾至本ト云モノ是ナリ、此種ハ砂糖ニハナラズ、只 莖ヲ果トナシテ食ノミ、其種未本邦、或云薩摩ニ在ト未目撃、糖蔗ハ其莖堅シテ生ニテ噉バ唇舌ヲ傷ル、是ヲ製シテ糖ヲ造ルベシ、煎汁未砂モノヲ蔗糖(○○)ト云、又蔗餳ト云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins008273.gif 含南方草木状云、呉孫亮使黄門以銀椀蓋就中藏吏交州所獻甘蔗餳ト、漢土ニモ往古ハ砂糖ヲ製スルコトヲ知ズ、故ニ蔗餳ヲ以テ貴人ノ食ニ供スト見エタリ、唐ニ至テ西域ヨリ法ヲ傳テ砂糖ヲ製ス、其品亦數種アリ、黑糖(○○)一名紫砂糖、一名紅砂糖、一名赤砂糖、和名クロザタウ、此物蔗ノ老嫩ト製法ノ精粗ニヨリテ、色或ハ黄或ハ帶紫帶紅モノアリ、今薩摩ヨリ來ルモノハ紫黑色、福州ヨリ來ルモノハ紅紫色ナリ、共ニ皆黑糖ナリ、再製シテ色白モノヲ白砂糖(○○○)ト云、一名白糖、和俗亦シロザタウト云、白糖ニ三等アリ、上ヲ淸糖(○○)ト云、又潔白糖又洋糖ト云、和俗大白砂糖(○○○○)ト云モノ是ナリ、中ヲ官糖(○○)ト云、和俗是ヲ中白(○○)ト云、下ヲ奮虎(○○)ト云、和俗シミ(○○)ト稱スルモノ是ナリ、三〈ヒ〉製シテ凝テ石ノゴトキヲ石蜜(○○)ト云、又凝水又氷糖ト云、和俗是ヲ氷砂糖(○○○)ト云、按ズルニ綱目沙糖ヲ指テ、直ニ紫砂糖トシ、石蜜白沙糖ヲ混ジテ一トス、是亦有味、沙糖ハ蔗汁結砂ノ名ナレバ、黑白トモニ通稱スベキナリ、然ヲ蘇恭曰、沙餹出蜀地、笮甘蔗汁、煎成紫色、東壁又砂糖此黑沙糖也ト云モノハ、砂糖其初出モノ黑糖ニシテ白糖ハ後世ニ至テ製出ス、故ニ本草家砂糖ト指モノハ黑糖ナリ、譬バ稻ハ糯粳ノ總稱ナレドモ、本草家稻ト指スモノハ糯ナリ、是ト例ヲ同ス、又石蜜ト白砂糖ヲ混ズルモノハ、其形異ナリトイヘドモ、其功同ヲ以テナリ、沙參ノ條下羊乳ヲ出ス例ノゴトシ、夫砂糖ハ人家有用ノ品ニシテ、昔シ和産ナシ、故ニ漢土及蠻國ヨリ多ク渡ル、享保中台命アリテ琉球ヨリ種ヲ傳フ、是即糖蔗ナリ、〈○下略〉

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈二十二蓏〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0892 沙糖〈○中略〉♯黑糖ニモ數品アリ、色黑キ者、色赤キ者アリ、薩州ヨリ來ルハ紫黑色ナリ、福州ヨリ來ルハ紅紫色ナリ、是ヲ唐黑ト云、色ハ異ナレドモ物ハ同ジ、故ニ紅沙糖赤沙糖ノ名アリ、琉球ヨリ來ル散沙糖 ハ灰ナシ、上品ナリ、〈○中略〉白沙糖ニ上中下ノ三品アリ、本邦ニテ上品ヲ大白ト云、其次ヲ中白ト云、下品ヲシミト云、唐山ニテ大白ハ上白〈閩書〉ト云、一名淸糖、〈同上〉洋糖、〈廣東新語〉中白〈閩書通名〉ハ一名官糖、〈同上〉シミハ下白ト云、〈閩書〉一名奮尾、〈同書〉http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins089301.gif 尾、〈廣東新語〉又舶來ノ白糖數品アリ、紅毛ヨリ來ル者ハ乾テ潤ハズ、故ニ味薄ケレドモ、菓舗ニ上品トス、唐山ヨリ來ル者ハ潤アリテ、久シク貯フレバ塊ヲナス、故ニ下品トス、

〔本草和名〕

〈十七菓〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0893 石蜜(○○)〈煎練沙糖之〉一名沙餅〈出蘇敬注〉 唐

〔多識編〕

〈三果〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0893 石蜜〈今云志呂左多宇、又云古保利左多宇(○○○○○○)、〉

〔書言字考節用集〕

〈六服食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0893 氷沙餹(コホリサタウ)〈本名石蜜、時珍云、沙餹如石如霜如氷者、爲石蜜、〉

〔秇苑日渉〕

〈九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0893 沙糖♯凝結成塊者曰氷糖、曰糖水、或曰石蜜、亦曰糖霜、曰水晶糖霜、曰水晶糖、曰玉餳

〔庖厨備用倭名本草〕

〈七果〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0893 石蜜♯和名抄ニ石蜜ナシ、多識篇ニコホリザタウ、元升曰、本草ノ解ハ沙糖ツクル法ニ異ナルコトナシ、李時珍ガ曰、石蜜ハ即白沙糖ナリ、凝結シテ石ノ如クナルヲ石蜜トシ、輕白ニシテ霜ノ如クナルヲ糖霜トス、堅白ニシテ氷ノ如クナルヲ氷糖トス、ミナ一物ニシテ精粗ノ異アルノミナリ、

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈二十二果〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0893 石蜜♯白沙糖ヲ用テ石蜜ヲ造ル、白沙糖トハ別ナリ、釋名ノ註ニ、白沙糖ヲ併入スルハ非ナリ、冰沙糖ヲ造ル法ハ、天工開物ニ詳ナリ、曰造冰沙糖者、將洋糖煎化、蛋靑澄去浮滓、候視火色、將新青竹破成篾 片寸斬、撤入其中、經過一宵即成、天然冰塊造獅象人物等、質料精粗由人ト、〈○中略〉紅毛ヨリ來ル者ハ、微赤色ヲ帶ブ、水ニ浸ス時ハ碎ケ易シ、俗ニ洗ト呼ブ者ハ潔白ナルヲ云唐山ヨリ來ル者ヲ用ユ、質堅シテ碎ケザル故ナリ、尋常ノ者ハ微黄色ヲ帶ブ、末ニスレバ至テ白シ、是ヲコホリヲロシト 云、♯增、〈○中略〉按ニ蘇恭ノ説ニ、西戎來者佳ト云、孟詵ノ説ニ、波斯來者良ト云ニ據レバ、唐山ニモ惟蠻夷ヨリ將來シテ、製法ハ傳ラザリシト見ユ、然レドモ今ハ淸舶多ク齎來スレバ、已ニ其法ヲ傳フルナルベシ、本邦ニモ文化年間、讃岐ノ人始テ其法ヲ得テ阿州ニ傳フ、白沙糖ニ爐甘石雞卵等ヲ加ヘ、煎煉シテ壺中ニ收メ、靜處ニ安ジテ、七十日許ヲ過レバ自ラ結成ス、ソノ壺少ニテモ動搖スレバ凝結セズ、故ニ七十日ノ中ニ地震スレバ必ズ成ラズ、大抵三四月ニ製スルヲ良トス、冬月ニハ却テ冰状ヲナサズ、

製法

〔物類品隲〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0894糖之法♯王灼餹霜譜云、古者惟飮蔗漿、其後煎爲蔗餳、又曝爲石蜜、唐初以蔗爲酒、而餹霜則自大暦間有鄒和尚者蜀之遂寧繖山、始傳造法ト、本邦ニテハ、近世尾張知多郡地中村原田某、其法傳テ是ヲ製ス、凡製糖ニハ莖ヲ取、籜(ハカマ)ヲ去、二三本ヅヽヲ以テ車ノ縫合中ニ來テ、是ヲ軋レバ漿出ルナリ、再滓ヲ取テ又是レヲ軋ル、一度軋テハ莖軟痿ナルガ故ニ、鴨嘴トテ莖ヲウケルモノアリ、其上ニノセ置テ是ヲ軋リ、又滓ヲ取テ三タビ軋之、莖愈軟痿ナルガ故、繩ニナフテ軋ベシ、三タビ軋テ汁盡、其滓ヲ薪トスベシ、汁ハ車ノ下板ヨリ桶ノ中ヘ流入ル、布ニテ漉テ塵ヲ去、釜ニ入テ武火ヲ以テ煎ツメルナリ、汁ヲシボリテ時ヲ經タルハ味不佳、速ニ煎ズベシ、煎ズル内ハ、竹ヲ以テ手ヲ休ズカキマハスベシ、若火力弱ケレバ頑糖トナリテ用ニ中ラズ、武火ヲ用ウベシ、漸ク煎ジテ蛤粉ヲ入ル、天工開物ニハ汁一石ニ石灰五合ヲ入ルベシト云ヘリ、尾張ニテハ牡蠣粉(カキガラハヒ)ヲ入レ、或蚶殻灰(アカガヒハヒ)ヲ用ルモノアリ、蛤蚌粉皆用ウベシ、釜ハ三ヲ一處ニ置テ、品字ノゴトクシ、初稀汁ヲ入テ煎ジ、稠汁トナレバ聚テ一鍋ニ入、又稀汁ヲ兩鍋ノ内ニ入、稠汁トナレバ又一鍋ニ入、如此スレバ甚便ナリ、小許製スルニハ、一鍋ニテモ可ナリ、汁ヲ煎ジ手ヲ以テ捻リ試ルニ、手ニ粘スレバ糖成タルナリ、此 時黄黑色桶ニ入置ケバ黑糖トナルナリ、暖地ニテ春植コト早ク、秋製スルコト遲ケレバ、莖實シテ糖多ク結砂粗シテ味佳ナリ、寒地ニテ遲ク植早ク伐タルハ、糖少ク結砂微細味淡シ、且杪ニ至テ用ニ當ラズ、故ニ寒地ニ植タル蔗ハ、莖ノ末半切去、莖ノ本實シタル處ノミ製スル故ソノ利少シ、♯造白糖法♯漢土ニテモ往古白糖ヲ造コトヲ知ズ、元ニ至テ始テ是ヲ製ス、閩書南産志曰初人莫知有覆土法、元時安南有黄長者、爲宅煮一レ糖、宅垣忽壤壓於漏端、色白異常、遂獲厚貲、後遂効之ト、凡ソ造白糖ニハ先瓦溜ヲ燒造シムベシ、是スヤキノ赤瓶ノ類ナリ、其形上寬下尖レリ、大抵徑リ尺許ナルベシ、一小乳アリ、是ヲ桶ノ上ニ置キ、藁ヲ以テ孔ヲ塞住、其内ヘ黑糖ヲ入、結シ定ルヲ待テ、孔中ノ塞タル藁ヲ去リ、黄滑泥ヲ以テ其上ニ置バ、黑汁孔ヨリ流出、經日溜内悉ク白霜ト成、上面二三寸許ハ其色甚白シ、下ナルモノ稍黄褐色ナリ、

〔天工開物〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0895 造糖〈○圖略〉♯凡造糖車制用橫板二片、長五尺、厚五寸、濶二尺、兩頭鑿眼安柱、上筍出少許、下筍出版二三尺、埋築土内、使安穩不一レ搖、上板中鑿二眼、並列巨軸兩根、〈木用至堅重者〉軸木大七尺圍方妙、兩軸一長三尺、一長四尺五寸、其長者出筍安犂擔、擔用屈木、長一丈五尺、以便牛團轉走、軸上鑿齒分配雌雄、其合縫處須直而圓、圓而縫合、夾蔗于中一軋而過、與棉花赶車義蔗過漿流、再拾其滓、向軸上鴨嘴扱入再軋、又三軋之、其汁盡矣、其滓爲薪、其下板承軸鑿眼、只深一寸五分、使軸脚不穿透、以便板上受一レ汁也、其軸脚嵌安鐵錠于中、以便捩轉、凡汁漿流板有http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins012104.gif 、汁入http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins024308.gif、毎汁一石石灰五合于中、凡取汁煎糖並列三鍋品字、先將稠汁入一鍋然後逐遂加稀汁兩鍋之内、若火力少束薪、其糖即成頑糖、起沫不用、♯ 造白糖〈○圖略〉♯凡閩廣南方經冬、老蔗用車同前法汁入缸看水花火色、其花煎至細嫩如煮羹沸、以手捻試、粘手則信來矣、此時尚黄黑色、將桶盛貯、擬成黑沙、然後以瓦溜〈敎陶家燒造〉置缸上、其溜上寬下尖、底有一少孔、將草塞住、傾桶中黑沙于内、待黑沙結定、然後去孔中塞草、用黄泥水下其中、黑滓入缸内、溜内盡成白霜、最上一層厚五寸許、潔白異常、名曰洋糖、〈西洋糖絶白美、故名、〉下者稍黄褐、造氷糖者、將洋糖煎化、蛋靑澄(タマゴノシロミ)去浮滓、候視火色、將新靑竹破成篾片、寸斬撒入其中、經過一宵、即成天然氷塊、造獅象人物等、質料精粗由人、凡白糖有五品、石山爲上、團枝次之、甕鑑次之、小顆又次、沙脚爲下、

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈二十二蓏〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896 沙餹♯時珍ノ説ニ紫沙餹也トアレバ、本條ハ黑沙糖ヲ云、然レドモ集解中ニ白沙糖ヲモ混ジ説ケリ、白沙糖ハ別條アルベキコトナリ、紫沙糖ノ製法ハ、天工開物ニ詳ナリ、荻蔗冬ニ至リ能ク熟シタルヲ採リ、樟木ノシメギニテ汁ヲ搾リ採リ、煎ジツメテ石灰ヲ少シ入、カタマル者ヲ紫沙糖ト云、石灰ヲ入レザル者ヲ上品トス、

沙糖製法役所

〔明良帶録〕

〈世職〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896 吹上砂糖製法役所♯吹上奉行添奉行見廻り製法怠らず、懸りは製法詰所下番、同製法方、同藥分方と有りて、下番は三兩二人扶持、新組http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins002001.gif之、向三番製法方は十二俵にて、御庭方より出役多し、尤御役服出る也、藥分方は御醫師見廻りにて、出來の上奥へ廻り、上覽の後又下る、濱にて荒こなしをして吹上へ廻るなり、

産地

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈二十二蓏〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0896 沙餹♯增 黑沙糖ハ薩摩(○○)ヲ最上品トス、黑色ニシテ紫色ヲ帶ブ、其味輕クシテ尤美ナリ、餡(アン)トナスニ久クシテ味損セズ、其他肥後(○○)、肥前(○○)、安藝(○○)、阿州(○○)、讃州(○○)、土州(○○)、豫州(○○)、紀州(○○)、泉州(○○)、尾州(○○)、駿州(○○)、遠州(○○)、勢州(○○)ヨリモ出ヅ、 然レドモ阿州、讃州、肥後ニハ白糖多ク、黑糖ハ甚少ナシ、地ニヨリテ黑糖ニ宜キト、白糖ニ宜キトアリ、阿州、讃州、肥後ナドハ白糖ニ宜ク、黑糖ニ宜カラズ、黑糖ニ製スレバ甚ダ下品ナリ、故ニ白糖ハ此三州ヨリ出ヅ、ソノ他州ハ皆黑糖ノミナリ、又シロジタト呼モノアリ、紀州、泉州、又東國(○○)ヨリモ出ヅ、但尾州ヨリハ出デズ、コレハ蔗汁ヲ一應煎ジテ、全ク製煉セザルモノナリ、再ビ製スレバ白糖トナル、然レドモ甚下品ニシテ用ユルニ堪ヘズ、其マヽナレバ、餡羊羹等何レニモ加ヘ用テ佳ナリ、又唐山ヨリ來ルモノハ、皆白糖ナリ、稀ニ黑糖ノ來ルコトアリ、久ク渡ラザルニ、天保十四年ニ少シ渡ル、舶來白沙糖ノ上品ヲ三盆白ト云、其次ヲ雪白、其次ヲ上白、其次ヲ太白ト云、本邦ニテハ上品ノ者ヲ、單ニ太白ト稱スレドモ、舶來ノ太白ハ、本邦ノ白ジタヲ以テ製シタル、二番白ト呼モノト同ジ、最下品ノ稱ナリ、出島ト云モノハ、蠻舶持渡ル上品ナリ、大坂虎屋、及ビ大手ノ饅頭、伏見駿河屋ノ羊羹等ハ、出島ト太白ヲ雜ヘ能ク煮テ、水氣ヲ耗ラシテ後コレヲ用ユ、故ニ數日ヲ經テ敗レズ、又和製ハ煮レバ愈黑ミヲ帶ブ、舶來ノモノハ煮レバ愈白クナル、是和漢ノ差ナリ、

〔廣益國産考〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0897 砂糖の事♯砂糖は貳百有餘年已前には、高貴の人ならでは知る者なく、下賤のものは見たる事もなきに、元祿時分より、唐黑(たうくろ)といへる一種の黑砂糖〈安永寬政の時分までは、唐船もちわたりしが、文化の頃よりはたへてわたらず、今用ふる黑ざたうより砂細かにして上品なり、〉舶來し、其後薩摩の別島喜界(○○)、大しま(○○○)、德の島(○○○)に作りいだし、大坂へはじめて七八百石づみの船一艘に積登りしを、藥種問屋ども引うけて入札したりしよし、其後追々さかんに來るに依て、右藥種問屋ども本業はかたはらになり、砂糖を多く取扱ふやうなりしゆゑ、今は砂糖問屋とばかり唱へ來れり、寬政享和の頃、紀州(○○)に多く作り出せしが、製法のくはしからざるゆゑ、白砂糖黄色にして、黑砂糖もしまりあしければ、自ら廢せし也、其後に讃岐國(○○○)に作り出せしが、製法上手なれば、三品の上白迄も出來て、一廉の國産となり、大坂へ出すに、其代料幾萬兩といふ數をし らず、又日向土佐より出す、此三ケ所は予〈○大藏永常〉が傳ふる所の製法なれば、極太白も出來、黑砂糖もしまりよく味ひも宜し、爰に駿州遠州(○○○○)に多く作りて、江戸へ出し商ふ事夥し、然れども傳法あしければ、白砂糖白からず、赤味ありて黑の味ひあり、黑砂糖も煉あげ行屆ざれば、夏になれば和らかになり、白砂糖もしめりて砂をなさず、既に昨巳年の冬、駿州にいたり黑ざたうの夏に至りゆるくならざるやう、白砂糖も唐又は讃岐製におとらざる樣をしへしかども、惡製に數年屈脩したる事なれば、急には直すまじけれども、追々白き砂糖も製し、堅き黑ざたうも製するやうになるべし、♯文政天保の間、駿遠にて製する所の砂糖は、大體江戸へ出し賣拂ふに、一ケ年に四五萬兩とも及ぶべき歟、直段宜しき年は、田に稻を作りたるより、三增倍もありしよし、常の相庭にても稻を作るにはまされりとて、作り弘りけれども、本田はのぞき流水場等の新開に作り出せり、♯砂糖を作れる農人のいへるに、砂糖を作りはじめしより已來、御年貢を納むる事早くなり、未進をいだすものなきやうなりたるとなん、

〔守貞漫稿〕

〈後集一食類〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0898 砂糖♯守貞〈○喜田川〉云、日本上古無之、中古以來長崎入舶ノ蘭一種持來ル、蘭館ノ地名ヲ出島ト云ニヨリ、其糖ヲ出島白ト云、支那ヨリハ三種白糖ヲ持來ル、上品ヲ三盆ト云、次ヲ上白下品ヲ太白ト云、皇國製糖ノ始ハ、官圃ニ此種ヲ傳ヘシヲ、池上太郎左衞門ナル者拜受シ、駿遠二州(○○○○)ヨリ植始メ、後四國ニ傳ヘ植ユ、其創製ノ時、余舅小島彦兵衞、太郎左衞門ト力ヲ合セ、農人に敎ヘ弘ム、此彦兵衞弘化四年七十九歳ニテ卒ス、然レバ其創製ハ天明寬政ノ頃ナルベシ、今ハ白糖ハ讃州(○○)ヲ第一、阿(○)次之、駿遠參泉(○○○○)等又次之、黑糖其以前ハ薩(○)ヨリ琉球(○○)産ヲ渡スノミ、創製以來紀州土州(○○○○)ヲ第一トシ、泉駿遠三(○○○○)其他モ産之、近世菓子用ノミニ非ズ、一切食類ニ用之、料理蕎麥天フラ用蒲鉾ニ迄用之コ ト甚シ、

〔塵塚談〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0899 倭製の砂糖始りし事、安永の頃迄は異國舶來のみを用ひし事なり、唐土には唐太宗の時、外國http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins002001.gif 是を送りける、是よりしてもろこしに始て砂糖ありとかや、平賀源内が述作せし物類品隲に、砂糖の製方を委しく記たり、寬政元年の頃、川崎驛葛西さかさ井(○○○○○○○○○)邊にて造りしが、夏に至れば膠飴のごとし、たゞ翫弄にするのみ、商物にはならざりし、然るに近頃は紀伊國四國邊(○○○○○○)にて造り出し、氷砂糖まで製造す、別して讃岐國(○○○)産は雪白の如く、舶來にいさゝかおとらず、文化元年の頃よりして、菓子の類に、商人ども專ら用ゆ、同八九年よりは、藥種屋は、舶來に交て商ふ事になれり、向後異國より來らずとも、吾國に差支さらになし、同十年癸酉には江戸中十の物七八分倭製を用ゆ、近歳迄皆人砂糖に限り、舶來の物とのみ心得たり、農業全書〈元祿九子年の刻本なり〉甘蔗の條に云、是れ常に人家に用ゆる物なる故、本邦の貴賤財を費す事尤甚し、〈中略〉未そのたねさへ此國になきものなれば、今こゝに略すと載たり、

〔先哲叢談〕

〈後編六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0899 永富獨嘯庵♯嘯庵與長崎(○○)人飛鳥翰者、相知東洋塾、交誼益密、與之談糖之事、翰曰、有鄕里長慶者、尤精其製、會受諸華人、嘯庵使人召一レ之、與兄某同就學之製造之法焉、後以説尾州候、乃肇造之於名古屋(○○○)、其精踰華製、傳播漸博矣、大獲利倍、裨益於其地、依之藥肆糖店、有暴富者、其製至今沿用之云、♯嘯庵自造糖於尾府、爲其製者既衆矣、兄某歸於鄕之長之萩府(○○○○)、先是官命長崎(○○)及平戸五島(○○○○)諸國糖、以其法不一レ精而罷、後僅數年、尾長之産、流布四方、官乃疑其或出於姦、寶暦六年丙子、下有司三員於長、按撿其製、長大騒搶、藩之官吏、以爲不於藩、急錮兄某、又召嘯庵、相與幽囚之、一日有司檢覈其製、嘯庵乃悉其法之、極言益民間之事數條、有司點視其言、大駭精練便於世、直奏之政府、政府以爲産世珍、有官命、免囚、後賞賜白銀、且令關東山陰諸州、頒其法造之焉、

〔尾張名所圖會〕

〈前編六知多郡〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0900 三盆砂糖〈享保の末、同村(生地)の原田某造り始し由、物類品隲に砂糖昔は和産なし、享保中に台命ありて、琉球より種を傳へ、常郡に植て製し出すと見えたり、今も原田喜左衞門といへるもの、連綿としてこれを製し、毎年國君に貢ぐよし、〉

〔紀伊續風土記〕

〈物産十下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0900 砂糖♯元文四年府下の安田長兵衞といふもの、始めて甘蔗苗をうえて、同五年に始めて砂糖を製し、寛政二年より其製法を諸州に傳ふ、皇國にて砂糖を製する始といふ、今に至りて安田氏の家、及海部名草二郡の農家にて、黑白の二糖を製す、

〔讃糖起原〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0900 向山翁砂糖開基碑♯夫砂糖者以甘蔗之、人家食物之用不少矣、然上古無之、蓋享保年間自琉球(○○)始傳其法於薩州(○○)也、吾讃(○)之國府索其法既久矣、嘗命醫池田玄丈者索之、然不得矣、于時有向山翁者、即玄丈之弟子、芒翁年猶少年遊學于京師、時有薩州某生者能製砂糖、翁乃就學其法、故能達其術、國府聞翁能達其術、乃召出令砂糖、翁已蒙其命、亦有薩州人良助者、來讃時得疾大困、翁爲診治遂愈、良助本能達砂糖、於是爲翁佐之、二人同心勉勵製出氷糖紫糖霜糖、盡能成之、皆得絶品、享和二年癸亥、國府以翁本善醫且能創製砂糖藥坊主月俸、後竟至拾五口、於是封内製砂糖者甚多、皆以出得利益、亦國中富饒之一助也、翁諱政章稱周慶、讃大内湊村人也、文政二年九月廿六日、因病没、齡七十四、翁已没後、其鄕人思砂糖利潤及人不一レ少、乃共爲建其祠之、〈○中略〉 弘化三歳丙午仲某 藩儒高尾養撰

〔寬政四年武鑑〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0900 松平筑前守齊隆〈○筑前福岡〉 時獻上〈五月〉 氷砂糖 松平肥前守治茂〈○肥前佐賀〉 時獻上〈四月〉氷砂糖 鍋島加賀守直愈〈○肥前小城〉 時獻上〈十一月〉氷砂糖♯松平主計頭忠馮〈○肥前島原〉 時獻上〈隔年暑中〉白砂糖

沙糖商

〔守貞漫稿〕

〈五生業〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0900 平野町唐物問屋♯ 唐及和蘭來舶ノ諸品ハ、長崎ニテ官市也、長崎ニシヤウニンカタト云アリ、商人方也、賈人アリテ入札ニテ官ニテ買之、其諸物全ク大坂問屋ニ贈ル、問屋ハ其品ノ中買ニ賣ルニ、賣出シ、買出シ、入札、直組、其他種々ノ賈法アリ略之、又京江戸ニモ漕シ來ル又藥種數品中ノ員數多キ物ト、砂糖釷丹藤此類ニ表相場ト云テ、別ニ日價ヲ稱ス、專ラ賣買ノ名ノミニテ空物ナリ、〈○中略〉表物譬バ出島白糖十月限ニテ今日ノ相場十九ト云テ、廿櫃ニテ價銀四貫八百目ニテ問屋ヨリ買之、期日ニ至ルノ間、毎日ノ相場ヲ考ヘ、イツニテモ再ビ問屋ニ賣返シ、或ハ利或ハ損トモニ期日買賣ノ間銀ヲ出納ス、若期日ニ至ルノ間ニ賣返サヾル者ハ、期日ノ相場ヲ以テ賣返シ、其間銀ヲ出納ス、或ハ前ニ問屋ニ賣リ、後ニ問屋ヨリ買返スモアリ、元來空商故ニ隨意也、蓋問屋口セント云テ、問屋ヨリ賣ルニハ七分、問屋ヘ買フニハ一三ノ口錢ヲ賣買共ニ問屋ニ收ル、〈○中略〉♯堺筋ノ砂糖中買及ビ木綿屋♯堺筋ハ南北ノ名也、砂糖中買ハ二百餘戸アリ、各皆白黑及ビ和製來舶トモニ商フ、大坂ハ砂糖中間官許也、♯北堀江鄕ノ南河岸、南堀江鄕ノ南北ノ河岸ニ、和製砂糖問屋及藍玉問屋アリ、前ニ云如ク、糖モ來舶ハ平野町邊唐物問屋ニ漕シ、又琉球及薩ノ諸島産ノ黑糖ハ、當所ニ在ル薩州藏屋數ニ漕シ、中間各入札ニテ買之故ニ問屋ナシ、文政此迄ハ西濱ニ薩摩問屋アリテ、琉球産ノ那覇ト云黑糖ハ皆コヽニ來リ、又大島、德ノ島、喜界モ往々コヽニ漕シ、藏ヤシキニハ、大島以下ノ貢物ノミニテ、那覇ハ入ラザリシガ、大坂町人出雲屋孫右衞門ト云人ノ謀ニテ、全ク藏邸ニ漕シ問屋ヲ廢ス、♯堀江ノ問屋ニ漕ス砂糖ハ、讃州阿州泉州等ノ産也、各産所ヲ分チ或ハ兼ルモアリ、土州ハ藏邸ニ全ク漕ス、紀州モ同上ト雖ドモ、家老ノ采邑ニ産ス物ハ當所ノ問屋ニ漕ス、〈○中略〉♯看板ニ幟リヲ立ル生業アリ、紺毛綿一幅文字白ク染拔ク也、〈○圖略〉京坂ニテハ砂糖小賣店ニ往々 用之、他賈ニ用之者稀也、蓋砂糖ハさたうト假名書スベキナレドモ、皆俗人ナレバ圖ノ如ク〈○さとう〉カナチガヒニ書リ、江戸ニテハ砂糖ニ幟ヲ用ヒズ、

沙糖直

〔天保十三年物價書上〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0902 上♯一上唐三盆砂糖壹斤ニ付 〈是迄四匁八分賣之處 引下銀四匁七分〉♯一同中同 〈同四匁三分賣之處 引下銀四匁貳分〉♯一上唐雪白砂糖壹斤ニ付 〈同貳匁八分賣之處 引下銀貳匁六分五厘〉♯一同中同 〈同貳匁六分賣之處 引下貳匁四分五厘〉♯一唐上白砂糖壹斤ニ付 〈同貳匁四分賣之處 引下銀貳匁三分〉♯一同中同 〈同貳匁三分賣之處 引下銀貳匁壹分五厘〉♯一唐太白砂糖壹斤ニ付 〈同壹匁七分八厘之處 引下銀壹匁七分〉♯一紅毛出島壹斤ニ付 〈同貳匁八分賣之處 引下貳匁七分九厘〉♯一和三盆上砂糖壹斤ニ付 〈同三匁壹分五厘賣之處 引下銀三匁壹分〉♯一同中 〈同貳匁七分三厘賣之處 引下銀貳匁七分〉♯一同下 〈同貳匁三分貳厘賣之處 引下銀貳匁三分〉♯一氷砂糖壹斤ニ付 〈同五匁五分賣之處 引下銀五匁四分〉♯一金平糖上壹斤ニ付 〈同五匁賣之處 引下銀四匁七分五厘〉♯一同中 〈同三匁貳分賣之處 引下銀三匁壹分〉♯一同下 〈同貳匁五分賣之處 引下銀貳匁四分〉♯一上砂糖三色漬壹斤ニ付 〈同四匁貳分賣之處 引下四匁壹分〉♯一同下 〈同三匁八分賣之處 引下三匁六分七厘〉♯ 右砂糖類直段引下候旨、小賣砂糖屋共申出候ニ付、賣買爲仕候、♯一和雪白砂糖壹斤ニ付 〈當時引下方無御座候 銀貳匁壹分六厘〉一同中 〈同斷 貳匁八分〉♯一和初雪位壹斤ニ付 〈同斷 同壹匁九分貳厘〉♯一同天光位同 〈同斷 同壹匁七分六厘貳毛〉♯一同上光位同 〈同斷 同壹匁七分〉♯一同光印位同 〈同斷 同壹匁六分貳厘〉♯一白玉位同 〈同斷 同壹匁五分四厘〉♯一同上松位同 〈同斷 同壹匁四分六厘〉♯一同松印位 〈同斷 同壹匁貳分五厘〉♯一薩州上黑砂糖壹斤ニ付 〈同斷 同壹匁壹分八厘〉♯一同中 〈同斷 同壹匁〉♯一同下 〈同斷 同八分六厘〉♯一和上黑砂糖壹斤ニ付 〈同斷 同壹匁〉♯一同中 〈同斷 同九分〉♯ 一同下 〈同斷 同八分〉♯右砂糖類、追々拂底ニ相成候間、直段引下方無之旨申立候、右之通取調候處、上方入津無數之樣子ニ相聞候間、右直段ニ而賣買爲仕候間、此段御届申上候、以上、♯〈寅〉八月 〈牛込改代町〉名主 三九郎印

〔元治物價上報〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0903 砂糖直段書上♯ 一並白砂糖壹斤ニ付、上代三百八拾八文、中代三百七拾貳文、下代三百五拾六文、♯和三盆壹斤ニ付上代五百八拾文、中代五百拾六文、下代四百四拾八文、♯黑砂糖壹斤ニ付中代貳百四拾八文、♯右之通リ、當時小賣直段奉申上候、以上、♯ 〈深川八幡旅所門前 彌兵衞店〉 元治元子年六月 〈砂糖渡世〉 源次郎印

雜載

〔空華日工集〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 應安三年八月一日、泉倉貺沈香一塊、砂糖一壺、蠟燭十條、蓋俗所謂恃怗之節也、

〔鈴鹿家記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 應永元年十二月廿九日辛未、御本所エ若狹兩人ヨリ御歳暮ニ白砂糖卅斤上ル、

〔大館常興日記〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 天文十一年二月朔日、さたう一桶拜領之、常興好物由きこしめされ候間被下之旨、被仰下之也、一段身に餘忝次第也、御使祐阿及晩來臨也、 五月十三日、さたう一おけ、からうり二、〈初也〉佐女中より給之、梅松同之、

〔信長記〕

〈十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 大坂城開渡事♯六月○天正八年廿六日、土佐國長曾我部方ヨリ逸物ノ靑鷹十六連、砂糖三千斤進上シケレバ、砂糖ヲバ馬廻中ヘ被下ケリ、

〔島津國史〕

〈二十三慈眼公〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 慶長十三年七月二十四日、公〈○家久〉獻砂糖二千斤蘭二本於神祖、八月十日内書答之、〈據慈眼公舊譜

〔年成録〕

〈雜議〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0904 黑砂糖は毒ありて功能なし、ことにおさな子の病つくること、上が上下が下のがるるものなし、この國におひ出ぬこそめでたけれ、禁制していれずあらなん、♯黑砂糖禁あらば、琉球の民のなげきとならんか、此を製して白砂糖となさばよきなり、彼地に敎て製せしめんに、何事かあらん、さらずば此をやめて芋にてもかへよかし、砂糖漬てふ菓子も禁 あるべし、黑を用たるは毒あり、白を用たるは毒なしと、世にはいへれど、大かた石灰を用て制する故、白と見ゆるも毒あり、病者人しれず害を被るなり、

〔俗耳鼓吹〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0905 江戸の人、一日に黑砂糖百六十樽を嘗るといふ、是は新川大島にいふ家の藏より付出す故、大數しれ侍る也、杭州の人、日に三十丈の摺小木をくふといひしも同日の談なるべし、

〔鷺流狂言記〕

〈二十三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0905 附子♯〈主〉是は此隣の者で御座る、召仕ふ者共を呼出て申付くる事が御座る、太郎冠者居るかやい、〈シテ〉はあ〈主〉次郎冠者をもよべ、〈シテ〉畏て御座る、〈○中略〉 〈主〉汝等を呼出すは別の事でもない、某は去方へ遊山に行程に、兩人の者共は能う留守をせい、〈二人〉畏て御座る、〈主〉夫に付て汝等に預る物が有る程に夫に待て、〈二人〉はあ〈主〉やい〳〵是を汝等に預る程に、よう番をせい、〈シテ〉してあれは何で御座りまする、〈主〉あれはぶすじゃよ、〈○中略〉あれはぶすといふて、人の身に大毒の物で、あの方から吹風に當ッても、忽めつきやくする程に、構へて側へ寄らぬ樣にして、能う番をせい、〈○中略〉 〈シテ〉夫なればよふおりやる、偖某はあのぶすを見て置ふと思ふ、〈○中略〉 〈アト〉何と見さしました、〈シテ〉某は白うどんみりと見ておりやる、〈二郎〉身共は鼠色にどんみりと見ておりやる、〈シテ〉扨某はあのぶすを少ト食ふて、見度ふ成ッておりやる、〈○中略〉 〈二郎〉是は如何な事、たつた今にめつきやく致すで御座らふ、扨も〳〵にが〳〵敷事で御座る、〈シテ〉さあたまらぬは〳〵、〈二郎〉やい何としたぞ〳〵、〈シテ〉氣遣ひをさしますな、うもふてたまられぬ、〈二郎〉何じやうもふてたまらぬ、〈シテ〉中々〈二郎〉して何じやぞ〈シテ〉砂糖でおりやる〈二郎〉やあ〳〵砂糖じや〈シテ〉中々〈二郎〉どれ〳〵某もねぶつて見やう〈シテ〉わごりよもなめて見さしませ、〈二郎〉實と是は砂糖でおりやる、賴だ人にだまさられておりやる、〈シテ〉いやのふ〳〵其方獨りなめず共、こちへおこさしませ、〈○中略〉 〈主〉是は如何な事、某の戻ッたと聞たならば、其儘飛ンでも出さうな物じやがさめ〴〵となくは何事じやぞ 〈○中略〉 〈シテ〉夫ならば私の申上ませう、お留守に成ッて御座れば、餘り淋う成ましたに依て、次郎冠者が相撲を取うと申まする程に、私は終に取ッた事がないと申て御座れば、是非共にと申て、かいなを取て引立まするに依て、餘り迷惑さのまゝ、あの床の掛物に取付てござれば、あのごとくになあ、〈二郎〉中々〈二人〉さけまして御座る、〈○中略〉 〈シテ〉夫より右左へ取ッて引廻し、あの臺子臺天目の上へ、ずでいどうとなげられて御座るに依、あの如くになあ、〈二郎〉中々〈二人〉打われまして御座る、〈○中略〉 〈シテ〉此上は生ては置せられまいと存じて、ぶすをくうて死ふと思ふてなあ、〈二郎〉中々〈シテ〉一口喰へ共死なれもせず〈二郎〉二口くへ共まだ死なず、〈シテ〉三口四口〈二郎〉五口〈二人〉十口餘り皆に成る迄喰うたれ共、死なれぬ事の目出度さよ、あら頭かたや候、〈主〉何の己頭かた〈二人〉眞平免て被下い〳〵 〳〵 〳〵、〈主〉あのおほちやく者人たらし、どちへ行ぞ、人はないかとらへて呉い、やるまいぞ〳〵、

〔薰集類抄〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0906 金剛頂經香〈○中略〉♯右七味搗篩用蜀乾糖及濕砂糖之合調、♯ ○

〔本草和名〕

〈十四木〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0906http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins207554.gif 〈楊玄操、音上居紙反、下倶禹反、〉一名木蜜(○○)、〈本條〉一名白石、一名樹蜜、一名木糖、一名木石、一名木實、〈巳上四名、出古今注〉唐、

〔本草和名〕

〈十六虫魚〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0906 石蜜〈蘇敬注云、可石字、〉一名石飴、一名崖蜜、木蜜、一名食蜜、土蜜、〈巳上四名出陶景注〉白蜜、〈今京下蜜白如凝、蘇甘美、出蘇敬注〉沙蜜〈作水邊沙中、故以名之、〉一名百花醴〈出墨子五行記〉一名奔醴華腴、〈出神仙服餌方

〔隨意録〕

〈六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0906 崖蜜與石蜜一、崖蜜櫻桃也、石蜜有數説、或云、崖石間蠭蜜爲石蜜、或謂蔗汁石蜜、王楙引數説之、今醫家專謂石蜜、以爲氷沙糖者非與、

〔倭名類聚抄〕

〈十六酥蜜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0906 蜜 説文云、蜜〈音密、俗云美知(○○)〉甘飴也、野王按、蜂採百花、醞釀所成也、

〔箋注倭名類聚抄〕

〈四酥蜜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0907 原書http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins033034.gif 部作http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins033934.gif 又載蜜字云、http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins033934.gif 或从宓、原書甘飴上有蠭字、此恐誤脱、按今俗煎沙糖汁、呼爲沙糖蜜、煎石蜜汁、呼爲氷蜜、謂蜂蟲釀成者蜂蜜、爲白蜜、〈○中略〉所引文、今本玉篇不載、按證類本草引陶弘景云、凡蜂作蜜、皆須人小便以釀諸花、乃得和熟、與此所一レ引合、

〔下學集〕

〈下飮食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0907 蜜(ミツ)〈衆蜂將百花蘂之也〉

〔東雅〕

〈十二飮食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0907 飴アメ〈○中略〉 又〈○倭名抄〉説文を引て、蜜は蜂甘飴也、俗にミチといふと注せり、ミチとは其字の音をもて呼びし也、〈古の時に甘味にはむねと蜜を用ひ、これに次ぐには飴また甘葛煎の如きを用ひたりし也近き此ほひより、外國の人多く蔗糖を賚來りぬればそれ等の物ども用にあたらぬものとはなりたり、〉

〔空穗物語〕

〈藏開上一〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0907 春宮にさぶらひ給中納言のいもうとのもとよりも、一斗ばかりのかねのかめふたつに、ひとつにはみち(○○)、ひとつにはあまづらいれて、きばみたるしきしおほひて、〈○下略〉

〔和漢三才圖會〕

〈五十二蟲〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0907 蜜(みつ)〈蜂糖、蜜〈俗字〉和名美和、〉♯按蜂蜜(○○)出於紀州熊野者最佳、藝州之産次之、今多用沙糖蜜(○○○)僞之、沙糖與膠飴相和作之、眞蜜黄白、僞蜜色黑易乾、

〔日本山海名産圖會〕

〈二〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0907 蜂蜜〈一名百花精 百花蕊〉♯凡蜜を釀する所、諸國皆有、中にも紀州熊野を第一とす、藝州是に亞ぐ、其外勢州、尾州、土州、石州筑前、伊豫、丹波、丹後出雲などに、昔より出せり、又舶來の蜜あり、下品なり、是は砂糖又白砂糖にて製す、是を試るに、和産の物は煎ずれば、蜂おのづから聚り、舶來の物は聚ることなく、此をもつて知る、蜜は夏月蜂脾の中に貯へて、己が冬籠りの食物とせんがためなり、一種人家に自然ニ脾を結び、其中に貯はふ物を山蜜といふ、又大樹の洞中に脾を結び貯はふを木蜜といふ以上熊野にては山蜜といひて上品とす、又巖石間中に貯はふ物を石蜜と云、又家に養て採る蜜は、毎年脾を采り去る故に、氣味薄く是を家蜜といふ、脾を炎天に乾かし下に器を承けて、解け流るゝ物を、た れ蜜といひて上品なり、漢名生蜜、〈一法槽に入れて火を以て焚きて取なり、但し火氣の文武毫厘の間を候こと大事あり、〉又脾を取り潰し、蜂の子ともに研水を入れ、煎じて絞り採を絞りといふ、〈漢名熟蜜〉凡蜜に定る色なし、皆方角の花の性によりて數色に變ず、

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈二十七蟲〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0908 蜂蜜♯凡ソ蜂房ノ中ニ貯ル蜜ハ、皆蜂ノ食物ナリ、春暖ノ時ヨリ花蘂ヲ採リ、房中ニ釀シ置テ、冬月ノ貯トス、京師ニテハ紀州熊野蜜ヲ上品トス、此レニ山蜜家蜜ノ二品アリ、〈○中略〉藝州廣島ノ山代、石州、筑前、土州、薩州、豫州、豐後、丹波、丹後、但州、雲州、勢州、尾州等ノ諸國ヨリモ出レドモ、藥舗ニテハ皆熊野蜜ト呼ブ、

〔續日本紀〕

〈二十二淳仁〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0908 天平寶字四年四月丁亥、仁正皇太后〈○桓武后藤原光明子〉遣使於五大寺、毎寺施雜藥二櫃蜜缶一口皇太后寢膳乖一レ和也、

〔延喜式〕

〈十五内藏〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0908 諸國年料供進♯蜜蘇〈諸國所進〉♯蜜〈甲斐國一升、相模國一升、信濃國二升、能登國一升五合、越中國一升五合、備中國一升、備後國二升、〉

〔延喜式〕

〈三十七典藥〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0908 﨟月御藥♯犀角丸六劑、〈○中略〉所須犀角一片三兩二分、〈○中略〉蜜小二斗五升七合、〈○下略〉

〔薫集類抄〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0908 侍從♯朱雀院〈東三條院用之〉♯沈四兩 丁子二兩 甲香一兩 甘松一分三朱 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins090801.gif 筋一分三朱〈巳上小〉♯右方自天暦御時傳給也、取煎蜜微火以春篩、占唐入蜜、且煎且攪、撥合之後、入諸搗香、以匙調和、先以目算搗香程、調占唐之蜜、蜜程多於香、少尤爲拙、以能均成、爲巧合了、

沙糖蜜

〔秇苑日渉〕

〈九〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 沙糖♯煎成滷者謂之糖滷(サタウミツ)、有白糖滷(○○○)、有黑糖滷(○○○)、凡做甜食者、須預起糖滷上レ用、俗謂之沙糖蜜

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈二十七蟲〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 蜂蜜〈○中略〉♯砂糖蜜アリ、白キ者ハ白糖ニ老酒ヲ雜ヘ煮造ル、黑キ者ハ黑糖ニ酒ヲ雜テ製ス、皆藥ニ入ルニ堪ヘズ、試法釋名ノ下時珍ノ説ニ、以燒紅火筋、插入提出、起氣是眞、起煙是僞ト云、又杉形ノ茶碗ニ蜜ヲ入トサシテ後他器ニ傾ケ、アトニ砂ノ如キ者殘ルハ砂糖蜜ナリ、砂ナキハ眞蜜ナリ、又傾クル時透明ナル者ハ眞ナリ、濁テ沫ダツ者ハ沙糖蜜ナリ、舶來ニ數種アリ、交趾蜜、大泥(ダニ)蜜アリ、白蜜黑蜜蜂蜜ノ三品、唐山ヨリ來ル、皆沙糖蜜ナリ、必其内ニ蜂ヲ多ク入ル、和産ノ蜜色黄白ニシテ、細砂ノ如ク凝結ス、藥ニハ煉蜜ヲ用ユ、ソノ煉ル時、必蜂其香ヲ聞テ多ク飛ビ來ル、唐蠻ノ蜜ヲ煉ルニ、一蜂モ來ラザル時ハ、眞ニ非ザルコト知ルベシ、白蜜ヲ煉ル時、上面ニ沫ノ如キ者浮ブヲ採リ去ルベシ、是蠟ナリ、

〔名菓秘録〕

〈初編〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 砂糖蜜製方♯一太白砂糖 壹〆目♯一山の芋 〈皮をさりおろす〉貳百目♯右よく交ぜ合せ、水四百五拾目をだん〳〵少し宛入て、火にかくるなり、砂糖煮立たれば火を引、しばしねさせおけば、垢の分堅まりて上にうき上る時、金の網杓子にてすくひとり、又一たきすれば垢のこらず上へうくなり、其垢を取盡し、布にて漉し、壺の内にたくわへおくなり、

〔寬政四年武鑑〕

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 松平肥前守治茂〈○肥前佐賀〉 時献上〈二月〉白蜜♯松平主計頭忠馮〈○肥前島原〉 時献上〈十一月〉白蜜

甘葛煎

〔新撰字鏡〕

〈草〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0909 http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins065638.gif 〈所與反、藤類、甘豆良(○○○)、〉

〔本草和名〕

〈七草〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 千歳虆汁〈蘇敬注云、有千歳者、莖大如椀、〉 一名纍蕪 一名蘡薁藤汁〈仁諝音纓、下於六反、出蘇敬注、〉 和名阿末都良、一名止々岐(○○○)、

〔倭名類聚抄〕

〈十六酥蜜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 千歳蘽(アマヅラ)汁 本草云、千歳蘽汁、味甘平無毒、續筋骨、長肌肉、一名蘽蕪、〈纍無二音〉蘇敬注云、即今之蘡薁藤汁是也、〈蘡薁二音嬰育、和名阿末豆良、本朝式云甘葛煎、〉

〔箋注倭名類聚抄〕

〈四酥蜜〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 按阿末都良、即甘葛之義、或曰、土佐國有阿末加豆良即是、

〔東雅〕

〈十二飮食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 飴アメ〈○中略〉 アマヅラとは即甘葛也、即今俗にアマチヤといふ物を煎じたる也、飴の如きは、今も其製品多けれど、倭名鈔に見えし所は、即今俗に汁飴といふものと見えたり、〈甘葛煎の如きは聞えず〉

〔倭訓栞〕

〈前編二阿〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 あまづら 倭名鈔に千歳蘽をよめり、式に甘葛ともかけり、つらはかづらの義なり、大饗にも用ゐらるゝ事、類聚雜要に見ゆ、されど一名蘡薁藤なれば甘葛にあらず、是木あまちや、又小がく草ともいふ、土常山なるべし、新撰字鏡にhttp://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/ra_ins065638.gif をよめり、是草あまちやをいふにや、蔓あまちやともいふ、甘草藤也といへり、甘葛煎は薰物の方に入もの也、伊勢國より出す事式に見ゆ、西宮記に引茶甘葛煎とも見えたり、

〔和漢三才圖會〕

〈九十六蔓草〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 千歳蘽(あまちや)〈蘽蕪、苣瓜、倭名阿末豆良、俗云、甜茶(アマチヤ)、〉♯本綱、千歳蘽蔓延木上、葉如葡萄而小、四月摘其莖、汁白而味甘、五月開花、七月結實、八月采子、靑黑微赤、冬惟凋葉春夏間取汁用、♯葉〈甘平〉 補五臟氣、續筋骨肌肉、久服不飢通神明、♯按千歳蘽代茶煮吃、味甚甘、故俗名甜茶、如小兒多吃則發蟲、♯一種樹生之甘茶、葉似萩而深綠色、似茶而嫩、味甚甘、出於山州宇治田原

〔重修本草綱目啓蒙〕

〈十五蔓草〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0910 千歳蘽 一名萬歳藤〈通雅〉♯ 古昔アマチヤト訓ズ、蜂蜜沙糖ノ類未ダ日本ニ渡ラザル以前ハ、甘葛煎(アマカラ)ヲ用ヒ、諸國ヨリモ貢スルコト延喜式ニ見タリ、又香煎(アワセガウ)ヲ調フコト、香ノ書ニ出、ソノ甘葛煎ハアマチヤヲ用テ製スト云フ、今ノアマチヤニ非ズ、和州十津川ノアマカヅラハ比類ナルベシ、今ノアマチヤニ草木ノ二種アリ、ツルアマチヤハ絞股藍、〈救荒本草〉木アマチヤハ土常山〈常山ノ條下〉ナリ、

〔東大寺正倉院文書〕

〈十七〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 駿河國天平十年正税帳♯皇后宮交易雜物直井運擔夫庸稻壹仟玖伯捌拾束、〈○中略〉♯味葛煎(○○○)貳斗納缶貳口、〈口別一斗〉直稻貳伯束、〈缶別百束〉

〔延喜式〕

〈三十九内膳〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 年料♯絹小篩九十五口、〈(中略)甘葛煎所三口○中略〉薄絁篩廿五口、〈(中略)甘葛煎料二口各長二尺五寸、〉

〔延喜式〕

〈三十一宮内〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 諸國例貢御贄♯遠江國、〈甘葛煎、甘子、稈海藻、〉駿河國、〈甘葛煎、甘子、〉伊豆國、〈甘葛煎○中略〉越前國、〈甘葛煎○中略〉能登國、〈甘葛煎、稈海藻、〉越後國、〈甘葛煎、○中略〉丹波國、〈甘葛煎○中略〉丹後國、〈甘葛煎、生鮭、〉但馬國、〈(中略)甘煎葛○中略〉因幡國、〈甘葛煎○中略〉美作國〈甘葛煎○中略〉備前國、〈甘葛煎、水母、〉備中國、〈甘葛煎、諸成、〉阿波國、〈甘葛煎、甘子、〉大宰府、〈甘葛煎、木蓮子、〉

〔延喜式〕

〈三十三大膳〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 諸國貢進菓子♯伊賀國、〈甘葛煎一斗○中略〉遠江國、〈甘葛煎二斗、柑子四擔、〉駿河國〈甘葛煎二斗、柑子七擔、〉伊豆國、〈甘葛煎二斗○中略〉出羽國、〈甘葛煎二斗〉越前國、〈甘葛煎一斗○中略〉加賀國、〈甘葛煎〉能登國、〈甘葛煎〉越中國、〈甘葛煎一斗〉越後國〈甘葛煎一斗〉丹波國、〈甘葛煎六升○中略〉丹後國、〈甘葛煎一斗〉但馬國、〈搗栗子七斗、甘葛煎、〉因幡國、〈甘葛煎一斗○中略〉出雲國、〈甘葛煎二斗○中略〉美作國、〈搗栗子七斗、甘葛煎、〉備前國、〈甘葛煎〉備中國、〈甘葛煎一斗、諸成、〉紀伊國、〈甘葛煎七升〉阿波國、〈(中略)甘葛煎一斗五升〉大宰府、〈甘葛煎七斗○中略〉♯右依前件〈其數臨時增減〉隨到撿收附内膳司、但甘葛煎(○○○)直進藏人所

〔延喜式〕

〈五齋宮〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0911 凡諸國送納調庸、井請受京庫雜物、積貯寮庫配雜用、〈○中略〉甘葛煎一斗、〈伊勢〉

〔延喜式〕

〈二十三民部〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 年料別貢雜物♯伊豆國〈零羊角四具、甘葛汁二斗、〉

〔江家次第〕

〈五二月〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 季御讀經事♯上卿一人著南殿例〈天喜四年、三ケ日毎夕座侍臣施煎茶、衆僧相加甘葛煎、亦厚朴生薑等隨要施之、〉

〔今昔物語〕

〈二十六〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 利仁將軍若時從京敦賀將行五位語第十七♯今昔、利仁將軍ト云人有ケリ、〈○中略〉利仁此ヲ聞テ大夫殿未ダ暑預粥ニ飽セ不給カト云ヘバ、五位未ダ不飽侍ト答フ、利仁イデ飮飽セ奉ラバヤト云ヘバ、五位何ニ喜ウ侍ント云テ止ヌ、〈○中略〉若ヤカニ穢氣无キ下衆女共ノ、白ク新キ桶ニ水ヲ入テ持來テ、此釜共ニ入ル、何ゾノ湯桶スゾト見レバ、此水ト見ハ味煎也ケリ、亦若キ男共十餘人許出來テ、袪(タモト)ヨリ手ヲ出シテ、薄キ刀ノ長ヤカナルヲ以テ、此ノ暑預ヲ削ツヽ撫切ニ切ル、早ウ暑預粥ヲ煮ル也ケリ、

〔古今著聞集〕

〈十八飮食〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 九條の前内大臣家に、壬生の二位〈○藤原家隆〉參て和歌のさた有けるに、二月の事なりけるに、雪にあまづらをかけて、二品にすゝめられけり、

〔枕草子〕

〈三〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 あてなるもの♯けづりひのあまづらにいりて、あたらしきかなまりにいりたる、

〔延喜式〕

〈三十七典藥〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 中宮臈月御藥♯四味理仲丸〈○中略〉所須人參八兩三分、甘草八兩三分、〈○中略〉甘葛煎小一斗一升一合、

〔薰集類抄〕

〈上〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912 梅花〈擬梅花之香也、春尤可之、〉♯二條關白〈敎通○中略〉♯治暦四年四月六日、被梅花一劑、〈大〉香十五兩二分三朱、甘葛合定十六兩一分三朱、

〔薰集類抄〕

〈下〉

http://ys.nichibun.ac.jp/kojiruien/image/gaiji/SearchPage.png p.0912甘葛♯ 蜜はかうばしけれど、むしのいでくるときあり、あまづらはよし、かなくさからず、さかくさからずねる、蜜のごとくかたからむを、火よくうづみて、しろがねの器して煎ぜよ、〈○下略〉


Last-modified: 2019-03-15 (金) 09:48:59 (390d)